「これか」
エレベーター横にタッチパッドがある。軽く叩いてみた。反応はない。
「やっぱり鍵が必要だな。ええとこのへんか?」
タッチパッドに古鷹の腕を当てると、分厚い扉がゆっくりと開き始めた。本当に開いたぜ。開いてもらわなくちゃ困る。
「腹減ったな」
「わたしもぉ~」
ストレッチャーごと、エレベーターに乗り込む。
「工場がまだ無事だったらつまみ食いしてくか。悪趣味な冗談よせよ。でもそういうことだろ?」
古鷹の腕をエレベータ内側のタッチパッドに当てると、開いたときと同じように扉はゆっくりと閉まりだした。
「上がる途中で止まったりして」
「待てえええええ!」
声と共に、通路の奥に古鷹が現れた。こっちへ走り向かってくる。
「撃つぅ~?」
龍田が機関銃を手に尋ねる。
「いや待て。殺したくない」
「じゃあどうするのぉ~?」
「きっと先に扉が閉まる」
あとちょっと。しかし扉が閉まりかけたその瞬間、扉の間に古鷹の左手が差し込まれた。隙間から、血走った古鷹の目が覗く。片手で扉をこじ開けようとしている。
「逃がしません。逃がしませんよ。阿戒様は私を信頼してあなたの監視を任せた。だからあなたを逃がすことはあってはならない」
「それだよ。おまえは阿戒のことばかりで自分に目が向いてないから巻きやすいんだ。まぁ、おまえが悪いんじゃないんだけどさ」
「何を訳の分からないことを言っひぇっ!?」
古鷹が変な声を出し目を丸くする。その背後から、青葉が顔を覗かせた。
「こちょこちょ~」
「あひゃひゃひゃ!」
青葉が古鷹の脇腹をくすぐっている。
「こちょ~、ふぅ~」
「いひっ、ひゃっ! ひょっと! なあひゃひゃ!」
たまらず古鷹の手が離れた。
「後から合流します!」
青葉の声と共に扉が閉まる。そして工場階へ、エレベーターは上昇を始めた。
.
エレベーターが開く。工場階に辿り着くと、そこは火の迷宮と化していた。いたるところの壁が壊れ、炎が噴き出している。
「また派手にやったな、加古の奴。無事生きてればいいが」
「逃げるのだけは得意だから大丈夫だよぉ~」
「それもそうだな」
ストレッチャーをエレベーターから降ろすと、なんだ、炎の音に交じってノイズが聞こえてきた。そしてスピーカーを通して、ガングートの声が聞こえてくる。
「緊急事態発生、緊急事態発生。地下貯蔵施設にて放火による火災あり。首謀者は重巡加古。繰り返す。首謀者は重巡加古。また彼女が連れ込んだと思われる特殊深海棲艦が潜伏中。特殊深海棲艦は木曾提督と秘書艦古鷹、軽巡天龍を取り込んだ。火災の沈下は困難だ。総員は身の安全を第一に庁舎外へ退避。特殊深海棲艦は発見次第射殺せよ。当鎮守府は最早蛆の沸いたスープである。全武装を許可する。ただし首のみの深海棲艦を発見した場合、くれぐれもこれに衝撃は与えないよう注意しろ。それはある種の爆弾だ。最悪の場合、この島はそのまま我々の墓場となる。細心の注意を払うように。始めから繰り返す。緊急事態発生。地下貯蔵施設にて」
虚実にまみれた警報が繰り返されていく。しかしそう来たか。まさか俺達が深海棲艦に飲み込まれちまうとはな。実際そうかもしれないぞ? バカ言え。まぁ、それはいい。明石が上手くやってくれてるといいが。鈴熊や嵐と戦うのはごめんだ。龍驤は? 奴は簡単に買収できる。明石が全て明かせば。それ一番やらせたくないぜ。
