艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第弐拾壱章 地獄の艦話録

「トゥットゥットゥー♪ トゥットゥットゥー♪ トゥットゥットゥットゥー、トゥットゥットゥー♪ トゥトゥトゥットゥー、トゥットゥー、トゥトゥトゥトゥトゥ♪ トゥットゥートゥットゥー、トゥートゥ♪ トゥットゥットゥー♪」

 鼻歌が聞こえる。目を開けると、見たことのない天井があった。見たことのない壁も。見たことのない……ガラス張りの、壁も。その向こうに木曾の姿があった。こちら側とは違い、生活感のある部屋でワイングラスを片手に壁の海図を眺めている。鼻歌は木曾からだ。ずいぶん上機嫌そうだが……あまり俺にとっては良い状況ではない気がする。

「トゥットゥットゥー♪」

「楽しそうだな」

 身体を起こし声をかけると、木曾は顔だけこちらに向け、にこりとした。木曾らしくないその表情に、何か、妙な不気味さを感じる。赤ワインを揺らし、こちらへ近づいてくる。

「気分はどうだ? 天龍」

 ガラスの向こう側で、俺を眺め尋ねる。俺は立ち上がり、ガラス越しに木曾と対面した。

「最近寝て起きると身体の節々が軋んでたんだけどよ、すっかり良くなったぜ」

「おお、それは良かった」

「けど良くないこともあるんだ。気づいたらこんな場所に閉じ込められててさ。誰か理由を教えてくれると助かるんだけどよ」

「ふむ。まぁあれだ。そういうのは自分に聞くのが手っ取り早い」

 木曾がワイングラスを持つのとは逆の手に握っていた、リモコンのボタンを押す。すると木曾がいる側の部屋の明かりが消え、ガラスが鏡へと変わっ……。

「なんだよこれ」

 鏡のようになったガラスは、当然、俺を映しているはずだった。しかし俺の目の前には、二本の角を生やした、肌の異様に白い、俺ではないものが映っている。瞳には僅かな、赤い発光が。角に触れてみるとそれは牙のように硬く、頭蓋に深く根ざしていた。俺は言葉を繰り返すしかない。

「なんだよこれ」

 再び向こう側の明かりがつき、木曾の姿が映る。木曾はワインを啜ると、俺の角を眺め見た。

「頭だけで良かったな。背中にも生えてたら服着るの大変だったぜ?」

「……いや、どうでもいいよ。なんなんだよこれ」

「おまえは深海棲艦になった」

「……は?」

「もう一回見るか?」

 木曾がリモコンを振る。

「いや、いい。やめろ。なんでだ。本当に? 明石の仕業か?」

「明石の仕業じゃあない。もちろん俺の仕業でも。おまえの運命だ。もはや受け入れるしかない」

「意味わかんねぇ。とりあえず開けろよ。ここから出せ」

「深海棲艦みたいなこと言うんだな」

「はあ? ぶち破ってもいいんだぞ」

「その必要はない。右だ。右に扉がある。というか鍵してないからな」

「え」

 少し右にずれると、確かにガラスの一部が扉になっていた。金属製の鍵穴が付いているが……あ、押したら普通に開いた。

「誰もおまえを閉じ込めたなんて言ってないさ。その牢獄みたいなスペースは明石の寝床。変な趣味だよな」

 実験動物の檻のような空間から出、あたりを見渡す。その部屋に窓はなく、通常の扉もなく、代わりに低い天井から梯子が降りていて、その部分に天井扉がついていた。ただの部屋というよりはシェルター、もしくは隠し部屋。しかし今、そんなことはどうでもいい。

「俺の身体に何が起こったのか教えてくれ」

「ああ、もちろんだ。まぁそこに掛けろよ」

 木曾に促され、椅子に座る。目の前のテーブルにはワインのボトルとパスタ、チーズ、空の皿等がごちゃごちゃと置かれていた。木曾も向かいの椅子に座り、ワイングラスを置く。

「腹減ってないか?」

「……少し。けどそれよりも早く、俺の身体に起こってることを教えてくれ。もったいつけんな」

「うん……もうすぐ明石が戻ってくると思うんだが」

 そう言ってチーズをナイフで切り……刺して口へと運ぶ。こっちの気なんて知らねぇでこいつは。

「おい」

「パルミジャーノレッジャーノ、最高のチーズだ。俺はこれに目がなくてな」

「よおよお、もったいつけんなって言ったよな」

「お、来たぞ」

 何を感じとってそう言ったのか、けどその直後、天井の扉が開いた。足が梯子にかけられ、明石が降りてくる。

「あ、天龍さん、おはようございます」

 振り返りつつ梯子をおり、俺を見てもなんでもない様子で天井扉を閉めた。

「ご機嫌いかがですか?」

 尋ねてくる、笑顔で。

「どう見える?」

「あぁ……強そうです」

 両拳を胸の前で握ってそう言い、明石は本棚の料理本の間から何かを取り出した。レントゲン写真みたいな感じだが……それを俺に差し出してくる。

「どうぞ」

 受け取り、見る。基本白黒で、人の体内の様子が映っていた。ただ一部、腸の辺りか、そこが赤く表示されている。

「これは?」

「天龍さん、以前脳視計で脳の様子を見た後、円盤型のカメラで背中側から写真を撮ったの、覚えてます?」

「……ああ」

「それです」

 明石が俺の斜め右の席に座り、テーブルの上に置かれてあったコップにワインを注いでいく。

「これは、カベニ・スーベニヨンですねぇー」

「もうやめてくれよ」

「いいじゃないですかぁ。可愛いと思いますよ」

「やめろって」

 二人、何かよくわからないことを言いながら笑い合っている。けど俺はそれどころじゃない。

「ちゃんと説明頼むぜ」

「はい? あ、はい。その赤い部分、ですけれど……木曾さん、何処にやりました?」

「ん? ああ」

 木曾が立ち上がり、レンジから何かを取り出す。

「もしかして食べようとしてました?」

「まさか。調理の仕方を知らない」

 そう言って、その何かをテーブルへ運んでくる。皿に、赤い蛇のような、しかし一目で何かわかるものが置かれていた。深海棲艦だ。その死骸。よく知る深海棲艦とは違いかなり小型だが、すぐにそう認識できたし、吐き気がした。

「これが俺の中に?」

「はい。寄生型深海棲艦C型です。その生態は未だ、全て解明されたわけではありませんが……わかっていることもあります。この種の寄生型深海棲艦の寄生の目的は、生存ではなく寄生先の身体の組織構造の作り変えなんです」

「……わかりやすく頼む」

「この子が体内に入り込んで天龍さんを深海棲艦に作り変えました」

「……なるほどな」

 目を閉じ、頭に手をやる。なんだこの、角、くそ、邪魔だ。

「前の鎮守府での最後の出撃で、変わった深海棲艦に刺されたと話してくれただろ? たぶんその時だ。その時こいつを埋め込まれた」

 木曾が寄生体の死骸をナイフでつつく。

「この子は天龍さんに寄生後、天龍さんを作り変えるため、まずは天龍さんが負っていた怪我の一時的な修復を。ええ、その出撃から帰還した天龍さんを治療したという記録はありませんでしたので。そしてその後、天龍さんの内臓の一部に擬態しつつ、組織の作り変えを行なったと思われます」

「なんだそりゃ」

「天龍さんから口腔排出された後、間も無くこの子の生命は途絶えました」

 明石が何処か、残念そうな顔をする。悲しそうな顔か。けど前の鎮守府でのあの最後の出撃から、もうずいぶん時間が経っている。

「なんでこんな時間経ってからその、俺はこうなったんだよ?」

「いえ、むしろ完全な作り変えにはまだしばらく時間が必要だったんですよ。ですが養分の充分な供給が途絶え、突貫工事で深海棲艦化が行われたんです」

「おまえを工場見学に連れてったのはそういうわけさ。心まで深海棲艦化しちまう段階までいったら元も子もなかったからな。もう少し深海棲艦化してからでも良かったんだが」

「なに、な、あ? 何を言ってるんだ?」

「今のは誤解を生じる言い方でしたので、私が訂正を。寄生型深海棲艦の除去が早過ぎますと、怪我の修復が、特に擬態部位に関して不十分となり、生命維持に支障を来たす恐れがありましたので、まったく深海棲艦化する前に寄生型深海棲艦を除去するというのは極めて危険でもあったのです。寄生型深海棲艦が行う怪我の修復というのが単なる修復というよりは、その喪失部位を一時的に寄生型深海棲艦自体がその身をもって代替わりするというものですので」

「頼む、わかりやすく頼む」

「絶食しこいつを追い出さなければおまえは心まで深海棲艦化していた。しかし寄生型深海棲艦の除去が早過ぎれば、深海棲艦化は避けられてもそもそも絶命を避けられなかった、ってことだ」

「……ちょっと、整理させてくれな」

「はい、ごゆっくり」

 目を閉じ、頭の中をまとめる……あの日、明石の造ったラダーで艦隊が壊滅した日、俺もまた致命傷を負った。てっきり、朝霜が回収してくれて、鎮守府で修復されたんだと思っていたが……違ったってことか。あの蛸みたいな髪の深海棲艦が、俺に寄生体を埋め込んで……俺を深海棲艦化する過程で、怪我を修復した。で、ここへ来て……明石のカメラで体内に深海棲艦がいることが発覚。二人は俺にそれを隠しつつ、頃合いを見て、艦娘糧食が喉を通らなくなるよう仕組んだ。寄生体は栄養摂取ができなくなって、急いで俺を深海棲艦化することになり、もしかするとそれの影響で昨日の腹痛が? ともかくそれで、俺の身体は深海棲艦化しちまったが、意識は艦娘側に留められたってことか。

