ある日突然フレンズの姿に変身する不思議な力を得た少女、遠坂 ともえ。
時を同じくして現れたセルリアン。
平和な日常を守る為、ともえは成り行きで通りすがりの正義の味方、クロスハートとなった。
別世界からやって来たイエイヌのフレンズ、イエイヌと双子の姉、遠坂 萌絵とともに彼女達の暮らす色鳥町を守る事となったのだ。
さて、今日の物語はそんな彼女達が生まれるだいぶ前のお話。
とある刑事の話だ。
時は遡る事ン十年前。季節は冬から春へと移り変わろうとしている、まだまだ寒さの残る日々の事だった。
その刑事は頬に絆創膏を張って不機嫌そうにしていた。
ガタイもよく、長身で五分刈り。絵に描いたような強面刑事の彼がそうしているだけで近寄り難いものがある。
彼は自分のデスクから荷物を引き上げたダンボール箱を抱えた。
近寄り難い彼の雰囲気にも関わらず、同僚刑事が苦笑と共に声を掛ける。
「ヤマさん、また派手にやったみたいじゃないか」
同僚刑事からヤマさんと呼ばれた男は傷だらけの顔をあげた。
「ああ。せっかく
昨夜の事である。
ヤマさんは色鳥町で起こっている連続車両窃盗事件を捜査していた。
その中で彼は玄武大橋近くに暴走族が集まっているという情報を手に入れていた。
ヤマさんはその暴走族の集会に単身乗り込んだ。
そして、車両窃盗事件について事情聴取をしようとしたわけだが、疑われた事に激昂した暴走族と大立ち回りになってしまったというわけだ。
数十人の暴走族を病院送りにしてしまったヤマさんはやり過ぎだと怒られる事になった。
幸いにして、現在のところマスコミなどが騒いでいる様子はないが、事件の捜査からは外されてしまった。
「なあに、ヤマさんが例の暴走族を捕まえてくれたんだから後は締め上げるだけさ。そのくらいはコッチでやるさ」
同僚刑事が言うように、ヤマさんが昨夜逮捕した暴走族は捜査本部でも有力な犯人候補となっていた。
証拠がないから今まで逮捕できなかったが、ヤマさんとケンカするという公務執行妨害があったおかげで別件逮捕が出来たわけだ。
「ったく。人の手柄を横取りしてんじゃねえ」
そう言って同僚を軽く小突くヤマさん。
ヤマさんが解決した事件は多い。けれど、その手法が少々強引で上層部からは煙たがられていた。
今回の件が決め手となって交番への左遷が決定してしまったという事情もあったりする。
とはいえ、ヤマさんは気になっていた。
「しっかし、俺は本当に
「何を言ってるんだよ。暴走族の連中が怪しいってのは捜査本部でも言われてただろう?」
捜査本部の見解では証拠こそないけれど暴走族が犯人であるとされていた。
車両窃盗された場所が暴走族の行動範囲と被っているのだ。
彼らが別件逮捕された今、事件解決は時間の問題と言える。
だがヤマさんの刑事としての勘は事件が終わっていないと告げていた。
「どうにも俺には連中が犯人とは思えないんだよ」
その理由は直接相対したヤマさんだからこそわかる手応えからだ。
暴走族に対して疑いをかけた際に、彼らは本気で怒っていた。それは自分の無実を主張するヒトのもののように思えたのだ。
だが、そう思ってもヤマさんは既に捜査から外された身である。
「まぁ、捜査から外された刑事には関係ないか」
「そうそう。あとは任せてほとぼりが冷めるまで交番勤務を頑張ってくれよ」
そうやって同僚刑事に肩を叩かれ、ヤマさんは苦笑と共に自身の荷物が入ったダンボール箱を抱える。
不満がないと言えば嘘になるが、それを言ったところで左遷の決定が覆るわけでもない。
ある種の諦めと共にヤマさんは警察署を後にするのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
ヤマさんは本名にヤマ要素は全くない。
それでもヤマさんと呼ばれるのには理由がある。
とある刑事ドラマの主人公がヤマさんというあだ名で呼ばれていたのだ。
その刑事に似ているという事で周囲もいつしか彼をヤマさんと呼ぶようになってしまった。
