けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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【これまでのけものフレンズRクロスハートは!】

 青龍神社に呼び出されたともえと萌絵とイエイヌとラモリさん。
 そこには神主のセイリュウが待っていた。
 一緒にお呼ばれしていた別世界からの訪問者である菜々とカラカルも一緒にセルリアン退治をする事に。
 現れた巨大セルリアンを難なく一蹴してみせたともえと菜々。
 ところが、菜々が何気なく放った一言がともえの胸に突き刺さる。
 曰く、ともえはヒトのフレンズである、と。
 その言葉はともえの心を激しく揺さぶり、彼女は皆の前から姿を消してしまった。
 一方でユキヒョウの母サオリから物件を紹介してもらったオオセルザンコウはついに橋頭保の準備を整える。
 早速やって来たセルゲンブはオオセルザンコウに強力な『ヨルリアン』のセルメダルを使うよう命じる。
 『ヨルリアン』はこの世界の“輝き”を全て喰らう“夜”という概念そのものの強力なセルリアンだ。
 様子を見に来たセルシコウの前でオオセルザンコウは『ヨルリアン』への孵化を始める。
 色鳥町は明けない夜に沈みつつあった。



第24話『クロスハートがいない夜』①

 

 時間は少しだけ遡る。

 エゾオオカミとルリとアムールトラ、それにユキヒョウのクロスジュエルチームは駅前方面へ歩いていた。

 

「なんか天気悪くなりそうだな」

 

 駅前の空を見上げてエゾオオカミがポツリと呟く。

 向かう先には暗雲がかかりはじめていた。もしかしたらニワカ雨くらいあるかもしれない。

 さっきからしきりに駅の方を気にしているのを見てユキヒョウはニヤリとしていた。

 

「気になるかの?」

 

 何を、とは誰も訊き返さない。全員が同じ事を思っていた。

 セルリアンフレンズ三人組はどうしているかな、と。

 喧嘩でもしたのか、落ち込んだような様子を見せていたセルシコウとマセルカの事を思い出すとどうにも気になって仕方がない。

 まあ、あの三人の事だから心配はないと思うけれど……。

 

「あー。エミさんやっぱり気になるんだー」

 

 隣を歩くルリが見上げるようにしてエゾオオカミの顔を覗き込んで来た。

 

「ま、エゾオオカミはなんだかんだで優しいヤツやからなー」

 

 さらにアムールトラにまで肩を抱かれるようにして小突かれる。

 こうされるのも不思議と悪い気はしないエゾオオカミだ。

 

「そうじゃのう。いっそのこと、色鳥駅まで行ってみるかの? あの三人と合流して駅中をブラつくのも悪くはあるまい。」

「そういえば、新しく出来たクレープ屋さんがあるって言ってたよね! みんなで行っちゃう!?」

 

 ユキヒョウの提案にルリは既に乗り気だ。

 エゾオオカミとしては調子を取り戻したセルシコウがやっぱり今日試合しようと言い出さないか心配ではある。

 まぁ、そうなったらその時か。

 幸いにして気の合う先輩であるキンシコウも近くに住んでいるから助けを求める事だって出来るだろう。

 

「それじゃあ、駅の方まで行ってみるか」

 

 エゾオオカミはそちらへと脚を向ける。

 と、駅へ向かう道に珍しい人を見つけた。

 それはハクトウワシだ。

 いつもの警官の制服姿である事から仕事中だと思われる。

 エゾオオカミは商店街に住んでいるから、ハクトウワシとも顔馴染みだ。何度かハクトウワシのアパートにもお邪魔した事があるし。

 と、ハクトウワシもどうやらこちらに気が付いたらしい。

 

「Hello! Every one! みんなお揃いでどうしたの?」

 

 言いつつこちらにやって来た。

 

「ハクトウワシさんこそ、この辺りってパトロール範囲に入ってたか?」

 

 エゾオオカミが訊ねるとハクトウワシは何やら罰の悪そうな顔をした。

 その反応にエゾオオカミもルリもアムールトラもユキヒョウも、揃って同じ結論に達したようだ。

 きっとハクトウワシもセルリアンフレンズ三人組の事が気になったのだろう、と。

 彼女は生まれたてのフレンズとしてセルリアンフレンズ三人組と一緒に暮らしている。言わば家族のようなものだ。

 三人の様子がおかしければそりゃあ気を揉みもしようというものだ。

 

