けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第26話『ツインプリンセス』⑫

 

 色鳥武道館でついに開催となったPPP(ペパプ)ライブは大盛り上がりであった。

 一番最初の曲、『大空ドリーマー』を歌い終わって熱狂はなお冷めやらない。

 なんせプリンセスが開演前に客席から登場して、さらに変身(?)してみせるというパフォーマンスまでしてみせたのだから。

 これで盛り上がらなかったらそれこそ嘘というものだ。

 舞台上では一曲目が終わってPPP(ペパプ)メンバー達によるMCが始まっていた。

 

「色鳥町のみんなー! 元気かー!!」

 

 こういう時に一番頼りになるのがイワビーだ。

 会場のお客さん達に呼びかけてさらに盛り上げて行く。

 客席からは「元気ー!」というレスポンスが大音声となって返ってくる。

 その結果にPPP(ペパプ)の5人は満足気に頷いた。

 

「それにしても、色鳥町には初めて来ましたけど、いいところですよね」

 

 相変わらず正統派なコメントはジェーンだ。

 

「プリンセスさんは色鳥町観光行ってたんですよね? どうでした?」

 

 と思いきや、プリンセスがさっきまで遅刻ギリギリだったという微妙な状況だったのをおくびにも出さず話を振って来た。

 

「あ、はい。色々見て周りましたよ」

「えぇー! いいなー!! ねえねえ、何か美味しいものあったー?」

 

 プリンセスの答えにすかさず食いつくフルル。

 

「はい。色々ありましたけど、商店街でホットドッグとか食べて来ました」

「もしかして、あれ!? 青龍神社の夏祭りで出されてたってやつ!? いいなー! 私も食べたかったー!!」

 

 フルルは舞台の上だというのを忘れたかのようにプリンセスに詰め寄る。

 食いしん坊キャラで有名なフルルである。どうやら色鳥町のご当地グルメ情報も仕入れていたらしい。

 そして、こうした地元トークは遠征ライブだとお客さんの食いつきが非常によかったりする。

 フルルを焚き付けて、地元トークに持って行ったジェーン。こっそりと他のメンバーへウィンクしてみせる。

 狙い通りに客席の反応は上々だ。

 

「なお、帰りの鞄にはまだ若干の余裕があるよ!」

「いや、どこの噺家さんだ」

 

 本気なんだか冗談なのかわからないフルルにすかさずイワビーがツッコミを入れた。

 そんなフルルに客席からも笑いが起きる。

 

「まぁ、フルルへのお土産はともかく」

 

 そこでリーダーであるコウテイが初めて口を開いた。

 

「我々PPP(ペパプ)から色鳥町の皆さんへプレゼントがあるんだ」

 

 その宣言に客席が沸く。

 今日、このライブで新曲発表があるらしいという噂があったのだ。

 否が応でも観客の期待は高まる。

 ここでそれを裏切るわけにはいかない。

 コウテイはチラとプリンセスへ視線を送り目で問う。

 

『探し物は見つかったのか?』

 

 と。

 プリンセスから返って来たのは自信満々の笑みだった。

 それを見たコウテイは愚問だった事を悟る。

 プリンセスがただ一人別行動を取っていたのは、この色鳥町の為に歌うというモチベーションを探る為だ。

 言い換えるなら、それはプリンセスというアイドルが歌う覚悟を決めるためであった。

 既にそれは十分、いや十二分である。

 プリンセスのやる気も客席の盛り上がりも今が最高潮だ。

 コウテイは作戦決行を決意した。

 

「我々PPP(ペパプ)からのプレゼントはここで初めて披露する新曲だ」

 

 その宣言に客席からは歓声があがる。

 と同時にPPP(ペパプ)メンバーそれぞれがスタート位置へとついた。

 プリンセスを中心に大きくXの字を描く配置である。

 それを見て、観客はセンターがプリンセスである事を察した。

 そのプリンセスがマイクを手に観客へ語り掛ける。

 

「皆さん。私は今日あらためて強く思いました」

 

 一体何を、と誰もがプリンセスの声に耳を傾ける。

 

「私は沢山の人達に支えられて、助けられてこのステージに立てるんだっていう事を」

 

 プリンセスがここに辿り着く為にまさに死力を尽くした人達がいる。

 

