けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第26話『ツインプリンセス』⑪

 

 萌音(モネ)とプーの二人はクロスレインボーとカラカルに抱えられ色鳥武道館への道を駆けていた。

 いくら日の長い夏とはいえ、もう夕暮れが近い。

 既に時刻はPPP(ペパプ)ライブの開場時間を回っている。会場への客入りが開始されているはずだ。

 クロスレインボーとカラカルの二人がビルの屋上を飛び跳ねて最短距離を走ってくれているが、果たしてライブ開演に間に合うか。

 

「見えたわ! 色鳥武道館!」

 

 萌音(モネ)の快哉が響く。

 開場時間には間に合わなかったが、開始時間までには何とかなりそうだ。

 が。

 

「も、もうダメぇ~」

「ご、ごめん、私も……」

 

 クロスレインボーは元の菜々へと戻り、カラカルもその場にヘタりこんだ。

 無理もない。

 なんせここまで、萌音(モネ)とプーを抱えて全力で走って来たのだから。

 あと少しというところで、菜々とカラカルの二人は力尽きてしまったのだ。

 

「ううん、二人ともありがとう。あとは私が走るから」

 

 とはいえ萌音(モネ)だって昼に散々戦ったから、もう余力はあと僅かだ。

 気になるのは二人をここに残して大丈夫かという事だが……。

 

「私達は平気平気。少し休めば元気になるから」

「そうね。アンタ達は気にせず先に行って」

 

 菜々とカラカルにこう言われては仕方ない。

 第一ここで立ち止まったら、二人は何の為にここまでしたかわからないではないか。

 

「じゃあ、行くわよ、プー!」

 

 言って、プーを抱えようとした萌音(モネ)だったが気が付いた。

 その姿が忽然と消えていた事に。

 

「プー!? どこ!?」

 

 萌音(モネ)がその姿を探すと、プーは既に色鳥武道館へ向けて走り始めていた。

 まだ声も戻っていないというのに無茶をするものだ。

 慌てて追いかける萌音(モネ)

 すぐにその横へ追いつく。

 

「プーは私が運ぶから……」

 

 そう言おうと思った萌音(モネ)だったが、またも気が付く。

 プーの顔が前しか見ていない事に。

 セルセイリュウは見誤っていた。

 PPP(ペパプ)のプリンセスというアイドルの輝きは何もその声だけではない。

 こうして、アイドルである事にいつだって真剣に向き合うのがプリンセスというアイドルの輝きなのだ。

 それに声は必ずクロスハート達が取り返してくれる。

 萌音(モネ)は考える。自分が今やるべき事はプーを抱えて荷物にする事じゃない、と。

 

「行くわよ! プー! 何としてでもライブ開始には間に合わせるわよ!」

 

 萌音(モネ)はプーの手を引いて走りはじめた。

 プーもまた力強く頷く。

 PPP(ペパプ)ライブ開始までの時間はもうすぐそこだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 肝心のプーから奪われた“輝き”がどうなっているのかというと……。

 

―ズドォオオオオオン!

 

 色鳥川の水面に盛大な水柱があがる。

 それも一つのみではない。

 次々と轟音を立てていくつもいくつも水柱があがる。

 

「うわわっ!?」

「しっかり掴まってて下さいっ!」

 

 その水柱の間を縫うようにクロスナイトとクロスハートを乗せたラモリケンタウロスが飛び抜ける。

 攻撃を仕掛けるているのはプーの“輝き”から生まれた大型セルリアン、セイレーンセルリアンだ。

 不思議な鳴き声を発する度に、水柱が盛大に吹き上がる。

 クロスハートにもクロスナイトにもそしてラモリさんにもどうにも攻撃の正体が掴めない。

 不用意に懐へ飛び込むのも危険な為、こうして水面ギリギリを飛び回ってどうにか隙を伺っている最中だ。

 だがそれにだって問題がある。

 

「そろそろ燃料も心許ないゾ」

 

