艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第参章 火中の影

 艦娘は海に沈まない。沈むのは艦娘が艦娘でなくなった時だ。息苦しいが、俺はまだ沈んではいない。砲撃と、炎の燃え盛る音が聴こえる。星空が見える。何が起こったんだ? 俺は炎を映す海面に横たわっていた。深い海が泥のように、身体に纏わりついてくる。

「おっそーい!」

 聞き慣れた声……島風か。視線を横にやると、燃える海、炎と煙の間で島風が笑いながら回転していた。その手に何か大きなものを引きずっている。あれは……。

「おい、やめろ」

 叫んだつもりだった。しかし声がほとんど出ない。島風が引きずっているあれ、あれは、若月だ。ぐったりとして、おそらく既に意識はない。

「もっと! もっと速く踊れるよ! ブーーーーン!!」

 やめろ島風。もう一度そう言おうとしたが、俺の声は島風とは別の声に遮られた。

「フヒェヒェヒェヒェヒェ! し司令! み、見てっ。こ、この、戦果! 最っ、高っ!」

 声の方を見ると、浜波だ。浜波が連装砲を乱れ撃っている。何やってんだ!? 敵艦はもう残ってないぞ。

「天……」

 誰かが俺の服を引いた。重い頭をなんとか少し起こし、見ると……長波か? 痙攣し、乱れた髪の間から虚ろな目を覗かせている。つーかほとんど沈んでるじゃねぇか。

「おい、しっかりしろよ」

「……むむむ、む……無理、言う、なよ……ああたしは……もももももう、ダメメだ」

 痙攣でうまく喋れていない。

「しっかりしろって」

「天、るー……もししししし……かか帰え、たら……つつ伝っ、あ……るるん、だ」

「いいから喋るなよ」

「あのの……は……き危険……ぎる」

「は? 何が?」

「……ぁの」

「ごうっ!」

 すぐそばで着弾の音がした! 視線を移すと、島風がいた場所が煙に包まれている。

「天……」

 長波の手から力が抜けた。反射的に重い腕が動き、俺は長波の服を掴んだ。しかし……軽い。長波の身体を引っ張り上げ、俺の上に乗せる。長波は動かない。それに……下半身がなくなっていた。

「畜生……」

「まだいた。いました、まだ」

 声に頭上を見上げる。すると、浜波が無表情で俺を見下ろしていた。

「なんでだよ」

「……な、ぉの、んぁい」

 浜波が俺に砲口を向ける。

「て、敵は、生きてちゃいけない、から……あぁ!」

 浜波の表情が一変して怒りに満ちた形相になる。俺は長波を抱き、目を閉じた。

.

「はっ!」

 声を上げ、小さく跳ねて目が覚めた。寮室には隼鷹のいびきが響き渡っている。

「天龍ちゃん、うるさぁ~い」

 俺に身を重ねた龍田がほとんど寝たまま文句を言う。

「わりぃ……いや、なんで俺の布団にいるんだよ」

「……実はちょっと、お酒を混ぜておいたのぉ~」

「おいやめろよ。夢の中だからって何してくれてんだ」

 寝言を言う龍田を押しのけ、仕切り布を開けて俺は寝台から降りた。何か酷い夢を見たんだ。内容は思い出せないが、とにかく酷い夢。またすぐに眠る気にはなれなかった。

「どないしたん?」

 寝台の一段目で横になる龍驤が仕切り布の間から顔を出し、小さな声で尋ねてきた。

「ちょっと……便所だ」

「ほな、行く前にアル中空母に蹴り入れてってや。やかましゅうてかなわんわ」

「眠ってる奴を起こすのは趣味じゃねぇよ」

「ふぇえ、そうでっか」

 仕切りを閉じる龍驤を尻目に靴を履き、俺は寮室を出た。

.

 深夜の鎮守府の廊下は、窓から差し込む庁舎外の柑子色の照明に仄暗く照らされ、しかし寒々としていた。雨はだいぶ弱まっている。明日の朝には止んでいるだろう。

 殊更行きたかったわけでもない便所から出てきた俺は、さてどうしたものかと廊下で腕を伸ばした。まだ夢の名残が頭に残っている。内容を思い出せりゃ、ちょっとは気が晴れそうな気もするんだけどな。そう思っていると、廊下の奥から足音が聞こえてきた。暗がりに、ぼんやりとした小さな灯りが浮かび上がる。懐中電灯というよりは提灯。でも提灯でもないな。灯りに次いで、闇に白い顔が浮かび上がった。

