けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第25話『その名はやっぱりクロスハート』②

 

 

 見守るかばんもサーバルも菜々も、ルリもアムールトラも、そしてセルゲンブまでもが開いた口が塞がらない。

 なんせ、目の前にただのヒトであるはずの萌絵が変身したクロスハートがいるのだから。

 

『一体全体何がどうなっているんじゃ……』

 

 セルゲンブの頭は混乱していた。

 ただのヒトが変身するなんて前例は聞いた事がないし、そんな理屈があるはずがない。

 目の前で起こっている事はセルゲンブにとっては酷い理不尽だったし、かばん達にとっては奇跡のように思えた。

 

「そんな驚くような事かなぁ?」

 

 だというのに、萌絵が変身したクロスハートはそんな反応が意外とでも言いたそうだ。

 

『いやいや!? 驚く事じゃからな!?』

 

 セルゲンブのツッコミに見守るかばん達までもがうんうん頷いてしまっている。

 だが、クロスハートだけはさもそれが当然といった様子を崩さない。

 

「えー? そうでもないよ。だって、ヒトのフレンズってフレンズちゃん達の力を借りて変身する事が出来るんでしょ?」

 

 それはその通りだ。

 かばんも菜々も、そしてともえも、そうして今まで変身して戦って来たのだ。

 

「だったら、逆に力を貸す事だって出来るじゃない?」

 

 指を立てつつ言うクロスハートの言葉に、言われてみればそれもそうか、と納得しかけたセルゲンブだけれど……

 

『いやいやいや!? そんなはずないじゃろ!? そんな事が出来ればとっくの昔に誰か変身しておるわ!?』

 

 そう。

 セルゲンブの世界でも、菜々の世界でも、そしてかばんもそんな事が出来た事はない。

 今、目の前で起きている事は人類史上類を見ない事なのだ。

 しかし、それでも萌絵が変身したクロスハートはやっぱり事もなさ気に言った。

 

「逆にさ。ともえちゃんがアタシに力を貸してくれないはずがないじゃない」

 

 と。

 要は目の前の現象はともえと萌絵だからこそ成立した事なのだ。

 双子として育って来た二人であるから。

 ヒトのフレンズとその元となったヒトの二人であるから。

 二人の間に固い絆があったから。

 色々な要因があって成し得た事であった。

 萌絵にとっては当然出来るに決まっている事であったが、やはり他の者からしたら奇跡である。

 

『驚かされはしたが、我は四神が一柱セルゲンブ! フレンズ一人を相手に遅れなど取らぬわ!』

 

 セルゲンブは目の前の存在を理解する事を放りだした。

 たとえこのクロスハートが何者であろうと、捻り潰してしまえばそれまでだ。

 まずは手始め。

 大きく息を吸うと凍える息吹(ブレス)を吹き付ける!

 クロスハートはその一撃を連続バク転で後ろに下がってかわしてみせた。

 

『まだまだっ!』

 

 続けてセルゲンブは空中にいくつもの氷柱を出現させる。

 それらは散弾となってクロスハートへ襲い掛かった。

 

「おおっとぉ!」

 

 連続バク転を決めたばかりだというのに、そこからさらに側宙。

 まるで体操選手のように飛び跳ねて襲い掛かる散弾を全てかわすクロスハート。

 

「お、おぉ……」

 

 かわしきったクロスハートは自身の両手をまじまじと見つめる。

 何か問題だろうか、と心配になった菜々は声をあげる。

 

「だ、大丈夫? 萌絵ちゃん……?」

 

 だが、クロスハートはやたらキラキラした目を菜々の方に向けると応えた。

 

「すごい! 身体が思った通りに動くってこんな感じなんだ!」

 

 萌絵にとっては頭に思い描いた動きが出来ない事は当たり前だったけれど、今は違う。

 クロスハート・ともえフォームに変身した事で、その身体は自由自在に動いて応えてくれる。

 具合を確かめるように、準備運動として軽くピョンピョンと跳ねてみる。

 やはり、この身体は想像以上だ。

 

「なら……! いくよ!」

 

 着地からのダッシュ。

 クロスハートはセルゲンブへ向けて突撃した。

 

「(うっわ! 速い速い!)」

 

 いつも走るよりも視界の流れはとんでもなく速い。

 だが、クロスハートと全く逆の感想をセルゲンブとそして見守るかばん達も思っていた。

 

『(遅い?)』

 

