明石に目薬を貰いに、俺は庁舎内を歩いていた。ここ数日横になっていたせいか、身体がやたら軋んでいる気がする。リハビリしねぇと。幸い、あばらはもう痛くねえし、うん、トレーニングだな。龍田みたいに強くなりたい。
「やっぱビデオ講習からだよな……」
ふと窓の外を見ると、元クワンソウ畑に龍驤が立っていた。まだ点滴をぶら下げているが、背中越しに煙が上がっているのが見える。懲りねぇな。
「よお」
俺が声をかけると、龍驤はだるそうに振り返った。どうやら普通の煙草だ。
「ラダーはダメだぞ」
窓枠を越え、龍驤に近づく。最近龍驤には、二言目にはこれを言うようにしていた。
「ラダーやないわ。見ればわかるやろ」
「吸ってようが吸ってまいが、二言目には言うんだよ」
「けったいやな~」
自分の煙草を取り出し、火をつける。横目に龍驤の顔を観察すると、だるそうだが、どこか毒の抜けたような感じがあった。まぁ、実際そうなんだろうが。
「はぁー」
煙と溜め息が混じって、龍驤の口から漏れていく。あれから、どうなんだろう。木曾とは和解したんだろうか。
「でも、うん……ラダー控えるわ。ちょっちな」
「おぉ、いいことだぜ。つか止めろよ」
「それは無理」
即答だな。
「でももう手に入らないんだろ?」
「ん? 誰がそんなん言うたの?」
「え? だっておまえが口論してた時、木曾がさ」
「あぁ……いや、でももうもろたわ」
「はあ!?」
おい木曾!
「なんや、やめや、そんな大声出すんの。あの時木曾ちゃんは必ず確保する言うたんや。それで、実際ちゃんと確保してくれたいう話なんやから」
「いやいや、生死彷徨ったおまえにまたその原因渡すなんてありえねえ!」
「ちゃうわ。原因はうちや。うちがバカだったんや。今思えば木曾ちゃんにあんな怒鳴りつけたんもうちがどうかしてたし、最近やり過ぎてたわ」
「いや……納得いかねぇよ」
「なんかしらに依存して生きていくもんやないの、人って」
「いやいや」
俺はラダーをやめさせる言葉を必死に探した。けど上手く出てこねぇ。結果として沈黙が流れた。その沈黙を、龍驤が破る。
「聞いたわ、あんたの仲間の話」
「……誰から」
「萩風。いや、うちが最初にな、天龍ちゃんがラダーやめラダーやめうるさいて漏らしたんやわ。したらな、あん子がこれこれそういうわけやからて。あんたの為にもラダーやめて欲しいて」
「……うん、そうか」
「でも無理や。ラダーっていうんはね、階段っちゅう意味なん。どこまでも昇っていくような高揚感。最高やで。けどやめると、その階段から落っこちるような感覚に襲われる。夢でもたまにあるやろ? あれや。あれが起きてる時に起こる。で徐々に頻度が増えるんや。これはもう、うちくらいまで行くと断絶しても治らん」
「やってみなくちゃわかんねぇよ」
「それにな、ラダーの本来の役割は戦闘能力の強化や。うちシラフやと雑魚やで。そんなんで戦場に出たら真っ先に死んでまうわ」
「……俺が守ってやるよ」
龍驤が無表情で俺を見つめる。やがてクク、クククと笑いを漏らし、ケラケラと笑い出した。
「よう真顔でそんなん言えるなぁ。やめてや、くふ。龍田が見てたら殺されそうや」
「冗談で言ってるんじゃねぇよ」
「あーはいはい。まぁ安心せ。ほんとな、用法用量守って適性艦が使う分には安全なものなんやから。パチモンはあかんけどな。フグの毒ってあるやろ?」
「フグ?」
「そ。フグの素人料理はあかん言うやろ。フグの毒は致死率が高い上に特効薬もない。けどな、イルカはフグの毒でハイになって遊ぶんや。艦娘ってのは人間と違ごうて、艦種ごとに全く違う特性を持ってたりする。この場合は特性が適正なわけ。天龍ちゃんが人間ならうちはイルカや」
「……どっちかっていったらフグの方だろ」
「なんやて!?」
龍驤が大きな身振りと共にリアクションをとる。昭和感ぱねぇな。きっちり間を取り、龍驤は口の端を緩めて一服した。
