艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第弐拾弐章 皈ル

「来たでありますな」

 操縦室で表情のない笑みを浮かべつつ、あきつ丸が俺達を迎え入れた。入室した俺を、あきつ丸はじっと見つめている。驚いている様子はないところを見ると、俺の姿は既に見ていたようだが。

「俺の頭意外になんかついてるか?」

「いえ、その……天龍殿、自分を覚えているでありますか?」

「自分って、おまえか?」

「はい」

「……あー……あ……あき……」

「あき……」

 あきつ丸の眉間に皺が寄っていく。

「あき……射命丸?」

「丸しかあってないであります」

 あきつ丸の表情がぐらっと揺れ、両眉が下がった。面白れぇ。

「あきまで合ってたのに」

「覚えてるよ。あきつ丸だろ。それより船長さんに会わせてくれよ」

 操縦室を見渡すが、そこにあきつ丸以外の人影はない。ただ操縦席が巨大な背を向けていた。

「な、そうでありますか。天龍殿、今のその姿では少し、冗談を控えて欲しいと言いますか。あー、船長殿、天龍殿が挨拶をしたいと」

 あきつ丸が言うと、操縦席がくるりと回転し、こちらを向いた。

「まるゆ?」

「ひっ」

 巨大な操縦席には、ちょこんと小さなまるゆが腰かけていた。俺の姿を見て怯えている。膝の上には、なんだ? 白いふわふわとした人形が乗っている。軍艦鳥の雛の人形かな。

「まさかまるゆが船長、なわけないよな」

「そのまさかだ」

 木曾が背後から俺の肩に手を乗せた。

「マジかよ」

「嘘ですからね」

 明石が言いながら入ってきて扉を閉める。

「……うん」

 木曾がまるゆに近づいていく。なんだこいつ。

「船長、航行は順調か?」

 そう言って、まるゆの膝から人形を抱え上げた。ふわふわの毛に覆われた鳥の顔が、俺の方へ向けられる。

「今度はその人形が船長だなんて言い出すんじゃないだろうな?」

「おお、勘がいいな。その通りだ」

「おいおい、嘘も休み休み言わねぇと過労死しちまうぜ」

「ははは! そりゃ傑作だ!」

 聴き慣れない、初めて聞く声がした。人形から……。

「航行は順調! ただし順調過ぎて死亡フラグの海を泳いでいるようでもある。それよりもだ。天龍よ、よくぞ決心してくれた。私は嬉しいぞ」

 やっぱり人形から声がしている。でもまさか。流石にあり得ねぇ。

「どこから話してんだ? つか、誰だよ」

「ははは! そうだよな、そういう反応でいい! どこからと言えば、そう、その外部デバイスである人形からさ。誰かと言えば、既におまえと私は会っているが、言葉を交わすのは初めてだ。当然発声だけでは誰かわかるまい。誰かのように無駄に勿体付けるのは止そう。天龍よ、そして龍田、私の名は武蔵だ! かつては艦娘として戦艦をしていたが、今はこの通り、艦娘ではない潜水艦として、おまえ達を乗せている」

「武蔵? 武蔵さん? そう言ったのか?」

「そうだ天龍。何度か、私のかつての身体をメンテナンスしてくれたな。感謝しているぞ。あれは最早個を持たぬ兵器だが、埃が積もる様を見るのは愉快とは言えんからな」

「……つまりどういうことだ? 植物状態から意識を取り戻したのか?」

「天龍ちゃん、たぶんそうじゃなくて、この潜水艦自体が武蔵さんだってことだと思うよぉ~」

「その通り。鎮守府上部の私の肉体は、あれはもうどうにもならん。ただ巨大な兵器を動かすためのテクノロジーの一部でしかない。かといって明石が造った身体はあくまで艦脳の器として優れたものでな。私の場合脳が目覚めを忘れてしまった為、身体があっても意味はなし。まぁそれで、ずっと夢を見ていても良かったんだがな、明石に無理矢理起こされたのよ。私の記憶を電子化し、AIに組み込んで、再構築し個を作り出したのさ。うん、しかしこれはこれでいいものだ。あらゆる場所に接続し、あらゆる場所に存在することが出来る。いわば環人類よりも先に位置する在り方だ」

