素早い赤城さんを相手するのに、雑木林の中は分が悪い。俺達は萩風、いや嵐を先頭に、海岸沿いへと向かっていた。嵐は、赤城さんは必ず俺達を食いに来ると言う。
「けどまだちょっと信じられねぇぜ。昼間はあんなに普通だったのに」
走りながら半ば独り言で加古に言った。
「そうかい? あたしには足の先に餌ぁ置かれて、待てされながら涎垂らしてる犬に見えたけどねぇ」
こいつ口悪ぃな。俺もそんなに人のこと言えないけどよ。けどよく喋るだけいい。俺は探っていた。旗艦としての判断の為に。龍田と鈴谷、加古、言わずもがな嵐はもう、赤城さんを敵性存在として見ている。しかし俺と熊野はまだ完全にはそうとは判断できていなかった。本当に赤城さんと戦っていいんだろうか。
「加古、おまえにも赤城さんに対する恨みとか、あるのか?」
「恨み? ないない! 赤城にはねぇ。けどあたしにはさ、ポリシーってのがあんのよ。悪逆非道には容赦しないっていうねぇ」
「なるほど」
正義の味方タイプか。まぁ言って、俺も同じだ。
「嘘だけどね」
「は?」
「あたしは許さない。あいつだけは、絶対に。だからあいつが作ったものは全て壊す。あいつのおもちゃは全て壊す。あいつの、あいつの、あいつあいつあいつぁああ!!」
加古が走りながら首を振り、頭を掻きむしる。だめだ、やっぱこいつは正気じゃねぇ。鎮守府の幽霊みたいなこと言って、頭のネジが飛んでやがる。早とちりして赤城さんを撃った可能性がある。するとやっぱり問題は嵐だ。赤城さんの過去の罪は事実。嵐が、赤城さんに食われた駆逐艦達の生き残りだというのも本当だろう。けど今日に限って言えば、先に攻撃を仕掛けたのはどっちだ? 嵐、おまえは倒れたふりをして、赤城さんを誘い、攻撃したんじゃないのか?
「許さねぇ、許さねえ許さねえ許さねえ!! あか」
「ぐぁっ!」
後方の鈴谷が突如横に吹き飛んだ!
「鈴谷!」
熊野がすぐさま倒れた鈴谷に駆け寄る。俺達は脚を止め、辺りを警戒した。
「石ですわ! 貫通しています!」
「どこだ!?」
「炙り出してやるぜ!」
加古が鈴谷が吹き飛んだのとは反対の方向に、数発連装砲を放つ。弾が炸裂すると、その爆風の中、木陰に一瞬赤城さんの姿が映った。
「加古スペシャルを喰らいやがれー!」
加古が続けて狙い撃つ。が、なんだそれ。まるで見当違いな方へ飛んでいった。赤城さんが大きく跳ね、一気に俺達に近づく。
「熊野、鈴谷を連れて先に」
「よくも鈴谷をおお!」
熊野が雄叫びと共に駆けだす。ああもうっ。
「天龍ちゃん、鈴谷ちゃんはわたしが連れていくわ」
「頼んだ龍田!」
「ふんっ!」
赤城さんに接近した熊野が得意のアッパーを繰り出す。熊野との肉弾戦で敵う奴はいない。そう思っていた。赤城さんが顎の下で熊野の拳を受け止めている。そしてそのまま手首を掴み持ち上げ、熊野の身体を木の幹に叩きつけた。赤城さんが口を大きく開け、熊野の喉を狙う。なんだあれ。何だあの形相。その瞬間の赤城さんの顔はまるで人には見えず、狼のような獣そのものに見えた。
「ふんぐっ!」
熊野の左拳が赤城さんの横っ面にヒットする。が、まるで効いていない。それどころか間髪入れず熊野の顔に頭突きを食らわした。木がミシミシと音を立て、傾く。なんつー力だよ。まずい、熊野が完全に気絶している。赤城さんが再び口を開く。俺は刀を握る手に力を込め、飛びかかった。
「まだ待てだよ!」
赤城さんの首に黒い帯が巻き付き熊野から一気に引き離した。刀が空を斬る。刀を返し跳び、赤城さんの首を狙う。赤城さんの首は木の上から帯で吊るされていた。