そのドラマは『はずれ刑事清純派』というタイトルである。
何でも捜査本部の意向に逆らって捜査していた刑事が、捜査から外されて『はずれ刑事』となっても、執念深く最後まで真犯人を追い詰めるという物語だったはずだ。
まさか本当に自分まで『はずれ刑事』になるとは思わなかった。
「はぁ~……」
ヤマさんは配属された色鳥町商店街前交番で盛大な溜め息をついた。
現実は小説より奇なりだなんて言うが、そんな事はない。
交番に配属された彼の元には連続車両窃盗事件の情報は全く入って来なかった。
物語ならひょんな事から『はずれ刑事』の元にも事件の情報が舞い込んでくるものなのだが、そんな事は全くない。
商店街前交番は平和そのもので、事件のじの字もなかった。
今日も遠くから、子供達の遊ぶ「れっつ・じゃすてぃ~す!」という声が響いて来る。
もうすぐ夕方だし、今日は天気予報でお天気が急降下らしいから、パトロールついでに子供達の帰宅を促した方がいいかもしれない。
そう思ったヤマさんは膝を叩くと立ち上がりパトロールへと向かう事にした。
「ほらほら、今日は雨が降るらしいから早く帰った方がいいぞー」
「「「はーい!」」」
遊んでいた子供達は素直に帰っていく。その中にはまだ幼いハクトウワシのフレンズもいた。
彼女達はパタパタと足音を立てて駆け去っていく。
「このくらい素直なら俺の仕事も楽なんだがなぁ……」
その背中を見送ったヤマさんは独りごちる。そしてその後再び盛大な嘆息をする事になった。
彼の行く先にそう素直じゃない相手が陣取っていたからだ。
それはジャパリ女子学園高等部の制服を着た四人組だった。
「よう。春香と遥コンビにセイコと和香」
「あら、ヤマさん。こんにちわ」
一見すると小学生に見間違えそうなくらい背が小さいのが宝条 春香。この集団のリーダーでありジャパリ女子高等部二年生だ。
彼女達は所属している生徒会活動として商店街でボランティア活動中だった。
その中でも春香が生徒会長だったりする。
この小っちゃい生徒会長も一見すると優等生なのに結構な曲者だ。
だが、今はもっと分かりやすい問題児たちの方が厄介である。
「やあ、ご婦人。今日もお美しいね。ところで、ご不要なゴミなどはあるかな?」
「あれば生徒会の美化活動中である私達が回収させていただくわ」
それは二人して買い物客相手にナンパなのか何なのかよくわからない事をしている宝条 和香と浦波 遥のコンビだ。
二人とも長身でモデルもかくやと言わんがばかりの見事なスタイルだ。
暗緑色の髪を高めの位置で一つにまとめたのが和香で、同じ髪型だが黒髪の方が遥だ。
この二人に共通するのは同性であろうと虜にしそうな涼やかさだろう。
「は、はいっ! じゃあ何かゴミになるような物も買ってこなくちゃ……」
和香と遥のコンビにナンパされた主婦は目をハートマークにしつつそんな事を言い出す。
このように女性であろうともついつい心を奪われる妖艶さがある二人だ。
だが、さすがにそれはヤマさんも見逃せない。
「おいこら。ゴミ拾いする為にゴミを買わせたら本末転倒だろうが」
言って二人の頭を小突く。
高校生にしては高身長を誇る和香と遥であるが、さすがにヤマさんには敵わない。
それにヤマさんが言う事が正論だ。
二人は小突かれた頭を同じような動きで抑えつつ従ってくれるらしい。
「ふふ。怒られてしまったね。ルカ先輩。勝負はここまでにしておこうか」
「いいよ和香君。例えこのまま勝負を続行しても負けはしなかったけどね」
言って和香と遥の二人は目線で火花を散らす。
和香は春香の妹であるが、事によっては遥の方が姉妹なんじゃないだろうかと思える程に似た者同士だ。
「お前ら二人はなんでそうキャラが被ってるんだ……」
この似た者同士の和香と遥は事ある毎に張り合っている。
きっと今日はどちらが沢山ゴミ拾いを出来るか勝負でもしていたのだろう。まかり間違ってもナンパ勝負をしていたとは思いたくないヤマさんである。