「だから、精一杯のありがとうを込めて歌います。聴いて下さい」

 

 一拍を置いてからプリンセスは曲名を宣言した。

 

「Cross Heart」

 

 客席がザワリとする前に、イントロが始まり照明はプリンセスのピンスポットライトを残して全て落ちる。

 ここまでは予定通りだ。

 ぶっつけ本番ではあるものの、スタッフ達もよく付いてきてくれている。

 もっとも、色々指示をだされているクロスラピスことルリは頭から煙を出しそうな勢いだったが。

 この盛り上がりなら歌で観客達の感情を束ねて地脈を浄化する作戦だって上手く行くに違いない。

 だが、まさにその瞬間だった。

 

―ビチャァアッ!

 

 天井に潜んでいたタコ型セルリアンがプリンセス目がけて落ちて来たのは。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 虚しく曲のイントロが流れる中、先程まで盛り上がっていた客席も水を打ったように静まり返る。

 なにせ先程までプリンセスがいた位置に突然巨大なタコのバケモノが現れたのだから。

 高圧配電盤のある部屋でクロスレンジャーが仕留めたと思っていたタコ型のセルリアンは、擬態を繰り返しこの場にまで逃げ延びていたのだった。

 これにはPPP(ペパプ)も裏方スタッフの誰もが何の反応も返せない。

 当のプリンセスはというと、固く閉じた瞳をおそるおそる開ける。

 

「へ?」

 

 プリンセスの目前にいたのは萌音(モネ)だった。

 愛用のエレキギター型武器の『バチバチ・ダブルV』を盾代わりに、辛うじてプリンセスを守ったのだった。

 

「こ、このぉ……重たいのよっ!」

 

 萌音(モネ)PPP(ペパプ)を守る戦士だ。

 だからこそタコ型セルリアンが忍び寄っていたのにただ一人寸前で気づく事が出来た。

 もうカラッケツの力を振り絞り、どうにかタコ型セルリアンを受け止めたのだ。

 だが、ここまでだ。

 周りはタコ型セルリアンの身体に包まれてしまっている。

 ちょうどプリンセスの頭上にタコ型セルリアンの口があり、寸前でそれを萌音(モネ)が『バチバチ・ダブルV』で受け止めている形だ。

 逃げ場もないし、萌音(モネ)がタコ型セルリアンを跳ね返すだけの力も残ってない。

 だが、それでも……。

 

「プー!」

 

 萌音(モネ)は諦めていなかった。

 

「歌いなさい!」

 

 他の者であればこんな時に何をと思うのだろう。

 けれど、プリンセスの瞳には再び炎が灯る。

 ここはステージで曲は既に始まっているのだ。

 だから、アイドルであるプリンセスはこんな事くらいで歌わないわけにはいかない。

 例えこれが最後の瞬間だったとしても、プリンセスは歌う。

 それこそがPPP(ペパプ)のプリンセスであるから。

 

例えばキミが寂しいなら

きっと私が通りかかるよ

 

「聴こえる……」

 

 客席の誰かが呟いた。

 確かにプリンセスの歌が聴こえるのだ。

 突然現れた化け物の中からプリンセスの歌声が聴こえる。つまり彼女は無事だ。それを悟って客席は沸き立つ。

 だが、このままでは萌音(モネ)が力尽きてプリンセスごと喰われるのだって時間の問題だ。

 だが萌音(モネ)は諦めない。

 

もしもキミが迷子なら

どうか私の手を取って

 

 プリンセスが諦めずに歌っているのだから萌音(モネ)だって諦めるわけにはいかない。

 

「気合と根性とほんのちょっぴりの筋肉があればだいたいの事は何とかなるのよっ……!!」

 

 萌音(モネ)は折れそうになる膝を叱咤してもうカラッカラの力を最後の一滴まで絞り出す。

 

雨の日。風の日。夜の闇

色んな日があるけれど

 

「(あと数秒でいいわ。もう一回だけスノーホワイトに……!)」

 

 スノーホワイトに変身しようとした萌音(モネ)の膝は、残念ながらガクリと折れた。

 だが、その身体をプリンセスが支える。

 

みんなの絆で乗り越えて

キミがどこにいようとも

必ず辿り着く

 