「なんだ。ハクトウワシさんも仕事サボってまであの三人の様子を見に行こうだなんてやるじゃないか」

「そんなんじゃないわ。一応パトロール中なんだから」

 

 ニヤリとするエゾオオカミにハクトウワシはほっぺたを膨らませて見せた。

 いつも一生懸命に仕事をしているハクトウワシがこうしてオオセルザンコウ達のために仕事を放り出してくるだなんて。むしろエゾオオカミ達は微笑ましくすら思っていた。

 と、その時……。

 

「ね、ねえ……。みんな……あれ」

 

 ルリが駅のある方を指さして呆然としていた。

 そちらから黒い……というより闇色をした煙のようなものが立ち上っていたからだ。

 

「ま、まさか火事!?」

 

 ハクトウワシの行動は速かった。

 

「こちらハクトウワシ。色鳥駅方面に黒煙を確認。火事の可能性があるので現場へ状況確認に向かいます」

 

 肩につけた無線機へ向かって状況を伝えた後、駅へ向かって走り始める。

 そのハクトウワシに一番に付いて行ったのはエゾオオカミだった。

 

「エゾオオカミ! 危ないから付いて来ちゃダメよ!」

 

 そんなエゾオオカミにハクトウワシとしては警官の立場として怒らざるを得なかった。

 

「けど、本当に火事だったら消防に通報しなきゃだろ! そのくらいの手伝いなら出来る!」

 

 エゾオオカミは自身の携帯電話を示して見せた。

 もしも本当に火事だったらやらなければならない事は多い。猫の手だって借りたい状況になるだろう。

 ハクトウワシは少し考えてからこう言った。

 

「わかったわ。でも火事だったら近づいちゃダメよ! 危ない事は絶対にしちゃダメだからね!」

「ああ。わかったぜ」

 

 二人とも、よりにもよってこんな時にと思っていた。

 駅の方にはオオセルザンコウがいるはずだし、セルシコウとマセルカだって向かったはずだ。火事だったとしたら三人も危ない。

 ハクトウワシとエゾオオカミは脇目もふらずに駅へと急いだ。

 一方でルリ達は一瞬遅れたからこそ、気が付いた頃がある。

 

「ねえ、なんだかあの煙、おかしくない?」

 

 ルリが煙の方を指さして言う。

 その先で闇色の煙がどんどん昇って空に溜まり、太陽の光を遮り始めたのだ。

 闇色のそれはまるで夜のようだった。

 

「いいや……。これやったら夜そのものやで」

 

 アムールトラも様子のおかしい黒煙にポツリと漏らした。

 これは夏の入道雲が突然太陽を遮るといった生易しいものではない。

 その煙が溜まった空が夜になっているのだ。

 夜の闇はどんどんと広がっているように見える。

 こんな事が出来るのは……。

 

「セルリアンの仕業……」

 

 ルリがぽつりと漏らした呟きにアムールトラもユキヒョウも頷いた。

 

「だとしたら、先に変身してしまった方がよさそうじゃのう」

 

 ここは人通りが多い。もちろん駅だって同様だ。

 そんな中でセルリアンと大太刀周りをしてしまったら騒ぎになるのは目に見えている。だったら変身してからの方がいい。

 三人はビルの影に隠れると、いそいそとコスチュームを取り出した。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 夜の闇はまだこの青龍神社には及んでいない。

 けれど、ジワジワと広がる闇がいずれこの街全体を飲み込むのも時間の問題だろう。

 だというのに、萌絵達はもっと大きな問題に直面していた。

 ともえが何処かに走り去ってしまったのだ。

 あまりの事態に誰も反応が出来なかった。

 一体どうしたらいいのか誰もが答えを出せずにいる。

 そんな中、一番に我に返ったのはセイリュウだった。

 

「アオイ。コイちゃん。青龍神社に避難してくる人が来るかもしれません。準備を。シロさんとホワイトタイガーさんも手伝って貰えますか?」

 

