けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第24話『クロスハートがいない夜』③

 

 

 青龍神社では携帯電話越しに春香の話を聞き終えた一同が重い空気に沈んでいた。

 

『今まで話せなくてごめんなさい』

 

 春香は電話越しに重く沈んだ声を出す。

 しかし、春香を責められる者は誰もいなかった。正直こんな話をどう話していいのかなんて分かるはずがない。

 春香に代わって今度は菜々とカラカルが一歩前に出た。

 そのまま二人とも正座である。

 

「私がともえちゃんに無神経な事を言っちゃったばっかりに……。本当にごめんなさい」

「私だって、ちゃんと和香に事情を聞いておけばよかったのに……。ごめんなさい」

 

 二人ともしょんぼりしているが、決して彼女達が悪いわけではない。

 なんせ別世界から来た菜々達にとってヒトのフレンズが他のフレンズの力を借りて変身する事は当たり前だったのだから。

 むしろ、自分の事情を知らずに変身出来ていたともえの方が特別と言ってもよかった。

 

「菜々ちゃんやカラカルちゃんが悪い事なんかないよ!」

 

 声の方に振り向けば萌絵が言っていた。

 一番ショックを受けているのは彼女のはずだ。

 本当であれば、もう病気で亡くなっていてもおかしくなかった事もそうだが、双子の妹が本当は妹ではなかったのだから。

 

「いやぁ。でもさ。お母さんグッジョブだよ」

 

 は?

 と全員の目が点になる。

 一体何がよいのだろうか?と。

 電話の向こうの春香までもがキョトンとしてしまった。

 

「いや、だって本当はともえちゃんとアタシって学年違ってたって事でしょ? 双子って事にしてくれたから同じ学年になれたし」

 

 確かに、萌絵は三月二十四日の早生まれだ。ともえが約二か月後に生まれたのだとしたら学年が違ってしまう。

 けれども、そこか。そこなのか。と一同呆れていいやら感心していいやらなんとも複雑な表情をしていた。

 そんな一同の反応を余所に、萌絵は自信たっぷりといった不敵な笑みで言い切った。

 

「お母さん、菜々ちゃんカラカルちゃん。それにセイリュウ様も。みんな安心して。ともえちゃんは絶対アタシが連れ戻すよ。だってアタシはともえちゃんのお姉ちゃんだもん」

 

 その決意表明に一同の顔に笑いが戻って来る。

 

「イエイヌちゃんとラモリさんは手伝ってね。なんだか街の方は大変な事になってるみたいだからアタシ一人だと気軽に出歩けないかもだし」

「はい! わたしが萌絵お姉ちゃんをお守りします!」

 

 萌絵の表情は何とも自信に満ちたものだった。

 この状況でそんな顔が出来るのだから、頼もしい事この上ない。イエイヌの尻尾は物凄い勢いでぶんぶんと揺れる。

 萌絵がこんな表情をしている時は、必ず何とかしてくれる。

 それは双子の妹であるともえと一緒だった。

 だからイエイヌは萌絵を守ってともえの元まで送り届けるだけでいいのだ。

 お安い御用というものである。

 

「それなら、街の方は私達に任せてよ。罪滅ぼしってわけじゃないけど何とかするから」

 

 そう言うのはクロスレインボーこと菜々である。

 彼女は別世界からやって来たヒトのフレンズだ。

 だからクロスハートに勝るとも劣らない戦力なのである。頼りにしていいだろう。

 

「そうね。もちろん私も手伝うわ」

 

 そしてカラカルもまた別世界のフレンズであるからイエイヌ……いや、クロスナイトに匹敵する実力の持ち主だ。

 

「それだったら、カラカルはこの神社を守って欲しいかな。さっき言ってたけど、避難する人達が来るかもしれないんでしょ?」

 

 菜々が考えつつ言う。

 夜の闇はどんどん広がって徐々に街を飲み込んでいる。

 セイリュウも、ここを避難所にして人々を守るのがいいと考えていた。

 

「そうですね。青龍神社ならある程度結界で耐えられるでしょう。ですがセルリアンが直接来た場合に対抗出来るのかどうか……」

 

