【これまでのけものフレンズRクロスハートは!】
色鳥町を中心に突如訪れた世界滅亡の危機。
それは辛くも、クロスハート達の活躍によって防がれた。
いつもの日常へと戻った色鳥町にやって来たのは浦波 遥と浦波
彼女達二人には何やら仕事があるらしい。
一体彼女達の仕事とは何なのか。
「はい、みんなー。宿題もちゃんとやらないと後で大変だよぉー?」
パンパンと手を鳴らしつつ萌絵が言う。
最近何かと忙しかったが、だからと言って夏休みの宿題が減るわけではない。ちょっとずつやっておかないと後が大変だ。
今の時間は夜。
今日はいつも以上に賑やかな夕飯が済んで、今は四人で萌絵の部屋に集まっている。
いつも以上に賑やかな原因は座卓にノートを広げる
「うひー。夏休みは嬉しいけど、毎年宿題があるのは嬉しくないよねぇ」
そう言うともえは夏休みの宿題を後回しにして後で泣きを見るタイプだ。
こうして萌絵に監督されながら少しでも宿題をこなしておかないと最終日にとんでもない事になる。
「そうなんですね。わたしはいつもやってる事と代わりがないので実感があんまり……」
「イエイヌちゃんは本当、優等生だからねぇ」
イエイヌはと言えば学校があった間も予習復習を萌絵に見てもらいながらこなしていたので、夏休みの宿題も同じ感じできちんとやっている。
今年が初めての夏休みだが、この調子なら心配はないだろう。
そんなイエイヌの頭を撫でる
「本当、イエイヌちゃんはかしこいわね。ともえちゃんも見習わないとダメよ」
「そういう
というのも彼女の母である遥は家事全般を
そんなわけで、
「あと、萌絵ちゃんもいるもの。わかんないところとか訊けちゃうものね」
高校二年生の
早速、数学のドリルでわからないところを教えてもらっていた。
やはり、萌絵がいると勉強は捗る。
本日分のノルマを終えて一番に集中力を途切れさせたのはともえであった。
「ねぇ。明日はどうするの?」
ともえとしては、せっかく
それはイエイヌも萌絵も一緒だった。
なので、彼女が来た時には一緒に遊ぶのを楽しみにしている。
けれど
「そうねえ。明日は朝ご飯が終わったら一度お仕事で出掛けて来るわ。だから朝早くなら一緒に遊べるかも」
早朝の言葉にイエイヌの目が輝き、尻尾がぶんぶん揺れる。
朝は日課のお散歩があるのだ。
メンバーが一人増えただけでも今から楽しみなイエイヌである。
そんなイエイヌを見て萌絵は提案する。
「じゃあ、明日のお散歩は公園でフリスビーとかしてもいいかもねえ。イエイヌちゃんも得意だし。
お散歩にフリスビー!
それを聞いてイエイヌの尻尾はちぎれんばかりにバタバタ振られる。
もう今すぐにでもお散歩に行きたそうだ。
「明日よ、明日。今はこれで我慢して」
とはいえ、
何故なら守護者として必要以上に目立つわけにはいかないという事情がある。
それ故にどのスポーツでもライバルと呼べる存在を得る事が出来ずにいた。
なので、運動部にはあまり楽しみを見出せず中学高校でも文化部に所属している。
彼女と渡り合えるともえと遊べるのは
「そういえば、
ともえも
「そう。軽音同好会。結局新入生は捕まえられずに相変わらず二人っきりのツーピースバンドよ」
なんでも幼馴染の女の子と高校一年生で立ち上げたはいいけれど、部への昇格はまだまだ遠いらしい。
「へー。やっぱり
「そうよ。ギター&ボーカルのツーピースってわけよ」
萌絵の質問に
イエイヌにとっては初めて見る物だ。
「アンプはないけど、ちょっとくらい弾いて見せようかしら?」
そんな
もちろん初めてのイエイヌも再び尻尾がぶんぶんである。
「じゃあ、軽く一曲ね」
アンプはなくても室内で弾く分には十分だ。
「うわぁ、
「うんうん、凄いね
一曲が弾き終わり、ともえと
初めて演奏を見たイエイヌも目を丸くして一生懸命拍手してくれた。
「あはは。そんなにされると照れちゃうわよ」
アンプもない演奏なのにそんなに喜んでもらえると
さっき演奏して見せたのは
「三人とも、
「「好き!」」
訊ねる
だがイエイヌは
それを
「
