けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第24話『クロスハートがいない夜』②

 

 

 エゾオオカミとハクトウワシは色鳥駅に急いでいた。

 駅前を歩く人々も異変には気付いているのか、少しずつ騒ぎが広がっている。

 近づいてわかったが、闇色の煙は色鳥駅に併設された商業ビルから上がっていた。

 火事にしては様子が変だ。

 ただ黒煙……、いや、闇色の煙が立ち上っているだけなのだ。

 避難を促す非常ベルも鳴っていなければ、消火設備が作動している様子もない。

 それらは機械によって自動的に作動するはずだ。

 けれど、それがないという事は……。

 

「火事じゃないのかしら……」

 

 ハクトウワシは戸惑う。

 火事ではないのだとしたら、この黒煙のようなものは一体……。

 

「ともかく、原因を確かめないといけないわね……」

 

 ハクトウワシは商業ビルへのエントランスを潜ろうとした。

 と、その時……。

 

「た、助けて……」

 

 ふらふらと入り口から人が一人出て来たではないか。

 ハクトウワシは急いでそちらへ駆け寄ろうとした。

 が……。

 

―ゾロゾロ。

 

 その人の後ろからは人型をした煙が次々と現れた。

 それは実体を持たない闇色をした煙が人のような形をしてユラユラと揺れる。

 たまたまそうなのか。

 ただ、それが何人?も次から次に現れるとなれば偶然とは思えなかった。

 ともかく、ビルから出て来たヒトを助けなくては。

 ハクトウワシは怖気づく気持ちに喝を入れて走る。

 が、一瞬遅かった。

 闇色をした人型の煙がそのヒトを飲み込んだのだ。

 

「くっ!」

 

 殴って効くのかわからないが、それでも他に有効そうな手立てはない。

 ハクトウワシはビルから出て来たヒトを飲み込んだ人型の煙に拳を叩き込んだ!

 ちょうど頭部らしき部分を殴りつけた途端……。

 

―パァン!

 

 まるで風船が破裂するような音と共に人型の煙が霧散した。

 飲み込まれたヒトもその場に倒れそうになる。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 ハクトウワシはそのヒトを抱き止めた。

 呼吸はしているけれど意識はない。気を失っている……。いや、この規則正しい呼吸はまるで……。

 

「寝てる……?」

 

 ハクトウワシにはそう感じられた。

 命に別状なさそうなのは何よりだが自力でこの場を離れる事は出来なさそうだ。

 それに何より、まだまだヒト型をした不気味な煙はあとからあとからゾロゾロと現れてくる。

 気を失ったヒトを抱えたハクトウワシにも人型の煙が迫っていた。

 そんな状態でまともに抵抗できるわけがない。

 ハクトウワシにも手を伸ばして来るが、あれに捕まったら一体どうなってしまうのか……。

 だが、そうはならなかった。

 

「おぉりゃあっ!」

 

 エゾオオカミが正拳突きで人型の煙を打ち抜いたからだ。

 やはり人型の煙は風船が破裂するような音と共に霧散する。

 

「こいつら、強くないのは助かったぜ」

 

 しっかりと残心をとりながら商業ビルの中を睨みつけるエゾオオカミ。

 奥は薄暗く、先ほど蹴散らしたのと同じようなのがウロウロしているのが見えた。

 さらに、買い物客であろう沢山の人達が倒れているのも。

 

「あ、ありがとう。エゾオオカミ。それにしてもあなた、少しセルシコウに似て来た?」

「まぁ、アレだけ一緒に居ればな」

 

 エゾオオカミの構え方がなんだかセルシコウと重なって見えたハクトウワシである。

 こうしてセルシコウにも同年代の友人が増えたのも嬉しい。これからも楽しい事はまだまだあるだろうから無事を願わずにはいられない。

 そんな風にハクトウワシが呆けている間にエゾオオカミはさっさと商業ビルの中に入ってしまった。

 

「あ!? こら、待ちなさい!」

 

 ハクトウワシは自身が抱えていたヒトを一度戻って野次馬に託してから忙しなく戻る。

 その間にエゾオオカミはこの辺りをウロついていた人型の煙を全て排除していた。

 