「急ぎましょう」
「ああ」
ストレッチャーを押していく。火の中を。くそ、あちぃ。
「龍田、大丈夫か?」
「大丈夫だけど、冷たいジュースが飲みたいなぁ~」
「いいな! 俺も飲みたい!」
角を曲がる。まずい、先が完全に火炎地獄だ。引き返して別の道を。
「危ない!」
龍田が後ろから押し、俺はストレッチャーごと前に飛ばされた。後方の天井が崩れ、退路が塞がれる。別の道はなくなった。
「よくやった! けどこの先は『よく焼けた』になりそうだぜ」
「ありがとうちょっと涼しくなったわ」
くそ、どうする。どうするって突っ切るしかないだろ。そうだな。
「行くぜ。せーのっ」
勢いをつけて前へっ、進もうとしたその時、火炎の中に黒いトンネルが開いた。
「早く! 長くはもたないであります!」
おぉあきつ丸。ストレッチャーを引き、一気に影のトンネルを進む。トンネルを抜けると辺りは再び崩れた火の通路へと変わり、そこにはまるゆを背負ったあきつ丸の姿があった。まるゆは気絶してるか眠ってるか、どっちかだ。
「ナイスだあきつ丸」
「……いえ……あー、本当に提督殿なのでありますね? 天龍殿と」
「ああ。酷い有様だろ?」
「……確かに、肌が白過ぎるであります」
「それはおまえには言われたかねぇな」
「ふっ。これは失敬」
あきつ丸の視線が龍田、隼鷹に移り、次いでその下のカースィッド・ソングに移る。
「色々と話したい所ではありますが、お互い折角の色白が焦げ茶色に変わってしまう前に先へ進みましょう」
「賛成だ」
あきつ丸が先行し、火を一時的に影で覆っていく。便利な力だな。
「龍田殿、ガングート殿を追って武蔵殿から飛び出した時はもう、そのまま海底に消えてしまうかと思ったでありますよ」
「そのつもりだったかもねぇ~。でも微かに、天龍ちゃんの声が聞こえた気がしたから。結局捕まっちゃったけど」
そうか、それで龍田だけ捕まったのか。うん、だろうとは思ってた。
「無謀というかなんというか……まぁ良いであります。もう。無事でよかったでありますよ」
火を抑え、通路を曲がり、曲り、場所によっては瓦礫の上をストレッチャーを持ち上げて進む。
「しかし提督殿、これは加古殿少し、やり過ぎなのでは」
「うん。もしかしたら加古の奴、この鎮守府ごと古鷹と無理心中するつもりなのかもしれない」
「まさか」
エレベーターが見えてきた。よし、あと少しだ。急ごう……いや待て。ん?
「止まれ!」
俺の身体が焦った声で片手を上げ、龍田とあきつ丸を静止させた。おい木曾どうしたよ? 妙だ。妙って何が? この先、壁が通路側から部屋側へ、何カ所か崩れている。それが? 火の手は少ない。だから? 崩れてるんじゃなくて崩されてるんじゃないか? そりゃそうだろ? いやそうじゃない。これは。
「勘がいいわね」
エレベーター付近の火煙の中から、淡い金髪の艦娘が姿を現す。あいつは……誰だっけ。ビスマルクだ。
「撃つ前にどいてねぇ~」
龍田がさっと機関銃を構えるとその瞬間、機関銃は弾け飛び床を滑り転がっていった。
「姿を現したのは一瞬の注意を引くため」
龍田の後方から声が。振り返ると金髪のおさげ髪の艦娘、プリンツが、ああくそ、青葉! 青葉が喉にピストルを突き付けられている!
