けものフレンズRクロスハート   作:土玉満

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第27話『はじめての協奏曲』②

 

 かばんとともえ達が中学校に入学してから三日程経った頃の事だ。

 ジャパリ女子中学校は新1年生の入学で活気に満ちていた。

 友達が出来るか心配していたかばんだったが、それは杞憂に終わる。

 隣の席になったともえとも仲良くなれたし、他にもお話できる友達が何人も増えた。

 通常授業も開始して新1年生達は部活をどうするかが主な話題になっている。

 その日の昼休みに机を合わせたともえとサーバルとかばんの話題もそれだった。

 ともえはお弁当を突きつつ、二人に訊ねる。

 

「ねえねえ、かばんちゃんとサーバルちゃんは部活どこにするか決めたの?」

「はいはーい! 私はね、狩りごっこ部!」

「サーバルちゃん……狩りごっこ部はないよ……」

 

 元気よく即答したサーバルにかばんは控えめなツッコミを入れる。

 残念ながら狩りごっこ部は今のところ存在しない。

 「えー。」と残念がるサーバルを置いておいてともえはかばんに話しを振った。

 

「ちなみに、かばんちゃんは?」

「ボクはまだ迷ってます。お料理部で美味しいお料理をサーバルちゃんに作ってあげたくもあるし、手芸部で可愛い服をサーバルちゃんに着せてみたくもあるし……」

「相変わらずラブラブだねえ」

 

 茶化されてかばんは真っ赤になった。

 ちなみに、かばんとサーバルのお弁当は今日もかばんのお手製である。

 ついでにミライとノナの分まで作っていたりする。

 

「そういうともえちゃんは? もう決めたの?」

 

 今度はサーバルがともえに訊ねた。

 

「うん。アタシは萌絵お姉ちゃんと一緒に美術部にしようかなって」

 

 それはちょっと意外な答えだった。

 ともえはサーバルと同じで身体を動かす事が好きなようだった。

 だから運動部のいずれかに入ると思っていたのだが、まさか文化部とは。

 

「実は昨日見学に行ったら、タイリクオオカミ先輩がいいモフモフ具合……じゃなかった、いい人だったから入部決めてもいいかなって」

 

 そう言うともえはさらに続けようとした。

 仲良くなった新しい友達であるかばんとサーバルも一緒の部活になれたらステキだろうと。

 

「ねえねえ、かばんちゃんとサーバルちゃんも美術部に見学だけでも……」

 

 が、その言葉は最後まで続けられなかった。

 

―スパァン!

 

 教室のドアが勢いよく開いた事で全員が一斉にそちらを見た。

 すると、背の低い二人組のフレンズが入って来たではないか。

 頭の羽根を見るに鳥系のフレンズなのだろう。

 実を言うと教室にいる1年生の誰もが見覚えのある二人組であった。

 何故なら……。

 

「私はこの学校の長である博士なのです」

「そして私はこの学校の長である博士の助手なのです」

 

 教卓の前に立った二人は生徒会会長である2年生のコノハ博士と生徒会副会長であるミミ助手だ。

 入学式でも生徒代表として祝辞を述べていたコノハ博士はもちろん、ミミ助手も生徒誘導などの雑事をしていたからみんな見覚えがあった。

 お昼休みにやって来て一体どういう用件があるのか。

 誰もがお弁当を食べる手を止めて二人に注目する。

 

「さて、生徒会からのお報せなのです」

 

 そんな注目の中でコノハ博士が話を始めた。

 

「明日から校内美化コンクールを開催するのです」

 

 サーバルがかばん特製のミートボールを飲み下してからかばんに訊ねる。

 

「ねぇねぇ。それってなあに?」

「ええと……」

 

 かばんが説明しようとしたところに、後ろに控えていたミミ助手が一歩前に出てから説明を始めたのでかばんは出番がなかった。

 

「校内美化コンクールとは各学年の各クラス対抗で、それぞれの教室をどれだけ綺麗に出来るかを競うものなのです」

「生徒会主催のイベントなのです。期限は明日から三日間なのです」

 