「どうなるんだよ、俺」

「どうっていうと?」

「元の身体には戻れんのか?」

「ふむ……無理だな」

 やっぱ無理か……。

「もっと早く、俺にこのことを知らせるって選択肢はなかったのかよ?」

「ああ、それも話さなくちゃあいけないな。確証は別として、おまえの体内に寄生型深海棲艦が存在している可能性を見つけたのは、以前の鎮守府でおまえの解体申請が出されたときのことだ」

「ん?」

「以前艦娘の最終的な解体権限は提督ではなく人類軍上層部にあると言ったが、今のおまえならもうわかるだろう? 解体権限を持っているのは一人の人物。艦娘の生みの親であり、解体工場の責任者でもある、阿戒だ。そしてかつて奴の秘書艦を務めていた俺には、ここへ送られてくる解体候補艦リストの閲覧権限がある。それでおまえの解体申請書類と、添付画像、背中の負傷痕に目が留まった。その負傷痕はC型に寄生された際にできるものだ。C型は寄生型深海棲艦の中でもまだあまり広くは知られておらず、特に通常の海洋生物でなく艦娘に寄生したという例はほとんどない。だからおまえの以前の提督は何も気に留めなかった。けど阿戒は違う。見ればわかる。だから阿戒がそれを確認するよりも先に、書類を引き抜き、おまえの受け入れ申請を提出したのさ」

「上層部が解体を却下したからここに着任することになったってのは?」

「あれは嘘だ。というか書類が阿戒の目に留まっていたら、解体より酷い未来が待ってたぜ? 生きたままどんな実験をされていたかわからない。恩を売るつもりじゃないが、それは事実だ」

 また嘘か。けど確かに、あの所長さんにおもちゃにされるよりは、木曾にこき使われることになってマシだったかもしれない。

「つまり、モルモットにされるのを防ぐ為に、俺を引き抜いてくれたのか」

「だったら胸を張って聖人面できるんだけどな。悪いな、そうじゃあないんだ。それも話す。ただその前におまえの質問に答えるよ。なぜ今まで寄生型深海棲艦のことを黙っていたのか。敵を騙すにはまず味方から、おまえ自身が知らなければ、うっかり口を漏らすこともない、というのが一つ。そしてもう一つは、おまえの精神がすでに深海棲艦化している可能性があったからだ。こちらが寄生型深海棲艦のことを知っていると話せば、より警戒して正体を隠すかもしれない。だから泳がせたんだ。しかし当然他の艦娘に危険が及ぶ可能性もあった為、監視を付けた。龍驤な」

「龍驤? 奴も全部知ってたのか?」

「いや、おかしな行動をとらないか見張れと命じただけだ。天龍は反艦娘団体のスパイかもしれないと偽って。ラダーをやれば龍驤はそれ以上言及したりはしないからな。なにより、真実を知らせることは龍驤自体を危険に近づけさせる。奴の鉄製バイザーにはカメラが仕込んであるんだ」

 ラダーの為に俺を監視。すげぇ、あいつなら絶対やるわ。ツーマンセルの時あいつを付けられたのも、そういう訳だったのか。

「俺は誰を信じりゃあいいんだ?」

「俺を信じろ」

 そう言って木曾は目を閉じワインを掲げる。なんだそれ。目ぇ開けると嘘がバレちまいそうで目ぇ閉じてんじゃねぇの?

「おまえが一番信用できないんだよなぁ」

「でも信じてくれ。今ここで全ての真実をおまえに話す。そして、俺達の作戦のキーになってもらう」

「作戦、また、胡散臭ぇ言葉が出てきたぜ」

 木曾が切ったチーズをナイフで刺し、俺に差し出す。手で遮り丁重にお断りする。

「前に、俺が武蔵のところで言った話、覚えてるか?」

 断られたチーズを口に含み、俺がそれを思い出すまで、木曾は嚙み締めるように味わっていた。

「役者になりたい?」

「それじゃあない。このままじゃこの戦争、いつかは負ける、この戦争を終わらすという明確な目的意識が必要だって話だ」

「ああ……言ってたな。この戦いがずっと続くと思ってるとか」

「そうだ、それだ。戦争が終わったら何をしたいか考えておけとも言った。何か考えたか?」

「いや、なにも」

「おいっ」

「仕方ないだろ。生まれた時からずっと深海棲艦と戦ってる。奴らを倒した後なんて想像できないぜ」

「……うん、わかる。実際それも一因だな。第一期艦娘にしろ、ほとんどの場合人間として生まれた時にはすでに深海棲艦が現れ出していたわけだし。俺達にとって深海棲艦との戦いは日常か。けどそれでも、この日常は終わらせなければならない。でなけりゃ阿戒の思う壺だ」

「阿戒は悪逆非道でも人類救済の英雄なんだろ?」

「人類の滅亡を先延ばしにした、という意味では。いくつか確認したいこともある。深海戦争、その歴史のお勉強と行こうか、天龍」

「うわ、無駄に鼻に付くな」

「ていうか木曾さん何私のチーズ勝手に食べてるんですか」

「いいだろ、減るもんじゃなし」

「ガッツリ減ってますけど!?」

 明石が口を尖らせ、チーズの既に切り分けられていた部分を摘まみ取る。

「じゃあまず、そもそも深海棲艦はいつから出現し始めたのか。わかるか?」

「六十四年前、だっけ」

「私が二歳の時ですね」

 ん? こいつそんな年なの? え? 六十六? 隼鷹より年長じゃねぇか。

「一九四六年、世界大戦終結の翌年だな。初めて目撃されたのは今でいう雑魚艦、駆逐イ級で、発見者は漁師だったとされている。何の武装もしていなかった漁船はイ級の攻撃であえなく沈没。目撃者の漁師は命からがら生き延び、ハワイ諸島オアフ島に漂着。怪物の出現を人々に話す。当然当初は誰からも信じられることはなかったが、その後一カ月も経たないうちに船の沈没と怪物の目撃例が多発した。民間人だけでなく軍事関係者にも多数目撃され、その黒く転覆した船のような形状から深海棲艦と名付けられる。深海棲艦の目撃海域は爆発的に広がり、その脅威はアメリカ以外の多数の国にも知れ渡ることに。最初の目撃から半年もしないうちに、日本でも、沖縄坊ノ岬沖で深海棲艦が発見されることになる」

「そこへ我先にと駆け付けたのが、海洋生態学者の阿戒燈子氏でした」

「船舶を襲う深海棲艦は日に日にその数を増していき、各国その撃退に追われる日々を送る中で、次第に世界的な危機感が生じ始める。そうして大戦の三年後、世界は一団となって深海棲艦と戦う取り決めをし、世界大同盟を締結。同時に人種や国境に捉われない人類軍の設立を行った」

「人類軍には対深海棲艦技術研究部が設けられ、その下位組織として深海棲艦研究部が設けられました。深海棲艦研究部には必然的に、深海棲艦の発見以降その生態に関して数々の発表を行ってきた燈子氏が加えられます。そして深海棲艦を倒すための兵器開発は対深海棲艦技術研究部で行われていましたが、有効な戦術の解明には常に燈子氏の頭脳と発見が。ですが一九五四年、燈子氏は急性心筋梗塞で死去してしまいます」

「まぁ……表向きはな。代わりに燈子の娘の恵理子が機関に加入するが、燈子が結婚していたという記録は愚か、子供を産んでいたという記録すらどこにも存在していない。つまり……阿戒は深海棲艦研究の中で、若返りの方法を見つけたのさ。それで若返り、名前を変えて機関に再加入したんだ」

「一九五六年、ここで初めて人型深海棲艦が出現します。いわゆる第二次深海戦争の始まりですね。人型深海棲艦はそれまでの下等な深海棲艦と違い、人類の生みだした兵器のほとんどが通用しない強敵でした。たった一体を捕獲するのに、一年を費やします」

「人型深海棲艦の増加に伴い、人類軍は幾度となく煮え湯を飲まされることとなる。そしてついに、一部の陸上すらも深海棲艦に侵され始めた」

「そうした中、一九五九年、阿戒先生の提案で人型生体兵器計画が開始されます。ですがこの時先生はあくまで研究部の一メンバーであり、偉大な母の娘というだけで発言の全てが通るということはありませんでした。先生は未成年女性を被検体とした実験を希望しますが、倫理的にもそれは受け入れられず、百歩譲ってという形で秘密裏に兵役中の男性を被検体とした兵器化実験が行われます。いくつか行われたこの実験は全て失敗に終わり、人型生体兵器計画は凍結されました」

「一九六〇年、阿戒は人類軍を見限り、個人で深海棲艦対策研究所を設立する。そう、この島にそれを設立した」

「そこから四年の月日を経て、人型深海棲艦の侵攻に多くの土地が危険地帯と化した頃、阿戒先生は再び人類軍の元を訪れます。その傍らには数体のプロトタイプ艦娘の姿が。先生は近海に出現した人型深海棲艦に対して彼女達の性能を実演し、有用性を証明。改めて人類軍に所属し、同時に深海棲艦研究部を自らの深海棲艦対策研究所の一部として取り込みます。また深海棲艦を撃退し得る唯一の兵器、艦娘の更なる強化の為、対深海棲艦技術研究部の主な仕事は艦娘の艤装開発へと移行していき、そのタイミングで私は技研に招かれ、人類軍所属となったのです。ぴちぴちの二十一歳でした」

「一九六六年、艦娘の戦線への本導入が開始され、人類の深海棲艦に対する反撃が始まる。しかし世界的に数を増し続ける深海棲艦に対して、志願で募った艦娘の数は到底充分とは言えないものだった」

「というわけで、世界規模での若年女性に対する徴兵が開始されます。戦うのは女性、男性は家事と育児に専念、といった風潮にもなりましたね。ただそれって多くの国では歴史に反することでして、軍内軍外問わずフラストレーションがたまっていく中で、更には轟沈した艦娘を取り込んだ深海棲艦、深海棲艦化艦娘まで出現しだします。あらゆる事態が引き金となり、艦娘の親家族等を中心として世界各地で反艦娘団体が発足されていきました」