「そしてこうして」
「話している間に」
左右の崩れた壁の間からも別の声が。
「座標修正完了」
「即時、同時射殺可能です」
更に異なる二つの声。やられた。待ち伏せされていた。六隻揃ってやがる。
「Gut. 私達の海で待ってるわ」
ビスマルクが足を踏み鳴らす。タン、タ
「深海棲母!」
俺は叫んだ。ビスマルクが三つ目の足踏みを直前で止め、俺に視線を送る。
「……なに?」
「そうだ。おまえ達は並列化のせいで、なんでもすぐに確信を得がちだ。けどその並列化はおまえ達六隻の間のものでしかない」
「何を言いたいの?」
何を言いたいんだ? 何って、時間稼いでるだけだ。なんだそうか。突破口を探せ、俺が時間を稼いでる間に。突破口か。
「おまえ達は深海棲母を、カースィッド・ソングを生きて連れ出したい。違うか?」
「……あなた達を殺して、そのあと安全にね。私達はあなた達が妙な行動を起こす前に、全員同時に射殺可能よ」
「そうかな?」
「ええ、もちろん」
「今問題なくカースィッド・ソングが生きていると、その確信の根拠は?」
「……匣は、最高峰の強度を誇る生命維持装置。グートの言葉は万全を期す為のものに過ぎないわ」
「なら何故、さっきの放送だ、地上階だけでなくこの階にも流した? おまえ達は別の通信手段で既に知っていたはずだろ? あの放送は、俺達に対して行われたものだったんじゃないか? つまり深海棲艦になった俺には、この匣を開ける手段が備わっているんじゃないか?」
「だとしても、そんなことをする前にあなた達を」
「まだ開けてない、とどうして言える?」
「……」
「そして俺に危害を与えたら、カースィッド・ソングも死ぬとしたら? そもそも地上の兵器で、チスイと融合した俺を本当に殺せるのか?」
「それは……」
チーン。ビスマルクの背後でエレベーターの止まる音がした。ビスマルクは俺の方を向いたまま素早くピストルを抜き、エレベーターに向ける。扉が開くと共に、何か軽快なリズムが聞こえてくる。中には明石の姿が。片手にフリップ板を、片手にラジカセを持っていた。リズムはラジカセから流れてきている。
『It's as founding. Dice is freezing. Darkness takes its moll.』
ラジカセの歌と共に明石が出てくる。
「止まりなさい!」
『But reassure densely. It will soon be over. I've got to keep laughing.』
ラジカセが床に置かれた。
『I remember!』
テンポが上がる。
『dancing The Roundabout!』
「なんなの?」
ビスマルクの顔に困惑が浮かぶ。
『Breaking! those boring when』
明石が身体を弾ませる。
『The shine would shoot me and the iron would be melting!』
「その動きを止めなさい!」
『Let's dance The Roundabout again!』
「やめ」
『Let's dance The Roundabout again!』
ビスマルクが口を開けたまま止まる。明石はフリップを横に持つと、そこに描かれた二組の足の図を指差した。
「It's just a jump to the left.」
ビスマルクが明石に言われた通り左へジャンプする。
『And then a step to the right』
更に右足を前に出し。
「With your hands on your hip.」
腰に手を当てる。
『You bring your knees in tight!』
膝を内側に閉じ。
『But it's the pelvic thrust!』
腰を前後に振る。
『That really drives you pleasant!』
「なんなのこれ!?」
『Let's dance The Roundabout again!』
左手を腰に右手を高く掲げる。
『Let's dance The Roundabout again!』
粛清部隊の他四隻が壁の奥から跳び現れ、プリンツも加わって六隻で同じポーズを取った。
「It's just a jump to the left.」
明石がフリップを指差し、六隻は左へジャンプする。
『And then a step to the right』
ぴったりと揃って右足を出し。
「With your hands on your hip.」
腰に手を当て、歌と曲に合わせてダンスを続ける。明石に手招きされ、俺達は踊る粛清部隊の間を進んだ。解放された青葉も続く。なにがどうなってるんだ?
