ちょうど、玄武峠の山頂。
そこでジャパリバスはとうとうセルビャッコに追いついた。
「セルビャッコ。どうやら逃げ切れないようですよ」
『そのようなのだ。どうするのだ? セルセイリュウ』
セルセイリュウは傍らを併走する猫耳のついた小型バスへ視線を送る。
見た目はともかく、この小型バスの機動力は巨大虎へ変化したセルビャッコに匹敵するらしい。
このまま逃げたところで振り切る事は出来ないだろう。
セルセイリュウは考える。
「(このまま我らが女王のところに敵を引きつれて行くのは良くないですね)」
セルセイリュウとセルビャッコはプーを攫った理由が二つある。
一つは、この色鳥町の地脈を不安定でセルリアンが発生しやすい状態のままにする事。
そして、もう一つが
比較的手薄であったプーを攫って女王のところへ連れて行きさえすれば、輝きの保全と地脈を浄化する
だが、女王はセルセイリュウとセルビャッコの二人にとって本丸であり王将でもある。
彼女が負ける事など考えられないが、それでも万が一、いや億が一の危険ですら近づけたくはない。
「ふむ。ではセルビャッコ。プランBと行きましょう」
『わかったのだ』
セルセイリュウは方針変更を決定した。
セルビャッコもその変更された方針に従い、まずは頂上のパーキングエリアへと入る。
このまま戦うにしても、何にしてもお互いに開けた場所の方が実力を発揮できるだろう。
昼を回ってすでに15時にもなろうかという時間ではあるが、幸いにしてパーキングエリアは閑散としたものだ。
セルビャッコを追っていたジャパリバスも同じようにパーキングエリアへ入って停車した。
そして、後部客車から乗員達がどやどやと降り立つ。
そのうち一人は先程青龍神社でも相まみえた
追って来ているのは気づいていたが実害はないと思い放っておいた。まさか再び仕掛けてくるとは考えていなかった。
それに、他に六人程降りて来ているが、こちらは何者なのか。
『なあなあ、セルセイリュウ。我、すっごいイヤな予感がするのだ』
「奇遇ですね、セルビャッコ。全く同意見ですよ」
五人のフレンズ達に混じって一人いるヒトの女の子。
二本の羽根飾りが付いた帽子を被る黒髪の女の子には心当たりがあった。
「ねえねえ、かばんちゃん? さっきからあの二人、かばんちゃんの事見てない?」
傍らにいるサーバルキャットのフレンズが黒髪のヒトに話しているのを見て、セルセイリュウとセルビャッコは確信した。
「まさか……。こんなに早く出会えるとは思いませんでしたよ、クロスシンフォニー」
額に冷や汗をにじませつつ言うセルセイリュウ。
オオセルザンコウ達が伝えた情報には、クロスシンフォニーの正体なども記されていた。
目の前にいる黒髪で癖っ毛の女の子は確かに伝えられた情報と酷似している。
この場に駆けつけた事からも、彼女がクロスシンフォニーで間違いないだろう。
そしてクロスシンフォニーはセルスザクを一対一で倒した最も警戒すべき相手だ。セルセイリュウとセルビャッコは緊張に身を固くする。
ところが、降りて来た六人のフレンズ達は顔を付き合わせてゴニョゴニョと内緒話を始めてしまった。
「なあなあ、どうしてあの二人はアライさん達がクロスシンフォニーだって知っているのだ?」
「それはねー、アライさーん。あの二人ってオオセルザンコウ達と同じ世界から来たからじゃないかなー」
「んん? オオセルザンコウ達と同じ世界から来たのと、アライさん達がクロスシンフォニーなのを知っているのがどう関係しているのだ??」
どうにもアライさんにはその点が不可解でしょうがなかった。
だが、当然と言えば当然なのである。
オオセルザンコウ達は情報収集と橋頭保確保の為にこちらの世界に派遣されたのだから。
そんな彼女達に和解の為とは言え、正体を明かせばそれが伝わるのは自明の理というものだ。
「まぁ、かばんとアライとサーバルは特に嘘が苦手なのです。下手に取り繕うよりもよかったのではないですか」
「ダメージコントロールというヤツなのです」
博士と助手はそう言って納得しているが、アライさんにとってはますます不可解でならない。
「だからさー。あっちの二人に私達の正体をバラしたのはオオセルザンコウだって事だよ」
「「へ?」」