「女子供を戦線に送る、その非道な戦略に、同盟を抜けた国もあった。その一つがアメリカ合衆国。アメリカは艦娘に頼らず、自国で開発した機械兵器により深海棲艦と戦う道を選んだ。同盟に加入している限り、他の同盟国の目もあって艦娘戦略を採用しないということはできなかったため、まぁ仕方ないっちゃ仕方なかったんだけどな、次第に土地を深海棲艦に奪われていくことになる」

「そんな中、一九七三年、バミューダ諸島沖に深海棲艦の巨大コロニーが発見されました。各国こぞってこれを制圧せんと試みますが、いずれの作戦も失敗に終わります。一九七四年、ついに深海棲艦の大軍勢が浮上します。アメリカはそして、禁断のボタンを押しました。核攻撃です。歴史上最大の核ミサイルは深海棲艦の巨大コロニーに命中。巨大コロニーは跡形もなく消え去り海には平和が」

「戻ればよかったんだが、そうはいかなかった。翌年の始め、その何もなくなったはずの場所から突如として全長千メートルにもおよぶ超巨大深海棲艦が出現。通称『古の叫び:オールド・スクリーム』。それは出現と共に発した数多の悲鳴を重ね合わせたような咆哮で、アメリカの半分を吹き飛ばした。続く二度目の咆哮で大西洋は赤く染まり、三度目の咆哮で空からは黒い雨が降り注いだという」

「……ちょっと盛ってますよね?」

「ちょっとだけな。ともかくその撃退には二年を要した」

「私はその時に艦娘化を、阿戒先生に頼みまして。実際自分が艦娘になってみないとわからないことが結構あったんですよね。そうして先生は最強の艦娘、大和と武蔵を開発し、私は大和特装と武蔵特装を開発しました。二隻を含む艦娘の大軍勢の活躍で超巨大深海棲艦をなんとか撃退! 最高の気分でしたね~、人生のピークでした。パーティにもたくさん呼ばれたし」

「まぁ、それで深海棲艦との戦いに進展があったというわけじゃないんだけどな。核攻撃で生み出しちまった怪物を葬っただけ。今の評価としてはそんなところだ。大和も武蔵も艦娘としてはお釈迦になっちまったし、規格外で現在もクローン作成は困難。得たものと言えば、深海棲艦には核攻撃しちゃいけねぇっていう教訓と、艦娘こそが唯一の対深海棲艦兵器であるということの認識の広まり、そんなところだ。いや、阿戒に関していえば、違ったか。元々艦娘ありきの兵器開発になっていたから、事実上技研の方が深海棲艦対策研究所の下位組織化はしていたんだが、それが明文化され、更には深海棲艦対策研究所が人類軍の準最高権限組織の一つにまで格上げされた。そうなるともう、誰も阿戒を止めることはできない。超大型深海棲艦との戦いで多くの艦娘が戦線復帰不可になってしまったこともあり、阿戒はクローン艦娘の開発に取り掛かる。人体改造以上の倫理違反だが、超巨大深海棲艦の脅威を目の当たりにし、尚も深海棲艦の脅威にさらされ続ける人類はこれを容認した」

「それまでの反艦娘団体もですね。彼等も超巨大深海棲艦の件を通して、その多くが艦娘の必要性を認めるようになりました。それにもうこれ以上普通の人間が兵器に改造されることはないというのも彼等には都合が良かったんです。ただ一九八〇年、第三次深海戦争の始まりと言われるこの年、クローン艦娘の製造が開始されると、もっと厄介な反艦娘団体が発足し始めました。つまり、クローン技術自体に反対する人々、そしてクローン技術により生み出された生命に反対する人々からなる反艦娘団体です」

「そういった新たな反艦娘団体により、一九八二年、阿戒は暗殺される。しかしその時すでに阿戒は不死身だ。すぐに全記憶は電子化され、新たなクローン体に転送された。いったいいつから記憶の電子化なんて専門でもないことを始めていたのか。まるゆも超巨大深海棲艦出現時の記憶はあると言うし、かなり初期段階から長い戦争になることを予測していたとしか思えない。というか秘密裏にはクローン艦娘ももっと前から造ってたんだろう。まるゆの身体がそれなわけだし」

「復活後、阿戒先生は秘書艦にガングートさんを付けます。クローン艦娘の大量生産により、戦況は好転。第一期艦娘陣では陸上の奪還が精一杯でしたが、今度は深海棲艦に奪われた海も次々に奪還していきます。技研も大量生産可能な低コスト艤装の開発で天手古舞でした」

「でもおまえはラダーの危険性の告発で無期限の謹慎処分になったんだよな」

「は、はい……」

「けど実際、低コストでの艦娘強化という面では効果的だったんだ。使用可能な艦は限られてたけどな。きちんと明石の管理下で製造され出荷されていれば問題は起こらなかったはずだ」

「なんでそうしなかったんだよ?」

「そうだな……明石はさっきから先生先生と言ってる通り、阿戒を嫌っちゃいない。陶酔はしていないが、尊敬はしている。で、技研は元々対策研究部の上位組織であったわけで、それが阿戒に立場逆転され、明石以外のほとんどの奴は気に食わない気分でいたのさ。だのに空気を読めない明石は何かと阿戒に艦娘に関わるデータ提供を依頼し、逆にデータ提供も行い、阿戒の手で艦娘化までしちまって、それで技研の艤装開発は大幅に進んだんだが、代わりに仲間からは相当嫌われていた。身内の誰かはわからない。とにかくそいつはラダーのレシピを軍の内外に漏らした。ラダーは明石の管理下を離れ、他国の技研や一部民間企業でもひっそりと作られ始める。更にはそれを、そもそも艦娘を使用しての戦いに納得のいかない連中が規則を無視して使用し始め、明石はラダーの製造を中止するが、時すでに遅し。ラダーの秘密製造と不正使用は世界に広まってしまった」

「情報漏洩に関しては、推測でしかありませんよ」

「そうかもしれない。けど事実に基づいた推測だ。で、話は少し戻って、阿戒は一度殺されたあと、それまで以上に人間を警戒するようになった。地下施設をほとんど一人で仕切り、そこから出ようとしないのもそのためだ。加えてガングートが護衛に付き、反艦娘団体も阿戒に手出しが困難な状況に。そうなると標的が別なものに移っていく。そんな中で明石は危険薬物ラダーの開発者として名前を売られ、反艦娘団体の新たな標的の一人となり、デモ活動等もあって事実上人類軍を去ることになる。明石自身はラダーの製造を中止して三年程が経過していた」

「俺の仲間に使われたラダーは、非正規品だったってことか?」

「その可能性は高いだろうな。いや、まだ正規に造られている分も、在ることにはあるが、正規ルートで造られたものは厳しく管理された中で使用されている。使用の際一本ごとに上層部への申請と許可が必要なくらいには。明石もそれ以降、ラダーは龍驤の分しか作ってないしな」

「はい。誓って」

 明石が右掌を見せる。宣誓のつもりだろうか。

「よく龍驤の分は作る気になったな」

「ええ……なんといいますか、龍驤さんの場合は手遅れだったんです。精神的にも身体的にも、もうラダーがないと生きられないくらいに。そうにまでなるほど、正規ルートで入手できるとは思えませんし、非正規で、相当な金額をつぎ込んで入手していたのでしょう。龍驤さんには商才がありますから、そこが悪い結果を招いてしまったといいますか」

「けど最近じゃ取り締まり強化で金を積んでも入手は難しくなってきた。ラダー不足で暴れまわり、手に負えなくなった龍驤を俺が引き取ったのさ。一周回って、あいつにとってラダーはもはや本来の意味での薬だ」

「なら、どうしてこのまえ、製造が止まったなんて嘘を?」

「そう言や出撃しないって言い出すだろ? 赤城を連れ出すには龍驤と隼鷹が共に出撃不可でなければならなかったんだ。まさか自家製造しようとするなんて思わなかったけどな。隼鷹に関しては本当に、偶然の怪我だ。別に怪我させるために過酷な出撃させたりとかはしてないからな。そこまではしないぜ」

 本当だろうか。

「天龍さん」

「ん?」

「今のは、本当です」

「いや、それ以外嘘みたいな言い方止めろよ」

「ふっふ」

「歴史の話に戻す。といっても、それ以降で世間的に知られている大きな出来事はあと一つだけだ。一九八九年、人類軍大本営を深海棲艦の大軍勢が襲う。きっかけは中国が捕らえた深海棲母。コロニーの長だ。通常深海棲母はコロニーの最奥に潜み、外へ出てくることはない、とされているが、その時は出てきたらしい。初めて捕らえられた深海棲母は一時大本営深海棲艦牢に収容され、その後ここへ移送される予定だったが、深海棲艦の繁殖方法がついに判明するかもしれないと、阿戒は居ても立ってもいられず、しばらくぶりに地底を抜け出して大本営へと向かう。本人曰く、絶対逃げ出すと思ったから、だそうだ。実際その通りになる。深海棲母は白い球体に人型を張り付け、その手足を外殻に埋め込んだような形をしていたという。球体には白い植物の根のような器官が張り巡らされ、鉱物と植物の中間のような姿からは何処にも攻撃手段のようなものは見て取れなかった。阿戒が到着すると、それまで沈黙を続けていた深海棲母は言ったらしい。おまえを待っていた、と。阿戒はそこで、何か質問をした。どんな質問をしたのか、俺は知らない。どちらにせよ深海棲母はそれに答えることなく、代わりに歌を唄った。この歌に由来して、その深海棲母は通称『呪い歌:カースィッド・ソング』と記録されている」