 と。

 それは萌絵が変身したクロスハートはともえというヒトのフレンズから力を借りている事が理由だ。

 クロスハート・ともえフォームは変身することでヒトの限界性能を引き出している。

 けれど、逆に言えば、それはあくまでヒトの域を出ない。

 動物達の力を引き出して人間離れした身体能力を発揮するクロスシンフォニーやクロスレインボーとは違うのだ。

 

『(つまり、こけおどしというわけか)』

 

 クロスハートが突撃してくる速度はオリンピックの短距離選手並みだ。

 けれどセルゲンブからすればそれでも遅い。

 冷静さを取り戻したセルゲンブは再び空中に氷柱の飛礫を生み出す。

 今度は一つ一つの弾丸を小さくしたかわりに攻撃範囲は先程の比ではない。

 いくら飛び跳ねようとも、その範囲から逃れる事は出来ない。

 

『喰らえ!』

 

 威力は低いだろうが、相手の防御力だってヒトの域を出ない。

 つまり、これだけの飛礫でも致命の一撃となり得る。

 一瞬焦らせられたセルゲンブであったが、これで幕切れだと氷の散弾を放つ!

 だが……。

 

『は?』

 

 クロスハートが加速した。

 まるで滑るように、地面を滑走している。

 先程まで走り込んで来ていた速度から一気に急加速したから氷の散弾は虚しく地面を穿っただけだ。

 よくよく見れば、クロスハートは車輪のついた板きれのような物に乗っている。

 

「ジャパリボード改だ……」

 

 戦いを見守っているルリがそれを見て呟く。

 クロスハートが乗っているのは萌絵が手ずから改造したスケボー、ジャパリボード改である。

 その最高速度は時速120km。オリンピック選手が走るよりも当然速い。

 それはともかくとして、いつの間にそんな物を用意したかとセルゲンブは訝しむ。

 確かについ先ほどまでクロスハートは無手であったはずだ。

 都合よくジャパリボード改に乗る事など出来るはずがない。

 

『どんな手品を使った……!?』

 

 セルゲンブはイヤな予感が拭えずにいた。

 このクロスハートはまずい。さっさと叩き潰さねばならない。

 その直感に従い、セルゲンブは尻尾の蛇に追撃を命じた。

 即座に尻尾の蛇が鞭のようにしなり大口を開けてクロスハートに迫る!

 

「よっ!」

 

 クロスハートは掛け声一つ、ジャパリボード改を浮かせると蛇の一撃をジャンプでかわした!

 そして着地するのは蛇の背中。

 そのまま蛇の身体を伝って、セルゲンブの甲羅へ飛び移り、その頂点で止まる。

 セルゲンブは完全に背後を取られた格好だ。

 クロスハートはジャパリボード改のテールを蹴って立てると、スケボーを抱える。

 彼女の手中に収まったジャパリボード改はサンドスターの輝きと共に宙に溶けるように消えた。

 

『な……。別空間からでも取り寄せたのか……!?』

「うーん、ちょっと違うかな」

 

 どこか別な場所からジャパリボード改を取り寄せたと思っていたセルゲンブだったが、それは正確ではないらしい。

 クロスハートは再び無手となった手を伸ばす。

 そこにサンドスターの輝きが集まっている。

 

「これを見てもらった方が早いと思うよ」

 

 巨大霊亀の甲羅の上でクロスハートは吠えた。

 

「ラモリさん! 変形ラモリドリルッ!!」

 

 と。

 ちなみに、ラモリさんにそんな変形機能はついていない。

 ついていないはずだった。

 

「お、オオッ!?」

 

 ラモリさんの身体は本人の意思とは無関係にガシャリと背中から翼を生やした。

 その翼に取り付けられた小型ジェットエンジンがキィイイイ! と音を立て点火する。

 そして巨大霊亀の背中にいるクロスハート目がけて飛んでいった。

 

「アタシ言ったよね? セルゲンブちゃんの相手はアタシとラモリさんだ、って」

 

 ラモリさんは伸ばしたクロスハートの右腕に着地。

 

「ツールッ! コネクトォッ!!」

 

 その身が変形してクロスハートの腕部に装着されるドリルとなった!

