今を去る事1年前。
かばんは中学1年生になった時にセルリアンと遭遇してしまった。
放課後の校舎でサーバル、アライさん、フェネックと共にセルリアンに襲われてしまったかばん。
絶対絶命のピンチと思った時、謎のフレンズがセルリアンを一蹴してくれた。
その謎のフレンズこそが、後にクロスシンフォニーとなるかばんとサーバルの二人であった。
そんな初めてクロスシンフォニーになった時の昔話を聞いたともえ達。
夏休みももう残りあと少しである。
今日は夏休み最終日。
ここはルリ達が暮らす宝条家。
明日から二学期が始まるという日にあって宝条家はさらに賑やかであった。
「ふぇえぇええええ……」
「ほら、まだ宿題終わってないのはマセルカだけなんですから頑張って下さい」
大量の漢字書き取りドリルやら数学ドリルやらに囲まれてテーブルに突っ伏したのはマセルカだった。
その横ではセルシコウが宿題の面倒を看ている。
今日はこの場にセルシコウとマセルカとオオセルザンコウのセルリアンフレンズ三人組もやって来ていた。
もちろんルリとアムールトラもいるし、ユキヒョウとエゾオオカミもいる。
こちらはこちらで集まって夏休みの宿題ラストスパートだったわけだが、最後までゴール出来ずにいたのがマセルカであった。
なんせマセルカは全くと言っていい程夏休みの宿題に手を付けていなかったのだ。
そんな状況にセルシコウは深く嘆息する。
「迂闊でした……。マセルカは興味のない事にはとことん無頓着なのを失念していましたよ……」
「そうだよー。反省して」
「マセルカにだけは言われたくありません!?」
そんな状況に見守るアムールトラとエゾオオカミも苦笑を堪え切れない。
こちらの二人も昨日ようやく宿題の総仕上げが終わったばかりだ。
「まぁ、やらんわけにはいかんのやから頑張り」
「だな。俺らもやったんだからさ。マセルカなら本気だしたらすぐだぜ、すぐ」
「二人とももう終わったからってー!」
そうやって熱を上げるマセルカの前に麦茶の入ったグラスが置かれる。
「まぁまぁ。マセルカお嬢。愚痴言ってたって宿題は終わりゃあしませんぜ」
給仕してくれたのは宝条家で一緒に暮らす油壷のセルリアンことイリアであった。
蜘蛛のような手足を器用に使ってこうして雑事を手伝ってくれる。
で、もう一人(?)のセルリアンである蓑のセルリアンことレミィはといえばユキヒョウの膝に乗っかって寛いでいた。
ユキヒョウの周囲は和香教授が作った“パーソナルエアーコンディショナー”のおかげでひと際涼しいのだ。
「ユキヒョウー。マセルカも膝枕してー」
「宿題が終わったら思う存分してあげるから頑張るのじゃ、マセルカ殿」
残っている宿題の量からして「(当分先の事じゃろうな)」と思うユキヒョウである。
どうあってもサボれないと悟ったマセルカであったが、それでも本腰が入らない。
そんな彼女の向かいに座ったのがルリだ。
「ええと……どうしようか、セルシコウさん」
「お願いします……」
ルリの視線を受けてセルシコウが頷く。
一体何をするつもりなのか。
ルリの瞳に妖しい輝きが灯る。
「じゃあ……マセルカさん。宿題頑張って」
「は、はいっ!」
今までのぐうたらぶりはどこへやら、マセルカはがばりと身を起して宿題を再開した。
「ひぃいいん!? ルリー!? 手加減してぇー!?」
「これでもしてるつもりなんだけど……」
実はセルリアンフレンズ三人組は彼女達の世界にいる女王からの支配を逃れる為に、ルリを最上位個体として上書きしている。
なので、ルリがその気になれば彼女達三人に強制力のある“お願い”をする事だって出来る。
使う事はないだろうと思っていたけれど、マセルカのおさぼり防止の為とうとう出番が来たわけだ。
今、始めて使ったのでどうにも加減がよくわからない。やはり使うべきものではないかもしれないと悩むルリ。
「すみません、ルリ」
