けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第24話『クロスハートがいない夜』④

 

 

「色鳥駅を中心としてなおもセルリウム反応増大中!」

「このままでは街にセルリアンが溢れるのも時間の問題です!」

 

 サンドスター研究所でも突然の出来事にハチの巣を突いたような大騒ぎだった。

 所員たちは突然の異変に右往左往する。

 派手に警報が鳴りまくるモニターを見つつ元セルスザクであったスザクは腕組しつつ言う。

 

「ふぅむ。彼奴は『ヨルリアン』じゃな。セルゲンブめ。虎の子を出してきたのう」

「ご存知で?」

 

 警報音の中でも冷静さを保つドクター遠坂が訊ねる。

 スザクは鷹揚に頷くと解説してくれた。

 

「『ヨルリアン』は夜という概念そのものがセルリアン化したものじゃ。いつぞや低気圧に憑りついたセルリアンがおったろう? そうした災害級の厄介なヤツじゃよ」

 

 低気圧に憑りついたセルリアン、『ショー・タイフーン』の事は記憶に新しい。

 大きな勢力を持つ爆弾低気圧になる前にクロスハートが退治してくれたから大事に至らずに済んだ。

 『ヨルリアン』は『ショー・タイフーン』に匹敵する……いや、それ以上の災害をもたらすセルリアンだ。

 

「『ヨルリアン』の能力は大きくわけて二つある。一つは己の勢力圏内に『ナイトメア』と呼ばれる取り巻きセルリアンを無限に湧き出させる事じゃ」

 

 スザクの解説によると、『ナイトメア』は駅舎内に溢れていた闇色をした人型の煙であるらしい。

 『ナイトメア』はハッキリ言って弱い。

 防御力はないし、攻撃力だって皆無と言っていい。

 けれど、相手に纏わりついて“輝き”を奪い取る能力を持つ。全ての“輝き”を奪われた者は眠らされてしまうのだ。

 そして眠ってしまった者は『ヨルリアン』を倒さない限り目覚める事はない。

 

「今のところ、『ナイトメア』は電灯で明るくした屋内には入り込めぬ。彼奴らは光に弱いからのう」

 

 スザクが対抗策まで知っていたのはありがたい。しかし、『今のところ』という事は時間が経てばその限りではないのだろうか。

 

「うむ。それが『ヨルリアン』の二つ目の能力じゃ。『ヨルリアン』は自らの勢力圏を拡大する。今は日の光があるから勢力圏の拡大は緩やかじゃがのう。日が沈めば本来の夜と同化し、急速に勢力圏を拡大するじゃろう」

 

 どうやら『ヨルリアン』は夜にこそ真価を発揮するらしい。

 今はまだ昼間だが、夜になれば急速に勢力圏を拡大し世界中を呑み込んでしまうだろう。

 そうなれば、屋内に避難しても無駄だ。外に出れば無限に湧き出る『ナイトメア』に襲われてしまう。

 しばらくは保つかもしれないが、緩やかに世界全てが“夜”に沈み、世界中全ての人達が『ナイトメア』に眠らされるのだ。

 

「となれば……」

 

 ドクター遠坂は腕時計を見る。時刻は正午を回ったくらいだ。

 夏で日も長いのは不幸中の幸いだろう。

 

「ここから六~七時間が勝負という事ですな」

「うむ」

 

 ドクター遠坂の確認にスザクはやはり鷹揚に頷いてみせた。

 どうやら、これは本当に世界の危機らしい。

 何せ、今日の日没と同時に『ヨルリアン』は急速に勢力圏を拡大し、一日が過ぎた頃には世界中が“夜”に支配されてしまう。

 それは当然阻止しなくてはならない。

 

―バサァ!

