けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第26話『ツインプリンセス』⑧

 

 プーを連れて峠道を下り降りた萌音(モネ)であったが、いくつかの問題を抱えていた。

 まず第一に玄武峠を往復した事でかなりの時間を浪費してしまっていた。

 もうリハーサルは終わっているだろうし、ゲネプロにすら間に合わないかもしれない。

 そして第二に今の状態のプーを連れて行ったとしてもPPP(ペパプ)ライブは開けない。

 さらに、ここまで酷使してきた『DX(デラックス)ゴーゴージェットローラー』の様子がおかしい。

 いくらスピードを上げようと思っても、全然速度が乗らない。それどころか急激に減速している。

 おそらくバッテリー切れだろう。

 ここで足を失えば本番までに色鳥武道館へ辿り着くのすら難しい。

 声を失ったプーが不安そうに見上げて来る。

 

「大丈夫よ、プー。あなたの輝きは皆が絶対取り返してくれるし、ライブ会場には私が絶対に間に合わせるわ」

 

 玄武峠を下り切って、玄武大橋へ辿り着いたところでとうとう『DX(デラックス)ゴーゴージェットローラー』はバッテリーの充電を使い切って止まってしまった。

 だが、まだ二本の脚が残っている。

 全力で走ればまだ間に合うはずだ。

 ただ、その全力は掛け値なしの全力だ。

 おそらく辿り着いた先で萌音(モネ)は力尽きる。だが、選択肢がない以上仕方がない。

 むしろ、まだ切れるカードが残っているのならそれに勝る幸運はない。

 

「そういうわけだから、プー、後は走るからしっかり掴まってなさい! あと舌噛まないようにね!」

 

 萌音(モネ)は覚悟を決めて、僅かに回復したサンドスターを両脚にかき集める。

 あとはガス欠になる前に色鳥武道館へ辿り着ける事を祈るばかりだ。

 が……。

 

―ヒョイ。

 

 萌音(モネ)は何者かに掬い上げられた。

 急に両脚が宙に浮いて戸惑う萌音(モネ)

 プーを取り落さずに済んだのは僥倖だが、一体何者がそんな事をしたのか。

 

「やっほー。萌音(モネ)ちゃん、昨日ぶりー」

 

 それは動物のカラカルを模した面を着けた忍者装束のフレンズであった。

 顔が見えない事もあるけれど、そんな派手なフレンズには見覚えがなくてさらに戸惑う萌音(モネ)

 それを察してか、忍者装束のフレンズはカラカルの面を上にずらして顔を見せてくれた。

 

「私だよ。覚えてないかなー? 昨日ちゃんと挨拶してなかったもんね」

 

 昨日……?

 萌音(モネ)がよくよく目を凝らして見ると、その顔立ちには見覚えがあった。

 宝条和香と一緒にいた女の子にそっくりなのだ。

 赤毛をサイドポニーにした女の子だったはずだが、あの子はヒトであってフレンズではなかったはずだ。

 そこで、萌音(モネ)もハッと気が付く。

 

「も、もしかして?」

「うん。通りすがりの正義の味方。クロスレインボーだよ」

 

 萌音(モネ)とプーの二人も抱え上げているというのに、クロスレインボーはウィンク一つ交えつつ言った。

 そうしてからクロスレインボーは傍らを併走する相棒へ呼びかける。

 

「カラカル!」

「わかってるわよ。任せなさいな」

 

 アイマスクで目元を申し訳程度に隠したカラカルが萌音(モネ)の手からプーを受け取る。

 既に二人は玄武大橋の欄干を駆け抜けて、萌音(モネ)とプーを連れて市外方面へ入ろうとしていた。

 

「ええっと……」

 

 突然の出来事に、萌音(モネ)もプーも目を丸くして成り行きに任せるしか出来なかったが、二人が味方だというのは確信出来た。

 その想いにクロスレインボーは一つ頷いて見せる。

 

「大丈夫。私とカラカルでライブ会場へ連れて行くから。二人は体力温存ね」

 

 言いつつ欄干を渡り切ったクロスレインボーはそのまま手近なビルの屋上へジャンプで飛び移る。

 その後を、同じようにしてプーを連れたカラカルが続く。

 どうやら二人がライブ会場までの脚代わりを買って出てくれたらしい。

 次々とビルを飛び移るクロスレインボーとカラカルの二人。

 この調子ならきっとライブ開演時間に間に合いそうだ。

 だが、気になる事もある。

 

