艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第壱章 遠い雲間

 その日の海は大荒れで、そして異様だった。暗雲と豪雨の下、小さな哨戒艇は幾度も高波に揺さぶられ、海水を被っては雨水によって洗い流されている。それなのに、遠くの雲間からは海面に向かって、何本もの光の線が降りていた。その方角は、俺の進行方向ではない……。

「お嬢ちゃん! お嬢ちゃんも中に入ったらどうだ!」

 扉を開け、船内からおっさんが声を張り上げて言った。

「お嬢ちゃんはやめろっつってんだろ! それに俺は艦娘だぜ? 水に濡れたぐらいじゃ寒くねぇし風邪も引かねぇんだよ!」

「そうか! なら勝手にしてくれ!」

「おう!」

 おっさんは何か渋柿でも食べたような顔をすると、ぴしゃりと戸を閉めた。

甲板に広げた脚を伸ばし、手を後ろに着いて曇天を仰ぐ。顔に大粒の雨が降り注ぎ、横っ面は波飛沫に打たれ、しかし今の俺にはそれが心地良かった。俺の名は天龍。天龍型一番艦の軽巡洋艦娘だ。俺の乗る船は今、新しい拠点へと向かっている。

「俺の戦場はあそこじゃなかった」

 視線を船の進行方向へ向けると、暗い海に小さな島が見えてきた。ちょうど正面に赤レンガ造りの鎮守府も見える。小さな鎮守府だ……クソ。俺はそれでも、前の鎮守府の奴等に言った自分の言葉を信じることにした。

.

 少しばかりの荷物を手に桟橋へ降りると、哨戒艇はそそくさと黒く波打つ海へ引き返していった。半ば逃げるように。ここは鬼ヶ島かなんかか? ともかく……そうか、出迎えはないわけだな。この天候じゃ仕方ないのかもしれねぇが……早いとこ新しい提督に挨拶を済ませちまおう。夕メシの時間にはまだ早いが、朝から何も食ってないせいで腹が減って仕方がない。

 桟橋から鎮守府庁舎の入口まで、数十メートル程の距離を早足で進んだ。正門が開いていたのは、きっと俺の到着予想時間に合わせて開けておいたのだろう。俺は庁舎に着くと、その白く塗られた玄関扉を迷うことなく開いた。

「天龍型一番艦天龍、着任したぜ!」

 俺は声を張り上げ、しかし返ってきたのは背後からの雨音だけだった。人の気配がまるで……いや、違う。いた。視線を降ろすと、すぐ目の前に小さな艦娘が立っていた。潜水艦か? そのまま海に潜れる、特殊仕様の制服だ。シャベルを持った手が震えている。

「おまえは……潜水艦か?」

「は……はいっ。三式潜航輸送艇、まるゆで、すっ」

 まるゆ、知らない艦娘だ。まぁとりあえず、ここは鬼ヶ島じゃあないみたいだな。

「そうか。俺の名は天龍。フフフ、この眼帯が怖いか?」

「はっ……」

 まるゆはおそらく「はいっ」と言いかけて、口を開けたまま固まり、シャベルを落とし、そのまま後方へ傾いた。

「おおいっ!」

 すぐさま、俺はまるゆの体を支えた。

「なんだよそこまで怖かねぇだろうよ」

 声を掛けるが、まるゆは完全に白目を剥き気絶している。

「おいおいマジかよ」

 あんまり人を脅かすもんじゃねぇな、と初めて思った。いやこいつが異常なんだよ。

「まるゆ殿ー、シャベルだけ持って行っても仕様がないのであります」

 通路の曲がり角の奥から声が聞こえてきた。

「自分が鉢植えを見つけてきたでありますよ。とりあえずこれに納まる分だけ……」

 声の主が曲がり角から現れ、俺とまるゆを見て立ち止まった。また良くわからない艦だ。そいつは詰襟の黒服を身に纏い、同じく黒の軍帽を被っていた。手には鉢植えを抱えている。