 アオイ達は一瞬逡巡するが、もう一度セイリュウに促されて渋々言われた通りの準備を始めに行った。

 萌絵にはこれが人払いも兼ねているというのが分かった。

 どうすればいいか。萌絵は考えた末に、事情を知っていそうな人に聞くのが一番であると携帯電話を取り出した。

 呼び出すのは彼女達の母、春香の連絡先である。

 今日は外泊の予定であるが、何かあった際にすぐに連絡が取れるように携帯電話を肌身離さず持っているはずだ。

 数コールもしないうちにすぐ春香は応答してくれた。

 時間が惜しい、とでも言うように開口一番萌絵は切り出す。

 

「お母さん。ヒトのフレンズって何?」

 

 と。

 もしも本当にともえがヒトのフレンズであるなら春香がそれを知らないはずがない。

 電話からも春香が動揺した様子が伝わって来た。

 

「お願い、お母さん。教えて。アタシね……。ともえちゃんに何もしてあげられなかった。お姉ちゃんなのに。今ともえちゃんを追いかけても何も言ってあげられない。だから教えて。ヒトのフレンズって何? ともえちゃんはヒトのフレンズなの?」

 

 電話の向こうでは尚も逡巡する様子が伝わって来る。

 そこに意外な人物が割り込んで来た。

 セイリュウだ。

 

「萌絵さん。よかったら電話をスピーカーモードにしてもらってもいいですか? 私も多少の事情は知っています。なんせ春香達と一緒に戦った仲ですから。春香と一緒に説明させて下さい」

 

 萌絵はセイリュウに頷くと電話をスピーカーモードにした。

 そこに春香の声が響く。

 

『そうね……。ごめんなさい。今まで話せなくて。それにセーちゃんもごめんなさい。私が今まで話せなかった不始末をあなたに押し付ける事になってしまって』

「かまいませんよ、春香。私だって娘がいる身です。気持ちはわかりますから。でも、こうなったら全てを話す方がいいでしょう」

 

 電話の向こうで春香の声は暗く沈んでいた。

 どうやら春香とセイリュウの二人は事情を知っているらしい。

 だが、ともえを一刻も早く追いかけたい萌絵としては焦りを感じずにはいられなかった。

 電話の向こうで春香は少し考えた後に切り出す。

 

『ともえちゃんはヒトのフレンズよ。萌絵ちゃん。あなたから生まれた、ね』

 

 と。

 

「じゃ、じゃあ……アタシとともえちゃんは双子の姉妹じゃなかったの……?」

『双子ではないわ。けど、萌絵ちゃんもともえちゃんもイエイヌちゃんも大切な娘よ』

 

 なるほど、これはショックだ。

 春香が語ってくれた事実に、萌絵はハンマーででも殴られたかのように頭がクラクラする。

 けれど、どこか納得もしていた。

 ともえがあれ程までにショックを受けた理由も、逃げるようにいなくなってしまった理由も少しずつ形が見え始めていた。

 だとしたら、今、ともえに掛けられる言葉も思い浮かんでくる。

 行かなくてはならないと思った萌絵であったが、春香の続く言葉で引き留められた。

 

『萌絵ちゃん。あなたにはまだ話さなきゃいけない事があるの』

「ええ、急ぎたい気持ちはわかりますが、それを知ってからの方がいいでしょう」

 

 セイリュウにまでそう言われては立ち止まらざるを得ない。

 一体何を語ろうというのか。

 どんな話であろうとも、驚くまい。そう覚悟して萌絵は続きを待った。

 

『萌絵ちゃん。あなたは生まれた時からある病気にかかっていたの。本来なら一歳まで生きられないって言われてたくらいなの』

「「「「は、はぃいいい!?」」」」

 

 セイリュウと萌絵を除く全員が驚きの声をあげた。

 

「あ、あの!? 今は大丈夫なんですか!?」

 

 大慌てのイエイヌは萌絵に顔を近づけクンクン鼻を鳴らす。特に体調が悪いような匂いはしない。

 それを確認してイエイヌはホッと一安心だ。

 

『ええ。今は大丈夫。ちょっと風邪とかひきやすいかもしれないけれど、問題ないわ。ともえちゃんのおかげでね』

 

