嘘です。途中で力尽きました。でもちょっともったいない気がしたので、お試し投稿。投げっぱなしです。
シェルビー・アニムスフィア。
そんな名前の男が魔術師の運営する国連所属組織であるカルデアにいる。
フィニス・カルデアを創立した魔術師アニムスフィア一族の次男で、年齢は45歳。金髪を七三分けにして唇の上にちょこんと髭を生やした男だ。恰幅がいいと言うよりも締まりがない見てくれで、きょろきょろと周囲を見ている目が彼の臆病で落ち着きのない内面を表している風采の上がらない男だ。
話してみると一見したままに臆病で、ついでにお人好しな人格がありありとわかる……そんな男だ。
いい歳をしているが、若手のカルデアのスタッフにも大体から侮られてしまっている。そんな風な男でもある。
そんな彼の役職は副所長。実は席次で言えばカルデアの№2だ。カルデアの創始者の弟という事で、その役割についた……まあ、縁故採用だ。事実、決して有能というわけではなく生まれてきた家の力だけでその椅子に座っている。上からも下からもカルデアの全ての職員がそう思っており、であればそれは事実という事だ。
そんな程度の男だから、彼は所長である兄が亡くなった後も所長にはなれずに姪に席を奪われている。せいぜいが二十歳そこそこの小娘に、だ。
しかも、それを屈辱にも思わずにへこへこと姪に頭を下げながら、相も変わらずうだつのあがらない仕事をしている。つまらない男だと誰も彼もが侮っている。
そんな彼は今日も姪っ子の後ろについて、ハンカチで汗を拭きつつひいひい言いながら何とかかんとか仕事を熟していた。
情けない男、能のない男、みっともない男。そんな風にカルデアの中でも外でも、彼を知るものは大体がそんな風に噂しているが、本人はそれをどう感じているのか誰にも言わないままに日々を勤めている。
「マリー、予定のマスターはどうにか揃ったよ。スカウトが随分と強引な真似をしたようなので謝罪をする必要があるだろう。それは私がしておくけれど、君からも配慮はしておかなければならないと思うよ」
そう言うと、マリーと呼ばれた彼の姪は不本意そうな顔をした。マリー……オルガマリー・アニムスフィア。父から後を継いでカルデア所長に就任したばかりだ。少女からようやく脱しようとしている年齢の若さで細い肩に一つの組織を背負っている重い立場である。
周囲の噂通りなら二人の間は険悪なものであるはずだが、不思議と二人の間はそんな空気は漂っていない。
「謝罪? 私が一般枠採用のマスターに?」
「それは私がすると言っただろ? ただ、君は彼女に配慮をするべきだ。相手は魔術を名前でしか知らない素人だそうじゃないか」
「今更素人相手に、魔術のイロハから教えろと言うの?」
「それは他の誰か……私がやってもいいさ。ただ、その子が素人だからといって侮った扱いをしてはいけないよ。淑女として当然の礼節に満ちた態度で迎えてほしい。他もよかったけれど、マナーだっていい成績だったろう?」
「わかっています。全く、叔父様ときたら私がワインを嗜むようになっても変わらず子ども扱いなんだから」
叔父と姪の関係としてはいたって良好そうな会話であり、空気が二人の間では交わされている。
シェルビーにとっては兄の娘であり、自分と血が繋がっているのかどうか怪しいほどに美しく育ったと思っている自慢の少女だ。身内の欲目全開なのは理解しているが、波打つ豊かなシルバーブロンドといい、白皙の面差しといい、きっと真っ当なカレッジにでも進学すればミス・コンで不動の一位を在学中常にとり続けていたに違いないと叔父は確信している。
そんな彼女の面倒を、身内としてなら幼い頃から最もみてきたと自負している彼は、父親代わりに他ならない。
彼女の実の父親……つまりシェルビーの兄がどうにもそちら方面では頼りにならないと言うよりも関心がない男であり、せっかく生まれた一粒種に対する態度は無碍ではないが、一線を画すものであった。そして彼女の母親は……実はシェルビーもよく知らない。彼は一時期、進路が原因で家族との関係を断っており、その間に義理の姉に当たる人物が現れて兄は結婚し、姪は生まれ……彼と出会う前に消えていた。
一体何があったのか、彼は全く知らない。知らない内に身内が二人現れ、そして一人は消えていた。
おかげで、自然と彼は姪の面倒を見るようになっていた。兄が大変な時に家を飛び出してすまないと言う気持ちもあり、同時に写真も残されておらず顔も知らない義姉に申し訳ないと言う気持ちもある。それらの二つを合わせた以上に、姪に対しての申し訳なさとどこか無機質な態度の兄に任せてはおけないと言う憤りもあった。
幸い、彼等の生家は代々続いている名家であり金銭的な余裕もあったおかげで人を雇う事は出来た。オルガマリーは何不自由なく暮らし、教育もきちんと受けることが出来た為に実際にシェルビーがした事は大したものはなかったが、せめて精一杯の愛情は示してこられたと思う。
「子ども扱いくらいはさせてほしいモノさ。私は子供のいない独り身だよ。可愛い姪を甘やかすくらいは許してほしいね」
にこやかに笑う、つまり二人の関係はそんなものだ。
「それにしても、一般枠のマスターにそこまで気を遣えと言うの?」
「一般枠のマスターだからだよ、マリー。忘れてはいけない。君たち魔術師にとってカルデアのマスターになるのは名誉であるのかもしれないが、世間から見ればそもそも魔術師なんてのは頭がおかしくて怪しいオカルティストの集まりにすぎないんだからね。実際にその通りだし」
姪の頬がひきつるのを理解するが、これだけは理解してもらいたいと彼は思う。
