けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第26話『ツインプリンセス』⑩

 

 クロスラピスは和香教授に連れられてある場所へ向かっていた。

 それは色鳥武道館の音響照明ブースだ。

 ここが一番状況を見渡しやすい。

 このブースは映画上映会などがあった際には簡易映写室としても利用される。

 なので、陣取るならばここがうってつけだろう。

 しかし、ここは今、鉄火場になっていた。

 

「ダメだ! こっちの低圧配電盤も通電してないぞ!」

「高圧配電盤の方もダメらしい……」

「電力会社に電話したが、この辺で停電は発生していないらしいぞ」

 

 スタッフ達が何とか停電状態を脱する為に奮闘していたからだ。

 ここが裏方スタッフにとって心臓部である以上、クロスラピスと和香教授の入り込む余地はないように思えた。

 そこで、パンパン! と手を打つ音が響いて、誰もがそちらへ注目する。

 

「みんな、専門家を連れてきたわ。悪いけど場所を開けてくれる?」

 

 声の主は社長である浦波 遥であった。

 「その専門家とは?」と裏方スタッフ達が見ると思わず我が目を疑う。

 なんせ、魔女帽子に目元を隠す仮面。それと短いケープをつけた小さな女の子だったのだから。

 どう見ても電気設備の専門家には見えない。

 だが、裏方スタッフ達に打つ手がないのも事実であった。

 設備に問題はないし、送電にも異常がないのに何故かこの色鳥武道館だけが停電している状態なのだ。

 裏方スタッフ達は戸惑いながらも、クロスラピスに場所を開ける。

 だが、それだけでは不十分だったようだ。

 

「ここはちょっと危険かもしれないから、外に出てた方がいいわ」

 

 遥が言う通り、クロスラピス達が作業を開始したらここはセルリアンに目を付けられる可能性が高い。

 危険に晒される一般人は少ない方がいいに決まっている。

 だが、裏方スタッフ達だって大人だ。小さな女の子に仕事を丸投げするなど出来るものではない。

 

「し、しかし!」

 

 反対しようとした裏方スタッフ達の肩が背後から叩かれた。

 そちらを見た彼らはまたも驚く事になった。

 

「ええから任せとき」

 

 それはシルクハットと目元を隠す仮面に短いケープを付けたフレンズだった。

 シルクハットに開けた穴からピョコンと飛び出した耳は猫科のものに見える。

 不自然な異常と、それに対する専門家。

 そして街で真偽不明の噂として語られる謎のヒーロー達。

 

「も、もしかして……?」

 

 裏方スタッフの一人が新たに現れたシルクハットのフレンズを指さす。

 それに気を悪くした様子もなく彼女は親指立てて返事した。

 

「せや。通りすがりの正義の味方っちゅうヤツや」

 

 裏方スタッフ達が呆気に取られている間に、彼らは外へ追いやられてしまった。

 それと入れ替わるようにスルリと中へ入り込んで来たのは萌絵である。

 

「あ、アタシもここにいていいのかな……」

 

 裏方スタッフまでもが追い出されているのに、萌絵は自分がいて足手まといにならないかと心配していた。

 

「もちろんだとも。むしろ大分アテにさせてもらっているよ」

 

 言いつつ和香教授は準備を進める。

 と言っても、3台のノートパソコンを立ち上げる程度だったが。

 その間に遥が壁に取り付けられた配電盤を開けていた。

 そして、和香教授と遥の二人にエスコートされて、萌絵はノートパソコンの前へ座らされた。

 

「さあ、クロスラピス。始めてくれ」

「う、うん」

 

 和香教授の号令で、萌絵が何をするのか把握する前に事態は進んで行く。

 クロスラピスは自身の三つ編みの先端をワニ口のように変化させると、一本を配電盤へ接続。

 もう片方を和香教授のノートパソコンへと同じように接続させた。

 そして、和香教授が自身のノートパソコンをケーブルで繋げる。

 

「さて、クロスラピス。まずは全体へ意識を広げるように接続先を増やしていってくれたまえ」

 