 それはラモリケンタウロス・ペガサスモードのジェットエンジンが間もなく限界を迎えるという事だ。

 敵は水中行動が得意そうなセイレーンセルリアン。その上、正体不明の攻撃を仕掛けてくる。

 空中を動き回れるラモリケンタウロスがなかったら、謎の攻撃に狙い撃ちされていたに違いない。

 いま、機動力を失ったらプーの“輝き”を取り返す事は叶わない。

 

「でもさ、ラモリさん。まだ余裕ありそうじゃない?」

「わかるカ?」

 

 しかし、クロスハートはニヤリとラモリさんに問い掛ける。

 ラモリさんが万策尽きた時は「アワワワ」状態になるはずだが、そうじゃないという事はまだ何か手があるという事だ。

 

「実はラモリケンタウロスには水上ホバーモードがアル」 

 

 そんなうってつけの物があるなら、何故今まで使わなかったのか。

 

「けれドモ、水上ホバーモードはまだ試作段階だから自律運転モードがない。手動操作が必要ダ」

 

 ラモリケンタウロスのパイロットはクロスナイト、つまりイエイヌである。

 今まで乗り物というものに縁のない生活だった彼女にとってはいきなりラモリケンタウロスを運転しろと言ったところで難しい。

 が。

 

「大丈夫だよ。だってイエイヌちゃんだもん」

 

 クロスハートはきっぱりと言った。

 根拠も何もないようではあったが、ここまで自信たっぷりに言われたら不思議と信じたくなる。

 クロスナイトは苦笑と共に一つ頷いた。

 

「構いません。やって下さい」

 

 どうやら覚悟は決まったらしい。

 こうなれば、やるしかない。

 ラモリさんも覚悟を決めると叫ぶ!

 

「ラモリケンタウロス・マーメイドモードッ!!」

 

 途端、タイヤのついた四本の脚が大きく広げられて、機体上側へと持ち上げられる。

 さらに今まで展開していた翼部分から水上に浮く為の浮袋が膨らんだ。

 足先につけられたタイヤは折りたたまれホイール部分を後方に向ける。

 そして……。

 

―ガション!

 

 ホイールがスライドしてファンを形成した。

 タイヤを回転させるのと同じ要領でファンを回せばホバー走行に必要な推力を得られるというわけだ。

 だが、これをクロスナイトが扱いきれるのか。

 しかも、変形で足が止まってしまった今、セイレーンセルリアンにとっては格好の的だ。

 

―キョオォオオオオオオッ!!

 

 セイレーンセルリアンの嬌声が響く!

 攻撃の正体は未だわからないが、明らかにラモリケンタウロスへ照準を定めていた。

 

「そうは……させませんッ!」

 

 クロスナイトは手綱代わりのハンドルを目一杯捻ってアクセルを開ける。

 すると、ファンが高速で回転を始めて推力を生み出し機体が前へカッ飛んだ!

 

「うひゃああああああっ!?!?」

 

 思っていた以上のスピードにクロスハートは再び悲鳴をあげる。

 が、どうにか攻撃をかわす事は出来たらしい。

 

「くうぅう!」

 

 スピードを緩めれば、再び狙い撃ちだ。

 だからクロスナイトはアクセルを緩める事なく体重移動で右に左に荷重を移動してみる。

 左に荷重をかけると、左の浮きが沈んで水の抵抗が大きくなるので左側へ曲がる。

 逆へ体重を掛ければ同じ要領で右側へ曲がる。

 

「な、なるほど……何とかなりそうな気がします」

 

 ぶっつけ本番だったが、クロスナイトは徐々にラモリケンタウロス・マーメイドモードの操作方法を何となく理解しはじめた。

 

「本当に何とかするとはナ……。大したものダゼ」

 

 ラモリさんの呟きではあったが、クロスハートからしてみたら予想通りの結果だ。

 なんせラモリケンタウロスは元々クロスナイトの愛機である。例え自律制御走行だったとしても、それと共に戦って来た経験だってある。

 それになにより、クロスナイトは学習能力に長けている。

 クロスハートがジャパリバイク改を運転する場面などから、どうにか見よう見まねで運転してみたわけだが何とかなってくれたらしい。

 