「今のところ、このマスターは怪しい組織に誘拐された哀れな被害者のようなものだと思うよ。我々加害者側以外はそう思っているだろうさ。報告書はできるだけオブラートに包んでいるけど誤魔化しきれていない」
「……叔父様はやっぱり魔術が嫌いなのね」
「嫌いだね。マリーには悪いがこればかりはどうしようもない……私は魔術師が人道も社会の義務も放棄して“ ”だかに躍起になっているのがひどくつまらなく見える。何よりも、そんな何の役にも立たない魔術師の癖に社会を維持している真っ当な人々を見下して、時には当然の顔をして食い物にしているのがひどく気に食わない。人類の未来に貢献すると言うカルデアでなければ、たとえ兄の頼みでも私は関与を断っていたよ」
「…………」
「私はどこまで行っても凡人で小市民でしかない。当たり前の道徳と倫理から逃げられないし、離したくもない。そして魔術師は私のような奴を凡俗だなんだと言って見下すものだろう? ……そりゃあ相性が悪いさ」
「私も魔術師よ」
オルガマリーは拗ねた目で叔父を見上げた。そうすれば、彼が何を言うのかはっきりわかっていたから。
「私にとって君はオルガマリーだ。魔術師だなんだと言うよりも前に、兄の娘で可愛い姪なんだよ。魔術師であろうとする君はそれを嫌がったり怒ったりするのかもしれないが……私にとってはそうなんだ」
「……別に嫌じゃないわ。あなたの姪であるのは」
オルガマリーにとって、叔父のスタンスにはいろいろと言いたいところはあってもなお、叔父が隣にいるのは心地よかった。彼は自分に対して裏も表もない誠実な愛情を与えてくれている。それはひょっとしたら、世間一般の家庭の親子関係よりも豊かではないかと思えるほどに叔父は姪を大切に思っている事を誰憚る事なかった。
魔術師というのは、叔父の言うとおりにろくでなしの人でなしである。
その人でなしの娘として生まれ、人でなしになるべく教育を受けたオルガマリー・アニムスフィアはそれでも……人として美しい感情の元に育まれて今まで生きていたと断言できる。
まあ、年頃の時期に反抗期を迎えたりもした事はあったがそれはどこのご家庭でも普通にある事らしいから問題はないだろう。その際に相当に辛辣な口をきいて、大の男である叔父が非常に落ち込んでいたのはまあ……なかった事にしてほしい。
「できないからね!? あの時は随分と傷ついたし悩んだんだよ!?」
「それはまあ……大人なんですし、子供の反抗期くらいは笑って流してほしいわ」
オルガマリーが澄まし顔でそう云うと、叔父はわざわざ声に出してとほほ、などと言った。自分よりも遥かに年上で頼りがいがなくてはならないはずの叔父の情けない姿に、しかしオルガマリーは居心地の良さを感じる。
彼女は、叔父に頼りがいを求めてはいない。シェルビーにとっては大いに不本意だろうが、姪が叔父に求めているのは居心地のいい癒される空気だった。
自分の周りには、鋭い棘が多すぎる。
自分の言動がそれを助長しているのは自覚しているが、それでもなお……と思う。これは周囲には受け入れられない自分の甘えであり、我がままだ。だからこそ、それを受け入れてくれたり時には困り顔で嗜めてきたりする叔父が、オルガマリーにとっては唯一の拠り所だった。
父親は魔術師であり、それ以外の何者でもない。
愛情を向けられていたのかどうかさえ自信が持てなかった。
対して、この朴訥が過ぎるほどの叔父から自分は愛情を向けられているとはっきり実感できる。いつまでも子ども扱いが抜けない所は正直に言えば直してほしい所ではあるが、同時に大人扱いされすぎるのもよくはないので……結局はまだまだこれでいいのだろう。
「それじゃあ、本当に頼むよ? くれぐれもね。それから、何か嫌な事があったら必ず私に言うんだよ?」
「……やっぱり、そろそろ扱いを改めてほしいかもしれないわね……」
どうかしたのかと聞きとがめる叔父の尻を叩き、次の仕事へと向かう。
この時、彼女は同じ手で話題に上がっていた一般人へと平手打ちを敢行する事になるとは思ってもみなかった。
「本当に申し訳なかった!」
変わった人だなぁ。
落ち着いてから、藤丸立夏が抱いた印象はそれだった。
藤丸立夏。御年十八歳、国籍は日本人の少女である。どこかの血でも混ざっているのか随分と濃くて明るい茶髪が特徴、性格からくる明るい雰囲気が持ち味だ。
友人たち曰く、一度決めると決して譲らない頑固さとしぶとい性格こそが持ち味だとの事。当人は失礼な話だと憤慨しているが、彼女以外は付き合いが長いほどに頷いている。
ただ、友人を初めとする近しい相手にはかなり本気で神経内に鋼線が入っていると噂されている彼女も時には落ち込むことがある。もしくは気が動転して混乱する事もある。
ある日、たまたま目に付いた看板に引かれて献血したら何やら大騒ぎでスカウト? されてあれよあれよという間によくわからないまま国外に。
そもそも自分はパスポートなど取った覚えもない、修学旅行も国内でした。それでどうやって出国できる? というよりも、密室に閉じ込められたまま空輸されて(まさしく荷物扱い)たどり着いたのがどこの国かもわからない。
ただ、飛行機から降ろされて最初に見たのは一面の雪景色であったので相当に北なのだろうと辺りをつけただけだった。というか、猛吹雪だったので景色もへったくれもなかった。
「ふざけるな、人殺しッッ!」
適当に放り出されて思わず叫んだのは無理もない。というか、展開がスピーディーすぎる。両親は知っているのか、自分は誘拐扱いされていないか、そもそもこれ、本当に誘拐じゃないのか!?