 そこから春香が語ってくれた昔話は中々に衝撃的な内容であった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 それは約十三年程前の事である。

 

『先天性サンドスター過多症候群』

 

 生まれたばかりの萌絵に下された診断は過酷なものだった。

 この世界の人々は大なり小なり体内にサンドスターを持っている。それはヒトであろうがフレンズであろうがかわらない。

 だが、ごく稀に大量のサンドスターを持つ者も現れる。

 後天的な修行で身に着ける場合もあれば、生まれながらにしてそうである場合もある。

 萌絵の場合は生まれた時から大量のサンドスターを体内に持っており、しかしそれは喜ばしい事ではなかった。

 

「はい。あまりにも多すぎるサンドスターが萌絵ちゃんの身体を内側から壊そうとしている。それが先天性サンドスター過多症候群です」

 

 医師の説明によるとこういう事らしい。

 普通であれば、サンドスターが身体の中に多いのは悪い事ではない。むしろ健康を維持してくれたりする働きが確認されている。

 だが、萌絵の場合は常人の三倍近いサンドスター内包量を示していたのだ。

 それ程までにサンドスターの内包量が多すぎれば、それは身体を蝕む毒となる。

 

「これから成長するにつれて、萌絵ちゃんのサンドスター内包量も大きくなっていく事でしょう。今は三倍で納まっていますが、いずれ五倍、十倍と増えていきます」

 

 そうして増えていったサンドスターが完全に萌絵の身体を壊すまでに約一年程かかると言う。

 これは非常に珍しい病気で世界でも症例なんて殆どないそうだ。

 従って、医師もどうやって治療していいのか分からなかったらしい。

 

「けれど、諦めるわけにはいかないわ」

 

 当時の春香は夫のドクター遠坂と共に萌絵を治療する事を決意した。

 ちなみに、当時既に青龍神社に住み込んでいたドール=ドールも治療に協力してくれたらしい。

 体内のサンドスターをドール=ドールが少しでも取り込む事で延命が図られたが、とても追いつかなかったそうだ。

 そういう事もあってセイリュウもまた萌絵の事情をある程度は知っていたのだ。

 ドール=ドールによる対処療法の間に、ドクター遠坂は萌絵を治療する為に一つの研究をしていた。

 

『ヒト。フレンズ化計画』

 

 その研究はそう名付けられていた。

 萌絵の身体を多すぎるサンドスターに耐えられるようにするには、人為的に萌絵をフレンズ化すればいい。

 当時、ヒトのフレンズは実在しないと言われていたが、そうではない。

 ヒトのフレンズは確かに当時も存在していた。

 どうしてそう確信できるのか。何故ならそれは春香がよく見知った人だったからだ。

 

「まぁ、私というヒトのフレンズがいるわけだから、人為的にヒトをフレンズにする事は理論上可能だよね」

 

 そう言うのは宝条和香であった。

 当時の和香は暗緑色の髪はそのままであったが、スレンダーで長身。涼し気な瞳がクールな印象を与える美人であった。

 クールビューティーな外見とやたら女の子を褒めまくる性格なせいと、女子校という環境で育ったせいかやたら女の子に人気があった。

 もっとも、春香くらい親しい人と一緒の時は結構甘えたな一面も見せる時もあったが。

 そんな彼女は宝条春香から生まれたヒトのフレンズである。

 その当時、サンドスター研究所に集まっていたのは春香とドクター遠坂の夫妻。それに春香の妹である和香であった。

 春香の腕の中ではまだ一歳にも満たない萌絵も眠りこけていた。

 ドクター遠坂が約2ヶ月という時間をほぼ不眠不休で研究を成し遂げてある物を作り上げたのだ。

 それは『サンドスターポッド』と名付けられた。

 大きなポッドの中にはキューブ状のサンドスターが大量に敷き詰められてキラキラと輝きを放つ。

 

「このサンドスターポッドは調整次第で色々な病気に効く可能性があるけれど、今一番重要なのは、ヒトをフレンズ化する機能だよ」

 

 ドクター遠坂は集まった春香と和香に説明する。

 今日、今まさに、萌絵の治療をする為に世界初となる人為的なヒトのフレンズ化が行われようとしていた。

 サンドスターポッドには様々な計器類が取り付けられて、いくつもの配線が繋がれてものものしい雰囲気がある。

 