 歌いながらも萌音(モネ)を受け止めたその腕は力強かった。

 そうとも。

 ここで諦めてなるものか。

 ここでプリンセスを守らなくてどうする。

 その想いとプリンセスの歌に後押しされて萌音(モネ)はもう一度叫んだ。

 

「変ッ……身ッッッ!!!!!!」

 

さあ、キミも手を繋ごう

Cross Heart 心 重ねて

Cross Heart 絆 繋げて

 

 観客からは舞台に突然現れた化け物の身体、その奥から閃光が漏れ出たように見えた。

 それどころか、タコの化け物は高々と打ち上げられたではないか。

 沸き立つ観客は再び静まり返った。

 なんせ、タコの化け物が打ち上げられた事で再び現れたプリンセスが二人に増えていたのだから。

 

「ど、どういう事?」

 

 と誰もが戸惑いを隠せない。

 ただ、歌っている方のプリンセスとギターを逆手に構えた方のプリンセスは微妙に顔立ちが違うように思える。

 遥が見る限り、ギターを持っている方のプリンセスは萌音(モネ)にそっくりだった。

 

「ま、まさか……」

「変身したねぇ! これは興味深い! 興味深いよ!」

 

 遥が呆然とする横で和香教授は面白そうに喝采をあげつつ訊ねる。

 

「で、ルカ先輩。これはどういう理屈なんだい?」

 

 萌音(モネ)はヒトのフレンズではなかったはずだ。

 スノーホワイトというアルビノの姿に変身する技を持ってはいるが、フレンズの姿に変身出来る道理がない。

 

「まずね……スノーホワイトは単に自分の中にあるサンドスターを爆発させて一時的に身体能力を引き上げるだけの技なの」

 

 それは浦波流という流派における最大奥義であった。

 今目の前で起こっている事はおそらくその先にあるものだ、と遥は予想した。

 

「おそらくだけど、歌巫女の歌が萌音(モネ)に力を貸してくれているのよ」

 

 遥の推測が正しいのかどうかはわからないが、奇跡が起きた事だけは確からしい。

 その姿に観客達は思い至るものがあった。

 巷で噂になっている通りすがりの正義の味方の事を。

 

「まさか、クロスハート……?」

 

 誰かの呟きにプリンセスの姿に変身した萌音(モネ)はぶるぶると首を横に振った。

 今は曲の間奏中。

 その間に舞台演出を装ってPPP(ペパプ)全員が中央のプリンセスとプリンセスの姿に変身した萌音(モネ)の元に集まる。

 

「とりあえず萌音(モネ)はギター弾いてろ」

 

 イワビーが萌音(モネ)の『バチバチ・ダブルV』を逆手から順手になおしてくれた。

 さすがにプロのトップアイドル達だけあって、こんな時でもダンスの振り付けは完璧だ。

 

「で、何がどうなってやがる?」

 

 とイワビーが重ねて訊ねて来るが今はそれより大事な事がある。

 

「今はそれよりも、間奏の間に言い訳ぐらいは考えておかないとな」

 

 とリーダーのコウテイは苦笑していた。

 

「もういっそクロスハートが来てくれたって事にしちゃいます?」

 

 ジェーンの提案には一考の余地がある。

 観客は新たに現れた二人目のプリンセスをクロスハートではないかと思っているようだ。

 ここはそれに乗っかってしまうのもよいかもしれない。

 

「さすがにそういうわけにはいかないです」

 

 だが、プリンセスがそれに反対した。

 なんせ、クロスハートは今頃玄武大橋で大勢のギャラリーに目撃されているはずだ。

 そこに色鳥武道館でもう一人クロスハートが現れたとなったらどうなるか。

 おそらくクロスハートは二人いるという事になるし、そこから混乱と憶測が飛び交うのは想像に難くない。

 その憶測のせいでともえ達の正体がバレる可能性だってゼロではないだろう。

 

「だったら萌音(モネ)ちゃんもなっちゃったら? 別な通りすがりの正義の味方に」

 

 実に気楽に言うのはフルルだ。

 確かに、萌音(モネ)がプリンセスを助けに駆け込んだところはハッキリ見られていないし、再びプリンセスが現れた時には既に変身状態だった。

 なので、新たな通りすがりの正義の味方が現れた、としておいた方が納まりは良さそうに思える。

 ただ、それだって問題がある。

 

「でも名前どうするのよ?」

 