フェネックの言葉にアライさんとサーバルは同時に驚き呆けた。
「そんな! アライさんはオオセルザンコウ達とは友達で仲間になれたと思っていたのだ……!」
「そうだよぉ! そりゃあ私達、最初は敵同士だったけど、でも……なんで……!」
そして我に返ると、二人同時にガックリと膝をついて悲嘆に暮れる。
あまりの悲しみようにセルセイリュウとセルビャッコも何だか罪悪感をくすぐられる事になってしまった。
「あ、あのー。我等がセルゲンブを通して情報を聞いたのってかなり前の話なんです」
『そ、そうなのだ! だから別にアイツらが悪いヤツというわけではないのだぞ!』
セルセイリュウとセルビャッコの言に、アライさんとサーバルはかばんを振り返る。
「ええ。オオセルザンコウさん達は友達で仲間ですよ」
かばんが苦笑しつつもそう言うなら間違いない。
サーバルとアライさんは手を取りあって喜んだ。
そんな彼女達への弁明までしてくれるとは、セルセイリュウもセルビャッコも案外お人よしな事だ。
「お人よしついでにプーを返してくれない?」
「(彼女達がクロスシンフォニーだというなら、プランBでもダメかもしれませんね)」
セルセイリュウは思索を巡らせていた。
プランBは、もしもプリンセスを取り戻そうと追ってくる者がいれば排除する行動指針だ。
だが、クロスシンフォニーはセルスザクを一対一で退けた実力者である。
負けるとは思わないが、さりとて無傷でいられるとも思わない。
この敵地で戦力を削られるのは避けたいところだ。
「(ならば……プランCですかね)」
セルセイリュウの言う『女王』は今回の作戦をゲームだ、と評していた。
彼女にとってはプリンセスを攫う事で地脈浄化を阻止出来ればそれでよし。もしくはこちらの世界が有する戦力がどれ程か測れればそれでもまたよしだった。
という事はここで死力を尽くしても意味は薄い。
むしろ四神の残り二柱がダメージを受けて戦線離脱する事態になったら目も当てられない。
そこまで考えたセルセイリュウは決断した。
「いいでしょう。お返しします」
セルセイリュウは肩に担いでいたプーを
まさか本当に返してくれるとは思っていなかった
意外な行動にかばん達と
『セルビャッコ。プランCです』
巨龍へと姿を変じたセルセイリュウはそのまま空へと舞い上がる。
逃げの一手だ。
何故、とかばんは訝しむ。
この場で簡単にプーを返して逃げ出すのならば、そもそも攫ったりしなければよかったのではないか。
けれど、すぐにそれは間違いだったとわかった。
「プー!? ちょっと、プー! どうしたっていうの!?」
プーを抱き止めた
プーはパタパタと身振りで何かを伝えようとしているのだが、声が出ていない。
まさか、と全員が思い至っていた。
「プー……あなた、まさか“輝き”を奪われたの!?」
セルセイリュウはプーの声という“輝き”を奪ったのだ。
ようやく気付いた
竜というよりも龍という姿をセルセイリュウ自身は気に入っていない。深い蒼色の鱗もそうだ。
けれど、この姿ならば出来る事がある。龍は空を飛べるのだ。
そのまま巨龍は市街地方面へ飛び去る。
「まずい……!」
追おうにも、ジャパリバスは空を飛べない。
曲がりくねった峠道で空を飛ぶ相手に追いつけるはずがない。
そして、再び市街地へと舞い戻ったセルセイリュウが今度は何をしでかすのかもわかったものではない。
さらに、セルセイリュウからプーの“輝き”を奪い返さないと
すっかりしてやられた格好だ。
「とにかく、追わないと話にならないわ!」
が……。
『そうはさせないのだ。この四神最強の我、セルビャッコがな』
グルル、と唸り声をあげる巨虎が立ちはだかる。
このないない尽くしの状況にさらにダメ押しをされてしまった。
一体ここからどうしたらいいのか。
「
だが、かばんには焦った様子がない。
何か考えがあるのだろうか。
かばんは
「この街を守っているのはボク達だけじゃないですから」
かばんが視線を送った先ではセルセイリュウが早くも玄武大橋へさしかかろうとしていた。
釣られてセルビャッコも
二人とも同じ事を思っていた。一体何が出来るのか、と。そして何も出来るはずがない、とも。
だが、玄武大橋から赤い閃光が一条放たれると、セルセイリュウを撃ち抜いたではないか。