 大体の趣旨はわかった。

 けれど1年生は入学式からまだ間もなく、イベント事をやるにはまだ時期尚早でもあるようにも感じられる。

 目下新入生の興味は部活をどうするのかについてだ。

 校内美化コンクールなんてイベントを被せたところであまり身が入らないのではないか。

 だがコノハ博士とミミ助手にもこの時期にイベントを行う理由があったのだ。

 二人は一通り校内美化コンクールの事を説明し終えたあと、しゃがみ込んで教卓の下でヒソヒソ内緒話を始めた。

 

「ふっふっふ。この校内美化コンクールで生徒会にスカウトする新入生を見つけ出すのです」

「さすが博士。優秀な新入生を生徒会に入れて我々は楽をさせてもらうのです」

 

 言って二人してニッシッシと笑い合う。

 雑事の多い生徒会の仕事をこなせるだけの素養をもった人材の発掘が校内美化コンクールにおける真の目的である。

 巻き込まれた2年生と3年生には気の毒だが仕方あるまい。なんせ校内美化は決して悪い事ではないのだから。

 二人が教卓の下から再び顔を出した時には見事にポーカーフェイスを装っていた。

 

「そんなわけで我々は皆の健闘を期待しているのです」

 

 コノハ博士は締めの一言の後にミミ助手を伴って帰って行った。

 残された1年生達はポカーンである。

 しばらくしてそれぞれに雑談へ戻り始めたが、その反応は大きく分けて二つに別れた。

 一つは何も起こらなかったとしてそれぞれの話題に戻るグループ。

 もう一つが校内美化コンクールについて話すグループである。

 

「ねぇねぇ。やっぱり生徒会長ちゃん達……モフモフ具合がとてもよさそうだよね」

 

 で、そのどちらにも属さないのがともえ達であった。

 

「あ、でもね、かばんちゃんのほっぺもすっごい触り心地いいんだよ!」

「ほほう……。どれどれ……?」

「さ、サーバルひゃん……遠坂ひゃん……」

 

 思わぬサーバルの言葉にともえが乗っかり、二人してかばんのほっぺたをムニムニしてみる。

 なるほど、これは絶品だ。

 かばんのほっぺをムニムニしたままともえは考える。

 

「さっき校内美化コンクールって生徒会主催って言ってたよね?」

「でふね」

 

 ほっぺをムニられたまま答えたかばんの肯定にともえはさらに考える。

 生徒会主催……という事は生徒会から何かご褒美的な物がでるかも……?と。

 

「生徒会からのご褒美……例えば、生徒会長さん達をスケッチさせてもらえる権利とか!!」

 

 勝手な発想の飛躍であったが、ともえは目を輝かせた。

 

「つまり校内美化コンクールで頑張ったら博士と助手が何か一つ言う事聞いてくれたりするのかな!?」

 

 とサーバルもともえに乗っかって来た。

 かばんだけが「(いや、そんな事はないんじゃないかなー……)」と思っていたがほっぺをムニられたままでは指摘できない。

 だが、サーバルの言葉を聞きつけたクラスメイトが勝手に盛り上がり始める。

 

「え!? つまり校内美化コンクールで一位になったら生徒会から豪華景品が!?」

「いやいや、生徒会権限でどんな願いでも一つ叶えてくれるらしいよ!」

 

 噂に尾ひれはつきものだが、物凄い勢いで根も葉もないデマが育とうとしていた。

 

「こうしちゃいられないや! アタシ、萌絵お姉ちゃんにも報せてくるー!」

 

 しかもともえが物凄い勢いで別クラスにまで噂を広めにB組の教室へ行ってしまった。 

 残された1年A組の生徒達は打って変わって校内美化コンクールに盛り上がりを見せる。

 

「じゃあさ、じゃあさ! 皆で校内美化コンクール頑張って豪華賞品をゲットしちゃおう!」

 

