色鳥武道館の中では
会場設営が終わったスタッフが、今度はやって来るお客さん達の誘導準備へ入る。
三角コーンの間に専用のバーを渡して、入場整理の為に使うコースを作って行く。
開催告知から実施まで異例の早さとなった今回の
開場時間までまだ猶予はあるが、しっかりとした準備をしておかないと沢山の人混みで混乱が起きかねない。
なので、会場周囲も会場内も念入りな誘導準備がされていた。
さて、そんな会場である色鳥武道館を遠巻きに眺める人影が一つ。
「うんうん。いい“輝き”ね」
満足気に色鳥武道館を眺めるのは、よく日に焼けたような浅黒い肌をした女の子だった。
年の頃なら中学生くらいだろう。
着ているのは黒の長袖インナーシャツに、デニム地で出来たハーフパンツタイプのオーバーオールだ。
彼女の瞳には、この色鳥武道館に生まれつつある“輝き”が見えていた。
そして、この場所に集まりつつある街中の小さな“輝き”も。
きっとそれらは大きな“輝き”となって街に残る淀みを消し去ってしまうだろう。
「けれど、そうさせるわけには行かない」
彼女はこの“輝き”を保全しなければならない。
それには今の不安定でセルリアンが発生しやすい状況こそが好ましい。
なので、少女は
「さて。頃合いね」
少女が待っていたのは、この色鳥武道館から漏れ出る“輝き”が強まる瞬間であった。
強い“輝き”はセルリアンにとっても大好物だ。
あとはこの“輝き”を喰らうセルリウムがあればセルリアンが生まれるだろう。
「うん。これがいい」
少女は会場の外れに置いてあった会場設営用の延長コードドラムに目をつける。
それに少女が指先を触れると、そこに黒い染みがポツンと付けられる。
延長コードのドラムへ付けられた黒い染みはあっという間に広がってドラム全体を呑み込み、なおもモゴモゴと蠢き形を変えていく。
漏れ出ただけの小さな“輝き”から生まれたばかりのセルリアンはまだ腹ペコだろう。
―ニュルリ。
まだ形を定めてすらいないセルリアンは生まれつつある大きな“輝き”へ向けて食指を伸ばそうとした。
だが、長く伸ばされた食指は……。
―ザンッ!
何者かに半ばで断ち切られた。
「おや?」
少女はそれに小首を傾げる。
「ああ。貴女達か。元気そうで何よりよ」
こんな事をする者に少女は心当たりがあった。
現れたのはネクタイを締めたスーツ姿のフレンズが二人。さらにドレス姿のフレンズが一人だ。
その姿は彼女が予想した通りだった。
「久しぶりね。オオセルザンコウ。セルシコウ。マセルカ」
現れたのはオオセルザンコウとセルシコウとマセルカの三人であった。
彼女達も目の前にいる少女が何者なのか分かっていた。
イヤという程よく分かっていた。
「女王自らお出ましとはな……」
オオセルザンコウの頬に冷や汗が流れ落ちる。
他の二人も同様だ。
最大級の警戒を見せるセルリアンフレンズ三人に対して、少女は無造作に一歩を踏み出す。
ちょうど未だ蠢き形を変えるセルリアンを背に庇った形だ。
「ええ。セルスザクもセルゲンブも失ったとなれば、我自らが出向くのも止む無しでしょう」
少女は両手を広げて見せる。
けれど、それは敵意がない事を示すものではない。むしろ逆だ。
「それで? 貴女達はまさかこの我に楯突くつもりかしら?」
無防備で隙だらけの姿を見せる少女であったが、攻撃を仕掛ける事が出来ない。
それどころか、少女が一歩を踏み出せば、その分だけオオセルザンコウ達が後退る。
少女はオオセルザンコウ達が住む世界の女王だ。
そこにある畏怖も畏敬もいかばかりのものか。
「それに、我は貴女達の最上位個体。我に絶対服従はその『石』に刻まれているでしょう」
そして、少女は彼女の世界で生まれた全てのセルリアンを統べる最上位個体、セルリアン女王である。
上位個体に逆らう事は出来ない。