「いや、本当強いわね。エゾオオカミ……」

 

 本当なら危ない事をするなと怒らなくてはいけないところだが、あまりに手慣れた様子にハクトウワシは感心すらしてしまっていた。

 しかも、エゾオオカミは既に倒れたヒト達の様子を見てすらいた。

 

「ハクトウワシさん。このヒト達も寝てるだけだ」

 

 エゾオオカミが闇色をした人型の煙を排除出来たのは単純にそいつらが弱かったからだ。

 いま、倒れているヒト達全員が抵抗できない程だったのかと言われると疑問が残る。

 

「そうか……。色鳥武道館の時と同じか」

 

 あの時も牛頭のセルリアンが小さな分身体を繰り出して来た事がある。

 けれど、ヒトの攻撃は効かずにキンシコウやヘビクイワシやオウギワシ達フレンズの攻撃なら通用していた。

 あの後、エゾオオカミが和香教授に訊ねたところによると、フレンズは誰もが“けものプラズム”を纏っており、それがセルリアンに対して有効なのだそうだ。

 この世界のフレンズだって、“けものプラズム”は変わらず持っているから弱いセルリアンが相手なら対抗する事ができる、という事らしい。

 

「つまり、コイツらもセルリアンってわけか!」

 

 辺りを漂う闇色をした煙が集まり、再び人型の形を成していく。

 エゾオオカミはそれらに片っ端から正拳突きを叩き込んでいった。

 

「ふぅ……。ったくキリがねぇ……!」

 

 相手は弱いとはいえ、数が多い。

 それに倒しても倒しても次々湧いて出てくる。このままここにいるのは得策ではないように思えた。

 どうするべきか。エゾオオカミが考えを巡らせていたその時……。

 

「エゾオオカミ! 伏せて!」

 

 ハクトウワシの声が響いた。

 エゾオオカミは反射的に身を低く屈める。

 

―チッ

 

 エゾオオカミの髪を何かがかすってそのまま駆け抜けた。

 それはハクトウワシの蹴り足だった。

 鋭い上段蹴りがエゾオオカミの頭上を疾る。

 そして、天井で形を成して落ちて来た人型の煙を文字通り蹴散らした。

 

「お……。おおぅ……。ハクトウワシさん、やるなぁ」

「まぁ、警官だもの。これくらいは鍛えているわよ」

 

 しかし、人型の煙はまだまだ湧いて出て来る。

 二人は背中合わせになって構えた。

 

「こうなったら、元凶を何とかしなきゃジリ貧だぜ」

 

 確かに、ここでいくら人型の煙を倒していても状況が改善する兆しはない。

 だったらイチかバチかこの煙の発生源を何とかするしかないのではないか。

 ハクトウワシもそう思ったが、けれど闇雲にそれを探すのも得策ではないように思えた。

 その時だ。

 

「エゾオオカミ! ハクトウワシ!」

 

 奥の方からマセルカが走って来た。

 しかも闇色をした人型の煙に追われているではないか。

 ハクトウワシがマセルカを抱きとめている間に、エゾオオカミが彼女を追っていたやつらを蹴散らす。

 

「マセルカ! 何があったの?」

「オオセルザンコウとセルシコウが……」

 

 マセルカは言いかけてハッとした。

 この二人ではセルゲンブに敵うはずがない。ただいたずらに巻き込んでしまうだけなのではないか、と。

 

「わかったわ。マセルカは外に避難してなさい」

 

 そんな思いを知ってか知らずか、ハクトウワシはマセルカが来た方へ走って行ってしまった。

 マセルカが止めようと伸ばした手は空を切る。

 だいたい、ハクトウワシに何と説明したらいいのか。

 彼女を止めたいのに何の言葉も出てこない事にマセルカは絶望した。

 

「大丈夫か?」

 

 さすがにそんな調子では心配にもなる。

 エゾオオカミがマセルカの顔を覗き込んでいた。その表情は真っ青と言っていい。

 

「オオセルザンコウとセルシコウに何かあったんだな? 話してくれ」

 