「貴殿、何者でありますか?」

 黒服は落ち着いた様子で尋ねつつ、しゃがみ、通路脇に植木鉢を置いた。

「俺は天龍。本日付けでこの鎮守府に」

「くせ者でありますな!」

 黒服がさっと立ち上がり、戦闘ポーズをとる。

「え、いや、そうじゃなくて」

「まるゆ殿に何をしたでありますか!?」

「何って、俺は何も」

「問答無用! でええええい!」

 黒服が拳を捻り走り迫ってくる。

「ちょっ」

 俺はまるゆを壁にもたれさせ、黒服の拳を転がり避けた。

「話を聞けって!」

 黒服に荷物を投げつけ、庁舎の外へ出て黒服と距離を取る。

「問答は無用だと、言ったはずであります! でえ、ええい!」

 黒服が再び走り迫ってくる。クソッ、いきなり揉め事かよ。黒服の鋭い突きを、俺は素早いバックステップで避けた。しかしその直後、思わず目を閉じちまった。何故だ? 一瞬わからなかったが、いや、何かを顔に打ち付けられたんだ。

「でえええええ」

「そこまでぇ~」

 黒服と別の穏やかな声がし、来るはずの拳が止まった。目を開けると、黒服の首に薙刀が添えられている。黒服はその白い顔を真っ青にし、目を大きく見開いていた。

「天龍ちゃん、大丈夫ぅ~?」

 黒服の背後から顔を出したのは、龍田だ。頭に載せた鉄の輪っかですぐに龍田だとわかった。会ったことはないが、知っている。天龍型二番艦の龍田。俺の姉妹艦だ。

「お、おう……助かったぜ。サンキュー」

「どういたしましてぇ~」

 龍田は微笑むと、黒服の耳に何やら囁いた。薙刀は黒服の首に添えられたままだ。

「……は、あ、そ、そうでありましたか、龍田殿の、姉妹艦殿で。いや、自分、そうとは知らず、申し訳ないことをしたであります。天、龍? 殿! 許してくれるか?」

 先ほどまでの威勢はどこへやら、黒服は恐怖に震えた表情で許しを乞うた。薙刀を突き付けられてちゃしょうがないか。

「ああ……あぁ許すよ。別に怒ってもねぇし。けどもう少し人の話を聞いた方がいいぜ」

「まったく、その通りでありますな。本当に申し訳ない。本当に、申し訳ない」

 黒服がペコペコと頭を下げる。

「もういいって」

「んふ」

 龍田がにこっとして、薙刀を降ろす。

「天龍ちゃん、遅かったねぇ~」

「あーいや、この足で走ってりゃもっと早かったんだけどよ。船乗れとか余計なこと言われてさ。つかおまえは俺が来ること知ってたんだな」

「ん~? ふふふ。そうねぇ~」

「あ、あの、それでは自分は、失礼するであります。まるゆ殿は病弱ゆえ、入渠が必要な状態かもしれないでありますから」

「ああ、それだけど、まるゆな、俺が自己紹介したらビビッて気絶しちまったんだよ。それだけだ」

「そ、そうでありましたか。まったくまるゆ殿も困ったものでありますな~。では」

 黒服は庁舎内に戻るとまるゆを抱え、小走りに通路の奥へと進んでいった。

「天龍ちゃん、ずぶ濡れよぉ~?」

 龍田が俺の服の袖を摘まむ。

「おまえも今まさにそうなりつつあるな」

「あらぁ~、ほんと。提督にご挨拶したら入渠しに行きましょ~?」

「そうだな。でも腹も減っててさ」

 話しながら庁舎内に戻り、俺は龍田に案内されて提督執務室へ向かった。

.

「わたしはここで待ってるねぇ~」

 俺の後ろで龍田が言った。

「おう」

 濡れた服をもうひと絞りし、提督執務室の扉をノックする。始めが肝心だ。舐められないようにしなくちゃあな。

「天龍型一番艦天龍、異動命令により、本日付けでこちらの鎮守府に配属になったんだぜ!」

「天龍ちゃん緊張してるのぉ~?」

「ししてねぇよ!」

「入れ」

 扉の向こうから声がした。女の声だ。秘書艦だろうか。しかし最近じゃ女提督も珍しくないと聞く。まぁなんでもいいさ。

「失礼するぜ」

 扉を開くと、ん? そこには二人の艦娘がいた。うち片方、深い緑色の髪で俺と同じように片目に眼帯を付けた奴は提督の椅子に深々と腰かけている。もう一人の、右腕に鉄の巨腕と大口径砲の重武装をした奴はその横で微笑みと共に佇んでおり……提督は留守か。