「正直、今まで誰も行った事のない取り組みだからね。成功する保証なんてどこにもない。けれども……絶対に成功させるよ」

 

 ドクター遠坂の言葉に春香は頷きを返すと、腕の中で眠る萌絵をそっとサンドスターポッドの中に横たえた。

 彼でダメであれば、他の誰が何をしようとも萌絵を助ける事は出来ない。そのくらいには春香は夫の事を信じていた。

 やがて、重々しいサンドスターポッドの蓋が閉じられる。

 重厚なそれはまるで宇宙船か何かを思わせた。

 小さな窓が一つついているものの、それもすぐに曇って中が見えなくなる。

 あと春香に出来る事は成功を祈って待つばかりだ。

 と、その時だった。

 

「それでは成功せぬよ」

 

 春香の頭上から声がした。

 見上げれば、大きく重々しいサンドスターポッドにいつの間にか真っ白なフレンズが一人腰かけているではないか。

 一体いつの間に。

 いや、それよりもここは重要な研究区画だ。今はドクター遠坂と春香と和香の三人しかこの場にはいられないはずではないのか。

 よく見れば、そのフレンズは真っ白なピンと立った耳に同じく真っ白な尻尾。着ているものも白のブレザーに白のミニスカート。金色の瞳だけがやけに目立って見えた。

 突然の闖入者に春香と和香は身構える。

 その真っ白なフレンズはそんな彼女達の前にふわりと降り立った。

 

「わらわの名はオイナリサマ。別に争ったり邪魔したりするつもりはない。むしろ助けに来た、という方がいいかもしれぬのう」

 

 そこにいるのに、そこにいないかのような不思議な雰囲気を纏ったフレンズだった。

 確か春香の後輩にはオイナリちゃんと呼ばれる守護けものオイナリサマの血を引く真っ白なフレンズがいたはずだ。

 けれど、その子とはどう見ても纏う雰囲気が全然違う。

 オイナリサマと名乗ったフレンズは先程こう言った。このままでは成功しない、と。

 

「成功しない、とはどういう事かな」

 

 未だ構えを崩さない和香と春香の間を縫ってドクター遠坂が前に出る。

 ドクター遠坂はチラとサンドスターポッドに取り付けられた計器類を見る。全て数値は正常範囲内。今のところ順調だ。

 

「まぁ、順を追って説明しよう」

 

 そういうオイナリサマに和香は構えを解く。

 

「そうだね。立ち話もなんだ。椅子とテーブルくらいはあるからこちらへどうぞ。ああ、配線が剥き出しになっているから足元に気を付けて」

 

 和香は言いつつオイナリサマの手をとってテーブルへと導いた。

 恭しく彼女の為に椅子を引いて席までのエスコートを務める。

 

「それとインスタントですまないがお茶はこれでいいかな?」

 

 和香はささっと紙コップに小分けされたインスタントコーヒーを入れると電気ポッドからお湯を注ぐ。

 

「さて、お砂糖とミルクは使うかい?」

「うむ。ミルクと砂糖も入れてくれるかの」

 

 備え付けのミルクとシュガースティックをササっと入れてティースプーンで軽くかき混ぜてからオイナリサマの前に置く。

 

「うむ。ありがとう」

 

 早速オイナリサマはそれを口元に運んで……。

 

「!?!?!?!?」

 

 声にならない悲鳴をあげる。

 盛大にむせた後、涙目で叫んだ。

 

「ちょっと待てい!? どこをどうやったらインスタントコーヒーをこんなに不味く作れるんじゃ!? っていうかこれコーヒーなのかの!?」

 

 え?そんなに、と和香は残っているコーヒーを失敬して味を見てみる。

 結果、盛大に不味かった。

 

「相変わらずねぇ」

 

 春香は苦笑しつつ、三つ新たにコーヒーを淹れた。和香と全く同じ分量、手順で淹れたはずなのに、今度は普通のコーヒーだ。

 春香がそれをオイナリサマの前に置くと、彼女は口直しとばかりに半分程を一気に飲み込んだ。

 