 サーバルが言うと、それにクラスメイト達の「「「おおー!!」」」という返答が返ってくる。

 変な盛り上がり方になった事にかばんだけがおろおろするのであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 噂が噂を呼んですっかり大きくなり、その日の放課後には既に学校中に広まっていた。

 それは萌絵がいる1年B組の教室でもそうだったし、1年C組の教室だって例外ではない。

 でもって放課後の1年C組の教室では彼女が密かな野望を燃やしていた。

 

「ふっふっふ……。ついに……ついにっ!! アライさんの時代が来たのだぁああああああっ!!」

 

 アライグマのフレンズであるアライさんは放課後の教室で吠え猛る。

 

「おー。アライさーん。すっかり調子に乗っちゃってるねぇ」

 

 小さくパチパチ拍手をするのはアライさんの幼馴染であるフェネックだ。

 アライさんがこれ程にテンションマックスになっているのは校内美化コンクールが原因である。

 

「アライさんはなんだかんだでこういうの得意だもんねぇ」

「そうなのだ! アライさんはなんでもピカピカにしちゃうのが得意なのだ!」

 

 アライさんはお掃除や洗濯についてはどういうわけか一級品の腕前を持っている。

 校内美化コンクールという舞台はまさに独壇場というわけだ。

 

「なぁなぁフェネックー。フェネックー」

「んー? どうしたんだい、アライさーん」

 

 もう既に校内美化コンクール優勝を勝ち取った気分のアライさんはもうニヤニヤしっぱなしだ。

 上機嫌で何を言うのかと続きを待つフェネック。

 

「生徒会の豪華賞品ってなんなのだー?」

「さぁー? それはわかんないよ」

 

 フェネックも校内美化コンクールの賞品が何なのかは分からない。

 むしろそんなものが本当にあるのかと疑ってすらいる。

 ただ、アライさんがやる気を出しているのだから水を差す事もあるまい。

 

「多分、お金がかかるような物ではないと思うんだよ……。そうだねぇ……例えば……」

 

 フェネックは考える。

 アライさんのやる気を削がないけれど生徒会が実現できそうなちょうどよい予想を。

 

「分かったのだ!」

 

 だが、フェネックが答えを考え付くよりも早くアライさんが声をあげた。

 

「ほうほう。一体それは何なんだい?」

 

 アライさんはえっへん、と両手を腰にあてて胸を逸らしながら続ける。

 

「それは生徒会に代々伝わるジャパリ女子中学のお宝なのだ!」

「なるほどー。さすがアライさん。明後日の方向に全力疾走だねぇ」

 

 フェネックとしては「代々伝わる宝だったら、イベント事の賞品にするわけがないし、生徒会以外の人に渡すわけがない」とツッコミを入れる事も出来た。

 もちろんそんな事をするわけがなかったが。

 フェネックはこう思っていた。

 アライさんに着いて行けば面白い事が待っている、と。

 だから今回もどんな面白い事に出会えるかワクワクしてしまっている。

 アライさんはフェネックの手を取ると高らかに宣言した。

 

「ジャパリ女子中学のお宝はアライさんがいただくのだ!」

 

 こうなったアライさんは止めようと思ったって止められるものではない。

 もちろん止めるつもりはないフェネックはいつも通りに……いや、少しばかりの期待を込めて返事した。

 

「はいよー!」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 一夜明けて明くる朝。

 アライさんとフェネックの二人はいつもより早めに通学路を往く。

 校内美化コンクールに向けて1年C組の教室を磨きあげるつもりだったのだ。

 

「んふふー。他のクラスよりも先に教室をピッカピカにしてやるのだ!」

 

 ずんずん進むアライさん。もう前しか見ていない。

 なので、フェネックだけが気が付いた。

 少し後ろを二人の生徒が同じように登校しようと歩いている事に。

 黒髪で少し癖っ毛のヒトとサーバルキャットのフレンズのようだ。

 