「マジかよ。俺今、あの伝説の武蔵さんと話してるのか」

「そこなんだぁ~」

 思わず口元が緩む。すげぇや。

「天龍、変わらないな、おまえは。どんな時でも後ろの見方を知らん」

「変わらないって?」

「オールド・スクリームの時さ。あの時、おまえのオリジナルと私は共に戦ったのだ。他にも多くの艦が共に戦ったけどな。決戦の時、先陣を切ったのはおまえと摩耶だった。巨躯深くに埋もれた核を目掛け、まずお前と摩耶が競うように斬り穿ち、そこへ他の艦娘達が次々と砲撃を。最後に私と大和で止めを刺したのさ。あの戦いは大和と武蔵の伝説として語られているようだが、まさか、恐れ多いにもほどがある。第二期艦娘以降がクローンやオリジナルの話を聞かされないが故にそのように広まってしまっただけだ。天龍、おまえも伝説の一部なんだ」

「おぉ……そうだったのか。そん時のことくらいは覚えておきたかったな」

「大本営にビデオテープが残っているはずだ。作戦を成功させれば、それを閲覧する機会も訪れるだろう。阿戒なら映像をデータ化しているだろうが、奴のシステムに侵入するのは危険過ぎる。私とは別の、そう、奴自信をAI化したそれが蜷局を巻いているからな」

「奴にもAIが?」

「私にできることは当然先生にもできますよ」

 明石が肩を竦めて言った。

「まぁそういうことだな。さて、そろそろこの船の進路を、木曾よ、二人に話してもいいか?」

「ああ」

「うむ、では話そう。この船は今、天龍、おまえが寄生体を埋め込まれた海域へと向かっている」

「……どうしてまた」

「当然、そこにおまえに対しては最も友好的と思われる深海棲艦が潜んでいるからさ」

「ああ……なるほど。木曾の推測が正しければって話か」

「それだけじゃない」

 木曾が人形をまるゆの膝に戻す。

「あのコロニーは元々、おまえが攻撃されるまで全くの未発見だったコロニーだ。つまり比較的、活動が穏やかな深海棲艦が多いと思われる。さすがにそのど真ん中に飛び込んできた敵に対しては攻撃をしたんだろうがな。いや、たまたま顔を出したところに出くわしたという可能性もある。実際あれ以降もあのコロニーの深海棲艦の活動が活発化している様子はないし、たまにコロニー上層の海面に顔を出すくらい。まぁそれ故情報不足で、なかなか踏み込めずにもいるわけだけどな。その点においてもこの作戦には適している」

「攻略の為に来た他の部隊とも鉢合わせしにくいってことねぇ~」

 横で龍田が。ぁ、なんか圧を感じるぞ。

「そうだ」

「でもそれって、急な救援が到着しにくいってことでもあるんじゃなぁい?」

「どちらにしても可能な限り戦うつもりはない。いざという時も逃げの一手だ」

「死出の旅だわ、やっぱり。ねぇ天龍ちゃん」

 その声は俺に心変わりを願い出るような、そんな響きを持っていた。

「龍田、いいんだよ。死出の旅で上等だ。俺は既に一度死にかけた。死山に一度行くも二度行くも同じ事だぜ。また帰ってくるよ。こいつと心中するつもりはないっつったろ?」

「おお! 死亡フラグ乱立していくな!」

 頭上のスピーカーから声がした。武蔵さんの声か。

「武蔵さん、あなたはこの作戦、どう思ってるのかしらぁ~?」

「ん? 成功の見込みか?」

「ええ」

「大穴狙いの大博打だな!」

「大爆死じゃなくて?」

「ははは! 面白い!」

「……わたしが何を心配しているか、わかる? 提督」

 龍田の眼光が、じろりと、木曾を睨みつける。

「全てかな?」

「まぁ、そうね。間違いないわ。でも正確には、ここにいるメンバー。提督は鎮守府の大襲撃以外ほとんど、実際に深海棲艦とは戦ったことないんでしょ~? 武蔵さんもオールド・スクリームとの戦いしか知らない。明石ちゃんは技術者だしぃ、あきつ丸ちゃんは退役艦支援員上がりの警備員。まるゆちゃんも、あまり深海棲艦のこと知らないでしょ? とても話してわかるような相手じゃないのよ、深海棲艦は」

「ふむ、一理あるな。けどだとしてもさ。手遅れになってからじゃあ遅いんだ」

「天龍ちゃん、その姿であっても、大戦果を上げたらきっと、艦娘としてまたやっていけるよぉ~? そう思わない?」

「うん……どうだろうな。阿戒ってやつは、逆に龍田、おまえは阿戒に会ってないだろ。あいつはたぶん、元の性能しか見ないような奴だ。きっと戦果なんぞは誤差で片付けられちまう。けど、それもどうでもいい。あー、なんつうかな、なんて言ったらいいかなー。う~ん」