「それより、どうします?」

 

 クロスナイトはラモリケンタウロスを駆ってセイレーンセルリアンの周囲を周回する。

 ある程度距離を離せばあの鳴き声を発する攻撃はしてこないらしい。

 おかげで落ち着いて観察する余裕が出来た。

 クロスハートもあらためて考える。

 先程からセイレーンセルリアンが攻撃を仕掛けてくる時は必ずある動作をしていたような気がする。

 それは……。

 

「あのセルリアンって攻撃してくる時に必ず両手をコッチに向けてなかった?」

 

 そう言われてみればクロスナイトもラモリさんもそんな気がして来た。

 三人してセイレーンセルリアンの手をよくよく観察してみる。

 水中で行動しやすそうな水かきのついた手。それに掌に口のような窪みがある。

 

「アレは発声器官……っぽいナ」

 

 ラモリさんの見立てではそうだった。

 つまり、鳴き声を発していたのは巨大な一つ目しかない顔ではなく、あの手の平だったらしい。

 

「んー……?」

 

 それにどうにも引っかかるものがあったクロスハート。

 その脳裏に何か閃くものがあった。

 

「何かわかりましたか?」

 

 ラモリケンタウロスを操りつつクロスナイトが訊ねる。

 

「うん。音って空気を振動させて伝わる波のようなものって理科で習ったよね?」

「そうですね……。以前萌絵お姉ちゃんもそう言っていました」

 

 クロスハートは小学校の授業でそれを知っていたし、クロスナイトの方は萌絵から勉強を教わっている時にそれを習っていた。

 だが、それがどうしたのだろうか。

 

「だからね、両手から音っていう波を出すじゃない? それが重なってぶつかったところで大きな波になるんだよ」

 

―パチン。

 

 クロスハートは解説の為に自分の両手を合わせてみせた。

 それでラモリさんもわかった。

 

「なるほどナ。三角波……カ」

 

 三角波とは、別々な方向からやって来た波が重なりあったところで、より大きな波が発生する現象だ。

 沖合では数十メートルの高さになる事もあり、船底に直撃を受けた船舶が真っ二つになる事故だってあるらしい。

 つまり、セイレーンセルリアンの攻撃は両手から放った音の波を収束させたものだった。

 両手の位置を変える事で焦点位置も変えられるわけだが、今のように距離を離せば焦点位置がとれずに射程範囲外になる。

 威力は大きいが、射程も精度も高くはないらしい。

 そうとわかれば反撃の時だ。

 セイレーンセルリアンの『石』は先程観察した時に分かっている。

 その『石』は後頭部にあった。

 あとはどうやって攻撃を避けてセイレーンセルリアンの背後をとるか……。

 

「それなら二手に別れようか」

 

 クロスハートが言う。

 だが、クロスハート人面魚フォームがいくら水中行動を得意としていてもラモリケンタウロス並みの機動力で動き回る事は難しい。

 そうなれば、狙い撃ちだ。

 

「うーん。口で説明するより見てもらった方が早いかも」

 

 クロスハートはラモリケンタウロスの座席後部に収納されていたウィンチアンカーつきのワイヤーを取り出す。

 それで二人ともクロスハートが何をするつもりなのかを察した。

 

「マジカ」

「マジだよ」

 

 ラモリさんの確認にクロスハートは頷いてみせる。

 こうなってしまったら誰が何と言っても、クロスハートはそれを実行する。それはクロスナイトもよく知っていた。

 なのでクロスナイトは少しの苦笑と共に言う。

 

「じゃあ、上手くやって下さいね」

「任せてよ!」

 

 クロスハートはいい笑顔で親指を立てつつ、バッと空中に身を投げ出す。

 

「チェンジ! G・ロードランナーフォームッ!」

 

