艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

32 / 35
第弐拾玖章 艦橋を架ける

「3,2,1」

 チーン。エレベーターが地上階に到着した。扉が、開く。

「……」

 誰も……いない。窓から柔らかな朝の陽ざしが差し込んでいる。杞憂だったか? 四人の顔をちらりと見、慎重にエレベーターから出る止まれ! 四人を手で制止する。窓際だ。死角だった窓際に立っている。ガングートが、外の浜、海を眺め、パイプを燻らせている。こちらに対し、完全に背を向けて……。

「以前あの辺りには島があったのだ。特徴的で目印になる為、跡形もなく破壊してしまったが」

 外を眺めたまま、海を指差し言っている。俺達に? 他にいないだろ。そうだけど。

「まったく」

 ガングートが振り返る。しまった、武器を向け動くなと発するべきだった。しかし、ガングートの奴、銃を手にしていない。

「貴様等の殺気は扉が開く前、エレベーターが上がってくる前から伝わってきていたぞ。どうしてそう争いを求めるのだ」

 そう言って、溜息をつく。なんだ? こいつガングートか? 殺気の塊みたいな奴が、闘争の塊みたいな奴が、まるで柄にもないことを言っている。なんだ。何かあるぞ。これは。

「全員、私に武器を向けたままでいい。話を聞け。そもそもだ、貴様等は何故恵理子の邪魔をしようとする?」

「邪魔? それはこっちの台詞だぜ。俺達がなそうとした深海棲艦との和解を、爆発で吹っ飛ばしたのはおまえ達の方じゃないか」

「深海棲艦は我々人類の敵だ。そして貴様等は人類軍の秘匿を、あろうことか深海棲艦に漏らした。作戦を爆破で終わらせた理由ならそれで十分だ」

「そう来ると思ったぜ」

「なに?」

「阿戒とおまえはしかし、戦争を終わらすつもりがないだろう。誰かがウィルス攻撃をし、深海がその作用を反転させ、人類が環人類にならなければ生存できなくなるその時まで。何を飛躍したことを、と言い逃れするだろうが証拠は」

「その通りだ。それの何が悪い?」

「……おかしいな。その返答をしていいのか?」

「何を言う。誤解というのは正に、その部分にあるのだ。人類には環人類化が必要だが、それをしろと言っても人類の大部分は受け入れないだろう。そして恵理子自身がウィルスを撒けば、その拒絶はより強くなってしまう。待つしかないのだ」

「前提がおかしい。環人類化が必要という前提が。戦争の早期終結よりも必要だと? 艦脳並列化技術を使い、人類の思想を統制しようという目論見がまるで隠せてないぞ?」

「統制ではない。精神の並列化は独裁を意味するものではないのだ。かつて人類は楽園へと続くバベルの塔を建設しようとした。しかし神は人類が自らに近づくことを嫌い、塔の建設を阻止しようと考え、人類から共通の言語を奪い、争わせた。未だ我々は、同一言語を扱う者の間でさえ本当の意味での共通言語を持てずにいる。今こそ、神が奪ったそれを取り戻すのだ。でなければ、深海棲艦との戦争が終結した後も、人類はまた争いを始めるだろう。人々が皆、他を慈しみ他を憂う、その楽園へと至ることこそが、何よりも優先すべき大義なのだ」