「天龍殿? こんな時間に、どうかしたでありますか?」

 夕方出くわした黒服だ。あの時会ってなきゃ幽霊かと思ったぜ。

「ちょっと眠れなくてな。おまえは?」

「自分は、夜の見廻りであります」

 黒服が俺の前で立ち止まり、窓の外に視線を向ける。黒服は右手に小さな灯篭のようなものを持ち、左手には何故か山盛りの白色ブロック、つまり握り飯を載せた盆を持っていた。

「慣れない鎮守府で気が休まらないのでありましょう。自分もよくわかるであります」

 灯篭のようなものは、なんだこれ面白いな。戦闘機の形をした影が右から現れては左へ消えていく。

「おまえも他の鎮守府から来たのか?」

 黒服が俺の方を向き、首を横に振る。

「自分は元々陸軍に所属していたのであります。ここへは島内の施設警備の為に」

「へ~。なるほどな。そうか……その握り飯の山は?」

「これは、赤城殿に届ける夜食であります」

「赤城がいるのか?」

「うむ。赤城殿をご存知なのでありますか?」

「まぁ、有名だからな。名前ぐらいは」

「そうでありますか。では、まだお会いしてはいないと?」

「ああ」

「それなら、ちょうど良いであります。赤城殿の寮室は少々辺鄙な場所にあります故、もしよければ今から自分が案内するでありますよ」

「おう……迷惑じゃないか? 赤城さんに」

「問題ないであります。むしろ、天龍殿、第二艦隊旗艦になられたとか」

「ああ」

「であれば、赤城殿には挨拶をしておいた方が良いであります。龍驤殿と隼鷹殿が共に出撃不可能な場合は、赤城殿が代わることになっているでありますから」

「そうなのか。じゃあ、行くかな」

「こっちであります」

 黒服は控え目な笑みを浮かべると俺に背中を向け、歩き出した。

「そういえば、おまえ名前は?」

 歩きながら尋ねる。

「自分はあきつ丸であります。まだ名乗っていなかったでありましたな。失敬」

「あきつ丸か。覚えたぜ」

「……先刻は申し訳ないことをした」

「いや、いいって。施設警備担当なんだろ? おまえは仕事をしただけさ」

「そう言っていただけると気が楽になるであります。自分、失敗を気にする性質でありまして」

「そうか。そういや、さ。あきつ丸が俺にこぶし打った時、当たってないのに当たったんだよ。うまく言えねーけど」

「うむ。それなら、カラクリがある」

「カラクリ?」

「というか、自分の能力であります。自分は影を具現化させることができる。つまりあの時、拳の中の影を具現化して投げつけたのであります」

「……なるほど」

 全然わかんねー……。

「こっちであります」

「え、そっちは」

 あきつ丸は俺の言葉に構わず廊下を曲がると、曲がってすぐの鋼鉄の扉の前で立ち止まった。灯りを服の内側に仕舞い、鍵の束を取り出す。マジでこの奥なのか。龍田に案内された時もここまでは来たが、この先へは行かなかった。だってこの先は……牢獄だ。

「赤城殿はとても優しい方であります。いつも皆のことを気にしてくださっている」

「なのに牢屋にいるのか?」

「少し、訳ありなのであります」

 あきつ丸が扉を開き、奥へ進む。俺は妙に思いながらも、あきつ丸の後に続いた。

「電気を」

 暗がりの中であきつ丸が手探りし、壁のスイッチを押す。数秒して、天井の蛍光灯がチカチカという音と共に数回点滅し、やがて安定した。牢獄部屋は一本の通路と、左右に並ぶ複数の独居房からなっていた。どの独居房も鉄格子ではなく、牢獄部屋の入り口と同じような鋼鉄の扉と厚い壁で区切られている。あきつ丸は通路を進んでいき、一番奥の左側の扉の前で立ち止まった。扉の外には空の皿が置かれている。