 空中で、ランニングシャツにブルマ姿のGロードランナーフォームへ変身するクロスハート。

 くるり、とトンボを切って落水……するかと思った次の瞬間……。

 

「ひゃっほおおおおおっ!」

 

 なんと、水面を滑るように滑走しはじめた。

 その速度はスピード特化であるGロードランナーフォームである事を差し引いても物凄い速さだ。

 何が起こったのかと言えば……。

 

「いやぁ、水上スキーって一度やってみたかったんだよね」

 

 クロスハートはラモリケンタウロスから伸びたワイヤーで曳航されていた。

 正確には水上スキーではなく裸足で行うベアフットというものになるが。

 Gロードランナーフォームの飛行能力でわずかに補正を入れているおかげで初めての水上スキー(ベアフット)でも様になっている。

 

「それじゃあいきますよ!!」

 

 クロスナイトはラモリケンタウロスのアクセルを目一杯開けてセイレーンセルリアンへ向けて突撃を仕掛ける!

 

―ギッ!?

 

 セイレーンセルリアンは迷った。

 音波攻撃は先程見破られた通り威力は絶大でも精度に劣る。

 高速で突っ込んでくる獲物を同時に二つは迎撃できない。

 ならば、とセイレーンセルリアンは両手を前に突き出すと手のひらにある発声器官から目一杯空気を吸い込んだ。

 

―ボッ!!

 

 そして一息に吐き出す。

 いわゆる空気砲である。

 連射はできないし、威力も音波攻撃より低いが精度は高い。

 空気の砲弾がクロスハートとクロスナイト目がけてそれぞれに飛んだ。

 

「その程度ッ!」

 

 クロスナイトは左に体重をかけて急旋回。空気砲をかわす。

 が、曳航される形であるクロスハートはそれに続くのに若干のタイムラグがある。

 このままならクロスハートは空気砲の直撃を受けてしまう。

 が……。

 

「おおっとぉ!!」

 

 なんとクロスハートは大ジャンプで空気砲の一撃をかわした。

 ラモリケンタウロス・マーメイドモードが作り出した波を無理やりジャンプ台がわりにしたのだった。

 空中に身体が浮いたなら後はG・ロードランナフォームの飛行能力で後押ししてやればジャンプ台なしでご覧の通りである。

 

「いくよっ! クロスナイト! ラモリさんっ!」

 

 クロスハートはクロスナイトとは逆側に舵を切っていた。

 ちょうど、セイレーンセルリアンを中心に二人が左右に別れた形だ。

 そしてクロスハートとクロスナイトの間にはワイヤーが通っている。

 つまり……。

 

―ギィイイイイッ!?!?

 

 車の荷重にすら耐えられる鋼鉄製ワイヤーがセイレーンセルリアンに激突した。

 クロスハートはG・ロードランナーフォームのスピードを活かして反時計回りに、クロスナイトはラモリケンタウロスのアクセルを全開にして時計回りに回る。

 そうすると、あっと言う間にセイレーンセルリアンは頑丈なワイヤーでぐるぐる巻きにされてしまった。

 両手も縛り付けられて得意の音波攻撃も放てなくなったセイレーンセルリアン。

 が、こんなものがどの程度足止めになろうか。

 所詮無機物であるワイヤーならば取り込んでしまえばいい。

 そう考えたセイレーンセルリアンは自らを縛めるワイヤーを捕食しにかかった。

 だが、クロスハートもクロスナイトも既に動きを止めてニヤリとしているではないか。

 まるで作戦成功、とでも言うように。

 不敵な笑みのままにクロスハートが言う。

 

「今だよ。クロスシンフォニー(・・・・・・・・・)!」

 

 と同時に、セイレーンセルリアンの後頭部に猛禽類の爪が食い込んでいた。

 それを為したのはクロスシンフォニーのワシミミズクシルエットであった。

 その必殺技は、音も立てずに放つ必殺の一撃『サイレントダイブ』だ。

 死角から放たれれば気づかないうちに……。

 

―パッカアァアアアアアアン!

