けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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【これまでのけものフレンズRクロスハートは!】

 色鳥町を中心に突如訪れた世界滅亡の危機。
 それは辛くも、クロスハート達の活躍によって防がれた。
 いつもの日常へと戻った色鳥町にやって来たのは浦波 遥と浦波 萌音(モネ)の親子であった。
 彼女達二人には何やら仕事があるらしい。
 一体彼女達の仕事とは何なのか。


第26話『ツインプリンセス』①

 

 

「はい、みんなー。宿題もちゃんとやらないと後で大変だよぉー?」

 

 パンパンと手を鳴らしつつ萌絵が言う。

 最近何かと忙しかったが、だからと言って夏休みの宿題が減るわけではない。ちょっとずつやっておかないと後が大変だ。

 今の時間は夜。

 今日はいつも以上に賑やかな夕飯が済んで、今は四人で萌絵の部屋に集まっている。

 いつも以上に賑やかな原因は座卓にノートを広げる萌音(モネ)のおかげであった。

 

「うひー。夏休みは嬉しいけど、毎年宿題があるのは嬉しくないよねぇ」

 

 そう言うともえは夏休みの宿題を後回しにして後で泣きを見るタイプだ。

 こうして萌絵に監督されながら少しでも宿題をこなしておかないと最終日にとんでもない事になる。

 

「そうなんですね。わたしはいつもやってる事と代わりがないので実感があんまり……」

「イエイヌちゃんは本当、優等生だからねぇ」

 

 イエイヌはと言えば学校があった間も予習復習を萌絵に見てもらいながらこなしていたので、夏休みの宿題も同じ感じできちんとやっている。

 今年が初めての夏休みだが、この調子なら心配はないだろう。

 そんなイエイヌの頭を撫でる萌音(モネ)

 

「本当、イエイヌちゃんはかしこいわね。ともえちゃんも見習わないとダメよ」

「そういう萌音(モネ)姉ちゃんだってアタシと似たタイプじゃない」

 

 萌音(モネ)もなんだかんだ忙しくしているせいで、ついつい宿題は後回しにしがちなタイプだ。

 というのも彼女の母である遥は家事全般を萌音(モネ)に頼り切りである。

 そんなわけで、萌音(モネ)の方も色鳥町へやって来たのは宿題を進めるチャンスでもあったわけだ。

 

「あと、萌絵ちゃんもいるもの。わかんないところとか訊けちゃうものね」

 

 高校二年生の萌音(モネ)であるが、萌絵は高校の勉強もカバーしていたりする。

 早速、数学のドリルでわからないところを教えてもらっていた。

 やはり、萌絵がいると勉強は捗る。

 本日分のノルマを終えて一番に集中力を途切れさせたのはともえであった。

 

「ねぇ。明日はどうするの?」

 

 ともえとしては、せっかく萌音(モネ)が来ているのだから何かして遊びたい。

 それはイエイヌも萌絵も一緒だった。

 萌音(モネ)はともえに匹敵する運動神経の持ち主だ。

 なので、彼女が来た時には一緒に遊ぶのを楽しみにしている。

 けれど萌音(モネ)は今回何かの仕事があるらしい。なので気軽に遊びに誘ってもいいものか。

 

「そうねえ。明日は朝ご飯が終わったら一度お仕事で出掛けて来るわ。だから朝早くなら一緒に遊べるかも」

 

 早朝の言葉にイエイヌの目が輝き、尻尾がぶんぶん揺れる。

 朝は日課のお散歩があるのだ。

 メンバーが一人増えただけでも今から楽しみなイエイヌである。

 そんなイエイヌを見て萌絵は提案する。

 

「じゃあ、明日のお散歩は公園でフリスビーとかしてもいいかもねえ。イエイヌちゃんも得意だし。萌音(モネ)姉さんもいたら絶対いつも以上に楽しいよ」

 

 お散歩にフリスビー!