 セイリュウもかつてはセルリアンと戦った事があるが、それでも一人でこの事態を前に青龍神社を守り切るのは難しいと思えた。

 カラカルが残ってここを守ってくれるというならとても助かる。

 

「それなら、アタシとイエイヌちゃんとラモリさんはともえちゃんを探しに。菜々ちゃんは街に。カラカルちゃんとセイリュウ様がここを守るって事だね」

 

 萌絵の言葉に全員が頷きを返す。

 これで方針は決まった。

 全員がやるべき事が見えて張り切って駆け出そうとしていた。

 

「あ、そうだ。菜々ちゃん」

 

 と、そこに萌絵が急に声を掛けるものだから、菜々は思わず後ろ髪引かれたようになってしまう。

 転びそうになった体勢を何とか立て直し、菜々は続く言葉を待った。

 

「あのね、気になったんだけど、ヒトのフレンズは変身方法ってみんな違うの?」

 

 ともえもかばんも菜々もフレンズの力を借りて変身するのは一緒だが、その方法はそれぞれ微妙に違うように思えた。

 その違いが萌絵としてはどうしても気になったのだ。

 そこには今という事態を打開する鍵があるのではないかと萌絵の勘が告げている。

 こんな時だというのに菜々はきちんと答えてくれた。

 

「ああ、うん。ええとね、私が変身に使ってる栞には仲良くなったフレンズのみんなから貰ったお花とか葉っぱとかの押し花がつけてあるの」

 

 花や葉っぱで変身できるとはどういう事か。

 

「ほら。私の名前って菜々でしょ。だから《菜》つまり植物が変身の鍵なの」

「じゃ、じゃあヒトのフレンズって名前によって変身方法が違うって事!?」

「そうだよ」

 

 驚く萌絵に菜々は頷いて見せた。

 菜々の場合は絆を結んだフレンズからプレゼントしてもらった何らかの植物が変身アイテムとなっているらしい。

 

「しかも、私の名前が《ナナ》じゃない? だから私の変身モードは合計で七つまでなの」

 

 つまり、七色の変身モードで戦う菜々はまさにクロスレインボーを名乗るに相応しい。

 

「じゃあ、ともえちゃんの場合は……」

「うん。《友》達の《絵》。それが変身アイテムになったんだと思うな」

 

 ともえは友達になったフレンズ達の絵を描いたスケッチブックで変身していた。

 それは名前に根差したものであるらしい。

 そうなるとクロスシンフォニーは《かばん》という名前から、絆を結んだフレンズを己の内に入れて変身するというスタイルなのだろうか。

 

「ほら、ヒトのフレンズって種族の名前であるヒト、とは呼ばれないじゃない? 名前っていうのはヒトのフレンズにとって重要な特徴なんだよ」

 

 けもの耳も尻尾も翼もないヒトのフレンズにとって、名前こそが特徴を表すものなのだ。

 なるほど、と納得しかけた萌絵に菜々はまだ解説する事がある、と指を一本得意気に立てて見せた。

 

「あとね、私が《ナナ》だから七つしか変身モードがないのと同じように、かばんちゃんも自分という《かばん》に入るサイズの動物しか変身シルエットに出来なかったんだと思うよ」

 

 菜々が言いたい事はわかる。

 つまり、二人の名前は制限も表しているのだ。

 けれども……。

 

「ともえちゃんの名前って制限らしい制限って見当たらないんだけど……もしかして……」

「そうだね。多分ともえちゃんの変身フォームは制限がないんじゃないかな」

 

 萌絵の疑問を肯定するように菜々は頷いて見せた。

 

「その代わり、“けものプラズム”が分散して変身フォームを形作るのが大変になってるんだと思うよ。ほら、ともえちゃんの変身フォームってだいたい服の丈が短いじゃない?」

 

 たしかに、クロスハートが変身した変身フォームはどれもが服の丈が短くなっている。

 ギリギリミニスカートは当たり前。時によってはおへそ丸出しだったりもするのだ。

 それは制限がない代わりに、変身フォームを形作る“けものプラズム”を安定させづらいせいであった。

 

「そ、そっかあ……。いやぁ、ともえちゃんが実はああいう派手な格好したいのかなぁ、って実はお姉ちゃんハラハラしてたんだよ」

 