「(んー? 確かあの二人って……A組の星森さんだっけ?)」

 

 入学式でも随分と仲良しの二人だったから、フェネックの印象にも残っていた。

 後ろを歩くかばんとサーバルの二人をフェネックは肩越しに振り返って見る。

 するとある事に気が付いた。

 二人とも大きめの荷物を提げている。

 手提げのビニール袋に入った何かのようだが一体何だろう。

 サーバルが二つ、かばんが一つを持っているが大切そうに運んでいるから崩れたりしたらまずいものだろうか。

 

「(あぁ、なるほどー。あの二人もライバルってわけね)」

 

 フェネックは何となくその中身を予想出来た。

 そして、後ろを歩く二人もきっと早くに登校して校内美化コンクールに向けて何かをするつもりだろう事も。

 他クラスの生徒であるから校内美化コンクールではライバル同士というわけだ。

 

「(まぁ、お互い頑張りましょーって事でいいかぁー)」

 

 フェネックは別に後ろを歩く二人の事をアライさんに告げる事はしなかった。

 かばんとサーバルの二人は荷物を慎重に運んでいるせいかそのまま先行して学校へ到着。

 

「それじゃあ、張り切ってピッカピカにしてやるのだー!」

「おー」

 

 アライさんとフェネックの二人は一番乗りの教室で早速準備を始める。

 フェネックが掃除用具入れのロッカーから道具を取り出している間にアライさんが水汲みに行ってくれた。

 

「うーん。本格的な掃除は放課後にするとして、目立たない隅っこのホコリとかそういうのを掃除した方がいいかもねぇ」

 

 フェネックは一人C組の教室で取り敢えずの作業内容を考える。

 アライさんは勢いで今朝早くに登校してきたはいいものの、具体的に何をするかまでは考えていなかったのだ。

 皆が登校してくるまで時間もない事だし、机を移動させたりする大がかりな清掃よりも窓の桟など細かい部分を清掃した方がいいように思えた。

 ともかく、アライさんが水汲みから戻って来るまでには準備してしまおうとフェネックは掃除用具を選んでいく。

 と、その時。

 

「お邪魔しまーす!」

「お、お邪魔します……」

 

 先程通学路でも見かけたサーバルとかばんの二人がやって来た。

 

「あれ? A組の星森さん達だよね? どーしたの?」

 

 フェネックは「?」マークを浮かべる。

 彼女達も校内美化コンクールの為に朝早く登校して来たのであれば他のクラスで油を売っている暇などないはずだ。

 けれど、サーバルはフェネックのところまでやって来ると逆に訊ねる。

 

「あ、よかった。C組の人だよね?」

「うん、そうだよぉー。私はフェネック」

「そっかそっか! じゃあフェネック、これお願い出来る?」

 

 サーバルは背後に隠れたかばんを促すようにする。

 おずおずとサーバルの背から出て来たかばんはその手にしたものを差し出して来た。

 

「(これってさっき星森さん達が運んでたもの……だよね)」

 

 かばんの手にあったのはフェネックが予想した通りの物だった。

 それはスイートピーの花が植えられた鉢植えだった。

 きっと校内美化コンクールの為に家から持って来たのだろう。

 確かに花があれば教室に彩りが増える。

 けれど、どうしてそれをわざわざC組の教室へ持ってくるのだろう?

 

「ねえ。これは?」

 

 フェネックはこれをC組の教室へ持って来た意味を訊ねる。

 けれど、サーバルには質問の意味が正確に伝わらなかった。

 

「えっとね、これね、かばんちゃんとノナ母さんが育ててたの。綺麗だから教室に飾ったらどうかなーって」

「おー……。確かに綺麗だねえ」

 

 なるほど、鉢植えは手入れが行き届いているのかスイートピーが見ごろに咲いていた。

 けど、訊ねたかったのはそうではない。

 

「いやぁー。でもさぁ、これ、C組の教室に置いちゃっていいのー?」

 