 頭にぼんやりと浮かんでいた考えを、頑張ってまとめていく。しかし俺に向けられた龍田の瞳を見て、その考えはすっと形を成した。

「俺に寄生体を埋め込んだ奴な、あれたぶん、おまえだったぜ」

「……え?」

「つまり、あれだよ。別の、おまえのクローンが深海棲艦化した姿。うん、思い返してみると、声とか話し方とか、おまえだった。だから俺を助けてくれたんだと思う」

「本当かそれは」

 木曾の眉間に皺が寄っている。何か想定外だったか。

「ああ、たぶん……その自覚があったかとか、俺のことがちゃんとわかってたかとか、そんなことはわかんねぇけどよ」

「そうか……ちょっとまずいな。深海棲艦化した龍田だったら、だからお前を助けたってのはそうだろうが、おまえ以外友好的に接してくれる気がしないぞ」

「あら提督、ここへ来て初めて意見が合ったわぁ~」

 龍田がにこっとしている。閉じた目の奥が怖ぇ。

「いんじゃね? 提督さんはなんでも思い通りになると思ってる節があるからな。たまにはリスク背負ったらいいぜ。俺は逆に安全が保障されたようなもんだし」

「えぇ~」

 龍田が今度は困った顔で俺を見る。

「おまえが俺を殺そうとするはずはない。だろ?」

 特に考えずに発した言葉だったが……これは思いのほか効果があった。

「……そうね。そうだわ。わたしは、絶対に天龍ちゃんを殺そうとなんてしない……絶対に」

 龍田は俯き……口をつぐんだ。木曾が口をへの字に曲げ、眉をなぞる。万事休す、結果オーライ、そんなところか。ともかくそれで、話はまとまった。

 俺は……血迷っていたかもしれない。文字通りだ。艦娘と、深海棲艦と、それと人間の血、それらが右往左往して。後から考えてみると、自分の身体の変化にそれほど動揺していなかったこともおかしかった。頭がはっきりしていると思っていたのは、実は頭が空っぽになっていたからなのかもしれない。けど、なんだろう。俺はあの地下工場を見てから、ただあのままじゃいけないと、漠然とそう思ってはいた気がする。深海から溢れ出していると思っていた歪が、実際は内側から滲みだしていることを知ってしまったような。だから……ははっ、バカな作戦だとは思いつつも、事態を変える可能性を見てみたくなっちまったんだな。そうして……そういう好奇心が、脚を、水底へと引き摺り込む。俺は半ば、そのことにも気付いていた。

.

 作戦地点到達まで、残り二時間ほど……否が応でも心が騒ぐ。俺は気持ちを落ち着かせるため、船内奥に見つけた喫煙室で長椅子に腰かけ煙草の煙をくゆらせていた。しかし……不味い。