そして、この集団におけるもう一人の問題児がこれまた強烈だった。
「ふ……。私の
大仰な事を言いつつ、もう一人の女の子は道端に落ちていた落ち葉を火ばさみで拾いあげ、ポーズをつけつつ自らのゴミ袋にしまった。
彼女は青龍 セイコ。守護けものであるセイリュウの血を引き青龍神社の次期神主である。
青い髪をツインテールにしているのだが、特に怪我をしているわけでもないのだが常に眼帯で片目を覆い隠していた。
彼女が最近持ち始めたアカオオカミ、通称ドールのフレンズをデフォルメしたヌイグルミはおそらく『キャラ作り』の一環なのだろう。
「あー。うん。セイコが一番ゴミを集めてるみたいだな。えらいぞー」
ヤマさんは、敢えて彼女がしている『キャラ作り』には触れない。
これはハシカのようなものだ。
有効な治療法はないけれど、放っておいてもいつか勝手に治る。
周囲としては、変に拗らせないように生暖かく見守るのが一番だ。
「ヤマさん。そんなに褒めないで下さい。私の感情が大きく動いてしまうと封じられし邪龍が目覚めてしまいますから」
そう得意満面で眼帯を軽く抑えたポーズまで付けて言われても、ヤマさんとしては「お、おう」としか返せない。
まぁ、何はともあれ、これから天気が悪くなりそうなのだ。
彼女達にも早めの帰宅を促すと、意外にも素直に聞き入れてくれた。
ちょっとクセの強い女の子達だが、悪い子ではないというのがヤマさんの評価である。
帰り支度を始めた春香であったが、ヤマさんの方を振り返って訊ねて来た。
「ところでヤマさん。暴走族を逮捕したって本当?」
「ああ。まぁな」
ヤマさんはそう返したけれど、春香は一体どこでそんな事を知ったというのだろう。
その疑問を口にする前に、春香は小さな腕を組んで考え込むポーズをして見せつつ続けた。
「あの子達、以前に躾けたからそんな悪い事はしないはずなんだけど……」
うん? 何か聞き捨てならない事を言ったような気がするぞ、と思ったヤマさんであるが、一点は同意だ。
あの暴走族はそんな悪い事をする連中ではない。
夜に集まって走っているけれど、周囲の迷惑にならない程度にしていたし、ちゃんと交通ルールだって守っている。
もちろん違法改造だってしていない。
車両の窃盗なんて大それた事をするようには思えなかった。
ヤマさんは、やはり間違えたのだろうかと迷う。
「やっぱり調べ直すか……」
例え捜査から外されたとしても、暴走族の彼らを逮捕した責任というものはある。
このままパトロールにかこつけて、馴染みの中古車屋や車の整備工場をあたってみよう。
捜査本部の見立てでは、窃盗した車両を売り払うかパーツをとって違法改造に使うつもりだったと見ている。
「(だが、本当にそうか?)」
実際問題、彼ら暴走族は違法改造などしていない。ちゃんと免許も所持していたし。
だったら違法改造に使う為に車両を盗んだとは考えづらい。
中古車として盗んだ車両を売ったりしたら、その記録は簡単に割り出せる。もちろん警察だってそんな事は最初に調べたけれど、盗まれた車両が売られた記録はなかった。
いずれにせよ、捜査の裏付けは必要だ。
「お前達、もう一回言うが、天気が悪くなる前に早く帰れよ」
ヤマさんは春香達にもう一度帰宅を促すと、そのまま商店街を抜けて随分遠くまでのパトロールへ向かう。
その背中を春香は満足そうに見送るのだった。
の の の の の の の の の の の の の の
随分と長くなってしまったパトロールだったが、成果はなかった。
馴染みの中古車屋や整備工場のどこにも窃盗車が持ち込まれた形跡はなかったのだ。
市外のどこかに持ち込まれたとしたって、既に盗難届の出た車両だ。必ず足が付く。
なのに、盗まれた車両はそのどれもが行方がようとして知れないのだ。
だが、わかった事もある。
「やはり、あの暴走族は犯人じゃあない」
ヤマさんがそう判断した理由は、彼らに動機がないという事からだ。
「だとしたら、真犯人は……?」