 せっかく育てたのなら校内美化コンクールの為にもA組の教室へ置くべきだ。

 そもそもその為に持って来たのではないだろうか。

 けど、サーバルはあっさりと言った。

 

「A組とB組の分ももう置いて来たから!」

 

 なるほど、それで手荷物が三つだったわけだ。

 ただ持って来たかばんとしてはその後のお世話もあるから手間が増えてしまう事も危惧していた。

 

「も、もしかしてご迷惑でしたか……?」

「ううん。そんな事ないよー。とっても綺麗だから嬉しいし」

 

 フェネックとしても別に断る理由はない。

 ここまで育っていれば水やりをするくらいでしばらくは花を楽しめるだろうし、敵が塩を送ってくれるならありがたく受け取っておこう。

 かばんは育てた鉢植えが褒められて真っ赤になっていた。

 

「よかったね、かばんちゃん」

「う、うん」

 

 言いつつ二人してA組の教室へ戻って行く。

 フェネックはそれを小さく手を振りながら見送った。

 

「おおっと、さっさと準備しないとね」

 

 フェネックが手早く掃除用具を準備したところでアライさんも戻って来た。

 

「ただいまなのだー」

「おかえりー」

 

 バケツに水を汲んで来たアライさんは早速教室に増えた鉢植えに気が付いた。

 

「おお? おおおお!? どうしたのだ、コレ! ふわぁああ……キレイなのだぁ、いい匂いなのだー……」

 

 ぐるぐる鉢植えの周りを回りながら観察するアライさん。

 

「それね、A組の星森さんが持って来てくれたんだよー。B組とC組にもどうぞ、って」

 

 それを聞いたアライさんはショックを受けたようにしばらく動きを止めた後にワナワナと震える。

 

「アライさんは……! アライさんは……ッ!!」

「んー? どうしたんだーい? アライさん」

 

 フェネックは慌てる事なくアライさんを見守る。

 アライさんは思う存分ワナワナした後に言い放った。

 

「アライさんは恥ずかしいのだ!」

「ほぉー? その心は?」

「アライさんはC組の教室さえよければそれでいいと思っていたのだ……!」

 

 そこまで聞いてフェネックもアライさんが何を言わんとしているのかを理解した。

 

「なるほど。C組の教室をピッカピカにして差をつけようと思っていたところに、A組の星森さん達からこんな綺麗な鉢植えを贈られて自分達だけの事しか考えてないって恥ずかしくなったわけだ」

「それなのだ!」

 

 自分の言いたい事を見事に言い当てられたアライさんはフェネックに詰め寄る。

 

「その点、ホシモリサンはエライのだ! 『適材適所』なんて中々出来る事じゃないのだ!」

「おー。アライさんはまた難しい言葉を覚えたねぇ。だけど、それを言うならきっと『敵に塩を送る』だと思うよー」

「そうとも言うのだ!」

 

 突拍子もないアライさんの言い間違えが分かるのはフェネックぐらいのものである。

 

「アライさんも……アライさんもホシモリサンみたいに敵に……敵に……」

「敵に塩を送る、ね」

「敵に塩を送れるフレンズになりたいのだ! でもってみんなで学校をピカピカにして、その上でアライさんが一番になりたいのだ!!」

 

 アライさんはぐっと拳を握る。

 が……。

 

「でも、具体的にはどうしたらいいのだー?」

 

 と困った表情でフェネックに振り返る。

 

「そうだねぇ。差し当たってまずはC組の教室を綺麗にする事から始めたらいいんじゃないかなー?」

「フェネックぅ~。それじゃあホシモリサンみたいになれないのだ。C組だけ綺麗にしても敵に塩を送った事にはならないのだ。塩どころかお砂糖にすらなってないのだ」

 

 アライさんの中で塩と砂糖の価値がどうなっているのか若干心配になりつつも、そこは置いておいてフェネックは説明する。

 