「歌っただけか?」

「歌っただけだ。しかしその歌こそがカースィッド・ソングの唯一にして最大の攻撃だった。歌は周囲数キロ圏内まで響き渡り、聞いた者はまず身動きが取れなくなった。次いで硬度の高い物質から順に錆び腐り始め、あらゆる電子機器は作動を妨害された。これらの効果はカースィッド・ソングに近ければ近いほど強く、深海棲艦牢は瞬く間に死の空間に。そう、カースィッド・ソングはそれまでのどの深海棲艦よりも狡猾だったんだ。無様に人間に捕まったわけじゃない。わざと捕まり、しかも、始めから阿戒を殺すことを目的としていた」

「なんで、深海棲艦の親玉が阿戒を知ってたんだよ」

「そうだな、推測に過ぎないが……阿戒によって、苦痛の果てに艦娘に作り変えられた者が轟沈し、深海棲母に取り込まれたとしたらどうだろう。深海棲艦は取り込んだ者の記憶も自らのものにできるのだとしたら」

「なるほど、復讐か」

「そう。復讐と、でなくとも、艦娘を造っているのが阿戒だと知ったなら、その阿戒を殺すことは深海棲艦全体にとっても意味あることだ。そうして……阿戒は死んだ」

「でも結局次の身体に生まれ変わったんだろ?」

「もちろん」

「だよな……ん? ガングートも生まれ変わったのか?」

「いや、ガングートは……なぁ天龍、阿戒が潔く死んだと思うか?」

「え、でもやりようないだろ」

「それがそうでもなかった。身体が腐敗していく中で、阿戒は最後まで脳をフル回転させたんだ。そしてどういう道筋でか、その答えに行き着いたのさ。阿戒は深海棲母の脅威を目の前に、突如、歌を唄い出す。とうとう気がおかしくなったかと、俺ならそう思って終わりだろうが、ガングートは阿戒との絆故、それを見逃さなかったらしい。阿戒の手が僅かに動いていた。ガングートは全てを理解し、自らも歌を、ソビエトの国歌を唄い出す。腐り始めた口は裂け、それでも歌い続け、すると封じられていたはずの身体が重く動き、腐敗も停止した。ガングートは裂けた口で歌いながら、ゆっくりと、少しずつ、カースィッド・ソングに近づく。カースィッド・ソングにとって歌は唯一の攻撃にして、唯一の弱点だった。カースィッド・ソングはそして、ソビエトの国歌を聞きながら、ガングートに解体されていく。ナポレオンケーキにしてやった、とのことだ。カースィッド・ソングを沈黙させたガングートが阿戒に歩み寄ると、すでに阿戒は息絶えていた。人間じゃないとはいえ、艦娘ほどは丈夫じゃなかったってことだな。そこへ回復した通信で深海棲艦の大軍勢の接近が知らされる。カースィッド・ソングの歌は仲間を呼び寄せるものでもあったわけだ。そうしていよいよ大本営への深海棲艦大進撃が開始される」

「あれ、深海棲母は逃げたって言わなかったか?」

「うん……歌声が響いた時、全てのカメラは停止し、深海棲艦牢の周囲、同階にいた人間は皆死んだ。あとで発見されたのは深海棲母の球体部分のみだ。ガングートの説明によれば、球体は砲塔で、あと一歩のところで本体はそれに射出され、錆びた壁を突き破って逃げたと。ガングートはそう言って阿戒を安全な場所へ移動する為、その場を後にしたという。以前大本営へ出向いた時、その時守衛をしていた者に話を聞いたんだ。当時ガングートに抱え込まれた阿戒は酷い姿で、とても生きているようには見えなかったが、同時に、その異様に膨れた腹に不気味さを感じたと。カースィッド・ソングは本当に逃げたんだろうかな?」

「まさか……死んだ阿戒の腹の中に詰め込んだ?」

「おまえも恐ろしいこと考えるな」

「え、いやでも」

「そうかもしれないな。そしてもしそうなら、なぜ、隠すようにして持ち去ったのかという疑問が残る。人類軍に知られずにやりたい研究があったから、というのは間違いないぜ。もしかすると繁殖方法の解明よりもそっちが目的だったのかもな」

「……さっぱりわからん」

「ともかく、大本営を置く街は深海棲艦の大軍勢に襲われた。しかし艦娘達も現場へ急ぎ駆け付け、敵を討ち、市民や軍の人間達を守り戦う。その中には龍田の姿もあった。かくして、深海棲艦の大群は一掃され、大本営と街の被害は最小限で止められる。その時初めて実際に艦娘が戦う姿を見たという者も少なくなかったようだ。その勇姿に、それ以降反艦娘団体の活動は沈静化していく」

「私は逆に、勇敢な艦娘達を薬物漬けにした悪人として余計にマークされてしまいましたが」

「自業自得だぜ」

「ええ……」

「俺が生まれたのはその時だ。以降第四次深海戦争と呼ばれているが、阿戒の再誕と同時に、秘書艦として培養カプセルの外へ出された。その後ガングートや満潮、霞、まるゆと合流し、俺は反艦娘団体残党調査の任につく。その過程で明石の存在を知った。まだ生きてたら何かと使えるなと思って探しに行ったんだ」

「木曾さん考え方がちょくちょく先生に似てるんですよね」

「似てない。明石はお尋ね者同然だったが、ここは人類軍の所属であって人類軍の所属でないような、極めてグレーな場所だ。元々阿戒個人の研究所であったことに加え、常駐する人間は阿戒一人。いや阿戒も人間じゃあないが。場所も極少数の人間にしか知らされていないし、今じゃこの場所を権限のない者に知らせれば粛清部隊に消されるため、誰もそんなことはしようとしない。明石にとっては一番の隠れ家だ。そしてこの粛清部隊について、おまえに話しておきたい。おおまかにはあきつ丸から聞いたと思う。俺からはあいつらが造られたもう一つの理由を。まず、構成員だけどな、旗艦は戦艦ビスマルク、他空母のグラーフツェッペリンに重巡プリンツオイゲン、駆逐艦レーベとマックス、潜水艦U-511。この六隻は同時に造られ、共に最新の技術が組み込まれた。公にはまだ知らされていない技術、艦脳並列化技術を」

「官能並列化?」

「私が説明しましょう。艦脳並列化技術、これは簡単に言えば知覚を記憶として捉えた知覚の即時電子化・即時共有化技術なのですが、更にわかりやすく言えばテレパシーの実現、しかしより詳細な情報の共有化、視覚情報や聴覚情報などのありのままの共有化を可能にするものです。例えば」

 明石がワインを口に含み、飲み下す。

「今私、ワインを飲みましたけれど、もし私と天龍さんに艦脳並列化機能が組み込まれた場合、天龍さんにもこのワインの味がそのまま伝わるようになるんです。あるいはワインに子虫が浮いてるのを今見つけたんですが、それも私の目を通して天龍さんも見られるようになるんですよ」

「ちゃんと使ったら洗えよ」

 木曾が顔をしかめた。

「すぐまた使うのに洗うなんて非効率ですし、虫も多少は栄養になるでしょうからこの方が効率的ですよ」

「うげ。効率で考えすぎだぜ。まぁいい。で、つまりだな、粛清部隊が造られたもう一つの理由というのは、その艦脳並列化技術の実用化試験と技術向上のためなんだ。この試験は現在進行形で続けられている」

「古鷹もそれなのか?」

「はい?」

「いや、その、なんだっけ、官能並列化? されてんのか?」

「いえ、古鷹さんは、左目と右腕、脳の一部を機械化しているだけで……その話もしませんとね。木曾さんが頭だけになった事件の話でもありますし」

「俺が鎮守府の頭になった話だろ?」

「上手いこと言いますね」

「嘘の頭だぜ」

「それもまた上手い」

「いいから話先に進めてくれよ」

「あ、ええ、はい。時は二〇〇〇年、ついに世界は深海棲艦を排除できないまま二十一世紀を迎えてしまったわけですが、ある日、阿戒先生は艦脳並列化実験の最中に最高機密事項Xを誤作動させてしまいます。そのときまだ粛清部隊は造られていませんでしたので、おそらくその為の実験だったのでしょう。その誤作動で、ここへ深海棲艦の大群が呼び寄せられてしまいました」

「案外バカだな」

「科学に失敗は付きものなんですよ」

「というかだな、天龍、今のがちょっと前の疑問の答えだぜ。深海棲艦を呼び寄せる、そんなことが出来る機密事項ってなんだろうな?」

「……深海棲母か!」

「そう。証拠はないが、推測には充分。やはりガングートというか、阿戒は深海棲母を持ち帰っていた。そして深海棲艦を呼び寄せるメカニズムを解明し、艦脳並列化技術に利用しようとしたんだ。迫り来る深海棲艦勢に対し、阿戒は艦娘数十隻を新たに起動。しかし培養カプセルから出たばかりの艦娘というのは事前にプログラムした具体的な行動でない限り、まだほとんど自律した存在ではない為、俺達は各自十数隻を率いて防衛戦に当たった。あの時は武蔵もフル稼働したぜ。そうしてなんとかこの島は死守するも、艦娘の被害は甚大。もうあんなハリボテ作戦はしたくないぜ」

「ですね。まだ自我が芽生えきっていなかったことが唯一の救いでしょうか。既存艦も木曾さんと古鷹さんが轟沈状態になりました」

 阿戒の勝手な実験で、生まれて間もない多くの艦娘が犠牲に……ひでぇ。それに、木曾と古鷹も。

「それで、死んだのか?」

「いや目の前にいんだろ」

「おお、そうか」

「古鷹さんはまず、脳の損傷が激しく、生きているのは奇跡としか言いようのない状態でした。その奇跡に何かを感じてか、阿戒先生は自ら古鷹さんの修復を行います。そしてこれまた奇跡的に、古鷹さんは艦娘として復活を果たしました。ですがその中身といいますか、記憶は初期状態にまでリセットされてしまい、思考は所有者の指示にのみ従うロボットそのものに。絶望から希望、そして再びの絶望を味わわされた姉妹艦の加古さんは、あれ以来どこかおかしくなってしまいました。いつも眠ってばかりいるのは、その夢の中でかつての古鷹さんと過ごす為、だと」