 クロスラピスは和香教授の指示に従い両目を閉じて集中しているようだ。

 その額に汗が浮かんで来ている。

 萌絵はハンカチを取り出すとクロスラピスの汗を拭ってあげた。

 だが、まさかそんな事のためだけに萌絵もこの場に呼んだわけではあるまい。

 

「それじゃあここからが私達の出番だよ」

 

 和香教授は何度かキーを叩いたノートパソコンの一台を萌絵へ渡す。

 そこには見た事もないアプリケーションが立ち上がって、3頭身にデフォルメされた小さなルリの姿が映されている。

 画面内のルリからも髪の毛が伸びてうねうねと画面に広がっていく。

 やがて、それは何かの図形を描いていく。

 

「萌絵くん。キミにはこれが何かわかるかな?」

 

 和香教授に言われて萌絵も図形を凝視する。

 確かに萌絵にも見覚えがあるような気がした。

 むしろいつも見ているような気さえする。

 

「これって……何かの配線図……?」

 

 それは、萌絵が何かを作る際に引く配線図のように見えた。

 ノートパソコンのディスプレイに広がって行く配線図を見ていて萌絵は気が付いた。

 

「あれ? でもこれってところどころ繋がってないような?」

 

 そこで遥がもう一台のノートパソコンを示す。

 そちらには色鳥武道館の配線図が映されていた。

 今、パソコン内のデフォルメされたルリが描いているものにそっくりである。

 

「まず、萌絵ちゃんの前にあるノートパソコンの方に表示されてるのは、ルリちゃんが接続した領域だと思ってもらっていいわ」

 

 そうよね? と遥が和香教授に目配せすれば、その通りと頷いていた。

 ではその配線図が繋がりきっていないからこそ電気が流れず停電が起きているのだとすれば納得がいく。

 

「そういう事さ。そしてルリは接続領域を増やすのに集中しているからこそ、私達がサポートするんだよ」

 

 和香教授は萌絵が言いたい事を理解してくれたとニヤリとして見せた。

 

「って言ってもアタシ、これの使い方わかんないよ?」

 

 対する萌絵はといえば、どうしたらいいのかちんぷんかんぷんだった。

 

「なあに、こういうのは習うより慣れろさ。萌絵くんなら大丈夫だよ」

「そうそう。萌絵ちゃんなら出来るわ」

 

 和香教授と遥の二人から無責任に迫られて、萌絵はやっぱりこの二人は何か似てるなぁなんて感想を抱きつつも、和香教授お手製らしいアプリケーションを見てみる。

 どうやら、マウス操作とキーボードでのコマンド入力によって操作するらしい。

 試しに、画面上のルリが何かに阻まれてそれ以上接続領域を広げられずにいる箇所をクリックしてみる。

 するとその詳細が映し出された。

 バラバラと乱雑に散らかされたアルファベットが表示されている。

 

「これをキチンと並べ替えてキチンとしたスクリプトにしてやれば機能が回復していくはずだよ」

 

 なるほど。それなら何とかなる。萌絵は試しとばかり乱雑に散らかされたアルファベットをマウスポインタで拾い上げてキーボード入力で正しい並び順を指定。出来上がった単語をまだ原型を保っているスクリプトに繋げてやる。

 すると、欠けた配線図の一部が少しだけ復旧した。

 これを続けていけば……!

 萌絵は猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。

 それを見た和香教授は満足気に頷く。

 

「ルカ先輩。私達も負けてはいられないね」

「そうね。で、分担は? 昔ドール=ドールと一緒にやった時と同じでいいかしら?」

「話が早くて助かるよ」

 

 実は和香教授と遥の二人は昔、同じ作戦を取った事があった。

 あの時はドール=ドールの力を借りて、学校の電力網に憑りつこうとしていたセルリアンを退治したのだ。

 和香教授はもう一台のノートパソコンを引き寄せると、萌絵と同じようにキーボードを叩き始める。

 