「C組の教室をほったらかして他のクラスを綺麗にしたって本末転倒でしょー? だから敵に塩を送る前に自分の事をしっかりしようって事だよ」

「なるほど! まずアライさんは自分の足元をしっかりと固められるフレンズになるという事なのだな!?」

「そうそう。星森さんへの道は一日にしてならず、だよー」

 

 どうやら当初の予定通りに行きそうでフェネックも内心一安心だ。

 二人して朝早くの教室を掃除しはじめた。

 やはりアライさんは細かい部分の掃除も得意だ。

 普段なかなか手が行き届かない窓枠やドアの桟に溜まったホコリも濡らしたティッシュを細い棒の先につけてしっかりと拭き取って行く。

 その間にフェネックは窓ガラスの掃除を担当する。

 水で濡らして丸めた古新聞で水拭きした後に、別な古新聞でから拭きして仕上げである。

 この時に水分が残ってしまうと、ガラスに水垢のような乾いた跡がついてしまうので注意が必要だ。

 二人で作業しているとアライさんが話しかけて来る。

 

「なぁなぁフェネックぅ?」

「んー? なんだーい?」

「実はな。アライさん、水汲みに行ってる時にA組の子と友達になったのだ」

 

 なるほど、普通に水汲みしてくるよりも時間が掛かっていたのはそのせいだったか、と納得のフェネックである。

 

「お話したらな、その子も中々のお掃除上手さんらしいのだ!」

「ほほう。アライさんがそう言うなんて相当なものだねえ」

「そうなのだ! アライさんには敵わないまでもいいライバルになるかもしれないのだ!」

「で? その子はなんて子なんだい?」

「かばん、って言う子なのだ」

 

 ここでフェネックは「おや?」と思う。

 先程かばんとサーバルが持って来てくれた鉢植えをもう一度見てみると、鉢に入れられた土はしっかりと湿っている。

 きっと持ってくる前に水遣りをしてくれたのだろう。

 つまり、鉢植えにあげる水を汲んでくる時にアライさんと出くわしたのだろう。

 

「そうなのだ! アライさん、かばんの師匠になるっていうのはどうなのだ!?」

 

 名案を思い付いたというようにアライさんは言う。

 フェネックは一瞬何を言っているか分からなかった。

 

「つーまーりー! かばんにアライさんのお掃除スキルを伝授したらそれはホシモリサンへの第一歩なのだ!」

 

 なるほど、つまりアライさんはA組の生徒であるかばんに自らの知識を伝える事で敵に塩を送るつもりなのだ。

 けれど、ここでフェネックは一つ気が付いた。

 

「(もしかして、アライさん、星森さんとかばんさんが別人だって思ってる?)」

 

 だとしたら、ホシモリサンに心酔しつつ一方でかばんを弟子にするという話にも納得がいく。

 

「いいかもねぇ」

 

 フェネックはその間違いを指摘する事はしなかった。

 何故なら、また面白い事になりそうな予感がしていたからだ。

 まずくなりそうだったらフォローに入るつもりでもいたが、今度はアライさんがどんな事をするのか楽しみでもある。

 フェネックはいつもの微笑を浮かべると言った。

 

「それじゃあ放課後に、そのかばんさんに会いに行ってみようか」

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 放課後。

 アライさん達はいつもより念入りな掃除を終えた。

 各学年の各クラスもそれぞれに校内美化コンクールへ向けて熱の入った掃除に勤しんでいる。

 生徒会から豪華賞品が出るらしいという噂が一人歩きしているせいでコノハ博士とミミ助手の二人は焦っていたが、それは別のお話である。

 閑話休題。

 放課後の掃除が終わったところでアライさんとフェネックはA組の教室へ向かう。

 A組の教室は部活見学に繰り出した者もいるので人数は少なくなっていた。

 けれど、校内美化コンクールに向けてここからどうするかと話している者もいる。かばんとサーバルの二人も教室に残っていた。

 

「おーい、かばんー、サーバルー」

 

 アライさんは手を振りつつかばんとサーバルの元へ行く。

 