「俺は逆に、脳は無事だった。けど身体は内臓含めて落とし物だらけでな。今度は逆に明石に拾われて、脳をサイボーグの指示パーツに使われたんだ」

「そこ救われたんだでよくありません?」

「ふっ、感謝してるよ」

「まぁ、ええ。私はその時、というかここへ来てからは、武蔵さんの新しい身体を造っていたんです。武蔵さんの脳がもし目覚めた時の為に。元々技研にいた時から、艦娘艤装だけを組み合わせて一つの身体を造るという構想はありまして。もちろん艦娘艤装ですから、艦脳は必要なんですけどね。というわけで、まだ未完成ではありましたが、そこへ木曾さんの脳を移し入れ、武蔵さんではなく木曾さんに合わせてボディを調整しつつ、残りを完成させていったんです」

「視覚や聴覚、触覚だけじゃなく味覚嗅覚もあって、本当に驚いた」

「ラダーのこともありましたし、艦娘を単なる兵器とした造りにはしたくなかったんですよ」

「けど食器棚にまでする必要はなかったぜ」

 木曾が腕の一部をパカッと開くと、そこにはスプーンやフォークが収納されていた。

「それなかったら洗ってないナイフでチーズ食べなきゃいけなかったんですよ?」

「それは洗えよ」

「ええ~」

「そうして、一年かけて俺は今の状態になった。あの時の阿戒の驚きようったらない。自分だけが天才じゃないことを思い知ったみたいな」

「私です、私が天才です」

「それで、急な深海棲艦の侵攻に対応するために地上部に鎮守府を置くことになった。ほとんど、ただここの施設を守る為だけの鎮守府。鎮守府と言っていいもんかすら怪しいが、その方が何かと都合がいいとのことで、阿戒は形式上ここを鎮守府という名のものにしたんだ。とはいえ阿戒は地上には上がりたくないし、ガングートは基本的には阿戒のボディーガード。というわけで、俺が鎮守府の提督に就くことになった」

「ようやく納得いったぜ。艦娘が提督なんておかしいと思ったんだ」

「提督業はちゃんとやってるぜ。書類の山は深海棲艦並みに手強い」

「次から次へと沸いてきますしねぇ。で、提督になった木曾さんの始めの仕事は人員集めでした。先生は戦艦でも空母でも好きな艦をカプセルから連れていきなさいと言ってくれたんですけどね、それまで反艦娘団体の調査を行っていた木曾さんは少々、ミイラ取りがミイラ状態になっていまして、いえ、反艦娘思想を持つようになったわけではありませんが、反体制思想といいますか、ああ、あきつ丸さんのせいで、まぁ、そんなこともあり、直前の実験に対する不審さも相まって、先生が寄越した艦娘は信用できないと、解体リストやその他のルートから仲間を探すようになるわけです」

「あきつ丸とは実は明石と出会う前からの付き合いだったんだ。退役艦娘が反艦娘団体に加わることも少なくなかったから、退役艦娘の生活支援課にいたあいつには色々と情報を提供してもらっていた。明石の存在を最初に聞いたのもあいつの口からさ。まぁ始めこそ、友好的じゃあなかったけどな。けど何の話をした時だったか、忘れちまったが、意気投合したんだ。それで何回目だったか飲んでた時に、あいつはその時の仕事に嫌気がさしてたんでな、まぁいつか拾ってやるよみたいな話してて。で実際、最初にあいつに声をかけた。他に解体リスト関係なく引き入れたのは、隼鷹と嵐、鈴熊」

「鈴谷さん熊野さんに関しては先日話しましたよね。補足するとすれば、鈴谷さんの引き入れを要請したのは阿戒先生だということです。鈴谷さんのその特異な症例は、陸上がり申請の際に製造者である先生にも伝えられました。先生は、なくはないことだけど、もし本当にそうなら近くで観察したいと。先生が決めたら誰も反対できません」

「まぁ、俺も陸に上がらせるなら、明石に診てもらって症状が回復してからの方がいいと思ったしな。一方で嵐は、赤城を殺すため自力でこの島を探し出しやってきた。赤城を探し出してというより、探し出せなかったから、と言った方がいいかもしれない。仲間を殺した赤城は何処を探しても見つからず、そうして唯一、まだ探していない場所の存在に気付いたんだ。その場所は重要機密に指定されていて、しかしある方法を取れば、入り込むことは不可能ではなかった。つまり……ここの解体工場な」

「嵐さんは仮死薬を入手し、死んだふりをして解体予定艦輸送艇に乗り込みます。そして輸送途中で息を吹き返し、そこからは船内に隠れ潜んだと。ただ島の裏側に近づくと、得体の知れない気味の悪さ、気分の悪さに襲われ、船から脱出したそうです。まぁ、対艦忌避電波の影響なんですけどね」

「嵐は島の表側に隠れ潜み、夜、鎮守府内へやってきた。そこであきつ丸と鉢合わせる。あきつ丸の手の上には、大量の握り飯が盛られた皿が。赤城はここにいる! そう思った瞬間、嵐はあきつ丸に襲い掛かっていたらしい。そして、返り討ちにされた」

「最初、私を殺しに来たかと思いましたね」

「俺じゃなくて嵐で良かったな」

「え? あー、ちょっと~、やめてくださいよぉ~……すみません」

 明石が俯き目を伏せる。

「おまえだったらまず話を聞こうとはしただろ。嵐はそういう感じじゃあなかった。赤城を殺すこと、それしか頭になくなってたんだ。諫めるのには苦労したぜ。何を言っても今すぐ牢屋に行って赤城を殺すと聞かなかった。だから契約したんだ。おまえ一人じゃ牢屋の中の赤城でも絶対に始末することはできないが、いつか十分反省したと見て牢屋から出した時、それでもまた鬼が出たなら、協力して確実に赤城を始末すると。それまでここの艦娘として待て。そう契約したんだ」

「それでもその契約でうんと納得してもらうのに、一週間かかりましたよ。その間私の寝室は嵐さんの収容場所に。私は木曾さんと同棲。楽しかったですけど」

「うるさかったよ」

「ひどーい」

「嵐はそんな感じだな。ああ、萩風の振りをしてたのは最初からだ。最初奴は俺達にも萩風と名乗ったし。あとは、隼鷹。隼鷹は……解体申請は出されてはいなかったが、通常の鎮守府では、まぁ好きな時に好きなだけ酒を飲んで良し、とはならないからな。龍驤と似たような経緯さ。ただ酒が切れると暴れるんじゃあなく、一気にうつ状態になる。死んだ仲間達のことを思い出すらしい。日常化していた自殺未遂を止めるために引き抜いたんだ。実際実力は本物だったし、第一期艦娘としての知恵もあったからな。こっちにはガングートっていうちょうどいい飲み仲間もいたし」

「ガングートさんを隼鷹さんで惹きつけ、その間に先生の周囲を探る、そんなことも言っていましたよね」

「どうだったかな。ただ実際、俺も十年阿戒と一緒にいたからな、色々と不審に感じる点も出てきたわけだ。多くの機密事項は知らされていたが、それでもなお伏せられていることがいくつかあり、諜報員の必要性を感じていた。そんな時にそう、解体リストに上がった艦娘がいたんだ。名を青葉。調べてみると、その直前に粛清対象として抹殺されていた。抹殺されたはずが、どういうわけか生きていたんだ。しかしせっかく九死に一生を得たってのに、こいつは自分が知った最高機密事項をそこの提督に話しちまう。世の中の理不尽を訴えたかったんだろうが、提督にしてみりゃ災難以外の何でもない。一刻も早く青葉を追い出したかったが、大本営に話せば自分も最高機密を知ったことがバレちまうし、別の理由で解体工場送りにするしかなかった……どうやってその最高機密を知り得たんだか、わからなかったが、相当な情報収集能力を持っていることは確かだった。おまえの場合と同じように、俺は青葉の解体申請書類を阿戒の目に留まる前に引き抜き、受け入れ申請を送ったんだ。もちろんそれで、そこの提督が危機を感じて自ら青葉を抹殺する可能性はあったが、青葉が生き残れる可能性のある道筋も他にはなかったからな。後日、心配は杞憂に終わり、青葉は無事ここに着任する。しばらくは通常の任務に当たってもらったが、その過程で、案の定俺は青葉に最高機密を話されたぜ。その最高機密は、既に俺の知っている情報だったけどな」

 目を閉じた木曾の口の中で、チーズが転がされている。

「なんだよその最高機密って?」

「それ聞くんですか?」

「え?」

「天龍さん、それ知ったら抹殺されますよ」

「あ、そうか。そりゃこま」

「艦娘は人間に深海棲艦のDNAを混ぜて造られた」

「……おおい! 言うなよ!」

 木曾が小さく笑い、明石もニヤついている。え? 人間に深海棲艦のDNA?