「随分と大層なご演説だが、宗教の自由は認めて欲しいな」

「そうではない。ただの比喩だ。これは一部の宗派の理想を話しているのではない。種の保存の為に為すべきことの話だ。当然あらゆる自由は認められるし、同時に貧困や飢餓、疾病は改善の為に最大限の努力がなされなければならない。環人類化により、まず大部分の疾病は改善されるだろう。そして我々の艦娘糧食、これは未来の配給食の試作品である。原材料を問わず、安価で高い栄養価。更に美味。諸君も日々満足していることと思う。そして疾病と飢餓が改善された時、貧困はもはや貧困ではない。住居の問題もすぐに解決されるだろう。人類は子を産めなくなるからな。人工的に子を作ることで、そう、我々が生まれたように、そして完璧な人口管理が実現される。希望者のうち適正試験を合格した者だけが親となり、あらゆる教育費は当然無料。そうして人類の知能や社会性は世代を経るごとにアップデートされていく。まだまだ他にも人類再建の策は尽きないが、いずれもその実現には利他的精神が欠かせない。それ故の環脳並列化である。富と幸運の再分配を行うのだ。社会なきところに社会によりもたらされる利益などあるはずもないのだから。全人類の健やかな暮らしが実現された後に、その維持を条件に富の蓄積は許される。これまで人類の下層階級は長い歴史の間、犬さえ見向きもしないような腐った肉を食わされてきた。腐ったものはもうたくさんだ。誰も枯れた海岸でうじの餌になる為に生まれたのではない。ひと匙のスープの為に命を落とす者がいる限り、変革の手を緩めるわけにはいかない。圧政者に死を。吸血鬼に報復を。皆は一人のために。一人は皆のために。そう、恵理子一人を悪人にもさせない」

 ガングードが俺達に銃を向ける。いや、向けている。いつの間に。しかもその銃口からは煙が。順序がおかしかった。龍田の持つ機関銃が、明石の持つ火炎放射器が、あきつ丸の影灯籠が、更に俺の尻尾の古鷹砲までもが、弾かれ破壊されている。そして脳裏に漂い浮かぶ、ぴったりと積み重ねられた銃撃音。これほどか、ガングードの早撃ちは。

「諸君が、考えを改めてくれることを期待する」

 ガングードが近づいてくる。そして、俺達を見据えるように、眼光を尖らせた。

「さあ、そこを退け。私は地下に置き去られた者共を救出に向かう。誰も死なせはしない」

 道を、開ける。おい。仲間を救いにいくって奴の、邪魔なんてできないだろ。そう、だが。

「どの道おまえ達はもう、何処へも行くことはできない」

 ガングートがエレベータに乗り込む。

「よく考えろ」

 そう言い残し、扉は口を閉じた。

「……最後の方、別の戦艦になってませんでした?」

 明石が壊れた火炎放射器を捨て、手首を振る。

「作戦に変更は?」

 あきつ丸が俺に。武器はすべて破壊された。しかし。

「変更はない。変更する理由もない。阿戒という人間が倫理を何処かへ置き忘れてきた人間であることには変わりないし、あとは武蔵に乗り込み大本営へ向かうだけだ。地獄から追手が蘇ってくる前に島を出よう」

「了解であります」

 提督室の扉に手を掛ける。その時扉の向こう側からドーーンという爆発音が響き、部屋が揺れた。地下の音じゃない。どうして。扉を開ける。

「まるゆ?」

 まるゆが壁を見つめて立っている。いや違う、まるゆは青葉の背中だ。じゃああいつは? 首を小刻みに揺らし、俺の方を向く。あ、もしかして。そうだ!

「窓から外へ出ろ!」

 言って急いで扉を閉め、抑えた。きっとそうだ、あれは爆弾、まるゆ爆弾だ! ドンッ! 扉にまるゆ爆弾が体当たりしてくる。ガチャガチャとドアノブを回している。

「明石! まるゆを通してハッキングとかできないか!?」

「む無理ですよ、今いたまるゆさんはおそらく単純な命令だけ与えられて動いている空の器ですっ」

 言いながらあきつ丸と二人でカースィッド・ソングを外へ運び出そうとしている。

「そんなもんいいから早く外にいやよくない急げ!」

 おい! あれは必要なんだ、あれがないと阿戒の悪だくみをああわかったよ! くそっ! ケツ痒ぃ!

「あ! まるゆさん起きました!」

 窓の外、青葉の背中でまるゆが首を起こす。

「あ、頭の中に、爆弾が」

 おまえもか!