「思い出したかしら? そういうわけだから再び我に仕えなさい」
少女はオオセルザンコウ達へ向けて手を差し伸べる。
それはセルリアンフレンズであるオオセルザンコウ達には抗える命令ではない。
そのはずだった。
「断る」
キッパリと言いきったオオセルザンコウにセルシコウもマセルカも頷いていた。
どうして、と少女は訝しむ。
だが、その暇もなかった。
「おぉりゃあああああっ!!!」
気合の声と共に少女へ殴りかかって来たフレンズが一人いたからだ。
「おおっと」
ヒョイ、と軽いステップで身をかわす少女。
見れば割って入って来たのは、茶色の毛並みに同じ色のブレザー。チェック柄の入ったピンクのミニスカートを着たフレンズだった。
ピンと立った耳はおそらくオオカミ系のフレンズだろう。
その正体には少女も心当たりがあった。
「ああ。貴女が噂の……なんだったっけ?」
「クロスアイズだよ!? なんでお前ら俺の名前だけは覚えてねーんだよ!?」
あまり重要度が高くなかったのでうっかり失念していた少女にクロスアイズが叫ぶ。
コホンと、咳払いしてからクロスアイズはあらためてビシリ、と少女を指さし言い放った。
「セルシコウ達は俺らの仲間で友達だ。何者だか知らねーけど今さらお前らになんか返してやるかよ」
少女としてはクロスアイズの言い分は分からないでもないが、それを可能とした理屈が分からない。
セルリアンフレンズにとって女王の命令は絶対だ。
たとえ多少の邪魔が入ったところでそれが揺らぐ事などありえない。
その疑問に答えてくれたのは新たに現れたフレンズだった。
「どうしてオオセルザンコウ達が自分の命令を聞かんのか不思議でしゃあないっちゅう顔してるな」
シルクハットを被り目元を仮面で隠しているが、耳と尻尾の特徴からトラのフレンズである事が分かる。
これがセルゲンブが報せた情報にあったクロスラズリだろう。
「ウチらには可愛い魔法使いがついとるからな」
クロスラズリがいるという事はその相棒もいるという事だ。
クロスラズリの背後に隠れるようにして魔女帽子に目元を仮面で隠した小さな女の子が控えている。
少女の記憶によれば、それはクロスラピスという名前だったはずだが、セルリアンではなかったか。
クロスラピスは少女がずっと疑問に思っていた答えを言い放つ。
「えっと! オオセルザンコウさん達には私の因子を受け入れてもらったの! だからもう貴女の命令は聞かないんだから!」
その言葉に少女も合点がいった。
セルゲンブが寄越した情報の中でも最も重要だと思われるのがクロスラピスこと宝条ルリの存在だ。
彼女は女王級になれる可能性を秘めたセルリアンである。
つまり、オオセルザンコウ達は少女ではなく宝条ルリを新たな主としたのだろう。
そうなると、既に少女はオオセルザンコウ達の最上位個体ではなくなったのだ。
実は予めこういった事態を想定して、ヨルリアン事件が終わった後に和香教授の提案で一計を案じておいたのだが、備えあれば患いなしだったようだ。
「なるほど、貴女がこちらの女王というわけね」
少女の言葉に、今度は誰もが意外そうに「え?」という反応をした。
「なんか、女王っていうのとはちゃうよなぁ?」
とクロスラズリが言えば、クロスアイズもオオセルザンコウ達も同意と頷いていた。
ルリが女王というのは、本人も含めて違和感しか感じない。
そこにマセルカがポツリと言った。
「ルリは女王っていうより王女?」
その言葉に全員が揃って「それだ!」と快哉をあげる。
もっともただ一人、クロスラピスになっているルリだけは真っ赤になって小さくなっていたが。
そんな様子に少女はふぅ、と溜め息を一つ。降参とばかりに両手を挙げた。
「今回はそちらの女王……じゃなかった王女と本格的にやり合う気はないの」