 エゾオオカミはそう言ってくれるが、マセルカは迷っていた。

 今、このまま何もしなかったらオオセルザンコウとセルシコウに加えて、ハクトウワシまで巻き込まれてしまう。

 だが、エゾオオカミに話したところで巻き込まれる者が一人増えるだけだ。

 どうする。

 どうしたら……。

 迷った末にマセルカの口から出たのは……。

 

「無理だよ。だってエゾオオカミは弱っちいもん」

 

 という憎まれ口だった。

 そもそも、外に逃げて助けを求めると言ったところで一体誰を呼んで来たらいいというのか。

 もう既に状況は詰んでいる。

 あとはいかに被害を少なくするかだ。マセルカにとってはそうであった。

 けれど……。

 

「まぁ、そうだな。そりゃあお前らに比べりゃあ弱いのかもしれないけどさ……」

 

 けれど。

 ガシリ、とエゾオオカミはマセルカの両肩を掴んだ。

 

「いいから話せ。無理かどうかは俺が決めてやる。マセルカが悩んでそんな顔してるくらいならその方がいい」

 

 マセルカにだって分かる。

 エゾオオカミが気遣ってくれた事くらい。

 けれど、けれど頼っていいのか。その想いが口を重くする。

 

「友達が困ってるんだ。絶対助ける。だから話せ」

 

 エゾオオカミは頼れ、と言ってくれた。友達だ、とも。

 マセルカは胸にこみあげるものと共に全て白状した。

 セルゲンブがこちらに来た事。

 いま、マセルカとセルシコウは二人とも変身できない事。

 オオセルザンコウを『ヨルリアン』にしようとしている事。

 彼女を助ける為、そしてマセルカを逃がす為にセルシコウが変身できないにも関わらずセルゲンブと対峙している事。

 

「ごめん。ごめんね……エゾオオカミ」

「謝る事はねーよ」

 

 謝るマセルカに返事しつつエゾオオカミは考える。

 それにしたって、セルゲンブとやらは随分な手段を取ったな、と。

 そりゃあ、この世界の“輝き”を保全するという事に思うところはある。

 どういう手段でそれを成し遂げて、それが終わった時世界がどうなるのか、誰もが分からなかった。

 だからセルリアンフレンズ達ともセルリアンを倒すという事では協力だって出来た。

 

「けれど、セルゲンブってのとは仲良くできそうもねーな」

 

 エゾオオカミの胸中には怒りが湧いていた。

 どうにも気に入らない。

 セルゲンブの為に働いた三人にこんな仕打ちをするとは。

 ともかく文句を言って場合によっては一発ぶん殴らないと気が済まないくらいだ。

 とはいえ、事態は思っていた以上に深刻だ。エゾオオカミ一人で何とか出来る話でもないと思えた。

 

「マセルカ。ハッキリ言って俺一人の手には負えない。だからお前は外に行って先輩達を呼んで来てくれ」

 

 エゾオオカミが言うのが誰の事なのかマセルカにもわかる。

 クロスハート、クロスシンフォニー、クロスラピスとクロスラズリ。それにクロスナイトもクロスレインボーだっていたか。

 

「おおーい。クロスアイズも忘れないでやってくれ」

「えぇー……だってエゾオオカミは弱っちいもん」

 

 指折り数えるマセルカが自分の名前を出してくれないのでエゾオオカミとしては軽くショックだ。

 けど、マセルカがいつもの生意気そうな笑みを見せているのだから怒るのはやめておこう。

 

「そうだな。俺は弱っちいから、さっさと先輩達を呼んで来てくれ。それまでは何とか時間を稼いでおくから」

「うん! わかった! ありがとうね、エゾオオカミ!」

 

 まだ頼れる人がいる。

 それだけでもマセルカの胸に希望の火が灯る。やる事が出来た以上、走らなくては。

 一筋の光明と共にマセルカは外へと駆け出して行く。

 きっと彼女なら他のヒーロー達に報せてくれる事だろう。

 

「エゾオオカミー! 無理しないでよー! エゾオオカミは弱っちいんだから!」

「だから弱っちいは余計だ!?」 

 