「ばば、爆発しそうだったりします?」

「大丈夫、です……たぶん……うっ」

 まるゆが再び気を失う。

「今生一恐縮なんですけど!」

「天龍ちゃん早く!」

 隼鷹を背負った龍田が窓の外から俺を呼ぶ。全員外に出たな。よしっ。

「全員伏せろ!」

 扉を蹴り開ける! まるゆ爆弾が尻餅をつき、俺を見上げ口を大きく開いた。急ぎ窓の方へ走る。窓を跳び出ると同時に提督室は光に包まれ、爆音と爆風が背を押した。土の上に転がり倒れ込む。

「やっぱ阿戒は悪の権化だ!」

 提督室の方を見ると、一部窓枠ごと吹き飛んでいた。

「みんな無事か!?」

 見渡す。龍田、明石、あきつ丸、青葉、まるゆ、隼鷹、全員無事そうだ。カースィッド・ソングも揺れはしているが安定している。けど、なんだ。みんなが俺を見る目が、変な感じだ。

「天龍ちゃん」

「木曾さん」

「ん?」

「脚、なくなってるであります」

「……」

 さっと血の気が引いた。自分の下半身に視線を向ける……ない。両脚が膝から、その先が消し飛んでいる。

「またやっちゃったぜ」

 うあああああああああ! うるさい。だって、だって脚が! 脚の一本や二本いいだろ別に。良くないだろ! ほら、尻尾は無事だぜ? よく無事だったな。尻尾なんてどうでもいいよ! そう喚くなって。うるせえ! おまえみたいに慣れてないんだ俺は!

「ともかく手当を」

 明石がケースをあきつ丸に預け、近づいてくる。その時またドーーン! と、爆発音が。何処だ? 食堂の方だ。見ると、食堂の窓から加古が跳び出してきた。つまづきこけ、転がり起きてこっちに走って来る。その後から、ぞろぞろと複数体のまるゆ爆弾が窓枠に足を掛け外に出ようとしている。

「お助けえええええ!!」

 なるほどそうか、道理で派手にやり過ぎだと思ったら、ほとんどまるゆ爆弾の仕業だったんじゃないか? それで加古は食料運搬経路から食堂に逃げ出てきたわけだ。冷静に分析してる場合じゃないぜ。まるゆ爆弾の群れが出て来る! どうすんだ!

「加古! 俺を背負ってくれ!」

「ぎゃあああああ!!?!」

 加古が必死の形相で走り去っていく。あいつマジで使えねえな!?

「全員先に逃げろ!」

「隼鷹ちゃん置いてくわ!」

 龍田が隼鷹を下ろし俺に駆け寄る。

「いや隼鷹置いちゃダメ!」

「私が背負います!」

 明石が俺を持ち上げ。

「ケース一人じゃ運べないでありますよ!」

 あきつ丸がいつも以上に顔を白くしている。

「じゃあケースを諦めて」

「それじゃ元も子もない!」

「恐縮ですがぐだぐだですね!」

 爆発性の駆け足が聞こえてくる。五体、六体、七体、なんだあれ、窓枠から次々とまるゆ爆弾が溢れだして来る。いったい何体いるんだ。

「ああもう! ケースは後で回収しましょう。そうすれば」

 尻尾が大きく跳ねる。明石が思わず俺を落とし、俺は地に背を打った。尻尾がうねり、古鷹砲が爆弾の群れを狙う。おい、撃てんのか? え? 俺じゃないぞ? おまえじゃないのか? は? 何言って。俺は何も静かにせい。

「あもなも死すに生き、さば無意に死せ」

 古鷹砲が青い光を漏らす。砲塔から身を震わすような振動音が響き、青白い光線が飛んだ。光線はまるゆ爆弾の一体を貫き、彼方へ消える。一間空け、爆散するまるゆ爆弾。爆発は周囲のまるゆ爆弾を巻き込み、爆風地響きと共に食堂を土台ごと吹き飛ばした。

「おぉ怖い怖い。なの兵器はいずくも暴力それよ。暴る力にみずくも追われし」

 ……目覚めた、チスイが。おい天龍! 主導権取り戻すぞ! お、え。天龍聞こえてるか!? 聞こえてる。聞こえてる、けどさ。え、チスイ、いるのか? うむ。今起きたのか? あず、ひつからおったわ。なら……信用していいよな? 天龍? なはかしき娘よ。あはなにおわさし、信はあわぬよ。それは、うん。けどおまえは……なあ、俺達はおまえを警戒する必要はないんだろ? 天龍何を。うむ。え? 砲はつぐいだ。あはふす。ふたにな。おう。チスイ、どういうことだ。チスイ。もう眠ったぜ。どういうことだ天龍。さあな。俺にわかるか。けどさ、きっとそういうもんなんだろうよ、深海の奴等は本来。わからん。