「ううん。マセルカさんが宿題終わらなかったら大変だもんね」
本意ではない事をさせてしまったのでセルシコウが謝る。
真面目に宿題を再開したマセルカを横目にセルシコウは話題を変えた。
「そういえば、ルリ。アチラはどうでした?」
セルシコウの言うアチラとは、オオセルザンコウの事である。
彼女はこのリビングにはいない。
「ああ。うん。菜々さんもカラカルさんもいるから平気だよ。もうすぐ終わるんじゃないかな」
―ガチャリ。
ルリの言った通り、オオセルザンコウの用事は終わったようだ。
リビングのドアが開いてやって来た彼女は色鳥東中学校の制服姿であった。
「どうどう? 丈もピッタリでしょ?」
「ま、ざっとこんなもんよ」
オオセルザンコウの後ろから菜々とカラカルが顔を出す。
オオセルザンコウはハクトウワシとの約束通り新学期から学校へ通う事になった。
今日はその準備を菜々とカラカルが手伝ってくれたのだ。
慣れない制服姿にオオセルザンコウはモジモジしていた。
その反応の方が新鮮に思える一同である。
「うむ。似合っておるぞ、オオセルザンコウ殿」
ユキヒョウの言葉にその場の全員がうんうん頷く。
「結局、ジャパリ女子じゃなくて東中学校にしたんだな」
エゾオオカミもオオセルザンコウが中学校に編入される話は聞いていた。
ただ、ジャパリ女子にするか色鳥東中学校のどちらに編入するかは最後まで悩んでいたらしい。
ちなみに学力十分なので、いきなり高校編入試験を受けるという選択肢もあったがそちらは早々に候補から外れたようだ。
「ああ。やはりマセルカが心配だからな」
とオオセルザンコウは宿題に熱を上げるマセルカの頭に手を置いた。
「ぶぅー……! 心配されなくたってマセルカ一人でも平気だよっ!」
「そういうセリフは一人でもちゃんと宿題を終わらせてから言うものだ」
そう言ってオオセルザンコウに頭を撫でられるマセルカ。
「そ、そう言うオオセルザンコウはどうなの!? 夏休みの宿題!!」
東中学校に編入を決めたオオセルザンコウは保護者であるハクトウワシを通じて夏休み中の課題を貰っていた。
「ああ。もうとっくの昔に終わったぞ」
そう言って見せてくれたのは中学2年生用の問題集である。
てっきりセルシコウと一緒の3年生へ編入するのかと思っていた。
「あれ? オオセルザンコウさんは2年生から編入にしたの?」
訊ねるルリにオオセルザンコウは頷いてみせる。
「ああ。いきなり3年生だとすぐに受験勉強とかで忙しいだろうから、とハクトウワシさんやヤマさんが勧めてくれてね」
と言うものの、マセルカは知っていた。
オオセルザンコウが中学2年生への編入を希望した大きな理由を。
「2年生からだと、ともえ達と同じ学年だもんねー」
「な……っ!?!?」
真っ赤になるオオセルザンコウの顔には“図星”と書いてあった。
そんな反応に思わずニヤニヤしてしまう一同である。
「そ、そんなわけあるか……! そんなんだったらジャパリ女子に入ってたよ!」
プイッとそっぽを向いたオオセルザンコウは用意していた言い訳を口にした。
これ以上追及するのも悪いかと思った一同は「そういう事にしておこう」と目配せしあう。
ゴホンと、咳払いするとオオセルザンコウはセルシコウと場所を変わった。
「さて、ここからは私がマセルカの面倒を看よう。言っておくが私はセルシコウ程優しくはないからな」
背中に怒りの炎が見えるような気がしてマセルカは助けを求めてセルシコウへ視線を送る。
が……。
「ええ、お願いします。実は私は昼から約束がありまして」
とセルシコウはあっさり席を立った。
「あれ? そうなの? じゃあお昼ご飯どうしようかな……」
とルリが思案する。
せっかく『グルメキャッスル』総料理長がいるわけだからお昼の相談をしようと思っていたが、出掛けるのではそういうわけにもいかない。