「食事の邪魔は許しませんよ」
赤城さんが帯を引き、低くしゃがみ込む。刀が帯を斬り、同時に加古が落ちてきた。赤城さんの両手が俺の身体に触れる。腹を抉られるような重い圧迫感と共に、俺は後方へ跳ね飛ばされた。遠のく視界に蹴り飛ばされる加古の姿が映る。やべぇ、つえぇ。脚に力を入れ、地を踏む。足が地から離れる。もう一度。そうして俺の身体は後退しつつも、何とか倒れずに踏み止まった。刀を横に構え、駆け寄る。
「オラァああああ!」
赤城さんは棒立ちだ。いける! しかし振り切ったはずの刀は、赤城さんの身体に触れる手前で静止していた。刀の刃を、赤城さんの人差し指と親指が、抑えている。嘘だ。横向きの白刃取りなんて、しかも二本の指で……格が違い過ぎる。けど、俺がここで諦めたら、熊野と加古が。赤城さんを上目に見ると、俺を、表情のない顔で見ていた。殺気はない。殺気はないが、口から涎を垂らしている。食いもんに殺意は向けないもんな……。
「加古、熊野を連れて逃げろ」
俺は赤城さんから目を離さずに言った。とても目線を背けられない。
「加古、起きれんだろ」
「もう逃げましたよ、熊野さんを連れて」
加古の代わりに赤城さんが答えた。なんだと。逃げ専自称してただけのことあんな。けどそれでいい。ちょっとでも遠くへ逃げてくれ。
「逃げられませんけどね、萩風さんが諦めるまでは」
「……どういうことだ?」
「気付いてませんでしたか。海上走行艤装、部品が抜かれていますよ。皆さん全員」
「は?」
「萩風さんは何が何でもここで私を始末したいようです。そういうの萩風さんの得意技でしたよね?」
「……」
まさか。じゃあやっぱり、赤城さんが言っていたことは本当で、嵐が赤城さんを嵌めたのか?
「そろそろ信じてくれる気になりましたか? でももういいです」
「いや、赤城さん」
「私も正直に話しましょう。牢にいる間も、ずっとチャンスを窺っていました。皆さんを眠らせて食べようとしたことも本当です。萩風さんが倒れていたときも、お茶の効果で眠りについたのだと思い、食べようと近づいたんです。今も話しながら、天龍さんをどこから食べようかと考えています。胸部か、太ももか。でもおなかも良いですね。おなかは温まります」
何を言ってるんだ? いや、違う。ズレてたのは俺だ。赤城さんは確かに嵌められたんだろうが、食人鬼だってことも間違いない。その二つは矛盾しない。もしかして、そうか、やっとわかった。加古の言った通りだ。これは赤城さん抹殺任務だったんだ。公式には処刑されない、始末できない赤城さんんを、正当防衛という形で葬る為の。けど提督さんよ、赤城さんの力量見誤ってたぜ。艤装が使えない、武器がないくらいじゃ、この人には大したハンデにもならねぇ。刀全然動かせねぇし!
「脳はデザートに。あ、ですがちょっと火を通せばメインディッシュとしても美味しくいただけます。天龍さんライター持っていましたよね。今もありますか? 萩風さんに取られてません?」
「どう、かな。わかんねぇな」
「探していいですよ」
すっと、赤城さんが刀を放した。俺がこの距離で刀を持ってることなんて、なんの脅威にもならない、そういうことか。ちくしょう、舐めやがって。けど実際そうなんだろ。
「ライター、何処だったかな」
探すふりをする。下手に動けば命を縮めることになりそうだ。いや命の終わりを迎えることになる、か。どうしたらいい。どうしたら……考えていると、赤城さんが鼻をひくつかせ始めた。何かを嗅ぎ取るように。なんだ?