 

 ドクター遠坂は白衣を翻すとバッと腕を伸ばし職員達に指示を出す。

 

「U-Mya-Systemから避難情報を発信。屋内へ避難し電灯をつけるよう指示するんだ!」

「所長……どういった理由で避難情報を発信すれば……」

 

 セルリアンの事はまだ秘密になっている。

 セルリアンが現れたから避難しろと言ったところで誰も何の事を言っているかわからない。所員の戸惑いももっともだ。

 

「光化学スモッグでも何でもいい!」

「そんな無茶な……」

 

 この世界では環境への配慮は当たり前なので、光化学スモッグなんて発生した事はない。

 科学者であるサンドスター研究所の職員でも発生の仕方くらいは知っているが、実際に発生したところを見た事などないのだ。

 それを理由に避難指示したところで誰も従ってくれそうにない。

 

「それだったら……」

 

 カコ博士が挙手する。

 

「色鳥駅付近でサンドスター化合物の流出事故が発生。サンドスター化合物は電灯の明かりである程度分解されるから屋内で電灯を点けて避難するよう説明するのはどうですか?」

 

 なるほど、辻褄は合っている。

 サンドスター化合物って何だとか、なんでそれが色鳥駅付近で流出したのかとかツッコミどころがないではないが、急場凌ぎのカバーストーリーとしては十分だろう。

 特にこの場合は事実かどうかよりも説得力があるかどうかの方が重要なのだ。

 しかし、それで問題が終わるわけではない。

 

「避難指示はいいとして、『ヨルリアン』をどうにかしないと、明日の今頃は世界が滅んでるわけですが……」

 

 続くカコ博士の言葉に所員達も頷く。

 対処よりも元凶を何とかする方が問題だ。

 

「また子供達に頼る事になりますが……」

 

 カコ博士の言うように助けを求めるべきだ。

 クロスハート、クロスシンフォニー、クロスジュエルチームの皆に。

 セルリアン達が現れる度に彼女達ヒーローに頼ってきた事に大人として思うところはある。

 けれど、この未曾有の危機に対抗できるのは彼女達だけだ。頼らざるを得ない。

 

「それなんだけどね……」

 

 先程までの毅然とした様子から一転、ドクター遠坂の歯切れが悪くなる。

 そして、ポツリポツリと語った。

 クロスハートこと、ともえに現在大問題が発生している事を。

 それを聞いた所員達の反応は全員が同じだった。

 

「「「「「「「「今すぐともえちゃんところ行けぇええええええええ!?!?」」」」」」

 

 もう全員非難轟々だった。

 カコ博士もスザクまでもが加わっている。

 

「っていうか仕事してる場合じゃないでしょう!?」

「仕事忙しいのはわかりますがそれどころじゃないじゃないですか!?」

「いや、所長に仕事させまくってる俺らも同罪なんですけどね!?」

 

 むしろ所員達の方が大慌てだ。

 ドクター遠坂は先程ラモリさんから大体の経緯を通信で聞いていたので、逆に落ち着いていた。

 ともえの携帯電話は不通。距離的にも今から駆けつけたとして何も出来ないだろう。

 それに春香も萌絵もイエイヌもいるのだ。

 

「だったら、私はここで自分に出来る事をするべきだと思うんだ。春香さんと萌絵とイエイヌちゃん……そしてともえを信じてね」

 

 そこには父親の顔をしたドクター遠坂がいた。

 一番取り乱して然るべき彼がこうしているのだ。ならば所員達も覚悟を決めるしかない。

 

「所長、既にクロスシンフォニーとクロスラピスとクロスラズリの三人は現場へ向かっているそうです」

「市民への避難指示情報発信しました。現在、各省庁と部署にも協力を依頼しています」

 

 所員達も己が出来る事に全力を尽くしはじめた。

 正直、今出来る事は多くはない。

 それでも子供達に頼らなくてはいけない以上、彼らに出来る事は全てやるしかない。

 ドクター遠坂は大型モニターに映される状況に目をやる。

 

「ところでスザクさん……」

「なんじゃ? ドクターよ」

 

 ドクター遠坂は腕組みの姿勢のまま、ギ、ギ、ギ、と顔だけを横のスザクへ向ける。

 

「ほ、本当にともえは大丈夫でしょうかああああぁ……」

 

 先程までの毅然とした表情から一転、泣きそうな表情になっていた。

 

「(我がわかるわけなかろうが……)」

 

 今できる事はないと覚悟を決めたところで心配なものは心配なのだ。

 気持ちはわからないでもないが、スザクは呆れ半分である。

 

「ええい! なるようにしかならん! 男らしく腹をくくってさっきのようにデンと構えておれ!」

 

