艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第拾肆章 おおかみの森

「龍驤が倒れたって?」

 出撃ドックに来た俺と龍田を見て、木曾の第一声がそれだった。当たりにはすで、熊野、鈴谷、加古、萩風の姿もある。

「ああ。あきつ丸から連絡行ったか?」

 俺の問いかけに、木曾提督は持っていた無線機を見せることで返答した。

「どうする?」

「まぁ……緊急時には緊急時の対応さ。手は打ってある。少し待ってくれ。それと二人とも、龍驤の探索ご苦労だった」

「おう」

 妙な空気が場に漂っている気がした。昼間あんなことがあった熊野と鈴谷は……今はいつもの通りだ。何かの計測法について二人で話している。鈴谷は忘れ、熊野はなかったことに。それで二人の間から事件は消える……どうだかな。加古は木曾の背後の壁にもたれ、眠り座っていた。どこでも寝るやつだ。萩風は、じっと水面を見つめている。

「よう」

 俺が声をかけるとこちらを向き、次いで龍田を見、再び俺を見た。

「今日はよろしくお願いします、天龍さん、龍田さん」

「おう、よろしく。案外早く来たな、共闘の機会がさ」

「そうですね。足を引っ張らないよう、頑張ります」

「はは、真面目だな。遠足気分で行こうぜ」

「いや遠足気分で行くなよ」

 離れた場所から木曾が注意してきた。耳良いな。

「冗談冗談っ」

「冗談は任務を終えてからにしろ」

「へーい」

「ふふ」

 萩風が微笑む。ちょっとは緊張解せたかな。

 それからしばしの間、俺達は艤装を取り付けつつ次の指示を待った。やがて聞こえてくる、三つの足音。予想はしていた。予想はしていたが、予期していなかった部分もあった。あきつ丸がドックに現れ、次いで、赤城さんが姿を現した。明石もやってくる。

「赤城、調子はどうだ?」

「ずっと休ませていただいていたのですよ? 上々の上々です!」

 木曾の問い掛けに屈託のない笑顔で答える赤城さんは、しかし、顔を除いて手足体は、服の上からでもわかるほど痩せこけていた。

「そうか。そりゃ一安心だ。じゃあ皆、改めてだな、今回任務は天龍を旗艦とし、そのほか龍田、鈴谷、熊野、加古、萩風、赤城で当たってもらう。鈴谷熊野萩風は装備を一部解除、代わりに艦娘糧食を積んでくれ。赤城の装備は明石に調整してもらう。すぐ出るぞ。準備開始!」

 なんか急いでんな。そんな風にも感じたが、確かに予定時刻も過ぎている。俺達は急ぎ、準備を始めた。

.

 明かりを頼りに闇夜を走る。先頭を俺が行き、次いで龍田が。最後尾は加古が守っていた。今夜の海風は行く当てもなく揺蕩っている。

「あとだいたい二時間ってとこか」

「そうねぇ~」

 俺の背後で龍田が答える。今の龍田は、もういつも通りだ。もうラダーの影響を受けてはいない。けどあれは、本当にラダーの影響だけだったんだろうか……わからない。ああ、頭ん中がごちゃごちゃだぜ。あきつ丸の言葉も気になるし……何か一つでも片付けておきたい。

「ちょっと龍田、先頭代わってくれ」

「いいけどぉ~、どうしてぇ~?」

「熊野と話してくる。昼間のことで」

 俺が言うと、龍田は口をへの字に曲げ、困ったような、寂しがるような、不満そうな表情を漏らした。

「やめといた方がいいんじゃない~?」

「かもな。けど、モヤモヤっとした感じな、戦場じゃ命取りになるんだぜ。俺にとっても熊野にとっても。だからその芽を潰したい」

「……まっすぐだねぇ~」

 表情は変わらわなかったが、口調に納得を感じた。

「頼んだぜ」

「はぁい、好き」

「う……」

 先頭を龍田に任せ、速度を落とす。……? いや、なんだ。好きってなんだ。いや違う。俺は今、「うん」って言おうとしたのか?……龍田はいつも通りだ。俺は大丈夫か?