「ああ、それだったら実は俺も野暮用なんだ。お昼は遠慮するぜ」
と、同じくエゾオオカミも席を立つ。
もしかして二人してデートか!?と一同期待のこもった眼差しを向ける。
「言っておくけど、セルシコウと出掛けるわけじゃねーぞ」
とジト目になったエゾオオカミが言った。
「俺は何でかわかんねーけどセイリュウ様に呼び出されてんだよ」
青龍神社の神主であるセイリュウがエゾオオカミに一体どんな用事があるのか。
その内容はエゾオオカミにも知らされていない。
セルリアン絡みだったらエゾオオカミにだけしか声が掛からないのも不自然だし、一体何だろうとエゾオオカミも含めて全員が小首を傾げる。
それも不思議ではあるが、セルシコウの用事は一体何だろう。
「ちなみに、私はキンシコウのおうちにお呼ばれしちゃいまして。夏休みが終わる前にもう一度くらい手合わせしたい、と」
一同の視線を受けてセルシコウは用事の内容を打ち明ける。
既に目が「楽しみです!」と言わんがばかりに輝いていた。
その様子を見るに、どうやら本当に二人揃って逢引きというわけではないらしい。一同ガッカリとテンションが下がる。
「そうだ。悪いんだけど和香と私達の分もお昼はいらないわ」
そこにカラカルが言い出した。横の菜々も頷いている。
「実は私達も野暮用なのよ。ごめんね。夕ご飯までには戻れるから」
そういうカラカルの後ろから和香教授もやって来る。
「二人を連れてちょっとデートにね」
とウインクしてみせる和香教授だったが、全員「絶対嘘だ」と既に悟っている。
まぁ、何か言いづらい大人の事情ならば深くはツッコむまい。
「あんたねえ。そんな事言ってないで、ちゃんとアッチに送るデータは揃えたんでしょうね?」
「ああ。もちろんさ」
言いつつ和香教授はUSBメモリを掌で弄んで見せる。
今日は顔を出さずに自室に籠っていると思ったら何かの作業をしているらしかった。
「皆ごめんね。和香さんちょっと借りていくね」
菜々もそう言うが、残っているのはマセルカの宿題だけだ。
和香教授の手を借りる間でもない。
「それはそうと、出掛ける者はよいのか? もうすぐ11時になるぞ?」
とユキヒョウが指摘する。
時計は10時50分を少し過ぎたくらいだ。約束がお昼からだとするならそろそろ出掛けた方がいいかもしれない。
「そうだね。じゃあ留守を任せたよ」
言って和香教授がカラカルと菜々を伴って出掛けていく。
「では私も。すみませんがマセルカをよろしくお願いしますね」
続けて席を立ったのがセルシコウだ。
後を託された一同は力強く頷く。もっともマセルカだけはゲンナリしていたが。
「俺もそろそろ行くわ。セイリュウ様を待たせるわけにはいかねーもんな」
続けてエゾオオカミも立ち上がる。
「何かあったら連絡するんじゃぞ」
「そうそう! エミさんはクロスジュエルチームなんだから!」
ユキヒョウとルリがそう言って見送ってくれる。
セイリュウの呼び出しがどういう用事なのかわからないが、エゾオオカミ一人で手に負えないものだったら助けを求める事になるだろう。
「せやな。別にセルリアン絡みやなくてもいつでも手ぐらい貸したるわ」
言いつつアムールトラもソファに寝そべったまま招き猫のポーズである。
まさに猫の手だけど貸すよと言わんがばかりだ。
「おう。用事が終わったら一応連絡するわ」
そんな様子に苦笑しつつエゾオオカミも出掛けて行く。
数名がいなくなっただけで何だか寂しくなった気がする。
「ま、マセルカも野暮用が……」
「ないだろう」
とすぐにオオセルザンコウに止められるマセルカ。
何とか打開策はないかと悪知恵を働かせる。
「そ、そうだ! いいこと思いついた!」
と何かを閃いたらしい。
一同その考えを聞くだけ聞いてみるか、とマセルカの続く言葉を待つ。
「明日の始業式って金曜日じゃない?」
その通りだが、それがどうしたのだろう?