喚き散らしたいが既に誘拐犯たちはどこぞへと姿を晦ましており、寒さのあまりにその余裕もなく必死になって雪山を指示された方向へと駆け回る。正直、腹が立ってあえて逆方向へと行ってやろうかなどと考えなくもなかったが、問答無用の寒さに負けて無謀な勇気は出せなかった。それと、落ち着いてから思えば雪原というのは雪に隠されて落とし穴のようになった崖とか突き出した雪庇なんかもある。それはどこでも共通だ。
街中でも時には気が付かずに踏み抜いてしまい大事故に繋がるような危険地帯に彼女が踏み込まずに済んだのは、おそらく指示に従ったからだろう。
だからと言って、感謝するほどに阿呆にはできていないのはもちろんだ。あの時のしつこいスカウト、次に出会った時にはどんな仕返しをしてくれようか。
その辺はさておき、どうにかたどり着いた場所で出会ったのは……何のための施設だかよくわからない巨大建造物だった。山肌を抉ったような場所に作られているそれが何かはさっぱりわからなかったが、人が暮らすことを目的にしているようには素人目にも見えなかった。吹雪のせいで全貌はよくわからないが、そこらのビルでは到底追いつかないくらいに大きくて、生活感もない。自分の知る乏しい知識の中から直感的に判断すると、何かの研究施設だろうか?
それにしても、こんな雪しかないような辺鄙なところに巨大な建造物など自分のシチュエーションも含めてまるで映画の様だ。すると、自分はヒロインか?
阿呆な事を考えているのは寒さの為だろうから、必死になってそこを目指す。幸いにも途中でおかしなトラップもなく(ハリウッド映画の見過ぎ?)スムーズに入り込んだら……何やら妙な機械的アナウンスが流れ、シミュレーションだかをさせられ……どうも、そのまま意識を失って廊下に放り出されていたらしい。
様々に疲労もあるが、そのシミュレーションとやらは慣れないと脳に負担をかけるんだとか。
その前後の扱いと全部まとめて、とことん人権舐めてんのか。
放り出されていた自分を見つけたリスだか子犬だかにも見えるよくわからないゆるふわな生き物と、片目が隠れた独特のヘアスタイルをしている少々年下の女の子……多分に日本人ではなく白人。マシュ・キリエライトというらしい彼女は自分を攫ってきた悪の組織“カルデア”の一員であるらしいが、事と次第を自分から聞くと素直に謝罪してきた。その後に合流してきた緑のコートにシルクハットのもっさりした頭の男性も同じく謝罪してきた。
さて、それで何もかもを水に流すのはどうかと思うが問題行動を起こしたのは彼等ではない。
そのくらいの分別はつくくらいに頭が冷えた彼女だったが、そのまま連れていかれた先でまたしても理不尽に出会う。なんだか演説している女性……自分と同い年程度の気位が高そうな……手の甲を口にやって高笑いをしそうな感じの人の前で再び意識を失い、居眠りと思われてそのまま平手打ちを食らって追い出されてしまったのだ。女同士とは言ってもひどい話だ。
何よりも、立夏が意識を失ったのはカルデアのシミュレーションとやらのせいである。ついでに、体力的にもいい加減に限界だったのだから彼女に非はない。
そんなこんなで我が身に降りかかった理不尽を嘆いていると、後ろから声がかかる。振り返れば金髪にちょび髭の太ったおじさんが冷や汗をかいて開口一番謝罪をしてきた訳だ。
「あの……どちら様?」
日本語が通じている。そう言えば、さっきの二人も壇上の女性もそうだった。
「……私はシェルビー・アニムスフィア。ここの副所長をやっているものだ。そして、まあ……先ほど君の頬に鮮やかな平手打ちを食らわせた子の叔父でもあるんだ」
思わず顔をしかめた藤丸に再度平謝りのシェルビー。許してほしいものである。
「いや、本当に済まない! 彼女もここのところは何かとピリピリしていてだね……」
「それ、私に関係ないしそもそも拉致されてきているんですけど? 私」
「拉致ぃ!? もしかしてグレーゾーン突破しちゃったのぉ!?」
素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねる男だが、そんなふざけた真似をしたところで彼らの所業が認可されるわけもない。彼は平ではなく副所長である。
「何をやってくれとんじゃあ、ハアァァァァリィィィリリリィイイイイイイ!」
ハリー・茜沢・アンダーソン。日本の寺社仏閣をめぐる趣味を持っているらしい、藤丸をスカウトした人物である。もちろん、スカウト先の詳細なんぞろくに語っていない。
「あ、あいつらはいっつもかっつも好き放題して、挙句にいつもいぃっつも私に尻ぬぐいをさせるんだ! お前らのせいで私の常用する胃薬の量がどれだけになったと思っている!? 毛生え薬じゃないからまだいいじゃないですか? 知るかコンチクショー!」
これが中間管理職の悲哀という奴なのかな~、とそれまでの不満不平を一切合切呑み込めてしまうくらいに彼の言動は悲哀に満ちている。
「……すまないね、取り乱したよ。なんというか……魔術師というのはほんっとうにどうしようもないロクデナシの屑揃いでね」
「最近身をもって知りました」
「ごめんよぉ……」
あまりの情けなさに毒気を抜かれた少女だった。ここまでの対応とは一転した副所長殿の応対は落としてあげると言う、ある意味詐欺の手口の見本のような気もするが……
ともあれ、お詫びの意味も込めて彼は藤丸を彼女の部屋に案内する。なんでも、マスター用の部屋は最後の空き室なので間違いないらしい。
の、はずなのだが……向かった先には白衣の男が先客として部屋の中央に立っていた。ズボンを半分下ろしながら。
