艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第拾漆章 陸の怪物 その1

 加古がそのまま待っていろと、俺に言った。あばらを抑え、俺は龍田の方へ、這い寄る。嵐は赤城さんの息の根が完全に止まってからしばらくすると、ようやくナイフを置き、海の方へ視線を流した。

「龍田、大丈夫か」

「……天龍ちゃん」

「おう。いるよ、ここに。死ぬなよ」

「うん……」

 龍田の手を握る。身体を見ると、致命傷はぎりぎり避けられているように見えた。そう思いたかっただけかもしれない。けどこのままじゃ、どっちみち助からない……俺だけ助かりたくねぇな。

「よいしょ」

 龍田の隣に横になる。龍田の顔が、俺の方を向く。

「天龍ちゃん、ごめんね」

「ん? 何が?」

「わたし……」

「おまえのことは俺が一番知ってんだよ。謝ることなんてなんもねぇ。ほら、空気がうめぇぜ。すー、っう、痛って」

「ふふ」

 龍田が微笑んでいる。ずっと、微笑んでいてほしい。波の音を聴きながら。

「えいさー、ほいさーっと」

 加古が鈴谷を担いでやってきた。龍田の隣に寝かせ、また来た方へと戻っていく。

「あんたらお喋りでもしながら気ぃ紛らわせときなよぉ。もうすぐ名医が来るからさぁ、おっちぬんじゃないよぉ」

 言いながら茂みへ入っていく。名医? そのとき、海の方から音が聴こえてきた。船の音だ。船が近づいてくる。

「熊野、熊野は?」

 鈴谷がつぶやくように言った。

「すぐ加古が連れてくる。頑張れ」

「うぃー」

 船が見えてきた。小型の哨戒艇だ。船首甲板に人が立っている。明石だ。望遠鏡でこちらを覗いている。

「腕は確かだよ。腕はね」

 言いながら、加古が熊野を鈴谷の隣に寝かせた。

「頭はどうだか」

 助かるならなんでもいい……助かるよな?

 船が浜近くまでやってくる。船体が完全に停止するよりも先に、明石が舟から飛び降り海上走行艤装で駆けてきた。

「一番の重体は!? 龍田さんですね龍田さん重体! 次いで鈴谷さん! 二人は先に応急処置します! 天龍さん嵐さん熊野さんの順で船へ!」

 畳み掛けるように言って救急箱を手に俺達の側で膝をつく。救急箱を開き、目にも止まらない手際で治療具を準備していく。

「天龍殿、身体起こせるでありますか?」

 頭の上で声がした。あきつ丸が俺の肩に手を当て、尋ねかけている。いつの間に。

「あばらがやられてら」

「あばら、承知したであります。しばし辛抱を」

 あきつ丸が俺を横になったままの姿勢で抱え上げる。痛てぇ。恥っず。

「ずるい」

 龍田が擦れた声でつぶやくのが聴こえた。

 それから俺達は順に船へ運び込まれ、鎮守府への帰路に着いた。安心感と揺れによる若干の痛みの中で、しかし疑問は残る。赤城さんを、ずっと牢屋に入れておけばこんな死闘は行わないで済んだんじゃないか。何か、理由があったのか。いや、ないわけはねぇ。嵐はただ復讐の為に動いただけ。なら加古は? たぶん、加古が明石とあきつ丸を呼んだんだ。どこかのタイミングで。そしてその呼びかけに答えられるだけの範囲に、明石とあきつ丸は待機していた……三人は計画を知っていた。それぞれがどこまで知っていたのかは、わからねぇけど。でも……木曾は全てを知っている。全ての理由を、木曾は知っている。鎮守府に戻ってからの身の振り方を、俺は考えずにはいられなかった。

.