「だからさ! 宿題やったのに忘れちゃったー!って言えば土曜日と日曜日は休みだからさ、月曜日まで宿題出さなくていいじゃん!」
どうだ名案だろう、とマセルカはドヤ顔である。
そして一同呆れ顔で「却下」と一蹴する。
「な、なんでー!?」
名案だと思っていただけにマセルカは不満の声を上げる。
そんな呆れた考えにセルシコウから監督役を引き継いだオオセルザンコウも深い溜め息を吐くと言った。
「スマンが頼む。ルリ」
「うん……」
ルリは二度目となる強制力のあるお願いを発動させるのであった。
の の の の の の の の の の の の の の
「ご、ごちそう様でした」
「は、はい。お粗末様でした」
青龍神社ではエゾオオカミと青龍神社の跡取り娘であるアオイが社務所のリビングで両手を合わせていた。
お昼時に呼び出されたエゾオオカミであったが、セイリュウからお昼に誘われたわけである。
で、セイリュウはといえば、準備があるから、と先に席を立って、残されているのはエゾオオカミとアオイ、それにコイちゃんの三人というわけだ。
ちなみに、今日のメニューは天ざる蕎麦でコイちゃんとアオイの共同制作だった。
とはいえ、エゾオオカミにはあまり味わう余裕がなかったようであるが。
「何で、そんな二人してカチコチしちゃってるの?」
とコイちゃんだけがいつも通りだった。
普段あまり来る事のない場所に来たエゾオオカミはもちろん、アオイの方も何故か緊張していた。
「あー……」
「その……あまり学校で接点がなくて……」
エゾオオカミとアオイは同じ1年生ではあるものの、接点といえばそのぐらいだ。
クラスも違えば部活でも接点がない。
片やアオイは学年イチの優等生。エゾオオカミの方は勉強が得意ではない。
今まであまり会話する機会すらなかったのに、いきなりお昼をご一緒といってもどう接していいやらお互いに戸惑っているというわけだ。
「コイちゃんは嬉しかったよ。ホワイトタイガーちゃんとシロちゃん達は昨日で夏休みの宿題終わったから今日は来ないし、少し寂しかったんだぁ」
3年生の先輩でもあるコイちゃんにそう言われれば、エゾオオカミも少しは緊張が解けるというものだ。
「せっかくだからこの機会に仲良くなっちゃったら?」
コイちゃんが言うようになれるかどうかはともかく、二人してギクシャクしていても居心地がお互いに悪いだけだ。
会話ぐらい試みても悪い事はないだろう。
アオイは意を決して何か会話のキッカケになるだろうかと口を開く。
「え、ええと……ご趣味は……?」
「ってお見合いか」
即座にエゾオオカミがツッコミ返す。
アオイの方はすぐにツッコミ返されて次の言葉を探して慌てていた。
そんな姿を見るとエゾオオカミの緊張も少しばかり和らいだ。
「あー。あれだ。アオイってこの前の期末テストで学年1位だっただろ? なんか俺なんかが話しかけていいのか不安になっちまってさ」
「ふっふーん! でしょ。アオイちゃんは自慢の妹だからねー」
エゾオオカミは会話の糸口を求めてとりあえず自分の胸中を話す。それでどうしてコイちゃんがドヤ顔しているのかはわからないが。
成績優秀者という事で上位10名は校内掲示板に貼り出されたから、アオイが1位を獲ったのは全校生徒が知っている。