赤い閃光に射抜かれたセルセイリュウは体勢を崩し、色鳥川へと落ちる。
それを目の当たりにしたセルビャッコはあんぐりと開いた口が塞がらない。
『ななな!? お前達!? セルセイリュウに一体何をしたのだ!?!?』
対するかばんはやはり同じ答えを口にした。
「ですから、この街を守っているのはボク達だけじゃないんですよ」
つまり、セルセイリュウを撃ち落としたのは、別な守護者だという事なのだろう。
しかし、一体いつの間に。
術中にハメたつもりが、その逆だった事にセルビャッコは焦らずにはいられない。
『しかし……! そんな小賢しい策など喰らいつくしてしまえばよいだけなのだ!』
セルビャッコは臨戦態勢を整えた。
白い巨虎の体毛が総毛立つと、それに応じてバチバチと周囲の空気が放電現象を見せ始めた。
色んな意味で一触即発の空気となっていたが、それでも臆さずかばんは叫んだ。
「
「そうそう。ここは任せて先にいけーってヤツだよっ!」
その隣にはサーバルが並び立つ。
「まったく、それはフラグというものですよ。サーバル」
「戦いの前に縁起でもないのです」
さらにその両脇に博士と助手が並ぶ。
「だったらさー。フラグは沢山重ねたら逆に回避できるらしいから、目いっぱい立てまくったらいいんじゃない?」
「ならアライさんにお任せなのだ! ところで、ふらぐ?って何なのだ?」
そしてその両脇にフェネックとアライさんが並んで勢揃いだ。
誰もがもう
この場で
ならば、彼女の役目はプーを無事にライブ会場へ届ける事である。
「頼むわね!」
すっかり頼もしくなったかばん達の横顔に感慨も沸くが、それをゆっくり味わっている場合ではない。
後に残るのはセルビャッコとかばん達六人である。
かばん達は揃いのポーズで一斉に左腕を伸ばす。
それを胸元に引き寄せるようにしつつ六人同時に叫んだ。
「「「「「「変身ッ!」」」」」」
サンドスターの輝きが迸り、それが治まった時に現れたのはたった一人。
大きな猫科の耳にヒョウ柄のアームグローブとニーソックスのフレンズであった。
セルビャッコはそれが誰なのか知っている。知ってはいるが、これから戦おうというのだ。それなりの様式というものはある。
『改めて名乗るのだ。我はセルビャッコ。西方を守りし四神が一柱なのだ』
そして「そちらは?」とでも言うように顎をしゃくってみせる。
その答えはやはりセルビャッコが思っていた通りのものだった。
「クロスシンフォニー。通りすがりの正義の味方です」
の の の の の の の の の の の の の の
セルセイリュウは混乱していた。
彼女は真の姿である龍へと変化し、空を飛んで離脱したはずだった。
当然、それなりの高度を取っていたからそう簡単に手出し出来るはずがない。
けれども、撃ち落とされたのだ。
一体何に攻撃されたのか。
セルセイリュウは叩き落された色鳥川からすぐさま身を起こした。
『何者ですか!』
誰何の声には玄武大橋の欄干から答えがあった。
「何者って言われたってねえ?」
「えー? カラカルさっきまでノリノリだったじゃない」
一条と思った閃光の正体は二人のフレンズだった。
片方は赤い毛並みの同じ色のアームグローブとニーソックス。それに黒い大きな耳。
もう片方も同じ色と毛並みであったが、毛皮の形状が違う。それはヒトが忍者と呼ぶ者達が着ている装束に似ていた。
「なっ!? ちょっと菜々!? 誰がノリノリだっていうのよ!? しょうがなくよ、しょうがなく!」
「そうだねー。しょうがなくだよねー。こっちの
「そ、そうそう! こっちの
アーチ型の欄干に二人して降り立ったフレンズ達はワイワイと言い合う。
「それに、久しぶりに和香さんとお出かけだもんねー。私も楽しみにしてたよー」
「なっ!? べ、別に和香と一緒だから楽しみだったわけじゃなくて……!」
すっかり無視された格好のセルセイリュウは欄干の上に陣取る二人を睨みつける。
人を川に叩き落しておいて随分ではないか。
『ですからあなた方は何者なのですか!』
再度の問い掛けに、二人は言い合いをやめて一度顔を見合わせる。
そして忍者装束の方が言った。
「私はクロスレインボー。通りすがりの正義の味方」
「でもって私はカラカルね」