それは全くわからない。
だが捜査は振り出しに戻ったと言っていい。
捜査から外された身であるヤマさんにとって八方塞がりの状況である。
「へっ……。この程度の障害なら慣れっこだぜ」
だが、ヤマさんは数々の難事件をその豪腕で解決してきた名刑事だ。……やり方は強引だけど。
「まずは、今の捜査情報が欲しいな。よし、後輩のアイツを呑みに誘うか」
本署で刑事をしている後輩の連絡先を手帳で確認すると、どこか公衆電話はないかと探す。
この時代に携帯電話はまだないのだ。
随分と面倒を見てやって、貸しがたっぷりある後輩だ。捜査情報も酒の席で口を滑らせてくれるに違いない。
とりあえず情報を得るのに名案だと思ったのだが、公衆電話は見当たらない。
―ポツリ。ポツリ……。
さらに間の悪い事は重なるもので、とうとう天気も悪くなってきた。
一旦崩れた天気はもう止まる事を知らない。あっという間に本降りになって来た。
「こいつぁ敵わん」
雨が降る前に交番へ戻るつもりだったヤマさんは雨具を用意していなかった。
公衆電話探しは諦めて急いで戻らないと風邪をひいてしまうだろう。
―ザァー……。
すっかり強くなった雨に打たれてびしょ濡れになるヤマさん。
商店街近くの公園までようやく戻って来た。ここまで来ればもう一走りで交番につく。
と……。
何か気になるものが視界の端に入った気がした。
雨で視界も悪い上に、日も落ちて暗くなっている。だから見間違いだろうかと思った。
「いや……。誰かいるな」
公園の植え込み、その中に何かがいる。
ヤマさんがそちらに懐中電灯を向けると、そこには黒い服を着たフレンズがいた。
内側に丸まった耳にしゅるりと細く長い尻尾。
それに背中まである長い黒髪。そのどれもが闇に紛れるに適しており、ヤマさんは我ながらよく気づいたものだと自画自賛だ。
それにしてもこの雨の中、こんなところでどうしたんだろう?
もしや急な雨で帰れなくなったのだろうか。
だが、ここは雨宿りにも適していない。
その証拠に、そのフレンズもすっかりびしょ濡れになってしまっている。
懐中電灯の灯りが当たったのがわかったのか、そのフレンズは植え込みの奥でビクリと身を震わせた。
「あー……。その驚かせて悪かった」
何と声を掛けていいものか。
迷った末にヤマさんは取り敢えず謝った。
「だがこんなところでどうしたんだ? とりあえずおまわりさんに聞かせてくれないか?」
ヤマさんは膝が汚れるのも構わず、その場に片膝をついてしゃがみ、そのフレンズと目線を合わせようとした。
植え込みの中で丸まっていたそのフレンズであるが、「ひっ」と短く悲鳴のようなものをあげる。だがヤマさんが近づいて来ないとわかると、とりあえず安心したようだ。
不安に揺れる瞳でヤマさんの方を見て来る。
「なあ。ここは寒いだろう? 何か暖かい物くらい用意するからついておいで。すぐそこの交番だから」
なるべく優しく言っているつもりだが、なにせ豪腕で知られたヤマさんである。かえって怖がらせやしないかと内心不安しかない。
「?」
何を言っているんだろう? とでも言いたげな黒いフレンズは小首を傾げてみせた。
その時だ。
―ぐぅー……。
盛大に黒いフレンズのお腹がなった。
真っ赤になって慌ててお腹を抑える黒いフレンズ。
「おおっと。こいつぁ悪いな。すっかり腹が減っちまってたみたいだ」
言ってヤマさんは自分のお腹をポンポン叩いて見せた。
黒いフレンズは自分のお腹とヤマさんのお腹を何度も見比べる。
何か驚いた顔をしてる黒いフレンズだが、たたみかけるなら今だ。
「なあ、おまわりさんはこれから飯にするんだが一緒にどうだ?」
そう言ってヤマさんが手を伸ばすと、おそるおそるといった様子ではあるが黒いフレンズがその手をとってくれた。
メシの単語に反応したのかもしれない。
「ようし、じゃあとりあえず交番へ行こうか」
軽く手を引いてみると、黒いフレンズは植え込みの中から出て来てくれた。
その姿を見てヤマさんは息を呑む。