「天龍ちゃん……」

 扉が開き、隙間から龍田が顔を覗かせた。

「おう」

「入ってもいい?」

「ああ」

 龍田が俺の隣に座る。

「そういや身体もう大丈夫なのか? 起きててよ」

「それどころじゃないよぉ」

「まぁ、そうだな。けど無理すんなよ?」

「全部そのまま返させて。おなか痛かったりない?」

「全然。なんつーか、生まれたばっかのまっさらな身体に戻ったみたいでさ。ただ煙草が不味いんだ」

「身体にいいものじゃないんだから、その方がいいわ」

「まぁな」

 煙草を眺め……うん、もう吸いたくねぇ。灰皿に押し付け、火を消した。

「おまえ、なんも聞かされてなかったんだろ? この作戦のこと」

「うん……」

「よく、あれだよな、俺が秘密の潜水艦に連れてこられてたこと、わかったな」

 龍田が低い天井を見上げ……視線を俺へ、流す。

「何処にいても、何になっても、天龍ちゃんの場所だけはわかるよ」

「そういうもんか」

「そういうもんよ」

 俺を真似た口調に思わず笑みを浮かべる。俺の笑みは、ちゃんと笑みになっているだろうか。

「ねぇ天龍ちゃん、先に立たないはずの後悔が、今回に限っては先に立ったりしてない~?」

「はは、なんだそりゃ」

「まだ間に合うよ。二人で逃げましょ~?」

 龍田の方を向く。龍田も俺の方を向き……俺は龍田の頬に手を添えた。

「昔もそんなこと言ってたな」

「えぇ?」

「夢をさ、見たんだよ。たぶん……ありゃ人間の時の記憶だ。おまえと俺は元から姉妹だったらしい」

「……本当に?」

「ただの夢かも知んねぇけどな。それで……艦娘になるって、俺が言い出した時の記憶だった。おまえはさ、今みたいに俺を止めようとしてたんだよ」

 龍田が目を細くする。口は小さく開き……俺には龍田が何を考えているか、わからない。

「わたしは、そう、止められなかったんだね」

「ああ。おまえも、なら自分も艦娘になるって言い出してた」

「ふふ。どっちがお姉さん?」

「俺に決まってんだろ?」

「なーんだ」

 龍田が頬の俺の手を握り、手の平を唇でなぞっていく。

「今度はついてくるなよ」

「どうかなぁ~」

「帰る場所がねぇとさ、帰れる気がしねぇからよ」

 龍田は黙って、その目が俺を見る。これはわかった。ずるい、と言っている。

「それと、もしこの馬鹿な作戦が上手くいかなかったら、他の俺のクローンや艦娘達に、深海棲艦との和解なんてあり得ねぇって伝えて欲しい。俺達は深海棲艦を駆逐する為に艦娘になったんだって」

「……やだ。そんなの自分で伝えて」

「へっ。ああったよ」

 龍田の頭を撫でる。龍田のおかげで、騒いでいた心はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。

.

「水深千二百メートルに到達。三人とも、準備はいいか?」

 赤色灯の明かりの中、頭上から武蔵さんの声が響いた。

「ガタガタ震える準備まで抜かりない」

 くぐもった声が答える。隣の、潜水服に身を包んだ木曾だ。

「化けて出る準備もオッケーだぜ」

 俺はいつもの服装。

「よ、蘇る準備もできてますっ」

 小さなまるゆも力いっぱい勇気を振り絞って言った。

「よし三人とも、一回出直してこい! と言いたいところだがそうもいかん。注水開始するぞ」

「もし息できなかったら壁叩くからよ、頼むぜ」

「承知した。注水開始!」

 小さな密室に四方から、海水が流れ込んでくる。まるゆは元々潜水艦の為水中でも数時間は問題なく活動できるが、俺にはまだ慣れない体験だった。うん、流石にさっき、練習はしてある。深海棲艦化した身体には水中で呼吸する為の変化も現れていて、腋んところに鰓が出来ていた。水を飲むんじゃなく、長く吸い込むようにすることで呼吸ができる。吸い込むようにしてる間は潮のしょっぱさもそんなに感じない。けど焦ると吸うんじゃなくて飲んじまって、なかなか危ない。海水が腰のところまで来た。

「まるゆ、大丈夫か?」

 まるゆの頭に手を置く。

「だ、大丈夫です!」

「おう、今までで一番勇敢だぞ」

 まるゆが強張った笑みを浮かべる。

「天龍、おまえは想定以上にいつも通りだな」

 ずんぐりむっくり嘘付木曾は何か言いたげだ。

「適応能力の高さ故だぜ」

「メンタルの回復だけは世界水準ってやつか」

「その減らず口で交渉相手キレさせないように気ぃつけろよ~?」

「はっ、だな。洒落になんねぇ」

 海水が首のところまで来た。

「龍田、俺が戻るまでいい子してろよ!」

 顔が海水に沈んでいく。俺は右腕を上げ、船内カメラに向かって親指を立てた。指の先まで、海水が満たされていく……。

「天龍、呼吸は?」

 おお、案外声もちゃんと聞こえるんだな。てかそうだ、呼吸しねぇと。海水を吸い込む。少し潮っぽさが舌をなぞり、次いで腋のあたりから水が抜けていくのを感じた。大丈夫。呼吸はできる。

「問題なさそうだ」

「よし。武蔵、開けてくれ」

「了解した。武運を、いや、友運を祈る」

 横向きのハッチが鈍い音を立て、開く。その先には、一片の陽光も届かない闇の世界が広がっていた。




第22話あとがきです。

 武蔵はAIというよりもAIに武蔵の自我を埋め込んだ存在、といったところですね。AIが作り出した自我ではないのです。魂を一度分解してデータ上でまた組み上げたというイメージ。ついでに大和と武蔵のこのお話での設定ですが、何故クローンを作れないのか、規格外なのかといえば、この二人は元から人間ではないのです。人間から造られたのではなく、一から阿戒氏によって作られた存在。それ故に、まぁ莫大なコストがかかるのです。

 さて次回。暗き深海の奥底にて、天龍達は未知なる生命体と出会う。彼らは知っていた。人類の生み出した大量殺戮兵器を。人類の、争いの歴史を。人類は地球を滅ぼす存在である。そして彼等はその異能なる力を持って、大津波を引き起こし、人類を滅亡させようと……ってこれアビスの話じゃないか。間違えました。では
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