 

『だから、それ何がどうなっておるんじゃ!?』

「一応言っておくが、俺も説明聞いても何がどうなっているのかわからんかったゾ」

 

 驚愕の声をあげるセルゲンブにラモリさんも半分くらい諦めた感じだ。

 だが訊ねられたら応えないわけにはいかない。クロスハートは得意満面といった様子で解説を開始した。

 

「あのね、サンドスターって時空間に作用する性質もあるって聞いた事がない?」

 

 それはセルゲンブだって聞いた事がある。彼女やオオセルザンコウ達をこの別世界に送り込んだのだって、その性質を利用したものなのだから。

 

「だからね、アタシは未来でアタシが作れる道具を今使う事が出来る。そういう技を持っているの」

 

 確かにこれは説明を聞いても何を言っているのかわからない。

 けれど、たった一つわかった事がある。

 セルゲンブも情報を聞いて知っている。遠坂萌絵という人物がどれだけの道具を生み出して来たのかを。

 その彼女が未来で作れる道具まで今この場で使用できるというのならば、それは即ち……。

 

『我が相手をせねばならんのはヒトの叡智そのものか……!?』

 

 セルゲンブが感じていたイヤな予感はそれだった。

 遠坂萌絵という科学の申し子が、思いつく限りの道具を繰り出してくるとなれば、それは古今東西ありとあらゆるヒトの叡智を自在に操れるに等しい。

 いくら神に近い権能を持つ四神の一柱と言っても分が悪すぎる。

 

「いいよねぇ。ドリル。後でちゃんといつでもラモリドリルになれるように改造してあげるからね」

「いやいやいや!? お手柔らかにナ!?」

 

 そのクロスハートはといえば、右腕に装着されたハンドドリルを眺めてうっとりしていた。

 ラモリさんの意思はともかく、後で改造されてしまうのだろう。

 

「じゃあ……。行くよ、セルゲンブちゃん! 防御する準備はいいかな!?」

 

 クロスハートは亀の甲羅から霊亀の頭、額の『石』へ向けて駆け出す!

 

「ラモリドリルゥウウウウウウッ!!」

 

 一気に駆け下りたクロスハートは勢いそのままに『石』へ向けて右腕のドリルを突き出した!

 

『ご、五連多重結界ッ!』

 

 対するセルゲンブも自身の持つ防御技でも二番目に強力なものを繰り出した。

 最も強力な防御技である絶対矛盾障壁《アキレスと亀》は既に使ってしまった。

 だが、この五連多重結界は完全にそこに防御を集中しなくてはならない分、今までどんな攻撃だって通した事がない。

 クロスハートと『石』の間に亀の甲羅を模した盾が五枚展開される。

 

―ギャギャギャッ!

 

 ラモリドリルと五連多重結界。

 その二つが激しく火花を散らし始めた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 ともえとクロスナイトは色鳥駅に併設された商業ビルを屋上まで駆け上がっていた。

 道中色々と作戦を説明したともえだったが、クロスナイトには物凄く呆れた顔をされてしまった。

 特に、萌絵が変身して戦うと説明した時には何を言っているんだ、という顔をされたものである。

 萌絵がやれるというのだから、心配はないでもないけれど信じるしかない。

 それよりも、問題はオオセルザンコウと『ヨルリアン』の方だ。

 こちらはともえとクロスナイトの二人で何とかしないといけない。

 程なくして屋上への扉が見えて来た。

 二人は体当たりするようにしてその扉を開けると屋上へと出る。

 そこには黒いナイトドレスを纏ったオオセルザンコウがいた。

 

「遅かったな」

 

 現れたともえとクロスナイトを見てもオオセルザンコウは落ち着いたものだった。

 いや。

 その闇色に染まった瞳には何の感情も浮かんでいなかった。

 

「我が名は『ヨルリアン』 夜を統べるセルリアンだ」

 

 それもそのはず、彼女はオオセルザンコウであってオオセルザンコウではない。

 既に意識の殆どを『ヨルリアン』によって塗り潰されているのだ。

 そのナイトドレスの飾りリボンは端を空にまで伸ばしており、今なお周囲を“夜”へと沈めている。

 

「あー、いやぁ。出来ればオオセルザンコウちゃんとお話したいんだけど……」

 

 ともえは後ろ頭を掻きつつ言う。

 

「無駄だ。既にこの娘の意識は夜へと沈んでおる。欠片程度しか残ってはおるまい」

 

 オオセルザンコウの口を借りて語られたのは無情な一言であった。

 

「そっか。じゃあとりあえずオオセルザンコウちゃんを出して貰わないとだね」

 

 だがともえだって諦めるつもりはない。

 愛用の肩掛け鞄からスケッチブックを取り出すと叫ぶ。

 

「変身! クロスハート・イエイヌフォームッ!」

 