「最近聞くぅ、歩きスマホ。私もたまにやってまうんですが、あれ危険ですわ。熱中し過ぎて」

「ああね~、いけませんよ~。人にぶつかったり交通事故の原因になりますからね~」

「ならへんよそんなもん」

「ええ?」

「ぶつかりませんよ」

「ほなら、何が危険ですの?」

「この前熱中し過ぎて、気付いたらブラジルまで行ってましたわ」

「強靭な足腰やな~」

 隼鷹の側のラジオから、漫才の声が聴こえてくる。今、救護室の八つの寝台は全て埋まっていた。元々いた隼鷹に、上階をアヘン窟に改造して倒れた龍驤、俺、龍田、熊野、鈴谷、嵐、ただ眠りに来てるだけの加古。普段の寮室より多い。鎮守府に戻ってきてから一日が経過していた。

「みなさーん、ごはんのお時間ですよー♪」

 看護師の格好をした明石が元気に明るく救護室に入ってきた。両手に食事の載ったプレートを持っている。

「きちんと食べて、早く治すであります」

 続くあきつ丸も、同じように看護服を着て両手にプレートを持っている。

「ご、ご注文間違えてたら、ごめんなさい」

 まるゆも小さな看護服を着て、プレートを一つ持っていた。

「おー来た来た」

「天ぷらそばお待ちでーす」

 明石によって、黄土色のブロックと肌色と茶色のペーストが、寝台の柵に取り付けた簡易机に置かれる。他の寝台の簡易机にも次々と。

「うちのは~?」

 プレートが全て配り終えられたところで、龍驤がだるそうに手を上げた。

「オーバードース龍驤さんはまだ点滴です!」

 明石がぴしゃりと言い放つ。

「お笑い芸人みたいな名前つけるなや~」

「龍田さんも、まだしばらくは点滴になります。頑張ってくださいね」

 龍田に対しては、明石とは思えない優しい口調だ。

「はぁい」

 少し弱々しくだが、龍田は微笑んで答える。命に別状がなくて良かった。それでも、明石の応急処置と治療がなければ危なかったらしいが。

「鈴谷、身体起こせまして?」

「大丈夫。けどちょっち手伝って」

「もちろんですわ」

 顔に包帯を巻いた熊野が、鈴谷の背を支え、起きるのを助けている。この二人も無事で良かった。熊野は結局帰ってくるまで意識を取り戻さなかったから、万が一を考えてしまったが。

「萩風さん、お茶、もう、ありませんね。持って、きましょうか?」

「ありがとう、まるゆちゃん。お願い」

「はいっ」

 嵐は……萩風に戻ったらしい。受けたのは蹴り一発だが、食い物の恨みによる渾身の一撃だったのだろう。症状は全身骨折。俺よりも酷い有り様だった。なのに最後走り寄ってきて赤城さんを滅多刺しにできたのは、執念の力というか怨念の力というか……けどそうして復讐を果たし、今の嵐は清々しい気分でいるのか、その表情からはいまいち読み取ることはできなかった。

「天龍ちゃ~ん、ごはん冷めちゃうよ~?」

「え? ああ、うん。悪いな龍田。おまえ食えないのに」

「わたしは天龍ちゃんがごはん食べる姿見てるだけで、おなかいっぱいになれるから、心配しないでぇ~?」

「うん……ずっと見られてるとちょっと気になるけどな、まぁいいぜ」

「ふふふ」

 木曾には……一応会った。船が鎮守府に到着した時、奴は桟橋で待っていたんだ。俺が何か言おうとするより先に誰が一番重体か聞いてきて、明石と一緒に龍田を工廠へ連れていった。それっきり見ていない。病室にも顔を出さない。奴は今何をしているのだろう。どんな顔を、しているんだろう。龍驤や嵐にも、言いたいこと聞きたいことはあったが、まずは木曾に問いたださなくてはならない。そんな気がして、俺は身体の回復を待っていた。

.