「チスイさん、ですよね?」

 背後から、明石が恐る恐る尋ねてくる。

「もう眠っちまったよ。とりあえずは俺の好きにしていいらしい」

 肩をすくめ立ち上がると、鼻先を硝煙の香りが漂っていった。

「まるでギャグ漫画みたいな身体でありますな」

「何が?」

「いや、その、ほら、脚でありますよ」

「……おお!?」

 脚、脚だ。元の脚がいつの間にか生えてやがる。気付かず立っていた。そういや痛みもなかったな。これが深海棲艦の力? まさか。深海棲母限定だろ。あるいはチスイ限定か。阿戒が欲しがったわけだ。

「司令官! 煙の奥から第二陣の足音が聞こえてきてるよ!」

 青葉の指摘に食堂があった方向を見ると、確かに、まるゆ爆弾の群れの影が黒い煙に映っている。

「急ぎましょう!」

「しんがりは俺が務める! 全員全速前進だ!」

「了解であります!」

 まるゆを背負った青葉が駆け出し、明石とあきつ丸もカースィッド・ソングを持ち上げて駆けだす。

「天龍ちゃん、大丈夫?」

「安心しろ龍田! 木曾より俺の方がチスイと仲良くできそうだ!」

 おい。

「そう。じゃあ、先に行くね」

 眉を下げた龍田が、何とも言えない笑みを漏らしながら隼鷹を背負い、駆けだす。

「あのまるゆ達も生きてるんだろ? ああ。けど生まれた瞬間から自我はなく、自分達が存在していることさえ知らない。まるゆの意識が転送されるその時まで、あれらは生きていても生物じゃあない」

 煙の中からまるゆ爆弾達が姿を現していく。

「わかった」

 尻尾の古鷹砲を構える。砲の隙間から青い光が溢れ、空間を集束するような圧を感じる。こんな感じか? それで、うん。腹に力ぁ入れて、それを尻尾に集めていく。古鷹砲が圧縮された力に振動を開始する。光が増す。狙う。狙え。まるゆを、まるゆ爆弾を。圧縮していく。振動を内側へ。撃つ。撃て。撃つ。ごめん! 古鷹砲が火と光を噴き、光線がまるゆ爆弾達に撃ち込まれた。再び爆炎が巻き起こる。なんか荒くなかったか? うるせえ! 行くぞ! うん……悪くなかった。おまえのそういうとこ嫌いだ。俺は龍田達を追い、出撃ドックへ走った。




第29話あとがきです。

 明石「最後の方、別の戦艦になってませんでした?」。はい、戦艦ポチョムキンです。映画戦艦ポチョムキンのセリフを部分的に引用させていただいております。また忠実においてもそうでしたが、戦艦ポチョムキンでの水兵達による反乱の引き金になったのは昼食のボルシチに使われた腐った肉でして、戦艦ガングートでも反乱までにはいきませんでしたが、肉とマカロニの昼食が出なかったことでちょっとした騒ぎになったことがありました。天龍ちゃんを解剖した時に言っていたのもこの料理のこと。マカロニ・ポ・フロツキ。作ってみてください。そしてさて、ガングートの技ですが、これも映画戦艦ポチョムキンに由来しています。戦艦ポチョムキンと言えばモンタージュ理論を確立した作品として知られていますが、ガングートの早撃ちというのは正にそれで、放たれた砲は見えず、あるのは煙を上げる砲塔と破壊された物体だけ。それぞれは単体では意味を成しませんが、二つが繋ぎ合わされることで「砲で物体を破壊した」という事実が生じるのです。よくわからなければキングクリムゾン的なスタンドが「時を吹っ飛ばした」でもいいです。実際これは精神エネルギー故の技ではありますので。

 では……最終回第30話、「撃突!」。ついに深海棲艦としての力を扱えるようになった彼女は、この物語の幕をどう下すのか。暁の水平線に、何を望む?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。