「鈴谷、夜偵を上げてくれ。海の様子がちょっと気になる」

 通り過ぎざま、鈴谷に指示を送った。

「あいあいさー」

 準備にかかる鈴谷。続く熊野に声をかける。

「熊野、ちょっと二人で話したい。後ろまで来てくれ」

「……? わかりましたわ」

 加古を見送り、最後尾についた俺は熊野を待った。間もなく熊野がやってきて、俺達二人は加古から少し距離を取った形で後に続いた。

「話ってなんですの?」

 昼間のこと……熊野は俺の後姿を見たのだろうか。今の熊野の口調からはわからない。

「大した話じゃないんだけどさ……疲れてないか?」

「……いいえ、特には。まぁ、昨日の今日ですし、多少は疲れていますけれど、睡眠は充分にとりましたわ」

 俺を見たのか以前に、昼間のことも忘れてしまったかのような、熊野からはそんな感じがした。

「そうか……う~ん、なんつったらいいのかな……熊野、おまえさ……本当は鈴谷の面倒みるの、つらいんじゃないのか?」

「……いきなり、ですわね……なぜそのように?」

 熊野が目を細める。流石に感づいたか。というか見られてなかったんだな。

「いや、なんとなく、っていうか……俺だったらそうかなと、思って」

 俺ってほんとノープランで話すよな。

「よく、お話が見えませんけれど……でもそんなことありませんわ。つらいだなんて。でも……」

 熊野の視線が上がり、何か、上空の鳥を追いかけるように動く。けど今は夜だ。そんなものは見えない。

「でも?」

「……わたくし、たまに思いますの。鈴谷と同じになれば、二人で永遠に同じ時の中を生きていけるんじゃないかって」

 明るい表情でなく、暗い表情でもなく、正直言って、その時の熊野の表情がどういうものなのか、俺にはよく分からなかった。永遠に同じ時? 前の日の記憶がない毎日っていうことだよな。それで? あれ、俺何聞いたんだっけ。

「あー……ん~?」

「天龍さん凄く考えているお顔してますわ」

 熊野が俺の顔を覗き込む。

「え? あ、うん」

「ふふ、ごめんなさい。ちょっとした妄想ですわ。単なる妄想。頭を撃たれて、普通鈴谷のように運良くはいきませんし」

「運良く?」

「あ、いえ、失言でしたわ」

「……あれだろ、この前言ってた、死なずに済んだからっていう」

「ええ、もちろん……もちろんですわ」

「なんつーかさ。俺が言いたいのはだな……無理してるように見える」

「……はい?」

 自分の語彙の無さを悔やむ。けどそれは仕方ねぇ。別の言葉で補うしかない。

「来たばっかりのあんたに何がわかるんだよって感じだと思うけどさ、そう見えるんだ。いつも鈴谷のこと気にしてんだろ。姉妹だし当然だと思うし、実際、それで鈴谷も眠りから覚めたとき、いつも助かってると思うぜ? 助かってるっていうのはちょっと違うかな。でもな、おまえは背負い込み過ぎだ。鈴谷は運が悪かったんだ。たぶん……あ、そうか」

 話しながら、俺はようやく、自分が言いたかったことを理解した。

「おまえさ、鈴谷の怪我は自分のせいだと思ってないか?」

「……それは……」

「だからだ。だから背負い込み過ぎてる。けど違うぜ。俺はその場にいなかった。何も見てなけりゃ、何も聞いてもいない。けどそこが戦場だったなら、敵が俺達を殺しにきてるなら、そこでの怪我は敵以外の誰のせいでもねえ。おまえは悪くない」

「……天龍さん、言いたいことはわかりますし、わたくしを気づかってくれていることも、わかりますわ。ですが、そう簡単ではありませんの。わたくしには怪我の責任が。姉妹としての責任も。どちらも背負わなければなりませんの」

「責任感は、大事だと思うけどよ。けど」

「けどもありませんのよ。敢えて、言わせてもらいますわ。あなたは何も知らない。鈴谷は……鈴谷を撃ったのは、わたくしですわ」

 ……熊野の言葉に、俺はしばし、言葉を失った。ただ、波音と共に思考が戻ってくると、想定される状況にも思い当たった。

「誤射だろ?」

「装備の不具合ではありませんでしたわ」

「おまえが狙ったのは敵だったんだろ?」

「だとしても」

「だとしたら、おまえは悪くない。敵も馬鹿じゃねぇんだ。同士討ちさせようと、片方の注意を引きつけたりするやつもいる。そうだろ? だからおまえは悪くない」

「……わたしがもっと注意深ければ」

「誤射しなかったか? 本当にそうか?」

「……たぶん」

 熊野の視線が、若干、落ちる。

「たぶんってのはさ、願望なんだぜ。願っちまう時点で自分で何とかできることじゃないんだ。おまえの注意不足が原因じゃねぇよ。敵の策だ。だからおまえは悪くない。だから鈴谷のことを、背負い込み過ぎる必要はない」