「おいおい。そう言われたってこのままお前を逃がすわけねーだろ」
クロスアイズが一歩踏み出しつつ構える。
なんせ今は六対一だ。相手が敵だというならこの絶対有利な状況で簡単に逃がしてやる理由がない。
だが、少女は余裕を崩す事なくこう言い返して来た。
「いいのかしら?」
と。
何が、と全員が小首を傾げた。
その疑問に答えを示す為、少女は両手を挙げたまま軽く一歩横にズレる。
だが少女の後ろには何もなかった。
何もないからこそ問題なのだ。
「セルリアンが……いない!?」
つい先程まで少女の背後で蠢いていたはずだった生まれたてのセルリアンがいなくなっていた。
オオセルザンコウの言葉に全員がその事実に気が付く。
「どこにいったのかしらね?」
少女がからかうように言ったので全員がその行方に思考を奪われた。
そして全員が同じ結論に達して背後にある色鳥武道館を振り返る。
色鳥武道館には小さな変化があった。
窓から見える館内照明が一斉に消え始めたのだ。
それは先程少女が生み出したセルリアンの仕業に違いない。
再び全員が少女の方へ向き直った時、その姿は忽然と消えていた。
だが、風に乗って少女の声がどこからともなく届く。
―本格的にやり合う気はないけれど、遊ばせてはもらうわ。さあ、ゲームの始まりよ。
と。
どうやら少女はまだ
こうなった以上、一刻も早く色鳥武道館へ向かわなくてはいけない。
全員が弾かれたように背後の武道館内へ駆け出した。
だが、走りながらクロスアイズは一つだけ気になっていた事があって傍らを走るセルシコウに訊ねる。
「なあ。さっきまで話してたアイツ。一体誰だったんだ?」
セルシコウもオオセルザンコウもマセルカも呆れていた。
クロスアイズはあの少女が女王だと知りつつも果敢に割って入って来てくれたのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
その少女があのセルゲンブをも凌ぐ怪物である事を知らなかっただけだった。
知らない事は幸せな事だ、とセルシコウは嘆息する。
「エゾオオカミ……じゃなかった。クロスアイズ……そういうところですよ」
思ってた反応と違ってクロスアイズはやはりお決まりとなった一言を返すのだった。
「だからどういうところだよ!?」
の の の の の の の の の の の の の の
―バチン。
色鳥武道館内では突然ほぼ全ての照明が落ちた。
バッテリー駆動式の非常照明が点灯を始めたので、いきなり真っ暗闇という事態にはならなかったが、突然の事態に少なからず動揺が走る。
それは舞台でリハーサル中であった
「落ち着いて下さい。皆さんは動かずにここにいて下さいね」
この事態にいち早く動き始めたのはマネージャーのマーゲイであった。
裏方スタッフから懐中電灯を借りて戻って来る。
戻って来たマーゲイに
「一体どうしたっていうんだい?」
「それが、何とも……。停電なのか電気系統のトラブルなのか調査中だそうです」
まだ事態は始まったばかりで誰もが困惑の中にいる。どうやら停電状態にあるらしい事はわかったが、正確な状況を把握している者などいない。
だからといって、今考えなくてはいけない事がないわけではない。
コウテイは差し当たって彼女達の立場で考えなくてはいけない事を口にする。
「とりあえず、これではリハーサルにはならないだろう。どうしたものかな」
「そうですね。一旦楽屋に戻りましょう。それから社長とも相談するのがいいかと思います」
マーゲイの言う通りだった。
これから電気系統や音響照明機材など点検が必要になってくるだろう。
演者がいてはかえって邪魔になりかねないから、一旦楽屋に戻って待機するのが次善策になりそうだ。
「それじゃあ移動しましょう。非常灯や誘導灯がありますが薄暗いので足元には気を付けて下さい」