 またもやややズレた安心の仕方をしている萌絵である。

 もうみんな苦笑しか出ない。

 

「でも、色々見えて来た! ありがとうね、菜々ちゃん!」

 

 萌絵は菜々の両手を握って上下にぶんぶんしている。

 その表情を見るに、何か作戦を思いついているようだ。

 

「うん! きっとこの夜はともえちゃんが……、ううん、クロスハートが絶対に何とかする!」

 

 萌絵の力強い言葉に、その場の誰もが希望を見出していた。

 それはまさに色鳥町に広がる“夜”に射す一筋の光明であった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 色鳥駅ではエゾオオカミが変身したクロスアイズの息が上がっていた。

 耐久力とスタミナはトップクラスの動物であるというのに、こうも息が上がっているのには理由がある。

 まず、セルゲンブが防戦に徹している事だ。

 セルゲンブの防御は鉄壁と言っていい。

 

「ちっくしょう……!」

 

 クロスアイズは幾度目かになる突撃を仕掛けた。

 両手にサンドスターを集めて、繰り出すのは見様見真似で覚えた必殺技、『ワンだふるアタック』である。

 

「それは先程も試したであろうに」

 

 つまらなそうにセルゲンブはクロスアイズへと指を向けて呟く。

 

「三連多重結界」

 

 すると、亀の甲羅を模したような半透明の障壁が現れる。しかも三枚も。

 

―ガキィイイン!

 

 クロスアイズの繰り出した牙はその一枚目すら割れていない。

 まさに歯が立たないのだ。

 だが、それは何度も試したから予想通り。クロスアイズはセルゲンブの背後へと目をやる。

 そこにはハクトウワシが駆け込んでいた。

 

「せぇええい!」

 

 クロスアイズの攻撃で気を引いて、背後からハクトウワシが一撃を加える作戦だ。

 ハクトウワシの繰り出す鋭い上段蹴りがセルゲンブの後頭部へ吸い込まれようとしていた。

 けれど……。

 

「やはりつまらんな」

 

 セルゲンブはそちらを見る事すらなく、指先一つでハクトウワシの蹴り足を受け止めていた。

 いくら“けものプラズム”を纏ったフレンズの攻撃といえども、変身すらしていない一撃だ。

 本来なら無防備で受けても傷一つ付かないだろう。

 一応防いで見せたのは、セルゲンブが油断をしていないからだ。

 そして、クロスアイズが体力を消耗しているもう一つの理由がある。

 

「そら。反撃といこうか」

 

 セルゲンブが指をツイと動かして見せると、それに応じて床から大きな氷柱が立ち上りハクトウワシを貫かんと殺到する。

 

「おおっとぉ! させるかぁ!」

 

 一瞬で間合いを詰めたクロスアイズが氷柱を全て砕いてハクトウワシを守った。

 先程からこうした展開が続いている。

 セルゲンブは要所要所でハクトウワシ狙いの反撃を繰り出して来るのだ。

 変身すらしていないハクトウワシがその一撃を受ければ大怪我は免れないだろう。

 セルゲンブが軽く放った一撃でもクロスアイズはこうして走り回り体力を徒に消耗する事となっていた。

 

「ちくしょう……。これが走らされるってヤツか……」

 

 クロスアイズは額に浮かんだ汗を拭う。

 まるで、テニスか何かの試合で上級者に弄ばれている気分だ。

 一方のセルゲンブはといえば、余裕綽々である。

 彼女自身は殆ど動いていない上に、反撃だって気まぐれに小技を放つ程度なのだ。

 運動量の違いは圧倒的だった。

 

「これじゃあ私が足を引っ張っちゃってる……」

 

 ハクトウワシは悔しさに歯噛みしていた。

 先程からクロスアイズが何度も自分を助けてくれている。

 しかも、セルゲンブは明らかに自分ばかりを狙って来ていた。

 今やハクトウワシ自身がクロスアイズにとっての弱点と成り下がっていたのだ。

 これではいない方がマシではないか。

 ハクトウワシはその事実により強く歯を食いしばった。

 