「提督に用があってきたんだが、今どこにいるか知らないか?」

「うん。そうだな。一般的な反応だ。ここではむしろ好ましい」

 眼帯の奴は俺を分析するように言って、手にしていた葉巻を咥えた。

「何言ってるんだ? 俺は提督の居場所を聞いたんだが」

「ああ、そうだな。自己紹介しよう。俺がこの鎮守府の提督、球磨型五番艦、重雷装巡洋艦の木曾だ。よろしく頼むぞ天龍」

「……冗談か?」

「いいや、残念ながら冗談ではない。同じ艦娘でありながら、正式におまえの上司だ。不満はあるだろうが、隊の士気を維持するために俺の指示には従ってもらう。それと冗談か? という問いかけは今後、俺にはするな。冗談は言わん」

 マジかよ。提督が艦娘ってのも信じたくねぇが、提督がこんな堅物ってのも信じたくねぇぜ。

「堅物ですまなかったな」

「え?」

「もう少し奥まで来い」

「お、おう」

 俺はここでようやく扉から手を離した。執務机の前まで進み、扉が閉まる音を聴く。

「隣にいるのが秘書艦の古鷹だ」

 木曾が手で俺の視線を誘導し、俺は古鷹と視線を合わせた。

「古鷹型一番艦、重巡洋艦の古鷹です。よろしくね、天龍さん」

 古鷹は木曾とは対称的に、親し気な微笑みを浮かべた。よく見るとオッドアイで、左目の色素が薄い。

「ああ……よろしく頼む。それに……えーと、なんて呼んだらいいんだ?」

「普通に提督を呼ぶように呼べばいいさ」

「そう、か……なら、提督さん、よろしく頼むぜ」

 提督に「さん」と付けたのは、なんだろうな。たぶん、ささやかな抵抗心の表れだったんだ。

「ああ。まぁ、正式におまえの上司だとは言ったが、そうは言っても艦娘同士であることには変わりない。何かあれば気軽に質問、提案などしてくれ。俺がいなければ古鷹に」

「わかった」

「とりあえず、詳しい話は明日するとして、おまえには第二艦隊に所属してもらう。それでだ。いきなりだが旗艦を務めてくれ」

 旗艦か。大方見当はつく。

「ああ、構わねぇよ。で、どこに遠征に行けばいいんだ?」

「いや、この鎮守府では遠征任務は行っていない。出撃任務のみだ」

「……マジかよ!」

 俺は思わず声の音量を上げてしまった。

「マジかよ、は冗談だろ? と同義だと思うが、その問題以前にこの場合、それは自虐になるんじゃないか? 天龍。まぁ、心配するな。おまえの実績や素行についての資料はきちんと届いているし、それを踏まえての俺の判断だ」

「なんだよ提督さんよ~、話が分かるじゃねぇか」

 いちいち鼻に付く言い回しをする奴だが、木曾提督はそう悪い奴ではないらしい。

「ふふ、喜ぶのは早い。俺は嘘がつけない性質だから言っておくが、これはおまえが使い物になるかのテストだ。気は抜くな」

「おうっ!」

 上等じゃないか! こういう展開を期待してたんだ!

「よし、じゃあ……龍田!」

「はぁ~い」

 木曾に呼ばれ、龍田が扉を開けた。

「天龍に鎮守府内を案内してやってくれ。入渠と補給も許可する。部屋はおまえと同じ第二艦隊寮室だ」

「承知しましたぁ~。天龍ちゃん、行きましょ~?」

「ああ。それじゃ、提督さん、俺の運用、期待してるぜ?」

「任せておけ」

 そうして俺は龍田と共に提督執務室を後にした。扉を閉め、廊下をしばらく進んでもなお木曾の視線を感じる気がしたが、きっと気のせいだろう。

 




第1話あとがきです。

 きっかけはそう、5年間遊んできた艦これで、自分達なりに考えた設定を一つの形にしてみたいと思ったんだよね。公式のこれはこういうことだ~っていうんじゃなくて、自分達はどういう設定で遊んでたか、みたいなのを形にしてみたくなったわけ。要するに妄想をね。ただそれができたのってやっぱり、公式さんが設定の多くを言及しない形をとってくれたおかげで。艦これに出会えて本当に良かったと思っています。

 さて次回、天龍ちゃんが旗艦を務めることになった第二艦隊のメンバー他4人が登場致します。それと艦娘達のお食事事情が明らかに!一週間以内には投稿できればと思っています~。
 それでは、また
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