 それを聞いてイエイヌの尻尾はちぎれんばかりにバタバタ振られる。

 もう今すぐにでもお散歩に行きたそうだ。

 

「明日よ、明日。今はこれで我慢して」

 

 萌音(モネ)はイエイヌをなだめる為に首筋をわしゃわしゃと撫でてあげる。

 とはいえ、萌音(モネ)も楽しみだ。

 萌音(モネ)は抜群の運動神経を持ちながらも運動部には所属していない。

 何故なら守護者として必要以上に目立つわけにはいかないという事情がある。

 萌音(モネ)は幼い頃からセルリアンと戦う為の訓練を受けて来たおかげで、並みのヒトよりも高い身体能力を持っていた。

 それ故にどのスポーツでもライバルと呼べる存在を得る事が出来ずにいた。

 なので、運動部にはあまり楽しみを見出せず中学高校でも文化部に所属している。

 彼女と渡り合えるともえと遊べるのは萌音(モネ)にとっても楽しみなわけだ。

 

「そういえば、萌音(モネ)姉ちゃんの部活は相変わらずなの?」

 

 ともえも萌音(モネ)の部活については去年聞いているので知っている。

 

「そう。軽音同好会。結局新入生は捕まえられずに相変わらず二人っきりのツーピースバンドよ」

 

 萌音(モネ)が所属しているのは自ら立ち上げた軽音楽同好会である。

 なんでも幼馴染の女の子と高校一年生で立ち上げたはいいけれど、部への昇格はまだまだ遠いらしい。

 

「へー。やっぱり萌音(モネ)姉さんはギターなんだよね?」

「そうよ。ギター&ボーカルのツーピースってわけよ」

 

 萌絵の質問に萌音(モネ)は持って来ていたギターケースを引き寄せてみせる。

 イエイヌにとっては初めて見る物だ。

 

「アンプはないけど、ちょっとくらい弾いて見せようかしら?」

 

 そんな萌音(モネ)の提案にともえと萌絵はパチパチ拍手して見せた。

 もちろん初めてのイエイヌも再び尻尾がぶんぶんである。

 

「じゃあ、軽く一曲ね」

 

 萌音(モネ)はギターケースから、愛用のエレキギター『バチバチ・ダブルV』を取り出すと抱え込むように構えて見せる。

 アンプはなくても室内で弾く分には十分だ。

 萌音(モネ)がピックを用いて弾き始めた曲にはともえも萌絵も聞き覚えがある。

 

「うわぁ、PPP(ペパプ)の曲だ」

「うんうん、凄いね萌音(モネ)姉さん」

 

 一曲が弾き終わり、ともえと萌音(モネ)はそれぞれに拍手を送る。

 初めて演奏を見たイエイヌも目を丸くして一生懸命拍手してくれた。

 

「あはは。そんなにされると照れちゃうわよ」

 

 アンプもない演奏なのにそんなに喜んでもらえると萌音(モネ)だって嬉しい。

 さっき演奏して見せたのはPPP(ペパプ)の代表曲、『大空ドリーマー』だ。

 

「三人とも、PPP(ペパプ)好きなの?」

「「好き!」」

 

 訊ねる萌音(モネ)に即答のともえと萌絵である。

 だがイエイヌはPPP(ペパプ)というのが何なのかよく分からない。

 それを萌音(モネ)が教えてくれた。

 

PPP(ペパプ)っていうのはね、五人組のアイドルユニットよ」

 

 PPP(ペパプ)は、元は四人組のアイドルユニット、PIPであった。

 コウテイペンギンのフレンズであるコウテイをリーダーに、イワトビペンギンのイワビー、フンボルトペンギンのフルル、ジェンツーペンギンのジェーン。

 そして、一年程前にロイヤルペンギンのプリンセスを加えた五人でPPP(ペパプ)となった。

 元々人気のあったグループであったが新メンバープリンセスの加入後はますます人気に拍車がかかっている。

 ちなみに、萌絵もともえも春香も、そしてドクター遠坂までPPP(ペパプ)ファンだ。

 

「二人は推しって誰かいるのかしら?」

「アタシはイワビーかなー? あのロックな感じがたまらないっ!」

「アタシはコウテイ。ちょっとクールでカリスマリーダーなところがカッコいいんだー」

 

 どうやらともえはイワビー推し、萌絵はコウテイ推しらしい。

 ちなみに、春香はフルル推し、ドクター遠坂はジェーン推しだったりする。

 見事にバラけているものの、家族でPPP(ペパプ)好きだ。

 

「イエイヌちゃんもPPP(ペパプ)見たら好きになると思うよ」

 