「いいや、ハクトウワシさん。あいつを一発ぶん殴るにはハクトウワシさんの力が絶対に必要だ」

 

 しかし、クロスアイズはなおもハクトウワシの事を信じているらしい。

 この状況でもなおも諦めず逆転の一手を探している。

 その姿はかつてハクトウワシが憧れた正義の味方の姿だ。

 正義の味方に憧れて、結局お話に出てくるようなヒーローには成れないと諦め、それでも警察官という仕事に就いた。

 だが、目の前にいるクロスアイズは紛れもなくヒーローなのだ。

 その彼女が信じてくれるなら。ハクトウワシは折れそうな心を奮い立たせる。

 

「わかったわ、クロスアイズ。私は何をしたらいいの?」

 

 どうやらクロスアイズには作戦があるらしい。

 こうなったらそれに賭けるしかない。

 そんな賭けをセルゲンブは嘲笑った。

 

「よかろう。異世界の戦士達よ。策があるなら存分に弄するがいい」

 

 セルゲンブとしては二人の実力を既に計りきっていた。

 クロスアイズの方は身体能力的には大型セルリアンとだって渡り合えるだろうが、いかにも未熟だ。

 ハクトウワシはと言えば、いかんせん地力が低すぎる。

 取り巻きの小型セルリアンくらいなら相手出来るかもしれないが、その程度だ。

 おそらく、ハクトウワシくらいの実力がこの世界における兵士の実力と考えていいだろう。

 きっと『ヨルリアン』が孵った時に、その本体を傷つけられる可能性がある者は多くない。

 

「(やはり警戒すべきはクロスシンフォニー。それにクロスハートとやらか)」

 

 彼女達はヒトのフレンズだ。

 どれだけの潜在能力を秘めているのか分からない。

 そして、女王級になれる可能性があるセルリアンであるクロスラピス。さらに別世界からやって来たというクロスレインボーだって警戒すべきだ。

 いつまでも雑魚と遊んでいる場合でもない。

 実力を推し量るのに利用させてもらったがもう十分試し終えた。

 警戒すべき者たちと合流されればそれなりに厄介だろう。

 

「(そうなる前に、そろそろ決着をつけるか。)」

 

 セルゲンブはそう考えて策を練っているらしいクロスアイズとハクトウワシの二人を見た。

 今さらどんな策を弄したところで、自分には傷一つ付ける事は叶わないだろう。

 相手の実力を計り切った結果としてセルゲンブはそう結論づけた。

 

「よっしゃ。そういう事でハクトウワシさん。頼んだぜ」

「ええ、分かったわ」

 

 ちょうど作戦会議の内緒話も終わったのだろう。

 クロスアイズとハクトウワシの二人はあらためてセルゲンブに向き直った。

 先程、クロスアイズが何かの小瓶をハクトウワシに渡していたが一体何をするつもりか。

 

「(これを受け切ったら、カウンターで奴らを片付けるとするか)」

 

 セルゲンブが最も得意とする戦い方は、相手の実力を推し量り、それを見極めたところでカウンターを放ち相手を打ち倒すというものだ。

 既にクロスアイズとハクトウワシはセルゲンブの術中と言っていい。

 

「(存分に策を弄するがいい。お前達にとってこれが最後の攻撃となるのだから)」

 

 待ち構えるセルゲンブに対し、先に突っ込んで来たのはハクトウワシだった。

 今まではクロスアイズが気を引いて、ハクトウワシが隙を狙って仕掛けてくるパターンだったが今回は逆だろうか。

 その程度の変化で鉄壁の防御を破れるはずがない。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

 ハクトウワシは間合いに入る直前で腰のホルスターに納めた拳銃を引き抜いた。

 残る弾丸は二発。

 だが、銃は効かないどころか、セルゲンブは己のセルリウムで取り込んで反射する事すら出来る。先の攻防でそんな事すら理解していなかったのか。

 

「(まあよい。自らの武器で自滅するがいい)」

 

 セルゲンブは指を立てて拳銃弾を反射するべく構える。

 対するハクトウワシは必中を狙っての事か、さらに間合いを詰めて来た。そんな事をしてもますます反射した拳銃弾をまともに喰らうだけだというのに。

 が……。

 

―パァン! パァン!