「萌絵くん。音響照明ブースの低圧配電盤を任せた。私は館内照明用の低圧配電盤を復旧する」

「わかった。任せて」

 

 画面内のルリが描く配線図がさらに広がっていく。

 その様子を残る一台のノートパソコンで確認しながら遥はクロスラピスの肩に手を置く。

 

「いい? ルリちゃん。同化し過ぎを気にせず思いっきりやっちゃっていいわ。こっちで不味そうな段階まで行ったところは止めるから」

 

 この作戦には問題がある。

 クロスラピスが少しでも制御の気を抜けば、今度はこの建物自体がセルリアン化しかねない。

 ジャパリバイクとは規模が全く違うのだ。

 事実、ノートパソコンの画面上で正しい配線図から絵の具がハミ出すように零れそうになっている箇所が増えて来た。

 だが、そこは遥がカバーできる。

 

―トン、トトトン。

 

 遥はクロスラピスの肩に置いた手の指をリズミカルに叩いて見せる。

 それだけで、配線図からハミ出しかけていた箇所が修正されてしまったではないか。

 

「こういうのは得意だから任せておきなさい」

 

 遥がウィンクしつつ言う。

 彼女がやったのは音の振動に乗せてサンドスターを伝えて、接続が深くなり過ぎた箇所を修正する事だった。

 単純なパワーでは宝条流に劣るものの、細かい技に掛けては浦波流の右に出る流派はない。

 

「そういう事なら……!」

 

 制御を気にしていたクロスラピスは思いっきり接続領域を増やそうと自らの意識を伸ばしていく。

 そして萌絵と和香教授がノートパソコンから送ってくる信号を伝える事に集中。

 同化が進み過ぎた時は遥がすかさず修正してくれる。

 結果、怒涛の勢いで復旧が進んで行った。

 

「和香教授。音響照明ブースの配電盤は復旧終わったよ」

「ああ。館内照明の配電盤もこれで何とかなるはずだ」

 

 萌絵と和香教授の作業が終わったもののまだ停電は終わらない。

 実は二人が復旧したのは低圧配電盤と呼ばれるものだ。

 大型の施設である場合、一旦高圧の電流を高圧配電盤で受け取り、そこから低圧配電盤へと振り分ける。

 つまり、大本である高圧配電盤を直さないと停電状態は復旧しないのだ。

 そちらを後回しにしたのには理由がある。

 

「さて、クロスラズリ。いよいよ高圧配電盤に取り掛かる。セルリアンの妨害が予想されるから覚悟しておいてくれたまえよ」

「ああ。待ちくたびれたで!」

 

 和香教授の言葉にクロスラズリが獰猛に笑って見せた。

 おそらくセルリアンは電気を喰らって成長している。だから潜むとすれば高圧配電盤の方だ。

 既に荒らしまわった低圧配電盤の方を直してもあまり気にしなかっただろうが、縄張りにしているであろう高圧配電盤に手を出してしまえば目の色を変えて攻撃してくるに決まっている。

 

「それじゃあ萌絵くん。二人がかりで高圧配電盤を復旧するよ!」

「りょーかいっ!!」

 

 だが、臆する事なく和香教授と萌絵は作業に取り掛かる。

 

―バチィ!!

 

 途端に異変が起きた。

 壁に設えられたコンセント穴からスパークが迸ったかと思うと、それが形を為す。

 

―キィイイイイイ!!

 

 甲高い鳴き声を上げて現れるたのは、空中に浮かぶ小さなサメだった。

 大きさは手の平大だったが、現れたのは一匹だけではなかった。

 次々とコンセント穴から生み出されてあっという間に音響照明ブースを埋め尽くす。

 が……。

 

「ぐるぁああああああああああああっ!!」

 

 待ってましたとばかりにクロスラズリが咆哮と共に自慢の爪を一閃!

