それで、龍驤を探した。まずは寮室、それから食堂、酒保、庁舎外の釣り場も、奴が行きそうなところは隈なく。けど見つからなかった。予定時刻は迫っている。いや、別に遅れても仕方ねぇかとは思うんだが、ほんと何処行ったんだ、龍驤のやつ。
「天龍ちゃん見つかったぁ~?」
鎮守府内に戻ると、手分けして探していた龍田がやってきた。
「何処にもいねぇよ」
「そう~。一応、出撃ドックの方も確認してきたけどぉ~、海に出ちゃった気配もないわねぇ~」
海にも出てない。となると。
「上階だよ」
「そうだよな」
「そうって?」
「え? いや、だから、上の階くらいしか残ってねぇなって」
「ああ、そうねぇ~。でもあんな、電気も窓もないところ、行くかなぁ~?」
「わかんねぇけど。一応探してみようぜ」
「そうねぇ~」
島の裏は、どっちみち探しに行けねぇ。俺と龍田は二階へ向かうことにした。
.
二階へ上がると、その闇に踏み込んだ瞬間、居心地の悪い寒気に全身を包み込まれた。前回来た時とは違う感覚。気味が悪いという意味じゃあ同じだが、今ここに漂っているのは、薄暗い気配なんていう生易しいものじゃない……明確な殺意に満ちている。
「龍田」
俺は闇を睨んだまま、後から階段を上がってきた龍田に声をかけた。
「なぁにぃ~?」
「おまえさ、ここで待ってろ」
「えぇ~? やだよぉ~、天龍ちゃんと一緒にいたいもぉ~ん」
「いや、さ。この先はマジでヤベーから」
「なぁにそれぇ~? もしかしてぇ、れ・い・か・ん?」
「かもな」
「わぉお」
「とにかくこの感じ分かんねぇなら、この先に進むのはやめといた方がいい」
「危険ってことぉ~?」
「そう」
「……はぁい、それじゃあ、わたしはここにいるねぇ~」
やけに物分かりがいいな……怪しい。でも今は一刻を争う、かもしれない。
「行ってくる」
「行ってらっしゃぁ~い」
俺はどこまでも続くかのような闇に明かりを向け、龍田を置いて、通路の先へと進んだ。闇に、明かりが吸い込まれていく……。
「龍驤! いたら返事しろ! 緊急事態だ!」
呼びかけてみる。が、返事はない。声は反響もせず、明かり同様、吸い込まれていく。
「おーい! 龍驤!」
左右の扉を、照らし、開けていく。その先にあるのは、どこも同じ、何もない、空の虚ろ。扉を開ける度、何か、吸い込まれていくような感覚があった。
「龍驤! 時間がねぇ! 返事しろ!」
頭に靄がかかっていく。なんだろう、この違和感は。場の雰囲気が以前来た時と違う、だけじゃない。はっきりとはわからねぇけど、俺の意識の奥底で、何かが、それを感じてる。何か、気付いてる? 気がする……ここがなんなのか。
「俺は、前に……」
「ねぇ」
服の肘が下に引かれた。見ると……何もいない。いるわけがない。いや、いるんだろうな。
「龍驤!」
また一つ扉を開ける。吸い込まれていく。
「龍驤!」
次の扉を開けた時、一瞬、何か見えた気がした。見えたと思って瞬きをした時にはもう、消えていた。たぶん……子供がいた。三人か四人か。見えるはずのないものの数は、正確にはわからない。
「また犠牲者なのです」
背後から声が聴こえた。振り返る。しかし、そこにも誰もいはしない。通路の左右を照らす。
「あいつだわ。あいつがまた連れてきた」
見えない声がはっきりと聞こえる。
「許さない……絶対に許さないんだから!」
声は三つ、どれも違った。
「許さないのです」
「許さない」
「許さないわ」
「許せないね」
三つじゃない。四つだ。そして声はその言葉を繰り返した。許さない、許せないと、口々に。隼鷹よ、こいつらよく喋るぜ。死人に口無しなんて嘘だ。
「絶対に許せないわ」
「何を許せないんだ?」
俺が口を挟むと、四つの声はピタリと止んだ。そうして……しばらく待つも、声は返ってこない。
「俺もおしゃべりに入れてくれよ。何を許せないんだ? あいつって誰だよ?」
返事はない。再び、辺りを包む静寂。俺は闇の奥へと進んだ。
.