本当なら黒く艶やかな髪は乱れ、服も汚れている。やつれた様子から随分長い事一人でいたのではないかと思えた。
「(もしかして……家出か何かか?)」
そう思ったけれど、今は事情を訊くより先にやらなくてはならない事がある。
このフレンズを交番へ連れ帰って、まずは身体を拭いてやらないと。
「さて、タオルは二人分あったかな」
言いつつヤマさんは黒いフレンズの手を引いて歩きはじめた。
の の の の の の の の の の の の の の
交番に戻ったヤマさんはとりあえずストーブのスイッチを入れる。
この色鳥商店街前交番は今まで無人交番だった。
それでも何の問題もないくらい平和な場所だったからだ。もっとも色鳥町の交番はどこもそんな感じで平和な場所ばかりだが。
そんなわけでここに派遣されている警官は現在ヤマさん一人である。
パトロールなどで交番を開けた際にはこうして真っ暗な中に帰ってくることになる。
暦の上ではもう春だが、まだまだ寒い。
しかもこの雨で濡れてしまっていてはなおさらだ。
「えーと、タオルタオルっと……」
昨日配属されたヤマさんは、とりあえず仕事に必要そうなものは揃えていた。
宿直仕事もあるかもしれないと、洗面用具を用意していて正解だった。
バスタオルはないが、フェイスタオルがある。ないよりはマシだろう。
「これで髪とかを拭くといい。もうすぐストーブも点くからそうしたら、温まるからね」
ヤマさんは連れ帰って来た黒いフレンズの頭にタオルを乗せた。
明るい交番であらためて見てわかったが、この黒いフレンズはおそらく、ヤマバクのフレンズだ。
ヤマバクはといえば、頭からタオルを被った状態で動こうとしない。
「あー。こうやって拭くんだぞ?」
ヤマさんはワシャワシャとタオルでヤマバクの頭を拭いてやった。
されるがままに拭かれるヤマバクは相変わらず自分で動こうとはしない。
とりあえず、濡れた髪を拭いてやったところでようやくストーブも点いてくれた。
あとはストーブの前にヤマバクを置いておけば身体も暖まるはずだ。
未だほとんど口をきいてくれないヤマバクの様子にヤマさんは考える。
「(この子はやはり家出でもしたのだろうか)」
それはどうも正確な気がしない。
先程連絡事項などをもう一度確認してみたが、やはり迷子や捜索願いなどは出ていない。
まだ連絡が来ていない可能性も考えたがそれはないだろう。
何故なら、ヤマバクの様子から数日は野外で過ごしたように見えるからだ。
「(なら、この子の親はまだ家出している事に気づいていないか届けを出していない……?)」
それも違うように思える。
この子もフレンズであるなら、その親だってフレンズだ。
フレンズは特に自分の子を大切にする傾向がある。
自分の子が数日も行方不明になれば絶対に届けを出すはずだ。
それがないという事は……。
ヤマさんは一つの可能性に思い至った。
「もしかして、フレンズの自然発生……?」
それは滅多に起こらない現象であるが、サンドスターの奇跡として広く知られている。
フレンズは突然自然発生する事があるのだ。
ヤマバクの様子から見るに、そう考えれば色々と辻褄が合う。彼女は自然発生した生まれたてのフレンズと考えて今後の事を考えるのがよさそうだ。
自然発生した生まれたてのフレンズは右も左もわからない中に放り出される事になる。
なので、そうした子がいるのならば保護しなくてはならない。
「とはいえ、今日は金曜の夜……。役所も明日明後日は休みか……」
そうなったら、少なくとも今日と明日はどこかヤマバクが泊まれる場所を用意しなくてはならない。
この交番にも宿直用の仮眠室はあるが、お風呂がない。しばらく野外で過ごしていたらしいヤマバクを出来ればお風呂に入れてあげたいところだ。
となれば本署へ連絡してヤマバクを引き取ってもらい警察で一時的に保護してもらうのがよいだろう。
ただ、本来ならばそういった仕事は警察の仕事ではなく、市役所が担当である。
