非常口から出撃ドックへ駆け込む。海面に潜水艦武蔵の半身が露出し、その上では熊野が双眼鏡を構えてこちらを眺めていた。
「来ましたわ! 天、提、深、あの、ですわよね!?」
「撃たないでくれよ!」
外のまるゆ爆弾に光線を放ち扉を閉める。潜水艦上へと伸びる橋の上ではカースィッド・ソングの運搬を鈴谷が手伝い、ハッチでは嵐が龍田から隼鷹を引き受けて中へ運び入れていた。鎮守府内へと続く扉が勢い良く開き龍驤が姿を現す。
「あかんよ! 人除け符まるで効いとらんわ!」
「何とかしてください! 武蔵さん破壊されたらラダーの材料も全部お釈迦ですよ!」
叫ぶ明石。龍驤は下唇を噛み、頭を掻きむしる。
「せやな、せや、なんとかせんと。あ! 先壊して道塞いだら、けどそれやとうちも完全に反逆者に」
「阿戒先生は葉っぱ規制派ですよ!」
「くーっ!」
龍驤がまたドックを出ていく。全くどっちが悪人なんだよ。橋へ駆け、カースィッド・ソングのケースに手を掛ける。
「うわ、マジで深海棲艦化してんじゃん」
鈴谷が俺を見て言った。
「ふふ、怖いか?」
「ちょっち。中身は結局天龍なの? それとも提督?」
「木曾だ。いや違うから、俺だから。天龍だから。そういう訳だから木曾の認識で頼むぜ。おい」
「あー、うん、わかった」
「天龍だからな。木曾だ」
カースィッド・ソングを潜水艦上へ上げ、あとは三人に任せる。天龍油断するなよ。まだ阿戒がいる。奴は何をしてくるかわからない。おう。
「非常口来ましたわ!」
熊野が叫んだ。尻尾で狙い、後ろ目に光線を放つ。まるゆ爆弾は爆散する。慣れてきた。
「す、それコントロールできてますのね。と言いますか古鷹さんの腕?」
「古鷹のお古だな。尾、振るでもいい」
「は?」
半分おまえだと思うと躊躇なくつまらない冗談を言えるぜ。やめろよ。
「搬入完了であります!」
あきつ丸がハッチから顔を出した。
「提督殿、これを」
投げ渡された無線機を受け取る。
「龍驤が来たら艦を出せ。俺は潜航できる場所までここで見張る」
「了解であります!」
「よし。あとは」
「やってもうたやってもうた!」
龍驤が走りやってくる。非常口のまるゆ爆弾を撃つと、非常口ごと吹き飛んでいった。橋を上がり、龍驤が俺を見上げる。
「ひえ~」
「ほら急げ、驚くのは後だ」
「あぁわかっとる。あとで嫌っちゅうほど驚かせてもらうわ。あと提督さんには話ぃあるからな」
「覚悟しておくよ」
「ほなな」
龍驤がハッチへ入っていく。艦が、動き出す。鎮守府内から爆発音が。非常口にまたまるゆ爆弾が。泳いで来られちゃ厄介だ。尻尾を振り、光線を払い放つ。ドックを爆線が走り、破壊の風が艦を押した。
「もう誰も、俺達を止められない」
「天龍ちゃん」
ハッチから龍田が顔を出す。
「危ないから中入っとけ」
「え~」
俺の言うことを聞かず、出てくる。その手にはいつもの薙刀が握られていた。
「龍田」
「ねぇ~天龍ちゃん。わたし達もう、二人っきりにはなれないのかなぁ~?」
龍田の目が爆炎を、壊れたドックを追う。
「そんなことないさ。というか、きっと最終的に俺になるぜ? 見た目俺よりだし、木曾はもともと頭しかなかったからな」
おい木曾、俺の振りして喋るなよ。それに何言ってんだ? そうなのか? 違う、黙ってろ。凄く不味い予感がする。俺に任せろ。不味いって何が? いいから。
「本当に?」
「ああ。チスイも俺に話しかけてきてくれた。木曾じゃなく。だから最終的に俺が選ばれる、と思う。それまで、少しばかり時間がかかるかもしれねぇけどさ。待っててくれるか?」
「……ずいぶん、静かだね、提督」
海風が俺の白髪を、龍田の黒髪を撫でていく。艦がドックの外へ出、明るい日の光が、水面のきらめきが、俺と龍田を照らした。
「本当に今喋ってるのは、天龍ちゃん?」
「……ああ」
頭上で何か音が。見上げると、空を影が覆い、その影は俺を掴みそのまま海へと飛び込んだ。泡の中で銃声が、龍田の悲鳴が、裂けたニヤけ口がよぎる。上がれ! 早く上がれ! 水を蹴り、俺の身体は水面を飛び出し艦上に立つ。龍田。龍田が両肩から血を流し膝をついている。膝もだ。両膝もやられてる。くそ、不意をつかれた。