 

 である。

 実はクロスナイトの鼻がこちらに近づいて来ているクロスシンフォニーを察知していた。

 だから、クロスハートとクロスナイトの役割はクロスシンフォニーが『石』を砕く一瞬の隙を作り出す事だったのだ。

 

「何とか間に合いましたね」

 

 水面にフワリとホバリングして見せるクロスシンフォニー。

 セルビャッコとの戦いを終えた後でジャパリバス改を駆りどうにかこの玄武大橋まで辿り着いたばかりだったりする。

 

「タイミングどんぴしゃだったね」

 

 言いつつクロスハートが右手のひらをクロスシンフォニーに差し出す。

 

―パチン!

 

 と二人の手が打ち鳴らされる。

 そこへラモリケンタウロス・マーメイドモードに乗ったクロスナイトもやって来た。

 

「とりあえず、何とかなりましたね」

 

 クロスナイトは周りを見回しつつ言う。周囲にはセイレーンセルリアンが砕けた事でキラキラとしたサンドスターの“輝き”に満ちている。

 きっと、今頃プーの“輝き”も本人の元へ還っているはずだ。

 ラモリさんが時間を確かめると、PPP(ペパプ)ライブ開演1分前である。

 本当にギリギリセーフだった。

 そして三人があらためて周囲を見渡せば、玄武大橋に大勢集まったギャラリーがヒーロー達の勝利に拍手を送っている。

 

「みんなありがとー!」

 

 クロスハートはぶんぶん手を振り返すのだったが、クロスナイトとクロスシンフォニーは未だこういうのに慣れてはいないのだった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 PPP(ペパプ)ライブ開演3分前。

 既に殆どの観客達はライブ会場へ滞りなく入場完了。

 だが、萌音(モネ)とプーの前には一つの障害が立ちはだかっていた。

 それは、チケットが売り切れで購入出来なかったけれど、会場の雰囲気だけでも味わおうとやって来た大勢のPPP(ペパプ)ファンであった。

 

「ま、まずいわね……」

 

 萌音(モネ)は尻込みする。

 プーはいつの間にやら変装用の帽子も伊達メガネも落としてしまっていた。

 なので、プーがPPP(ペパプ)のプリンセスである事は誰の目にも明らかだった。

 このまま色鳥武道館へ突入すればファンに囲まれる。かと言って、ここで手をこまねいていても見つかってしまうのだって時間の問題だ。

 

「(どうしようかしら……イチかバチか、スノーホワイトに変身して突っ切ろうかしら……)」

 

 萌音(モネ)はそう考えたが、それはダメだ。

 強行突破する際にファンに怪我をさせかねない。

 ならどうするか。いい考えが浮かばない。

 色鳥武道館はもう目の前だというのに……。

 と、その時……。

 

「Hey! Evryone!」

 

 スピーカーを通して朗々たる声が響き渡る。

 色鳥武道館の前に集まった誰もが声の主に視線を集中した。

 

「キャプテン・ハクトウワシだー!」

 

 誰かが気づいて叫ぶ。

 そこにいたのは、『キャプテン・アクセラレーター』で変身したキャプテン・ハクトウワシだった。

 彼女は携えた拡声器で再び集まったファン達に呼びかける。

 

「みんな! チケットSold Outでライブを見れないのが残念なのはよくわかるわ! けれどこんなに大勢集まったら他の人達に迷惑になるの!」

 

 その声にファン達があらためて周囲を見ると、普通の通行人が通りづらそうにしている姿が目に入った。

 キャプテン・ハクトウワシは解散しろと言いに来たのだろうか。

 ファン達がそう思っていると、キャプテン・ハクトウワシは意外な事を言い出した。

 

「私も仕事がなかったらPPP(ライブ)見たかったわ!!」

 

 それはぶっちゃけ過ぎだろう、と物陰に隠れた萌音(モネ)は思う。

 

「けどっ!!」

 

 バッ、とキャプテン・ハクトウワシは右手を大仰に振りかざす。

 