 スザクの叱責に苦笑する所員達一同であった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 “夜”の闇が広がりつつある街に萌絵とイエイヌとラモリさんは降り立っていた。

 ちなみに、ともえの携帯電話は青龍神社に続く長い階段に落ちているのを見つけており、連絡をつける方法はなさそうだ。

 

「となると、やっぱり頼りはイエイヌちゃんの鼻だよね」

「はい! お任せ下さい!」

 

 ちなみに、今の体勢はイエイヌが萌絵をお姫様抱っこ状態で抱えて、萌絵がさらにラモリさんを抱えるという構図だ。

 のんびりしていられない状況なので、最も速く移動できる手段を取ったのに、ともえには追いつけていない。

 青龍神社を出たのは確かなようだけれど、一体どこにいったのか。

 なんのアテもない今、頼りはイエイヌの鼻のみである。

 

「(それにしたって、ともえちゃんの匂いは随分遠くまで行っているような……)」

 

 まだまだともえは遠くにいるように思える。

 出来れば早く追いつきたい。

 ともえがヒトのフレンズであると知った時の表情を思い出すとそれだけでイエイヌの胸も締め付けられるようだ。

 

「萌絵お姉ちゃん、ちょっと急ぎます。しっかり掴まってて下さいね」

 

 言われた通り、萌絵は片腕にラモリさんを抱え逆の腕をしっかりとイエイヌの首に回した。

 イエイヌにとっては萌絵を抱えて走るくらい何てことはない。

 ともえの匂いを辿ってひた走る。

 お姫様抱っこ状態で街中を爆走しているというのに、今はそれ程目立っていない。

 というのも、それよりも大きな変化があるからだ。

 色鳥駅がある空の方角が真っ暗な暗雲に覆われているからだ。まるで夜にでもなってしまったかのような真っ黒い闇がそこにあった。

 人々は誰もがその異変の方に気を取られていたのだ。

 と、萌絵の持つ携帯電話がアラート音を発する。

 周囲の人々が持つ携帯電話からも同様のアラート音がしているところを見るに一斉配信されたものだろう。

 画面を見ると、そこには避難情報が配信されていた。

 曰く『色鳥駅付近でサンドスター化合物の流出事故が発生。影響は広範囲に渡る可能性がある為市民は屋内に避難して下さい。また、流出したサンドスター化合物は電灯などの明かりである程度分解される為、屋内では電灯を点けて下さい』

 と、そのように配信されている。

 市の広報車や防災無線でまでも同様の事が言われていた。

 人々は怪訝な顔をしながらも、剣呑な雰囲気を感じ取り屋内への避難を開始する。

 そんな中を駆け抜けるイエイヌはふと気が付いた。

 ともえではないがよく知った匂いがする事に。

 

「あ、あれ……? マセルカさん……?」

 

 それはマセルカの匂いだった。

 どうにも気になってそちらを見てみれば、足をふらつかせながらも何かを探して走っているマセルカの姿を見つけた。

 

「ど、どうしたの!? マセルカちゃん!?」

 

 だいぶ長い時間走って汗だくだったマセルカの姿を見て萌絵も思わず声をあげる。

 その声でマセルカも萌絵達に気が付き、ふらつく足で近づいて来た。 

 

「よ、よかったぁ……。ともえに連絡つかなくて……。かばんとサーバルは電話で報せたんだけど、ともえの電話通じないの」

 

 荒い息を吐きながらマセルカは言う。一体何があったのだろう?

 

「あのね……大変なの」

 

 マセルカはかいつまんで事情を説明した。

 セルゲンブが来た事。オオセルザンコウが『ヨルリアン』になろうとしている事。セルシコウが一人で残った事。それにハクトウワシとエゾオオカミがセルゲンブと戦っているだろう事を。

 どうやら、クロスラピスとクロスラズリの二人も既に色鳥駅へ向かっているらしいし、クロスシンフォニーも同様だ。

 マセルカは助けを求め、ともえを探してアテもなく走っていたらしい。

 

「今のマセルカに出来るのはこれくらいだから……」

 

 しかし、肝心のともえはといえば、今ここにはいない。

 そして変身できるかどうかすらわからない。

 イエイヌがそれをマセルカに告げるかどうか迷っていると、色鳥駅方面の空にさらに変化があった。

 

―ドォン!