マーゲイが懐中電灯を片手に先導してくれる。
「萌絵。聞いての通りだ。一旦戻ろう」
そして、コウテイは萌絵の手を取ってマーゲイの後に続く。
大分慣れたとはいえ推しのアイドルがしてくれるファンサービスとしてはあまりに過分だ。
萌絵はドキドキしつつもされるがままにコウテイの後ろをついて行く。
「ジェーン、フルルが遅れないように頼むな」
その後をフルルの手を引いたジェーンが続き、最後尾でイワビーがついて行く。
非常灯や誘導灯の灯りがあるので楽屋までは問題なく戻る事が出来た。
だが、その先をどうするべきか。
「まずはライブを予定通り開催するかどうかだ」
リーダーであるコウテイの言葉に全員が頷く。
停電なのか電気系統のトラブルなのか、まだハッキリしないが今考えなくてはいけない事はライブをどうするかという事だ。
いくら
それどころか、お客さんを会場内に入れる事すらままならない。
このまま停電状態が続くならば中止だって視野に入れなければいけないだろう。
「おいおい、中止って選択肢はねーだろ。俺ら何しにここに来たんだよ。地脈浄化をしねーとこの街が大変なんだろ?」
イワビーの言うように、今回の
なので、そう簡単に中止には出来ない。
萌絵の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「あ、あのー……。例えばなんだけど、また後日に
小さく挙手して訊ねる萌絵。
要は
だが、それにはジェーンが首を横に振って否定する。
「それではダメなんです。私達『歌巫女』のみの力では地脈を浄化する事は出来ません」
「お客さんがいないとねー」
ジェーンの説明を相変わらずジャパリまんをパクついていたフルルが続ける。
つまりどういう事だろう、と萌絵は首を傾げた。
「つまりだ。私達は観客が楽しんだり盛り上がってくれる感情のエネルギーを束ねて地脈を浄化するんだ」
コウテイの説明で合点がいった。
どうやら地脈を浄化する為にはライブに集まる観客も必要不可欠の存在らしい。
これはイワビーが言った通り、
とはいえ、停電は彼女達にはどうしようもない。
「すみません、お待たせしました」
ちょうどマーゲイが社長である遥を連れて戻って来た。
遥はどうやら今まで状況を確認して回っていたらしい。
ただ、その遥も完全に状況を把握したわけではないらしく怪訝な表情を隠しきれていなかった。
「待たせて悪いんだけど、停電の原因は全然掴めていないの。だから、今のところ復旧の目途も立っていないっていうのが正直なところね」
どうやら送電側の問題はなく他の建物に停電被害は発生していないし、色鳥武道館の配電盤なども点検されたが異常が見当たらなかった。
「で、ここからが問題なんだけど、多分ゲネプロまでの復旧は無理ね」
ゲネプロとは本番同様に行う最終リハーサルだ。
裏方の動き、音響照明の動き、衣装やメイクなどの動きも含めて最終確認する重要なものだ。
本来であれば、それをやらないという事はあり得ない。
となると、やはり中止しかないんだろうか、と萌絵の顔が暗くなる。
「まぁ、普通なら中止という判断も止む無しなんだけどね……裏方スタッフの皆はやる気でいてくれてるわ」
既にリハーサルで照明や音響のタイミングは打ち合わせしてある。
ぶっつけ本番にはなってしまうが、それでも裏方スタッフ達はやる気らしい。
後は演者である
「それならば是非もなしさ。私達に歌わないという選択肢はないよ」
残る
どうやら方針は決定した。
「色々と問題はあるけれど、何とかやってみましょう」
遥はマーカーを手に取ると残る問題をホワイトボードへ書き出す。
1・プリンセスが間に合うか
2・電気が復旧するか
差し当って大きな問題はこの二つだ。
「さっき
マーゲイが挙手して報告する。
ならば残る問題は電気が復旧するかどうかだ。