「ねぇ、やっぱり考え直した方が、いいんじゃないかなぁ~」

 桟橋の縁に腰かける俺に、双子の妹は後ろから抱き着くようにして語りかけてきていた。ビビリのくせに。本当はこんな海の近くなんて怖くてしょうがないはずなのに。けど、俺の決心は揺らぐことはない。

「奴らが現れるようになって、もう二十年だぜ。俺達が生まれるより前から好き勝手やってやがる。お国がさ、世界がさ、どういうわけか知んねぇが、俺達みたいな女子供に助けを求めてんだよ。威厳も誇りも二の次でさ。だったらそれに応えてやるのが、武士ってもんじゃねぇか」

 俺の言葉に、妹は小さく溜め息をつく。その息がうなじに当たり、少しこそばゆく感じた。

「武士じゃ、ないじゃない。それに艦娘って、大砲? で戦うのよ? 椿三十郎や座頭市みたいに刀で斬り合うんじゃないんだから」

「ああってるよ」

「それに名前も、変えられちゃうんだよ? 誰でもない、兵器としての名前に」

 何度目だろう。その説得の文句は、もう何度も聞いたものだった。どうして妹は名前にそれほど固執するのか、波紋を眺めながら考えたが、俺にはわからなかった。

「名前なんてどうでもいいさ。水面三十郎で十分よ。俺はおまえみたいに勉強とかできないし、良い旦那見つけて良い嫁になれる気もしねぇ。てかそんなんはしたくねぇんだ。昔から喧嘩が好きで、戦うのが好きで。おまえもよく知ってるだろ?」

「知ってる。でも、だからよ。深海棲艦との戦いは、喧嘩じゃない。試合でもない。殺し合いだよ。それで死んじゃってもいいの?」

「いい」

「そんな!」

 珍しく大声を上げた妹の手が、少し強く、俺の肩を握った。でも。

「喧嘩じゃない、確かにそうだ。試合でもない、確かにそうだ。だから殺し合いかって、そうだろうが、それだけじゃねぇんだよ。守る為の戦いなんだ、人類を……いや、人類なんてどうでもいいけどさ、でもその中にはおまえや、親父や母さんも入ってる。例えばおまえが、結婚して幸せな家族を作る。でもその世界に深海棲艦がいたら、毎日怯えて暮らさなきゃなんねぇだろ? いつかその生活を壊されるかもしんねぇ。そんなのはさ、嫌なんだ。その時のおまえの顔を想像しただけで、奴らが憎くなる。だから俺は戦いたいんだ。絶対に、守る為に」

 妹の手が、ゆるっと弱まる。それが納得を表したものでないことは、俺にも理解できた。

「……なんにもわかってない」

 呟くような妹の言葉に、今までほとんど妹から向けられたことの無かった失望の言葉に、少し、胸が痛くなった。けど、決心したんだ。

「でも、うん……もう言ってもダメね」

「ああ」

 力尽くで止めればいい。その方がいい。なるべく、俺を止められなかったことを後悔しないように。やるだけやって、それでもダメだったと、後で思えるように。

「なら……わたしも志願するわ」

「は!?」

 想定外の言葉に、振り向き妹の顔を見た。

「わたしの、未来の平凡な幸せなんて、そうしたら存在しなくなるでしょ?」

 妹の言っている意味がわからない。

「え、いや、ダメだよ」

「ダメじゃないわ。決めた。決めたから。わたしを守りたいなら、一番近くで守って」

 まずい。妹はこうなると、俺以上に頑固だ。一番させちゃいけない決意をさせちまった。それに、俺が覚悟していたこと以上の覚悟を、要求してくる。

「おまえには向かねぇよ!」

「わたしに向かないのは、あなたのいない人生」

 俺の言葉など一瞬で跳ね返されてしまう。俺は言葉を探しながら口をぱくつかせ、しかしついに、適当な言葉を見つけることはできなかった。妹の、口の端が嚙み締められている意味さえ……。

.