「何故……。同じ材料を同じ分量と同じ手順で作っておいてなんでこうなるんじゃ……ある意味才能というものかのう」

 

 ようやく一息ついたオイナリサマはしみじみとそう言った。

 和香は家事全般を壊滅的に苦手としている。

 春香も流れに任せてうっかり和香にコーヒーを淹れさせたのは失敗したと反省である。

 

「はい、和香ちゃん。自分で淹れたコーヒーは自分で飲んでね」

「えぇー!? 私もお姉ちゃんが淹れてくれたヤツがいいー!」

「はいはい、後で淹れ直してあげるから」

 

 そう仲睦まじい様子を見せる春香と和香を置いて、ドクター遠坂はオイナリサマの正面に座る。

 

「話を聞かせてもらってもいいかな? ヒトのフレンズ化が成功しない理由を」

 

 それで二人も我に返った。

 突然やって来たオイナリサマは一体どうして失敗を確信しているのだろう、と。

 

「それはのう。宝条和香、お主がこの世界に存在しておるからじゃよ」

 

 オイナリサマの言葉に三人とも首を傾げた。どうにも話が見えない。

 和香が存在する事とヒトのフレンズ化がどう関係しているというのか。

 

「例えばのう。アカギツネのフレンズはこの世界では親とその娘、せいぜい祖母くらいまでじゃろう?」

 

 確かにその通りだ。

 親族でもないかぎり同種のフレンズがまったく別な場所で生まれる事は殆どない。

 

「我らの世界ではのう。同じ種のフレンズは一人しかおらぬのじゃ。先程の例で言えばアカギツネのフレンズが存在している状態で野生動物のアカギツネがフレンズ化の条件を満たそうともフレンズ化はせぬ。それが世の理というものなのじゃ」

 

 つまり、同種のフレンズは世界にたった一人しか生まれない。

 それが本来の形であるとするならば……。

 

「つまり、ヒトのフレンズである和香君が既にいるから萌絵はヒトのフレンズにはなれない。そう言いたいわけだね」

 

 ドクター遠坂は確認するように言った。

 重々しく頷くオイナリサマ。

 確かに、それならヒトがフレンズ化した事例がない事だって納得がいく。

 この広い全世界でヒトのフレンズはたった一人。しかもそれが和香のように秘匿されてしまえば見つけ出す事は容易ではない。

 事実、和香は春香の妹として育てられ、セルリアンと戦って来てなお誰にもヒトのフレンズであるとバレなかったのだから。

 

「まぁ、全く可能性がゼロというわけでもないんじゃがの。ごくごく稀に親族でもないのに全く同じ種類のフレンズが生まれる事だってあるじゃろ?」

 

 オイナリサマが言うのは天文学的な確率での事である。

 今、この場でそれに望みを託すというのは現実的な話ではない。

 

「なるほど。で、キミは私に何をして欲しいんだい?」

 

 そう訊ねたのは和香だった。

 

「キミは言った『それでは成功しない』と。そして『助けに来た』とも。つまり萌絵ちゃんのフレンズ化を成功させる考えがあるんだろう?」

 

 そう続ける和香にオイナリサマは頷いた。

 

「宝条和香。お主に一つ頼みがある。滅びの危機に瀕した別世界を救ってやってはくれんかのう」

 

 唐突なオイナリサマからの頼みに春香とドクター遠坂は言葉を失った。

 だが和香だけは動じる事はなかった。

 

「いくつか訊ねたい。まず一つ、別な世界とやらにはどうやって行くんだい?」

 

 和香はオイナリサマをしっかりと見据えて言った。

 

「わらわの力で送ろう。わらわは次元を渡る力を持っておるからのう」

 

 なるほど、この重要研究区画に突然現れたのも次元を渡る力を持っているというなら納得がいく。

 そこについては納得したという様子の和香は続けて質問をする。

 

「で、私がその別世界に行けばそこは助かるのかい?」

「助かるかどうかはお主次第じゃよ」

 

 オイナリサマは一つ頷いてから言葉を続けた。

 

「そこはのう、もう二〇〇〇年近くセルリアンとの戦いを続けている世界なんじゃ。ヒトもフレンズも滅びの危機に瀕しておる。じゃが、お主が行く事で滅びの流れを変える可能性がある」