 現れた空中に浮かぶサメ達をあっという間に切り裂く。

 

「クロスラピスはもちろん、母さんにも萌絵姉ちゃんにもあと、えーと……」

「遥。浦波 遥ね。あなた達のお母さんのお友達よ」

「お、おう」

 

 クロスラズリは残心と共に見栄を切ろうかと思ったが、遥とは初対面だったから何と呼んでいいか躊躇ってしまう。

 助けを求めて和香教授の方を見る。

 

「そうだね。私達は遥の後ろ二文字をとってルカと呼んでいたよ」

 

 しょうがないなあ、というように苦笑しつつ教えてくれる和香教授。その間も指は休まずキーボードを叩き続けている。

 

「せやったら……」

 

 コホンとクロスラズリは咳払い一つ。テイク2の体勢に入った。

 

「クロスラピスはもちろん、母さんにも萌絵姉ちゃんにも、あとルカちゃんにも手出しはさせへんで!」

 

 今度はビシリと決まったので、クロスラズリは満足した。

 ついでとばかりに再び現れた電気のスパークで出来た小さなサメ達を爪で切り裂く。

 

「あらまぁ。ルカちゃんなんて呼ばれたの久しぶりだわ。皆やっぱり可愛い子達ねえ。ねえねえ和香。後でこの子達デートに誘ってもいい?」

「ダメだよ。ルカ先輩に大切な娘達に姪っ子をやれるものか」

「それは残念。でも和香? 貴女は昨日ウチの娘に粉かけてくれたようじゃない」

「ああ。ルカ先輩に似て可愛い子だったのでツイね」

「和香。やっぱりあなた相変わらずねえ」

「そういうルカ先輩こそ」

 

 そうやって和香教授と遥が言い合っている間にも次々サメ達が現れる。

 現れる端からクロスラズリが倒して行ってくれているが、少しずつブース内にサメ達が増えてくる。

 このままでは押し切られるのも時間の問題だ。

 

「もう! 二人とも集中してっ!」

 

 萌絵は悲鳴を上げながらも復旧作業を続ける。

 とはいえ、和香教授も遥も軽口は叩いているものの、作業自体は滞りなく進めていた。

 和香教授が担当している部分はどんどん配線図の欠けが埋まっていくし、クロスラピスが広げる接続領域も遥が制御を手伝ってくれているおかげでしっかりコントロール出来ている。

 それもそのはず、二人ともこの作戦は二度目なのだから。

 メンバーは違えど、昔取った杵柄である。軽口叩きながらでも余裕がある。

 しかし内心で和香教授と遥は驚いていた。萌絵がしっかりとついて来ている事に。

 

「やはり血は争えないという事だね」

「そうね」

 

 和香教授の言葉に遥が頷く。

 実は且つて同じ作戦を取った時にクロスラピスの位置にいたのはドール=ドールだったし、クロスラズリの位置にいたのは当時セイコと呼ばれていた頃のセイリュウだったし、萌絵の位置にいたのがドクター遠坂だったりした。

 萌絵の働きはかつてのドクター遠坂に勝るとも劣らない。

 おかげで、いよいよ最後の仕上げを残すのみとなった。

 

「それじゃあ、タイミングを合わせて!」

 

 和香教授の号令に萌絵と遥が頷いた。

 

―ッターン!

 

 最後の仕上げ、とキーボードのEnterキーが二つ押される。

 と同時に、組み上げた復旧プログラムがクロスラピスを通して実行された。

 

―シン……。

 

 先程までキーボードの打鍵音と、クロスラズリが倒すセルリアン達のパッカーン音だけがしていたブース内に静寂が訪れる。

 一体どうなったのか。

 誰もが固唾を呑んで結果が出るのを待つ。

 

―チカッ

 

 天井に設えられた蛍光灯が点灯した。

 そしてブース内の小窓から見える客席やステージの照明も再び明かりを灯す。

 ようやく停電状態が終わったのだ。

 スタッフ達もワッと沸き立つ。

 遥もどうにかなったか、と安堵に胸を撫で下ろすが、すぐに気を取り直してトランシーバーを取り出す。

 

「みんな、聞こえる? 各部点検と作動確認急いで。開場は予定通りよ」

 

