艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

19 / 35
第拾玖章 陸の怪物 その3

 身体が、穴の中を滑り落ちていく。どこへ通じてるんだ? 地下? そういや確か地下には貯蔵施設があるんだったか。でもどうしてそこに? まるゆはどれくらい先だ。暗くてなんも見えねえ。いや、聴こえる。前の方から、まるゆが滑り落ちていく音が。その時、殴りつけられるような頭痛と共に、身体が上へ跳ね返された気がした。けど実際には変わらず滑り落ちている。この感覚、もっとぬるいのが、島の反対側に近づこうとした時にもあったような。考えていると前方から一瞬光が射し、まるゆが消えた。開閉式の蓋がある。靴が蓋に触れる。身体が垂直に落ちる。

「うあっ!」

 宙を落下したのは一瞬。俺の身体は何かの上に乗っかった。視界が一方向へ動いている。手を床につき、いや、床ではなく、何かに触れた。触れた何かに視線をやる。肌色。

「ひっ!」

 思わず手を離した。

「は! わっ!」

 横に転がる。しかしすぐに透明な仕切りにぶち当たった。隣で横になる、見知らぬ艦娘と目が合う。

「あっ、うぁ」

 唾を飲む。なんだこれ、なん。

「にぇ」

 いる。前後にも。動かない身体がたくさん。動いている。床が。な、んなんだこれ。身体を起こすと、ようやく見えてきた。今の状況が。ベルトコンベアの上だ。前にも後ろにも、何体も死体が並んでいる。無造作に。ほとんど裸で、血は出ていないが、腕や脚が足りない身体がいくつも。そうか。

「解体工場だ」

 透明な仕切りの外を見る。広い空間に、白い壁。全てが自動化されている。誰もいない。まるゆ! 進行方向に目をやると、青いシートが目に入った。巨大な鉄の口に飲み込まれようとしている。

「まるゆ!」

 死体の上を這い、間一髪、まるゆを引き寄せた。反対方向へ引きずり、鉄の口から離れる。どうすれば。

「あ」

 透明な仕切りは、しかし上は開いていた。高さも背丈の半分ほどしかない。まるゆをかかえ、仕切りを乗り越える。

「はぁ、はぁ」

 まるゆを下ろし、振り返る。間違いない、解体工場だ、ここは。ベルトコンベアの上で運ばれているのは、死んだ艦娘達。誰かまで頭を巡らせたくないが、見たことのある顔も流れていく。どうして鎮守府の地下にこんなものが。

「……まるゆ」

 しゃがみ、青いシートを開く。まるゆはまるで眠るように、けれど、わかる。死んでいる。

「なんなんだよ……」

 コツ、コツ、と、足音が耳に入る。顔を上げると、木曾が立っていた。

「工場見学って気分じゃないだろうが」

 立ち上がり、俺は木曾に掴みかかった。

「なんで鎮守府の下に解体工場があんだよ! それにまるゆはどうして、なんなんだ!」

「俺達の鎮守府は元々艦娘の開発施設だったのさ。艦娘の有用性が証明され軍での導入が決まり、安定して艦娘を製造できるようになった後、闇の歴史を葬るため不要なものは全て跡形無く消され、必要なものは全てこの地下に移って拡大した。ここは単なる解体工場じゃない。建造から解体まで、全てがここで行われ、世界に出荷されている。それと……」

「て、天龍さん。提督を離してあげて、ください」

 声に、木曾の後ろを覗き見る。そこにはいつもと変わらない、まるゆの姿があった。

「まるゆ……なのか?」

「は、はい」

「でも……じゃあこっちは?」

 床に横たわる、まるゆの死体に目をやる。消えたりはしていない。

「あんまり……」

 まるゆが自身の死体に近づく。そしてそっと、シートを被せた。

「死んだ自分を見るのは、良い心地がしなくて……」

 木曾を掴んでいた手を離す。なんなんだ。次から次へ、わけのわからねぇことが連発してくる。

「まるゆは失敗作だった。寿命が短くてな。けど奴はまるゆを特別製にして、それを有効活用することを考えたのさ。まるゆの記憶は死の瞬間、電子記憶化され次の身体に転送される。記憶全ての電子化と、転送装置を使わない自動転送。その二点に全リソースを割いているため、まるゆは戦力としてはゼロに近しい」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることじゃない。いつも鎮守府の雑務をこなしてくれて本当に助かってる」