「君は誰だ!? ここは僕のさぼり場だぞう!?」
「それはこっちのセリフだよ! あなた何者!?」
何しろ彼女はれっきとした女性である。それもうら若いをつけてしかるべきなお年頃だ。ズボンを半分下ろした男が待ち構えているなど、控えめに言っても痴漢行為以外の何物でもない。
「何者って……どこからどう見ても健全なお医者様じゃないか!」
両手を大きく広げて主張する自称医者の男に危機感よりも苛立ちを感じてしまった藤丸の後ろから、ひどくおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「ほおう……健全なお医者様とやらは十代のお嬢さんに割り当てられている部屋でズボンを下ろしているのかい……というか、君のいるべき場所はここじゃないよねぇ……この時間……なあ、ロマニ・アーキマン……」
「げぇっ!? 副所長!? あなたこそどうしてここに!?」
「彼女を案内しに来たに決まっているだろう! それよりさっさとズボンを上げないか、セクハラサボタージュドクター!」
……帰りたい、と切実に願ったのは性別年齢立場の何もかもが違う二人揃ってだった。
「……なんで我々はここでのんびりケーキなんぞを食べているんだ?」
「まあまあ、ここは新人さんの歓迎という事で一つ」
愛想笑いをしている男の名前はロマニ・アーキマン。年齢は三十前といったところで顔立ちは整っているが、全身から発する緩い雰囲気のせいでどうにもそう言った印象がない。それでも不思議な事にカルデアの医療部門トップである。
年齢にしても見てくれにしても、とてもそうは思えないのだが事実だ。なんかの間違いだろ。
はあ、と息をついたくなるのも無理はない。そもそも彼は副所長として仕事がまだまだ残っているのだ。藤丸に謝罪に来たのは少ない時間を無理やり捻出しただけの結果だ。こんなところでお茶をしている時間など全くない……ズボンを下ろしていた男と女性を二人きりにするのは紳士としてあり得ないと思ったからまだここにいるだけだ。
「……すぐに次の仕事が待っている。ロマニ、君もすぐに来るんだよ? 藤丸君はここで少し心身を休ませておいてくれ。何かあれば私の方から知らせるよ。それと……こちらの都合に合わせてもらって申し訳ないが、落ち着いたら私の方からできる限り説明はさせてもらうね。本当に、今回はこちらの無茶に付き合わせてしまって申し訳なかった」
はあ、とため息をつく姿がやたらと板についている。
「いえ、まあ…お疲れ様です?」
「……ありがとうね。できれば、なるべく早く君が実家に帰れるように私の方で手を打ってみるよ。不幸中の幸いというか、ここの所長の不興を買ってしまったしね。意外とスムーズにいくと思うよ……あ、皮肉じゃないから、コレ」
言い方が悪かったね、と慌てるこの男はどうにもお人よしらしい。さっきロマニを叱りつけた時もちっとも怖くはなかった。人がいいのと気弱そうなのが前面に出ている。こんな男であれば、少しは信用してもいいのかなと藤丸が思った時、ロマニの腕時計から少々間の抜けた感じのアラームが聞こえてきた。通信機も兼ねているのか、男性の声が聞こえてくる。
何を話しているのか藤丸にははっきり聞こえなかったのでよくわからなかったが、どうやら用事が出来たらしい。
「どうしよう……ここからじゃ五分はかかる」
「こんな処でさぼっているからでしょ」
何が何だかわからないが、おそらくさぼっていたのが原因なのだろうと辺りをつけた藤丸は冷たい目線で答えるのみである。とんでもないものを見せられた仕返しも兼ねていた。あんな格好を見せられて、紅茶とケーキ一つで流すほど安い女じゃないのである。
「いやあ、厳しいなぁ……副所長、僕も行きます。このままじゃ所長に叱られるネタが増えるんで、できれば一言きいてもらえたらなぁ……なんて……」
「ふう……紅茶一杯、ケーキ一つ分くらいならね」
などと言って、彼がそそくさと丸い背中を見せながら部屋から出ようとしたその時……突如、轟音が響き世界が揺れた。
「地震!?」
そう言ったのは、世界最大の地震国家在住の日本人である。
だが、違う。巨大なアラームと共に室内が警告灯で真っ赤に染まり、館内アナウンスが現在の状況を教えてくれた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。ただいま中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました』
「!?」
『中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避をしてください。繰り返します、ただいま中央発電所及び……』
それを聞いて、顔が青ざめるを通り越して真っ白になった男がいる。娘同然の大事な姪が中央管制室付近にいるだろうシェルビーに他ならない。
「マリー……」
その瞬間、彼は副所長としてではなくて一人の叔父として走り出した。
「マリィィィイィイィッ!」
どたどたと足音をたてて、もっと運動しておくんだったと鈍間な足を情けなく思いながらも必死に駆ける。
どこかで隔壁の閉まる音がする。非常アラームの音がやたらとうるさい。その中を駆けながらもシェルビーは自分の体への不平不満を腹の中でわめき続けている。
自分の息する音がうるさい、わき腹が痛い、ああ、こんなことならもっと運動しておくんだった。どうして自分はこんなに足が遅いんだ? こんなにのんびりとしていて、マリーの危機に間に合わなかったらどうするんだ!