「あ、あの……!」

 

 萌音(モネ)が気にしているのはセルセイリュウの事だ。

 セルセイリュウはプーの“輝き”を奪った相手だ。今もそれを持っているはずである。

 一度はセルセイリュウを迎撃して、玄武大橋の下を流れる色鳥川へ落としたはずだ。セルセイリュウからプーの“輝き”を取り返すなら今こそ絶好のチャンスかもしれない。

 しかし、クロスレインボーは軽く後ろを振り返り、既に遠くなりつつある色鳥川を指し示す。

 

萌音(モネ)ちゃん。大丈夫だよ。そっちは頼りになる二人が行ってるもの」

 

 その言葉に、萌音(モネ)もよくよく目を凝らして色鳥川を見れば、巨大な龍の影が水中に見える。

 さらに、その周囲を高速で泳ぎ回る影も一つ。

 それらは水中で何度も交差し、その度に水飛沫があがる。

 きっとあれらは戦っているのだろう。

 そう思って、萌音(モネ)がクロスレインボーを見れば頷いて肯定していた。

 あの巨大な龍の影はきっとセルセイリュウだが、彼女と戦う影は一体……?

 その疑問にはまたもクロスレインボーが答えてくれた。

 

「そりゃあ決まってるよ。萌音(モネ)ちゃんだってよく知ってるじゃない。色鳥町の無敵のコンビ。クロスハートとクロスナイト」

 

 という事は、セルセイリュウと戦っているのはともえとイエイヌなのか。

 けれども、水中で巨大な龍となったセルセイリュウと戦っている影は一つしか見えない。

 

「あ、でも今日はさらにラモリさんも一緒か。じゃあ無敵のトリオだね」

 

 萌音(モネ)はさらにわけがわからない。

 戦っているのは一人だけ。なのにトリオ。

 どういう事だろう。

 けれども……。

 

「信じるって決めたもの。頼むわね、ともえちゃん、イエイヌちゃん。ラモリさん」

 

 萌音(モネ)は遠ざかっていく川面へ祈る。

 先程自分でもプーに言ったばかりだ。

 きっと彼女達ならプーの“輝き”を取り戻してくれる、と。

 ならば、ここは信じて色鳥武道館へと急ぐべきだ。

 萌音(モネ)はクロスレインボーに担がれながらも、振り返るのをやめて前を見据えた。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 時は萌音(モネ)達が玄武大橋に戻って来る少し前にまで遡る。

 玄武大橋の欄干に新たに現れたクロスハートは眼下のセルセイリュウへビシリと指を突き付け宣言した。

 

PPP(ペパプ)ライブの邪魔はさせないしプーちゃんの“輝き”は返してもらうよ!」

 

 言うが早いか、クロスハートは欄干から飛び出す。

 空中で一声。

 

「チェンジッ! 人面魚フォーム!」

 

 叫ぶと着崩した浴衣姿へ早変わり。

 クロスハートの水中フォームである人面魚フォームへと変身した。

 

「相変わらず、決めたらすぐに行動ですね」

 

 セルセイリュウの最も得意とする水中という戦場へ臆する事なく飛び込んだクロスハートをクロスナイトは若干の呆れを伴って見送る。

 だが、これは作戦のうちだ。

 

「ラモリさん。こちらも予定通りに行きましょう」

 

 クロスナイトは跨った鉄騎『ラモリケンタウロス』の頭部に納まったラモリさんに言う。

 

「オウ。その前に、クロスレインボーとカラカルにも作戦を伝えないとナ」

 

 ラモリさんは胸のレンズ状のコアからホログラム映像を投影する。

 それは色鳥町の地図であった。

 色鳥武道館にPPP(ペパプ)と萌絵とセルリアンフレンズ三人組を示すアイコンが集まっている。

 そして、玄武峠からこちらに向かっている萌音(モネ)とプーを示すアイコン。

 玄武大橋に集まっているクロスレインボーとカラカル、それにクロスハートとクロスナイトのアイコン。それらがまとめて示されていた。

 それをクロスレインボーとカラカルの二人に見せつつ言うラモリさん。

 

「クロスレインボーとカラカルは萌音(モネ)とプーを色鳥武道館へ連れて行ってやってくレ」

「いいけど、私達もセルセイリュウさんと戦った方がよくない? 四神相手に二人だけって結構大変だよ?」

 