「私達フラッパーズなら、誰の迷惑にもならずにPPP(ペパプ)を応援できるはずよ!!」

 

 フラッパーズとは、PPP(ペパプ)ファンの俗称だ。 

 

「総員整列! Move! Move! Move!」

 

 キャプテン・ハクトウワシに煽られて、集まったファン達フラッパーズは整列して道を開ける。

 歩道では片側に寄って一般通行人が歩けるようにしたし、色鳥武道館へ続く階段は両端に寄って道を作る。

 

「さあ、行儀よくみんなでPPP(ペパプ)を応援するわよ!」

 

 居並んだフラッパーズ達は近所迷惑にならないよう、小さな声で「「「「おー」」」」と返すのだった。

 そこで、キャプテン・ハクトウワシとミラーシェードごしに目があったような気がする萌音(モネ)とプー。

 これは千載一遇のチャンスだ。

 

「いくわよ、プー!」

 

 萌音(モネ)はプーを抱えて飛び出した。

 ここが残った力の使いどころだ。

 

「変……身ッ!!!」

 

 わずかに残った力を振り絞る。

 

「スノーホワイトッ!!」

 

 萌音(モネ)の髪色が白色に変化し、目もアルビノの如く紅に染まる。

 この状態なら、1分30秒だけとはいえ、どんな守護者にも負けない破格の身体能力を発揮できる。

 

DX(デラックス)ゴー・ゴージェットローラー!」

 

 スノーホワイトと化した萌音(モネ)は靴に仕込まれた電動ローラーブレードを展開する。

 これもクロスシンフォニーとクロスレインボー達が温存してくれたおかげであと少しだけバッテリーが残っている。

 

「いくわよぉおおおおおおお!!!」

 

 スノーホワイトは開けた道を全力全開で駆け抜ける。

 ファン達の中にはスノーホワイトが抱えたプリンセスの姿に気づく者もいたが、誰もがただ見守る。

 ここで邪魔なんてしようものならフラッパーズの名折れだとばかりに。

 

「(開演まであと30秒……!)」

 

 萌音(モネ)がつけている時計は電波時計だ。

 秒数まで正確である。

 色鳥武道館には辿り着いたけれど、このまま裏手へ回る時間はない。

 だったら、最も最短距離を通るしかない。

 即ち、このまま正面入り口へ突入し、一気にアリーナへ。そして客席を突っ切ってステージへ向かうのだ。

 

「(スピード緩めたら間に合わない……!)」

 

 迷っている時間もない。

 既に正面ゲートは客入れが終わって数人のチケット係が残っているのみだ。

 

「ごめんね!」

 

 DX(デラックス)ゴーゴージェットローラーを全開に。

 チケット係が止める暇も与えずに正面入り口を突破。色鳥武道館の中への突入には成功した。

 運がいいことに、客席へ続く分厚い防音扉は今まさに閉じられる瞬間だった。

 

―ギュイイイイイッ!

 

 そのままスピードを緩める事なく思い切り身体を倒して鋭角にカーブを描く。

 防音扉の向こうはもう客席だ。

 既に照明は落とされて、今まさにライブが始まろうとしている。

 

「待ってたわよ……!」

 

 突然飛び出したスノーホワイトとプーの二人を目ざとく見つけたのは遥だ。

 

「ルリちゃん……じゃなかった。クロスラピス! お願い!」

 

 音響照明ブースにいた遥は操作パネルに取り付いたクロスラピスことルリに言う。

 ブースに設えられた操作パネルのスイッチがセルリアンとの戦いで損傷してしまった為、クロスラピスが操作パネルに接続して操作していた。

 遥は正面入り口から現れた萌音(モネ)とプーの二人を見て、即座に演出として押し通す事を決断。スポットライトの照明を彼女達に当てるように指示した。

 

―カッ!