 

 立て続けに放った二発の弾丸はセルゲンブを狙ったものではなかった。

 二発の銃弾はセルゲンブをかすめる事すらなく、背後の壁に弾痕を穿った。

 

「!?」

 

 自らを狙ったのではない弾丸を跳ね返す事は出来ない。だがセルゲンブが驚いたのはそれだけではなかった。

 銃を放つ際に発生したマズルフラッシュが一瞬視界を奪ったのだ。

 薄暗いテナント内に目が慣れていたセルゲンブにとって、それは完全に予想外だった。

 ほんの一瞬ではあるがハクトウワシを、そしてクロスアイズを見失う。

 その一瞬にクロスアイズの動きが変わった。

 高い身体能力任せの動きから、洗練された技を持つ者の動きへと。

 素早い足運びでありながら、ピタリと定まった重心のおかげでまるで滑るように移動しているように見える。

 クロスアイズはハクトウワシを追い抜き、一気にセルゲンブへと迫る!

 

「なっ!?」

 

 再びセルゲンブがクロスアイズを視界に納めた時、既に彼女は目の前、必殺の距離にまで詰めていた。

 しかも、既に震脚を踏み攻撃を放とうとしている。

 

「いけ……! やっちゃいなさい! エゾオオオカミッ!!」

 

 氷の牢獄で成り行きを見守っていたセルシコウが初めて声をあげた。

 そうか、とセルゲンブも気が付く。

 クロスアイズが今見せた動き方はセルシコウの技にそっくりなのだ、と。

 だとしたら全力で守らないとまずい。

 

「三連多重結界!」

 

 セルゲンブは宙に三枚の盾を並べる。

 

「おぉおおおおおおお!!」

 

 クロスアイズは構う事なく、足捌きのスピード、震脚で生み出したエネルギー全てを乗せた追い突きを放った!

 

―バキィイイン!

 

 クロスアイズの追い突きはセルゲンブの張った一枚目の盾を粉々に砕いた。

 そこで終わりではない。

 一枚目の盾が砕けた事でほんの僅かながらさらに押し込む隙が出来た。

 

「(見てろよ……! セルシコウ……! 俺がお前らの分までぶん殴ってやるからな……!)」

 

 クロスアイズはさらに一歩を踏み込む。

 前に出る勢いと共に二枚目の盾へ己の拳を押し当てる。

 そしてインパクトの瞬間に……!

 

「りゃぁあああああああああ!」

 

 腕の力、腰の回転、踏み込みのエネルギー、全てを余す事なく拳へ伝え、さらに押し込む。

 それは寸打、寸勁、ワンインチパンチなど様々な呼び方があるが防御の上からでも衝撃を透す技だ。セルシコウが最も得意とする技でもある。

 その威力の程は……

 

―バキィイイイン!

 

 なんと、二枚目の盾を押し込み、その後ろにあった三枚目の盾ごと砕いてしまったではないか。

 三枚の盾全てを失ったセルゲンブは焦った。

 先程までのクロスアイズは油断を誘う為にわざとこの技を隠していたというのか。

 だが、三枚全ての盾を砕いたまではいいが、これ以上の追撃は体勢を整えないと出来まい。

 その前にこちらがカウンターを放てばいい。セルゲンブはそう考えて床から氷柱を生み出そうとした。

 けれど……。

 何故かクロスアイズが笑っていた。

 作戦成功、とばかりに。

 ふと気がつけば、ハクトウワシが横合いに回り込んでいた。

 

「(だが、ヤツの攻撃では我にダメージを与える事など出来ぬ!)」

 

 ハクトウワシは変身すらしていないこちらの世界の一般的なフレンズだ。

 例え全力で攻撃したところで痛くも痒くもないだろう。

 まだ警棒などの武器は持っているようだが、“けものプラズム”で形作った武器でない以上、先の拳銃弾と同じように返せる。

 セルゲンブはハクトウワシを無視してクロスアイズへ向けて氷柱による攻撃を繰り出そうとした。

 その時だ。

 ハクトウワシが隠し持っていた小瓶の中身を空中に振りまいた。

 