「は、はい」

 木曾が、まるゆの頭を撫でている。

「頭がついていかねぇ。まるゆは無事だった、ってことでいいのか?」

「どうだまるゆ?」

「は、はい。ご覧の通りです! 無事です!」

「だそうだ」

「なら、良かった……」

 改めて、辺りを見渡す。白い、無機質な壁、天井。何も考えられねぇ。相変わらず後方では、命を失った艦娘達が鉄の口に飲み込まれていっている。その音がする。振り返りたくねぇ。

「じゃあ、解体された艦娘達のその先、見にいくか」

「木曾……もう帰りてぇ」

「まだ工場見学は始まったばかりだぞ。気持ちはわかるけどな。こっちだ」

 歩き出す、木曾。俺はこんな場所に置いていかれたくなくて、帰りたさで溢れながらも、木曾とまるゆについていった。

「おまえはこれを見て、なんとも思わないのか?」

 歩きながら尋ねる。

「培養液の中で生まれた俺達の最期なんざ、こんなもんだろうさ」

 木曾は歩きながら、見えない顔で答えた。

「培養液なのか……やっぱりクローンなんだな」

「ああ。けど、そうだな。こんな光景は早く終わりにした方がいい。次の部屋だ」

 木曾が白い自動扉を潜り、俺達は次の部屋へと移動する。そこにはもう、艦娘達の姿はなかった。代わりに様々な大きさの、いくつもの機械が並んでいる。それらの作動音が聴こえる。ゴウン、ゴウン、と、忙しなく動いている。

「ここは?」

 木曾は歩みを止めない。俺は歩きながら、何か気の紛れる答えが返ってくるのを期待して尋ねていた。そんなもの、ここにはあるはずがないのに。

「深海棲艦が現れてから、海上貿易は極めて困難なものとなった。漁業全般に関してもそうだ。沿岸漁業でさえ、突然変異で毒性を有したものが網に引っかかったりする。人類の食糧難が続く中で、とても艦娘に回す分の食糧などない。かといってこの問題を解決しないことには、艦娘の大規模な導入は有り得なかった」

「うん」

「……次の部屋だ」

 今の部屋が何だったのか、わからないまま、俺は二人について次の部屋へ進んだ。

「これが奴の考えた解決策さ」

 思考が半分停止したまま、俺は部屋の中ほどまで進んだ。いくつもの機械、タンクから様々な色のブロック、ペーストが押し出されていっている。ブロックとペーストは小分けの箱に落とされた後、何本ものベルトコンベアに乗せられ、それぞれまた別の部屋へと運ばれていく。その香りはよく知る香りだった。暖かな湯気を立て、鼻を、腹を、くすぐる。幸福の一つを示す香りのはずだ。しかしそれが、今の俺には嘔吐感を引き起こすものでしかなかった。

「おぐぅえぐぇ」

 俯き、朝食ったものを吐き出していた。目に涙がたまり、目眩がする。

「まるゆ、片付けてやってくれるか?」

「はい」

 まるゆが部屋の片隅へ走っていく。

「あんなんだよこえ」

 顔を上げられない。ひでぇ。なんでこんな。

「辛いだろうが、まずは現実を見てもらわなくちゃな。おまえには果たしてもらう役目があるんだ」

 木曾が、勝手なことを言っている。

「知るかよ……誰がこんなこと、考えたんだ」

「うん……多分もうすぐ会える。俺は会いたくないけど」

 さっき通った部屋から、足音が近づいてくる。二つの足音と、キュルキュルという、聴き慣れない音。次いで小さな歌声が。

「This old man, life goes on. おもちゃであそぼ♪ ジョシュアのお墓の花束を♪ 死の海に、撒いた♪」

「上機嫌だな」

「This old man,」

 白い自動扉が開いた。車椅子に座った見たことの無い若い女が現れ、停止する。あれは……人間? 白い制服に、白い軍帽を被り、その姿が意味するものを俺は知っている……提督の格好。女の横にはガングートが。車椅子の背後には知らない艦娘もいた。淡い金髪に、灰色の軍帽を被っている。