 スケッチブックが勝手に開いてイエイヌの絵を描いたページで止まると、ともえの身体がサンドスターの輝きに包まれる。

 その輝きが晴れた時に現れるのは、ピンと立った犬耳にふさふさの犬尻尾。丈の短いミニスカートと袖なしジャケットを身に纏ったクロスハート・イエイヌフォームである。

 その結果にともえは密かに安心する。

 大丈夫。

 戦える。

 友達を守りたい、家族を守りたい、街を守りたい、皆を守りたい。

 胸の炎は再び灯っているのだ。

 

「(ありがとうね、萌絵お姉ちゃん)」

 

 その明かりを再び灯してくれた萌絵に胸中で一度感謝を呟くと、クロスハートはビシリ! と『ヨルリアン』へ指を突き付ける。

 

「まだオオセルザンコウちゃんが残ってるなら十分! 行くよ、クロスナイトッ!」

 

 二人は『ヨルリアン』へ向けて駆け出した。

 対する『ヨルリアン』は闇色の手袋に包まれた両手を二人に向けて伸ばす。

 すると、その指先から夜空の星を散りばめた闇色の帯が迸る!

 都合一〇本。

 自らに殺到する闇色の帯をクロスハートとクロスナイトの二人は身を捻ってかわす。

 

「終わりではないぞ」

 

 『ヨルリアン』は言いつつ、まるでオーケストラの指揮者になったかのように腕を振る。

 すると、その指先から伸びていた闇色の帯が応じるようにのたうち、波打ち、四方八方からクロスハートとクロスナイトに襲い掛かった!

 

「「ドッグバイトォ!」」

 

 二人はそれぞれに手へ集めたサンドスターを牙へとかえて闇色の帯を噛みちぎる。

 だが、ちぎってもちぎっても闇色の帯は減るどころか二人の周囲を取り囲む。

 クロスハートとクロスナイトは背中合わせになって闇色の帯を迎撃するが、このままではジリ貧だ。

 さらに悪い事がある。

 それは『ヨルリアン』の纏うナイトドレス、そのスカートの後ろ部分が大きく広がって地面に垂れているのだ。

 それだけなら何て事はない。

 だが、そのスカート部分が屋上中に広がってそこを星瞬く夜空へ変えていたのなら話は別だ。

 この屋上は既に『ヨルリアン』の領域と言っていい。

 そんな場所に飛び込んで来たのだ。遠慮なく喰い散らかしてやろう。

 『ヨルリアン』はそう決めると次なる技を放つ。

 

「ナイト・サーヴァント!」

 

 モコリ、と夜闇になった屋上が沸き立つと、地面から何十、何百という手が伸びて来た。

 これらは『ヨルリアン』の取り巻き『ナイトメア』と似た様なものだ。

 だが現れるのが手のみである分、その数は『ナイトメア』よりも圧倒的に多い。

 それらが闇色の帯相手に苦戦するクロスハートとクロスナイトへ迫る!

 これはまずい、と悟ったクロスナイトは一声を叫ぶ。

 

「クロスハート!」

 

 と。

 その視線だけで何となくクロスハートには意図が察せられた。

 クロスナイトは視線でこう言っていた。

 

 いつも通りでいい。

 

 と。

 そうだ。

 クロスナイトにはいつも無茶に付き合わせて来た。

 今だって彼女や萌絵や他の皆に支えられてオオセルザンコウの元まで辿り着く事が出来たのだ。

 だったら、どんな無茶をしてでも自分の願いを押し通すしかない。

 即ち……。

 

「オオセルザンコウちゃんは取り返す! 絶対に!」

 

 クロスハートは頷き前に出る。

 ただひたすらに両手で闇色の帯を噛みちぎり、伸びて来るナイト・サーヴァントの手を蹴りつけて前へ進む。

 そんな事をすれば後ろからの攻撃に無防備になる。

 だが……。

 

「そうです。それでこそクロスハートです!」

 

 その背中はクロスナイトが守っていた。

 投げ捨てたミラーシェードの下にある瞳には金色と青色の炎が宿っていた。

 セルゲンブを相手にしても温存していた『野生解放』をついに使ったのだ。

 クロスハートは背中を振り返らなくても分かる。

 クロスナイトが前以外の攻撃は絶対に防いでくれると。

 二人は迫り来る“夜”に抗いジリジリと歩を進める。

 さすがにいくらかの攻撃は届いてしまうが、それでも二人の前進は止まらない。

 

「なぜ……」

 