 それを受けてブース外で待機していたスタッフ達も再びやって来た。

 早速操作盤に取り付いて動作確認を開始する。

 

「みんなお疲れ様。おかげで何とかなりそうよ」

 

 遥の宣言に気を張りっぱなしだったクロスラピスもヘナヘナとその場にしゃがみ込み。

 

「はは。大丈夫か? ヒーローがそんなんじゃカッコつかへんで」

 

 そんなクロスラピスをクロスラズリが助け起こす。

 クロスラズリが相手していた取り巻きセルリアンらしき小さなサメ型セルリアン達ももう出現していない。

 きっと本体の方をクロスアイズ達が何とかしてくれたのだろう。

 事態は好転していた……

 

 かに思えた。

 

「あ、あの……社長……?」

 

 操作盤を確認していたスタッフが戸惑いの声をあげた。

 全員がそちらを振り返ると、困惑の表情のままでスタッフが告げる。

 

「操作盤が一切反応しないんですけど……」

 

 遥も操作盤を確かめてみる。

 確かにどのスイッチもツマミも反応を示さない。

 既に電力は回復しているので停電が原因ではない。

 という事は……。

 

「まさか……」

 

 遥は操作盤下部にあるメンテナンスハッチを開けてみる。

 途端に焦げ臭い匂いが漂う。

 

「配線が焼けちゃってる……!?」

 

 停電から復旧の際に過電流が流れてしまったか、それともサメ型のセルリアンと戦っている際にいつの間にかダメージを受けていたのか。

 いずれにせよ、配線自体がダメになっている以上、操作盤が使えない。

 そしてこのブースは舞台演出の心臓部だ。

 ここからの操作で照明を当て、音響を入れる。

 それがダメになれば当然ステージ自体が成り立たない。

 

「ふぅむ。これは部品を交換しないとダメだね」

 

 和香教授も後ろからメンテナンスハッチを覗き込んでそう結論付けた。

 配線もそうだが、基盤だって無事かどうかわからないのだ。

 修理自体は難しくない。だが今から部品を取り寄せて修理する時間もなかった。

 

「どうしたものかしらね……」

 

 一難去ってまた一難。

 遥は腕を組んで考え込む。

 だが、もう時間もない中で何とかなりそうな案を考え付く事はできなかった。

 

「あの……!」

 

 そこでクロスラピスが挙手する。

 全員の注目が集まって一瞬ビクリとするものの、クロスラピスはきっぱりとこう言った。 

 

「作戦があるんですけど……!」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

「大当たりだぜ」

 

 停電を引き起こしているセルリアンを探すクロスアイズは早くも目的のものを見つけた。

 もともと居所に目星はついていた。

 この建物で最も豊富な電力が供給される場所にセルリアン本体がいると踏んでいたのだ。

 その場所がキュービクル室と呼ばれる高圧配電盤のある部屋である。

 大きな建物である色鳥武道館では、この高圧配電盤に大電力を受け取りってから各所にある低圧配電盤へと電力を振り分ける。

 この高圧配電盤には非常に強力な電流が流れているので、非常に危険だ。

 電流の流れる電線や基盤が剥き出しになっているわけではなく、ちゃんと保護箱で覆われているとはいえ、おいそれと立ち入っていい場所ではない。

 なのでよい子は真似しちゃいけない。

 閑話休題。

 キュービクル室を訪れたクロスアイズとオオセルザンコウとセルシコウとマセルカ、その四人の目の前には停電を引き起こしたセルリアンがいた。

 ドラムコードの頭と、そこから伸びる延長コードの脚がうねうねとのたうつ。

 それは一見すればタコのように見えた。

 色鳥武道館に供給されるはずだった電力を貪り喰うセルリアンはかなり成長しており、頭部だけでもクロスアイズ達の背丈に匹敵する程だ。

 タコ型のセルリアンはキュービクル室へ入って来たクロスアイズ達を睨みつけはするもののまだ動く様子を見せない。

 おそらく電力を取り込む事を優先したのだ。

 

「さて、どうする?」

 