三階。闇はますます深くなる。ここは……鎮守府だよな? 地上、だよな。当たり前だ。何を俺は……けど、なんだ。息苦しい。まるで、海の底。深海。水底の闇……。
「天龍、もうよした方がいいぜ。戻れよ」
「なんで。龍驤は仲間だ。仲間は放っておけねぇよ」
「カッコいいねぇ。カッコいいけどさ、色々やっちゃってるぜ? 言うだろ、こういう場所ではさ。虚ろを覗けば己も虚ろに。名を呼び続け、自らの名を忘れ。有らずの声に返せば、誰の声も届かない。それに誰だか知らねぇが、殺意を垂れ流してる奴がいる。全く、どいつもこいつも中てられちまってら。普通逆だろ。なぁ?」
「おまえの言ってること、半分もわからねぇよ。そんなことどうでもいい。どうしてだ? なんで死んだ?」
「さて、ね。おまえが思い出しゃ、あたしも思い出すんじゃあないかな。頼むぜ天龍」
「……思い出すか。やっぱり俺は何かを忘れてるのか」
懐中電灯の光の中で、緑色の靄が舞っている。
「なぁ長波」
立ち止まり横を見ると、そこには誰もいなかった……何してんだ、俺。長波は、ここにはいない。長波は以前の鎮守府の仲間だ。今も元気にやってる。そのはずだ。そのはず……俺は心を落ち着かせる為、目を閉じた。深く、息をつく……空気が淀んでいる。
「……ふぅ」
目を開く。すると、通路の左右にずらっっと、緑色の手術着を来た人間達が並んでいた。視界が赤み掛かっている。心臓を抉られたような寒気が全身に走る。
「……やべーなこりゃ」
全身に無数の刃物を突き付けられているような感覚。殺意など生温い。無数の目が俺を睨みつけていた。地獄まで追いかけて、呪い続けてやるというような、目、目、目、目。どこか……そうだ、あいつらの目に似ている。深海の奴等の目に。
「……こんな状況、直ぐにでも立ち去った方がいいんだろうけどよ……おまえら人違いしてるぜ。俺じゃあない。何されたんだか知らねぇけど、俺は仲間を探しに来ただけだ。もし知ってるなら教えてくれ。龍驤は何処にいる?」
話が通じるなんて思っちゃいなかったが、俺の口はそう動いていた。答える声は一つとしてない。ただただ恨みの言葉を囁き、騒めいていた。そして気が付けば、奴等はじりじりと、俺に近づいてきている。そこでようやく気が付いた。どうして期待もしてない言葉を発したのか。頭の中の順序がめちゃくちゃだ。脚が動かねぇ。身体も動かねぇ。刀に手が、伸びない。
「殺す……殺してやる……」
「人でなし……鬼畜……」
「悪魔……人殺し!」
「泣き叫んでも、絶対に……絶対に!」
無数の声がはっきりと聞こえる。前から後ろから。ああ、後ろにも来てんのか。なんだこれ、マジで殺されんのか? 幽霊に? 嫌だ。俺は……俺はっ!
「俺は海で死にたい!」
「やああああ!!」
掛け声と共に空間が縦に切り裂かれた。切り裂いたのは、一本の薙刀。薙ぎ払われた影達は、一斉にふっ、と消え去った。
「龍田!」
安堵と共に振り返る。見ると……龍田が天井を向いて体を揺らしていた。薙刀の先が床を擦り、不快な音を立てる。
「龍田?」
「……あぁ、天龍ちゃん、また……」
龍田は体を揺らしたまま、俺と目を合わせようとしない。
「どうして邪魔ばかり……」
「邪魔?」
「あぁん、違うよぉ~。天龍ちゃんが邪魔なわけ、ないよねぇ~」
龍田は懐中電灯を持っていなかった。どうやってここまで来たんだ?