「おやおや、見慣れない顔がいるな、恵理子」

 ガングートが身体を捻じり、女に顔を近づけ、演技交じりに俺を指差して言った。

「そうねグートスマイル」

「あれはここにいていい顔か?」

「違うでしょうね」

「なら銃殺刑だ」

 ガングートが一瞬にして俺に銃を向けた。まるで居合。いつ抜いたか見えないそのスピードで、しかし銃口はぴったりと俺の額に向けられていた。木曾が両手を上げながら、のそのそと、俺の前に出る。

「まぁそう焦るなよ。おまえのАПСはまだ撃ちたくないって言ってるぜ」

「ほーう、それは興味深いな。だが私の興味などどうでもいい話だ。そうは思わないか?」

 ガングートは笑っている。裂けた口を酷く歪ませて。以前木曾と喋ってたときには感じられなかった、底なしの殺意が伝わってくる。

「確かにな。阿戒、おまえが会いたいと思って連れてきたんだ。いや正確には、来ちまった、かな。まるゆを追って。まだプレゼンの準備ができてないんだ。だからセミプレゼンになっちまうが、聴いてほしい」

「許可します」

 無機質に短く答えた女の言葉に、しかし全てが詰まっている気がした。この女は木曾に、許可を出す立場の人間。そしてガングートに一声命じれば、奴は喜んで俺を、もしかしたら木曾ごと撃ち殺すだろう。まだ誰も、何も説明していない。けど木曾は仮の提督で、この女が本当の提督だ。それが一瞬でわかった。

「おまえのお気に入りの赤城な、こいつが殺したんだ」

 木曾を見る。え、いや、確かにそうだけど、なんだよその言い方。まるで俺が首謀者みたいな。

「ふーん」

「凄いだろ? 刀一本で赤城を倒したんだ。こいつは出撃も、ここへ来るまではほとんどいつも一人で行っていた。孤高の戦士だ。しかもまだ十年も経験を積んでいない。伸びしろからしても、もしもの時の俺の後任に相応しいと思うぜ」

「それでここへ連れてきたわけね」

「ああ」

「相変わらずの虚言癖ですね。でも確かに、赤城に殺されなかったという点についてはなかなか興味深いわ。というか何その顔、不様で哀れで大変好ましいです。いいでしょう。ゆっくりしていってね、天龍ちゃん」

「命拾いしたな天龍」

 ガングートの歪んだ笑顔から、殺意だけが消え去る。

「でもね、木曾。あなたは赤城を管理するという責務を、全うできませんでしたね?」

「全うしたのさ。精神に改善なく、あれは使えない兵器だったから処分した」

「私の許可を得ていないでしょう」

「忘れてるかと思ったよ。一度だって会いに来たか?」

「犯罪者の記憶を混ぜた怪物になど近づきたくもありません」

「よく言うぜ、自分でやっておいて」

「あの子の素体は優し過ぎたのよ。どんなに強くても、何も殺せないんじゃあね。絶対に何かやらかすと思っていたので、送り出した後は絶対に二度と会わないと決めていたのです。でもそれはそれ。コレクションは倉庫の奥底に眠っていたとしてもコレクションに違いないわ。罰を与えます。ビスマルク、対象に制裁を」

「ヤヴォール!」

「天龍下がれ」

 木曾が俺を後方へ蹴り飛ばした。車椅子後方のビスマルクと呼ばれた艦娘が足を踏み鳴らす。タン、タ、ダダン! 最後の脚踏みと同時に、木曾の四肢が吹き飛んだ。宙に舞う木曾の身体に小型の戦闘機が迫る。そしてその片翼で、木曾の首を跳ね飛ばした。