 早速萌絵はノートPCを取り出してインターネットで公開されているPPP(ペパプ)のCMをいくつか流して見せる。

 モニターの中にいるペンギンのフレンズ達は楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 そもそもイエイヌはこうした音楽やダンスに触れたのは初めてであった。

 

「誰が誰というのはよくわからないのですが、身体がむずむずしちゃいます!」

 

 音楽を鳴らされると、イエイヌはなんでかよくわからないが身体を動かしたくなってしまう。

 手をパタパタ、尻尾をパタパタ。でもそれだけでは足りない。

 けれどこれ以上身体を激しく動かすのは夜中なので迷惑になってしまう。なのでじっと我慢のイエイヌだ。

 

「じゃあさ、明日の朝、お散歩のついでにダンスも試してみる?」

「おお、それいいねぇ」

PPP(ペパプ)のダンスなら私も少しは教えられるわ」

 

 ともえの提案に萌絵も萌音(モネ)も賛成のようだ。

 

「じゃあじゃあ、もしかして明日のお散歩はフリスビーもダンス?っていうのもやっちゃうんですか!?」

 

 もうイエイヌの目は輝きっぱなしだ。

 その顔に「早く明日になれ!」と書いてある。

 ともえと萌絵と萌音(モネ)の三人は顔を見合わせて微笑み合った。

 

「それじゃあ、今日の宿題はこれくらいにしてお風呂入って寝る準備しようか」

「「「賛成ー!」」」

 

 萌絵の提案に残る三人が声を重ねた。

 ちなみに、今日は四人でお風呂だった。

 いつもより狭いけれど、その分賑やかで楽しい時間となったのであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 次の日。

 早朝の散歩はやはり思った以上に楽しかった。

 フリスビー大会では萌絵が投げたヘロヘロフリスビーを三人で追いかけていたし、その後は萌音(モネ)に教わりながらPPP(ペパプ)のダンスを試してみたりもした。

 イエイヌの筋はいいようで、ダンスの振り付けもすぐに覚えて見せた。

 一方で萌絵はダンスも苦手である。

 嫌いというわけではないのだが、思ったように身体が動いてくれないのだ。

 体育のダンスはマラソンの次くらいに苦手としている。

 なので、ともえと萌音(モネ)とイエイヌの三人を見守ったり、携帯電話のカメラで撮影したりしていた。

 

「さすがに、混ざる為にクロスハート・ともえフォームにはなれないよねぇ」

 

 一人になった萌絵は今朝撮影したともえ達のダンス動画を再生しながら苦笑する。

 朝ご飯が終わった後、萌音(モネ)は手早くお弁当を作り母親の遥へ届けに行った。そのまま一仕事あるそうで、帰りは夕方以降になるらしい。

 そして、ともえとイエイヌは商店街からヘルプ要請が来て手伝いへと出かけている。

 そんなわけで、萌絵は随分久しぶりに一人になっていた。

 

「萌絵ちゃーん、何見てるのー?」

「わぁー。ともえちゃん達ダンス上手だぁー」

 

 萌絵の後ろから肩に顎を乗せるようにして覗き込んで来たのが二人いる。

 『two-Moe』バイトのパフィンとエトピリカだ。

 今日は二人に加えてオオアリクイまで来るから手は足りている。

 そこで萌絵は今日のバイトを休みにしてもらっていた。

 せっかくなので、一人でやっておきたい事もあったし。

 

「ふぅん? で、今日は萌絵は何をするのかな?」

 

 オオアリクイがカウンター席に座る萌絵にカフェラテを出しつつ訊ねる。

 

「ラモリさんの改造パーツを探しに行こうかなって思ってるの」

 

 それを聞いたラモリさんがギクリとしていた。

 萌絵は先日セルゲンブと戦った際に未来から『ラモリドリル』を取り寄せて使った。

 なので、『ラモリドリル』を作っておかないとタイムパラドックスが生じてしまう可能性があるのだ。

 

「く……くれぐれもお手柔らかにナ……」

「大丈夫、大丈夫。優しくするから」

 

 冷や汗を浮かべてそうなラモリさんに萌絵はいい笑顔を向ける。

 とはいえ、今すぐ改造を始めるわけではない。色々パーツを揃えないといけないからだ。

 萌絵はパーツを揃えるにあたってアテがあった。

 