「……大丈夫か?」
「そう、わたしには天龍ちゃんさえいればいい。だから天龍ちゃんにもわたしさえいればいい。そうだよねぇ~?」
「う、うん? うん。まぁ……誰がいれば、とか、あんまし考えたことねぇけど」
「違う」
「え?」
「考えるとか、考えないとか、じゃないの。理屈を話してるの」
「……龍田、おまえが一番わかってるはずだろ? 俺は理屈とか苦手なんだ」
「ふふ、そう。そうなんだよねぇ」
「でもさ、今実際、おまえに救われた気がする。だからお前が来てくれて良かったよ」
「……」
「だから、なんだ……怒ってるのか? 待ってろって言ったこと」
「誰?」
「ん?」
「誰と話してたの?」
「……あーいや、あれは独り言っつーか」
「いたでしょ~? 隣に」
「……何か見えたのか?」
天井を向いたままの龍田が、目だけ、じろりと俺の方を向く。
「……天龍ちゃんから離れてよ」
左右に、視線を向ける。誰もいない。
「わたし知ってるのよ。提督がいつも、他の子達と提督室で何してるのか」
提督? 木曾?
「だから言ったよねぇ~? 他の娘はいいけど、天龍ちゃんにだけは手を出さないでねぇ~? って」
何の話だ?
「なのに……ねぇ? 自分が何をしたかわかってるのぉ~? 天龍ちゃんは純粋なんだよぉ~? なぁんでも本気にしちゃうんだから、ねぇ?」
「え……なんかあったのか? 木曾がなんかしたのか?」
「天龍、気付けよ」
声に振り返ると、長波が立っていた。
「長波!」
「ったく、どいつもこいつも直ぐラリっちまいやがって。そこら中煙まみれだぜ。そのせいでおまえも妹も幻覚見てんだよ」
「おまえなんでここに!?」
「だからさ、あたしも幻覚なんだって」
「幽霊じゃないのか?」
「おまえみたいな単純なやつが幽霊見るわけねぇだろ。知らねぇけど」
「天龍ちゃんはわたしだけ見て!」
頭の脇を薙刀が掠め飛んでいった。薙刀が長波の額に刺さり、目を見開いた長波の姿がふっと消える。
「龍田落ち」
落ち着け、と言って振り返ろうとしたが、最後まで言う前に龍田の手が俺の首を締めあげた。声が出ない。龍田の目は、俺を見ていたが、俺には向けるはずのない目をしていた。
「あなたのせいで、あなたさえいなければ、天龍ちゃんは……っ!」
締め付けが強くなる。まずい、息が苦しくなってきた。龍田の肩を叩く。けど、龍田の俺を見る目は、俺を見ない。今おまえは誰を見てるんだ?
「天龍ちゃんを返して!」
クソ、意味分かんねぇけど、なんだ、おまえは俺を助けようとしてるのか? なんだそれ。俺はここにいるぞ。そう伝えたい。とりあえず離れねぇとっ。
「っくぁ」
俺は両足で跳ね、龍田の身体に足を巻き付けた。龍田がバランスを崩し、前のめりに倒れる。首を絞めていた手が緩む。俺は床に片手を着き、首を捻って龍田から転がり離れた。
「ごはぉっ、龍田、俺は、ここだ!」
龍田は倒れ込んだまま、動かない。いや、手を床についた。顔が、俺の方を向く。
「……天龍ちゃん」
ぽつりとつぶやいた。
「そうだよ。俺だよ。今おまえの前にいるのは俺。ちゃんと見ろ」
「……天龍ちゃん」
龍田が上半身を起こす。
「天龍ちゃん……天龍ちゃん!」
龍田が俺に這い寄る。そして俺の身体に、抱き着いた。
「天龍ちゃん……」
今度は、殺意を感じない。正気に戻ったか?
「龍田、どうしたんだよ。大丈夫か?」
「大丈夫。大丈夫だよ、天龍ちゃん。わたし、もう天龍ちゃんを、殺したくない」
「そうか」
……え? もう?
「もうっていったい」
言おうとして、俺は途中でやめた。龍田が静かに泣いていたから。
「……そういやおまえのこと、あんま聞いてなかったな。つか、俺もそんなに、俺のこと話してなかったような……でも、おまえは俺の事よく知ってて……」
脳裏に、ある噂がよぎる。その時、後方の扉がひとりでに開いた。明かりが漏れ出すが、どうにも濁っている。明かりというより靄。緑色の靄だった。
「そこにいたか」
立ち上がろうとする。すると龍田が俺の身体を引き止めた。
「天龍ちゃん、行かないで」
「行かねぇよ。おまえも一緒だ」
龍田の身体を引き、一緒に立ち上がらせる。今の龍田はまるで、年端もいかない駄々っ子だ。
「早く出ようぜ、こんなとこ」
扉の方へ近づき、靄を振り払いつつ部屋の中を覗くと……ああ、いたいた。ランプの明かりの中で龍驤が倒れていた。辺りの床には奴愛用の煙草と、あと薬品やらフラスコやら、他にもよくわからねぇ器具が転がっている。つか。
「おい、大丈夫か?」
龍驤は白目を剥き、口から泡を吹いていた。え、死んでる?