 練習に付き合っていた萌音(モネ)も新曲の譜面は頭に入っていた。なのでギターで伴奏もどうにかなっている。だが、同時に間奏がもうすぐ終わる事も分かっていた。

 残る時間はあとわずかだ。

 その間に名乗るべき名前を決めてしまわないといけない。

 

「そうだな……我々は浦波流だろう? 浦波を英語になおしてブレイカーズ。クロスブレイカーズ……とか?」

 

 少し考えた後にコウテイが言う。

 彼女達が所属するブレイカーズ・プロダクションの由来も同じだったりする。

 急場凌ぎとしては悪くない。

 だが、そこにフルルが割り込んだ。

 

「えぇー? せっかくの(クロス)をブレイクしちゃうのもったいなくない?」

 

 確かに!

 とPPP(ペパプ)萌音(モネ)もそう思ってしまう。

 なんか悪者っぽい名前と受け取られかねない。

 かといって、残り僅かな時間で妙案が思い浮かぶでもなかった。

 どうするかと焦るPPP(ペパプ)萌音(モネ)

 その時だ。

 

『ならば』

 

 PPP(ペパプ)が付けたインカムに声が届いた。

 

『私のお古で悪いんだけど使ってくれたなら嬉しいよ』

 

 それは和香教授だった。

 未だ固まったままの遥を抱き寄せて、彼女が着けたインカムに口を近づけて通信してきたのだ。

 和香教授が言った事はPPP(ペパプ)の誰もが理解していた。

 今の急場を凌ぐなら、これしかない。

 間もなく間奏も終わりになるからセリフを入れるならこれが最後のタイミングだ。

 萌音(モネ)は意を決すると、観客に向かって高らかに宣言した。

 

「私は……クロスメロディー! 通りすがりの正義の味方、クロスメロディーよ!」

 

 萌音(モネ)……いや、クロスメロディーは心の中で「二代目だけどね」と付け加える。

 どうやら舞台演出だと思い込んだ観客達は打って変わって盛り上がった。

 さて、こうなったら舞台演出のふりを押し通さねばならない。

 タコ型セルリアンは、天井に叩きつけられた後、そのままへばりついたままだ。

 クロスメロディーの勝利条件は①にPPP(ペパプ)全員を守る事。②に観客に被害を出さない事。そして③にこのままライブを止めずにセルリアンを倒す事である。

 さて、どうしたものか。

 クロスメロディーが天井のタコ型セルリアンを睨みつけて思案していると、舞台袖から声があがった。

 

「クロスラズリ! 飛ばして!」

「おうよ!」

 

 それはクロスハート・ともえフォームに変身した萌絵と遅れて駆けつけたクロスラズリことアムールトラのものだった。

 クロスラズリはクロスハートを抱え上げると、天井へ向かって投げつける!

 クロスラズリのパワーは軽々と色鳥武道館の天上までクロスハートを届けた。

 しかし、それでどうにか出来るのか……。

 

「いくよぉ! ゴロゴロ・フライングVッ!!」

 

 クロスハートが伸ばした右手にサンドスターが集まり何かを形作る。

 それはVの字を逆さまにしたボディを持つエレキベースだ。

 クロスメロディーの持つ『バチバチ・ダブルV』を参考にした武器だろう。それを未来から取り寄せたわけだ。

 ちなみにエレキベースは昨日、プーと一緒に『Bard-OFF』で見たから参考材料は十分である。

 

「れっつ……ロックンロールッ!!」

 

 クロスハートは『ゴロゴロ・フライングV』のネックを握って振り抜き、そのボディをタコ型セルリアンへ叩きつけた。

 

―ギョォオオオオッ!?

 

 タコ型セルリアンはその一撃を受けて舞台上へ叩き落された。

 ただ、さっきと違うのは、PPP(ペパプ)よりも背後側、今日はいないがバックダンサーなどが位置どる場所に落とされた事だ。

 それを見た遥はクロスハートが何をするつもりなのか悟った。

 

「そういう事ね! ルリちゃん! 8~12番のスモーク入れて! でもってプロジェクターも起動!」

 

 本来はここで使うつもりではなかった演出用の器材を惜しまず投入を指示する遥。

 クロスラピスはその指示に従って繋げた機械達を操作した。

 

―ブシュウウウウッ!!