「この匂い」
匂い? わからない。チビってねぇよな……たぶん大丈夫。
「明石さんの、特製カレー」
「え?」
「間違いありませんよ。明石さんの特製カレーの匂いです。どこ。あっち、あっちですね」
赤城さんがふらふらと歩き出す。俺を置いて。俺から離れていく。
「カレーは温かいうちに食べませんと」
呟きながら、赤城さんは林の中に消えていった。
「……助かった」
無様に安堵する。なんだあれ、怪物だろ。俺達だって、人間から見たら怪物のはずだ。なのに……あれは俺の知っている艦娘の範囲を超えている……けど追わないと。赤城さんが向かったのは、龍田達が逃げた方向だ。くそ。あーくそ。ほとんど死にに行くようなもんじゃねぇか。穴掘って隠れてりゃもしかしたら助かるかも。でもダメだ。もう仲間が死ぬのは見たくない。龍田、熊野、鈴谷、ついでに加古と嵐。ああ、今から行ってやるさ。砲撃が効かなかったらとか、そんなことは考えない。予定通り、遮蔽物がなく、投げつけられる可能性のある石がほとんどない海岸沿いで赤城さんを倒す。絶対に倒す。やってやる。考えてみれば、こんな風に明確に、誰かを守る為に敵の下へ向かうのは初めてだった。
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雑木林の終わりが見えてきた。海岸に小さな灯りが見える。そしてこの緊迫した状況に不似合いな赤城さんの姿も。白飯の盛られたどんぶりを片手に、小さな鍋に入ったカレーをお玉で混ぜている。あたりを見渡すと、草むらに嵐が隠れ潜んでいた。連装砲を構え、赤城さんを狙っている。俺は慎重に、静かに嵐に近づいた。
「状況は?」
嵐が視線だけ動かし、俺を見る。そしてすぐにその視線も赤城さんに戻した。
「天龍さん、無事だったんすね。良かった。砲を構えてください。俺の合図で一斉射撃する」
「……おう」
しょっていた連装砲を握り、赤城さんを狙う。
「嵐、走行艤装のことだけど」
「すみません。俺は自分の復讐の為に皆さんを危険に合わせてる。けど奴を始末しねぇと、死んでも死にきれねぇ。迷惑かけます」
「……わかった。事実確認したかっただけだ。合図頼むぞ」
「はい」
赤城さんの動きに集中する。復讐か。俺も……結局提督を半殺しにして、その後どうなったんだ? 謹慎室で目が覚めて……いや、そういうことじゃない。問題はあの葉っぱが使用停止にされたかだ……違う。使用が停止されても、死んだ奴等は戻ってこない。提督はまだのうのうと生きているのか? それとも俺は、奴に一生の後悔を覚えるだけの苦痛を与えられたのか? けどそれこそ、そんなことに何の意味がある。あいつのことなんでどうでもいい。ただやっぱり、まだ生きている仲間が被害に合うのだけは食い止めねぇと。
「そろそろ合図出します」
赤城さんがお玉でカレーを掬い、白飯に掛けていく。あの人の頭ん中はどうなってんだ。大きな銀のスプーンでカレーライスが掬われる。カレーライスが、赤城さんの口の中へと吸い込まれていく。
「……」
まだか、合図。今一番油断してるんじゃないのか? 銀のスプーンが、二口目のカレーライスへと伸びる。しかし途中で手が止まった。赤城さんが口に含んでいたカレーを吐き捨てる。
「てぇええええええ!!」
連装砲をぶっ放す。嵐と俺だけでなく、離れた場所の茂みからも更に二発の砲弾が放たれた。赤城さんが爆発に包まれ、黒い煙に隠される。
「続けて! てぇえええええ!!」
容赦なく追撃をかける。が、一瞬黒煙が揺らいだかと思うと、次の瞬間嵐の身体が弾け飛んでいた。数メートル後方の木にぶち当たり、そこから跳ねてまた別の木にぶち当たる。そして俺の隣には、蹴鞠にされた嵐を見開いた目で追う赤城さんが立っていた。
「一番やってはいけないことをしましたね。あんなに美味しいカレーに、毒を。毒を! 許しません」
嵐が殺される。そう思った。そして思うよりも先に俺は刀を振っていた。しかし手応えはない。赤城さんの手が、俺の頭を鷲掴みにしていた。後ろにいる!
「天龍さん、まだわかりませんか? この世は弱肉強食。あなたは肉です」
視界が強力な重力に押し潰されるように降下する。俺は地に顔を打ち付けられ、土を食わされた。
「あなたの餌はそれで充分です。ものの味もわからない、そんなあなたには。何も知らない。あなたは何も」
赤城さんの言葉が途切れ、俺の頭を抑えつける手も消えた。誰かが側に立っている。
「天龍ちゃん、天龍ちゃん良かった、無事で」
龍田だ。薙刀を構え、赤城さんを睨みつけている。ただその瞳からは涙が溢れ出していた。