「くふふ。でもな、感謝しとるよ。泡吹いてるとこ見つけてくれてありがとうな」
「感謝するよりラダーやめて欲しいぜ」
「せやからそれは、まぁ頻度減らすってとこで勘弁してぇや。代わりにほら、なんか聞きたいことあったら教えたるで、ただで」
「普段は金取んのかよ」
「当たり前や。情報は金で買うもんや」
「……つってもな。なんかあっかな……龍田がさ、めちゃくちゃ強かったんだよ、実は。どうやったらあんな強くなれんだ?」
「経験やな」
「おいっ!」
「いや、経験やで。せやな、普段金取るだけの情報教えたるわ。龍田は二十年前の大本営襲撃の時」
「それは知ってる。総司令守ったんだろ?」
「……なんで知ってるの?」
「加古が言ってた」
「起きてるとお喋りが過ぎんねんあん子」
わかる。
「赤城さんもめちゃくちゃ強かった……同期だとかなんとか……なんかわかるか?」
「……赤城は第二期艦娘の英雄、そう言われてたけど、せやな、龍田もだいたいそのくらいかもしれん」
「そのくらいって?」
「第二期艦娘。龍田も第二期艦娘やないかなって」
「推測かよ。つかその第二期ってのが、俺はよくわかんねぇんだよな」
俺の純粋な疑問に、龍驤は眉間に皺を寄せ、口を手で軽く覆って考える仕草をした。
「これ言ってええんかな……ほんまもんの有料情報になってまう……」
「それを教えてくれるって言ったんだろ?」
「……せやな。二言はあかんな。わかた。まずうちらやけど……天龍ちゃんは第五期艦娘か第六期艦娘やろな。たぶんそんくらい。うちは第三期」
「うん」
「ほんで……うちらはクローンや」
「……」
「まず大元がいてやな、そこからクローンが作られて、そのクローンから更にクローンが作られて、またまたクローンからクローンが作られて、の繰り返し。大元が第一期艦娘で、そのクローンが第二期。クローンのクローンが第三期。天龍ちゃんはたぶんクローンのクローンのクローンのクロー」
「ちょっとちょっとストップ。ストップだぜ。頭を整理する」
「ほい」
クローン……いや、驚いちゃいなかった。俺達は造られた存在、造られた兵器だ。不思議はないし……そういう噂も聞いたことはあった。けど真実として聞かされたのは初めてで……そうなると……ああ、深くは考えないで止めておいた、適当に流していた一つの考えが、結ばれていく。
「つまり……いるんだな? 今も、俺と同じ顔をした、同じ性格の奴が、別の鎮守府には」
「いるやろな。先輩か後輩か同期か、いやきっとそのどれもおるわ。あんま驚いてへんね?」
「ああ。前の鎮守府で、そんな噂を聞いたことはあった。クローンって言葉じゃねぇけど。艦娘には同じ顔の奴が複数いる、みたいな」
「なるほどな。もしかしたら誰か遭遇者がいたのかもわからんね? なるべく被らないよう配属はされてるらしいから、噂すら聞いたことない子がほとんどなんやけど」
「……じゃあさ、もう一つ聞きたいんだけど」
俺は言いつつ、頭のどこかではしかし、それは聞くなと叫んでいた。けど、見えてきた真実を見なかったことにできるほど、俺は器用じゃない。ならせめて、確かなものにした方がいいんだ。
「……いや、やっぱいいや」
あれ? 何で笑ってんだ、俺。
「なんやねんっ」
「いや、いいんだ。はは」
心臓だか肺だかが震えている。ビビっちまったのか。けど違う。そういう震えじゃない。決心を言葉に出せなかったことに、俺の身体は心底ホッとしてるみたいだ……はは。
「へんなやっちゃ」
龍驤が口元を緩めて俺を見ている。何か、それを聞かれなくて良かったというような。違うか、それについては知らないからこんな表情なのか。そうか。きっとそうだ。
「つかさ、まだ生きてる第一期艦娘とかっているのか?」
笑いを残しながら、どうでもいいことを聞いている。
「一人は確実に生きてんのがおるよ。今も病室で酒煽っとるわ」
今? 酒?