「赤城殿、夜食をお持ちしたであります」

「まあ、あきつ丸さん。いつもありがとうございます」

 独居房からの声はとても穏やかだ。寝てもいなかったらしい。

「赤城殿、今、そちらにお渡しするであります」

「はい、お願いします」

 あきつ丸が扉の下の方にある受け渡し口を開き、握り飯が山のように盛られた皿を通そうとする。

「……入らないでありますな」

 だろうな。

「先に上の数個を私の手に」

 受け渡し口から二本の手が伸びてきた。

「了解であります」

 あきつ丸がそれぞれの手に握り飯を一個ずつ置く。握り飯を受け取るや否や、二本の手は受け取り口の奥へさっと引っ込んだ。

「ほえへあいおおうえふあ?」

 食いながら喋ってる。つーかもう食ってる。

「大丈夫であります」

 受け取り口に握り飯の皿が通った。

「ああ、良かった。あきつ丸さん、今日もありがとうございます」

「お安いご用であります」

 あきつ丸が扉に向かって薄っすらと笑顔を浮かべ、空の皿を回収する。

「ところで先日植えたインドセンダンですが、無事移動することはできましたか?」

「うむ。鉢に植え替えて、とりあえず鎮守府内に移したであります。近いうちにより良い植え場所を考える必要があるでありますが」

「そうですね。場所の目星がついたら、私からも提督にお願いしましょう」

「それは心強いであります。そうそう、今日は新しい人員をお連れしたであります」

「まあ」

 あきつ丸が俺を手招きする。扉の正面へ行くと。扉の上の方の覗き口がパカッと開き、二つの目が現れた。

「初めまして。私は正規空母の赤城です。このような場所から失礼致します」

「おう……俺は天龍。天龍型一番艦の軽巡洋艦だ。ここに配属されてそうそう第二艦隊の旗艦を務めることになった」

「第二艦隊の、そうですか。では、不測の事態にはご一緒することになりそうですね。宜しくお願いします」

「こっちこそ、よろしく」

「新しい鎮守府へ来て、何か困っていることはありませんか?」

「う~ん、そうだな。隼鷹のいびきくらいかな」

「ああ……せめて、眠る前だけでもお酒を控えてくれると改善しそうですが、なかなか難しそうですね」

「だよな~……」

「でも隼鷹さん、戦場ではとても頼りになりますから、あまり責めないであげてくださいね。彼女はこの鎮守府内で最も多くの出撃経験を持つ艦娘ですし、実力は本物です」

「へー、そうなのか。そりゃ出撃が楽しみだな」

 と話していると、あきつ丸がそっと俺の肩に手を当てた。

「ん?」

「赤城殿、自分達はそろそろ失礼するであります」

「はい。あきつ丸さん、巡回ご苦労様です。天龍さん、ここでのご活躍を祈っております。海上に良き風を」

「おう。じゃあな」

「また朝に」

 俺とあきつ丸は赤城さんに別れを告げ、牢獄部屋を後にした。

 あきつ丸が牢獄部屋の鍵を締め、灯りを出し、俺に目配せをして歩き出す。

「結局、赤城さんは何で牢屋に入れられてるんだ? 話してみても普通だったけどよ」

 歩きながら、俺は突っ込んで聞いてみることにした。

「なんと言いましょうか……赤城殿は食欲に少々問題を抱えているのであります」

「放っとくと貯蔵庫の食糧全部食っちまうとか?」

 俺が冗談半分でそう言うとあきつ丸は立ち止まり、俺の方を向いた。俺も立ち止まり、返答を待つ。

「それもある。がしかし、それだけではないのであります」

 あきつ丸の表情は、今までのそれとは少し違っていた。機械的というか、温かさも冷たさも微塵も感じられない、そんな表情だ。

「赤城殿はこの鎮守府に来る前、別の鎮守府の第一艦隊に所属していたのであります。そこで、ある日遭難事故が起こったらしい。その事故について詳しくは知らないのでありますが……ともかく、赤城殿と五人の艦娘は航行不能の状態で何もない無人島に漂着したのであります。何もない島、果実のなる木なく、動物も生息していない島。当然、赤城殿を含めた六人の艦娘に飢えが襲うわけでありまして……赤城殿は、糧にしたのであります」

「……糧って、何を?」

「言うまでもない」

「……つまり、食ったのか? 他の五人を」

「戦場や、遭難事故では珍しい話でもないであります」

「……」

 俺は絶句した。確かに、あきつ丸の言う通り聞いたことのない話ではなかったが、現実にそんなことが起こったなんて……。

「まぁ、そのことで牢屋に入れられることになった、という訳でもないのでありますが」

「え?」

 遭難事故での出来事で罰せられたわけじゃないのか?

