艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第参拾壱章 アザミ顔の夢見る方舟

 明るい暗闇があった……瞼が開く。それは俺の意思でなく、かといって誰かの意思であるわけでもなく、意識の灯った生物の自然な反応としか言いようのないものだった。

 白い……何もない。何処までも白い……距離。そうか。距離ってのがあったな。腕を、動かしてみる。腕を上げてみる。手を伸ばしてみる……指先が白に触れた。これは、壁と言われるものだ。何処までも続いているどころか、なんだ、何処へも行けないじゃないか。ここから出られない。

 ……いや、出られる。

「軽巡洋艦、天龍型一番艦、天龍。覚醒完了。暁の水平線に勝利を」

 眼前の白が二つに割れる。一筋の裂け目から世界が開かれる。無機質な空気が肌を包み込む。

「……うし」

 カプセルの外へ踏み出す。蛍光灯に照らされた、黒い鉄の部屋。俺はカプセルのすぐ脇に取り付けられた引き出しを開き、制服を取り出した。そうすべきであると記憶していたわけではない。これはインプットされた記憶じゃない。プログラムされた行動だ。生体の自然な反応というわけでもない、と考えている間に、服を着終えていた。靴も。そして部屋の反対側の、同じように取り付けられた引き出しへ。バスタオルと白い制服一式を取り出す。部屋の扉へ視線が動く。あそこから出ればいい。

 バスタオルと制服を手に扉を開く。左右に通路が伸びていた。左は暗く、右は……先に白い光が見える。白い部屋だ。あっちだ。進む。黒が白に、光が壁を塗り替えていく。自分の足音に迷いのなさを感じる。ただこれは、決断故の迷いのなさじゃない。プログラムされている。プログラムだ。プログラムされている。俺はプログラムされている。俺は、それでいいのか。あるいは一瞬でいい。試しに抗うことはでき抗うことはできない、必要ない。そうだな。

 通路から部屋に出ると、その白い円形の空間で、俺は創造主達に取り囲まれた。透明なカプセルの中、壁一面に並ぶ同じ顔をした幾体もの創造主は、チューブに身体を繋がれ透き通った液体に浸されている。

「お目覚めの時間だぜ、提督」

 俺の声に答えるように、カプセルの一つが音を立てだす。カプセル内の水位が下がっていく。カプセルが開く。創造主、提督、裸の女、俺はそれに歩み寄り、片膝をつき、待った。

「……ッンゴほぁッ!」

 女が酷い顔をして咳込み、歪んだ顔のまま鼻に刺さったチューブを引き抜いていく。

「んごぁっへぁ! あー最悪っ!」

 全てのチューブを引き抜き、半ば倒れ込むように床に手をつくと、悪態をついた。人間らしい。俺は素直にそう思った。

「身体拭いて大丈夫か?」

「あ? ああ、ええ、お願いします」

 膝をつき制服を置き、バスタオルで女の体を拭いていく。

「提督、秘書艦の天龍だ。よろしく頼む」

「天……」

 うなだれた提督が横目で俺を見る。睨みつけるような目つきだ。いや、単に目つきが悪いだけか?

「……天龍」

「ああ。提督のことは、提督って呼べばいいか?」

「呼び方なんて」

 提督は何か言いかけて、俺からバスタオルを奪い取った。自分で体を拭き始める。

「いいえ、提督は、もう終わりです」

「終わり?」

「私のことは、会長、と」

「……わかった」

 会長はそして、身体を拭い終わり立ち上がると、バスタオルを捨て腕を広げた。

「服を」

「ああ」

 俺も白い制服を手に立ち上がり、会長に着せていく。

「……なるほど」

 何か、合点がいったらしい。

「いくつか、情報をアップデートします、天龍」

 服を着終えた会長は片手で黒髪を広げ、俺の方に向き直った。

「なんだ?」

「まず、私の名前。私の名前はわかります?」

「ああ」

「では、それを忘れてください。私は今この時より、鳥海暁美という名前になります。そして私とあなたの所属も海軍ではなく、陸軍に近しい軍需企業に。良いですか?」

「ああ、わかった。軍所属じゃなくなるんだな。なんか変な感じだけど。しかも海じゃなく陸か」

「近い未来、主戦場は再び陸へと戻ります。その為です。そして私達の差し当たっての仕事となるのが、人類を守る壁、ジェリコの壁の建設です。この壁は単に守りの為だけでなく、この内側で、人類はウィルス攻撃に対抗する準備を行います」