「え? もしかしてそれって」
「隼鷹。御歳六十一歳や」
「ババアじゃねえか!」
「うわ、ひど。天龍ちゃん何歳?」
「八才」
「ガキやないかい!」
龍驤が俺の肩にツッコミを入れる。妙な空気が流れていた。龍驤が煙草を吸い、スパーっと、吐き出していく。
「まぁうちら、知能も身体もある程度成長した状態で造られて、老化もせえへんから、見た目だけじゃ歳とかわからへんよね」
「だな。おまえ何歳なの?」
「二十二や」
「ほんと見た目じゃわかんねぇな」
「何マウント取ろうとしとんねん。あんたより若い子なんてここにはおらんわ、たぶん」
「まるゆは?」
「まるゆは……」
龍驤の煙草が尽きた。言葉を続けず、龍驤は新しい煙草に火をつけ、何も聞かれなかったかのようにのんびりと吸い出す。
「なぁ、まるゆは?」
「ん? ああ、まるゆか……まるゆはわからんな。けど始めっからおるで。明石とまるゆと、加古と古鷹、それとグート姉と子分二人は木曾鎮守府の初期メンバーや」
「ふーん……それっていつだよ?」
「九年前、かな。うん、確かそう」
「へ~。じゃあ少なくとも九才か……まっ、艦娘に年齢とか関係ないからどうでもいいな!」
「わっ、開き直りよった」
「ん」
煙草を持つ手の甲に、水滴が落ちてきた……雨だ。
「中戻るか」
「せやな」
そうして降り出した雨は、この地の長い雨季の始まりを知らせるものだった。あらゆる傷が、洗い流されていく……しかし血に染まった水が何処へ向かうのかなど、その時の俺は考えもしていなかった。
.
「ゴホンゴホン、テーステス。サケダ。サケヲモッテコイ」
窓外の雷雨の音に交じって、機械的な、しかし確かな意思を伴った声が聴こえてくる。寮室で隼鷹が明石から受け取った電気式人工喉頭を試していた。スティック状のそれを喉に押し当てるタイプだ。
「オー、コリャイイネ。チャントハナセル。ジュンヨウサンフッカツダヨー」
そう言って隼鷹は満足気に器具を振った。
「喉に埋め込むタイプならもっと肉声に近くもできるんですけど、それだとメンテが大変なんですよね」
明石が喉を切り開くジェスチャーで語る。そのジェスチャーしなくていいだろ。
「イイヨイイヨー、コレデ。ダンマリシタイトキハ、コレナクシタフリスレバイイシネー。ソレニ、ナルベクダマッテタホウガ、ビジンガヒキタツダロ?」
隼鷹の陽気さに、俺と鈴谷、熊野は笑みを漏らした。
「もう目も替えてもらえよ」
「くせっ毛も替えてもらったらいいんじゃん?」
「アルコールを分解するあの、内臓も淑女に相応しいものに替えてもらった方がいいですわ」
三人で好き勝手言ってケラケラと笑う。
「エイエーイ! アタシハケッカンノカタマリカー! コレガイイッテオトコモインダヨー!」
ブンブンと腕を振る隼鷹、六十一歳。喉以外はすっかり完治していた。俺もあばらの骨折治ったし、熊野の顔ももう元通りだ。鈴谷に至っては腹の風穴が塞がったどころか、記憶障害まで治っていた。あまりにもあっさりと。正確にいつからか本人はわからないと言うが、たぶんあの出撃の日、熊野に殴られた時には治っていたんだろう。あるいはあの時の衝撃で? だったら壊れたテレビみたいな話だけど、明石も回復の原因は不明と言うし、あながち違うとも言い切れないかもしれない。なんにせよ良かった。
「はぁ~、一笑いしましたらおなかが空きましたわ。そろそろあの、あれにしませんこと?」
ただ熊野がちょっと、バカになった。いや俺はそうとは思わねぇんだけど、龍驤が言ってたんだ。確かに「あの」「あれ」が多くなった気はするけど、別に普通だろ。
「サンドイッチ食べに行っちゃう~?」
「サンドイッチ、いいですわね。美味しいですわ」
二人は話しながら畳を降り、寮室を出ていった。
「なぁ明石、鈴谷は本当に治ったのかな? 今回の怪我じゃなくて、頭の方さ」
急に治ったこともあり、俺はまた元に戻っちまうんじゃないかということが心配でいた。俺の質問を受け、明石は卓袱台に両肘を付き、手を組んで顎を載せ考え込む。そして少しして、答えてくれた。
「そうですね……治った、という言い方がそもそも正確か、という部分はありますけれど、治ったと考えてよいでしょうね」
「イジワルナイイカタ、シテヤンナヨ」
隼鷹が助け舟を出してくれる。確かに今の言い方ではわからなかった。
「別に意地悪では……天龍さん、私あまり、誤解のない言い方というのが得意でないものですから、天龍さん自身の頭の中でよく噛み砕いて考えて欲しいんですけど」
「うん」
「脳視計、天龍さんもやりましたよね」
「あのうるせーやつ?」
「そうです、あのうるせーやつ。あれで、鈴谷さんの脳には始めから何の障害もなかったんですよ」
「……え?」
「熊野さんには話さないで欲しいんですけど、まぁその、鈴谷さんの場合は脳ではなく心に問題があったといいますか」
脳ではなく心? 外傷じゃなかったってことか? 熊野の誤射が原因じゃなかったのか?