 つい先日、セルセイリュウと同格のセルゲンブをどうにか全員で倒したばかりだからクロスレインボーの疑問も最もだ。

 それに、セルセイリュウは肝心要であるプーの“輝き”を保持している。絶対に取り逃がすわけにはいかない。

 

「マァ、それもそうなんだがナ。どうにも連中の動きが怪しイ気がするんダ」

 

 と言うと?とクロスレインボーとカラカルはラモリさんの続く言葉を待つ。

 

「コチラが誘い出されている気がスル。これは和香教授とドクターも同意見ダ」

 

 地図に示されるクロスハートとクロスナイト、それにクロスシンフォニーの現在位置。

 それらは色鳥武道館から遠く離れてしまっている。

 既に、U-Mya-Systemを通じて状況分析を始めているドクター遠坂や和香教授はこの違和感に気づいていた。

 そこまで言われてカラカルも気づく。

 

「つまり、敵が本当に狙っているのはPPP(ペパプ)ライブそのものって事?」

「多分ナ。今仕掛けている絡め手で何とかなるならそれでヨシ。そうじゃなければ本丸の色鳥武道館を攻めるんじゃないかって事ダ」

 

 どうやら敵は既に二重、三重の策を張り巡らせているのではないか、というのがドクター遠坂の読みであった。

 そうなると、ここはどうしてもクロスハート達にセルセイリュウを任せるしかない。

 

「ま、クロスハート一人じゃ危なっかしいけど、クロスナイトが一緒だもの。何とかするわよ」

 

 カラカルは言うと、遠くこちらを目指して走って来る萌音(モネ)とプーを見やる。

 それにクロスレインボーも頷いた。

 

「OK、じゃあ私達は萌音(モネ)ちゃん達を送って行くから、後はよろしくね!」

 

 クロスレインボーとカラカルの二人が橋の欄干から飛び出して萌音(モネ)とプーの方へ向かうのをまたもクロスナイトは見送る。

 既に眼下では激しい水中戦が繰り広げられていた。

 色鳥川は色鳥町の様々な水源を一手に担う大きな川だ。

 その水深も川幅も大きく、青龍神社は古くからこの川の治水安泰を祈願している。

 閑話休題。

 いま、クロスハートとセルセイリュウはその川を戦場にしていた。

 

黒竜砲(シュヴァルツ・ドラッヘ・カノーネ)!』

 

―ドォオオオン!

 

 セルセイリュウが龍の口から放った蒼黒いブレスが盛大な水柱をあげる。玄武大橋の歩道に集まった野次馬まで水飛沫が届く程だ。

 が……。

 

「へっへーん! 外れー!」

 

 水中を縦横に泳ぎ回るクロスハート・人面魚フォームはそんな大振りの一撃をかわしてみせる。

 

『くぅうう! ならば、これでどうです!』

 

 続けてセルセイリュウは自身の龍鱗を外して宙に浮かべる。

 それらは宙で形を変えて、黒色ボールペンへと変化した。

 

束縛する弾丸(クーゲルシュライバー)!』

 

 そして掛け声に応じて、まるでミサイルのように複雑な軌道を描いてクロスハートへと殺到する!

 それには為す術なく、幾本もの黒色ボールペンがクロスハートに命中した。

 これ自体は致命の一撃とはならないが、動きを止める事が出来る。

 そこに今度こそ必殺の『黒竜砲(シュヴァルツ・ドラッヘ・カノーネ)』を叩き込めばそれで終わりだ。

 が……。

 

「残念。またまた外れだよ」

 

 その声はセルセイリュウの耳元で聞こえた。

 一体いつの間にか、クロスハートはセルセイリュウの背後を取っていた。

 なら、先程『束縛する弾丸(クーゲルシュライバー)』に撃ち抜かれたのは……?