その市役所が休みなのだから当然受付はしてくれない。
そうなれば警察が一時的に保護するのが妥当だろうけれど、問題は本署が相手をしてくれるかだ。
ヤマさんは上から睨まれている。
なので、連絡したところで面倒事はゴメンだとばかりに所轄交番に押し付けられるのは目に見えていた。
「まぁ、ダメ元で連絡してみるか」
デスク上の黒電話をダイヤルして本署へヤマバクを保護した事を連絡する。
本署からの返答はやはり交番で一時的に保護し、月曜日に市役所へ引き渡せというものだった。
ここで声を荒げたところでヤマバクを怯えさせてしまう。
「まぁ、仕方ないか」
ダメ元だったのだ。ヤマバクには少しばかり不便をかけてしまうが仕方ない。
それよりも次は食事だ。
ヤマさんはストーブの近くで暖かそうに目を細めているヤマバクを見て、これなら少しくらいは一人にしても平気だろうと判断。
「いいかい? あんまりストーブに近づきすぎちゃダメだぞ。火傷しちゃうからな」
そう注意すると、ヤマバクも一応頷いてくれたから大丈夫だろう。
ヤマさんは宿直室の隣にある給湯室へ入る。
そこには二口コンロがあるし、冷蔵庫も用意されている。
冷蔵庫の中には昨日買って来た卵とハムが入っていた。戸棚にはネギと袋ラーメンもある。
袋ラーメンは夜食用にと用意しておいたものだが、昨日今日の食事を全部それですませてしてしまったせいで残りは一つだ。
まぁ、ヤマバクに食べさせる分にはとりあえず問題ないだろう。
もっとも、丼を用意していなくてずっと鍋から直接食べるという事をしていたわけだが……。
「まぁ、いいか……」
ないものは仕方がない。
ヤマさんは片手鍋に水を張るとコンロにかけてお湯を沸かす。
お湯が沸いたなら袋麺を投入。少し麺が固いかな、と思える段階で弱火にして付属の粉末スープも投入。
さて、ここからはタイミングが命だ。
まずは卵を割って鍋に落とし蓋をして白身が程よく固まるまで待つ。この固まり具合は完全に勘が頼りだ。
長年の一人暮らしが鍛え上げた勘でもってヤマさんは蓋をあけると素早くハムと刻みネギを投入。
再び蓋を閉じる。
本来ならネギは火をとめた後に投入するべきなのだが、熱を通した方が甘くなる。おそらくその方がヤマバクの口には合うだろうという判断だ。
卵が程よく固まるタイミングとネギに熱が通るタイミングは一瞬だ。
その刹那を見切り、ヤマさんは火を止めると蓋を開けた。
「よし、完璧だ」
卵は黄身に薄く白い膜が張る程度で周囲も白く固まっている。
ハムからも程よく脂が溶け出しているし、ネギにも熱が加わって甘く仕上がっているだろう。
丼に移すと、この盛り付けが台無しになってしまう。かといって移した後で卵を割り落してもこう見事な出来栄えにはならないのだ。
ヤマさんが長年の一人暮らしの末に辿り着いた袋ラーメンの極致である。
最後に胡麻油を少々回しかけてやれば完成だ。
そのまま片手鍋ごと持ってヤマバクの元に戻ると、匂いを察知してかヤマさんの方をじーっと見ていた。
「熱いから気を付けてな」
お箸を渡して、片手鍋に入ったままのラーメンをデスクの上に置く。
ヤマバクは何度もヤマさんとラーメンの方を見比べていた。言外に「食べてもいいの?」と言っているようだ。
「伸びる前に食べるといい」
ヤマさんが頷いてやると、ヤマバクはおそるおそるといった様子でまず一口。
その目が驚きに大きく見開かれた次の瞬間、物凄い勢いで食べ始めた。
「(よしっ!)」
内心ガッツポーズのヤマさんである。
一人暮らしで誰かに料理を振舞った事などないが、こうして誰かが食べてくれるのも悪くない。
仕事に生きて来たヤマさんは縁談や見合いの世話を焼こうとする人だっていたものの全て断って来た。だが、もしも娘がいたならこんな感じなのかもしれないな、などと思いながらヤマバクが食べる姿を眺める。
と。
ヤマバクがじーっとヤマさんの方を見ていた。
どうしたんだろう? と思っているとヤマバクがお箸でラーメンをひとすくい。ヤマさんの方に差し出して来た。