「ええと……エゾオオカミ…ちゃん? ……はどうでしたか? 期末テスト」
せっかく会話の糸口をくれたのだ。アオイはその話題を続ける事にした。
「俺か? 俺は下から数えた方が早いくらいだったぜ」
と肩をすくめるエゾオオカミ。
「その……ご両親に怒られたりは……?」
「いや、中間テストよりも順位を上げたって褒められたくらいだった」
エゾオオカミは親指を立ててみせる。
テスト勉強をルリ達と一緒にさせてもらった効果もあってエゾオオカミにしてはいい結果を出せたらしい。
「いいなー。コイちゃんは平均より上だったから怒られはしなかったけどー」
「コイちゃん姉さんは今年受験なんですからもう少し頑張って下さい」
「またピンチになったらアオイちゃんに教えてもらうからいいもーん」
言ってコイちゃんはアオイに抱き着いていた。
すりすりされて、アオイはしょうがないなぁ、というように嘆息する。
「しょうがないですね……後でまた勉強看ますから」
「やったぁ」
「(普通、逆じゃね?)」
そうしてアオイとコイちゃんの二人に仲睦まじい様子を見せつけられるとエゾオオカミはツッコミの言葉を胸中に留めざるを得なかった。
ただ、これで何となくアオイが成績優秀な理由の一端が分かった気がする。
「アオイは3年生の勉強も分かるって事か?」
「ええ。全部というわけではないですが、コイちゃん姉さんと一緒に勉強してましたから」
つまり、アオイはコイちゃんと一緒に勉強してる間に、勝手に予習済みだったというわけだ。
多分1年生の勉強内容も2年前に一度コイちゃんと一緒に予習してしまっていたという事だろう。
「なんか、アオイってスゲーんだな」
「でしょでしょ」
感心するエゾオオカミにやっぱりドヤ顔になるのはコイちゃんであった。当のアオイは赤くなっている。
「べ、別にコイちゃん姉さんの事はずっと面倒看るって決めただけですから」
とそっぽを向く。
言った後、アオイはもちろん、コイちゃんまで何だか照れた様子を見せる事にエゾオオカミはおや?と思う。
そして、ふと夏休み前から囁かれている噂を思い出した。
「そういやぁ、二人って付き合ってるんだっけ」
ついつい出てしまったさり気ない惚気に、エゾオオカミもついポロっと本音が出た。
本人を前にして言う事ではなかったかと思ったが、アオイもコイちゃんも二人して照れてはいるがイヤそうな様子がないので問題はなかったらしい。
しかし、こういう様子を見ているとエゾオオカミにも思うところがある。
「(どうしてあんなに噂になるのか、少しは分かる気がするぜ)」
エゾオオカミ的には他人の色恋なんて何が面白いのかよくわかっていなかった。
が、こうして現物を前にすると、なんで皆があんなに熱を上げるのか分かるような気がする。
「あー……うん……なんだ。ご馳走様だぜ」
ただ、エゾオオカミはこういう時になんと返していいかわからない。
取り敢えず思い付いた事を返したところ、アオイにジト目を向けられた。
照れ隠しが多分に含まれていた行動だったが、アオイの口はさらに反撃に転じる。
「そ、そういうエゾオオカミちゃんはどうなんです?」
どう、とは?