コウテイペンギンのフレンズであるコウテイをリーダーに、イワトビペンギンのイワビー、フンボルトペンギンのフルル、ジェンツーペンギンのジェーン。
そして、一年程前にロイヤルペンギンのプリンセスを加えた五人で
元々人気のあったグループであったが新メンバープリンセスの加入後はますます人気に拍車がかかっている。
ちなみに、萌絵もともえも春香も、そしてドクター遠坂まで
「二人は推しって誰かいるのかしら?」
「アタシはイワビーかなー? あのロックな感じがたまらないっ!」
「アタシはコウテイ。ちょっとクールでカリスマリーダーなところがカッコいいんだー」
どうやらともえはイワビー推し、萌絵はコウテイ推しらしい。
ちなみに、春香はフルル推し、ドクター遠坂はジェーン推しだったりする。
見事にバラけているものの、家族で
「イエイヌちゃんも
早速萌絵はノートPCを取り出してインターネットで公開されている
モニターの中にいるペンギンのフレンズ達は楽しそうに歌ったり踊ったりしている。
そもそもイエイヌはこうした音楽やダンスに触れたのは初めてであった。
「誰が誰というのはよくわからないのですが、身体がむずむずしちゃいます!」
音楽を鳴らされると、イエイヌはなんでかよくわからないが身体を動かしたくなってしまう。
手をパタパタ、尻尾をパタパタ。でもそれだけでは足りない。
けれどこれ以上身体を激しく動かすのは夜中なので迷惑になってしまう。なのでじっと我慢のイエイヌだ。
「じゃあさ、明日の朝、お散歩のついでにダンスも試してみる?」
「おお、それいいねぇ」
「
ともえの提案に萌絵も
「じゃあじゃあ、もしかして明日のお散歩はフリスビーもダンス?っていうのもやっちゃうんですか!?」
もうイエイヌの目は輝きっぱなしだ。
その顔に「早く明日になれ!」と書いてある。
ともえと萌絵と
「それじゃあ、今日の宿題はこれくらいにしてお風呂入って寝る準備しようか」
「「「賛成ー!」」」
萌絵の提案に残る三人が声を重ねた。
ちなみに、今日は四人でお風呂だった。
いつもより狭いけれど、その分賑やかで楽しい時間となったのであった。
の の の の の の の の の の の の の の
次の日。
早朝の散歩はやはり思った以上に楽しかった。
フリスビー大会では萌絵が投げたヘロヘロフリスビーを三人で追いかけていたし、その後は
イエイヌの筋はいいようで、ダンスの振り付けもすぐに覚えて見せた。
一方で萌絵はダンスも苦手である。
嫌いというわけではないのだが、思ったように身体が動いてくれないのだ。
体育のダンスはマラソンの次くらいに苦手としている。
なので、ともえと
「さすがに、混ざる為にクロスハート・ともえフォームにはなれないよねぇ」
一人になった萌絵は今朝撮影したともえ達のダンス動画を再生しながら苦笑する。
朝ご飯が終わった後、
そして、ともえとイエイヌは商店街からヘルプ要請が来て手伝いへと出かけている。
そんなわけで、萌絵は随分久しぶりに一人になっていた。
「萌絵ちゃーん、何見てるのー?」
「わぁー。ともえちゃん達ダンス上手だぁー」
萌絵の後ろから肩に顎を乗せるようにして覗き込んで来たのが二人いる。
『two-Moe』バイトのパフィンとエトピリカだ。
今日は二人に加えてオオアリクイまで来るから手は足りている。
そこで萌絵は今日のバイトを休みにしてもらっていた。
せっかくなので、一人でやっておきたい事もあったし。
「ふぅん? で、今日は萌絵は何をするのかな?」
オオアリクイがカウンター席に座る萌絵にカフェラテを出しつつ訊ねる。
「ラモリさんの改造パーツを探しに行こうかなって思ってるの」
それを聞いたラモリさんがギクリとしていた。
萌絵は先日セルゲンブと戦った際に未来から『ラモリドリル』を取り寄せて使った。
なので、『ラモリドリル』を作っておかないとタイムパラドックスが生じてしまう可能性があるのだ。
「く……くれぐれもお手柔らかにナ……」
「大丈夫、大丈夫。優しくするから」
冷や汗を浮かべてそうなラモリさんに萌絵はいい笑顔を向ける。
とはいえ、今すぐ改造を始めるわけではない。色々パーツを揃えないといけないからだ。