「ごめんね、なんでわたし先に行ってるなんて。わたしが、わたしから、ずっと一緒にいてって言ったのに」
赤城さんがぐんっと踏み込んでくる。龍田は赤城さんの進攻を薙刀でいなし、赤城さんが刀刃を掴もうとするが、薙刀は物理に反するかのように素早く引かれ、かと思うと赤城さんの額を貫いていた。いや違う、残像だ。赤城さんは先ほどよりもさらに距離を取って後退している。
「危ない。危ないところでした。いけませんね、慢心は」
赤城さんがさっきまでとは違う緊張した表情で、更に後退していく。嘘だろ、あの赤城さんが警戒してるのか? 龍田の持つ薙刀の尖先は獲物の動きを追う猟銃のように、赤城さんのいる方向へ向けられている。
「天龍ちゃん、許してくれる?」
龍田の声はその凛々しい立ち姿とは対照的に、怯えるように震えていた。
「何言ってんだよ龍田。おまえの判断は間違っちゃいない。許すに決まってんだろ」
「……良かったぁ」
深い安堵の声の後、龍田の姿が残像を残し消え去る。そして前方から何重にも空を切り裂く音が聴こえてきた。うまく姿を追えないが、龍田と赤城さんが交戦している。あんな、あんな戦いあんのか。すげぇ。達人同士の戦いというのを、俺は初めて目撃した。
「驚きました、あなたがこれほどまでとは。これほどの力を持っていて、誰も噂しなかったなんて」
「わたしの技は天龍ちゃんを守る為だけにあるの。あなたの首は土にも海にも還さない」
龍田、すげぇ。二つの竜巻が砂地の方へと移動していく。龍田が赤城さんを押している。
「さすが千本隊長の名は伊達じゃないや」
横から声がした。見ると、加古だ。顔の半分を大きく腫らして、いつの間にかそこにいた。
「大丈夫か顔」
「いや痛いよ。嵐には吹き飛ばされるし龍田には殴られるし」
「龍田にやられたのかよ」
「なんで天龍ちゃん置いてくるの!? って。いや、あたしの判断あれでよかったよね?」
「よくも俺を置いて逃げたな」
「えうぇっ」
「冗談だよ。それより千本隊長って?」
「その一尖は千をも貫く。早過ぎて千回の突きが一回に見えるってことね。実際千回もないだろうけどさ。二十年前に大本営を深海棲艦の大群が襲ったとき、龍田はあれで総司令官をお守りしたんだわ。いや、あたしも今まで気付いちゃいなかったんだけどね。あの技見て気が付いたよ。龍田がうちに来た時期とかさ。木曾もとんでもない大物引き入れてたもんだ。こりゃ本命はあんたでもあたしでも嵐でもなく、彼女だったわけだね。てかあんたは彼女を本気にさせるための餌か」
「加古、うるさいぞ。喋ってないで隙を狙え」
「うううう、あんたが聞いたからあたしはねぇ」
赤城さんがさっと後方へ飛んだ。龍田が尖先で地を抉る。砂が宙を飛び、赤城さんの目を潰す。
「卑怯な!」
「ルーキーみたいな台詞吐くのね」
そう言って放たれた一突きは薙刀での一突きでなく、身体と存在そのものを打ち出す一突きだった。赤城さんの片耳が飛び、夜の波へと飲まれていく。赤城さんは更に二跳び三跳び後退した場所へ移動していた。
「避けたはずですよ」
「避ければ当たらないなんて言ってないわ」
「……なるほど。私もようやく、あなたが誰なのかわかりました。ほとんど同期ではありませんか。ですよね?」
「さぁね」
「わかりますよ。そしてそうであるなら、あなたの噂は聞いています。提督暗殺を企て、それを止めようとした姉妹艦を誤って殺してしまった、哀れな艦娘」
「やめて!!」
龍田の薙刀が赤城さんの肩を貫く。やった! いや、赤城さんの左手が、薙刀の鍔を掴んでいる。
「慢心と迷いと動揺と、己が内の敵はそう簡単には越えられませんね」
目を閉じたままの赤城さんがにやりと笑う。龍田の背中に赤い点が付く。
「ふん!」
赤城さんが、え、自らの腹を殴りつけた。嘔吐し、口からごろごろと石が吐き出される。
「逃げろ龍田!」
龍田が薙刀を離し、後方へ跳び避ける。宙にいてそれ以上避けようのない龍田を、無数の石弾が襲った。赤城さんが吐き出した石を次々に親指で弾き飛ばしている。
「なんじゃありゃあ!」
「クソおおおおおお!」
刀に力を込め一気に跳びかかる。自分でも信じられないほどの距離を、俺は一度に跳ねていた。
「ッラアアあああ!」
縦に振り下ろした刀を、赤城さんにまた片手で白刃取りされる。けどそれで龍田への指弾は止まった。赤城さんの膝蹴りが腹を抉る。
「っうぉがぁっ」
口から食ったもんが飛び出していく。膝蹴りが顎を打ち、視界が闇天へ。ショットガンのような拳が左の頬を打ち、世界が回る。意識よ耐えろ、刀も離すな。俺はまだ、まだあれだ!