 

 どうやら思っていた以上に過酷な世界らしい。

 しかも、行ったところで確実にその世界を救えるとも限らないようだ。

 しばらく考え込んだ和香だったが、殊更オイナリサマの目を覗き込んで言う。

 

「さて、最後に一つ」

 

 一体何を問うつもりなのか。

 それがきっと宝条和香という人にとって最も重要な事なのだろう。

 オイナリサマは真っ直ぐに和香の目を見つめ返すと沈黙をもって先を促した。

 

「そこに住むフレンズちゃん達は可愛いのかい?」

「は?」

 

 あまりと言えばあまりの質問にオイナリサマは目を点にしていた。

 春香とドクター遠坂は「またか」と言いたげに呆れた顔になる。

 可愛い女の子の為ならたとえ火の中水の中。それが宝条和香であった。

 

「よし。決めた。行こう」

 

 オイナリサマの返答を待たずして和香は決断を下したようだった。

 その思い切りのよさに別世界に渡る事を提案したオイナリサマの方が慌ててしまった。

 

「よいのか!? 別世界に渡ればお主はもう戻れないかもしれんのじゃぞ!?」

「そうかもしれないけどね。それでも行く理由は主に三つある」

 

 和香は三本指を立てて示して見せた。

 

「一つは、例え別世界だろうと女の子が助けを求めているなら行かないとね」

 

 なにせ、和香は色鳥町を人知れずセルリアンの手から守って来たヒーローの一人だ。

 これが心の底からの本心である事は春香もドクター遠坂もよく知っていた。

 

「二つ目は萌絵ちゃんを病気で失ったりしたくないし、姉さんを泣かせたくもない。別世界を助けるついでに可愛い姪っ子まで救えるなら一石二鳥というものさ」

 

 そして最後に残った人差し指を折りつつ、和香はニヤリとした。

 

「それに萌絵ちゃんは姉さん似で美人になる。間違いない。将来の美女の為だ。命の一つも賭けようじゃないか」

 

 まったく、和香らしい事だと春香は苦笑しか出来なかった。

 

「ありがとう、和香ちゃん」

「なあに。お礼は帰って来た時にとびきり美味しいコーヒーでも淹れてくれたらいいさ。それまで姉さんのコーヒーは楽しみにとっておくよ」

 

 言いつつ和香は自分で淹れた不味いコーヒーの残りを一気に飲み干してから言った。

 

「さあ、行こうか」

 

 こういうのは時間をかけない方がいい。

 和香だって春香や他の友達と離れるのが寂しくないわけじゃないのだ。

 決意が鈍る前に旅立ってしまおう。

 そうして和香はオイナリサマの前に立つ。

 

「よいのか?」

「ああ」

 

 オイナリサマの確認に和香はやはり頷いた。

 着の身着のままだが、ずるずると準備に時間をかけたら後ろ髪引かれるに決まっている。だったらやはりこれで旅立つのが最良なのだ。

 和香が静かに目を閉じたのを見て、オイナリサマもやはり頷きのみを返し、彼女に手をかざす。

 すると、まばゆいサンドスターの輝きに和香の身体が包まれる。

 それが閃光となって弾けた後、そこには和香の姿もオイナリサマの姿もなかった。

 彼女達が姿を消した直後。

 

―ピーッ。ピーッ。ピーッ

 

 サンドスターポッドから電子音が鳴り響く。

 取り付けられたモニターには一言『complete』の文字が浮かんでいた。

 ヒトのフレンズである和香が別な世界に旅立ったから、あらたなヒトのフレンズが生まれる事が出来たのだろうか。

 そんなドクター遠坂と春香の疑問を余所に、サンドスターポッドは重厚な蓋を再び開いた。

 そして、その中身を見た二人は目を見開く事になる。

 

「「は、はぃいいい!?!?」」

 