彼はあえて危機、とだけ思った。具体的な何かは一つも考えなかった。考えたら、どうしようもなく不吉な何かを呼び寄せてしまいそうだったからだ。
「ああ……」
中央管制室にたどり着いた彼が見たのは、がれきの山だった。
濛々と立ち込める煙、顔に吹き付ける耐え難いほどの強烈な熱気、火の粉のはぜる音、全てが向こう側の惨劇を彼に教えている。
シェルビーはそこに行くのを躊躇した。ただただ怖かった。
事故現場に行くのが怖かったのではない。行った先に、取り返しのつかない惨劇が待っているのが怖くて怖くて仕方がなかったのだ。
「ええいっ!」
だが、そんな逡巡をしている余裕等ない。下らない想像に怯えている間に、本当に取り返しがつかなくなったらどうすると言うのか!
「副所長!」
足を踏み出した彼の背中に、少女の声がかかる。振り返った先には、先ほど別れたばかりの拉致被害者がいる。
「藤丸君!? 君、避難しなかったのか!?」
「ええ、ついついやってきちゃいましたよ! 素人が口出しするところじゃなさそうだけどね! ついでにロマンは発電所に行きました!」
「いや、ついって……」
「さっきから救助もなさそうじゃないですか! ここがどこでなんなのか未だによくわからないけど、そうそうレスキューが来るような所でもないんでしょ!? なら、猫の手でも貸しますよ!」
「……」
真っ当だった。
思わず彼が危機感を忘れて呆けてしまうほどに真っ当だった。人間としてどうしようもないモノばかりの魔術師ばかり見てきたせいで、こういう人道に基づいた考えがいやに新鮮に思える。
「わかった、だが二次災害の犠牲になるのだけは容認できないよ。君も君でわが身を第一にしなくてはならない。こんな処で君に何かあったら、それこそご家族に顔向けできないにも程がある」
「それ、人を誘拐した悪の組織の二番手が言えた義理じゃないですよ」
くすり、と笑ってくれたおかげで少し余裕ができた。
「違いない。では、悪の組織としては似合わないところだが人命救助を行うよ。私は向こう、君はあっち。その内隔壁が閉まるから、アナウンスには注意して、いざとなったらともかくここから避難するんだ。いいね」
「はい!」
こういう場合はともかく指示を出すことだ。言う方も言われる方も素人だが、指針を出さなければ何をしていいのかわからない。はて、マニュアルがあったはずだが何と書いてあっただろうか? 内容が全く思い出せない。
「マリー!」
声を上げた。
お願いだから、返事をしてくれ。そんな切なる願いで煙に喉を傷めながらもひるまずに声を張り上げる。
だが、現実は無常だ。彼の願いは世界にとって目にも止まらないほどにちっぽけだ。
「あ……」
息も絶え絶えになって咳き込みながら走り続けた彼の得た報酬は、姪が立っていたはずのエリアが丸ごと消し飛んでいる無残な惨劇の現場だった。
「ああ……」
ふらふらと……ふらふらとそこまでたどり着くや否や、彼は膝をついた。いや、膝から力が抜けて自然と四つん這いになってしまったのだ。まさに、心が折れたのだ。
そのまま、彼は自分の意識が遠くなっていくのを刹那の間に感じ取った。
でも、もうそれでいいだろうと思ってしまった。諦めてしまった。
そのまま彼の意識は暗闇の中へと吸い込まれるように消えていった。
どこかの何かの中に沈み込んでいった彼の魂が再び水面へと浮かび上がってきたその時……彼には希望がない。
彼が突き付けられるのは、さらなる絶望の上乗せだった。
シェルビー・M・ペンウッド。
昔、そう呼ばれていた男がいた。
英国の裕福な家に生まれて、結構な激動の時代の中で育ち、言われるままに、生まれた時にはもうできていたレールのままに親の仕事を継いで、同じように親の仕事を継いだ友人に振り回され、その友人が自分よりも先に死んだ後は、友人の子供に振り回されて生きて、そしてその内に死んだ。
別段才気溢れる訳ではなく、風采がいいわけでもなく、生まれがいい家でなければ、きっとうだつが上がらない人生しか送れなかっただろう……一言でいえばつまらない男だ。いや、名家と言われる裕福な家に生まれても、結局彼はうだつを上げる事が出来たとは言い難い。
家の看板に守られていても、大したことはできなかった。そんな程度の男だ。
まあ、いてもいなくてもだからどうしたと言う……そんな程度なんだろう。ただ、できれば自分の身内にぐらいはそうじゃないと言ってほしい……そんな男が、世の中にはいたのだ。
少なくとも、そう思っている男はいる。もっとも、その男にとってもシェルビー・M・ペンウッドという男の実在はもはや怪しいものだと疑いつつもあった。
自分がそう呼ばれていた過去を持っていると言う、それ自体を彼はいい加減に怪しんでいる。ありていに言ってしまえば、自分は頭がおかしいのではないのかというかなり深刻な危機感を抱いてもいる。
いや……普通はそう考えるだろう?
自分が何かの生まれ変わりだなんて……流行遅れどころか時代遅れのオカルトじゃあ……ないか?