 

 まるで何かが爆発したような音とともに、先ほどまで黒煙が立ち上る程度だったものが、真っ黒な柱のような何かが天へと伸びていた。

 それに伴って、空を覆う闇が先程までよりも急速に拡大している。

 

「お、オオセルザンコウが『ヨルリアン』になっちゃったんだ……」

 

 マセルカの顔色は真っ青になっていた。ガクリと膝をついて肩で大きく息をする。ここまで必死で走ってもう一歩だって動けそうにない。

 心配そうにするイエイヌ達にマセルカは縋った。

 

「マセルカの事はいいから! ちょっと休んだらよくなるから! だからお願い! オオセルザンコウ達を助けて!」

「だったらマセルカの事は俺が診ておこウ」

 

 ラモリさんが萌絵の腕から飛び出すと、尻尾の代わりに搭載された特殊アームを使ってマセルカを道の脇に寄せる。

 マセルカの方はラモリさんに任せて大丈夫そうだけれど、次はどうする、とイエイヌは自問する。

 ともえの匂いは近い。

 けれど、色鳥駅方面の状況だって相当悪いように思える。

 

「萌絵お姉ちゃん……。ともえちゃんの匂いはあっちの方からします」

 

 イエイヌが指さした方向を見て萌絵も気が付く。

 そちらには公園があった。

 イエイヌと初めて出会い、初めてセルリアンと戦ったあの公園だ。

 ともえはそこにいる。その確証が萌絵にはあった。

 その表情を見て取ったイエイヌは萌絵に訊ねる。

 

「萌絵お姉ちゃん。ともえちゃんの事はお任せしてもかまいませんか?」

 

 ともえの事も『ヨルリアン』の事もどちらも危急だ。

 既にクロスシンフォニーもクロスレインボーもクロスラピスとクロスラズリだって行っているが、想像以上の状況に手が足りない。

 ならば手分けするしかない。

 萌絵はイエイヌに強く頷いて見せた。

 

「じゃあ、ラモリさん。萌絵お姉ちゃんとマセルカさんの事、お願いしますね」

「オウ。マカセロ」

 

 ラモリさんの力強い返事にイエイヌもまた頷きを返すと、首元のチョーカーに触れて叫ぶ。

 

「変身!」

 

 イエイヌはナイトチェンジャーによって金属製の胸当て、手甲、レッグガードと目元を隠すミラーシェードを装着したクロスナイトへと変身する。

 

「それに……」

 

 それに、何だろう?と萌絵は首を傾げる。

 

「いえ、やっぱり何でもありません」

 

 こんな時だというのに、クロスナイトは小さな微笑を見せていた。

 彼女がこんな風に言葉を引っ込めるのは珍しい気がして萌絵はまたも小首を傾げた。

 

「ともえちゃんに伝えておいてください。先に行っています、って」

 

 クロスナイトは信じているのだ。

 ともえは必ず来る、と。

 それだけを伝えると、クロスナイトは異変広がる色鳥駅の方へ走り始めた。

 それを見送ると……。

 

―パンパン!

 

 両手で自分のほっぺたを叩いて気合を入れてから萌絵は公園へ向き直る。

 

「ともえちゃん……! 今行くから!」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 色鳥駅に併設された商業ビル。

 そこには突如として巨大な霊亀が現れていた。

 それはセルゲンブが変化した姿である。

 ビル内をところ狭しと暴れまわるセルゲンブ。

 

「ええ加減に止まれぇえええ!」

 

 巨大霊亀の突進を真正面から受け止めるのはアムールトラの変身したクロスラズリだ。

 両腕で受け止めはするものの、床に足をめり込ませ床材を砕きながら大きく後退りさせられる。

 吹き飛ばされなかっただけ大したものだ。

 そうしてクロスラズリがセルゲンブを押しとどめている間にルリの変身したクロスラピスはビル内を縦横無尽に駆け回る。

 片方の三つ編みを伸ばしてビル内の壁や天井を掴み移動しつつ、周囲で眠りこけている人々をもう片方の三つ編みで回収してまわる。

 