 ドクター遠坂と春香が驚いたのも無理はない。

 何せ、サンドスターポッドの中には二人の赤ちゃんがいたからだ。

 一人は当然、先ほど中に入れた萌絵だ。

 そしてもう一人は萌絵にそっくりだった。

 ただ、わずかに生えた産毛が緑色っぽく見える。

 二人はお互いの手を取りあったまま、すやすやと健やかな寝息を立てていた。

 二人の赤ちゃんを引き離そうとすると起きてしまい、むずがってイヤがる為、春香は二人まとめて抱き上げる。

 

「これって……一体……」

 

 計画では、サンドスターポッドが開いた時、萌絵がヒトのフレンズになっているはずだった。

 けれど、起こった変化は萌絵が二人になっていた事だった。

 春香が戸惑っていると、萌絵が腕のなかで「ぉー」と小さな声をあげていた。

 よくよく聞くと何か三つの音が連続しているように思える。

 春香は腕の中の萌絵が何かを言いたいのか、と耳を澄ませた。

 

「とー。ぉー。えー」

 

 萌絵はそう言っているように聞こえた。

 まだ一歳にすら満たない萌絵が言葉を喋るはずがない。そう思いながらも萌絵の口が発している音は一定で何か意味があるとしか思えなかった。

 萌絵が繰り返しているのは、と、も、えの三つの音に聞こえるし、そうやって声をあげるたびにもう一人の赤ちゃんはキャッキャと喜んでいる。

 

「わかったわ。この子は『ともえ』ちゃんっていう名前なのね」

 

 春香が言うと萌絵は満足したように「ぁー」と返事した。

 

「あなた。やっぱり萌絵ちゃんはあなたに似て天才ね」

 

 早くも意味のある言葉を発した萌絵を手放しで褒める春香。きっとドクター遠坂に似て頭のいい子になるのだろう。

 それはともかく、今考えなくてはならないのは、萌絵が二人になっているものの、病気は一体どうなったのか、という事だ。

 ドクター遠坂はサンドスターポッドに取り付けられた計器や記録されたデータを読み解いて一つの結論を出した。

 

「まずね。萌絵の病気は治っているよ。萌絵の体内に内包されるサンドスター量は常人より少ないくらいだ。ここまでサンドスター量が少なくなると風邪とかひきやすくなるかもだけど、それでもこの先もずっと生きていけるよ」

 

 どうやら当初思っていた結果とは違うが、それでも萌絵はもう病気ではなくなったらしい。

 春香は嬉しさと安心のあまり、その場にへたりこんでしまった。

 

「「ぁー?」」

 

 そんな春香を腕の中の赤ん坊達が不思議そうに見ている。

 もう一人増えた方の赤ん坊、ともえはよく見ると目の中に赤と青の不思議な光を宿していた。

 この子は一体……。

 春香がそう思っていると、ドクター遠坂が答えを告げた。

 

「この子は……ともえちゃんは、萌絵から生まれたヒトのフレンズだよ」

 

 ヒトのフレンズは生まれていたのだ。

 萌絵から別れる形で。

 

 その後、遠坂夫妻は新たに生まれた『ともえ』を自分達の娘とした。萌絵の双子の妹として。

 萌絵から溢れ出そうとしていたサンドスターを引き受ける形となったともえであったが、それでも何の問題もなく健やかに成長していったのはやはり彼女がヒトのフレンズであったからだろう。

 ドクター遠坂は二人の健康状態をモニタリングする為に二体のラッキービーストと呼ばれるロボットを作った。

 そのうち一体がラモリさんである。

 こうして、萌絵が時々体調を崩したりしながらも姉妹は仲良く暮らして来た。

 

 ちなみに……。

 ともえが生まれたこの日、全く別な場所でもう一人ヒトのフレンズが生まれるという奇跡が起きていた事をドクター遠坂はずいぶん後になってから知るのだった。

 

 

―②へ続く




【セルリアン情報公開:クマリアン】

 青龍神社に安置されていた人形に宿った“輝き”から生まれたセルリアン。
 見た目は大きなテディベアである。
 元がヌイグルミだけあって、打撃攻撃に強く防御力が高い。
 また、3mを越す巨体から生み出されるパワーもかなりのものだ。
 反面、動きは鈍重でスピードに欠ける。
 特殊な能力はないが、強力なタフネスとパワーによる攻めはそれだけでも脅威だ。
 鈍重な動きに油断すると痛い目を見る事になるだろう。
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