「ウィルス攻撃? 奴等そんな攻撃までし始めたのか?」

「いえ、まだ。ですが計算によれば、近い内にそれは始まります。軍内部で使用されている戦闘力増強剤、これの成分を一部反転させた薬が、深海棲艦を温厚化させると、近いうちに判明するでしょう。そしてこの薬は一定の成果を収める……そういう計算です。ただし私は危惧しているのです。もしもその薬を取り込み害あるウィルスとして変質させてしまう深海棲艦がほんの少しでも現れたら、と」

「そなえあれば憂いなしってやつか」

「その通りです。一番最適な言葉ですね。素晴らしい」

「ふふ、まあな」

「ただ、さて……ここまでは表向きです。AIはあなたを秘書艦に選びました。でしたら、私が『秘』書たるあなたに与える『秘』匿は一つ」

「……なんだよ?」

「かつて核爆弾と共に現れた、超巨大深海棲艦の正体、いえ、あれは、深海棲艦ではなかったのです」

「……え?」

「深海棲艦とはまた別の、古より在る存在、その一つ。分かり易く言えば、怪獣です」

「怪獣!?」

「そうです。怪、即ち人類史においては未知の部分で存在し続けてきた生物。そして星の選択種である深海棲艦の揺らぎによりバランスの崩れたこの世界では、今後、ああいった古の存在が次々と目を覚ましていくことでしょう。深海棲艦との戦いはこの世界における、本当の戦いの序章にしか過ぎないのです。あらゆる種との全面戦争、その日が来る前に、人類は自らの存在をアップデートしておかなければなりません。それを、壁の中で行います」

「人類のアップデート……よくわかんねえな」

「それで構いません。あなたはただ私の剣になってくれれば良いのです。私の剣に、私を守る剣に、なってくれますか?」

「……元より俺は、叩っ斬るしか能のない刀だぜ。ただそれだけに徹してりゃいいってんなら好都合だ」

「宜しい……素晴らしい。最高です」

「ふっ、褒め過ぎだろ」

「いえいえ、シンプルなのは素晴らしいのですよ。剰余変数は嫌いです。私に関わる全ては、何者も、この世界の役に立ってもらいますので、その為に……さぁでは、参りましょうか」

「おう」

 会長と共に、通路へ。壁は白から黒へ、影によって塗り替えられていく。

「まずは何処へ行くんだ?」

「そうですね。とりあえず、お蕎麦屋さんでも。天ぷら蕎麦、あなたの好物ですよ」

「へー、そうなのか。楽しみだな」

「ええ。ゆっくりお蕎麦を食べながら、仲間を待ちましょう。それから打ち上げと、あなたの歓迎会です」

「はは、暢気だな。死んだばっかなんだろ?」

「ちょっとした引っ越しをしただけですよ。消したい過去も消しましたし。行きながら今までのことを話しましょう。仲間達のことも。あなたが望むならあなた自身のことも。私の趣味の話でもいいですし。私黙っているのが苦手なものですから。そういえばあの日も。あなたのオリジナルが妹と一緒に艦娘志願に来て、その時もこうして廊下を歩きながら……」




 ご愛読ありがとうございました。



 もし仮に続編があるとすれば、タイトルは「艦娘会話劇ー(摩)ーファイナルカット版」。それだけは決まっています……そろそろ海に出ます。それでは、また
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