「ウマレテカラズット、タタカイノヒビジャネ。イゾンモコジラセルワ」
言って、スキットルを傾ける。ええと……。
「つまり、あれか? 鈴谷は記憶障害なんてなくて、そういうふりをしてただけ?」
「うーん、そこが難しいところなんですよねー。心って複雑なんですよ。自覚があったりなかったり、あるいはそう思い込むことで、本当にそうなってしまっていたり。真実は当人の心の中にしかないんです」
「ふむ」
わからねぇ。
「ワカリヤスクイッテヤッテ」
「ええと、ですから……これは私の推測も多分に含まれます。そっちの専門家じゃありませんからね、私。その辺り承知の上で聞いてほしいんですけど……戦いが嫌になって陸上がりを望むようになる艦娘って少なくないんですよ。それでどうするかと言いますと、わざと自身を欠陥品にして、戦場から追い出されるようにするんです。艦娘の人権がある程度認められるようになってからは、ますますそうした事例は増えてきました。鈴谷さんの場合もその可能性が。そうして実際陸上がりが言い渡されたのですが、除隊間近でこちらの鎮守府への異動要請が挟み込まれましてね。受け入れるという鎮守府がある以上、艦娘は陸上がりを押し通すことは出来ません。ただそこで、鈴谷さんではなく熊野さんが条件を出したんです。鈴谷を連れていくなら、彼女の欠陥を補う為の私も連れていってください、といった感じで。条件というより陳情ですけれど。まぁそれで、事はその通りに進みまして。そうなってくると鈴谷さんもいよいよ引っ込みがつかなくなり……散々熊野さんを心配させ、鎮守府にも迷惑をかけ、異動も決まり、それで嘘でしたー、なんて言えませんからね。元々疲弊していた心が、勝手に、本当に自身には記憶障害があると認識しようとし始めてしまったのでしょう……隼鷹さんが言うように、熊野さんに対する依存もあったかもしれません。初めは一人での陸上がりを決意したものの、やはり熊野さんと一緒にいたいという気持ちが残っていて、そこに状況の変化が加わり、もし本当のことを言ってしまえば、熊野さんが戻されてしまうかもしれない、あるいは愛想をつかされてしまうかもしれない、一人戦場で走らされてしまうかもしれない、という、恐怖ともいえる感情が沸いてきてしまっても不思議ではありません。それでやはり、嘘をつき続けるしかなくなり、結果、嘘が心を侵食していって事実と認識を歪めた、といったところです。わかりました?」
「……要するに、脳じゃなく心の問題で記憶障害になってたんだな」
「そうです。私最初にそう言いましたけど、その通りです」
「でもそれでどうして急に治ったんだ?」
「脳ではなく心の問題でしたからね。いつ治っても不思議ではない、というのは元々ありました。ただやはり、きっかけは必要だったかと」
「きっかけ?」
「例えば、正気に戻らなければ依存先の熊野さんの方が壊れてしまうかもしれない、という何か。それを防ぐ為ならもう見捨てられてしまってもいいと思える程度の衝撃。心の回復。実際に熊野さんを失いかけた経験。きっかけも複数絡み合っているかと思います」
「なるほど」
だいたい、わかってきた。気がする。
「なら、もうまた記憶障害になったりは、しないかな?」
「さぁ、それはどうでしょう。相変わらず深海棲艦との戦いに終わりは見えていませんから。ただ、あきつ丸さんならなんとか、できるかもしれません」
「あきつ丸? なんであいつが出てくるんだ?」
「あきつ丸さんは元々、退役艦娘の生活支援員をしていたんです。ですので、陸上がりになった艦娘達の実状について詳しい」
「うん……それで?」
「艦娘の人権はまだまだ、充分に認められたわけではありません。ちょっとしたことで解体はされなくなった、その程度です。公式的には人間と同等の権利ということが謳われていますけれど、いくつか除外項目はありますし、実社会では法にはひっかからない差別的言動というものが多々あるものです。差別というのは人間同士でもあるものですからね、相手が艦娘となれば尚更。退役艦娘の自殺者数は年々増加しています」