萌絵はパーツを揃えるにあたってアテがあった。
「久しぶりにハシブトガラスさんの『Bard-OFF』に行ってみようかなって」
「ああ、そう言えばドクターが忙しくなって以来あんまり行ってないものな」
遠坂家の中で機械工作に詳しいのはドクター遠坂と萌絵の二人である。
反面、春香もともえも勿論イエイヌも興味がない。
なのでみんなと一緒の時はあまりハシブトガラスの『Bard-OFF』には行っていない。
『Bard-OFF』は近所にあるリサイクルショップだ。
様々な不要品を引き取り、修理したり解体してパーツにして販売している。
売られているものも多種多様だ。
電子部品から車やバイクのパーツ。パソコンなどのパーツもあればプラモデル用のジャンクパーツまである。
幅広く様々な部品を取り扱っているその店は萌絵とドクター遠坂から見れば宝の山なのだが、他の家族にはその良さがわからない。
せっかく今日は一人になったのだから、気兼ねなくパーツ漁りでもさせてもらうかと考える萌絵である。
そうなれば時間も惜しい。早速行ってみよう。
萌絵は出してもらったカフェラテを飲み干すと席を立った。
「オオアリクイ姐さん、ご馳走様」
「ああ。楽しんでくるといい」
出掛けようとするとパフィンとエトピリカが纏わりついて来た。
「萌絵ちゃん萌絵ちゃん、お昼は一緒に食べようねえ」
「春香さんに何を作ってもらおうかなぁ? パフィンねえ、今日はオムライスとハンバーグとエビフライの気分ー」
「そんなに頼んだら春香さんに悪いよぉ。でもでも、エトピリカはパスタとポトフとピザの気分ー」
そんな二人に苦笑しながら萌絵は自宅を出発した。
パフィンとエトピリカの二人なら本気で全部頼んで、全部食べ尽くしそうではある。
なんせ二人の食いしん坊ぶりは筋金入りだ。
そういえば、春香が
実は萌絵は昨日の
それは、新メンバーであるロイヤルペンギンのプリンセスも推しである事だ。
「プリンセスって何となくともえちゃんに似てるような気がするんだよねえ」
性格や見た目は全然違う。
だけれども、前しか見ていないのではないかと思えるほど前向きなところがともえと似ているように感じられた。
なので、萌絵はこっそりプリンセスも推している。
そうこうしていたら、ハシブトガラスの営むリサイクルショップ『Bard-OFF』が見えて来た。
引き取った不要品を納める大きな倉庫と、こじんまりとした店舗が特徴だ。
ただでさえ狭いように思える店内ではあるが、様々な部品が整理用コンテナボックスに入れられて所せましと並べられている。
ハッキリ言って一見しただけでは何処に何があるのかわからないし、素人目には何が売られているのかすら全くわからない。
「こんにちわー。ハシブトガラスさんいますかー?」
「いますよ。こちらです」
カウンターで仕切られた作業場の奥から声がする。
何やら雑多な機械で半分くらい埋もれているが、ここは修理カウンターだ。
家電製品などの修理も手掛けているので『Bard-OFF』は見た目よりも忙しい。
機械の山から出て来たのは黒髪で片目を隠した清楚な印象のある美人さんだ。頭には鳥のフレンズである事を示す一対の黒い翼がある。
だというのに、機械油で汚れのついたエプロン姿なのはギャップを感じさせずにはいられない。
「萌絵さんいらっしゃい。随分久しぶりな気がしますね」
「うん、お父さんが忙しくて」
「確かに普段はお父さんと二人で来ていましたね。今日はお一人で?」
ハシブトガラスは萌絵が一人でやって来た理由を考える。
そして一つの結論に思い至った。
「はっ!? まさか以前お願いしていた、ウチでのバイトをする気になってくれたとか!?」
「あー……、ごめんなさい。そうじゃないの」
萌絵の返事にガッカリのハシブトガラスだ。
こう見えても『Bard-OFF』はかなり忙しい。修理、販売、解体、陳列などをハシブトガラスが一手に担っているのだから。
だというのに素人をバイトに雇っても雑多な商品を整理する事も出来ない。
ハシブトガラスにとって萌絵は上客である上に将来有望な人材でもある。