 目を開けた。救護室の暗い天井が見える。隼鷹のいびきが聴こえる。なんだ、今の夢。龍田、みたいな奴と話してた。俺の記憶? いや、違う。覚えがない。でも何か……酷く懐かしい。

「眠れませんか」

 左隣の寝台から声がした。嵐がカーテンを少し開けてこちらを見ている。俺は、カーテンをしてなかったから。

「ちょっと、起きちまった」

「そうっすか。なら少し、散歩に付き合ってください」

 嵐だ。口調でわかる。嵐として話しかけてきている。

「おまえ動けねぇだろ」

「お手数ですけど車椅子がそこにあるんで」

「俺も怪我してるんだが」

 言いながら、俺は身体を起こした。あばらに痛みが走る。けど少し、マシにはなっていた。なんとか歩けそうだ。

「無理だったらいっすよ」

「なんか、その言い方逆に断りにきーな」

 立ち上がる。立てた。右隣の寝台を見ると、少し開けた仕切り布から龍田が眠っているのが見えた。ちょっと行ってくるぜ。

「回復早いっすね」

「我慢してんだよ」

 車椅子を取り、押して嵐の寝台に近づける。嵐の布団をめくると、その小さな身体中がギプスでガチガチに固められていた。

「散歩無理だろそれ」

「行けますよ。こんな痛み、大したことない」

 仲間の死に比べれば。そう言ってるんだろうな。嵐の身体を持ち上げる。嵐は痛みに顔を歪めるも、声は出さなかった。つか、俺も痛てぇ。嵐を車椅子に座らせ、押して救護室を出た。

「どこへ行く?」

「提督室へ」

「……わかった」

 車椅子を押し、暗い廊下を提督室へと向かう。距離はそう離れていない。すぐに提督室に辿り着き、俺はその扉を、ノックした。

「入っていいぞ」

 とっくに勤務時間外のはず。しかしそこに、木曾はいた。扉を開け、中へ入る。執務机で書類の束に囲まれた木曾が、ウイスキーを片手にぼんやりとしていた。

「なんか久しぶりだな」

「扉を」

「おう」

 扉を閉め、車椅子を押して執務机に近づく。何から、言ってやろう。

「提督さんよ、今回の任務は、大成功か?」

「……ああ。いや……二人とも、今救護室にいるやつらもそうだが、本当にご苦労だった。鬼の目撃情報は誤りで、しかし赤城が暴走した。赤城は手強かったはずだ。よく、生きて戻ってくれた」

「そういうことを聞いてるんじゃないんだけどよお」

 書類の束に手をつく。少し、痛みが走った。木曾の目が、上目に俺を見る。どんな目かよくわかんねぇ。けど俺の態度に対する怒りというよりは、申し訳なさ、あるいは単に酷く疲れた目、そんな目をしていた。

「そうだな……おまえの言いたいことはわかる。俺はきちんと、話さなくちゃいけねぇ……俺は」

「そこまでっすよ、提督」

 嵐が木曾の言葉を遮った。

「それ以上はいけねぇ。天龍さん、今回のは単なる事故だぜ。赤城は暴走したんだ。だから始末するしかなくなった。けどいつか実際に鬼が現れた時、万全の戦力で赤城が投入されて、そこで暴走してたら、もっとヤバいことになっただろうな。運が良かったっすよ、まったく」

「嵐、おまえ」

「関係ないがこれを見てください」

 嵐が顎で自分の右肩を指す。ギプスと包帯の間から、ちょうど肩の部分の地肌が見えていた。よく見ると、途中で色が変わっている。変わり目には縫われたような、その名残が残っていた。

「この右腕は元々、俺のもんじゃねぇんだ。親友がさ、いたんだよ。そいつはこの右腕だけ残して、あとは鬼に食われちまった。他にも大勢の仲間が、隠れても逃げても、順々に食われていった。最後に残ったのが俺でね。俺も右腕を食われたんだ。そこでようやく助けが来た。仲間がみんなやられたってのに、俺だけ生き残っちまったんだ。なんでだろうな。理由なんて一つしかない」

「……ぅな」

 言葉にならない声だけが漏れ、俺は、馬鹿みたいに口を開けてるしか出来なかった。改めて気付く。なんで大成功なんて言ったんだ。嵐は、すでに大敗を飲まされている。今回の任務で、ほぼ全員が命を失ってしまった状況を、既に経験している。