「あっ」

 足元に、木曾の頭部が転がってくる。

「ああ」

「天龍を蹴った脚も綺麗に飛ばせたわね。担当は?」

 木曾が……木曾が殺された。

「マックスよ、所長」

 なんで? 制裁? 仮にも提督の位置につけてたんだろ。

「そう、マックスね。理由は?」

 それ以前に自分の指揮下の艦娘を。そんな。ありえねぇ。

「ただ最適な位置にいたので」

 嘘。夢。これは。こいつは。

「Gut. あなた達に規格を超える力量差があってはなりません。少し出来が良過ぎるから、想定以上にいずれかの個体が自己成長していないかたまに心配になるの」

 何事もなく話してる。木曾を殺して、何事もなく。

「ええ、わかっているわ。私達は常に私達を観察してる。変化があればすぐに所長に報告を」

 木曾、俺はこいつらに殴りかかった方がいいのか? けど。けどまるで。

「よろしくね。さて、じゃあ、どうしましょうね。一部の艦娘からコロッケの味を濃くして欲しいという要望があったので、試作品を味見しに来たのですけれど」

 まるで勝てる気がしない。近づける気すらしない。

「床が汚いわ。これ以上先に進みたくありません」

「だな」

 ガングートがクスクスと笑っている。身体が動かねぇ。

「まるゆ、いつまで隠れてるの。掃除道具取ってきたのですよね? 早く片付けなさい」

「ははい!」

 まるゆが走り寄ってくる。両手にはバケツとモップが。木曾の頭部を見て、俺を見上げて、再び木曾の頭部を見て。俺が吐いた場所を掃除していく。恐怖に歪んだ顔で、全身をガタガタ震わせていた……やっぱ、許せねぇ。

「あんた、さ」

「ん?」

 氷のような目が俺を捉える。けど俺は一度そいつに声をかけたことで、何かが吹っ飛んだ気がした。さっきまでの気分の悪さはもう、別の気分の悪さに変わっている。許せない。怒り。そうだ。この怒りを、俺は知っている。

「酷過ぎるぜ、色々」

「酷過ぎる? それはもしかして、私の行為に関して言っていますか?」

「そうだよ。こんな工場造ったり、木曾を軽く殺したり……残虐だ!」

 俺の言葉に、女は目を細めた。

「まぁ、なんということを……グートスマイル、どう思いますか?」

「うん……」

 ガングートが俺を睨みつける。照準を定めるように……そして、飼い主の方を向いた。

「おまえは酷過ぎる、な」

「……っぷ」

 は? 女が吹き出し、笑い始めた。ケラケラと。ガングートも一緒に笑っている。

「あぁ~、良いわね。うん、私は酷過ぎるの」

 肯定している。笑いながら。

「酷過ぎる、最悪だ」

 ガングートが楽しそうに付け加えている。この二人、なんだ。俺はキレてんだぞ。

「んふふ、う~ん、気に入りました。それでこそ私の創造物。ほら木曾ちゃん、あんまり可愛い部下を心配させないであげて」

 女が手で膝を叩く。

「罵倒されて喜ぶとかマゾだぜ」

 足元で声がした。見ると、頭だけの木曾が、つまらなそうな顔をして溜息をついている。

「……生きてんのか?」

「その子の生身は脳だけだからね」

「……」

 木曾の頭部を拾い、持ち上げる。正面に持ってくると、木曾は少しばつが悪そうに、視線を横にずらした。

「……心配したぜ」

「安心するな、阿戒のいる前では。殺されるぞ」

「先程好ましいと言いましたし、今も気に入ったと言ったはずですよ。殺すだなんて、物騒な。ここは艦娘を造る場所。艦娘を育む場所。殺す場所じゃないわ」

 わからなかった、どの言葉を信じればいいか。ただ今ここでは、殺意が殺戮に直結していない。同じように、好意が保護に直結もしていない。狂っていた。阿戒というこの女は、間違いなく、この狂った場所の主として君臨している。

「まるゆ、軽く掃除が終わりましたら、あとはもういいですよ。あとは自動装置にやらせます。天龍ちゃんも今日はもう工場見学の気分じゃないでしょう。あなたも鉄屑拾って帰りなさいな」

「は、はい」

 まるゆが掃除道具を片付けに行く。俺は、なんだ、さっきからバカみたいだぞ。

「……阿戒、さん、でいいんだっけ?」

「いいえ。所長か博士と付けなさい」

 ……気に食わねぇな。

「阿戒、所長」

「ええ、それでいいわ。なんですか?」

「ショッキングなことが色々あると、俺はうまく頭が働かねぇ」

「そうですね」

「……一つだけ聞いておきたいことがある。それだけ聞いて、今日は帰る」

「なぁに?」

 急に優しい口調になる。気味が悪い。

「ラダーも阿戒所長が作ったのか?」

「いいえ。私の研究はあくまで、より良い艦娘を造り上げること。その艦娘に装備させる艤装や、投与する薬の開発は私の、ここ深海棲艦対策研究所の担当分野ではないのです。それをやっているのは対深海棲艦技術研究部。ラダーを作ったのは」