「艦娘は人間を改造した存在だとは話したはずだが、どうやって、というのは話してなかっただろ? 阿戒は人間をベースに深海棲艦の遺伝子を注入して艦娘を作ったのさ」

「要するにキメラですね。目には目を、歯には歯を。人型深海棲艦には人型生体兵器を、というのは表向きで、実は深海棲艦には深海棲艦化人間を、でもあったわけです」

「ちょっと待ってくれよ。俺は前に聞いたぞ。艦娘ってのは艦艇の魂を宿した生体兵器だって。人間から造ったにしろ、そこに艦艇の魂を落とし込んだって話じゃないのか?」

「天龍さん……物に魂なんて存在するわけないじゃないですか」

「ええ?」

「けどその魂云々の話は、確かに世間に広められているものではある。阿戒が作った作り話だ」

「作り話? なんでそんな」

「当然真実を隠すためですよ。もし本当のこと、人間に深海棲艦の遺伝子を組み込みましたーなんてのが世間に知れたら、どうなると思いますか?」

「どう……どうなるんだ?」

「人々は艦娘の存在を危険視するようになる。それは陸上がりになった艦娘が生活しにくくなるとかそういう次元の話じゃない。艦娘を、いつ深海棲艦として人間に牙を剥き出すかわからない危険な存在として認識するようになるはずだ」

「まさか。俺達は人類の為に戦ってるんだぜ?」

「それでもです。この機密が隠されている今でさえ、反艦娘団体がいくつも発足されたんですから。完全に艦娘を敵と見做す反艦娘団体が生まれてしまいます」

「人類対深海の戦争が、人類対深海対艦娘の戦争になりかねない。だから最高機密事項なんだ」

「幸い、深海棲艦のDNAというのは極めて特殊で、その異物を呑み込み自らの一部とする性質上、一度他のDNAと混ざり合えば全く別の型に変容し、変容後のDNAから元の深海棲艦を割り出すことは不可能です。更に言えば、艦娘を造る際に使用できる遺伝子型も深海棲艦ならなんでもいいというわけではありませんでして、先生が保有する深海棲艦の遺伝子を使わなければ追試もほぼ不可能。要するに証明できないんですよ」

「まぁ証明できなくとも、充分な混乱は生まれるさ。この最高機密事項を権限なく知った者に、明日はない」

「人類の未来の為に。天龍さん、そういうことです」

 明石がぺこん、と頭を下げる。

「そういうことって……おまえらから話し出したんだろ? それこそ情報漏洩だ」

「ふむ。天龍、知力も多少上がったか?」

「興味深いですね」

「おいおい、おちょくってんなよ。どうしてくれんだよ」

「天龍さんってやっぱり面白いですね」

「は?」

「話長くて忘れたか? おまえはとっくに、ただじゃ済まない」

 ……そうだ。俺はもう、艦娘じゃない。その敵性存在。深海棲艦。抹殺対象か。

「安心しろ。地獄の果てまで俺と明石がついてる。さてそれじゃあ、そろそろ本題に入るとしようか。明石、再生装置を」

「はい」

 明石が席を立ち、部屋の一角から一枚の小さな基盤を持って戻った。

「青葉の情報収集能力というのは、結局のところただ単純に物凄く耳がいいというだけのことだった。ああ、あとやたら柔軟な身体な。壁を見つけりゃノックし、その厚みを耳で計る。壁の隙間を頭の中でマッピングして、隙間に潜り込んだら何処へも行きたい放題。アナログ過ぎて逆に、阿戒の盲点を突けた。ただ一つ計算外の点があってな。鎮守府に来て、やたらとそこら中の壁をノックしてる時に気付けばよかったんだが……病的なまでの好奇心の塊だったんだ。自力で地下施設見つけ出しちまうし、諜報員として活動してほしいと伝えた後も勝手に地下に潜り込んでは余計なもん持ち帰ってくるし。そうして……これが、あいつが残した通信記録だ」

 明石が基盤の一部、小さなまるい膨らみを押すと、初めて聞く声が聴こえてきた。

「司令官! 青葉、見ちゃいました! ウィルス攻撃で深海棲艦を死滅させる実験です! この攻撃により、一部の深海棲艦は生存しウィルス攻撃手段を獲得。このウィルスは私達艦娘には無害ですが、人間に対しては致死性を持っているようです。ゾンビになるって! 博士は誰かがウィルス攻撃をするのを待ってるみたい。そのタイミングで環人類化計画を始動するつもりだよ。環脳並列化実験に関……かなみ……あれ、電」

 音声が途切れかけたところで明石がボタンを押し、停止させた。

「さて、さすがのおまえも不穏な空気を感じられてきたんじゃないか?」

「ウィルス攻撃とか……艦人類化計画とか?」

「ワードは拾えたな。知っての通り、深海棲艦は装備でも艦娘でも、個体との相性が良ければそれを吸収し、取り込み、自らのものにしちまう。それ故、あまり強力過ぎる兵器の使用は推奨されない。オールド・スクリームの件もあった。艦娘が対深海棲艦の最適解とされる理由は色々あるが、これもその一つだ。艦娘の筋力と技能と知恵を用いることでちょうど相手を倒すことが出来る装備、それが最もリスクの少ない手段。仮に装備が取り込まれたとしても、艦娘が同様の装備を使うことで撃退できるからな。対してウィルス攻撃なんてのは、もし取り込まれたら人類には打つ手なしだ。艦娘は無事でも人間は滅びちまう」

「どうして艦娘は無事なんだよ?」

「青葉が言ってたろ? じゃ説明不足だよな。けどおまえはもう知ってる。艦娘の一部は何で出来てる?」

「……?」

「深海棲艦だよ。俺達の中には深海棲艦の血が流れてる。生物が自己防衛の為に生み出すウィルスってのは、自分達にとっては害のないものだ。深海棲艦が生み出すウィルスは深海棲艦の遺伝子を組み込まれている艦娘には害はない。おそらく、阿戒はその仮説を確かめる為に実験していた」

「何の為に?」

「深海棲艦の研究施設ですからね。危険性の確認の為、理由はそれだけで充分です。施設の深部で実験を行っていたのもウィルスの流出を可能な限り防ぐ為、それで充分でしょう。問題はその実験結果を、一切外部に通達していないことです。最高機密事項を含みますから公にはできないのは当然ですが、既に艦娘製造の機密を知っている人間にも未だ実験結果は伝えられていません」

「けどそれをリークしたところで、ウィルス攻撃なんて深海棲艦に対しての使用に充分危険が予測されることに関して敢えて通達する必要は感じなかっただとか、機密の流出可能性を増やすだけだとか、艦娘には無効であることが知れれば逆に後先考えずウィルス攻撃を実行する者が現れるかもしれないだとか、阿戒はいくらでも言い逃れできるだろう。情報のリークじゃあ何の意味もない。そもそも言ってわかるような相手なら、最初からウィルス攻撃なんてナンセンスだということがわかってるはずだからな」

「話が見えねぇんだけど」

「深海棲艦が作り出すウィルスは艦娘には効かない、阿戒先生がその仮説を検証した本当の理由は、それが環人類化計画において必須の条件だからです」

「……ふむ」

「環人類化計画、これは地球という星の支配種シフト計画さ。阿戒は人類ではなく、環人類による世界の統治を目論んでいる」

「……おお、なるほど……なんだよ環人類って」

「深海棲艦の遺伝子を取り込んだ人類、つまり阿戒先生や私達艦娘のことですよ」

「阿戒も深海棲艦の遺伝子を?」

「じゃなきゃ不老の身体になってないだろ」

「ああ、そうか」

「艦娘とは違い戦闘には向いていませんけどね。組み込んだ深海棲艦の遺伝子型が違うんです」

「環人類という命名は、おそらく電子記憶の継承から来ている。つまり、死して尚、命を記憶という形で継承していく存在。記憶の循環によって永遠に生き続ける存在。環人類」

「まるゆさんで幾度も全記憶の転送実験を行っているのはその為でもあります」

「もしも深海棲艦のウィルス攻撃が始まったら、人類は環人類として改造されるしか生き残るすべはない。生き残りたい奴は皆阿戒に懇願することになるだろう」

「女しか艦娘にはなれないんじゃ?」

「艦娘にはな。阿戒と同じような、戦闘能力の低い環人類になら、男でもなれる」

「深海棲艦には雌雄の区別はありませんでしてね、ただ人間と合成した際に、男性遺伝子よりも女性遺伝子の方が優位であるという性質があるもので。男性型の人型深海棲艦、見たことありますか?」

「ない」

「ですよね。もちろん、彼らは人間男性を取り込むこともあるのですが、そうしますと人間としての原型はほとんど残らないのですよ。女性ですと、遺伝子が強く残りやすい為ある程度人間としての原型が残るわけです。付け加えますと、艦娘製造に使用された艤装の扱いに優れた深海棲艦遺伝子は人型深海棲艦遺伝子であった為、既に人間の女性遺伝子を内包しており、それ故女性しか艦娘になることはできないのです」

「ほう」

「ウィルス免疫を持つ為の全人類環人類化。その時きっと、阿戒はまた救世主扱いされる」

「改造されたくないって奴は?」

「切り捨てられてしまうのだと。これが第一の間引きになるでしょう」

「間引き?」

「そして第二の間引きは、環人類化に当たっての適性検査。どんな感じでやるつもりだろうな。少なくとも、阿戒に反発する人間は不適性とされるだろう」

「更に第三の間引きは、環人類化してからです。環人類は環脳並列化によって先生のシステムに監視されることになるんですよ。不穏分子はまず思考を読み取られ、居場所を探知され、粛清される」

「そうして阿戒大帝国を築こうって魂胆さ。深海棲艦対策と見せかけて、艦娘作成から始めてその計画を着々と進めてやがった。しかも今はこの戦争状態にある世界を楽しみながら、気長にウィルス攻撃待ちだ。表立っては最後まで手を汚さないつもりでいる」

「ウィルス攻撃はありえないんだろ?」

「上層部の人間はそんな指示は出さない、絶対に。けどそれ以外はどうだろうな。人類軍に不信を抱き結成された義勇軍や、軍化された危ない新興宗教団体、なんとしても艦娘に頼らず深海棲艦を駆逐しようと考える反艦娘団体。事実を知ったところで、全員が全員その事実を真実として受け入れるとも限らない。ウィルス攻撃なんてただでさえ、自然にもどんな影響を与えるかもわからないのに……あいつはいつもそうだ。人類の過ちに付け入り、膨張しようとする。人間という種を試すように。あなた方にはチャンスを与えました、失敗したので私達の種が代わります、と言わんばかりだ。奴の人生なんて知らねぇが、あまりにも人間を、人間という種を憎悪している。そんなやつに独裁国家なんて作らせちゃいけない」