 必死に迫って来るクロスハートとクロスナイトの姿に『ヨルリアン』にも変化があった。

 その瞳にわずかばかりの光が戻っていたのだ。

 二人が必死にここまで辿り着こうとしているのは『ヨルリアン』を倒す為ばかりではない。

 先にクロスハートが言った通り、オオセルザンコウを取り戻す為でもあるのだ。

 

「何故そんなに必死になる! 私が何をしたのかわかっているだろう!」

 

 オオセルザンコウは、この世界を滅ぼす為にセルゲンブに加担した。

 

「私はセルリアンフレンズだ! お前達の敵だ! この世界の敵だ!」

 

 オオセルザンコウは信じていた。

 この世界の“輝き”を保全して永遠のものとすればハクトウワシもヤマさんも商店街の皆もきっと喜んでくれる、と。

 だが、そんな事はなかった。

 むしろ、それはこの世界を滅ぼす事だった。

 オオセルザンコウはセルゲンブに欺かれていたと言っていい。

 それでも彼女はセルゲンブに従う事を選んだ。

 彼女は自らの意思でこの世界の敵になったのだ。

 

「そんな私を取り返すだと!? 笑わせるな! 私を倒さない限りこの世界は滅ぶんだ! 私を倒せ! 殺す気で来い!」

 

 オオセルザンコウは腕をがむしゃらに振り回した。

 それに応じて闇色の帯が何度もクロスハートに殺到する。

 それでもそれを引きちぎってクロスハートは前進をやめない。

 

「イヤだね!」

 

 そしてクロスハートはきっぱりと言った。

 

「アタシは楽しかった! オオセルザンコウちゃん達と一緒に『グルメキャッスル』出来て楽しかった! 一緒にご飯食べて楽しかった! 一緒に戦えて楽しかった! 喧嘩もしたけど楽しかった!」

 

 もうクロスハートはオオセルザンコウこと『ヨルリアン』まであと三歩の距離へと詰めていた。

 

「だから絶対に取り返す! これはアタシがそうしたいの! アタシの我がまま! オオセルザンコウちゃんがどう言ったって絶対助ける!」

 

 さらに一歩を詰めてあと二歩。

 『ヨルリアン』の左腕が直接振るわれる。

 

「そんな理屈があるか!」

「知るかっ! アタシはオオセルザンコウちゃんの敵だから言う事聞いてなんてあげない!」

 

 だが、懐まで潜り込んだクロスハートは振るわれた左腕に自らの右腕をあげて受け止める。

 

「でもって……! オオセルザンコウちゃんはアタシの友達だよ! 絶対助ける!」

 

 さらに一歩を詰めて残り一歩。

 

「都合が良すぎだろう!? 敵だけど友達だと!? どんな矛盾だ!」

 

 オオセルザンコウは右腕のアームグローブを棘状に変化させた。

 これで受け止める事は出来ない。

 そのままそれをクロスハートへ向けて叩きつける!

 

「知らないよ! オオセルザンコウちゃんもセルシコウちゃんもマセルカちゃんも敵だけど友達だもん!」

 

―ガシリ。

 

 棘状になったその腕をクロスハートは自らの左腕で受け止める。

 ズクリ、と異物が掌に差し込まれた感覚がしてやたらと熱くなるけれど構わない。

 そのままオオセルザンコウこと『ヨルリアン』の両手を抑え込んだままさらに一歩。

 とうとうクロスハートはオオセルザンコウの元へ辿り着くと声の限りに叫んだ。

 

「いいから黙って助けられなよ! じゃないと『グルメキャッスル』のメニューを全部ともえスペシャルにするからね!!」

 

―ガァン!

 

 そのまま放たれた頭突きがオオセルザンコウの額に叩き込まれる。

 『ヨルリアン』になっても変わらず残っていた鱗を模した帽子がズレて額の『石』が露わになる。

 と同時、オオセルザンコウも思い出していた。

 皆で夏休みにやったアルバイトや、夏祭りで『グルメキャッスル』(屋台)を出店した事。

 さらに皆で挑んだ屋台料理対決。

 料理対決に最後の一押しが欲しくて、イチかバチか皆で『ともえスペシャル』を試食しまくった事。

 あれはヒドかった。

 最後の最後で成功品が出来たからよかったがヒドかった。

 本当にヒドかった。

 けれど。

 楽しかった。

 楽しい時間だったのだ。

 またそうして過ごしたいと思える程に。

 このまま『ヨルリアン』になって消えてしまったならそれは叶わない。

 消えたくない。

 またあんなバカらしい時間を過ごしたい。

 そしてハクトウワシのアパートに帰って、明日はどんな事が待っているのか楽しみに眠りたい。

 そんな未来をオオセルザンコウは捨ててしまった。

 いいや。

 元からそんな未来などなかった。なんせオオセルザンコウは、この世界の“輝き”を保全し彼女の故郷と同じように雪と氷に閉ざす為に送り込まれたのだ。

 だから、どんな顔をしてクロスハート、いや、ともえの差し出してくれた手に縋れるというのか。

 それでも。

 それでもオオセルザンコウの口からは本音が一言漏れていた。

 