「えー? カラカルも一緒に通りすがりの正義の味方しようよー」
「私はいいわよ。そういうのはアンタらに任せるから」
せっかく話が進みそうだったのに、またクロスレインボーとカラカルの言い合いが始まろうとしていた。
「でもさ、カラカル。私達結構目立っちゃってるよ?」
「いいわよ。別に私はアッチに帰ったらいいだけだもの」
確かにクロスレインボーの言う通り、巨龍が空から降ってきて川面に盛大な水しぶきをあげたのだ。
玄武大橋を通る車からも何事かとそちらを見る者が多い。
「たださ、ほら。私達はよくても騒ぎになったら和香さんに悪いじゃない? だから顔くらい隠しておいたら?」
「それもそうね」
カラカルはクロスレインボーの差し出した目の部分に穴があいたアイマスクを受け取る。
いそいそとそれを装着する姿はいかにも隙だらけだ。
さらにクロスレインボーの方も、頭の横につけていた動物のカラカルを模したお面をかぶり直しており、こちらも隙だらけだ。
さすがに攻撃を仕掛ける事は出来ないだろうが、逃げを打つくらいはわけもない。
セルセイリュウは再び空に舞い上がった。
が。
「「ダブルッ!! 百舌鳥落としぃいいいいいいッ!!」」
クロスレインボーとカラカルの二人が目にも留まらぬ速さで欄干からジャンプする。
二人あわせて一条の赤い閃光となり、セルセイリュウへ激突。
再び赤い閃光に打ち抜かれたセルセイリュウはまたも川面に叩き落される。
「あのねえ。私がいて、菜々がクロスレインボーのカラカルモードになってるのに空へ逃げられるわけないでしょう?」
セルセイリュウを打ち据えた反動で再び欄干の上へ戻ったカラカルが言う。クロスレインボーから渡されたアイマスクの具合を確かめながら。
カラカルという動物は時として空へ飛びたつ鳥すらも狩ると言われる。
そのフレンズであるカラカルも、カラカルから力を借りているクロスレインボー・カラカルモードも対空迎撃を最も得意としている。
いくら巨龍と化したセルセイリュウであっても、この二人を相手には空へ逃れる事は出来そうもない。
『(ならばどうしますか……)』
セルセイリュウは四神の中でも水を司っている。
水中戦は得意中の得意と言っていいのだが、先程からクロスレインボーとカラカルの二人は水中にまでは降りて来てくれない。
空中へ逃れようとしたりしない限りは手出しをしてこないし、深追いもしようとしてこない。
狙いはきっとセルセイリュウをこの場に釘付けにする事だろう。
『(我を足止めしてどうするつもりでしょうか?)』
そう思考した時、セルセイリュウの脳裏には一つの答えが浮かんで来る。
ここは敵地だ。
ならば増援があったって不思議はない。
そして、この場で現れる新手にはセルセイリュウにだって心当たりがある。
―ざわざわ……。
空から龍が落ちて来るという異常事態に玄武大橋の歩道には人だかりが出来始めていた。
しかし、その人だかりが見ているのは川面に浮かぶセルセイリュウではない。
集まった人々が見ていたのは、クロスレインボーとカラカルが乗るのとは反対側の欄干だった。
アーチ状の欄干、その上には二人の人影があった。
二人とも、イヌ科の耳にイヌの尻尾。
一人はミラーシェードで目元を隠して、デフォルメされた犬の顔が描かれたガントレットに短いマントを纏っている。
そしてもう一人はおへそが出る程に短い丈の服を着ていた。
その場の誰もが薄々二人が何者なのかには気付いていた。
そして、クロスレインボーとカラカルの二人が待っていたのも彼女達だろう。
集まった野次馬の誰かが呟いた。
「クロスハートだ……」
それに誰かの呟きが重なる。
「クロスナイトもいる……」
クロスハートとクロスナイト。
それは人々の噂になっている通りすがりの正義の味方である。
まさに噂通りの二人が登場した事でギャラリー達は沸き立った。
人々の歓声に応えてというわけではないが、クロスハートはビシリとセルセイリュウを指さすと宣言した。
「セルセイリュウちゃん! …………ちゃんでいいのかなぁ?」
そこはどうでもいい、とセルセイリュウもクロスレインボーとカラカルと見守るギャラリー達までもが同じように思った。
それはともかく、ごほん、と咳払いしてからクロスハートはあらためて宣言する。
「
―⑦へ続く