 熊野が口を開け、しかし、その口から言葉が出ることはなかった。

「気の持ちようをさ、もっと気楽にいけって」

 熊野の視線が俺から逸れ、どこを見るわけでもなく、漂う。

「……考えておきますわ」

 しばらくして、それが熊野の答えだった。

「天龍さん、自分を曲げないタイプですわね」

「俺は俺を信じてるからな」

「……ちょっと……先程勢いで言ってしまいましたけれど、誤射の件は誰にも言っていませんの。秘密にしてくださいます?」

「ああ、約束する。誰もおまえを責めないけどな」

「どこから来る自信やら」

「そりゃ、普段のおまえと鈴谷の様子を見てりゃ、な」

「……」

「おまえは悪くない」

「もうわかりましたわ。陣形戻ります」

「おう」

 熊野が元いた順列に戻っていく。その背中を見ながら、俺は気が付いた。何故、熊野が拳で戦うのか……確かに接近して殴ってりゃ、誤射はしねぇよな。

.

 不気味なほどに低い曇り空を、熊野の偵察機が飛び去っていく。雑木林の向こうへ。

 俺達の足元には今、土があった。すぐ目の前には雑木林が。島に到着したのは数時間前だ。上陸する前にまず偵察機を飛ばし、しかし島内に敵影を発見することはできなかった。次いで俺達は二手に分かれ、島の周囲を目視で偵察すると共に近海を偵察機で探りもしたが、これも成果なし。仕方がないので上陸し、足で、島内を探索し深海棲艦の痕跡を探すことにした。俺・熊野・萩風・赤城さんの班と龍田・鈴谷・加古の班に分かれて探索を行い、待機班は海からの出現に警戒しつつ偵察機を飛ばす、ということを、もう三回繰り返している。本当にこの島か周辺に奴等はいるのか? そう俺達は疑問に感じつつも、確証を得られないため探索を止めるわけにはいかなった。少なくとも明日の朝、木曾提督が指定した任務終了時刻までは。

「聴こえました?」

 赤城さんが俺の方を見て尋ねた。なんだか楽しそうな顔をしている。自然とその細々とした首にも目がいってしまう。

「え?」

「鳥の声、聴こえましたよ。林の中からです。いるんですね、この島には。数は多くなさそうですけれど」

「ああ」

 鳥、か。ずっと外を見ずにいた赤城さんにはどこか珍しさもあったんだろう。

「耳良いんだな」

「はい。いつもの場所でも、皆さんの声が良く聞こえて助かります。あっ、いましたよ、あの木の上」

 赤城さんが雑木林の方を指差す。どこだ? 俺には見えない。

「赤城さん、目も良ろしいですのね」

 半分偵察機に意識を分けたまま、熊野が感心したように言う。

「ええ。空母は他のどの艦よりも先に敵を発見しなければなりませんし、助かっていますね」

「その分エネルギーも多く消費するのでしょうか」

 萩風がぼそりと言った。さっきからずっと右腕を擦っている。つか、え、けっこう毒舌なのな。

「あ、はは……それは、否めませんね。すみません」

「別に謝ることじゃねぇよ」

 服のポケットを探る。あれ……煙草がねえ。もしかして。

「萩風、煙草くれ」

「どうぞ」

 萩風が煙草をケースごと差し出す。うん、俺の煙草だ。

「おう、気前がいいな」

「すみません」

「腕、痛いのか?」

 腕を擦る手が止まる。

「いえ」

「じゃあなんで」

「あの、なんでもないので、ほら、癖のようなもの、あるじゃないですか。それです」

「ならいいけどよ。痛かったら言えよ? 救急用具はあるんだからさ」

「はい。ありがとうございます」

「うん」

 どうにも、表情が硬いな。そんなことを思いながら、ケースから煙草を取り出し、口に咥える。服のポケットを探る。

「……萩風、ライターもくれ」

「どうぞ」

 俺は萩風から俺のライターを受け取り、煙草に火をつけた。

.

 小さな懐中電灯の灯りを囲み、加古を除く俺達六人は夕メシのおにぎり型艦娘糧食を頬張っていた。待機場所を少し移動して、ここは林の中だ。空はまだ完全な暗闇に包まれちゃいないが、すでに明かりがないと不自由する程度には暗い。