 

 既に照明を落とされて誘導灯のみだった客席にスポットライトが当てられる。

 それで浮かび上がったのはもちろん、ステージへ向けて疾走するスノーホワイトとプーの二人だ。

 色鳥武道館に詰めかけた満員の観客もその姿を目撃して、ライブの開始かと期待を膨らませる。

 だが……。

 

「ふぅむ……まずくないかな?」

 

 音響照明ブース内で一緒に成り行きを見守っていた和香教授が言う。

 何がまずいかと言えば、プーがまだステージ衣装ではない事だ。

 いくらなんでも、プーが今着ている変装用の普段着で大事なステージオープニングを飾るわけにはいかない。

 

「ええい!? まずは登場後すぐにプーをハケさせて! 舞台袖にメイクと衣装スタンバイ! あとはMCで何とか繋いで!」

 

 遥は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 が、そんな彼女に和香教授はニヤリとしていた。

 

「ルカ先輩。どうやらその必要はなさそうだよ」

 

 和香教授の視線は音響照明ブースの出入り口に向いていた。

 この扉も防音扉になっていてドアクローザーによって開けたら自動で閉まる構造だ。

 それがカチャリと音を立てて閉まったという事は誰かが外へ出たという事である。

 その人物は和香教授よりも早く、プーが普段着のままである事に気づいていた。

 そして、彼女は問題を解決できる手段を持つ唯一の人物でもあった。

 

「今回はしょうがないよね」

 

 萌絵は音響ブースから飛び出した後こっそり呟いた。

 

「変身……ッ!」

 

 カッと萌絵の身体をサンドスターの輝きが包む。

 

「クロスハート・ともえフォーム……ッ!」

 

 萌絵の呟きと同時、サンドスターの輝きが晴れた。

 そこにいたのは膝丈のハーフパンツに丈夫なトレッキングブーツ、黒い長袖シャツに青色のベスト、それに二本の羽根がついたアドベンチャーハット。

 そして髪色は緑色で、その瞳には左右で蒼と赤の不思議な光点が宿っていた。

 もともと双子なので似ていたが、そのままともえの姿である。

 

「ジャパリボード改ッ!」

 

 クロスハート・ともえフォームに変身した萌絵は左手を伸ばす。

 すると、そこには先程まで何もなかったのに、ジャパリボード改が現れていた。

 走りながらジャパリボード改に飛び乗るクロスハート。そのまま客席へ飛び込んだ。

 問題のプーはといえば、ついにステージ上へ辿り着いたところである。

 

―ザワザワザワ……。

 

 ステージ上には普段着のプーが一人ポツンとスポットライトで照らし出されている。

 あまりの登場に観客達も戸惑いの方が強いようでどよめきの方が大きい。

 プーをステージへ送り届けたスノーホワイトはそのまま舞台袖へと駆け込んだものの、その反応に肝を冷やす。

 やはり演出として観客には受け入れられなかったのか。

 だが、まだ終わっていない。

 

「プーちゃん!」

 

 身体を目一杯低くしてジャパリボード改で客席の間を疾走する萌絵が変身した方のクロスハート。

 

―ガッ!

 

 段差を利用して大ジャンプ!

 スポットライトを避けてプーの頭上を飛び越しつつあるものを投げた。

 そのまま着地、急カーブを描いてスノーホワイトがハケたのと同じ舞台袖へと消える。

 後に残されたのはクロスハートから何かを託されたプーだけだ。

 

「(マイク……?)」

 

 それは一見すると何の変哲もないマイクに見えた。

 だが、それを受け取ったプーにだけは、頭の中に言葉が浮かぶ。

 

「へん……しん?」

 

 プーの“輝き”は戻っていた。

 だが声が出た事に喜んでいる場合ではない。

 プーは思い浮かぶままに言葉を続ける。

 

PPP(ペパプ)! オン・ステージ!!」

 

 高々とマイクを掲げた瞬間、プーの身体がサンドスターの輝きに包まれる。

 それが晴れた時、そこにいたのはサンドスターの輝きに負けるとも劣ず燦然としたアイドル、PPP(ペパプ)のプリンセスだった。

 ペンギンをモチーフにしたパーカーと白のニーソックス。

 首もとにかけたヘッドフォン。

 そして何より輝く笑顔はテレビで何度も見たアイドル、プリンセスであった。

 