「久しぶりにハシブトガラスさんの『Bard-OFF』に行ってみようかなって」

「ああ、そう言えばドクターが忙しくなって以来あんまり行ってないものな」

 

 遠坂家の中で機械工作に詳しいのはドクター遠坂と萌絵の二人である。

 反面、春香もともえも勿論イエイヌも興味がない。

 なのでみんなと一緒の時はあまりハシブトガラスの『Bard-OFF』には行っていない。

 『Bard-OFF』は近所にあるリサイクルショップだ。

 様々な不要品を引き取り、修理したり解体してパーツにして販売している。

 売られているものも多種多様だ。

 電子部品から車やバイクのパーツ。パソコンなどのパーツもあればプラモデル用のジャンクパーツまである。

 幅広く様々な部品を取り扱っているその店は萌絵とドクター遠坂から見れば宝の山なのだが、他の家族にはその良さがわからない。

 せっかく今日は一人になったのだから、気兼ねなくパーツ漁りでもさせてもらうかと考える萌絵である。

 そうなれば時間も惜しい。早速行ってみよう。

 萌絵は出してもらったカフェラテを飲み干すと席を立った。

 

「オオアリクイ姐さん、ご馳走様」

「ああ。楽しんでくるといい」

 

 出掛けようとするとパフィンとエトピリカが纏わりついて来た。

 

「萌絵ちゃん萌絵ちゃん、お昼は一緒に食べようねえ」

「春香さんに何を作ってもらおうかなぁ? パフィンねえ、今日はオムライスとハンバーグとエビフライの気分ー」

「そんなに頼んだら春香さんに悪いよぉ。でもでも、エトピリカはパスタとポトフとピザの気分ー」

 

 そんな二人に苦笑しながら萌絵は自宅を出発した。

 パフィンとエトピリカの二人なら本気で全部頼んで、全部食べ尽くしそうではある。

 なんせ二人の食いしん坊ぶりは筋金入りだ。

 そういえば、春香がPPP(ペパプ)の中でフルルが特にお気に入りなのも「たくさん食べてくれそう」という理由だった。

 実は萌絵は昨日のPPP(ペパプ)談義で皆には言っていない事が一つあった。

 それは、新メンバーであるロイヤルペンギンのプリンセスも推しである事だ。

 

「プリンセスって何となくともえちゃんに似てるような気がするんだよねえ」

 

 性格や見た目は全然違う。

 だけれども、前しか見ていないのではないかと思えるほど前向きなところがともえと似ているように感じられた。

 なので、萌絵はこっそりプリンセスも推している。

 そうこうしていたら、ハシブトガラスの営むリサイクルショップ『Bard-OFF』が見えて来た。

 引き取った不要品を納める大きな倉庫と、こじんまりとした店舗が特徴だ。

 ただでさえ狭いように思える店内ではあるが、様々な部品が整理用コンテナボックスに入れられて所せましと並べられている。

 ハッキリ言って一見しただけでは何処に何があるのかわからないし、素人目には何が売られているのかすら全くわからない。

 

「こんにちわー。ハシブトガラスさんいますかー?」

「いますよ。こちらです」

 

 カウンターで仕切られた作業場の奥から声がする。

 何やら雑多な機械で半分くらい埋もれているが、ここは修理カウンターだ。

 家電製品などの修理も手掛けているので『Bard-OFF』は見た目よりも忙しい。

 機械の山から出て来たのは黒髪で片目を隠した清楚な印象のある美人さんだ。頭には鳥のフレンズである事を示す一対の黒い翼がある。

 だというのに、機械油で汚れのついたエプロン姿なのはギャップを感じさせずにはいられない。

 

「萌絵さんいらっしゃい。随分久しぶりな気がしますね」

「うん、お父さんが忙しくて」

「確かに普段はお父さんと二人で来ていましたね。今日はお一人で?」

 

 ハシブトガラスは萌絵が一人でやって来た理由を考える。

 そして一つの結論に思い至った。

 

「はっ!? まさか以前お願いしていた、ウチでのバイトをする気になってくれたとか!?」

「あー……、ごめんなさい。そうじゃないの」

 