「消えたくない……。助けて……」

 

 と。

 そんな願いを聞いてくれる者はいない。

 そう。

 助けを求めたら必ず助けてくれる、そんなヒーローを除いては。

 

「任せなよ!!!」

 

 クロスハートは声の限りに叫ぶ。

 

「クロスナイトォオオオオオッ!!」

「はいッ!!」

 

 オオセルザンコウの両手は封じた。クロスハートが前進してきたという事はその後ろに付き従うクロスナイトだって前進しているという事だ。

 この場面でクロスナイトならオオセルザンコウの『石』を狙える。

 だが。

 オオセルザンコウの目の前は真っ暗になった。

 何も絶望したからそうなったわけではない。

 物理的に目の前が暗闇に覆われたのだ。

 それは『ヨルリアン』の持つ防御技、『夜の帳』が展開されたせいだ。

 幕となった暗闇が幾重にも折り重なりクロスナイトとオオセルザンコウの間を阻む。

 『ヨルリアン』の意思がオオセルザンコウを無視して咄嗟に防御技を発動させたのだ。

 

―ボスッ

 

 クロスナイトはまるでカーテンを殴ったかのような手応えのなさを感じていた。

 今、ここで『石』を砕けるだけの攻撃を仕掛ければオオセルザンコウを助ける事が出来る。

 何故なら、先の戦いでも『石』を砕くはずだった攻撃はセルメダルを身代わりにしただけだったのだから。

 つまり、ここでオオセルザンコウの『石』を砕けるだけの攻撃をすれば“アクセプター”の機能により『ヨルリアン』のセルメダルだけを破壊できるはずだった。

 けれど、後一歩が遠い。

 『夜の帳』を掻き分け、なおも攻撃を繰り出そうとするクロスナイトだったが、その防御を越える事が出来ない。

 どうする。

 あと一歩だというのに。

 

「大丈夫! アタシを信じて!」

 

 オオセルザンコウの両腕を封じたままのクロスハートが言う。

 クロスハートが……、いや、ともえが言うなら信じるとも。

 クロスナイトはそう信じてなおも攻撃を止めない。

 その背中がまるで押されるように感じられた。

 それどころかクロスナイトの身体には力が漲ってくるではないか。

 

「こ、これは……!?」

 

 理屈はわからないがクロスハートが何かしたのだろう。

 それは先に萌絵がやってみせた事と同じである。

 

「アタシがヒトのフレンズとしてフレンズちゃん達の力を借りられるなら、逆に貸す事だって出来るよね」

 

 つまりそういう事だ。

 クロスナイトは今まさに、ともえの力を借りてさらなる変身の時を迎えたのだ!

 

「変身ッ! クロスナイト・ハウンドフォームッ!」

 

 クロスナイトの毛足が長く伸びてふさふさに。

 尻尾もさらに一回り大きくやわらかな毛に覆われた。

 犬の顔を模した手甲もまるで猟犬のように鋭い目つきに代わっているし、レッグガードはグリーブ状に変形してつま先からは鋭い爪が伸びる。

 これこそが、クロスナイトの新たな変身フォーム、クロスナイト・ハウンドフォームである。

 

「ぁあぉおおおおん!」

 

 クロスナイトは咆哮と共に『夜の帳』を力任せに引き裂いた。

 優秀な猟犬を前に隠れおおせる獲物などいない。『ヨルリアン』もまたそうだった。

 

「スーパー・ワンだふるアタァアアアアック!」

 

 両掌をあわせてそれを獣の顎に見立てる。

 猟犬の牙は確かに『ヨルリアン』の、オオセルザンコウの『石』を捉えた。

 そのまま嚙み砕けば、狙い通り『石』にスリットが現れると『ヨルリアン』のセルメダルが排出される。

 

―ピシリ。

 

 排出されたセルメダルにヒビが入ると、『石』の代わりとばかりに……。

 

―パッカァアアアアン!