「ダメだろう、艦娘が海に出るのに、艤装も付けず砲も持たずでは」
艦の前方でガングートがニヤついている。水上を後退するように走り、身体には戦艦としての艤装を付け、完全武装で待ち構えていた。どうなってるんだ。
「流石に早過ぎるんじゃないか?」
古鷹砲を頼む。気付かれないように。俺が注意を引く。わかった。
「それともあれか? 仲間を助けるのはやっぱりやめたか?」
「ふむ……教えてもいい。しかし代わりに、カースィッド・ソングをこちらへ渡せ」
「なんだそれは。取引にならねぇだろ」
「はは、その通りだ。取引などする必要がないからな。しかし私もおまえも撃つより話す方が好きだろう。とはいえ、身体は思うよりも先に動いている」
ガングートの砲塔から、煙が揺らぎ流れていく。気付けば左腕が吹き飛ばされていた。砲撃音と共に砲弾の風圧が脇腹と横っ面を押し震わせていく。
「私は昔からこうなのだ。順序がおかしい。しかしある時を境に、自分自身でも分からなくなった」
裂けた口を指でなぞる。別の砲塔から煙が。肩に衝撃を感じた頃にはもう、残った腕もとっくに吹き飛ばされた後だった。
「私が先なのか、それとももう一人の私が、先なのか」
身体が傾く。ガングートの三つ目の砲塔から煙が。砲撃音が二発続けて聞こえる。左脚がない。衝撃に押され、俺の身体は艦から転がり落ちた。海水を被り、波飛沫の中で武蔵の装甲に身体が打ち付けられる。身体が二転三転し、空と水中が掻き混ぜられる。はは、まったく見えねぇ。浮かび、仰向けになると、武蔵が俺を置いて過ぎていくのが見えた。そして、頭上で砲口が俺の頭を狙っている。
「なるほど、そういうことか。二人いるんだな、口裂けグートは」
「言ってしまえば何の不思議もない。だからこそ口が裂けても言えないトリックだな。うむ。救う私と破壊する私がある。しかし戦場もだ。生と死がそれぞれに存在し、時に生は死となり死は生と」
光線が俺の腹を貫きガングートの頭を串刺す、いや、それをする前に俺の頭は消し飛び、暗闇の中で身体が深く沈み込むのを感じていた……。
時間が、遅く流れていく。感じている俺は、なんだ。手も足も、頭さえない、肉の塊。俺は生きているのか? 生きていると言って、いいのか? さに感ぐるは人ぬみよ。チスイ。在りしを問い、無くを問い、人ぬみよ。さは憚り。不思を失し、不自のすえに、不死を思し。かして生かず。ああ、なんとなくわかる。けどそういうもんさ、人類は。だからこそ人類なんだろう。ならあれも間違っちゃいないんだろうが、間違いってもんを区別しちまう以上、あれは間違いなく間違ってるんだ。なの確く叛逆者よ。ちげぇねぇ。
「ふっ」
笑いが泡となって浮かぶ。光に瞼を開く。手を水面に伸ばす。水を、蹴る。
「くっ、小賢しいなっ!」
目まで水面に出すと、ガングートが一隻の戦艦艦娘と交戦していた。体躯も艤装もガングートより一回り大きい、見るからに武闘派の艦娘。あれは、間違いない。武蔵! しかしどうして武蔵が……いやよく見ると、武蔵の身体は半分透けている。まさかあれか、精神エネルギーってやつか。それに武蔵が放つ砲撃、そして拳、蹴り、全て実際のそれではなく、小型の魚雷だ。魚雷の群れが意思を持ったように次々と海上に飛び出し、ガングートを翻弄している。とはいえ、当たらない。ガングートは魚雷の群れを避け、次第に撃ち落としている。あれでガングートを倒せはしない。しかし、チャンスだ。
「最大火力で……」
水の中、腹に力を込める。古鷹砲に青い炎を込めていく。圧力を上げていく。振動。砲が荒び、水を振動させ、波を立てていく。気付くな、気付くな。振動を抑え込み、エネルギーに変換していく。体内と体外のあらゆるエネルギーを砲に込めていく。異様な水圧が砲に集束していく。短い、獣の唸りにもエンジンを噴かす音にも似た重い音が砲から漏れ響く。行く度も、そして間隔を狭めていく。ガングートがこちらに気づいた。しかし武蔵が、ガングートにこちらを狙う隙を与えない。行くぜ。行くぜ、行くぜ、行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ!!