そうエゾオオカミが返す前に、皆がいたリビングに巫女服姿のフレンズがやって来た。
青龍神社で代々巫女を務めるコイちゃんの母である。
「エゾオオカミ様。準備が出来ましたので拝殿へおいで下さい」
コイちゃんが大きくなったらこんな感じだろうなーという美人さんなのだが、その人がすっかりお仕事モードに入っているのだ。
その場の全員が気圧されてしまう。
なので、エゾオオカミの恋話へ雪崩れ込む事はなかった。
「お、おう。じゃあまたな、アオイ。コイちゃん先輩」
そう言ってエゾオオカミは社務所を出て拝殿へ向かう。
前をしずしずと先導する巫女さんの様子を見ると、エゾオオカミは緩んだ緊張の糸が一気にピンと張りつめていた。
今、エゾオオカミは正式な招待客としての扱いを受けているのだ。
そんな大人と同等の扱いを受けるのは初めてで緊張と戸惑いは最高潮に達している。
こんなもてなしを受けてまでされるセイリュウからの話とは一体何なのか。
「さ。エゾオオカミ様」
巫女服姿のコイちゃんのお母さんは拝殿への扉を開けると一礼した。
―ゴクリ。
思わずエゾオオカミは固唾を飲んでしまう。
意を決して拝殿の中へ歩みを進めると背後で扉が閉まった。
「(ゲームのラスボス戦とかか……?)」
そう思ってしまうエゾオオカミだ。
中にいたセイリュウはこちらに対して横向きになっている状態だ。
なんで横向き? とエゾオオカミは最初疑問に思ったがすぐに合点がいった。
神様を祀る本殿に背を向けるわけにはいかないのだろう。
なので、とりあえずセイリュウの前に回るエゾオオカミ。
どうやら正解だったようで、セイリュウは微かに笑みを見せてから座布団を勧めてくれた。
「よく来てくれました。まずは楽になさって下さい」
楽にしろ、と言われても素直に足を崩すわけにはいかない。
とりあえず座布団に正座するエゾオオカミ。
さて、いよいよ本題に入るのだろうか。
セイリュウもエゾオオカミの前に正座して向き合うと話を始めた。
「さて。エゾオオカミさん……。実は今日お呼びだてしたのはあなたに頼み事があったからです」
「頼み事?」
オウム返しにするエゾオオカミにセイリュウは一つ頷いてからこう続けた。
「いえ。この場合はこう言った方がいいかもしれません。あなたに依頼があるのです。木の実探偵エゾオオカミさん」
木の実探偵とはエゾオオカミがやっている探偵ごっこだ。
商店街ではそこそこ有名で、エゾオオカミが木の実1個を報酬に子供達の困りごとを解決するというものである。
しかし、まさか大人からの依頼とは思わなかった。しかも青龍神社の主であるセイリュウから。
ますますどんな依頼なのかとエゾオオカミは戦々恐々としてしまう。
そんな中で、セイリュウは神主服の袖から二枚のお札を取り出した。
その二枚をスッ、とエゾオオカミの前へ置く。
「(あれ? これ、お札じゃない)」
目の前に置かれたそれはよくよく見れば何かのチケットのようであった。
そのチケットにはこう書かれていた。
『わくわくプールランド招待券』
と。
これは一体全体どういう事なのだろう。
エゾオオカミは説明を求めてセイリュウを見た。
「はい。実はこの『わくわくプールランド』は今年の夏にオープン予定だったレジャー施設なんです」
セイリュウ曰く。『わくわくプールランド』は色鳥町に新しくオープンする予定であった総合レジャープール施設だった。
ところが、この夏にヨルリアン事件があったものだから、その復旧の影響でオープンが延期されたという事情がある。
で、遅れに遅れた『わくわくプールランド』であるが、とうとうこの夏休み明けにプレオープンまで漕ぎつけたわけだ。
「このチケットは明後日の土曜日に使えるプレオープンの招待券になります」
エゾオオカミは思う。
どうやらセイリュウが『わくわくプールランド』のプレオープンに招待してくれているらしい事は分かった。
振り返って思い出してみると、せっかくの夏休みなのにあまり遊びに行っていない。
夏休みの間にやった事と言えば、商店街の手伝いに『グルメキャッスル』の手伝い、それに……。
「(あと、セルシコウと稽古だったか)」