 クロスアイズは後ろのオオセルザンコウを振り返る。

 この場でタコのセルリアンに戦いを挑むのは簡単だ。だが、ここで戦えば設備に傷をつけかねない。

 高圧配電盤にもしもの事があれば、せっかくセルリアンを倒しても電力が回復しないかもしれないのだ。

 となれば、ここは作戦を考えるのが得意なオオセルザンコウの意見を聞くのがいいかと思えた。

 

「そうだな……。ならばここは手分けしよう。私が設備の守りを担当する。マセルカはセルリアンの動きを封じてくれ。そしてセルシコウが攻撃だ」

 

 オオセルザンコウの提案に、クロスアイズが自分を指さし、自分の出番がない事をアピールする。

 オオセルザンコウは少し考えてから口にした。

 

「クロスアイズ。キミは待機だ。セルリアンが予想外の動きをした時にフォローして欲しい」

「おいおい。なんだよ。俺だってお前らと一緒に戦えるぜ?」

 

 まだ実力を軽んじられているのかと思ったクロスアイズは不満そうに口を尖らせる。

 そんな彼女にオオセルザンコウは被りを振ってから言った。

 

「キミを信用していないわけじゃない。むしろ逆だ。私達だけでは設備に被害が出るかもしれない。そうならないようにキミに不測の事態に備えて欲しいんだ」

 

 それに、とオオセルザンコウは続ける。

 

「私達セルリアン対策課特別隊員にも少しはいい格好をさせて欲しいのさ」

 

 ニヤリとしてみせるオオセルザンコウ。

 クロスアイズが残る二人を見れば、やはり同じように頷いていた。

 思えば、今回は彼女達にとってセルリアン対策課の特別隊員としての初陣となる。

 なら、一応先輩となるわけだしクロスアイズがフォローに回るのももっともな事に思えた。

 

「そういうわけだからクロスアイズは見てなよ! マセルカ達だけで十分だってところを思い知らせてあげるんだから!」

 

 てけてけ小走りで前へ進み出るマセルカ。

 相変わらず生意気な彼女であるが、その実力はよくわかっている。

 残る二人の実力だってクロスアイズはイヤという程よく分かっていた。

 なんせ彼女達と一番最初に戦ったのはクロスアイズなのだから。

 前に出たマセルカの横にオオセルザンコウとセルシコウが並ぶ。

 そして、三人揃いのポーズでセルメダルを取り出した。

 

「アクセプター! セットメダル!」

 

 オオセルザンコウの掛け声と共にやはり三人揃いのポーズでセルメダルを自らの『石』へ現れたスリットへ投入する。

 そして三人揃って叫ぶ。

 

「「「変身!」」」

 

 三人の頭にヘルメットが現れて、そこからバイザーが降ろされる。

 オオセルザンコウはピンクのスクールベストに鱗を模したフレアスカート。

 セルシコウは燕尾状の薄い飾り布がついたレオタード。

 そしてマセルカはセーラー服の襟元にあるカラーのついたスクール水着をそれぞれに纏って変身完了だ。

 と、思ったらどうやらまだ続きがあったらしい。

 変身したマセルカはくるりと一回転してポーズを決めると叫ぶ。

 

「海も川も私が守る! 通りすがりのお助け人魚! クロスレンジャー・ブルー!」

 

 え?とクロスアイズは目が点になった。

 なんて? ともう一度マセルカの方を見ると

 

「ほら! 練習したでしょ!? オオセルザンコウもセルシコウもやってよ!」

 

 と二人を促していた。

 セルシコウは一度クロスアイズの方を見てから、半ばやけくそで叫んだ。

 

「クロスレンジャー・イエロー!」

 

 そしてこれまた半分ヤケクソでポーズを決めていた。

 で、半分涙目で残るオオセルザンコウを睨みつける。言外に「私もやったんですからね!」とでも言いたげだ。

 こうなってはオオセルザンコウもやらないわけにはいかない。

 

「あー……。まぁ、その……クロスレンジャー・レッド」

 