 

 巻き上がった真っ白なスモークがステージ前側と後ろ側を両断する。

 セルリアンのいる後ろ側はすっかりスモークで隠されてしまった。

 さらに、起動したプロジェクターから放たれるレーザー光がスモークに映し出される。

 これならば舞台演出のフリをしてセルリアンと戦えるかもしれない。

 その上、戦うのに十二分な広さがある唯一の場所でもある。

 

「じゃあ……いってくるわね!」

 

 間奏の終わりと共にクロスメロディーはスモークの中に突っ込む。

 ちょうど観客達からはスモークの中に逆光でクロスメロディーとタコ型セルリアンのシルエットが見えている格好だ。

 

「さぁて! It's Rock'n' Roll Time!!」

 

 クロスメロディーは伴奏のBGMに合わせて『バチバチ・ダブルV』をかき鳴らしつつタコ型セルリアンを睨みつける。

 

―オォオオオオオッ!

 

 タコ型セルリアンはドラムコードの脚を振り上げて、それを目の前にいるクロスメロディーへ叩きつけようとした。……が。

 

―ガィイイイイイイン!

 

 舞台上に、楽器を叩きつけた時特有の不思議な重低音が響いた。

 

「いえす! ロックンロールッ!」

 

 それは天井から飛び降りざまにクロスハートが叩きつけた『ゴロゴロ・フライングV』の放った音である。

 クロスハートはそのままクロスメロディーと背中合わせになると『ゴロゴロ・フライングV』を順手になおして伴奏に合わせてつま弾いてみせる。

 萌絵はさっきのリハーサルで譜面を見せられていた。

 ヒトのフレンズであるともえから力を借りたクロスハート・ともえフォームはヒトの域を出ない。けれど逆にヒトが出来る事なら大体出来るという特性を持っている。

 なので、即席コンビでの演奏だってお手の物だ。

 伴奏にエレキギターとエレキベースの生演奏が加わわる。

 観客達はスモークの向こうに見える二人のバックバンドにも歓声を送った。

 クロスハートとクロスメロディーのセッションにはしかし、邪魔者だっている。

 

―グォアアアアアアアッ!

 

 タコ型セルリアンは咆哮と共に再び二人へ向けてタコ脚をムチのように叩きつけた。

 

―バチン!

 

 しかし、それは二人が左右に散った事で虚しく床を叩いただけだ。

 だが攻撃はそれだけで終わらず、タコ型セルリアンはタコ脚を振り回し続ける。

 幸いPPP(ペパプ)達のいるステージまでは届かないが、いつそちらを狙うかわからない。

 

「だったら……!」

 

 クロスメロディーは叫ぶ。

 

「チェンジ! イワトビペンギンスコア!」

 

私は速く走れないけれど

みんなの絆が背中を押すよ

 

 ちょうど、曲は各々のソロパートへと移行していた。

 今はイワビーの持ちパートである。

 宣言したクロスメロディーの身体はサンドスターの輝きに包まれ、一瞬後に今度はイワビーの格好へと変化していた。

 

「全開……!」

 

 稲妻のようにジグザクに跳ねたクロスメロディーは攻撃をかいくぐってタコ型セルリアンの懐に潜り込む。

 

「Rock'n'Soul!」

 

 クロスメロディーは逆手にした『バチバチ・ダブルV』にサンドスターをかき集め一閃!

 タコ型セルリアンの脚を斬り飛ばす。

 一瞬演奏が途切れるが、そこはクロスハートが即席アレンジでカバーしていた。

 だが、そのダメージもなんのその。タコ型セルリアンは脚を再生しようとしていた。

 モコモコと黒い水が泡立つように再び脚が形作られようとしている。

 

「次ッ! チェンジ! フンボルトペンギンスコア!」

 

 クロスメロディーが叫ぶのと、曲がフルルのソロパートに入るのは同時だった。

 

私だって転ぶ事もあるけれど

あなたの心が私を強くする。

 

「マイペース・メロディー!」

 

 クロスメロディーが奏でるメロディーを聞いたタコ型セルリアンの動きが鈍る。

 再生しようとしていたタコ脚もその速度が遅くなっていた。

 そして次はジェーンのソロパートである。

 

たとえ涙が出そうになったって

みんながいるから No Problem!