「……おまえは違うのか?」

「ん?」

「赤城さんを、抹殺した時だよ。何もなければそれでいいと言いつつ、あれこれ準備して、赤城さん抹殺の舞台を整えたわけじゃねぇか」

 木曾がまっすぐ俺を見たまま、黙る。

「あや~、一本取られましたね、木曾さん」

「うるさい。いいか天龍。分かった。本当の、本当に本当のことを言う。俺は赤城にチャンスを与えたつもりはない。何度面会しても、奴の瞳の中の狂気は消えなかった。どんなに優しい言葉を吐いている時も、奴の目は血に飢えてたんだ。だから最初から、完全に赤城を殺すつもりで全て仕組んだ。牢屋に入れ続けるなんて選択肢もなかった。いずれ阿戒が俺達を敵と見做した時、阿戒は赤城を刺客として上手く使っただろう。だから絶対に始末しておかなければならなかったんだ。嵐の願いを聞いたわけですらなく、嵐をうまく利用しただけなのさ」

「私は知ってますけどね、何も起こらないでくれ~って、木曾さんが手を組んで祈ってたの」

 木曾が苦い顔をし、ワインを啜る。

「赤城さんはさ、実際に殺した俺が言うのもなんだけど……ずっと苦しんでたように思えるぜ。今思い返してみるとな。たぶんあれ、知ってたんだ。艦娘糧食が何で出来てるか。それで、けど、俺とは違って本能に抗えなかったんだ。食う食わないの本能じゃなく、それを心から美味いと思っちまう、欲しちまう、そんな本能。内心ではその本能の存在に苦しんでた、と思う。それを埋め込んだのは、阿戒なんだろ?」

「おそらくそうです」

「なら……俺も阿戒の好き勝手にさせるのは良いようには思えねぇ」

 手を伸ばし、チーズを一片掴み、口へ放り込む……よくわからない味がした。

「その、環人類化計画を阻止するつもりなんだろ、おまえら」

「そうだ」

「だよな。で俺に、仲間に加われと」

「はい。私達の作戦には天龍さんが、必須条件ですので」

 二人の目が俺を見る。たぶんもう、こんな目で俺を見る奴は他にいないだろう。考えるのは苦手だし、その必要もないように思えた。

「わかった。いいぜ。どうせこれ、こんな体じゃもう真っ当に艦娘なんてできねぇだろ。協力してやるよ」

「天龍さん話が早いですねぇ」

「おまえらの話が長いんだ」

「ふっ。違いねぇ」

 木曾がチーズを切り分けていく。俺が気に入ったと思ったんだろうか。

「けど阿戒を倒すにしても、護衛のガングートと粛清部隊、あれ相当手強いだろ。どうやって倒すんだよ」

「天龍、そうじゃない。阿戒は不死身だと言っただろ」

「ああ……あ? ならどうすりゃいいんだ?」

「答えはもっと単純でいいんだよ。誰かがウィルス攻撃をやっちまう前に、俺達の手で深海戦争を終わらせるのさ」

「……俺達だけで?」

「そう」

 う~ん? 俺達だけで戦争を終わらす? 俺達って、ここにいる三人と、あとあきつ丸か? 四人? 戦争をってのは、深海棲艦との戦争をってことだよな。深海棲艦は世界中にいるぜ。世界中にいる深海棲艦を四人で?

「いや、無理だろ。そんな簡単に勝てるんなら六十年以上も戦争続いてねーし」

「ああ。それはその通りだ。というか勝てない、この戦争は」

「は?」

「現状を考えてみろ。陸は取り戻した。海の一部も取り戻した。一部コロニーの破壊にも成功。でも全部二十年以上前の話さ。そこからほとんど進展がないんだ。初めて倒した深海棲母も結局自ら飛び込んできただけで成果と言っていいのやら怪しい。深海棲艦は徐々に力を増し、その数と増殖力で艦娘の勢いに追いついた。対して艦娘側はこの二十年、大きな変化はない。電子記憶によるアップデートなんざすぐに追いつかれちまうしな。明石を失った技研に、現状維持を計る阿戒。明石に代わる人材が現れ艤装の強化がされたとしても、おそらくそれを取り込み深海棲艦側も強化されてしまうだろう。鼬ごっこってやつだ。阿戒が本気を出さない限り、人類の勝利はありえない。そして阿戒が本気になるのは、人類が環人類化してからってわけさ……いや、あいつのことだ、わからないけどな。永遠に戦争状態を続ける気かもしれねぇ。ともかくどんなに踏ん張ったところで、俺達は勝てねぇんだ」

 少し、カチンときた。俺達はずっと戦ってきたってのに、こいつは頭の中で勝手に結論を。実際そうなのかもしれねぇが、だからといって認めるわけにはいかないことってのもある。多くの仲間がすでに、勝利を夢見て死んだのだから。

「俺は、いつか勝てると思ってるぜ。おまえが言ったように、戦争が永遠に続くんじゃないかっていう感覚は、確かにあるのかもしれない。けどな、それでも勝つ為に戦ってきたんだぜ、俺達艦娘は。勝てないなんて認めちまったら、何の為に戦ってきたのかわからなくなる」

「そうだな。勝つために戦ってきた。おまえや、仲間達のその意志は、誇りだ。俺だけのじゃない、人類軍全体の誇りさ。戦場じゃ一番頼りになるもんだ。けどな、勝つことはできない」

「おまえなあ」

 少し声を荒げた俺に、木曾が手を向け、言葉を遮る。

「俺がおまえに全てを見せ話した理由、俺が今のおまえに変わらず仲間として接している理由、俺がおまえを、この鎮守府へ招いた理由」

 木曾が真面目な顔でじっと、俺を見る。なんだ……やけにもったいつけんな。

「……なんだよ」

「おまえを通して、人類と深海棲艦の和解交渉を行う」

「……はあ!?」

 思わず聞き返すように声を上げてしまった。何言ってんだこいつ。

「いいか? おまえはもうほとんど深海棲艦だぞ。俺を殺したいと感じるか?」

「……いや。うん。いやいや、けど。だから?」

「今まで誰もそれを考えなかった。人間達は未知の脅威を、始めから完全に敵として扱ってきた。でも本当にそうなんだろうか? そもそも深海戦争の発端は? 本当に向こうから攻撃を始めたのか? 大戦中に、人間側から意図せず攻撃をしかけちまったんじゃないか? 強力な人型深海棲艦ほど、しかし、人語を話すことも判明している。言葉が通じるなら、まず始めに考えるべきは対話と和解だろう」

 木曾は、大真面目で話していた。こいつの場合、嘘と冗談と本気の区別がまるでできねぇ。けどたぶん、今のは本当だ。こんなバカみたいなことを、こいつが嘘や冗談で言うはずがない。

「言ってることはまともだけどよぉ。いや、全然まともじゃないぜ、おまえ」

「理想論じゃ問題は解決しない。けどな、あらゆる方法論が無駄だとわかったら、結局は一周回って理想論で行くしかないのさ」

「おぉ、意味不明だぜ」

「俺達は散々、深海棲艦を駆逐してきた。だから何を今更ってのは、正直あちらさんもあるだろう。それでもだ。戦争はそうして終わる。それを人の歴史は知っているはずだ。今なんだよ。まだ深海棲艦の優位に戻ってはいない今。深海棲艦の姿をしたおまえが大使となって両者を取り持つんだ」

「それだぜそれ! 一番はそれ! それがあり得ねぇだろ。俺は単なる一兵卒だぜ。ここん中でも一番の年下だっていうしよぉ。八歳だぜ!? 機密どころか人間社会もろくに知らねぇよ」

「大丈夫ですよ。映画でも宇宙人と最初にお友達になるのは大体子供ですから」

「それはフィクション! お話と現実ごっちゃにしたらダメだろ!」

「おまえはここへ来て、人類軍を貶めるような行動は一切取らなかった。それが何よりの確証と言っていい」

「何の話だよ!?」

「深海棲艦がおまえに寄生体を埋め込んだ理由の話さ。仲間を増やすのが目的だったなら、寄生体を埋め込んだ後、そのまま深海へ引きずり込めばいいだけだったんだ。なのにそうはしなかった。そしてどうやらおまえは人類軍を潰すために送り込まれたわけでもない。それらはつまり、おまえを単に助けるために、寄生体を埋め込んだってことなんじゃあないか? もしそうなら、奴等にも他人を想う心があるってことさ」