 萌絵の返事にガッカリのハシブトガラスだ。

 こう見えても『Bard-OFF』はかなり忙しい。修理、販売、解体、陳列などをハシブトガラスが一手に担っているのだから。

 だというのに素人をバイトに雇っても雑多な商品を整理する事も出来ない。

 ハシブトガラスにとって萌絵は上客である上に将来有望な人材でもある。

 

「ちょっと欲しいパーツがあって」

「そうですか。案内は必要でしょうか?」

「ううん、大丈夫。ありがとうね」

「もし、予算が足りなそうでしたら、いくつか仕事を手伝って貰ってもいいですよ」

 

 ハシブトガラスはなおも諦められない。

 萌絵の予算も潤沢なわけではないので、ハシブトガラスの仕事を手伝ってパーツを融通してもらえるならよい取引かもしれない。

 

「その時はお願いするかも」

「はい、萌絵さんならいつでも待っていますよ」

 

 そして萌絵は店内でパーツ探しを始めた。

 それにしてもここは本当にいろんな物が置いてある。

 素人目には何が何やらわからない店内を、萌絵は手慣れた様子でいくつかのパーツを選んでいく。

 と、いつもは目が行かない方に目を引かれた。

 そこは完成品を販売しているコーナーだった。

 家電製品などに加えてパソコンや楽器まで置いてある。

 目が行ったのは楽器だ。

 それはエレキベースという楽器である。

 昨夜萌音(モネ)が見せてくれたエレキギターに似た楽器だが正確には違うものだ。

 重低音を担当する楽器で、これがあると演奏に深みが出る……らしい。

 というのも萌絵も楽器や音楽にはそこまで詳しいわけではない。

 なのに、目が行った理由は今朝の事が思い出されたからだ。

 三人で踊るともえと萌音(モネ)とイエイヌを楽器でならサポート出来ないかな、と何となく思ったのが理由である。

 運動神経は壊滅的な萌絵であるが、音楽の成績は悪くない。

 

「もしかしたらアタシにも出来るかな……」

 

 萌絵はなんとはなしにエレキベースへ手を伸ばす。

 と。

 

「「へ?」」

 

 その手と声が誰かと重なった。

 ちょうどエレキベースへ手を伸ばした誰かとタイミングが偶然被ったらしい。

 思わずお互いの手をとった状態で萌絵はその誰かさんを見た。

 まず第一印象として「メガネが似合ってないなぁ」と思ってしまった。

 まんまるの太目なフレームはそれだけで顔の印象を半分くらい持っていってしまっているような気がする。

 そして頭にはハンチング帽。白のサマーセーターにジーンズという格好の女の子だった。

 その女の子は萌絵がじっと見ているのを悟って、慌てて手を引っ込めた。

 

「ごめんなさい」

「あ、ううん。こちらこそ」

 

 女の子が頭を下げるものだから、萌絵も慌てて両手を振る。

 女の子は頭を下げはしたものの、不審の眼差しを萌絵に向けていた。

 不躾にジロジロ見てしまっただろうか、と反省の萌絵はこちらも一度頭を下げた。

 

「ごめんなさい。このお店であなたくらいの女の子を見る事ってあんまりなくて」

 

 『Bard-OFF』は見ての通り女の子向けのお店ではない。

 だというのに、萌絵とそう変わらないくらいの女の子は珍しい。なのでついつい見てしまっても仕方ないというものだ。

 女の子の方はその答えに納得したのか、少し警戒を解いてくれたように見える。

 

「そう言うけれど、あなたも私とそんなに変わらないくらいじゃない」

 

 そう指摘されると、萌絵も返す言葉がなかった。

 てへへ、と照れ笑いを浮かべて誤魔化すと、女の子の方も笑ってくれた。

 ひとしきり二人で笑い合うと、女の子の方が訊ねてくる。

 

「ねえ、もしかしてあなたも楽器をやるの?」

「え? ううん? そういうわけじゃないの。興味があったってだけで」

 

 なので、本気で購入を考えていたわけではない。では女の子の方はどうなのだろうか。

 

「私も別に本気で買おうと思ってたわけじゃないの。ただ、楽器が出来たらステキかなーって思っただけで」

 

 どうやら同時にエレキベースを手に取ろうとしたのも似たような理由だったらしい。

 そうとわかったらまたまた二人してなんだか笑いがこみ上げて来た。

 