「ああああぁぁぁ! あああああっ!」
母音だけが気が狂ったような高音で繰り返される。自分の喉が張り裂けるように大きな声で叫んでいるが、ふとした拍子に頭のどこかでそんな言葉がイメージのように一斉に通り過ぎていった。
「あああああぁぁっ!」
「副所長さん!」
叫び続けている彼の肩を誰かが掴まえる。
「!」
「大丈夫ですか?」
芸のない言葉がかけられたが、それに文句を言うような捻くれた性根など持っていないシェルビー・アニムスフィアは息を呑んで我に返る。恐る恐る振り返ると、背後には今日会ったばかりの少女がいた。
「君は……なぜ、ここに」
「あんな声を聴いたら飛んできますよ! とにかくしっかりしてください!」
そうだ、彼女は自分についてきたんだった。ロマニは発電所に行ったんだっけ?
「……すまない。ちょっと……いや、嘘だね。かなり取り乱してしまったよ」
「無理もないです」
彼の顔は真っ青と形容さえできない程に青ざめている無残な有様だが、それでも立ち直った。彼の後ろには、この少女がいる。その責任感は彼を立ち上がらせるに足りた。
「……申し訳なかった。これから、せめて副所長としての務めを果たさなければならない」
「……無理はしないでくださいね」
「無理じゃないさ」
無理をして笑みを浮かべながら、男はそう言った。彼が彼である限り、他には何も言う言葉はない。
「いくら副所長だからって、今はそんな無理をしなくても」
「そうはいかないよ、藤丸君。私は副所長だ。死んだ兄が設立したから就いただけのポストだが、それでも能無しの私としてはせめて責任だけは果たさなけりゃならない」
ちらり、と彼の視線の先を見ていた藤丸が差し出した気遣いをありがたくは思うが、それを受け取る事は出来なかった。自分でも分不相応だとは思うが、それでも人の上に立っている以上は果たさなければならない務めがある。それを果たさない真似は出来なかった。
「なに、心配はいらないよ。私はこれでも君の倍以上は年を取っているんだ、そのくらいはできなくちゃ、生きてきた甲斐がない」
「……」
何か言おうとしてもうまく言葉にならない藤丸は、自分は間違いなく青臭い少女にすぎないのだと自覚した。どう舌を回しても陳腐な事しか言えそうにない。それでも何かを言おうとしたが、煙が漂ってきて咳き込んでしまった。
「これを口に当てたまえ。できれば濡らしたいところだが、さすがに無理だ」
なんだか高級そうなハンカチを渡される。生地が薄手なので高級感は溢れているが逆に頼りないのだが、文句は言えない。そもそも自前のハンカチを持っていない点に今更ながら自身の性別と年齢を省みて情けなくもなる。
「ありがとうございます……」
「こちらこそ、心配してくれてありがとう。それでは今度こそ手分けをしようか」
二人は分かれた。それが正しいのかどうか判断する為の知識がなかったが、とにかく一人でも多く助けられればと足掻く意思が彼らを突き動かす。
「大したものだな、あの子は……素人の少女がこんなシチュエーションで泣きもせず取り乱しもせずに人を助けようとするなんて……まるでハリウッドムービーだよ」
そんな事を笑いもせずにしょぼくれた顔のままで口にする。それは彼らしいと誰かが思うだろう。
「……マリー。私はそんな柄じゃないけど、出来る事はするよ。でも……できれば、今のこの私の事をひっぱたいて“勝手に殺すな”なんて言ってほしいんだ」
小さく上げた足は、鉛の靴を履いているように重たかった。その足を振り下ろそうとした時、機械音声のアナウンスが彼の鼓膜に届いた。
「!?」
それがきちんと脳に届いて意味を理解できるほど、彼は冷静ではなかった。ただ、その中で単語を一つだけしっかりと聞き取ることが出来た。
「……レイシフトスタート?」
シェルビー・アニムスフィアの意識は、そこで抵抗する事も出来ずにあっさりとブラックアウトをした。彼自身、何が起きているのかを一切把握する事は出来ないままだった。
「…………」
ぽかーん、と言うのが最も正しい表情だった。リンゴは無理でもミカンくらいは丸ごと入りそうな大口を開けているシェルビー・アニムスフィア副所長は、一体何がどうなったのか燃え盛る廃墟にいる。
「悪夢かな?」
呆然としながら口走ったのは現実逃避の一言だったが、意外と的を射ている。
意識を失い、気が付けば燃える廃墟にいるとは悪夢の一言以外の何物でもない。最も、彼が意識を失う前の居場所も火の海になった職場だったのだが。
「……いや、あれだ。冷静になろう。これは夢じゃない、現実だ」
首を振る。それだけで焦りは消えず、逆に周囲の熱が顔に当たって危機感が増した。焦っているのを自覚して、敢えて口に出して現状を把握してみる。
「あれだ、私はレイシフトをしたんだな。そう言えば、副所長だからとあまり重要視はしていなかったが私はレイシフト適正もマスター適正も人並み程度にはあった。ああ、ちなみにレイシフトというのはタイムマシンの事だ、大体そんなもんだ。ついでにマスター適正っていうのは喫茶店の経営がうまいって事じゃなくて英霊を召喚して使役する罰当たりの事だ、わははは! つまりあれだ、私は災害現場で一人バック・トゥ・ザ・フューチャーしているんだな! マイケール! ドーック!」
突然一人で叫んで笑い出す。脳の機能に問題があるのでなければ錯乱しているようだった。
「あー、もう! あー、もう! 一体何がどうなってんだよ!? 今日は厄日にも程があるだろ!? カルデアで大爆発が起きて!? 可愛い姪っ子がそれに巻き込まれたかもしれなくて!? スタッフ一同、どんだけ生き延びたのかもさっぱりで!? 私も私で見知らぬ国の見知らぬ街に放り出されて!? とどめにそこさえ火がぼうぼう!? どんだけ運が悪いのか、それとも誰かに喧嘩売られているのかい!?」