「ちょっと欲しいパーツがあって」
「そうですか。案内は必要でしょうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとうね」
「もし、予算が足りなそうでしたら、いくつか仕事を手伝って貰ってもいいですよ」
ハシブトガラスはなおも諦められない。
萌絵の予算も潤沢なわけではないので、ハシブトガラスの仕事を手伝ってパーツを融通してもらえるならよい取引かもしれない。
「その時はお願いするかも」
「はい、萌絵さんならいつでも待っていますよ」
そして萌絵は店内でパーツ探しを始めた。
それにしてもここは本当にいろんな物が置いてある。
素人目には何が何やらわからない店内を、萌絵は手慣れた様子でいくつかのパーツを選んでいく。
と、いつもは目が行かない方に目を引かれた。
そこは完成品を販売しているコーナーだった。
家電製品などに加えてパソコンや楽器まで置いてある。
目が行ったのは楽器だ。
それはエレキベースという楽器である。
昨夜
重低音を担当する楽器で、これがあると演奏に深みが出る……らしい。
というのも萌絵も楽器や音楽にはそこまで詳しいわけではない。
なのに、目が行った理由は今朝の事が思い出されたからだ。
三人で踊るともえと
運動神経は壊滅的な萌絵であるが、音楽の成績は悪くない。
「もしかしたらアタシにも出来るかな……」
萌絵はなんとはなしにエレキベースへ手を伸ばす。
と。
「「へ?」」
その手と声が誰かと重なった。
ちょうどエレキベースへ手を伸ばした誰かとタイミングが偶然被ったらしい。
思わずお互いの手をとった状態で萌絵はその誰かさんを見た。
まず第一印象として「メガネが似合ってないなぁ」と思ってしまった。
まんまるの太目なフレームはそれだけで顔の印象を半分くらい持っていってしまっているような気がする。
そして頭にはハンチング帽。白のサマーセーターにジーンズという格好の女の子だった。
その女の子は萌絵がじっと見ているのを悟って、慌てて手を引っ込めた。
「ごめんなさい」
「あ、ううん。こちらこそ」
女の子が頭を下げるものだから、萌絵も慌てて両手を振る。
女の子は頭を下げはしたものの、不審の眼差しを萌絵に向けていた。
不躾にジロジロ見てしまっただろうか、と反省の萌絵はこちらも一度頭を下げた。
「ごめんなさい。このお店であなたくらいの女の子を見る事ってあんまりなくて」
『Bard-OFF』は見ての通り女の子向けのお店ではない。
だというのに、萌絵とそう変わらないくらいの女の子は珍しい。なのでついつい見てしまっても仕方ないというものだ。
女の子の方はその答えに納得したのか、少し警戒を解いてくれたように見える。
「そう言うけれど、あなたも私とそんなに変わらないくらいじゃない」
そう指摘されると、萌絵も返す言葉がなかった。
てへへ、と照れ笑いを浮かべて誤魔化すと、女の子の方も笑ってくれた。
ひとしきり二人で笑い合うと、女の子の方が訊ねてくる。
「ねえ、もしかしてあなたも楽器をやるの?」
「え? ううん? そういうわけじゃないの。興味があったってだけで」
なので、本気で購入を考えていたわけではない。では女の子の方はどうなのだろうか。
「私も別に本気で買おうと思ってたわけじゃないの。ただ、楽器が出来たらステキかなーって思っただけで」
どうやら同時にエレキベースを手に取ろうとしたのも似たような理由だったらしい。
そうとわかったらまたまた二人してなんだか笑いがこみ上げて来た。
「アタシは遠坂 萌絵」
「ええと……。私は……プー。友達は皆そう呼ぶの」
二人して自己紹介するが、女の子ことプーは一瞬言いよどんだように見えた。
何かあるのだろうか。
もしも困っている事があるのなら、ここで会ったのも何かの縁だ。力になりたい。
萌絵はそう思ってプーに訊ねる。
「ねえ。プーちゃん。なにか困ってる? アタシで手伝える事がありそうなら手伝うよ」
そう言ってみると、プーは芝居がかった調子で大仰に腕を組んで考えてこんでみせた。
「そうね。困ってる事が一つあるの」
それは一体?