「……ひでぇな」
「そういうものですよ、人間社会って。つまり私達にとって、陸はそう住み易い場所じゃないんです。ねぇ隼鷹さん」
「アタシハアンタトチガッテ、インキャジャナカッタカラネ、ワカンナイヨ」
「本当に?」
「アアホントウサー」
「まぁ、そうですね。悪いことばかりではないかもしれませんけど。実際休暇で陸に上がっただけの子達は、楽しい顔して帰ってきますし」
「ソウヨー」
ドタッ、と。寮室の外から何かが倒れる音がしてきた。
「なんだ?」
靴を履き、畳から降りて見に行く。廊下へ出ると、床に海洋生物図鑑が転がっていた。左の方へ目をやると、まるゆが床につっぷしている。
「転けたか、まるゆ」
ドジだな。立たせてやろう。
「まるゆさん?」
まるゆのそばでしゃがもうとしていると、明石の声が聞こえ、バタバタと近づいてきた。
「おーい、まるゆー、起きろー」
まるゆの身体を揺する……反応がない。
「天龍さん、少し下がってください」
明石が俺とまるゆの間に割り込み、まるゆを仰向けにした。手首を掴み、脈を測っている?
「……天龍さん、まるゆさんを動かさず、このままでいてください」
「お、おう」
明石が走っていく。え、なんかこれやばいんじゃないか。
「まるゆ、おいまるゆ!」
寮室から、隼鷹が出てくる。
「隼鷹! まるゆが大変だ!」
隼鷹は俺とまるゆを見下ろし、しかし落ち着いた顔をしていた。雷鳴が響く。
「まるゆ! 起きろまるゆ!」
足音が走り近づいてくる。木曾がやってきた。後ろから明石も。青い大きなシートを持っている。
「木曾! まるゆが反応しねえ!」
「ああ」
こいつも、走ってきたが顔は冷静だ。どうなってる。
「早かったですね」
「少しな」
明石が青いシートをまるゆに被せていく。え、心臓マッサージは? 人工呼吸は?
「こっち抑えとく」
「はい」
シートの中でまるゆがひっくり返され、蓑虫状にされる。
「おい、何してんだよ」
二人はそして、シートに包まれたまるゆを持ち上げた。
「おいったら!」
「天龍、付いて来い。全て見せる時が来た」
二人が廊下を進んでいく。まるゆを連れて。
「待てよ。待てって」
俺は何が何だかわからないまま、二人についていった。もしかしてまるゆは人造人間で、工廠のあの変な椅子で息を吹き返すんじゃ。なわけあるか。もしかしてこれも夢か。夢であって欲しい。まるゆ死ぬなよ。
「天龍扉を開けてくれ」
「お、おう」
扉を開ける。どこの扉だ。提督室の扉だ。いつの間にか提督室まで来ていた。二人がまるゆを運び入れる。
「そこの絵を外してくれ」
「おう」
部屋の窓とは反対側に位置する、この島の外観を描いた絵を外す。すると、人が入れる程度の、上向きに開く扉がそこにはあった。
「開けてくれ」
「わかった」
扉を開け、留め金に嵌めて固定する。扉の先は傾斜になっていて、先の見えない、暗い闇へと続いていた。
「なんだこれ」
「横にずれてくれ」
「ああ」
横にずれる。するとその闇の中へ、シートに包まれたままのまるゆが投げ込まれた。
「ああっ!」
思わず木曾を見る。そして明石を。再び木曾を。
「何してんだよ」
「さぁ、行ってこい。この先に本当の鬼がいる」
「鬼?」
「まるゆを見失うぞ」
「……」
まるゆが滑り落ちていく。
「あとでちゃんと説明しろよ!」
俺はまるゆを追い、地獄の穴へ飛び込んだ。
第18話あとがきです。
隼鷹と天龍ちゃんの年齢差はなんと53歳!天龍ちゃんは8歳!驚愕の事実です。いやでもそもそも人間ではないので。天龍ちゃんはお酒飲まないけど仮に飲んだとしても問題ない。成長しない身体で人間でもないとなれば、最早人間の法律を同じように適用することはできないのです。
次回、「陸の怪物 その3」。天龍はまるゆを救えるのか。本当の鬼が、今姿を現す。