 一度振り返って言うマセルカにエゾオオカミはツッコミを返してしまった。

 いつもの調子を取り戻してくれたのならまぁいいか、とエゾオオカミは後ろ頭を一度掻いてから前に向き直る。

 セルゲンブ。

 異世界からやって来た四神の一人。

 確かに自分なんかが敵う相手ではないと思う。

 けれど、それでも……。

 

「一発くらいはぶん殴らないとやっぱり気が済まねえ!」

 

 吠えつつ、エゾオオカミも奥へと駆け出すのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「セルシコウ。そこならば安全じゃ。お主はそこで見ておるがいい」

 

 セルゲンブは透明な氷の中に閉じ込めたセルシコウに言う。

 二人の戦いは鎧袖一触で決着がついた。

 変身できないばかりか、アクセプターの出力が最低にまで落ちているセルシコウとセルゲンブでは地力に差がありすぎる。

 セルゲンブの技でセルシコウは閉じ込められてしまったのだ。

 

「この技はのう、『絶対氷牢』という。内側からだろうが外側からだろうが破る事など不可能じゃ」

 

 セルゲンブの言う通り、セルシコウが内側から氷を殴ろうが蹴ろうがビクともしない。

 こうなってしまえば、出来る事はないので逆に考える余裕を与えられてしまった。

 セルシコウとしてはやはり、セルゲンブが随分と強硬な手段に出たと思えた。

 それに焦っているようにも思える。

 セルシコウの知るセルゲンブはオオセルザンコウと同じで、どちらかと言えばしっかりと策を練るタイプだ。

 それがどうして、こんなにも急いでいるのか。

 その疑問を視線に乗せて投げかける。

 

「まぁ、そうじゃのう。我としてもここまで急ぐのは不本意じゃのう。じゃが、他に手がなかったのじゃ」

 

 セルシコウの視線を受けてセルゲンブが答える。

 

「セルシコウ。お主も見たじゃろう? 我らが世界の真実を」

 

 セルシコウもセルゲンブから見せられた。

 彼女達の世界は雪と氷に覆われて全てが凍り付いている事を。

 セルリアンフレンズ達は誰もが氷の中で幸せな夢を見ながら眠らされている事を。

 その事実はセルシコウの心をも揺さぶっていた。

 自分がしてきた修練が夢の中でのものだったなんてニワカには信じ難い話だ。

 だが、セルシコウはそれが正しいとも心のどこかで納得もしていた。

 

「これは初めて言うわけじゃが……。我は世界の姿に納得などしておらぬ」

 

 セルゲンブもまた、雪と氷に閉ざされた凍てつく世界でいいとは思っていなかったのだ。

 

「そこでのう。我は一計を案じたのじゃ。我らが女王を倒し世界を取り戻そうとな」

「な……!?」

 

 セルシコウにとっても、彼女達の世界にいる女王は絶対的な存在だ。

 それに逆らおうなんて思った事すらなかった。

 けれど、セルゲンブは違ったらしい。

 

「この世界の“輝き”を得て我はこの世界の女王となる。そうなれば我らの女王と同格よ。戦う事だって出来る」

「セルゲンブ様……だからそんなにも急いで……」

 

 この計画はセルゲンブ達の女王に気取られてはならない。

 別世界の“輝き”をも保全するという女王の目的に沿う形で策を進め、今、この時にセルゲンブは賭けに出たのだ。

 

「オオセルザンコウには悪い事をしたと思っておる。じゃが他に事を為せる策を考えつけなかったのじゃ」

 

 セルゲンブはチラリと闇色の繭を見る。

 そこからはモクモクと闇色をした煙が吐き出され続けていた。

 その中にいるオオセルザンコウは虚ろな目をしたままで話が聞こえているとも思えない。

 セルシコウだってショックだ。

 自分達が過ごして来た世界が凍てつく世界だったなど。それに到底納得など出来ない。

 そうして揺れるセルシコウにセルゲンブは手を差し伸べた。

 

「セルシコウ。協力してはくれぬか。我と共に我らが世界を取り戻そう」

 