「アタシは遠坂 萌絵」

「ええと……。私は……プー。友達は皆そう呼ぶの」

 

 二人して自己紹介するが、女の子ことプーは一瞬言いよどんだように見えた。

 何かあるのだろうか。

 もしも困っている事があるのなら、ここで会ったのも何かの縁だ。力になりたい。

 萌絵はそう思ってプーに訊ねる。

 

「ねえ。プーちゃん。なにか困ってる? アタシで手伝える事がありそうなら手伝うよ」

 

 そう言ってみると、プーは芝居がかった調子で大仰に腕を組んで考えてこんでみせた。

 

「そうね。困ってる事が一つあるの」

 

 それは一体?

 萌絵は固唾を呑んで続く言葉を待つ。

 

「実は、私、色鳥町に観光で来たばっかりなの。けどもうすぐお昼だっていうのにどこでご飯を食べようか決めかねてるのよ。だからもし萌絵がオススメのお店を知ってたら教えて欲しいなって」

 

 なんだ、そんな事か。

 だったらお安い御用だ。

 なんせ『two-Moe』ではパフィンとエトピリカという食いしん坊二人の為にキッチンがフル稼働しているはずだ。お客様が一人増えたところで何の問題もない。

 

「わかった。じゃあアタシについて来て。ちょうどよさそうな所に案内するから」

「本当? ありがとう。助かるわ」

 

 そう言って微笑むプーの顔を萌絵は何処かでみたような気がしていたのだが、それを思い出せずにいた。

 

 

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 萌音(モネ)は一人、色鳥エンプレスホテルへとやって来ていた。

 駅前でアクセスも良好なこのホテルは少々お値段は張るものの、その分サービスも設備も非常に良い。

 そこに遥が宿泊しているのである。

 受付で作って来たお弁当が持ち込み可能かどうかを訊ねてみたが、許可さえ取ってもらえれば問題ないらしい。

 持ち込み不可のホテルだって多いのだから、そこは一安心だ。

 だが、萌音(モネ)には心配事がもう一つあった。

 そろそろ彼女達(・・・)がこちらへ来ているはずである。無事に到着していればいいが。

 そう思ってロビーを見渡していると、四人組の女の子達が萌音(モネ)の方へ軽く手を振っている。

 

「おーい! 萌音(モネ)ぇ。コッチコッチ」

 

 そんな風に声を出すからあわてたは萌音(モネ)の方だ。

 

「わ、わかったから大きな声を出さないでっ!?」

 

 萌音(モネ)がそんなにも慌てるのには理由がある。

 なんせ萌音(モネ)に声をかけて来たのはメガネと帽子で変装しているものの見る人が見ればわかる。今をときめくアイドルユニットであるPPP(ペパプ)のメンバー、イワビーだったのだから。

 よくよく見れば変装したコウテイもフルルもジェーンも一緒にいる。

 こんな場所でファンにでも見つかった日には大騒ぎになってしまうだろう。

 だというのに、イワビーの方は呑気なものだ。

 

「まぁ、見つかったらその時はその時だ。程々に収拾つけてさっさと逃げ出すさ」

「はっはっは、萌音(モネ)は逃げ出すくらいなら最初からバレるなと言っているんだぞ、イワビー」

 

 そうやってたしなめるのはPPP(ペパプ)リーダーのコウテイだ。

 

「私もあんまり騒がしくなるのは得意じゃないです。ね、フルルさん」

 

 苦笑いを浮かべたジェーンが傍らのフルルに同意を求めたが、彼女は別にそんな事はどうでもいいとばかりに萌音(モネ)が持った包みを凝視していた。

 

「ねー。もしかしてその包みってお弁当? もしかしてフルルにー? わー。ちょうどお腹空いてたんだー」

「いや、フルルはいつでも腹減ってるだろ……」

 

 既に萌音(モネ)のお弁当に狙いを定めているフルルにイワビーは呆れていた。

 

「でも、みんな無事に着いてたのね。よかったわ」

 

 萌音(モネ)は取り敢えず一安心だ。

 なんせPPP(ペパプ)は今や知らぬ者などいないくらいのアイドルだ。予期せぬトラブルを呼び込んでしまうかもしれない。

 それに色鳥町は今、セルリアンが発生しやすい状況にある。

 そして、PPP(ペパプ)には大切な役目があって色鳥町にやって来ているのだ。

 