 

「でもって……ジェンツーペンギンスコア!」

 

 同時にクロスメロディーも再び変身する。

 今度はジェーンの格好だ。

 

「Let's Cheer Up!」

 

 その姿で奏でる『バチバチ・ダブルV』の音色はクロスハートの力を湧き立たせた。

 フンボルトペンギンスコアの『マイペース・メロディー』が敵へのデバフ技であるなら、こちらは味方へのバフ技である。

 

「いくわよ、クロスハート」

「OK、クロスメロディー」

 

 続けて曲はコウテイのソロパートへ入ろうとしていた。

 

私に翼はないけれど

みんなに翼を借りて飛んでくよ

 

「チェンジ! コウテイペンギンスコア!」

 

 クロスメロディーの身体はまたもサンドスターの輝きに包まれる。

 それが晴れた時、クロスメロディーはコウテイの姿へと変身していた。

 そして、クロスメロディーとクロスハートは二人でタコ型セルリアンへ突撃!

 未だタコ脚を再生しきれていないタコ型セルリアンは反応しきれなかった。

 

「大空……」

「「ドリーマー!!」」

 

 エレキギターとエレキベース。

 その二つが下から上へ振り抜かれた。

 

―ガコォオオオオン!

 

 二つの打撃音は同時に響いてタコ型セルリアンを宙へと浮かす。

 その『石』の在り処をクロスメロディーは知っていた。

 その位置はタコ脚の生えた胴体中央、タコの口の位置にある。

 普段は巨体と脚で隠されているから、こうして浮かさないと狙えない。

 つまり、今が千載一遇のチャンスだ。

 

「決めるわよ! プー! ロイヤルペンギンスコア!」

 

 これがラストだ。

 曲は再びセンターであるプリンセスをメインにしたパートへ戻っている。

 

だから必ず辿り着く

たとえ何があったって

キミと心重ねに行くよ

 

 クロスメロディーもまた、最初と同じくプリンセスの姿へと戻った。

 クロスメロディーがぐっと姿勢を低くして力を溜める。

 

「ロイヤルッ! ストレート・フラァアアアアアッシュ!!」

 

 叫びと共にクロスメロディーは一条の閃光となった。

 それは宙に浮かされたタコ型セルリアンを貫く。

 

―パッカァアアアアアアン!

 

 閃光はタコ型セルリアンの『石』を砕いた。

 キラキラとしたサンドスターの輝きが周囲を満たす。

 

「あ……!?」

 

 と同時、音響照明ブース内で機械を操るクロスラピスがある事に気が付いてしまった。

 もうスモークの残量がない。

 今までクロスハートとクロスメロディーの姿を覆い隠してくれていたスモークが途切れようとしていた。

 そうなると、フレンズの姿に変身しているクロスメロディーはともかく、ともえの姿に変身しているクロスハートの方は大騒ぎになってしまうだろう。

 が……。

 

―ビュンッ!

 

 舞台袖から猛スピードで飛び出したクロスラズリが着地したクロスメロディーとクロスハートの二人を抱えると逆側の舞台袖へ飛び込んだ。

 舞台演出の振りなんて器用な真似が出来そうもなかったのでピンチになるまで控えていたが、その甲斐があったようだ。

 結果、観客からは謎の巨大タコのシルエットがなくなったと思ったら謎のバックバンドも消えているという事態になっていた。

 曲の方は再び短い間奏へ入る。

 

―ワァアアアアッ!

 

 舞台演出はともかく、観客の盛り上がりは最高潮だ。

 キラキラと輝くサンドスターの残滓は舞台上のPPP(ペパプ)を照らしだす。

 そのまま曲はサビの繰り返しパートへ突入した。

 

Cross Heart 心 重ねて

Cross Heart 絆 繋げて

Cross Heart 心 重ねて

Cross Heart 絆 繋げて

 

キミがどこにいたとしても

必ず辿り着く

 

その名は Cross Heart

 

 

 最後のパートとなるサビを歌い切り、PPP(ペパプ)の五人は決めポーズで動きを止める。

 と同時、照明が落ちてバックライトのみになった。

 客席から見て逆光となるライトはPPP(ペパプ)五人のシルエットを映す。

 

 曲の終わりから数瞬の間を置いて

 色鳥武道館には今日一番の歓声に包まれた。

 

 

 

 

―エピローグへ続く


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