 セルシコウは迷う。迷った末にふらふらとセルゲンブの差し伸べた手へと自らの手を伸ばそうとした。

 けれど、そこでハッとした。

 ならばこの世界はどうなるのか、と。

 ほんの一ヶ月くらいではあるがバイトや勉強や部活といった経験した事のない経験をさせてくれたこの世界は、自分達の世界と同じように氷に閉ざされてしまうのだろうか。

 そこで、あの未熟なオオカミのフレンズが氷の中に閉ざされ眠る姿が想像された。

 そして、ハクトウワシやヤマさんや奈々やキタキツネやギンギツネ達が同じように氷漬けにされている姿も。

 

「セルゲンブ様。私はあなたとは共に行けません」

 

 そんな未来はセルシコウにとって許せる事ではなかった。

 ほんの一ヶ月くらいの間の出来事だとういうのに随分と絆されたものだと思う。

 だが、セルシコウにとってもこの世界で過ごした時間はそれだけ大切なものになっていた。

 それを見てとったセルゲンブは差し伸べた手を引っ込める。

 

「そうか」

 

 と。

 

「ならば、お主にはしばらくの間『絶対氷牢』の中で眠っていてもらおう」

 

 セルゲンブが言うと『絶対氷牢』の中がどんどんと氷で満たされようとしていた。

 彼女が敵対する者に容赦をしない性格である事をセルシコウだって知っている。

 きっと、セルゲンブの手を取らなかったらこうなるであろう事は予想だってしていた。けど後悔はしていない。

 セルシコウは諦めと共に両目を瞑る。

 その時だ。

 

「Don't Move!」

 

 バン、とテナントの扉が開くと拳銃を構えたハクトウワシがそこから姿を現した。

 銃口は正確にセルゲンブへ向けられている。

 色鳥武道館へ不審者が乱入した事件で犯人が見つかっていない為、警戒を強めていた警察は実弾を装填した拳銃の携行を許可していた。

 ハクトウワシはまさかそれを抜く事になるとは思ってもみなかった。

 けれど、銃口は震える事すらなくピタリと照準を定めている。

 このまま撃てば、セルゲンブの身体に命中するのは確実だ。

 

「ふむ。よかろう。撃ってみるがいい」

 

 対するセルゲンブはハクトウワシを一瞥すると両手を広げて見せた。

 まるで撃ってみろ、と言わんがばかりの態度にハクトウワシも戸惑う。

 拳銃を向けられて平然としていられるはずがない。

 こちらが撃たないと踏んでいるのだろうか。

 ならば。

 

―パァン!

 

 火薬が破裂する音と共に拳銃が火を吹く。

 ハクトウワシが天井に向けて引き金を引いたのだ。

 

「動かないで。そしてゆっくり両手を上げてセルシコウから離れなさい。従わないと次は当てるわよ」

 

 今のは威嚇射撃だ。

 たとえ拳銃というものを知らないとしても、銃声はかなりの轟音だ。威嚇の効果は十分にあるはず。

 だが、セルゲンブは動じた様子もない。

 それどころか余裕の笑みすら浮かべていた。

 

「知っておるよ。その鉄砲という武器は使える回数に限りがあるのだろう? 大切な一発を警告の為に使うなど、随分とお優しい事じゃのう」

 

 ハクトウワシが持つ警察官の拳銃は回転式弾倉の五連発だ。

 今の威嚇射撃で残りは四発。

 けれど、セルゲンブを止めるには十分だと思えた。

 

「いいえ、優しくなんてないわ」

 

―パァン!

 

 再びの銃声。

 今度はセルゲンブの足元に向けた一発だ。

 セルゲンブのつま先数センチのところに銃痕が出来ていた。

 二発目の威嚇射撃。

 これで実弾が込められている事だってわかったはず。

 なのにセルゲンブの態度は変わらない。

 それならそれで構うものか。

 セルゲンブがセルシコウに何かをしたのは火を見るよりも明らかだ。

 

「私の家族に手を出したんだもの! 私にだって我慢の限界ってものがあるんだから! 警告はしたからね!」

「ダメです! ハクトウワシ!」

 

 セルシコウが制止の声をあげるも間に合わず、ハクトウワシはセルゲンブの腕を狙って三発目の銃弾を発射した。

 狙いは正確だった。

 けれど……。

 

「え……?」

 