「(あれは……! さっきクロスアイズとやらが渡した小瓶か!)」

 

 セルゲンブは知らなかったが、それはクロスアイズが変身に使う“リンクパフューム”の補充用香水だ。

 中身は油壷のセルリアンであるイリアが作り出したオイルにサンドスターを溶け込ませた代物である。これを“リンクパフューム”に取り付けられたメモリークリスタルを使って“けものプラズム”に変換するのだ。

 では、それで一体何が出来るのか。ハクトウワシは拳を握り固める。

 

「ジャスティス……!」

 

 そして空中に振りまいた香水ごと殴りつけるようにセルゲンブの横っ面へ向けて放った!

 

「パァアアアアアンチッ!!」

 

 気合の雄叫びと共に放たれた拳は香水を纏ってセルゲンブの横っ面へ吸い込まれる。

 

―バキィィイイイ!

 

 いい音が響いた。

 香水を纏った拳はセルゲンブの防御を破り思いっきり引っぱたいたのだ。

 セルゲンブは一回転しつつもんどり打って倒れる。

 かつてハクトウワシが子供の頃に見たヒーロー番組で主人公の必殺技が『ジャスティスパンチ』だった。

 いつの頃からか真似する事もなくなったけれど、それでもハクトウワシは覚えていたのだ。メモリークリスタルなしでもサンドスターを“けものプラズム”に変換できる程、具体的に。

 

「はは……。すっげえ……」

 

 イチかバチかで作戦を立てたクロスアイズも予想以上の効果に思わず笑ってしまった。

 クロスアイズの見よう見まね寸勁が届かなかったら、ハクトウワシが補充用香水を使ってさらに一撃を繰り出す、と決めてはいたがここまでの戦果は予想外だった。

 きっと、それだけハクトウワシがオオセルザンコウとセルシコウとマセルカの三人を大事に思っていたからこそなのだろう。

 

「な……」

 

 セルゲンブとしては何が起こったのかわからない。

 自分は確かにダメージを受けた。その事実だけが痛みとなって実感できる。

 だが、そんな要素は微塵もなかったはずだ。

 

「この我が……こんな小娘共に策で遅れを取っただと……!?」

 

 クロスアイズが技を隠し続けて油断を誘った。

 つまり、セルゲンブは彼女の張った罠にまんまと掛かってしまったのである。

 それは策士として名を馳せたセルゲンブにとって許せる事ではなかった。

 

「おのれ……!」

 

 うわごとのように呟きユラリと立ち上がる。

 

「おのれ……おのれおのれおのれおのれぇええええええっ!!」

 

 叫びと共にセルゲンブの身体からはセルリウムが吹き出す。

 セルゲンブは怒りでいっぱいだった。

 小賢しい策を弄した取るに足らない戦士達に。

 何よりも相手を侮り、相手の思うがままにされてしまった自分自身に。

 

「よかろう……! 我は確かに貴様らを侮った」

 

 ギン、と二人を睨みつけるとセルゲンブは叫ぶ。

 

「ここからは我の本気で貴様らを滅するとしよう……。我、セルゲンブの真の姿でな!」

 

 セルゲンブの周囲に広がったセルリウムが彼女の身を包む。

 モゴモゴ、と形を作ったセルリウムがその姿をハッキリとさせていく。

 その威容を見上げる事になったクロスアイズとハクトウワシは開いた口が塞がらなかった。

 

「「うそぉ……」」

 

 二人揃って見上げるセルゲンブは巨大な亀となっていた。尻尾の蛇が鎌首をもたげて二人をギラリと睨みつける。

 

『侮ってすまなかったな。異世界の戦士達よ。これが我。四神が一柱、セルゲンブの真の姿よ』

 

 かなりの広さを誇るテナントも真の姿となったセルゲンブには手狭だった。

 ならば少しばかり広くしてやるか。

 セルゲンブの殺気が膨れ上がる。

 

「やべえ!?」

 

 クロスアイズはハクトウワシを引き倒して己の身をその上に被せて庇った。

 次の瞬間。

 

―ドォオオオオオオン!

 

 テナントを形作る壁は内側から爆ぜてなくなった。

 

 

―④へ続く


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