その意図するところが分からずヤマさんは戸惑う。
するとヤマバクが口を開いた。
「おなか空いてるって言ってました。食べて下さい」
「ああ、いや、その俺は大丈夫だから」
まさかまだ幼く見えるフレンズの子に「はい、あーん」をされる日が来るとは思わなかったヤマさんは大いに慌てた。
だが、ヤマバクは怒ってるような表情になる。どうやらヤマさんが食べるまではテコでも動かないつもりらしい。
「(ええい!? ままよ!)」
ヤマさんは意を決してその箸につままれた麺をパクリと食べる。
この年齢にして初めての経験だ。突然の事すぎて味なんかわからなかった。
「美味しいですか?」
訊ねてくるヤマバクだが、作ったのはヤマさんだ。色々とツッコミたいが今はそれよりもヤマバクが口をきいてくれた事を喜ぶべきだろう。
この様子なら少しはコミュニケーションもとれようというものだ。
訊ねたい事はいくらでもある。
「なあ。キミは生まれたてのフレンズ……なのかい?」
「生まれたて、というのは違うと思います」
ヤマさんの訊ねた言葉にヤマバクは一度箸を止めてきちんと答えた。
その答えはヤマさんの予想通りではある。
意外にもヤマバクは箸の使い方が上手だったし、食べる手を止めてきちんと答える辺りは親からの教育もよかったのだろう。
「申し遅れました。私はヤマバクのフレンズでヤマバクといいます」
彼女はまだ幼く見えるものの、こうして元気を取り戻せばその居住まいは見た目よりも大人びて見えた。
それに、彼女はやはり、親から名前を受け継いだフレンズという事だ。
それなら、後は親を探して引き渡せば仕事が一つ片付く。
「なあ、ヤマバク。キミの親はどこだい? 家の場所とかはわかるかな?」
早速ヤマさんは訊ねてみる。
だが、これにヤマバクは意外な反応を返した。
「親……? 家……?」
ヤマバクはその単語を知らないとでも言うようにまたも小首を傾げてしまったのだ。
これはどういう事だろう。
生まれたてのフレンズにも見えないけれど、かと言って家出や迷子とも違うように思えた。
ヤマさんは一度考えをまとめる。
「(まず一番の問題はこの子をどうするか、だ)」
親がいるならその元へ帰さねばならないし、生まれたてで右も左もわからないならしっかりと保護しなくてはならない。
そうなれば訊ねる事も決まってくる。
「ヤマバク。キミのヤマバクと名前を付けてくれた人の事を知ってるかな?」
「え? 私は生まれた時からずっとヤマバクです。誰かに名前を付けられた事なんてないですよ?」
やはり、彼女に親はいないらしい。
それが分かったヤマさんはもう一つ続けて訊ねた。
「なら、ヤマバク。キミに行くアテはあるのかい?」
その質問にはヤマバク自身も答えを持っていないとでもいうように顔を俯かせてしまった。
これだけがわかれば十分。
ヤマさんは俯いてしまったヤマバクを安心させるように力強く言った。
「ならヤマバク。安心していい。ちゃんとおまわりさんが保護するから」
「ほご……?」
ヤマさんの言葉にヤマバクも顔をあげてくれた。
だが、保護の意味がわからなかったらしい。
確かにまだ子供には難しい言葉だったかもしれないとヤマさんは反省する。
「そうだなあ。ヤマバクが安心して暮らせるように守る、って事かな……」
そう言うと、ヤマバクは嬉しそうに微笑んでくれた。
ともかく、これで方針は決まった。
土日はヤマさんが彼女を保護して、月曜日になったら市役所の方へ引き渡し、しっかりと本保護家庭が決まるまで見守ろう。
「おっと、せっかくのラーメンが伸びてしまう。冷める前に食べてしまうといい」
すっかり話し込んでしまったが、幸いまだラーメンは伸びてしまう前だった。
ヤマバクは再び見た目相応にラーメンをがっつき始める。
その様子をヤマさんは微笑ましく見守るのだった。
もっとも、ヤマバクが時々「はい、あーん」攻撃を繰り出してくるので再び慌てるハメになってしまったが。
―②へ続く