 ハクトウワシは思わず呆けた声をあげた。

 彼女の放った銃弾はセルゲンブの目の前、空中で静止していたのだ。

 ライフリング効果でシュルシュルと回転する銃弾は、しかしセルゲンブに傷一つつけていない。

 

「鉄砲なんぞがセルリアンに効くものか」

 

 セルゲンブはつまらなそうに言い捨てて、ツイと指を振る。

 すると彼女の手前で止まっていた銃弾はクルリ、と向きを180度変えてしまったではないか。

 

「ハクトウワシ! 逃げて!」

 

 セルシコウが叫ぶも、やはりそれは一歩遅かった。

 セルゲンブが指をハクトウワシの方へ向けると銃弾はそれに従い、放たれた時と同じ勢いで返る!

 ハクトウワシは普通のフレンズだ。

 銃弾を防ぐ術などない。

 起こる惨劇を予想してセルシコウは目を瞑った。

 けれど、いつまでもそうしてもいられない。

 恐る恐る目を開けたセルシコウの目には、ハクトウワシを抱えて転がるエゾオオカミの姿が映った。

 

「ふぃいい。あぶねぇー……」

 

 額に浮かんだ汗をぬぐってホッと一息をつくエゾオオカミ。

 返された銃弾は壁に当たって銃痕を穿っていた。

 ハクトウワシを放すと、エゾオオカミも立ち上がりセルゲンブへ指を突きつけ言い放つ。

 

「おいこら! お前がセルゲンブか!」

「いかにも」

 

 一体何を言うのかとセルゲンブは訝しむ。

 唐突な闖入者はどうやら自分の事を知っているようだが一体何者だろう。

 そうだ。

 オオセルザンコウが寄越した情報にあった。

 この世界の戦士、その一人ではなかったか。実力は大した事はなく名を覚える程でもないかと思っていたが。

 

「お前! 俺の友達に何してくれてんだ!」

 

 何を言うのかと思えば……。友達とは『絶対氷牢』に入れたセルシコウと『ヨルリアン』になろうとしているオオセルザンコウの事か。

 

「友、と来たか。お主は曲がりなりにもこの世界を守る戦士であろう。セルリアンフレンズの三人とは敵でこそあれ友だと? 馴れ合うのもいい加減にせよ」

「うるせぇ! 敵でもあるが友達でもあるんだよ!」

 

 どういう理屈だ、とセルゲンブは一笑に付した。

 しかし、エゾオオカミはなおも言い募る。

 

「逆に訊くけどな。俺はセルシコウ達と同じ釜の飯だって食った。一緒にバイトだってした。ついでに一緒に戦ったりもしたし喧嘩だってしたぞ。全然敵わなかったけどな。これが敵だけど友達じゃないなら何て言うんだよ」

 

 セルゲンブとしては呆れるばかりだ。

 セルリアンフレンズ三人は一体何をしていたのだ、と。

 何はともあれどうやらこのエゾオオカミというフレンズは見逃すわけにはいかないようだ。

 例え弱くてもこの世界を守る戦士なのだから。

 よくよく考えれば先程戦ったハクトウワシとやらもこの世界を守護する者の端くれだったか。

 ならば二人まとめて片付けるか。

 そう考えてセルゲンブはエゾオオカミとハクトウワシに一瞥をくれる。

 膨れ上がる殺気を察したセルシコウが慌てて叫ぶ。

 

「エゾオオカミ! ハクトウワシを連れて逃げて下さい! あなたでは絶対に敵いません!」

 

 それでも。

 エゾオオカミには逃げるという選択肢はない。

 何故なら。

 

「俺が逃げちまったら誰がお前らを助けるんだよ」

 

 他の世界からやって来たセルシコウはこんな事態になってセルゲンブが敵になってしまった今だって誰も頼れなかった。

 けれどエゾオオカミがこうして助けに来てくれた事に胸の奥から何かがこみ上げてくる。

 だけどどうして、どうしてここまでしてくれる。

 

「へ? いや、さっきも言ったけどさ。同じ釜の飯だって食った。一緒にバイトだってした。あと一緒に戦いもしたし喧嘩だってしたよな。助ける理由なんてそんなもんで十分じゃないか?」

 