「え、えっと、ともえちゃん……じゃないわね。萌絵ちゃん……? 何をしたの?」

 

 舞台袖でスノーホワイト化が解けた萌音(モネ)が訊ねる。

 

「んっとね。クロスハート・ともえフォームの能力は、未来にアタシが作るはずだったものを今、この場で作れるっていうものなの」

 

 つまりクロスハートはプーの衣装を変える為だけのアイテムを作り出したわけだ。

 イエイヌの変身アイテム『ナイトチェンジャー』やハクトウワシの『キャプテン・アクセラレーター』を制作してきたわけだから不可能ではない。

 

「本当はこの変身、あんまりやるつもりなかったんだけど、今回は妹達の頑張りを無駄にしない為にも、ね」

 

 てへへ、と照れたように笑うクロスハート。

 その顔はともえのものだったのに、何故か萌絵っぽいと思ってしまう萌音(モネ)であった。

 

―ワァアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 一瞬の静寂だったが、プリンセスの登場に客席が割れんばかりの歓声に包まれた。

 ド派手な演出としてプリンセス登場を受け入れた観客達のテンションは一気にマックスだ。

 が、そこで終わりではない。

 

―ウォオオオオオオオオオッ!!

 

 さらにひと際大きな歓声があがる。

 舞台照明がついた時、そこにはプリンセスの他にも4人のアイドル達がいた。

 ジェーンもフルルもイワビーも、そしてリーダーコウテイも登場。

 今を時めくトップアイドルPPP(ペパプ)が勢揃いした事で会場のボルテージは天井を突き抜けんばかりである。

 アイコンタクトのみでプリンセスは「ごめんなさい」を伝えたが返って来たのはいずれもいい笑顔で親指を立てられたのみだった。

 

「もう無茶苦茶……!でもナイス……! よくやったわっ!」

 

 遥は音響照明ブース内で続けて叫ぶ。

 当初の予定も何もあったものではないが、この瞬間を逃すわけにはいかない。

 

「みんな! もうこうなったら出たとこ勝負よ! セットリストはそのまま! 曲入れて!!」

 

 この流れのまま突っ走る。

 そう決めた大人達の行動は早かった。

 音響監督はすぐさま指定BGMをセットし、クロスラピスに指示。

 舞台監督は照明タイミングや演出タイミングを説明してくれる。

 裏方達は裏方主任の元へ一旦集合。裏方主任が最短最低の説明のみでステージハケの手順や大道具小道具の入れ替え手順を修正。再び持ち場へ戻る。

 

「あ、あわわわわ……」

 

 怒涛の指示でクロスラピスだけは目を回さんばかりだったが、それでもどうにか指示された内容を機械へ伝えた。

 おかげで舞台照明がかわり、ライブ開始の1曲目、そのイントロがスタートする。

 舞台上ではリーダーコウテイが曲目を宣言した。

 

「いくぞ!『大空ドリーマー』!!」

 

 ついにPPP(ペパプ)ライブの幕が上がる。

 

 

―⑫へ続く





【セルリアン情報紹介:セイレーンセルリアン】


 PPP(ペパプ)のプリンセスことプーの“輝き”から生まれた人魚型の巨大セルリアン。
 水中での行動に長けている。
 両手の掌には音を発する為の発生器官がある。
 それをスピーカー代わりに仕掛ける音波攻撃が得意技だ。
 両手から発生させた音波を敵の位置で重ねる事で絶大な破壊力を生み出す。
 焦点となる距離は両手の位置を調整できる。
 破壊力は凄まじいが、精度と射程には劣る。
 一方、両手の発生器官から吸い込んだ空気を一息に吐き出す事で空気砲を撃つ事も出来る。
 空気砲は威力には劣るものの精度は高い。
 巨大な体躯と強力な攻撃手段を持つセイレーンセルリアンは水中では非常に厄介な強敵だ。

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