 

 と砕け散った。

 と同時、ガクリと崩れ落ちるオオセルザンコウ。

 先程まで纏っていたナイトドレスも、元の衣装に戻っている。

 

「わ、私は……うぅ……」

 

 長時間『ヨルリアン』になっていたダメージがあるようで、どうも意識はハッキリしないようだが命に別状はなさそうだ。

 クロスハートは膝を付きそうになるオオセルザンコウを受け止める。その耳元にオオセルザンコウの呟きが届いた。

 

「ともえスペシャルは勘弁してくれ……」

 

 耳元でそんな事を言うオオセルザンコウにクロスハートは苦笑する。

 

「クロスナイト、オオセルザンコウちゃんをお願い」

 

 クロスハートはオオセルザンコウの無事を確かめると、クロスナイトへと託す。

 なんせ彼女にはもう一つの大仕事が残っているのだから。

 

「じゃあ、行ってくるね」

「はい。お気をつけて」

 

 クロスハートは屋上から駅前ロータリーを見下ろす。

 そこでは萌絵が変身したもう一人のクロスハートとセルゲンブが激闘を繰り広げていた。

 

「チェンジ! 人面魚フォームッ!!」

 

 クロスハートは着崩した浴衣姿の人面魚フォームへ変身すると、屋上から高く高く身を躍らせた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「おぉりゃぁああああああああっ!!」

『ぐ、ぐぬぅうううう!?』

 

 駅前ロータリーではクロスハートの『ラモリドリル』と、セルゲンブの『五連多重結界』が激突し火花を散らす。

 それはまさに最強の矛と盾の戦いだった。

 『ラモリドリル』はドリルだけに固い防御を掘り進むのに適している。

 相性の上では『ラモリドリル』に分があった。

 

―バキィイイイン!

 

 甲高い音を立てて、また一枚、宙空に展開された障壁が破壊される。

 残るは三枚。

 だがしかし……。

 

『甘いわッ!』

 

 割れた分の二枚が後ろ側に再展開される。

 これこそが『五連多重結界』を誰もが破る事の出来なかった理由である。

 一枚の障壁を破っても、その後ろ側に再び障壁を展開されてしまう。

 『五連多重結界』と言いつつその実は『無限多重結界』と言っていい。

 これを破るには五枚全ての障壁を一度に破壊するか、障壁の展開されない場所を狙うしかない。

 

『この『五連多重結界』を破れた者は百年以上おらぬわ!』

 

 そう。

 セルゲンブが四神として生を受けて以来、この技を破った者などいない。

 

『ましてや貴様のような小娘に貫けるわけがないッ!!』

 

 また一枚障壁が砕かれるものの、再びその後ろに障壁が展開される。

 そうするうちに『ラモリドリル』の回転が鈍って来た。

 いくらクロスハートが展開した武装といってもエネルギー切れの宿命からは逃れられない。

 このままでは、セルゲンブの『石』へ辿り着く事は出来ない。

 だが。

 

「それがどうしたの! アタシだって生まれてからずっとお姉ちゃんだった! いや、ほんの二ヶ月くらい一人っ子だったみたいだけどそんなのどうでもいい! アタシは十三年と三ヶ月お姉ちゃんだったもん!」

 

 いや、それがどうしたと言いたいのはセルゲンブの方であった。

 だがクロスハートの気合は留まる事を知らない。

 再び『ラモリドリル』の回転が勢いを取り戻す。

 おそらくそこにはクロスハートにしかわからない彼女なりの信念か何かがあるのだろう。

 

「妹が泣いてた! だったらお姉ちゃんは妹を笑顔にしなきゃいけない! 何が何でも!!」

 

 クロスハートは空いている左腕をバッと伸ばす。

 そこに、先ほどルリ……いや、クロスラピスの使った『ジュエル・クロス・バイス』が現れる。

 だが、それは既に使用後。弾切れのはずだ。

 けれど……。

 

「それがアタシの……! アタシが生まれてこの方ずぅううっと張り続けたお姉ちゃんの意地だぁあああああッ!!」

 

 叫びつつクロスハートは左腕の『ジュエル・クロス・バイス』を右腕の『ラモリドリル』に接続した。

 当然合体機能があるはずがない。

 

「大丈夫! 未来で作るから!!」

 

 そう。

 未来で作るはずだった発明品を今使える。

 それこそが萌絵の変身したクロスハート最大の強みだ。

 当然、弾切れだって問題ない。

 油圧を充填したものを持ってくればいいのだから。

 『ジュエル・クロス・バイス』のアキュムレータから『ラモリドリル』へ油圧の力が伝わりさらにドリルの回転が速さを増した!