「ああ。うっかりセルリアンに襲われでもしたら、色鳥町でのライブも出来なくなるかもしれないからな。心配するのも無理はない」

 

 コウテイの言うように、実は一週間程前に、色鳥武道館でPPP(ペパプ)の単独ライブが決定したのだ。

 それが急遽開催の運びとなったのには理由がある。

 

「そうだよね。みんなには色鳥町の地脈を鎮めてもらわないといけないもの。そうしたら少しはセルリアンの出現率だって減るはずよ」

「おう! 任せとけよ! Rockなライブでセルリアンどもだって一掃してやるぜ!」

 

 萌音(モネ)の言葉にイワビーが自身の拳を掌に打ち付けてパチンと音を鳴らしてみせる。

 だがそこにジェーンが待ったをかけた。

 

「あの、イワビーさん。それだと私達『歌巫女』がセルリアンと戦うみたいじゃないですか。私達には直接セルリアンと戦うような力はないんですよ」

「わかってるって。言葉のアヤってヤツだよ。それにもしもセルリアンが出た時の為に萌音(モネ)が護衛に来てくれたわけだろ。ちゃーんと分かってるって」

 

 イワビーのセリフを引き継ぐように、コウテイが萌音(モネ)の両肩を叩く。

 

「私達、浦波流の中でも萌音(モネ)は唯一『戦士』の適正があったからな。頼り切りになってしまうがよろしく頼む」

「任せてくれていいわ。その為の私だもの」

 

 浦波流サンドスター・コンバットの特徴として、『音』を使う流派であるという点があげられる。

 その中でも特に『音』を操るのに長けた者が『歌巫女』となる。

 『歌巫女』は歌で地脈のサンドスターに働きかける事でセルリアンの発生を抑える事が出来る者達だ。

 反面、直接戦うような力には劣る。

 浦波流ではむしろ直接セルリアンと戦える萌音(モネ)のような『戦士』の方が珍しい。

 『歌巫女』が八百万市を守り、その『歌巫女』を『戦士』が守るというのがあちらの町における守護者の在り方だった。

 PPP(ペパプ)はアイドルでありながら町を守る『歌巫女』でもあるわけだ。

 

「そんで、社長とマーゲイは?」

 

 イワビーがロビーを見回すと、ちょうど遥がやって来た。

 

「みんな、無事に着いたようね」

 

 遥はPPP(ペパプ)が所属する『ブレイカーズ・プロダクション』の社長であると同時に浦波流サンドスター・コンバットの現当主でもある。

 『ヨルリアン』に一時的とはいえ支配された色鳥町は地脈が乱れた状態だ。それを調整する為、急遽PPP(ペパプ)ライブを企画したというわけである。

 

「マーゲイは一足先に会場の調整に向かって貰ったわ。今頃大体の段取りは済んでいるはずよ」

 

 遥の言うマーゲイとは『ブレイカーズ・プロダクション』で働くフレンズの一人だ。

 PPP(ペパプ)のマネージャー業務を一手に引き受けている優秀な社員なのだが、彼女はセルリアンと戦う力は持っていない。

 

「私の方も昨日のうちに四神へ挨拶は済ませておいたわ。ライブは明日の夜。昼にリハーサルの予定よ。準備期間は少ないけどよろしく頼むわね」

 

 遥はPPP(ペパプ)萌音(モネ)を見回しながら言う。

 と……。

 そこで気が付いた。

 PPP(ペパプ)は最初こそ四人組であったが、今は五人組のはずだ。

 今いるPPP(ペパプ)のメンバーは四人。コウテイ、イワビー、ジェーン、フルルだ。

 

「あ、あれ? プリンセスは?」

 

 遥の戸惑いに萌音(モネ)もようやく気が付いた。

 もう一人のメンバーがいない事に。

 てっきり他のメンバーと一緒に来ていて、ちょっと席を外していただけだと思い込んでいた。

 だがそれにしては戻って来るのが遅すぎる。

 二人の疑問にコウテイが答えた。

 

「プリンセスはどうしてもやらなくてはならない事があって単独行動をとっている。私が許可した」

 