萌絵は固唾を呑んで続く言葉を待つ。
「実は、私、色鳥町に観光で来たばっかりなの。けどもうすぐお昼だっていうのにどこでご飯を食べようか決めかねてるのよ。だからもし萌絵がオススメのお店を知ってたら教えて欲しいなって」
なんだ、そんな事か。
だったらお安い御用だ。
なんせ『two-Moe』ではパフィンとエトピリカという食いしん坊二人の為にキッチンがフル稼働しているはずだ。お客様が一人増えたところで何の問題もない。
「わかった。じゃあアタシについて来て。ちょうどよさそうな所に案内するから」
「本当? ありがとう。助かるわ」
そう言って微笑むプーの顔を萌絵は何処かでみたような気がしていたのだが、それを思い出せずにいた。
の の の の の の の の の の の の の の
駅前でアクセスも良好なこのホテルは少々お値段は張るものの、その分サービスも設備も非常に良い。
そこに遥が宿泊しているのである。
受付で作って来たお弁当が持ち込み可能かどうかを訊ねてみたが、許可さえ取ってもらえれば問題ないらしい。
持ち込み不可のホテルだって多いのだから、そこは一安心だ。
だが、
そろそろ
そう思ってロビーを見渡していると、四人組の女の子達が
「おーい!
そんな風に声を出すからあわてたは
「わ、わかったから大きな声を出さないでっ!?」
なんせ
よくよく見れば変装したコウテイもフルルもジェーンも一緒にいる。
こんな場所でファンにでも見つかった日には大騒ぎになってしまうだろう。
だというのに、イワビーの方は呑気なものだ。
「まぁ、見つかったらその時はその時だ。程々に収拾つけてさっさと逃げ出すさ」
「はっはっは、
そうやってたしなめるのは
「私もあんまり騒がしくなるのは得意じゃないです。ね、フルルさん」
苦笑いを浮かべたジェーンが傍らのフルルに同意を求めたが、彼女は別にそんな事はどうでもいいとばかりに
「ねー。もしかしてその包みってお弁当? もしかしてフルルにー? わー。ちょうどお腹空いてたんだー」
「いや、フルルはいつでも腹減ってるだろ……」
既に
「でも、みんな無事に着いてたのね。よかったわ」
なんせ
それに色鳥町は今、セルリアンが発生しやすい状況にある。
そして、
「ああ。うっかりセルリアンに襲われでもしたら、色鳥町でのライブも出来なくなるかもしれないからな。心配するのも無理はない」
コウテイの言うように、実は一週間程前に、色鳥武道館で
それが急遽開催の運びとなったのには理由がある。
「そうだよね。みんなには色鳥町の地脈を鎮めてもらわないといけないもの。そうしたら少しはセルリアンの出現率だって減るはずよ」
「おう! 任せとけよ! Rockなライブでセルリアンどもだって一掃してやるぜ!」
だがそこにジェーンが待ったをかけた。
「あの、イワビーさん。それだと私達『歌巫女』がセルリアンと戦うみたいじゃないですか。私達には直接セルリアンと戦うような力はないんですよ」
「わかってるって。言葉のアヤってヤツだよ。それにもしもセルリアンが出た時の為に
イワビーのセリフを引き継ぐように、コウテイが
「私達、浦波流の中でも
「任せてくれていいわ。その為の私だもの」
浦波流サンドスター・コンバットの特徴として、『音』を使う流派であるという点があげられる。
その中でも特に『音』を操るのに長けた者が『歌巫女』となる。
『歌巫女』は歌で地脈のサンドスターに働きかける事でセルリアンの発生を抑える事が出来る者達だ。
反面、直接戦うような力には劣る。
浦波流ではむしろ直接セルリアンと戦える
『歌巫女』が八百万市を守り、その『歌巫女』を『戦士』が守るというのがあちらの町における守護者の在り方だった。