そう思い出すと、エゾオオカミは目の前のチケットが二枚である事にあらためて想いを馳せる。
多分、誰かを誘って来いという事なのだろうが、エゾオオカミともう一人となるとこれがまた難しい。
候補的にはルリ、アムールトラ、ユキヒョウの三人。若しくは近所で仲もいい商店街仲間のキタキツネやギンギツネという手もある。
ただ、その中から一人だけを選ぶとなると、如何にも具合が悪い。
候補から外れた子からは羨ましがられてしまうだろう。
「(いやいや、まてまて。そもそもこの『わくわくプールランド』へ行くのが“依頼”ってのはどういう事なんだ)」
考えが先走ってしまったエゾオオカミは気を引き締め直す。
なんせ依頼主はあの青龍神社のセイリュウだ。
その依頼だって一筋縄では行かない内容だろう。
戸惑うエゾオオカミを見てセイリュウは説明を続ける。
「実は、この『わくわくプールランド』のプレオープンにはアオイとコイちゃんに行って貰う予定になっているのです」
と、セイリュウはさらに追加で二枚の招待券を示して見せた。
そして少しばかり困ったように眉を寄せてセイリュウは続ける。
「その……アオイとコイちゃんにはこの夏休みにあまり遊ばせてあげられなかったので、この機会に少しは羽根を伸ばしてもらおうかと……」
「は……はぁ……」
まだ話が見えなくてエゾオオカミは生返事を返す事しか出来ない。
「しかしですね。親としてはこう……なんといいますか……中学生らしいお付き合いが出来ているのかどうかが気になるわけなんですよ」
そんなセイリュウの言にエゾオオカミは思う。
アオイに限ってはそんな心配はないんじゃないだろうか、と。
なんせアオイは学年イチの秀才だ。
アオイとゆっくり話をしたのは今日が初めてだったがエゾオオカミはそう思っていた。
そんなエゾオオカミの想いを置いておいて続けるセイリュウ。
「かと言って、親が出張っても二人の仲が進展しないかもしれませんし……」
「いやいや……セイリュウ様……。二人にどうなって欲しいんだよ……」
一方でアオイとコイちゃんの仲が深まる事を望み、もう一方でそれを憂う。親心というものも中々に複雑なのかもしれない。
「だって、アオイが二学期デビューとかしちゃったらどうしたらいいんですかっ!?」
「大丈夫だ、セイリュウ様。……もう始業式は明日だぜ。今から二学期デビューは間に合わねーから安心してくれ……」
若干の呆れと共にエゾオオカミは嘆息した。
セイリュウもコホンと一度咳払いをし、居住まいを直してから“依頼”の内容を告げる。
「木の実探偵エゾオオカミさん。貴女へ“依頼”したい事はこっそりとアオイとコイちゃんの様子を見て来て欲しいのです」
なるほど。
セイリュウ自身が見守るわけには行かないから、探偵にお願いしようというわけだ。
「それならなんで二枚も招待券が?」
エゾオオカミの前に差し出されている『わくわくプールランド』の招待券は二枚もある。
「それは、やはり一人よりも二人の方が目立たないでしょう?」
確かに、こっそりアオイとコイちゃんの二人を見守るならば、一人でいるよりは二人の方が何かと便利かもしれない。
「(さて……どうするか……)」
エゾオオカミはそこまで聞いて腕を組み考える。
まず依頼としてはハッキリ言って簡単だ。
正直アオイとコイちゃんがそうそう行き過ぎるような事は無さそうに思える。
だから一応見守りはするが、そうする必要もあまりないだろう。
一方で、この“依頼”を受ければ『わくわくプールランド』で遊ぶ機会が得られる。
“依頼”を受ける方向へエゾオオカミの天秤はかなり傾いていた。
「そして、“依頼”である以上は報酬が必要でしょう」
そんなエゾオオカミを畳みかけるべくセイリュウが合図を出す。
すると、巫女服姿のコイちゃんのお母さんが再び現れた。
神棚から恭しく三方を一つ取って来る。
三方とはわかりやすく言えば、お月見の際に月見団子を乗せるアレだ。
コイちゃんのお母さんはその三方をやはり恭しくエゾオオカミの前へ置いた。
三方の上には和紙が引いてあり、さらにその上に一つのドングリが鎮座している。
これは一体? とエゾオオカミはセイリュウへ視線をやった。