「はんぐぐぅあ」
刀を振る。ゆるゆると、空を斬った。あばらを殴られる。砕けたな。刀を反そうとすると、内臓が刺されたような悲鳴を上げ、俺は片膝をついた。残った膝を容赦なく蹴られ、俺は砂の上に崩し倒される……弱ぇ。
「はぁ……はぁ……左腕、ピクリとも動きませんよ」
上から声が聴こえる。なんで、そっちが弱音吐いてんだよ。視界が揺れてる。暗い。ああ、なんだこれ。
「はぁ……」
赤城さんが、歩く音が聴こえる。龍田の方へ行くな。ぁ、止まった。俺の方だ。立ち位置を変えただけか。俺を見下ろしている。俺を。何を考えてんのかな。目を擦っている。
「はぁ、はぁ……心臓の鼓動が……はぁ……たまに、私とは異なる存在の鼓動が、聴こえるのです……はぁ……この鼓動の記憶は、あらゆる味を知っている。味覚の感じ方を、知っているのです。はぁ……」
何か言っている。いつもだな。いつもみんな俺に伝えようとしてくる。わけのわかんねぇことを。わけの……わけがわかんねぇ。
「いつも、はぁ、戦場に漂う香りを芳ばしいと……加賀さんとの最後は、二人きりでした。はぁ……私は、彼女を腕の中で看取り……気付くと、彼女が口の中にいました。そして、私は理解してしまったのです」
刀。ああ、刀が、まだ俺の手の中にある。偉いな。俺は力を振り絞り、仰向けになった。
「はぁ……私と皆さんと、そこには何の違いもないのですよ。真実を知っているかいないかなどは、なんの意味もありません」
刀を、赤城さんの方へ向ける……切っ先を。よく見ろ。霞む。見ろ。腹だ。見ろ。
「届いていませんよ」
赤城さんが刃先に、手を伸ばす。俺は鍔の裏のボタンを押した。
『おいのあまえあちょうしゅうだ。よおひくなっ』
伸びた刃が……完全に赤城さんの腹を貫いている。やった。
「な」
赤城さんの手が刀の峰を掴む。
「こっの、変態ヤローがああ!」
赤城さんの背後から加古が飛び出し、飛び越え、帯を引いた。赤城さんの首に帯が巻き付いている。赤城さんの体勢が前に傾き、刀が更に深く、突き刺さる。
「うぐぁああ」
赤城さんの顔が初めて、苦悶に歪んだ。刀が鍔の手前まで突き刺さる。
「うっぐ、あ、がぁ!」
俺の顔のすぐ前で、赤城さんの顔が止まった。その目に怒りはない。まさか自分がという、そんな驚きだけがあった。
「っく……」
赤城さんが目を閉じ、動かなくなる……。
「やった!? やったか天龍!?」
赤城さんが目を見開く。
「っはぁ…………はぁ、はぁ、はぁっ!」
赤城さんが口を大きく開ける。食われる!
「沈め!」
赤城さんの首が横に傾く。頭に、ナイフが刺さっている。
「ここが墓場だあああああああああ!」
嵐がガクガクとよろけつつ、走り寄ってくる。そして俺の上から赤城さんをどかし、ナイフを抜き、赤城さんに馬乗りになって、その首へ、胸へ、喉へ、心臓へ、幾度もナイフを突き刺した。
「死ね! 死ね! 死ねええええ!」
かつての英雄が、俺の隣で死んでいく。嵐にもうやめろと、言う気にもなれなかった。実際どんだけやっても起き上がってきそうだ。ビビりだな、俺は。風が暗天の雲を流していく。月が顔を覗かせる……凄まじい、怪物だった。
第16話あとがきです。
レザーフェイスがチェーンソー持ってヒャッハーするのが悪魔のいけにえ。死者の書でゾンビを呼び起こしちゃうのが死霊のはらわた。フランケンシュタイン男爵が世界最高の人種を造ろうとするのが悪魔のはらわた。悪魔が神の子を殺そうとするのが死霊のいけにえ。死霊のえじき、悪魔のえじき、死霊のしたたり、悪魔のしたたり、もあるけど悪魔の盆踊りはないらしい。ごっちゃになります。
いやそんなことより赤城さんだね。今回赤城さんは天龍ちゃんと同じくらいかそれ以上に描きたかったキャラクターです。まぁそれで、アンチ・ヘイトタグ入れたんだけど。ホラーテイストなキャラクターが度を過ぎればコメディーテイストになるように、コメディーテイストなキャラクターも度を過ぎればホラーテイストになるというのをやりたかったのです。大食いキャラを過度に誇張すると当然同種食いに至るので。実際近代化改修とか、そういうことなのでは?まさかね。
そして物語は折り返し。次回、「陸の怪物 その1」。穏やかな海はまだ遠い。