「言うな」

 腕の中で木曾がドスの聞いた声を発した。

「元技研の明石ちゃん」

「……明石?」

「ええ。私の大切な艦娘達にあのような危険な薬を投与するなど、普通なら許せませんよ。でも結局あの子はそれで技研を追い出されたし、同じ反艦娘団体の被害者だし、ま、多少はね?」

「恵理子は優しいなぁ」

 ガングートが阿戒の肩を揉む。

「そうなのですよ。そういうわけだから、天龍ちゃん、その手の中のマリモには気を付けなさい。その子の口から出る言葉は嘘ばかりです。私ですら何を考えてるのかわからない。だから面白いんだけど」

 木曾を見る。頭部だけのそれは、目を閉じ、口を閉ざしていた。殴ってやりたい。けど、このままでずっと大丈夫なのか? 明石の……くそ、明石のところへ連れてってやらないと。

「それじゃあ私達は一旦戻りましょう。映画途中だったしね」

「私はもうどうなるかわかったぞ、恵理子」

「結末は重要ではありません。演出とカメラワークが大切で、たぶんさっきの列車のシーンはオマージュだから、それが誰のオマージュかを考えれば結末も自ずと」

 阿戒、ガングート、ビスマルクが元来た方へ戻っていく……がおそらく、いるんだよな、木曾を攻撃した奴が、何人か、まだこの部屋のどこかに。妙なことはできない。

「まるゆ、このマリモ頼むぜ」

「マリモ……」

 まるゆに木曾の頭を渡し、俺は胴と四肢を抱えた。破壊された断面が目に入る……機械だ。完全に機械だ。鉄の関節と、千切れた導線。血は一滴も流れていない。ロボットだ。

「こっちです」

「ぉう」

 まるゆに連れられ、来たのとは別の自動式扉へ。部屋から出ると、ただただ白い通路が伸びていた。通路を進んでいく。

「木曾……なんでだ? なんで俺を、ここへ連れてきた?」

「さっき言ったろ? 後任にするためさ」

「……まるゆ、わかるか?」

 話を振られ、たぶん予想外だったんだろう。まるゆはびくりとして振り返り、俺を見た。

「木曾は嘘吐き体質らしいからな」

「……」

 まるゆが腕の中の木曾に目を落とし、再び俺を見る。

「た、たぶん……理由はあるんだと思います。けどまだ話せない理由も、きっと……」

「そうか。わからねぇか」

「すみません……」

「いや、いいんだ。そのうちわかる。だろ?」

 前を歩くまるゆが、小さく頷くのが見えた。

「阿戒……所長、だったか。なんなんだ奴は? それなら話せるだろ? もう」

「……そうだな。阿戒は、まぁ、わかりやすくいえば、艦娘の生みの親さ」

「やつも艦娘なのか?」

「違う。けど、人間でも、もはやない」

「だよな。あんまし詳しくねぇが、艦娘が生み出されたのは五十年近く前のはずだ。人間で生みの親ならあの若さはおかしい」

「その通り。初めの艦娘が生み出されたのが、もう四十六年前だ。奴に艦娘のような人間を超えた筋力・戦闘力はない。しかし老化に関しては、俺達と同じ。艦娘が生み出される更に十年前、海洋生態学者だった奴は自身の身体に手を加え、若返りと共に永遠の若さを手に入れた。それが六十二歳の時さ」