「あ、アライグマー」

「アライグマさん、こんにちわ」

 

 早速サーバルとかばんもアライさんに気が付いた。

 

「ちっちっち。アライさんは確かにアライグマのフレンズなのだけれども、アライさんと呼んでくれていいのだ」

 

 アライさんはカッコつけて指を振って見せる。

 そうしてからハッとする。今日はかばんに自らの掃除スキルを伝授しに来たのだった、と。

 それを思い出したアライさんは腰に手をあて胸を逸らして言う。

 

「いや……アライさんではなくアライ師匠と呼んでくれてもいいのだ!」

「えー? なあにそれー?」

 

 サーバルはおかしそうに笑う。

 急にアライ師匠と呼べなんて言われたってサーバルもかばんも話しが見えないだろう。

 ここでフェネックがこっそりとかばんに近づいて耳打ちする。

 

「アライさんはねー、鉢植えのお礼がしたいんだって。だからアライさんが知ってるお掃除のコツを教えたいみたい。だからアライ師匠、ってわけなのさー」

「ああ、なるほどー……」

 

 ようやくかばんもアライさんの言わんとしている事が理解出来た。

 フェネックはパッとかばんから離れてから言う。

 

「そうだ。私もフェネックでいいからねー。代わりに私もかばんさんって呼んでもいいよね?」

「あ、はい」

「うん! 私も! 私もサーバルでいいよー!」

 

 フェネックはアライさんが思い込んでいる『ホシモリサン』なる人物がかばんとサーバルの二人である事を内緒にするつもりでそんな提案をした。 

 だが、三人で盛り上がられるとアライさんも焦ってしまう。

 

「やっぱりアライさんもアライさんでいいのだー!」

「はい、アライさん」

 

 そんな様子にかばんも思わずクスリと笑ってしまう。

 そうしてから……。

 

「ボクもアライグマさん……じゃなかった、アライさんが知ってるお掃除のコツ、知りたいです」

 

 と告げるとアライさんも気がよくなったようだ。

 再び両手を腰に当てて胸を逸らすと「ふっふーん!」とドヤ顔である。

 

「でさぁ? アライさーん。何を教えてあげるつもりなのさー」

「そうだったのだ!」

 

 フェネックに促されて、アライさんも忘れかけていた本題を思い出した。

 アライさんは一度コホン、と咳払いするとかばんとサーバルに問い掛ける。

 

「二人とも。教室や廊下に付く汚れで一番多いのって何なのか知ってるのだ?」

 

 二人は揃って首を横に振る。

 

「答えは、コレなのだ!」

 

 アライさんは床の一点を指さす。

 その先には黒い線のような汚れがあった。

 

「コレはだなー、上履きなんかの靴底が床とこすれた時につく汚れなのだ」

「あぁ。いわゆるヒールマークってヤツだねぇ」

 

 フェネックが補足してくれたヒールマークとは靴底のゴムが床に強くこすれた時に出来る汚れだ。

 靴底のゴムが熱で溶けて床に線のようにこびりついてしまう。

 この汚れを取るには強く力を入れて擦らないといけないのだが、コレがまた大変だ。

 あまり強く力を入れ過ぎると白い跡がついてしまったりもするし、しかも汚れが取れずに広がってしまうケースだってある。

 

「それにだなぁ。ちょっと失礼するのだ」

 

 アライさんは机を動かす。

 そこには似たような汚れがうっすらと付いている。

 イスや机の足には接地面にゴム製の滑り止めが付いている。

 それが離着席時に床と擦れて似た様な汚れを生み出してしまうわけだ。

 

「これ、床用のクリーニングスプレー使っても取れないヤツって中々とれないよね」

「うんうん。モップで何回も擦ってるのに落ちないし」

 

 いつの間にやら、他の生徒達も集まってアライさんの言葉に耳を傾けている。

 

「そこで割と簡単に落ちる方法があるのだ」

 

 おおー、と集まった生徒達がパチパチと拍手する。

 

「それは……コレなのだ!!」

 