電気がなければ音響も照明も動かせない。それに観客を客席へ誘導するのだって館内照明がないと覚束ない。
こればかりは遥や裏方スタッフの頑張りではどうしようもない。
「いいや。そうとも限らないよ」
薄暗い楽屋に新たな声が響いた。
誰もがそちらを見れば、黒いジャケットに暗緑色の長髪を無造作に束ねた女性がそこにいた。
萌絵にはその人に見覚えがある。
「和香教授!」
それは宝条和香こと和香教授であった。
「やあ。久しぶりだねルカ先輩。それに
「久しぶりね。和香。っていうかあなた随分印象が変わったわね。そっちのあなたもミステリアスで素敵だけど」
遥はホワイトボードの前までやってきた和香教授にマーカーを手渡す。
すると和香教授は受け取ったマーカーでホワイトボードに書き加える。
2・電気が復旧するか←セルリアンの仕業だからただ待っているだけでは無理
と。
和香教授は全員を見渡して言う。
「まぁ、そういう事だよ」
先程、護衛のオオセルザンコウ達が慌てて出て行ったのはそういうわけだったかと納得の一同。
相手がセルリアンという事ならば出来る事があるかもしれない。
そう考えた一同に、和香教授はニヤリとして見せた。
何か作戦があるというのだろうか。一同期待の眼差しで和香教授を見る。
「もちろん考えならあるよ」
それはどんな作戦なのだろうか。
誰もが和香教授の続く言葉を待った。
注目を集めたまま和香教授はツカツカと楽屋入り口まで移動すると、ガチャリとドアを開ける。
そこには丁度、ノックしようかどうしようかと迷ったままの体勢で固まった小さな女の子がいた。
それは魔女の帽子に短いケープを着たクロスラピスこと宝条ルリだ。
和香教授は素早くクロスラピスの両肩を掴んで部屋の中に引き入れるとそのまま皆へ紹介するように背中を押す。
「今回の作戦は彼女が要だ」
クロスラピスの後から入って来たオオセルザンコウ達もクロスアイズもクロスラズリもどういう事?と納得がいかない顔だ。
一同の不思議そうな表情に和香教授は逆に満足気な表情を浮かべて見せた。
どうやら説明するのが好きらしい。
「では作戦を説明するよ。まずこの停電はセルリアンの仕業だ。電気系統に干渉できる能力を持ったセルリアンだと予想される」
「なら、そのセルリアンを倒せば停電も復旧するってわけね」
遥の確認に和香教授は頷いて見せる。
「ただ、このセルリアンはかなり隠れるのが上手いから簡単には倒せないだろう」
そこで、と和香教授は指を三本立てて見せた。
「チームを3つに分けて手分けする。まずルリ……じゃなかった。クロスラピス」
「あ、はい」
「キミは配電盤に接続して電気系統を取り返してくれたまえ」
そんなん出来るの?と全員の視線がクロスラピスに注がれる。
だが、その疑問に答えたのはクロスラピス本人ではなく萌絵だった。
「出来ると思うよ。前にね、ルリちゃん、じゃなかった、クロスラピスはジャパリバイクに接続して動かした事あるもん」
和香教授も頷いて肯定し続ける。
「そうだね。今回はクロスラピスが機械に接続できるという能力を活かす。が、さすがに一人では厳しいだろうから私がサポートしよう」
クロスラピスと和香教授で1チーム。
「で、だ。そのクロスラピスはセルリアンにとって物凄く邪魔な存在になってしまうだろう。つまり……」
「狙われてしまうっちゅうことやな。つまりクロスラピスを守るヤツも必要なわけや」
和香教授の説明を引き継いだのはクロスラピスの相棒であるクロスラズリことアムールトラである。
「ま、そういう事ならウチの出番やろ」
クロスラズリならば何があろうともクロスラピスを守ってくれる。まさに護衛として適任だ。
「これで2チーム……。最後の3チーム目は何をするん?」
「3チーム目が最も大変かもしれない。なんせセルリアンを探し出して倒す役割だからね」