「龍驤、おい」
部屋へ踏み込もうとする俺の肩を、龍田がガシッと掴み引き留める。
「龍田」
「入っちゃダメ。トラップだよ」
「トラップって」
「うぐぁああああああああああ!」
「うおっ」
一瞬目を離した隙、龍驤が雄叫びを上げ飛びかかってきた。龍田が俺を押しのけ、飛んできた龍驤の手首を掴み、背負い投げ蹴り飛ばす。小柄な龍驤の身体は滑るようにして廊下を数メートル吹き飛んでいった。
「ね? トラップだったでしょ~?」
「トラップか? いやトラップか。けどたぶん龍驤のトラップじゃないぜ」
「ううううう」
龍驤が身体を起こそうと右手を着く。しかし身体を少し起こしたところで、ドタッ、っと崩れ落ちた。ありゃ右手がお釈迦になってんな。
「う、くお、また壊したな、また!!」
今度は左手を着き、首をもたげ、しかしその血走った眼は確実に俺達を捉えたまま、龍驤は立ち上がる。
「龍驤、正気に戻れ! てかおまえの場合幽霊に憑りつかれてんだか単にラリってんだかわかんねぇな!」
「うあああああああああああ」
俺の声に耳を貸さず龍驤が一歩踏み出したその時、龍驤の背後に人影が現れ、その首に、軽やかな手刀を放った。龍驤が白目を剥き、影に支えられる。
「お二人とも、ご無事でありますか?」
人影が影でなくなり、くぐもった声と共にあきつ丸が姿を現した。顔にガスマスクを装着している。
「おまえ顔隠してると影そのものだな」
「人は黒を、無と認識するでありますからな。黒衣は色々と都合が良いのでありますよ」
あきつ丸が気絶した龍驤を床に寝かせ、近づいてくる。
「だったら日焼けサロンにでも行ったらいいぜ」
「うむ、不足なき文言、精神異常はなし、怪我もないようでありますな」
「どうだか」
「龍田殿」
「はぁい?」
あきつ丸がガスマスクの奥から龍田の様子を観察する。
「ご気分いかがでありますか?」
「天龍ちゃんを守れたわぁ~」
「うむ。それは何より。帰路は急いだ方が良さそうでありますな。その前に火の元確認を」
そう言って、あきつ丸は龍驤が倒れていた小部屋を覗き込んだ。
「ああ、ふむ」
何かを理解したかのような声を漏らしつつ、部屋に入っていく。
「どうやら龍驤殿は、独自にラダーの増産を試みたようでありますな。結果は御覧の通り。庁舎の上階を勝手にアヘン窟にされては困るであります」
ランプの明かりを消し、あきつ丸が部屋から出てくる。
「ともかく長居は無用であります。提督殿に作戦の変更も伝えなければ」
「ああ。だな」
扉を閉め、あきつ丸は俺達に先導を願い出ると、気絶したままの龍驤を背負った。
「なぁ、聞いてもいいか?」
懐中電灯の明かりを、ガスマスクの奥の見えない表情に向ける。
「なんでありましょう?」
「……おまえにも見えるのか? ここにいる奴等」
「……」
なぜその質問をしたのか、なぜあきつ丸にその質問をしたのか、俺自身よく分かっちゃいなかったが、その沈黙で、あきつ丸は知っていると感じた。
「……残留電子」
「ざんりゅうでんし?」
「今はそうとだけ。詳しくはいずれ、お話しするでありますよ。自分か、木曾提督から」
「そう、か」
「うむ」
どんな表情だ。いや、ガスマスクを外したところで、こいつの表情はわからないか。懐中電灯の明かりを下り階段のある方向へ向け、俺達は、無き人の洞を後にした。
第13話あとがきです。
悪意を描いた映画といえばグリーンマイルが好きなんだけど、あれは同時に善意を描いた話でもあるんだよね。善意と悪意の対比で、それ故に悪意が本当に際立ってる。悪意が蛾になって口から出て来たり。悪意の具現化は面白い。
さて次回、艦隊は鬼の住む島へ。鬼退治といえば桃太郎。何を忘れても、きび団子だけは忘れずに。