 アライさんが取り出したのはテニスボールだった。

 

「コレはさっきテニス部の皆さんからもう使わなくなった古いヤツをお借りしてきたのだ」

「ねぇねぇ、アライグマー。テニスボールでどうやって汚れが落ちるの?」

 

 サーバルが訊ねるのは誰もが知りたがっていた事だ。

 

「ふっふっふ。じゃあ床用のクリーニングスプレーをお借りして……」

 

 アライさんは霧吹きに入った床用のクリーニングスプレーをヒールマークにひと吹きする。

 

「ここまでは一緒だよねー」

「ねー」

「まぁ、見ているといいのだ」

 

 アライさんは使い古しのテニスボールでヒールマークの付いた床を何度か軽く擦って見せる。

 すると……。

 

「お、落ちてるー!」

 

 サーバルが驚きと共に叫んだ通り、黒い線は跡形もなく消えていた。

 しかも白い跡だって残っていない。

 

「なんでー!? どうしてー!?」

 

 サーバルの反応に気をよくしたアライさんは再び胸を逸らして答える。

 

「ふっふっふー。コレはアライさんのお母さんから教わったのだ。えーと……センイ…?が、どーのこーの? で、汚れが落ちやすいのだ!」

 

 どうやらアライさんは理屈まではよくわかっていなかった。

 いつの間にやらアライさんの持つテニスボールをかばんが観察していた。

 

「なるほど……テニスボールはタワシよりも目が細かいけれど雑巾やモップよりも目が粗い……。だから汚れが落としやすいのに擦り過ぎの白い跡も出来ないわけですか……」

「そう! そうなのだ! さすがかばんなのだー! 話が分かるのだ!」

 

 かばんが説明してくれたのでアライさんも思わず大喜びである。

 

「そっかそっか! スゴイよアライグマ!」

「ふっふっふー、ソンケーとケーイを込めてアライさんと呼んでくれていいのだ!」

「うん! スゴイよ、アライさん!」

 

 頑固なヒールマークが簡単に落ちてサーバルも目を輝かせた。

 

「さぁ、今まで取れなかった汚れも落としてピッカピカにしてやるのだー!」

「「「「おー!」」」」

 

 アライさんの号令に残ったA組の生徒達も気勢を返す。

 早速A組の生徒達は取れなかった頑固な汚れを落としにかかった。

 その姿を見てアライさんは満足そうに呟く。

 

「コレでアライさんもホシモリサンに一歩近づいたのだ……!」

 

 その呟きに当のかばんとサーバルの二人は「?」と首を傾げる。

 それは置いておいて、程なくしてA組の教室も頑固な汚れが落ちてピカピカに近づくのであった。

 

 

の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の  の

 

 

 翌朝。

 アライさんとフェネックの二人は再び一番乗りを目指して朝早く登校してきた。

 

「さぁーて、今日は校内美化コンクール二日目なのだ! 今日こそ完璧にっ! 完全にっ! ピッカピカにしてアライさん達が一番になるのだ!」

 

―ガラリ。

 

 アライさんが教室のドアを開けるとそこは……。

 

「あ、あれ……?」

 

 何と言えばいいのか。

 一言で言うと教室がピカピカではなくなっていた。

 昨日の時点では確かにピカピカに見えたのに。

 

「なんで……? どうしてなのだ?」

 

 教室に汚れがあるわけではない。

 むしろ昨日頑張って掃除したのだから綺麗だと言える。

 なのにピカピカしていないのだ。

 

「これは……どういう事なんだろうねぇ……」

 

 いつも的確な指摘をしてくれるフェネックも今日ばかりは呆然とするばかりだ。

 別に汚れているわけではないのにピカピカじゃない教室を見てアライさんは絶叫する。

 

「これは……これは……!! ピカピカドロボーなのだぁあああああ!?!?」

 

 後に『ピカピカ泥棒事件』と名付けられる事件の始まりであった。

 

 

―③へ続く

 

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