さんざんに大きな声を張り上げて地団太を踏むと、一転してしゅん、とする。言うだけ言って落ち着いたのだ。
「……マリー」
泣き出しそうな顔をして、丸っこい顔を歪めながらもなんとか顔を上げた。目に映るのは、絶望的で冒涜的な惨劇だった。
「まず……スタッフを探そう。ここがどこなのか、いつなのかはまだわからないがきっと日本だ。日本のふゆき、という街のはずだ。レイシフトの設定はそうなっていた。カルデアのスタッフがやったのか機械がやったのかは知らないが、生き残りをレイシフトでここに避難させたのであれば、きっと生き残りがいるはずだ。まずは彼らと合流するんだ」
声に出して方針を決定し、足を踏み出す。そして、足が地面に触れるよりも先にこう言った
「私しかいなかったらどうしよう……」
不安の塊である。
「さっきからさんざん喚いているのに誰も来ないし、人がいないのかなぁ……」
顔見知りどころか人っ子一人いない見知らぬ廃墟に放り出されて、それでも平気の平左でいられる程に彼の肝は太くないし冒険心に満ち溢れているわけでもない。シェルビーは肩を落として数歩だけ歩き、奇妙な音を聞いた気になって足を止めた。
「?」
街が燃える類の嫌な音と匂いばかりの中で、なんだか異質な音が聞こえた気がした。だが、火の粉が爆ぜる音以外はもう……聞こえてこない。
「気のせいかな? これじゃバック・トゥ・ザ・フューチャーじゃなくて何かのパニックホラーだよ、それもちょっと安っぽい奴」
怖くなってきて、それを誤魔化す為に独り言を呟く。それから気が付いたのは、声を上げれば誰かが気が付くだろうがいるかもしれない危険人物にも見つかるという事だった。
「……いかん、ホラーとか言ったら怖くなってきた」
顔を青ざめさせた彼は気が付いていなかったが、廃墟の陰からカルデアの制服が似合わない背中を見つめている影があった。
それは奇妙なものだった。影法師、とでも言えばいいのか? 真っ黒い影が三次元に起き上がっているような……そんな生き物だった。いや、生き物だというのも間違いであるかもしれない。
それはシェルビーが口にしたB級ホラーのように彼の背後に音もなく忍び寄る。影であれば重さもないのか滑るような動きは物語に出てくる悪霊の類としか見えない。そんな何かに付きまとわれていると気が付いていないシェルビーは、懐からハンカチを取り出して汗を拭こうとしたが藤丸に渡してしまったのを思い出した。
「ううん、悪童みたいだが袖で拭くしかないか。仮にも英国紳士としてあるまじき……」
そう言ってふと頭を傾げると視界の端に不吉なものを見た。気のせいかと思うのは現実逃避だと、彼の生存本能が警鐘を鳴らす。
「ど、どちら様で…しょーか?」
滑稽に見えるのはいい事なのか悪い事なのか。
おそるおそる、ゆっくりと振り向いたが……そこには誰もいない。肺を全て空にするつもりで二酸化炭素を吐き出すと、苦笑いをしつつ前を向いて笑みを凍らせた。
目の前に、黒い影がいたからだ。
「!?」
脳みそがそれらを理解する事も出来ないままにその影は大きく広がった。シェルビーの一瞬でパニックに陥った目にはそうとしか見えなかった。それが何を意味するのかは分からないが、とにかく怖いとだけ思った。認識ではなく理解ではなく、ただ子供が暗闇を恐れるように思った彼は叫ぶこともできないまま無抵抗に、奇妙な影に飲まれようとして……
「てぇやああー!」
間一髪で救われた。
何か……あるいは誰かが影に一撃を加えたらしく、それはシェルビーの目の前から一瞬で消え去った。
「は? ……ええと……助かったのかな? 私」
よくわからないが、危険な目にあってしまったが助かったらしい。状況を把握できない能無しでごめんなさいといったところか。
「ええ、その通りですわよ。叔父様」
「え?」
呆然自失の彼に届けられたのは、二度と聞くことが出来ないと思っていたはずの声だった。
「……マリー?」
「ええ、叔父様までここにきているだなんて思わなかったけれど……まずは、無事でなによ……」
「マリィィイイイッ!」
可愛い姪っ子が生きていた。
その事実を認識できた男は、涙と鼻水を垂らしてしがみつき、姪に張り倒された。
シェルビー・アニムスフィア。今はカルデアの副所長。
しかしてかつての職業は考古学者。知る人ぞ知る、その道では有名人だ。古代ブリテンの研究を専攻としており、様々な古代の遺跡を発掘している事で名が知られている。
博士号は持っていない。学閥というものを忌避している為だ。寄らば大樹を煩わしいと離れて生きる方がいいと思っている。だが、だからと言って偏屈であったり横柄であったりはせず、カルデア内で職員たちに認識されている通りに人となりはむしろ気が小さくてお人よし。真面目で世渡り下手、というのが彼を知る人間の変わらない評価であり、大体においてそれは正しい。
医者とか学者と言っても、実力だけでは生きていけない。政治力、というのは大げさではなく大は業界内、小は学校内、引いてはそれぞれの属する研究室内でも人付き合いと言うやつをうまくやっていかなければならない。そうでなければ、仕事そのものができなくなる。
何らかのドラマやなんかでもよくある話だが、例えばどこぞの教授が発表した出来のいい論文が実は下っ端の研究員が書いたものでした。ようするに手柄を取られただけ。かといって、そこに文句を言ったりしても誰も耳を貸してはくれないし、件の教授に潰されてしまい何事もなくその道ではお終い……他の道を生きようにも今更どうにもできずに……なんてよくある話が実際に存在する。
現実は、これでなかなかフィクションのように陳腐で救いがないのだ。
普通はそういうものだ。ところが前述のようにこの男、何とも奇妙な事に派閥に属していない。その癖、著名と言うのはどういうことか?