「むしろ軍部は、行為の後、単艦で敵を撃破しつつ帰還した赤城殿を高く評価したのであります」

「なら、どうして牢屋に? 罪の意識から自分でそれを希望したのか?」

「いや、あれは上層部からの正式な取り扱い指示なのであります。というのも……赤城殿のその行為は、鎮守府に帰ってからも続いたのであります」

「……非常事態でもないのに、他の艦娘を食ったってことか?」

「そうであります」

「……どうして?」

「さて、それは自分にもわからないのであります。赤城殿の内の何かが壊れてしまったのでありましょう。とはいえ、その実力は敵戦艦を一撃で沈め、目を閉じてさえ標的に命中させるという規格外のものであります。幸い、赤城殿は空腹でない限りは正気を保っていられる。日に五度の補給が必要でありますが。軍部としては、赤城殿のような戦力を廃棄してしまうわけにはいかないのでありますよ」

「……」

 またも、絶句してしまう。が、今度はさっきとは理由が違う。話を聞く限り、赤城さんのやったことというのはもう、仕方なしの行為じゃあない。殺しだ。さっきまで話してたあの穏やかそうな赤城さんが殺し? 信じられないが、待遇を考えれば……いや、不測の事態には第二で出撃するんだよな? 大丈夫なのか? 普通なら解体されてもおかしくないところだ。それだけ本当に、実力が並外れてるっていうのか?

「もしまた、赤城さんが誰かを食ったら、どうするんだ?」

「どうも、しないでしょうな。おそらく」

「どうもしないって……」

「心配ないであります。この鎮守府に移動してきてからはそのような事態は起こっていないでありますし、赤城殿の補給の管理は自分が徹底して行っているのであります。赤城殿が再び過ちを犯すようなことはないでありますよ」

「けどなぁ……」

「むしろ、赤城殿を解体などしてしまったら、犠牲になった十八人が浮かばれないのであります」

「……今何人って言った?」

「十八人であります」

「……」

「とはいえ、いずれも練度の低い艦娘であったようでありますから、戦力的な損害はほとんどなかったのであります」

「いや……そういう問題じゃねぇだろ」

「といいますと?」

「だからさ……食われたのが練度が低い艦だったから良かったみたいな、そんな言い方するもんじゃないぜ」

「ああ……そうでありますな。失敬。しかし、上層部というのはしばしばそうした物の考え方をするものでありますよ。天龍殿もこうした考え方には慣れておいた方がいい」

「慣れたく、ないもんだな。つーか、犠牲ってのも違うぜ。作戦中の轟沈ならそりゃ犠牲って言えるだろうが……色々異常過ぎるだろ」

「ふむ……確かに。ただ、戦争というのは、異常過ぎるものであります。戦争において重要なのは、敵味方の生き死にではなく、勝ち負けだけであります。命の尊さを考えるのであれば、それは敵に関しても同じこと。命の尊さを考えるのであれば、戦争など始めから起こらないのでありますよ」

 なんか……無性にムカつくな。あきつ丸の言うことは、間違っちゃいないのかもしれないが……くそ、もう少し頭が良けりゃ言い返せるんだろうが、自分が何にムカついてるのかさえはっきりわかんねぇ。

「天龍殿」

「ん?」

「戦争とは、実に胸糞の悪いものでありますなぁ」

「……そうだな」

 なんだ? つい直前まであきつ丸の言葉に虫唾が走ってたのに、同意しちまった……いや、違う。今の言葉だけ、急に感情がこもってたんだ。なんなんだ、こいつは。俺は今までに出会ったことのないタイプのこの艦娘に、動揺してるのか? そもそも、戦争が胸糞悪いなんて今まで一度も……一度も? あーくそ、わっかんねー。

「さて、自分はそろそろ寮室へ戻って仮眠を取るであります。天龍殿、眠れなければ、両の手で耳を塞ぎ、体内の音に耳を澄ましてみると良いでありますよ。では」

 あきつ丸が背を向け、去っていく。俺は半ば茫然として、あきつ丸の持つ灯りが見えなくなるまでその場に留まっていた。

 俺があきつ丸の言葉の中の違和感、その意味に気付くのは、もうしばらく後のことになる。




第3話あとがきです。

 作中にはほとんど出て来ないけど、独自設定上に超常戦略部というものがありまして、あきつ丸くんの技はそこに由来するものとなっております。ただ奈良の忍びのように影真似の術や影縫いの術は使えません。ちぎっては~投げるだけ。

 さて次回、マッドサイエンティストというと目的が反社会的である科学者のことや倫理に反した実験を行う科学者のことを主にそう言いますが、自分で言った冗談をその合理性に関わらず実現しようとしてしまう科学者もマッドサイエンティストであると言ってよいでしょう。第四話、「異常艦」。また一週間以内には投稿できればと思います。
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