 つまり、もう一人のPPP(ペパプ)メンバーであるプリンセスはこの場にいないどころか行方知れずという事ではないか。

 その事実に遥は慌てた。

 

「ちょぉ!? どどどど、どうするのっ!? プリンセスは今回の新曲センターじゃない!?」

 

 そう。

 実は新メンバーとしてようやく定着してきたプリンセスだったが、今回の色鳥町ライブでは新曲を発表する予定だったし、そのセンターはプリンセスのはずだった。

 それが行方知れずとなれば慌てるのも当然だ。

 

「なあに。リハーサルまでには戻る。プリンセスはファンを裏切るような事は決してしない」

 

 コウテイの言葉にイワビーもジェーンも頷いていた。

 

「いいなぁー。フルルも色鳥町グルメ観光したかったなぁー」

 

 フルルだけはプリンセスの不在を何処かに食べ歩きに行ったものだと思っているようだが。

 

「グルメ観光っていうのはプーの事だからないだろうけど……一人の時にセルリアンと出くわしたらどうするつもりなのよ」

 

 萌音(モネ)は呆れていた。

 いくらなんでも不用心過ぎる。

 

「はっはっは。いくら色鳥町がセルリアンの発生しやすい土地だからと言ってそうそう毎日出現するわけでもないだろう? 心配し過ぎだよ」

 

 コウテイはそう言うけれど、それは認識が甘い。

 色鳥町以外ではセルリアンの発生はそうそうない。サンドスターの地脈が色鳥町ほど集まっているわけではないからだ。

 さらに『歌巫女』を擁する浦波流が守護する八百万市ではセルリアンの発生は殆どない。

 なので、コウテイの認識が甘くなるのも無理はない事だった。

 

「出るのよ。色鳥町では。ぽこじゃかと」

「ぽこじゃかなのか……」

「ぽこじゃかよ」

 

 萌音(モネ)は重々しく頷いた。

 実際に萌音(モネ)もつい昨日電車のセルリアン、『デンシャリアン』と戦ったばかりだ。

 昨夜、ともえ達と話した時には一時期毎日のようにセルリアンが現れていたというから内心すごく驚かされていた。

 どうやらコウテイも自らの失策を悟ったらしい。

 早速自分の携帯電話を取り出して、プリンセスへ連絡しようとしたが繋がらない。

 それはジェーンもイワビーも遥も萌音(モネ)も一緒だった。

 フルルだけは相変わらず萌音(モネ)の持ってきたお弁当に目が釘付けだったが。

 おそらく、プリンセスは携帯電話の電源を切っているのだろう。これでは連絡はつけられない。

 

「いいわ。私が探して来る」

 

 言いつつ萌音(モネ)は立ち上がると、愛用のギターケースを背負ってホテルの外へ出た。

 

「プーは私が連れ戻すから、皆は予定通りに準備を進めてて」

 

 見送りに来てくれた皆を振り返って言うと、萌音(モネ)は軽くジャンプし、空中で靴の踵同士をぶつけて見せた。

 

―ガシャッ!

 

 すると、萌音(モネ)の履いていたスニーカーが靴底からインラインスケートのブレードを出現させた。

 これまた遥が改造したインラインスケート、『DX(デラックス)ゴーゴージェットローラー』である。

 ジェットと名はついているが別にジェットエンジンを搭載しているわけではない。

 ただちょっとばかり強力なモーターを車輪に搭載しており、その気になれば時速70kmくらいまでは出せる……らしい。

 元々はPPP(ペパプ)のステージパフォーマンス用に作ってみたけれど、萌音(モネ)いがい誰も乗りこなせずにその計画は実現しなかった。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

 萌音(モネ)は『DX(デラックス)ゴーゴージェットローラー』を起動させると、風のように街へと走りだした。

 

「プー……。ちゃんと無事でいなさいよね」

 

 近年PPP(ペパプ)へ加入したプリンセスだが実は高校生である。萌音(モネ)と同じ学年、同じ学校、同じ部活の。

 PPP(ペパプ)とは別にプリンセスにはもう一つの顔があった。

 

 プリンセスは浦波 萌音(モネ)の幼馴染にして、

 二人しかいない軽音楽同好会の片割れなのである。

 

 

 

―②へ続く

 


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