 セルシコウの疑問の眼差しに、エゾオオカミもまた不思議そうにしていた。

 エゾオオカミにとって、友達を助けるなんて当たり前の事だ。

 セルゲンブが強い事くらい分かり切っている。

 けれどそれがどうした。

 

「セルゲンブ。俺の友達を放しやがれ」

 

 エゾオオカミにとっては相手が強いからと言って友達を見捨てる理由にはならないのだ。

 

「そうね。私の家族を放しなさい」

 

 ハクトウワシもまたエゾオオカミの隣へと並び立った。

 セルシコウは観念した。どうやらもう二人に何を言ったところで無駄なようだ。

 だったら今、胸の内にある素直な言葉を口にしよう。

 

「すみません! 助けて下さい、エゾオオカミ! ハクトウワシ!」

 

 セルシコウの言葉に二人は揃って力強く頷いた。

 

「さて、ハクトウワシさん。悪いが今から見る事は秘密にしておいてくれよ」

 

 エゾオオカミはポケットから香水瓶を取り出すと、それを構えて叫んだ。

 

「リンクハート! メタモルフォーゼ!」

 

 エゾオオカミが両手、両足と香水を振りかけると、そこがサンドスターの輝きに包まれる。

 

「リンクエンゲージ!」

 

 パッとサンドスターの輝きが晴れた時、そこには茶色の長い毛並みに同じ色のブレザー。そしてチェック柄のミニスカートを身に着けたオオカミのフレンズがいた。

 

「ニホンオオカミスタイル……!」

「え、エゾオオカミ……?」

 

 さすがにこれにはハクトウワシの目が点になった。

 彼女だって噂くらいは知っている。

 最近巷で人知れず事件を解決している謎のヒーロー。その一人が目の前にいるのだ。

 

「まさか、クロスハート……?」

「あー。いや、一応違うんだ。俺はクロスアイズ。通りすがりの正義の味方、クロスアイズだ」

 

 茶色の毛並みをしたオオカミのフレンズはエゾオオカミと同じ仕草でポリポリとほっぺたをかいていた。

 

「さて……それじゃあ行くぜ、セルゲンブ。お前はやっぱり一発ぶん殴らないと気がすまねえ」

「そこは私も同感ね」

 

 やはりクロスアイズの隣にはハクトウワシが並び立っていた。

 どうやらハクトウワシは引くつもりはないらしい。

 ならば。

 

「じゃあハクトウワシさん。二人でアイツに一泡吹かせてやろうぜ!」

「わかったわ。エゾオオカミ」

「いやー。出来ればクロスアイズって呼んでくれよ。なんか誰も俺の名前覚えてくれねーんだよなぁ」

 

 そんなクロスアイズにハクトウワシはこんな時だと言うのに苦笑してしまった。

 正直、二人だけで勝てるなんて思えない。

 

「けど、安心していいぜ。時間さえ稼げば本物のヒーローが来てくれるからな」

 

 外にはクロスラピスとクロスラズリだっているし、クロスシンフォニーもこの事態に気づいていないはずがない。

 マセルカだって外に助けを呼びに行っているはずだ。

 それに何より……クロスハートはこんな時に必ず来る。そうクロスアイズは信じていた。

 だから、今からやるのは時間稼ぎだ。

 

「さて、茶番は終わったか? クロスアイズとハクトウワシとやら」

 

 セルゲンブも同じだ。

 『ヨルリアン』が完全に孵化したなら誰にも止められない。

 孵化が終わるまで『ヨルリアン』を、オオセルザンコウを守ればいい。

 彼女がやる事もまた時間稼ぎに他ならない。

 ならばこの二人を相手どって、こちらの世界の戦士達がどの程度の実力を持っているのか探るのも手だろう。

 

「来るがいい。少しばかり遊んでやろう」

 

 セルゲンブは誘うように手を伸ばす。

 明らかに侮った様子を見せるセルゲンブにクロスアイズとハクトウワシは憤りを感じていた。

 

「時間稼ぎはするんだが……。それでもやっぱり一発くらいはぶん殴らないと気がすまねえ!」

 

 クロスアイズはセルゲンブへと踊りかかる。

 いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。

 

―③へ続く 

 

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