 木曾の表情は相変わらず変わらない。全部冗談抜きで言っている。けど、いや、信じられねぇ。

「それ本当に、本気で言ってるのか?」

「こんな時に冗談言うやついないぜ」

「……言ってたような気ぃするけどなぁ」

 頭に手をやる。あ、また角に触れた。慣れねぇな。

「まぁ安心しろ。おまえはあくまで深海棲艦と交渉する為の切符だ。実際の和解交渉は俺が行う」

 実際の交渉は木曾か……そうか、良かった。いや良くねぇ。

「どうして……そんな考えが浮かんだんだよ」

「それは言ったろ?」

「そうじゃなくて……おまえが話したのはその答えに行きつくまでの理屈だ。きっかけがなけりゃ理屈を考えるまでも行かねぇ話だろ」

「きっかけか……天龍、おまえは今、自分が何だと思う?」

「……何って?」

「おまえは艦娘か? 深海棲艦か?」

「俺は……心は艦娘だぜ」

「じゃあ俺はどっちだと思う?」

「おまえは、艦娘だろ、普通に」

「艦娘の部分は脳しか残ってないぜ?」

「それでも艦娘だよ。深海棲艦が混ざってるわけじゃ……」

「混ざってるだろ?」

「……そうか」

「そんなもんさ、艦娘と深海の境界なんてのは。だからこそ、和解できるんじゃないかと考えたんだ」

「ふむ」

「阿戒に、人間に造られたから、人間の側についてるけどな。もしもそうでなかったなら、どっちの側についてただろうなと、ある日ふと思ったのさ」

「ふむ……」

「人間側に決まってるじゃない」

 声と共にガゴンッと音がして、天井の扉が開き、そこから龍田が降り立った。

「龍田」

 無意識に名を呼んだ。

「龍田さん!?」

 龍田が俺を見る。変わり果てた俺を。どう、映ってるだろう。

「天龍ちゃん……良かったぁ~。わたしの名前、わからなくなっちゃってたらって、思ったから」

「最後までそれだけは忘れねぇよ」

 龍田が微笑み、しかし、口元がゆるゆると揺れていた。

「……うん。良かった。じゃあ、帰りましょう」

「帰るって?」

「鎮守府に。でも天龍ちゃんが嫌って言うなら、別の何処かでもいいよぉ~? 何処に行きたぁい?」

 木曾がナイフを、俺と龍田の視線の間に挟んだ。

「龍田、俺達の話、どこから聞いてた?」

「行かせないわ。何考えてるの。バカじゃないの」

 敵意。龍田の敵意が木曾に向かっている。

「はは、良かった、おまえもそう思うよな。普通そう思うよな」

「もちろんだよぉ~。わたし達は、確かにクローンのわたし達は、人間と深海棲艦の狭間にある存在かもしれない。でもこの意識は、間違いなく人間としての意識なの。人間に造られたから、なんて話じゃなくてねぇ~? わたし達は、元々人間だった。その人間だった頃の意識の延長線上に、今のわたし達がいる。阿戒さん? なんて知らないわ。わたし達はわたし達の意志で、人間の側に位置しているの。提督、あなたは人間だった頃の自分を、考えたことはあるぅ~? 人間だった頃、守ろうとしていた人達のことを」

「……なるほど。言われてみれば、人間の頃自分がどんな人間で、何の為に戦おうとしてたかなんて、考えたことなかったな。人間としての意識というのも。それは龍田、おまえが第二期で、オリジナルに近しい存在だからかもしれないぜ? 多くの艦娘は世代を経るごとに人間だった頃の意識を濾過されていき、艦娘という兵器としての意識だけが残されていくんだ。俺には最早、オリジナルの延長線上という意識はない。オリジナルと俺は全く別の個体だ。けどそう考えると、第二期のおまえが羨ましくもあるな。明石、おまえは?」

「え? 私ですか?」

 明石は何か考え事をしていたらしい。急に話を振られ、珍しく不意を突かれたような顔をしていた。

「おまえはむしろ第一期で、人間の頃の記憶も完全にあるだろ?」

「ええ、はい、そうですね……まぁ私は、元々人間の中でも浮いた存在でしたから、ただ浮いてるってことは、沈んで深海棲艦にはならないんですよね。わかります?」

「わからん」

「わかんねぇ」

「わからないわ」

「ええとですね……自分の一部が深海棲艦だから深海棲艦とも和解できるかもしれない、という部分で自身を準深海棲艦と見做すことは大いにありです。というのもこれは人間側が負けない為の道ですので。ただしどちらをベースにしているか、という部分で言えば、艦娘は間違いなく人間ですね。ですが逆に、どちらの意識、ということになりますと、逆説的に考えまして、深海棲艦は人間と言える可能性すらあります。つまり彼らの内で艦娘を取り込んだ個体に関して言えば、人間としての意識を持っている個体が存在している可能性も大いにあります。その一例が天龍さんと言ってもいいでしょう。いくらか恣意的ではありますが」

「天龍ちゃんは寄生されただけでしょ~? 夢物語に天龍ちゃんを巻き込まないで」

「全く正論です」

「おい。まぁ龍田、座れよ」

「いいわここで。すぐ帰るし」

「帰ってどうするんだ。話全部聞いてたんだろ? 天龍が阿戒に、ガングートに捕まるぜ」

「逃げるわ、二人で」

「それも……まぁありかもしれないけどな。もし和解交渉が上手くいったなら、俺達はまず始めの一カ所の交渉記録を持って、大本営総司令官の元へ行く。そこで次の交渉作戦まで天龍を和平の鍵として丁重に扱ってもらうつもりだ。万が一交渉が上手くいかなくとも、一時的に超常戦略部に天龍を匿ってもらう段取りもつけてある。けどどっちに匿ってもらうにしろ手土産なしじゃ厳しいところだ」

「協力すりゃ命は助かるって話だったのか。おまえらしいぜ。最後にそれを明かして救済感出すあたりもな」

「ダメだよ、天龍ちゃん。きっと騙されてる」

「うん。まぁ、けど、もうこうなったらよ、他に道もねぇだろ。つか龍田、全部聞いちまったならさ、もう一緒に来てくれよ。前の総司令官と面識あるおまえがいりゃ、匿ってもらうのも段取り良くいくかも知んねぇし。なあ?」

「うん……そうだな。最高機密を知ってしまったからには、その方が安全だ」

「天龍ちゃん……」

 龍田が、なんだろう、悪賢い狐に騙され切った兎を見るような、そんな目で俺を見る。けど実際、どうにも龍田は艦娘の造り方の話を聞いちまったようだし、あの阿戒所長の下というか、上か、まぁそこに居続けさせるのは危険過ぎる気がした。どっちも危険だけどな。同じ危険なら近くにおいておきたい。

「俺はもう決めたぜ。いやどうかしてるとは思うけどさ。でもこんな身体になっちまったし、実際の話し合いはこいつがするっていうしよ。俺が行くと決めたんなら、龍田、おまえは何としてでも俺についてくるんだろ?」

「……うん」

「なら決まりだ。全滅したら二人で逃げようぜ。木曾や明石達と心中するつもりはねぇし」

「おまえ本人達前にして全然包み隠さないのな」

「期待されても困るからな。龍田、どうする?」

「どうするって、自分で、なら決まりだって言って、天龍ちゃん……はぁ。でも一緒に来てくれって言ってくれたのは嬉しいよ」

「おう。じゃあ提督さん、そういうことだから、龍田も一緒に行くぜ」

「巻き込みたくなかったんだけどな。仕方ねぇ」

「で、いつ出発するんだ?」

「天龍ちゃん、やっぱりわたし、この二人信用できないかも」

「なんで? いや俺もだけど」

 龍田が辺りを見渡す。木曾と明石が目配せしている。

「そこ、かなぁ」

 龍田はそして、壁の海図の前まで行くと、それを剥がしどかした。窓がある。丸い窓だ。窓の外には青い……海中?

「流石に勘が良いですねぇ」

「海? 外、海なのか?」

「そうだよ天龍ちゃん。ここは潜水艦の中。知らされてなかったんだね」

「いやいや、話し終わったら言うつもりだったぜ? ここは明石の部屋を改造して造った潜水艦の中だって」

「部屋を潜水艦に!?」

「工廠下の私の秘密部屋を内側から改造していきまして、トンネルも作りましてね。それでこっそり潜水艦を造っていたんですよ」

「これ動いてね?」

「ああ。既に和解交渉作戦の目的地に向かっている」

「な……」

 唖然とした。端から拒否権なしかよ。

「ガングートさんは鼻がいいですからねぇ。のんびりしてられなかったんですよ」

「そういうことだ。さてじゃあ、そろそろ船長に挨拶しに行くか、天龍、龍田も」

 木曾が席を立つ。

「船長? あきつ丸か?」

「あきつ丸は隠密行動担当だ」

「じゃあ誰」

「行けばわかる」

 そう言って、床にしゃがむ。気付かなかったが、そこには四角い扉が付いていた。席を立ち、覗き込む。扉が開かれ、下へと続く鉄の梯子が現れた。

「ついて来い」

 木曾が下へと降りていく。

「龍田、俺最近気付いたんだけどさ」

「うん」

「上に行ったり下に行ったり、そうすると大抵碌なこと起こらないんだぜ」

「そうねぇ~」

「早く来い!」

 下から木曾の声が響いた。

「行ってやるか」

 梯子に足を掛け、下へと向かう。ひんやりとした空気が身体を突き抜ける。再び床に足が着くと、左右に通路が続いていた。いや通路ってよりこれは機械室か。通路の脇にはレバーやらメーターやらケーブルやらが壁を埋め尽くすように取り付けられ、、頭をぶつけそうな天井にはパイプ管が何本も走っている。あ、これ、角当たらねぇように気ぃつけないと。

「天龍ちゃん」

 龍田も降りてきた。

「ん?」

「角、触ってみてい~い~?」

「いいぜ」

 龍田の両手が俺の二本の角を触り、掴む。

「引っこ抜こうとしてね?」

「ダメねぇ~、完全に一部になってる」

「そうなんだよ」

「この先が操縦室だ」

 木曾が通路の先で鉄扉を開く。俺と龍田は開かれた扉へ、その先へと向かった。




第21話あとがきです。

 大ボリュームでお届けしました。この中盤でひたすらの会話が挿入される構図こそ、映画「地獄の黙示録 特別完全版」のパロディでございます。是非もないね!
 では余談にだけ触れて参りましょう。冒頭で木曾が鳴らしていた鼻歌ですが、これも「This Old Man」のメロディです。更にパルミジャーノレッジャーノチーズ、コロンボの好物です。そしてカベニ・スーベニヨンというのはブドウ品種のカベルネ・ソーヴィニヨンのことですが、以前もご紹介した第19話「別れのワイン」の字幕でそう記載されているのです。刑事コロンボにハマり、その字幕知識のままにチーズやワイン、葉巻に手を出して、間違った発音でワインを語った木曾さんの過去。その純粋で影響されやすい姿が可愛いと、明石さんは言ったわけです。

 さて次回、木曾の計画、その準備段階は全て整った。動き出す対深海和解作戦。深海へ向け、潜水艦は潜航を開始する。水曜日でなく1週間後の土曜日の投稿になります。
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