「ユキさん、あとはお願いね!」

 

 そうして、回収した人達は外に待機しているユキヒョウへ預けて再びビル内へ舞い戻る。

 クロスアイズに遅れて到着した三人は巨大霊亀と化したセルゲンブに対し、まずはビル内で眠っている人々を避難させる事にした。

 現場に到着した救急車にクロスラピスが回収した人々が次々に収容されて運ばれていく。

 では先に戦っていたはずのクロスアイズとハクトウワシはどうなったのか。

 二人はグルメキャッスル出店予定だったテナントの跡地にいた。

 

「エゾオオカミ! ハクトウワシ! 二人ともしっかりして下さい!」

 

 すっかり壁が崩壊してテナントの体をなしていない中、セルシコウが二人をゆすっていた。

 セルシコウを閉じ込めていた『絶対氷牢』もテナントの壁を壊した爆発の際に一緒に崩れていた。

 それ程の威力がある爆発だったというのに、エゾオオカミとハクトウワシの二人は息がある。

 ハクトウワシの方は庇われたおかげで怪我はあるものの、気を失っているだけだ。

 エゾオオカミの方が問題だ。

 彼女は変身も解除されて身体中そこかしこに霜焼けが出来ていた。

 寒そうに震えてはいるものの、エゾオオカミは意識もある。

 その程度で済んだ事には理由があった。

 

「まさかお前に助けられるとはな……。悪い」

 

 エゾオオカミは首を動かすのも一苦労だというのに、ある方へ視線を向ける。

 そこには四人目がいた。

 

「いいや。エゾオオカミこそセルシコウとハクトウワシを守ってくれて感謝している」

 

 それはオオセルザンコウだ。

 いや、正確には少し違う。

 普段はスクールベストに鱗を模した多段フリルのスカートという服装なのだが、今の彼女は大きなV字で胸元の開いたナイトドレスを身に纏っていた。

 夜闇の色をしたナイトドレスはスカート部分は前側だけが膝丈になっていて、後ろ側は足元までありストッキングに包まれた脚線美が目を引く。闇色と大胆に露出された白い肌のコントラストが艶めかしいデザインとなっていた。

 

「それよりも、セルシコウ。エゾオオカミとハクトウワシを連れて逃げるんだ。出来るだけ遠くに」

 

 目の前のオオセルザンコウはオオセルザンコウであってオオセルザンコウではない。『ヨルリアン』だ。

 セルゲンブが真の姿を解放し爆発を起こした瞬間に第一段階の孵化を果たし、三人を守ってくれた。

 けれども……。

 

「私はこの世界の“輝き”を全て喰らいつくさねばならない。だからお前達は逃げてくれ」

 

 どうやらオオセルザンコウこと『ヨルリアン』はセルゲンブに従うつもりらしい。

 

「なんでだよ」

 

 エゾオオカミは寒さに震える声で、しかしキッパリと言い切る。

 

「アイツはお前を裏切ったんだぞ。なんでそんなヤツに従うんだよ」

「そうだな……。セルゲンブ様は私を捨て駒にするつもりだ。それはわかっている」

 

 『ヨルリアン』という強力なセルメダルを使わされたオオセルザンコウはタダでは済まない。

 それにもかかわらず、セルゲンブは『ヨルリアン』を使ってこの世界の“輝き”を総て女王となり、オオセルザンコウ達の故郷を取り戻すつもりなのだ。

 セルゲンブにとってはオオセルザンコウのみならず、この世界の人々も捨て駒である。

 だったらどうしてそんなやつに付き従うというのか。

 その答えをオオセルザンコウは口にした。

 

「私は眷属だからな。セルゲンブ様の」

 

 眷属とその主。

 その関係はそれ程までに重要なものなのか。

 それは彼女達にしかわからない事だ。

 

「それにな……。私まで離れたらセルゲンブ様は本当に一人きりになってしまうだろう。それはイヤなんだ」

 

 故郷の世界、そこを支配する女王を裏切った以上、セルゲンブに帰るべき場所などない。

 もちろんこの世界だって同様だ。

 それでも故郷を取り戻す為、全てを賭けて勝負に出たセルゲンブを憎む事はオオセルザンコウには出来なかった。

 