「六十二? えーと……四十六年前より更に十年前、五十六年前の時点で、六十二?」

「ああ。計算出来るか?」

「……嘘だろ、百十八歳だ」

「怪物さ。ただ、少なくとも二度死んでいる」

「……んえ?」

「一度は二十八年前に、反艦娘団体の最後の大規模な艦娘解放運動で。もう一度は二十一年前、捕獲した深海棲母に不意を突かれて。つまり今の奴はクローンなのさ」

「なら、生みの親って言い方はもう違うんじゃないか?」

「そうでもない。奴の記憶はオリジナルのまま継続している。奴の大きな功績は二つ。生体兵器『艦娘』の開発と記憶の電子化だ」

「記憶の電子化……ついさっき聞いたような」

「言ったからな。まるゆは死の瞬間、全記憶の電子化が行われ、その電子記憶は次の身体に自動転送される。そう言った。そしてまるゆと阿戒は同じと考えていい。実質的に不死身。ただし阿戒は艦娘ではないため、体内にそれだけのことを行うリソースは持っていない。膨大な外部電力でそれを補っている。けどまるゆと違って短命というわけじゃあないから、殺されない限り生き続ける。阿戒がまるゆを特別製にして生かしてるのはな、全記憶の電子化と自動転送の繰り返しによって何かしらのエラーが起きないかを検証する為さ。で、この記憶の電子化というのはまるゆ以外の艦娘、俺達にも活用されている。解体が決まった艦娘の記憶の内、生活や戦闘に必要な部分を外部装置を用いて電子化、各艦娘ごとのディレクトリに保存。そこからコピーして、培養液の中で造り出されたクローンの脳に、インプットしていく。生まれながらにして即戦力の生体兵器『艦娘』の完成。しかも記憶として電子化された戦闘経験は世代を経るごとに蓄積され、艦娘は常にアップグレードされた状態で造り出されていく。現状、このやり方は成長を続ける深海棲艦に対しての最適解と言っていい、と人類軍は判断している」

「おまえ頭だけになって今まで以上によく喋るな」

「元からよく喋ってたろ」

「それもそうだ」

 話しながら、白い通路を何度も、右へ左へ無駄に曲がっている気がした。何処かで見たような構造。その何処かが何処か、すぐに思い当たった。鎮守府の二階三階部分のそれだ。そういえば……。

「龍驤を見つけた時、あきつ丸が残留電子がどうとか、言ってたんだが……」

「幽霊の正体か」

「ああ」

「生活や戦闘に必要な記憶を電子化する際、それ以外の記憶も少なからず電子化されてしまう。記憶ってのはそうはっきりとカテゴリー分けできない部分もあるからな。ただディレクトリに保存される際は更に間引かれる。そこで間引かれ、空中に霧散した電子記憶を残留電子という。そうした残留電子が、電子記憶を脳にインプットした者の一部には見えるんだ。あるいはラダーによって感覚が強化されると」

「そういうことか……つまりあれだな、艦娘の記憶の残りカスっつーか」

「もうちょっと言い方あんだろ」

「語彙が少ねぇんだよ」

「それに、艦娘の、というのも違う。少し赤城の話をしよう。元々の赤城は本当に大人しい、優しい艦娘だった。演習ではその並々ならぬ力量を多くの指揮官達に披露し、艦娘の有用性を確固たるものにした。けど実際の戦場ではどうしても深海棲艦を殺せない。そもそも生物を殺せない。優し過ぎたんだ。そうしてその優しさ故に、一九八二年、致命傷を負い、ついには解体処分に。阿戒は戦場では欠点となるその優しさを打ち消す為、第二期艦娘であるクローン赤城への電子記憶のインストールの際、その当時世間で話題になっていたらしい、あるカニバリスト、食人鬼の記憶を電子化して混ぜたんだ」

「狂ってんな。何も犯罪者の記憶じゃなくても」

「ああ。そしてこの食人鬼というのは当然、艦娘ではない」

 白い自動扉を抜ける。先にも同じような扉が。通路の左右にも扉が増えてきた。

「それと、そもそもだな……第二期艦娘からはクローン。なら第一期艦娘は? ちゃんと考えたことあるか?」

「隼鷹が六十一歳ってのは聞いたけど……あれ、艦娘の始まりって四十年位前だよな」

「そこまで来たらもうわかるだろ」

「……なにが?」

「おい。いいか、第一期艦娘は培養液の中で造られた存在じゃないんだ」

「……え」

「元は普通の人間。それを阿戒が生体兵器として改造したのが初めの艦娘だ。例えば隼鷹の場合、艦娘が正式に実用化された二年後に十九歳で艦娘化手術を受けた。確か給金目当ての志願だったか。ただ当時大規模な徴兵も行われていた。徴兵された者達は艦娘化適合検査を受けさせられ、適合者は半ば強制で艦娘に。艦娘化手術自体も身体的に相当な負担で、気がおかしくなった者も少なくなかったとか。それで被害者家族を中心に反艦娘団体というのが生まれたりもした。特に阿戒が独自に行った第一期勢の前の艦娘プロトタイプ計画においては、騙されて艦娘化実験に利用された者、そのまま行方が分からなくなった者も少なくなかったようだから……かつて艦娘プロトタイプ計画と第一期艦娘開発が行われていた我が鎮守府二階三階はあの通りさ。記憶の電子化実験は第二期艦娘の実用化以前から行われていたからな。阿戒に対する憎悪の念が渦巻いてやがる」