「これは青龍神社の御神木に成った実に私が祝詞を捧げました」
「へぇ……」
手を触れていいものか躊躇されるので、エゾオオカミは取り敢えず眺めるだけに留める。
だがそれでも分かる事はある。
「シラガシの木の実だな……」
「さすが木の実探偵ですね」
どうやら青龍神社の御神木はシラガシだったらしい。
エゾオオカミが木の実の特徴から種類を言い当てた事に感心しつつセイリュウは続ける。
「これを育てていただければよい守り木になるかと」
由緒正しい青龍神社の御神木から頂いた苗木となれば霊験あらたかな気がするエゾオオカミだ。
『わくわくプールランド』で遊ぶ事が出来る上にちょっと豪華な報酬まであるとあってはエゾオオカミに断るという選択肢はなくなった。
「セイリュウ様。この依頼引き受けさせてもらうぜ」
エゾオオカミの宣言にセイリュウもニコリと笑みを返す。
そうなったら、考えなくてはいけないのはパートナーとして誰を連れて行くかだ。
腕を組んで考え込むエゾオオカミ。
しかし、あちらを立てればこちらが立たず。
中々いい候補が思いつかない。
そこに、セイリュウがコホンと咳払いしてから独り言のように呟く。
「あー。『わくわくプールランド』のアトラクションには運動神経がかなり要求されるものも多いそうですー。そういうのに長けた子ならより楽しめるかもしれませんねー」
「運動神経か……。ともえ先輩……?」
一番に思いついたのがともえだったエゾオオカミだったが、セイリュウはガクリと肩透かしを食らったようになっていた。
まるで「違うでしょー!?」とでも言いたげに両手をぶんぶんしている。
「ほら……。調査に行くのはプールなわけじゃないですか。もちろん水着なわけでいつも通りの装備なんて持ち込めないわけですよ」
セイリュウの様子はわたわたしていたが、言っている事には一理あるような気がしないでもない。
エゾオオカミは続きを待つ。
「つまり、いざという時には無手でも問題に対処できるような人物が適任なんじゃないでしょうか?」
そうなると……。
エゾオオカミの脳裏に一人の候補が浮かび上がった。
「そうだ! キンシコウ先輩なら適任じゃねーか!?」
セイリュウは寸でで「おしいけど違う!?」という言葉を呑み込んだ。
「いや、でもキンシコウ先輩と二人で出掛けられるかって言われるとな……」
どうやらエゾオオカミは考え直したようだ。
セイリュウはホッと一息を吐く。
「そうだ! プールだったらマセルカの独壇場じゃねーか!」
セイリュウは「だから惜しいけどそうじゃない!?」と叫びそうになって喉元でそれを呑み込む。
エゾオオカミとしては名案だ。
マセルカならば水中活動だって得意だから色んな場面に対処できる。これ以上の適任はいないように思えた。
が……。
「ま、マセルカさんは宿題終わらせられるでしょうか? 終わっても疲労困憊になっているかもしれませんよ」
とセイリュウから待ったが掛かる。
確かに今日の様子を見るに、セイリュウの言う通りな気がしてくる。
悩むエゾオオカミはどうしてセイリュウがマセルカの様子を知っているのかに考えが及ばなかった。
ならどうしよう、と悩むエゾオオカミにセイリュウは呆れつつも言ってしまう。
「もうセルシコウさんでいいんじゃないですか」
言われて「おお」と手を打つエゾオオカミである。
確かにセルシコウならば運動神経も抜群だし何かあった際にも頼りになる。それに普段から二人で稽古だってしてるんだから今さら二人きりになったって遠慮するような間柄でもない。
「さすがセイリュウ様だぜ! ありがとうな!」
問題が解決してエゾオオカミは立ち上がる。
「い、いえいえ。お役に立てて何よりですよ」
セイリュウは内心でホッと一安心である。
意気揚々と依頼を受けて立ち去るエゾオオカミを笑顔のままで見送って、扉が閉まるのを確認後数十秒が経ってから……。
「「よしっ!!」」
セイリュウはコイちゃんのお母さんと二人でガッツポーズである。
そうしてから、神主服の袖口から携帯電話を取り出して目当ての相手へ電話を掛けた。
「ええ。こちらは予定通りに。それではそちらも抜かりなく」
電話の相手は『了解』とだけ返して通話を終了した。
―②へ続く