「天龍さん、けどさ、けどってのもへんな話だが、謝らせてくれ。本当に、すまなかった。俺はみなさんのことを考えず、利用し、刺し違えるつもりでいた。本当にすまなかった」

 嵐が、深く頭を下げてくる。やめろよ、今そんな姿勢、全身に痛み走るだろ。

「謝んなよ」

 ごんっ! と、木曾が机に額を打ち付けた。そのまま動かない。

「提督、あんたは謝るな!」

「酔って頭が重いだけだ!」

 な、なんだこいつら。ああもう、やめろよ。

「二人とも頭上げろよ。見下ろすとあばら痛てぇんだよ」

 言うが、頭を上げてくれない……わかった。よくわかった。手段を選んでられなかった嵐の復讐心も、木曾の、単に俺達を、無感情に駒として使ったわけじゃないめんどくせぇ心情も、なんとなく。なんとなくだけど、もうそれでいい。謝られるの苦手だ!

「もういい! 嵐も提督も頭上げろ! それに提督にはもう一つ聞きたいことがある!」

「……なんだ」

 木曾がゆっくり顔を上げると、その目は少し湿り気を帯びていて、俺は直視出来なかった。けど聞かなくちゃいけねぇ。これは、終わったことじゃあないんだから。

「島で、全部思い出したんだよ。俺は忘れてたんだ、前の提督との、いざこざの理由」

「……あぁ、明石から調査依頼された件だな。こちらでも……調査は、した」

 口ごもっている。もしかして、既に知ってんのか?

「その……早く伝えず、すまない。すまなかった。けど、どう伝えるべきか。おまえが忘れてるなら、その方が良いのかもしれないと思ったんだ……すまない」

 すまないすまないって、俺はそんなことを聞きたいわけじゃない。

「はっきりさせてぇ。何がわかったのか言ってくれ、今」

 木曾の目線がウイスキーのラベルに移る。酒に助けを求めたいというような、そんな目だ。

「……あちらの鎮守府でおまえが最後に率いた艦隊は、旗艦のおまえと朝霜を残して、あとは轟沈した。原因は、完全には開拓されていないルートで遠征を行ったことによる、深海棲艦のコロニーの直撃。現在はコロニーの破壊を目指し、より詳細な調査が進められている」

「……それだけか?」

「ああ。四隻もの轟沈を出した提督の采配に対して、おまえは抗議したと」

「違う! そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ。それもあったかもしれねぇが、一番の理由は、ラダー」

「……ラダー?」

「そうだ。あんたが龍驤にやってるやつだよ。龍驤がおかしくなった原因だ」

 木曾が目を細め、考える表情をする。本当に考えているのか、それとも振りだけか、怪しいところだ。

「……なるほど」

「なるほどじゃねぇよ。あんな危険なもん、なんで龍驤に! あれで俺の仲間は四人、気がおかしくなって死んだんだ!」

「……いや、天龍、そうじゃない。前半は。後半はきっとその通りだ」

「は!?」

「ラダーは確かに、適性のない艦娘にはほとんど毒そのものだ。実際適性のない艦娘への支給は軍法でも固く禁止されている。龍驤には適性があり、ここへもその支給を条件にやってきた。龍驤が倒れたのはお手製でラダー類似物を作った為だ。ここまではいいか?」