 勢いは他の二人に比べると弱いものの、それでもオオセルザンコウもポーズを決めた。

 だが、どうやらマセルカはお気に召さなかったらしい。

 

「二人とも口上省略したでしょ!? せっかく三人で考えたじゃない! もう!」

 

 ぷんすかと怒るマセルカをオオセルザンコウとセルシコウ二人してまぁまぁ、と宥める。

 時間もない事だしマセルカはそれで許してくれたらしい。

 マセルカはコホン、と咳払いしてから気を取り直すと……

 

「三人揃って……」

 

 そして三人で最後の決めポーズ。

 

「「「クロスレンジャー!」」」

 

 どうやら変身後の名前をそれに決めたらしい、とクロスアイズも理解した。

 それに、クロスアイズも最初は変身ポーズは恥ずかしかったのでオオセルザンコウとセルシコウの気持ちもよくわかる。

 

「まぁ……その……なんだ。俺はいいと思うぞ? うん」

 

 そしてクロスアイズはどう反応していいのか迷っていた。

 オオセルザンコウとセルシコウを慰めればマセルカが膨れるだろうし、かと言って思ってもいない事を言うのはもっとダメだ。

 下手くそな嘘をついたところで、三人にはあっさりバレてしまうに違いない。

 結果、なんとも微妙な反応を返す事しか出来なかった。

 で、肝心のセルリアンはといえば、三人がワイワイやっている間じっと見ているだけで大人しくしていた。

 それは何も空気を読んだとかそういうわけではない。

 

「私達を相手するよりも単に食事の方を優先したという事だろうな」

 

 オオセルザンコウことレッドの見解は当たっていた。

 そして、食事の邪魔をすればタコ型のセルリアンは怒り狂って襲い掛かって来るに違いない。

 ここからが正念場だ。

 

「では手筈通りにいくぞ!」

 

 まずはレッド。

 彼女がセットした“セルメダル”は『アラハバキ』の物だ。

 防御に優れる鉄の蛇であったセルリアンの能力を借りて、レッドは自らの尾を鋼鉄化すると周囲の高圧配電盤を囲う保護扉へ巻き付けていく。

 これで、多少の攻撃が加えられたところで高圧配電盤が壊れる事はないはずだ。

 だが、これにはタコ型のセルリアンが不快感を示した。

 ギロリ、とレッドをねめつけると電気を帯びたドラムコードの脚をムチのように放つ!

 

「おおっと、そうはさせないよ!」

 

 それを阻んだのがマセルカことクロスレンジャー・ブルーだ。

 ブルーは『アラクネドール』の“セルメダル”の能力を借りて、両手の先から人形の腕をいくつもいくつも出現させた。

 それらはロープとなってタコ型セルリアンを縛めにかかる。

 

―バチン!

 

 ついでにレッドへ向かっていたタコ型セルリアンの脚を打ち払う。

 

―バチン! バチン!

 

 タコの脚とブルーの生み出した『アラクネドール』のロープが何度も宙空でぶつかり合う。

 

―ガキン!

 

 勢い余って、たまに高圧配電盤にも流れ弾が降りかかる。

 が、レッドが予め用意していた『アラハバキ』の能力で硬質化した尾のおかげで事なきを得ていたが。

 幾たびもの激突を経て、最終的に押し切ったのはブルーの方だった。

 足とロープが絡み合いこんがらがって、タコ型セルリアンの身体をがんじがらめにする。

 

「よ、よし! 狙い通り!」

 

 戦いを見守るクロスアイズはブルーの頬に一筋の冷や汗が流れるのを見逃さなかった。

 

「(さては、割と行き当たりばったりだったな?)」

 

 思いはしたものの、口には出さないクロスアイズ。まぁ、結果オーライである。

 そして狙い通りに動きを封じたならあとは仕上げだ。

 

「やっちゃえ! セルシコウ……じゃなかった、イエロー!」

 