「そういう事だ。だから三人は逃げてくれ。出来ればマセルカ達も連れてな」

 

 オオセルザンコウの意識は、今も少しずつ『ヨルリアン』へと置き換わっている。

 夕暮れに闇が迫るように、オオセルザンコウの意識は暗闇に少しずつ侵食されている。

 出来れば、少しでもオオセルザンコウ自身の意識が残っているうちに皆には遠くへ逃げて欲しい。

 

「逃げるったって何処にだよ」

 

 エゾオオカミに返す言葉をオオセルザンコウは思いつかなかった。

 この世界は夜に沈む。

 どこにいたって一緒だ。

 

「それにここは案外暖かくて居心地がいいんだ」

 

 冗談めかして言うエゾオオカミはセルシコウに膝枕された状態だった。

 防御に優れたセルゲンブに二人掛かりとはいえ一撃を入れる事は偉業と言っていい。

 それだけの快挙を成し遂げたのだ。最期を望む形で迎える事くらい許されていいだろう。

 そう思っているオオセルザンコウにエゾオオカミはニヤリとしてみせた。

 

「あとな。俺は諦めてなんかいねえぜ。この世界にはまだヒーロー達がいる。俺なんかとは比べ物にならない本物のヒーロー達がな」

 

 オオセルザンコウだって知っている。

 外で戦っているクロスラピスにクロスラズリ。クロスシンフォニーにクロスレインボー。そしてクロスハートがいる事を。

 

「でも、エゾオオカミとハクトウワシ……、いえ、クロスアイズもカッコよかったですよ」

 

 セルシコウにとっては例え本人が卑下したとしても、意地を通してセルゲンブに一撃を入れてみせた二人だ。

 とてもかっこよかった。

 それこそ、クロスハート達に負けず劣らず。

 

「セルシコウにそう言って貰えるなら意地を張った甲斐もあるってもんだぜ」

 

 最初は歯牙にもかけてもらえなかったセルシコウにそこまで言って貰えるならそれだけでもセルゲンブに立ち向かった甲斐がある。

 けれど、セルシコウの言う『かっこいい』は少しばかり違う意味を含んでもいた。

 

「まったく。そういうところですよ、エゾオオオカミ」

「だからどういうところだよ」

 

 この場合の『そういうところ』はそうしたセルシコウの気持ちに気づかない辺りを指すわけだが、やはりエゾオオカミにはわからなかった。

 そんな二人はきっとここを動くつもりはないのだろう。

 オオセルザンコウは苦笑すると踵を返した。

 

「そうだな。ならば存分に抗うといい」

 

 そしてセルシコウ達を置いて屋上へと足を向けた。

 セルゲンブがビル内で暴れた結果、そこかしこにひび割れなどが見える。もしかしたらこのままビルが崩壊するかもしれない。

 けれども、『ヨルリアン』となったオオセルザンコウはその程度ならどうという事はない。

 空の見える位置、そして出来るだけ空に近い場所に陣取ればそれだけで“夜”の広がる速度は上がるのだ。

 オオセルザンコウは屋上へ続く鍵の掛かった鉄扉を吹き飛ばすと外へ出る。

 

「世界よ。夜へ沈め」

 

 屋上でオオセルザンコウは両手を広げた。

 すると、ナイトドレスの腰に付けられた飾りリボンが空へと向けて端を伸ばす。

 それは空中で闇色の帯となり、天へと突き刺さる。

 そしてぐんぐんと太くなり闇色の柱が天に向かって立ち上るようになった。

 

「さあ! 来るがいい! お前達が本当のヒーローだというなら私達を倒して世界を救ってみせろ!」

 

 そうなって欲しいと願う気持ちが半分。

 セルゲンブに敵うはずがないという想いが半分。

 故郷が取り戻されて欲しいという気持ちが半分。

 けれど、この世界に住むお人よし達も無事でいて欲しいという想いも半分。

 ぐちゃぐちゃな気持ちは、どこまでがオオセルザンコウのもので、どこからが『ヨルリアン』のものなのか最早わからなかった。

 

 

―⑤へ続く

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