 結局この日、深海棲艦やその痕跡を発見することはできなかった。深海棲艦の目撃情報はもしかすると何かの見間違いだったのかもしれない。木曾提督も潜伏の可能性っつう言い方してたしな。一応朝になったら最後にもう一度だけ探索をするが、何もなけりゃこの任務は完了だ。ちょっとつまんねぇけど、こういうこともあるよな。でも赤城さんとは結構話せたし、退屈はしなかった。流石に事件のことに関しては何も聞けなかったけど、本当に良い意味で、普通の奴だった。色々信じられないが、何か、明かされていない事情があったのかもしれない。一方でまるで得体が知れないのが加古で、探索中は起きていたらしいが、戻ってきてからは結局ずっと眠っている。萩風によればそれでも普段よりはかなり長く起きている方らしく、どうにも、赤城さんとは別の意味で燃費が悪ぃみたいだ。うん、今も一人だけ後ろの方で寝てる。

「夜は逆によく起きてたりするのか?」

 俺は萩風に尋ねてみた。

「はい、比較的。ですが監視を任せるのは危険ですよ。いつ寝るかわかりませんし、起きていたとして監視をちゃんとしてくれるかも怪しいです」

「困ったやつだな」

「ええ、まぁ」

 萩風は自然と答え、言ってから様子を伺うように加古の方を見た。大丈夫だ。寝息を立てている。

「第一の旗艦さんはよぉ、注意しないのか? そのあたり」

 お茶を啜り、体を温める。赤城さんが入れてくれたお茶は甘い味がした。

「ガングートさんですか? そうですね……しませんね。いえ、一応注意する時はありますけれど、本気で注意するということは、ありませんね。むしろ楽しんでいると言いますか。曰く、『退屈と贅沢は私の大敵故、在るだけで退屈しのぎになるものは最大の友である』と」

「うぉ、なんかさすが戦艦だな。器デカい感じするぜ」

「ふふ、そうかも、しれませんね。でも実際は器うんぬんというより、単純に、第一はガングートさん一人で事足りてしまうんです」

「それだけ強いって?」

「ええ。ガングートさん以外の私達はお飾りか、せいぜい、敵の狙いを分散させる為の的ですね」

「まさか本当に的役やらされてないだろうな?」

 一瞬想像してしまった。

「かはは! いえ、失礼。まさかそんな。言ってみればガングートさんは早打ちガンマンなんですよ。西部劇の。わかります?」

「んー、龍田わかるか?」

「そうねぇ~、なんとなぁく。一発の速さで三発撃って、全部別々の標的の額のど真ん中に命中させちゃう、みたいなのかなぁ~?」

 全然何となくじゃないな。

「それですそれです。ただ狙うのは額じゃないんですけどね。敵の装甲が薄い場所、そして防御が不可能な場所。ガングートさんには、敵がこういう動きをしている時は、ここが防御不可能になっていて、そこをこんな角度でこんな感じで撃ったら、実質無力化できる、みたいなのが全部わかるらしいんです。それで実際にそれを実現する命中力があるので……私達の仕事は一瞬の囮と死体蹴りですね。ガングートさんがいる海は世界一安全な海です」

「おぉ。そこまで言われると一度見学に行きたくなるぜ」

「天龍さんとは真逆の戦い方ですものね」

 何か含みがあるな熊野。

「俺は侍だからな。そりゃガンマンとは真逆だぜ」

「そもそも砲で戦う艦娘なの忘れてませんでして?」

「あ? お前が言うのそれ?」

「わたくしは普通に艦娘として戦っていましてよ? ねぇ鈴谷?」

「ボクサーじゃん?」

「ちょっとぉ」

 言って、笑い合う。なんだこれ、交友キャンプか。たまにはいいな。赤城さんも話には入ってこないものの、ずっと艦娘糧食を頬張りつつ微笑んでいた。このままずっと、朝まで、話し続けていればよかった。




第14話あとがきです。

 砲撃を放つ仕組みや艦戦機を飛ばす仕組み、割とほわっとさせてます。ゲームでもアニメでもよくわからないしね。じゃなくて、この物語では突き詰める部分ではないなと。砲弾はきっと無限ではなく、打ち出す際には艦娘ならではのエネルギーが補助的に使われていて、艦戦機は、普通にその形をしたものを飛ばす子を始め、ペラ紙の人型が艦戦機に変化する妖術的なそれがあったり、あるいはその中間の、放たれた弓矢が艦戦機に変化(変形?)するパターンがあったり。まぁその、考えてはいけない具体的な部分というのはありますよ。そもそもどうやって水面に立ってるんだって話にもなりますし。すっごく浮き易い靴かな? でもきっと木曾提督が言うように、艦娘の脚を失っちゃったらバランス取れないんだね、うんうん。
 さて次回、土曜日です。水曜土曜投稿がだいぶ安定してきました。投稿時間はなんとなく話の内容に合わせていたりいなかったり。2回か3回か一週間空く時も出てくるかと思います。間でスピンオフを挟んだり、したい。できるかな。それでは、また。
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