 ブルーの声に、クロスレンジャー・イエローことセルシコウが両目をカッと開く。

 彼女がセットしているのは『カラテリアン』の“セルメダル”だ。その能力はイエローの放つ空手技を強化してくれる。

 じっと機を伺っていたイエローが動いたのならば、その一撃は必殺のはず……だった。

 

「(あのセルリアン……何か変だ?)」

 

 見守るクロスアイズは気づいた。

 タコ型セルリアンの頭が膨らんでいる事に。

 何かを仕掛けるつもりなのだ。

 それをイエローに伝えようとしたところで、彼女がクロスアイズを見ている事にも気が付く。

 既にイエローは攻撃体勢、必殺の拳を構えてタコ型セルリアンに躍りかかっている。

 つまり、これはクロスアイズが何とかしてくれると期待しているのだろう。

 

「ったく! 人使いが荒いぜ!」

 

 クロスアイズもまたタコ型セルリアンへ飛び掛かった。

 それと同時に頭部を膨らませたタコ型セルリアンはイエローに向かって何かを吹き付けようとする。

 それはタコが外敵から逃げる為に墨を吐く動作に似ていた。

 

「間に合えぇええええええっ!」

 

 全力で駆け込んだクロスアイズの体当たりが、タコ型セルリアンの体勢を崩す。と同時に……。

 

―バチバチバチバチッ!!

 

 タコ型セルリアンが眩いばかりの閃光を吐き出した。

 墨の代わりに電撃を吐いたのだ。

 だが、体勢を崩したおかげでそれはイエローの横合いを掠めたに留まる。

 当然イエローを押し留める事は出来ない!

 

「せぇえええええええい!」

 

 気合一閃、駆け込みの速度も乗せた追い突きは一撃でタコ型セルリアンを吹き飛ばす。

 

―パッカァアアアン

 

 タコ型セルリアンもキラキラと輝く光の粒へ姿を変える。

 その場にはクロスアイズが残るばかり。

 もっとも全力で体当たりしたせいで天地逆さまにひっくり返ってしまっていたが。まったく締まらない事だ。

 

「クロスアイズ……そういうところですよ」

「だから、どういうところだよ」

 

 イエローは苦笑と共にクロスアイズへ手を貸して助け起こす。

 ともあれ、これでセルリアンは倒した。

 一応の警戒は必要だろうが、あとはPPP(ペパプ)ライブを残すのみ。

 しかし、セルリアンを仕留めたはずのイエローは自分の手を見つめてわきわきと握ったり閉じたりしていた。

 何か気になる事でもあったのだろうか。

 

「ああ。いえ。どうにも手応えが軽かったといいますか何といいますか」

 

 訝し気な表情を浮かべるイエローの脇腹をブルーが突く。

 

「てっきり誰かさんを助け起こす時に手を繋いだから、感慨に耽ってたのかと思ったよ」

「なっ!?」

 

 瞬間、イエローの顔が茹でダコのように真っ赤になった。

 

「そ、そんなわけないでしょう!?」

「うわわっ!? イエローがレッドになっちゃった!」

 

 ブルーはレッドの後ろに隠れてしまう。

 

「こらっ! 待ちなさい!」

「やーだよぉー!」

 

 で、レッドの周りで追いかけっこを始めるブルーとイエロー。思わずレッドは嘆息してしまう。

 

「まぁ、なんだ。大変だな。クロスレンジャーも……」

 

 そんなレッドの気苦労を労うべく肩を叩くクロスアイズであったが、原因の一端は彼女でもあったりする。

 レッドはもう一度盛大に溜め息をつくのであった。

 

「ともかく、いつまでもこんな所にいてもしょうがない。一旦戻ろう」

 

 気を取り直して言ったレッドの言葉に一同頷く。

 そしてキュービクル室を後にした。

 だから気づかなかった。

 

―パチパチ……

 

 配電盤室に設えられた一般電気回線用のコンセントから小さなスパークが散った事を。

 そして、その場の誰もが気づいていなかった。

 タコが墨を吐くのは、その墨を擬態に敵から逃走する為である事を……。

 

 

 

―⑪へ続く

 

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