クロスラズリの質問に和香教授は最後に残った人差し指をピッと立てると一緒に来ていたクロスアイズへと向ける。
「3チーム目はキミにお願いしたい。クロスアイズ」
「お、俺かよっ!?」
「適任だろう?」
クロスアイズが最も得意としているのは探し物だ。
セルリアンを探し出すならうってつけと言ってもいい。
だが、一人きりで未知のセルリアンに挑むのもリスクが大きい。
「なら彼女には私達がつこう。セルシコウとマセルカもそれでいいかな」
オオセルザンコウの提案にセルシコウも頷く。
マセルカなんてクロスアイズに飛びついていた。
「わっふい! ならセルリアン退治はチームグルメキャッスルにお任せだね!」
そんな何気ない一言がクロスラピスの琴線に触れてしまった。
「ちょ、ちょっと待って、マセルカさん! エミさんはクロスジュエルチームなんだから!」
「えぇー。ちょっとくらいいいでしょっ! ねっ! ねっ!」
「だ、ダメだよっ!」
クロスラピスとマセルカはきゃいきゃいと言い合いを始めてしまう。
セルシコウはそんな二人を呆れ半分で見つつ嘆息するとクロスアイズの肩を叩いて言った。
「クロスアイズ……貴女、変なところでモテるって言われませんか?」
「今はじめて言われたぜ……」
クロスアイズとしては、これはモテているというのとは全然違うような気がする。
だが、そんな場合でもない。
彼女は話を戻すべく、一旦和香教授へ訊ねた。
「なあ。ケンカしてるような時間はないんじゃねーのか?」
和香教授も壁に掛けてあった時計を見やる。現在時間は既に15:50を回っていた。もう本来ならゲネプロを始めていないとまずい時間である。
「そうだね。その通りだ。ルカ先輩、実際問題どの程度の猶予があるんだい?」
和香教授の質問に遥は少しだけ考え込む。
「そうね。お客様の客席入りを開始する開場が17:00。それまでに最悪でも電気は復旧してもらわないといけないわ」
いくらなんでも、真っ暗な会場に大勢の観客を詰め込むのは危険過ぎる。
会場の設備が十全に動かせる状態でないとライブ開催は出来ない。
「そして、ライブ開始が18:00よ。それまでにセルリアンを排除してプーが戻ってこないといけないわ」
どうやら残る時間は1時間弱といったところか。
プーの事は他のヒーロー達に任せるしかないが、色鳥武道館に潜んで停電を引き起こしているセルリアンは今この場にいる者でどうにかしなければならない。
「よし。なら時間が惜しい。早速行動を開始しよう」
和香教授の言葉に全員が頷くと弾かれたように行動を開始した。
―⑩へ続く
【ヒーロー情報公開:クロスシンフォニートリプルシルエット(アライグマ&フェネックギツネバージョン)】
アライさんとフェネックの二人から力を借りて変身するクロスシンフォニーの切り札である。
クリーム色と黒のチェック柄ミニスカートとピンクのブラウスに紫色のベストという衣装になる。
首元の蝶ネクタイはクリーム色と紫の二色のストライプ柄だ。
耳は大きなフェネックギツネのものだが、毛色がアライグマのように灰色をしている。
さらに尻尾は大きく膨らんだクリーム色だが、毛先だけが黒くなっている。
このシルエットは特に地中行動が得意だ。
フェネックギツネの聴覚とアライグマの触覚を併せ持っている為、視界の効かない地中でも周囲を把握できる。
さらに、自分の周りを砂地へ変えてしまう特殊能力も持っている。
敵の足元を一気に柔らかい砂地へと変えて流砂に呑み込み、そのまま洗濯してしまう『アライ・デザートウォッシング』が必殺技だ。
砂漠の砂は無菌状態なのでアライさんも満足の洗いあがりだ!
なお、このトリプルシルエットも大量のサンドスターを消費してしまうので、星森家の家計に大きな負担が掛かる大技である。