「……適性ってなんだよ」

「適性ってのは……例えば酒なら、隼鷹には適性があるが、おまえにはない。隼鷹はザルだけどおまえは下戸だろ。そういうことさ」

「……あれに適性云々があるなんて思えねぇよ」

「そうか? 龍驤との出撃で、おまえはそれについては目で見て知ってるはずだぜ? 普段龍驤にとって、ラダーは毒になってるか?」

「普段は……でもちょっと鼻血とか出してるときあるぜ。意味不明なこと言ったりもするし」

 俺はあれが龍驤には安全だなんて認めたくなかった。あんな薬は撲滅したい。なんて言ったらいいんだ。

「おまえが言う危険ってその程度のことじゃないだろ。まぁでも、依存性が強いってだけで充分害があるとも言えるけどな」

「そうだよ」

「うん。まぁそれはそうとして、なんて言うとおまえはまだ話は終わっちゃいねぇ、と言いたくなるだろうが、俺がさっきなるほどと言ったのはここからだ。おまえの以前の鎮守府の提督は、どこからかラダーを入手し、おそらく適性検査も行わずにそれを艦娘達に支給したんだろう。興味本位でか、あるいは非適性艦への投与による危険性を軽視してか。けどそれは違法行為だ。その事実を隠蔽する為、異動が決まったおまえから、最後の任務の記憶ごとラダーに関する記憶を抹消したのかもしれない。それなら辻褄が合う」

「……かもな。でもだから何だってんだよ。俺の記憶は結局戻ったんだし」

「適性検査を行わずラダーを支給してたくらいだ。入手ルートは怪しいし、記憶抹消薬も半端なもん掴まされてたんだろ。すぐに憲兵隊に連絡しよう。もし俺の推測が正しければ、そいつを直ちに独房送りにできる」

「……本当か?」

「ああ。ラダーの非適性艦への支給は重罪だ。降格程度では許されない」

 それは、もしかすると俺が一番望んでいた奴への罰かもしれない。正式に奴が処罰されるなら、死んだ仲間達は戻ってこないが、それでも……。

「そうか。頼む。頼んだぜ。まだ生きてる、他の、以前の仲間達が心配なんだ」

「ああ。良く思い出してくれた。水、水どこだ」

 木曾が椅子から立ち、冷蔵庫の方へと進んでいく。

「あと思い出したことは?」

冷蔵庫を開けた木曾がペットボトルの水を飲みながら、少し漏らしながら、尋ねた。

「あと? いや、そんだけ」

「その悪夢みたいな任務で、通常でも脅威になるような敵はいなかったんだな?」

「……あぁ……いたかな。いたな、変な奴。脅威になるかはわかんねぇけど」

「どんな奴だ」

「最後にヲ級を倒して、そのあと出てきたんだ。見たことないタイプだった……あぁ、思い出してきた。髪が蛸みたいになっててさ、先の方が色んな形になってんだ。やたら話しかけてくんの。そのとき既に俺が瀕死だったからかもしんねぇけど。で、俺を一度だけ刺したんだ。そこで気を失ったから、あとは覚えてねぇ。たぶん俺が死んだと思って帰ってったんだろう。そのあと朝霜が来て担いで帰ってくれたんだと思う」

「なるほど。きっとそうだろうな。うん……知らない特徴だな。記録しておこう」

「ともかく致命傷になったのは敵の攻撃じゃあなくて、仲間がラダーで錯乱して撃った弾だったんだ。未開拓ルート云々はあんまし関係ねえ」

「わかった。先の調査であちらが提示した情報は隠蔽を重ねるものであったとも伝えよう」

「ああ」

 そうしてすぐ、木曾は俺達の目の前で大本営に電話し、俺の前提督の隠蔽をリークした。二日後、俺は前提督が軍法違反で逮捕されたことを知らされる。俺は安心し、再び木曾を信用してしまった。




第17話あとがきです。

 天龍ちゃんの憧れは間違いなく三船敏郎かなと。特に用心棒や椿三十郎の。強くてかっこよくて、たまにひょうきんでちょっとズルする。片目が見えないことから盲目の座頭市、勝新太郎にも憧れていたかもしれない。萬屋錦之助の独眼竜政宗も当然見ていたろうが、アウトローな天龍ちゃんは為政者には今一つ惹かれない、そんな風に考えたのです。だから水面三十郎。桑畑を見て桑畑三十郎、椿の花を見て椿三十郎とその浪人が名乗ったように。まぁ正確には水面十郎子になるんだろうけど、語呂悪いし恰好悪いからね。

 さて次回、「陸の怪物 その2」。艦娘の秘密が今明かされる。
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