 そう疑問に思うセルセイリュウの目の前で『束縛する弾丸(クーゲル・シュライバー)』を受けたクロスハートは水に溶けるように消えてしまった。

 まさかこれは……。

 

「そう。必殺、『魅惑のイリュージョン』だよ」

 

 どうやら先程捕らえたと思ったのは、クロスハートの幻影だったらしい。

 そのままクロスハートは続けて三人に増える。

 黒の模様が入ったミニ浴衣、赤の模様のミニ浴衣、そして浅黄色の模様をしたミニ浴衣を着た三人のクロスハートだ。

 今度は実体を伴った幻影である。

 三人のクロスハート達はそれぞれにセルセイリュウの周りを高速で泳ぎ回る。

 

『くぅうう!?』

 

 発生した激しい水流は水中を得意とするセルセイリュウの動きをも抑え込む。

 クロスハートが発生させた大渦にセルセイリュウが囚われたその瞬間がチャンスだった。

 

「クロスナイトッ!」

「はい!」

 

 そのチャンスこそクロスナイトが狙っていたものだ。

 

「ラモリさん!」

「オウヨ!」

 

―ガション!

 

 クロスナイトの求めに応じて、ラモリケンタウロスが胴体から翼を展開させた。

 その翼につけられたジェットエンジンが甲高い音を立て始める。

 

「ラモリケンタウロス、ペガサスモードッ!」

 

 ラモリケンタウロス・ペガサスモードは飛行形態だ。

 ギャラリー達が見守る中クロスナイトを乗せたラモリケンタウロスは大空へと飛び立った。

 それを見て取ったクロスハートも作戦の最終段階へと入る。

 

「行くよぉっ!」

 

 三人に増えたクロスハートはさらに速度をあげる。

 それに伴い生まれる水流も激しさを増して行った。

 

「滝登りぃ!!」

 

 水流が竜巻となって空へ向かって立ち上る。

 その先にいるのはペガサスモードとなったラモリケンタウロスに跨ったクロスナイトだ。

 

「言っておくガ、相変わらずペガサスモードは完全に制御できてないカラナ」

「構いません!」

 

 クロスナイトはラモリケンタウロスの手綱を引いて機首を反転。

 今まで重力に逆らって空に駆け上っていたジェットエンジンの推進力も反転。今度は重力を味方につけて大地へ向けて疾走する。

 いわゆるパワーダイブだ。

 ラモリさんの視界にはいくつもの緊急アラートを示すアイコンが加速度的に増えていく。

 墜落覚悟、狂気の沙汰だ。

 しかし、これで得られる速度は絶大である。

 この速度を乗せた一撃なら、セルセイリュウの防御を打ち破れるに違いない。

 

「ナイトソードッ!」

 

 クロスナイトは骨型の剣、ナイトソード(鈍器)を具現化させると……。

 

「ナイトスラァアアアアアッシュ!」

 

 ぐんぐん迫る水柱とそれに囚われたセルセイリュウへ向けて、全力を込めた『ナイトスラッシュ』が振るわれた。

 セルセイリュウの頭は「ヤバイ」の一言で埋め尽くされる。

 

黒竜壁(シュヴァルツ・ドラッヘ・ヴァリエール)!』

 

 セルセイリュウは咄嗟に防御障壁を張る、が。

 

―バキィイイイン!

 

 パワーダイブの速度すら乗せたナイトソードはいとも容易く防御障壁を打ち砕く。

 それでも勢いは止まらない。

 クロスナイトのナイトソードは狙い過たず、セルセイリュウの額にある『石』へ吸い込まれて行く。

 

『こ、このぉおおお!!』

 

 セルセイリュウだって水を司る四神だ。

 クロスハートの生み出した水柱に無理やり干渉して、ほんのわずかにその進行方向を逸らした。

 

―チッ!

 

 結果、クロスナイトの『ナイトスラッシュ』も狙いがわずかに逸れて肩口を掠めるのみだった。

 どうにか難を逃れたセルセイリュウは余勢で少しばかり高度を上げてから反転してクロスナイトの方を見やる。

 クロスナイトとラモリケンタウロスは、絶妙なタイミングで上昇をやめたクロスハートが柔らかく受け止めていた。

 

「いやぁ。狙いはよかったんだけど一筋縄じゃいかなかったねー」

 

 クロスハートが最初一人でセルセイリュウを相手していたのも作戦の内だった。

 人面魚フォーム以外では水中でセルセイリュウと渡り合えない。けれどもそれではセルセイリュウの防御を越えられるだけの火力を生み出せない。

 だからこそクロスナイトはクロスハートを信じて、一撃必殺の機会を待っていた。

 結果としてセルセイリュウを討ち果たす事はあと一歩というところで及ばなかったが、セルセイリュウは盛大に肝を冷やす。

 

『(危なかった……。危なかったぁあああああっ!?)』

 