「消し飛べええ!!」
古鷹砲が爆裂し、海中から青白い炎の柱を吹き上げた! ガングートは避ける、が、追ってやる! 光の柱がガングートの背を、艤装を撃ち砕く!
「んぐぁがああああああ!!」
弾けた艤装が飛び散り、ガングートの身体は海面に打たれながら吹き飛んでいった。潜り、一気に距離を詰める。そして飛び出し、海面に浮かぶガングートの顔に古鷹砲を突きつけた。
「残念だったな。おかげさまで俺は不死身なんだ」
ガングートが苦痛に歪んだ顔で、裂けた口から血を流し、しかし残りの力で俺に拳銃を向ける。
「……はっ」
一息の笑いを漏らし、手を広げた。拳銃が手からこぼれ、海へと沈んでいく。
「悪いがそうやって救出待っとけ。俺達はもうあの島には戻らない」
しゅー、っと、裂けた口から息が漏れる。けどなんだ。またニヤつき出している。この口……。
「そうだ……」
「ん?」
「そうだ……貴様等は、もうあの島には戻らない。戻れない……言ったはずだ……何処へも行けない、と」
「まだ何か仕掛けてあるとでも?」
「ふっ……充分だ。時間は充分稼いだ……島の武蔵砲で、恵理子は既に貴様等の潜水艦を狙っている。発射準備も整った頃だ。今この瞬間にでも、貴様等は終わりだ。全て海の、藻屑と消える」
「……やめさせろ」
「ふっ……ふっふっ。やめさせなきゃ殺す、か?」
「……いや」
島の方を見る。黒煙と炎に包まれた、鎮守府の上階。武蔵砲が表に出されている。こちらを狙っている。
「阿戒が吹っ飛ぶ」
「……なんだと?」
「あれは爆弾だ。爆弾に造り変えたんだ。メンテナンスをするフリをして、少しずつ。起動すれば爆発する、ただそれだけの装置に造り変えたのさ」
「……驚いた。一番下手な嘘、だな……今までで一番。最低の嘘だ」
「嘘じゃあない。元々武蔵のメンテナンスは満潮と霞の仕事だったはずだ。それを何故、俺が好き好んで代わり引き受けたと思う? 早く連絡しろ。阿戒が吹き飛ぶぞ」
「……」
ガングートが、無線を取り出す。口元へ。俺を見……口を開いた。
「恵理」
名前を呼び終わるより先に一際大きな爆発音が響き、鎮守府の上部が煙に包まれた。
「……」
ガングートの手から無線がこぼれ、水底へ消える。
「遅かったな」
ガングートの瞳が、遠い空を見つめる。何処までも青く、雲一つない晴れ晴れとした空を。その瞳には絶望と寂しさと、虚無が漂っていた。
「海は青いんだ、赤い海なんて碌なもんじゃない」
「……つまらんだろ」
遠く名前のない場所が燃え滅んでいく。阿戒が世界に撒き散らした呪縛が、ここから浄化されていく。偽りは正され、秘匿は明るみに。そして人は、人として団結し、未来を目指す。ようやくその準備が整った。未来は深海棲艦との次なる戦いか、あるいは、手を繋ぎ共にこの世界で歩んでいけるかもしれない。ともかく……忙しくなるな。
太陽に手を向ける。手の平の中で、まだ馴染み薄い、緑子混じりの血が流れていた。
第30話あとがきです。
やっぱり物語の最後には、爆薬をたくさん使いたい。そうです、そうですとも。そして物語には最後までパロディを使いたい。だってこれは二次創作たる二次創作なのですから。最後のパロディは映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」からでした。尻尾の古鷹砲の最終必殺技。あのゴジラの放射熱線のサウンド最高ね。
では、いえ、もう少しお付き合いを。0時頃に「エピローグ」を投稿いたします。盗まれた深海棲母を手に入れ、大本営へ向かった彼女達のその後を。映画はね、うん、エンドロール後まで席は立たない方がいい。私はそうしてる。トイレに行くのはもう少し、我慢です。