「あいつが来た、とか、許さない、とか、言ってたぜ。あいつってのは阿戒のことだったのか」

「そうさ。人の心を持たない、悪逆非道の科学者だ」

「容赦ない言い方だが、うん。わかるぜ」

「けど阿戒がいなければ、おそらく三十三年前、超大型深海棲艦を倒すことはできず人類は滅亡していた。それ以前に、五十四年前から現れだした人型深海棲艦に対抗するすべもなく、地上を奴等に支配されていたかもしれない。もっと言えば、六十四年前に深海棲艦が初めて出現した時から、何もわからないまま全てが失われていたかもしれない」

「……ん、うん、なるほど」

「奴は表向きには人類救済の英雄だ。おまえは阿戒をどう思う?」

 少し長い、真っ直ぐな一本通路。その先にエレベーターの入口が見える。

「難しいな。でも吐き気はする」

「うん、今はそれでいい。最後にもう一つ奴の悪事を。阿戒は、かつて俺と共に戦い、深手を負ったある艦娘の治療を行った際、その脳に細工を施した。簡単に言えば、不必要な記憶の全消去と、阿戒への絶対服従の精神の植え付け。そうしてその艦娘を、俺の監視役として付けた」

 エレベーターの近くまで来ると、自動的にドアが開いた。中には一人の艦娘が。その二色の瞳は冷ややかに、刺すように、木曾の頭部を捉えていた。

「お迎えに上がりましたよ、提督」

 鉄の巨腕が開いた扉を抑え込み、俺達を待つ。古鷹は頭だけの木曾を見ても、顔色一つ変えなかった。

「出迎えご苦労」

 まるゆと共に、エレベーターに乗り込む。古鷹の目が俺に。しかし何も言わず、エレベーターのボタンを押し、扉を閉めた。俺達を載せた箱が、上昇していく。

「また、明石さんと組んで私の目を盗みましたね」

「そんなこと出来るのか?」

「いいんです。私の注意不足ですから。天龍さん」

「おう」

「この地下で見たこと、知ったこと、あったことは、地上では決して口に出さないでください」

「もし言っちまったら?」

「……天龍さん、この右腕の砲を放つところ、一度見てみたいと言っていましたよね。その時は特等席で見ることができるでしょう」

 脳に衝撃が走り、身体が跳ね上げられるような感覚が来る。

「覚えとく。つかなんだ今の。降りた時にもあったぞ」

「艦娘避けの電波だ。害はない」

「そうか」

 あとはもう、静かに上昇するだけだった。




第19話あとがきです。

 艦娘糧食。それは艦娘の為の糧食であり、艦娘でできた糧食である。映画ソイレント・グリーンのパロディです。食料の供給が需要に追い付かなくなったら結局それしかない。ただ実際、ゲームでも艦娘解体して資源にしたりしてるし。それはともかく、ソイレント・グリーンで素晴らしいのは幸せな最後のシーンと、あとはブロックでない食事に感動するシーン。本当に美味しそうに食べますし。ただこのお話での艦娘糧食は、形状はともかく味は相当美味しいらしい。日々改良が加えられています。
 そしてその改良を行っている張本人、阿戒氏が登場しました。登場時歌っていた歌のメロディはマザーグースの数え歌、「This Old Man」です。この曲は鼻歌として度々刑事コロンボで使われていまして、「おもちゃであそぼ」の部分はそこからの引用です。他の部分は、さて、どういう意味かな。ともかく木曾が刑事コロンボ好きになった理由がなんとなく窺い知れるところ。
 更にガングートが阿戒氏の秘書艦として、ビスマルクと共に登場。愛銃АПС(スチェッキン・マシンピストル)は艦娘用に強化改良が加えられています。使わなかったけど。
 他にも新たな事実が一気に明かされ、なんだこれ、あとがき終わんないよ。書いておかなければいけないことだけ書いておくと、反艦娘団体、この概念は「艦これ反艦娘合同 艦娘、反対!」により私達にもたらされたものでして、本当に素晴らしい合同同人誌でしたので、ぜひ皆さんもお読みになってくださいませ。
 あとそうね、赤城さんに埋め込まれた食人鬼の記憶、この記憶というのは佐川一政のものです。一応設定だけ。

 では次回、第20話「プレデター」。本当の災難はまだ始まったばかり。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。