「そんで、社長とマーゲイは?」
イワビーがロビーを見回すと、ちょうど遥がやって来た。
「みんな、無事に着いたようね」
遥は
『ヨルリアン』に一時的とはいえ支配された色鳥町は地脈が乱れた状態だ。それを調整する為、急遽
「マーゲイは一足先に会場の調整に向かって貰ったわ。今頃大体の段取りは済んでいるはずよ」
遥の言うマーゲイとは『ブレイカーズ・プロダクション』で働くフレンズの一人だ。
「私の方も昨日のうちに四神へ挨拶は済ませておいたわ。ライブは明日の夜。昼にリハーサルの予定よ。準備期間は少ないけどよろしく頼むわね」
遥は
と……。
そこで気が付いた。
今いる
「あ、あれ? プリンセスは?」
遥の戸惑いに
もう一人のメンバーがいない事に。
てっきり他のメンバーと一緒に来ていて、ちょっと席を外していただけだと思い込んでいた。
だがそれにしては戻って来るのが遅すぎる。
二人の疑問にコウテイが答えた。
「プリンセスはどうしてもやらなくてはならない事があって単独行動をとっている。私が許可した」
つまり、もう一人の
その事実に遥は慌てた。
「ちょぉ!? どどどど、どうするのっ!? プリンセスは今回の新曲センターじゃない!?」
そう。
実は新メンバーとしてようやく定着してきたプリンセスだったが、今回の色鳥町ライブでは新曲を発表する予定だったし、そのセンターはプリンセスのはずだった。
それが行方知れずとなれば慌てるのも当然だ。
「なあに。リハーサルまでには戻る。プリンセスはファンを裏切るような事は決してしない」
コウテイの言葉にイワビーもジェーンも頷いていた。
「いいなぁー。フルルも色鳥町グルメ観光したかったなぁー」
フルルだけはプリンセスの不在を何処かに食べ歩きに行ったものだと思っているようだが。
「グルメ観光っていうのはプーの事だからないだろうけど……一人の時にセルリアンと出くわしたらどうするつもりなのよ」
いくらなんでも不用心過ぎる。
「はっはっは。いくら色鳥町がセルリアンの発生しやすい土地だからと言ってそうそう毎日出現するわけでもないだろう? 心配し過ぎだよ」
コウテイはそう言うけれど、それは認識が甘い。
色鳥町以外ではセルリアンの発生はそうそうない。サンドスターの地脈が色鳥町ほど集まっているわけではないからだ。
さらに『歌巫女』を擁する浦波流が守護する八百万市ではセルリアンの発生は殆どない。
なので、コウテイの認識が甘くなるのも無理はない事だった。
「出るのよ。色鳥町では。ぽこじゃかと」
「ぽこじゃかなのか……」
「ぽこじゃかよ」
実際に
昨夜、ともえ達と話した時には一時期毎日のようにセルリアンが現れていたというから内心すごく驚かされていた。
どうやらコウテイも自らの失策を悟ったらしい。
早速自分の携帯電話を取り出して、プリンセスへ連絡しようとしたが繋がらない。
それはジェーンもイワビーも遥も
フルルだけは相変わらず
おそらく、プリンセスは携帯電話の電源を切っているのだろう。これでは連絡はつけられない。
「いいわ。私が探して来る」
言いつつ
「プーは私が連れ戻すから、皆は予定通りに準備を進めてて」
見送りに来てくれた皆を振り返って言うと、
―ガシャッ!
すると、
これまた遥が改造したインラインスケート、『
ジェットと名はついているが別にジェットエンジンを搭載しているわけではない。
ただちょっとばかり強力なモーターを車輪に搭載しており、その気になれば時速70kmくらいまでは出せる……らしい。
元々は
「じゃあ、行ってくるわね」
「プー……。ちゃんと無事でいなさいよね」
近年
プリンセスは浦波
二人しかいない軽音楽同好会の片割れなのである。
―②へ続く