『Let's dance The Roundabout again!』
六隻が二列になって手を掲げる。俺達はエレベーターの中に。
『Let's dance The Roundabout again!』
六隻に見送られる中、扉が閉まっていく。
『It's just a jump to the left.』
扉の外から曲が聴こえてくる。
『You bring your knees in tight!』
「ふぅ」
明石がボタンを押し、エレベーターは上昇を始めた。
「危ないところでしたね」
明石がニヤッとして言う。
「あれなぁに~?」
龍田が聞いてくれた。あれは確か開発中だったやつだ。
「艦脳並列化による弊害ですよ。要するにあの六隻の艦脳ネットワークに割り込み、ハッキングを仕掛けたんです。あの曲が終わるまで彼女達は踊り続けます」
なるほど。わかってないな? おう。
「さて、と……木曾さんと呼んだらいいのか、天龍さんと呼んだらいいのか。それともチスイさんと呼んだ方が?」
「天龍でいいぜ。良くない。これはもっとじっくり考えるべき問題だ。今はともかく、青葉」
「はい」
青葉が喉をさすりながら俺を見る。
「大丈夫か?」
「ええ、はい。プリンツさんに肩を抜かれましたが、自分で直しました」
「そうか。古鷹は巻けたか?」
「はい。いえ、すみません、青葉、戦闘は苦手で、逃げてきました。追ってくると思います」
「わかった。あそこで引き留めてくれただけで充分だぜ。明石、上の状況は?」
「鈴谷さん熊野さん、龍驤さん嵐さんは既に出撃ドックへ避難させました。あとは加古さんをピックアップして逃げるだけです。カースィッド・ソングは」
明石がしゃがみ、隼鷹の下のケースを覗き込む。
「これですね……頭だけですね」
「それで生きてるらしい。信じられないよな」
明石が目を大きくして俺を指差す。そして立ち上がり、隼鷹の手首に指を当てた。
「隼鷹さんはどうしました?」
「酒が切れて正気を失ったってとこかな」
「なるほど……わかりました。では、そうですね。残りの問題を考えましょう」
「阿戒とガングートだな」
「はい。お二人は既に、地上階に脱出している可能性が高いと思われます。ですがガングートさんに関してはそのまま避難するとは思えません。阿戒先生を安全な場所へ避難させた上で、私達を抹殺に来るかと。そしてガングートさんの行動は全てにおいて極めて迅速です。とすると、エレベーターが開いたとき、そこにガングートさんはいるでしょう」
「わかった。そしたらまず、龍田、機関銃は壊れてはないな?」
「撃てるよぉ~」
「よし。明石はおまえこれだ」
明石に火炎放射器を渡す。
「汚物は消毒ですね~」
「あきつ丸はまるゆを青葉に預けろ。青葉は運搬係りだ。戦わないでいい。守りも俺達に任せて、まるゆとストレッチャーを運べ」
「了解です!」
「よし。それじゃあ、右か左に寄れ。扉が開く前に撃ってくるかもしれない。俺ならそうする。ガングートは実質ラスボスだ。必ず全員で脱出し、カースィッド・ソングを大本営へ輸送する。木曾鎮守府最後の任務、気を引き締めていくぞ」
「はい」「はいっ」「ええ」「はぁい」
俺達の武器は? おまえはさっきの長波だ。出せるかな? 出せ。俺は古鷹砲をなんとかしてみる。わかった。なんとしてでも長波出してやるよ。うん……うん? 脳に艦娘避けの衝撃が走る。気を引き締め、俺達は最後の戦いに備えた。
第28話あとがきです。
来ると見せかけて来ないガングート。そういう子です。
粛清部隊を操る為にラジカセから流された曲は映画ロッキーホラーショーの「Time Warp」、その替え歌です。艦娘達はMMDなんかでよく踊らされてるじゃないですか、特にドイツ艦娘は6隻揃って。そこから得た発想でございました。足形が掛かれたフリップを持ってダンスを支持するのもロッキーホラーショー内の「Time Warp」シーンのパロディですね。あっちは操ってるわけじゃないけど。本当は明石さんがエレベーターから出てくるところもフランクン・フルター博士の登場シーンのパロディにしたかったんですが、どう考えてもビスマルクに撃たれてしまうのでやめました。
さて次回。見上げた艦橋はまるで天にそびえる塔である。その塔は橋として、この地と天を繋いでいる。第29話、「艦橋を架ける」。物語はクライマックスへ。