 ラモリケンタウロスのパワーダイブを受け止めたおかげで、クロスハートは再び水面ぎりぎりまで下降し、セルセイリュウとの距離はすっかり開いてしまっていた。

 距離が開いたおかげで、セルセイリュウも改めて間一髪であった事を悟らされる。

 クロスハートがクロスナイトとラモリケンタウロスを受け止める為に水柱の上昇を止めていなかったら、『石』を砕かれていてもおかしくなかった。

 

『(やはり強いですね。クロスハートとクロスナイト)』

 

 セルセイリュウは巨龍化を解いて元のフレンズへと姿を戻す。

 左肩に鈍い痛みが残っている。

 どうにか致命の一撃は避けたが、ダメージを受けてしまった。

 これ以上は危険だ。

 そう判断しての巨龍化解除である。

 

「さて、逃げるのがいいのでしょうが、素直に逃がしてくれるとも思えませんね」

 

 セルセイリュウは考える。

 クロスハート達にとって、セルセイリュウは絶対に逃がせない相手だ。

 それはプーの“輝き”を保持しているからである。

 ならば、とセルセイリュウは一計を案じる。

 

「(さすがにただ返すのはダメですね。それでは地脈浄化されてしまいます。かと言って、歌巫女の“輝き”を持っている限りクロスハート達は絶対に追いかけてくるでしょう)」

 

 しかし、ここで死力を尽くすのはもっとダメだ。

 戦って負けるつもりはないセルセイリュウだが、クロスハートとクロスナイトを過小評価だってしていない。

 負けるつもりはないが、負ける可能性はある。

 だから、ここは退くのが正解だろう。

 

「ならば、この手ですね」

 

 セルセイリュウは懐から小指大の黒いガラス玉を取り出す。

 それはセルリアンを生み出す為のセルリウムを封入した“シード”だ。

 今回のは予めセルリアンを封入した物ではないから、セルリアンを生み出すにはセルリウムを憑りつかせる“輝き”が必要だ。

 

「ちょうどいい“輝き”があるじゃないですか」

 

―パキン。

 

 ニヤリとしつつセルセイリュウは“シード”を割った。

 たちまち溢れ出る黒いセルリウムに、プーから奪った“輝き”を喰らわせる。

 プーの“輝き”を取り込んだセルリウムはグネグネと形を変えながら色鳥川へと落下していった。

 

『今回はこれで失礼させていただきますよ。ではご機嫌よう』

 

 再び巨龍に姿を変えたセルセイリュウはあっという間に雲の彼方へ飛び去ってしまった。

 後には未だ形を定めようと蠢くセルリウムが残される。

 クロスハートとクロスナイトは、体勢を立て直したラモリケンタウロス・ペガサスモードに掴まってセルリウムを見やる。

 やがて、それは巨大な形を為した。

 

―キョォオオオオオオオオオン!!

 

 現れたそれは、鳥のように甲高い咆哮を挙げる。

 クロスハートとクロスナイトの背丈を優に越えて、先程まで相対していた巨龍に勝るとも劣らない威容を示していた。

 見た目は女性の上半身に下半身が鱗に覆われた魚の尾びれとなっている。本来顔があるべき場所は大きな一つ目がギョロリと睨んでくるだけだったが。

 その姿を一言で言い表すならば巨大な人魚だ。

 

「「うへ…………」」

 

 突然現れた巨大なセルリアンにクロスハートとクロスナイトは一瞬呆気に取られる。

 

―クキャキャキャキャッ!!

 

 それに構う事なく、現れたセルリアンは再び鳥のような声をあげた。

 

「ヤバイッ!?」

 

 何かイヤな予感がクロスハートとクロスナイトの背筋を駆ける。

 その時には既にラモリさんが水面でホバリング状態だったラモリケンタウロスを操り、二人を連れたまま大きく後ろへ下がってくれていた。

 

―ドォオオオオン!