シェルビー・アニムスフィアには一つのあだ名があるのだ。
曰く、円卓に愛されている男。
彼は著書や論文から見ても、そして当人と会話をしてみても決して才走ったところはない。だが、不思議な事に彼が主導でここと目星をつけて発掘に行くと……決まって大発見がある。
古代ブリテンの……円卓の騎士やその伝説に関係する遺物に関しての発掘ならば、彼は他の追随を許さない。それまで彼以外には見向きもされなかったような外れ地域にふらりと足を運んでツルハシやスコップを振り上げれば、ひょいひょいと当時の遺物が現れるという、真っ当な考古学者であれば悪い夢……ないしは一度ならず夢想する冗談を、そのまま現実にして研究室に持ち帰ってしまう。
また、それら遺物の理解も冗談のようだ。
理屈も糞もなく、発掘された品をどこの誰がどう使っていたのか……それを彼はずばりと言い当てた。理屈も理論もなく“そういうものだ”と言ってしまった。
もちろん、そんなものを誰も認めない。
だが、研究が進むにつれて……彼の推論が正解だと認めざるを得ない、という事が繰り返し続いている。恐ろしい事に、確率で七割が正解であり、残り三割は結論を待っている状態となっているのだ。
幾つか間違いとされているものもあったが、それは解析者が間違えたと後に証明されるか、あるいは彼を妬んで貶めようとしただけという……早い話が、適当に今まで誰も見つけられなった遺跡を発見し、あてずっぽうにしか思えないほど適当に解析したら全て正解……そういうでたらめでいい加減な考古学者が彼である。
いったい何をどうすればこんな真似ができるのか、当人に聞いても要領を得ない。おかげで、権威を笠に着ての功績の横取りもできない。そもそも学閥に取り込むのも二の足を踏む。かといって、学界から追放するには功績が大きすぎる。
そんな過程を繰り返し、いつの間にやら彼は我知らずのままに業界において野放しの危険物のようになってしまっていた。
当人から見れば、はなはだ不本意な扱いなのは言うまでもない。彼からすれば、本業そっちのけで学閥争いなどをしている連中が勝手に騒いでいるだけなのだ。控えめに言っても、はた迷惑でしかない。
そうやって眉を顰めている彼についた綽名が“円卓に愛されている男”。
それを初めて聞いた際に、彼は思い切り頬をひくつかせ、然る後人のいないところを探しては声を大にして叫んだと言う。
「あんなロクデナシどもに愛されてたまるか! 腹立たしい上に気色が悪いわ! どこの悪党だ、そんなとんでもないあだ名をつけてくれたのは! ニ度生まれ変わってまで私にとり憑いてくるつもりか、あのはた迷惑どもめー!」
シェルビー・アニムスフィアにはあだ名がある。本人は仇名だと思っている。そして、秘密もある。
それは昔……彼の主観時間においては昔々の事ながら……二つの円卓に参加している記憶がある、という事実だ。
これは誰にも言っていない事実だ。
「お願いだ! お願いします! 私は、正直人理修復だとか、そんな御大層な事に実感はわかないし使命感も持てない。アニムスフィアの最後の一人としては噴飯物で、失格だろう。だが、どうか力を貸してほしい。私は、私の目の前で殺されたあの子の敵を討ちたい。魔術師なんて御免だと思っていて、魔力も指揮能力も何もない私だけど、私の前で殺されてしまったあの子は……あの子が泣いて助けを求めていたと言うのに、救えなかった能無しの私に、敵を討つ力をください!」
とまあ、こんな感じで。
ヘルシングの英国無双があの伝説の死後、FGOに転生したら? というお話でした。
改めて書くと、ヘルシングの円卓→Fateの円卓→アニムスフィアの次男になるが、魔術なんて知れば知る度関わりたくない→家を出たけど姪が出来ていた→会いに行ってみるかな……もっときちんと父親しようよ!? →FGO……
なんて流れです。
ブリテン時代はウーサー世代の生き残り。家系は騎士だが本人の能力、気質は文官。
円卓の騎士に抱いていた幻想を粉々に砕かれつつ、昔取った杵柄で内政を必死に頑張る日々。剣の腕がないので騎士からは軽んじられていました。
ベディヴィエールと仲良くしながらマーリンを筆頭とする円卓のロクデナシに悲鳴を上げつつ尻拭いをする可哀そうな毎日でした。
アルトリアも貴重な文官よりの騎士なので軽んじてはいなかったが、やはり強い騎士を重視していたので、関係は浅かった。
彼は最初から最後まで一途にアルトリアに忠義を尽くし、遠征についてはいかずキャメロットに残ったモードレッドの反逆時に捕らえられました。
脅されようと拷問されようと最後までアルトリアを裏切ることなく、不器用に真っすぐに、あの調子で鞍替えを否定した結果、見せしめに処刑されました。
聖杯からの知識でこれらを知った円卓の騎士達はアルトリアを筆頭に彼を軽んじていた事を強く後悔する……
で、それを見ている名乗るに名乗れないカルデア副所長と全部わかって、どうやって話を盛り上げようかと悪巧みするマーリンの図……
という感じで考えていましたが……力尽きました!