 

「いっけぇええええええええええ!」

 

 クロスハートが吠える。

 

―バキバキバキバキィイイイン!

 

 連続して障壁が砕ける音が響いた。

 四枚を砕いて残り一枚。

 

『そんな……! そんなもので我の防御を破れるものかっ!?』

 

 セルゲンブは全ての力と意識を防御に集中し、『五連多重結界』を張り直す。

 今度は防御範囲をより小さくした代わりに、より厚くより強固な障壁だ。

 姉の意地などというわけのわからないもので貫けるはずがない。

 が。

 

『?』

 

 セルゲンブはあまりの手応えのなさに訝しんだ。

 『ラモリドリル』はもう止められていた。

 既に役目は終わった、とばかりに。

 そしてクロスハートの顔を見れば、作戦成功とばかりにニンマリと笑顔を浮かべていた。

 

「あのね、セルゲンブちゃん。アタシが出来ない事は大抵もう一人のクロスハートが出来るんだよ?」

 

 セルゲンブがふと気づけば、“夜”に沈んだはず空に光が差し込んでいる。

 まさか『ヨルリアン』が倒されたというのか。

 そう悟って空を見上げた時、セルゲンブの目に飛び込んで来たのは巨大な水の龍だった。

 

「ひぃいいっさつ! ドラゴンフォールッ!!」

 

 叫びと共にセルゲンブ目がけて落ちて来るのは、人面魚フォームからさらにエクストラフォームであるセイリュウフォームへ変身したもう一人のクロスハートであった。

 『ラモリドリル』を防ぐのに手一杯だったセルゲンブは完全に無防備。

 天から落ちて来る水の龍を防ぐ事が出来なかった。

 

―パッカァアアアアアン!

 

 セルゲンブの『石』に水の龍が直撃し、ついにその『石』が砕け散る。

 と同時、巨大霊亀も解けるようにして消えると、後には元の姿へと戻ったセルゲンブが残された。

 いや、セルリアンフレンズの『石』を砕かれたのだから今はゲンブと呼ぶべきだろうか。

 『石』が砕かれたのと、長年セルリアンフレンズであった後遺症により立つことすらままならない。

 

「完敗か……」

 

 ここに至ってゲンブは己の負けを認めた。

 まさか四神の力までも引っ張り出して来るなどとは思わなかった。

 セルゲンブが相手にしていたのはヒトの叡智どころではない。

 ヒトとフレンズが仲良く暮らすこの世界そのものだったのだ。

 これでは負けるのも当然であろう。

 

「異世界の戦士達よ。我を倒した強き戦士達よ。最後にその名前を聞いておこう」

 

 二人のクロスハートはゲンブの言葉に一度顔を見合わせる。

 そして高らかに宣言した。

 せっかくなので決めポーズもつけて。

 

「アタシが」

「アタシ達が」

「「通りすがりの正義の味方、クロスハートだよ」」

 

 

 

―③へ続く。

 




【セルリアン情報公開:セルゲンブ(フレンズ形態)】

 四神ゲンブにセルリアンが憑りついたセルリアンフレンズ。
 異世界の四神の一柱である。
 策を考えるのが得意であり、オオセルザンコウ、セルシコウ、マセルカの三人を別世界に送り込んだのも彼女である。
 また、本人曰く「目的の為なら手段を選ばない冷酷無比な性格」なのだそうだ。
 戦闘スタイルとしては、相手の技を防御しながら実力を測り、その実力に見合った技で反撃するカウンターが主体である。
 三枚同時に展開できる亀の甲羅を模した『三連多重結界』など強力な防御技を持っており、その防御を破る事は困難だ。
 さらに、真の姿として巨大霊亀と化す事も出来る。
 四神の名を冠するに相応しい強大なフレンズである。


【セルリアン情報公開:セルゲンブ(巨大霊亀)】

 セルゲンブの真の姿である。
 その外見は巨大な亀であり尻尾部分が蛇となっている。
 まさにおとぎ話に出て来るゲンブの姿である。
 この形態ではパワーや防御力が上がっているのはもちろん、『五連多重結界』や絶対矛盾障壁《アキレスと亀》などの強力な防御技も使えるようになる。
 巨大になった事で死角なども増えてしまうが、圧倒的なパワーから繰り出される攻撃をかいくぐってその防御を破る事は非常に困難だ。
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