 

 先程まで彼女達がいた場所に盛大な水柱があがる。

 原理はわからないが、何かの攻撃を仕掛けて来たのだろう。

 

「多分だガ。さっきの鳴き声に何か秘密がありそうダナ」

 

 どうにか不意打ちをかわしたラモリさんが言う。

 クロスハートにもまだその秘密はわからない。

 けれど一つ閃くものがあった。

 

「ねえ! セイレーンセルリアンとかどうかな!?」

 

 何が、とはクロスナイトもラモリさんも訊き返さなかった。

 プーの“輝き”から生まれた巨大なセルリアンを前にして一番最初に思いついたのがその呼び名である辺りは何ともクロスハートらしい。

 二人ともツッコミを入れるのは諦めると、あらためてセイレーンセルリアンへ向き直るのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 色鳥武道館。

 こちらではリハーサルが繰り返されていた。

 その中にはプリンセスの代理として、彼女の衣装を着た萌絵までいる。

 

「ば、場違い感が半端じゃないよぅ……」

 

 萌絵はすっかり緊張してしまっていた。

 なんせただでさえプリンセスの代役なんて大役を負ってしまったのだ。

 萌絵が緊張しているうちに裏方スタッフ達は彼女や他のPPP(ペパプ)メンバーの足元にテープで目印をつけたり、忙しく立ち回る。

 

「萌絵さん、こっちこっち。この辺りに立ってて下さいね」

 

 そんな調子の萌絵はPPP(ペパプ)マネージャーであるマーゲイがフォローしてくれていた。

 

「次、新曲の照明と音響リハーサルいきますよー!」

 

 マーゲイの号令に従って、今度は音響の入りと照明タイミングや角度などが確認されていく。

 立ち位置的には萌絵がPPP(ペパプ)メンバーを従えたセンターの位置に立ってしまう事になりますます緊張してしまう。

 

「そんな緊張すんなって。実際歌うわけじゃねーんだし」

 

 そう言ってイワビーが萌絵の肩を叩く。

 

「楽屋戻ったら一緒にお菓子食べようー? お腹いっぱいになったらきっとリラックスできるよー」

「フルルさんはもう少し緊張感を持ってもよいかと……」

 

 フルルのフォローなのか素なのかよくわからない言葉にジェーンが苦笑する。

 

「萌絵。確かにキミはプリンセスの代理ではある。けれどもせっかくだから少しでも楽しんでくれたなら嬉しいよ」

 

 そしてPPP(ペパプ)リーダーのコウテイまでもがそう言ってくれた。

 確かに代理とはいえPPP(ペパプ)の一員になるなんて普通ではまず出来ない体験だろう。コウテイの言う通り楽しまなければ損というものだ。

 

「とはいえ、萌絵はさすがに新曲までは段取りわかんないよな? そこんとこどうするんだ?」

 

 と、イワビーがマーゲイに訊ねる。

 新曲は今回が初披露となる。なので萌絵は聴いた事も見た事もないから何をどうしていいのかわからない。

 

「そうですね。こちらで台本は用意してみましたので、私がフォローしながらリハーサルだけは乗り切ってもらおうかと」

 

 言いつつマーゲイが萌絵に数枚の紙を渡して来た。それは凄まじい量の書き込みがされた楽譜だった。

 

「まだ未発表の曲なんですから。誰かに言っちゃダメですよ?」

 

 なんてマーゲイはウィンクしつつ言う。

 数時間後に発表されるとはいえ、大人気アイドルの未発表曲の楽譜を見られるなんて。こんな体験が出来たのもきっと萌絵くらいのものだろう。

 萌絵は音楽もテストの成績はいい。楽譜を読むのだって出来る。

 マーゲイによって書き込みがされた楽譜を見て思う。

 

「いい曲だねぇ」

 

 と。

 きっとこの曲をプーが歌ったら素敵だろう。

 プーはきっとともえやイエイヌや萌音(モネ)がここに連れて来てくれる。

 だから、舞台を守るのは自分の役目なのだ。

 そう決意した萌絵の顔をPPP(ペパプ)メンバーが微笑みと共に見ていた。

 

「へへっ! いい顔になったじゃねーの!」

 

 イワビーがバシンと萌絵の背中を叩いて発破をかけると自分の開始位置へ戻った。

 

「もうイワビーさんったら。萌絵さんも楽しんで下さいね」

「終わったら後でオヤツタイムねー」

 

 ジェーンとフルルも言いつつ開始位置へ。

 既に開始位置に移動していたコウテイがマーゲイに頷く。準備よし、と。

 

「それじゃああらためて! 新曲のリハーサルいきますよー!」

 

 こうして誰もがPPP(ペパプ)ライブに向けて忙しくしていたから気づかなかった。

 

―パチパチ……

 

 完璧にメンテナンスと点検されていたはずの配電盤に小さなスパークが走った事に。

 

 

―⑨へ続く

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