朝、俺は龍田の布団で目を覚ました。寮室へ戻ってきて、龍田が俺の布団で寝たままだったから、とりあえず龍田の布団で寝たんだ……なのになぜ、また龍田が横で寝てんだよ。
「おい龍田」
龍田の身体を揺する。一言言ってやろう。
「んにゃあにぃ」
龍田が目を覚ました。
「おまえな、なんで俺の隣に」
「あらぁ? 天龍ちゃん、わたしの布団で何してるのぉ~?」
「いやいやいや」
「ま、いいけどねぇ~」
龍田が微笑み、俺の頬にキスをする。って、ええ?
「よいしょぉ~」
想定外の出来事に驚く俺を余所に、龍田は起き上がると仕切りを開け、寝台を降りた。
「朝ですよぉ~」
龍田がその穏やか口調とは反するように、窓の遮光幕を勢いよく開く。まぶしい。雨は完全に上がっていた。下の段から龍驤のぶつくさ言う声が聞こえる。他の奴が仕切りを開ける前に自分の布団に戻っておこう。そう思って三段目に上がり、向かい側の寝台をふと見ると……一段目の仕切りの間から隼鷹が顔を覗かせていた。しかも俺を見上げている。ニヤついている。これ完全に誤解してやがるやつだ。何か言って誤解を解かないと。
「隼鷹これは」
「おっはよ~」
鈴谷が仕切りを開け寝台から飛び出した。タイミング悪いな。
「皆さん御機嫌よう」
熊野も仕切りを開け挨拶を述べる。
「おはよぉ~」
「……おはよう」
仕方ねぇ。隼鷹には後で説明するか。
「あれ? あなただぁれ?」
ん? 鈴谷の言葉に俺は部屋の入口の方を見た。しかし、誰もいない。扉も開いてないし。鈴谷に視線を移すと、何故か不思議そうに俺を見上げていた。
「鈴谷、その方は天龍さんですわ。新しい第二艦隊の旗艦ですの。五十鈴さんは配置換えになりましたわ」
熊野が説明するように言った。なんで今更?
「へー、そうなんだ……よろしくねっ」
鈴谷が無邪気な笑みを俺に向ける。どういうことだ?
「……おう、よろしく」
「ひひっ」
鈴谷はニコッと笑うと、朝の身支度を始めた。
.
「キミほんっとなぁ、いびき煩いねん」
「わっりわっりぃ、って~、隼鷹さん謝ってるよ~?」
龍驤と隼鷹が前を歩いている。俺達は六人で食堂へ向かっていた。
「謝らんでええから寝る前の酒やめぇーや!」
「そりゃ~、難しいでしょ~」
「ほんなら寝るの禁止や!」
「あんたがいい男紹介してくれるんならぁ、それはできるかもね~」
「言ったな? 約束やで!?」
「いいよぉー、約束だぜぇ~」
龍驤と隼鷹が歩きながら互いの拳をぶつける。人間との接触は禁止じゃなかったか? まぁいいけどよ。
「龍田何食べる~?」
「お饂飩がいいかなぁ~」
龍驤と隼鷹、鈴谷、龍田が食堂へ入っていく。あれ、熊野は?
「天龍さん、少しよろしくて?」
背後からの声に立ち止まり振り向くと、熊野が意味ありげな表情で立っていた。
「どうした?」
「鈴谷のことで、お伝えしておかなければならないことがありますの。龍田さんから既にお聞きになっているかとも思ったのですけれど、今朝の様子だとまだご存じないようでしたので」
「ああ……そうだな。たぶん聞いてない。さっきのことだよな」
さっきの、昨日のことをすっかり忘れてるような鈴谷の様子のことだ。
「ええ。簡単に申しますと、鈴谷は記憶障害を持っておりますの。ある程度長い睡眠を挟むと、起きていたときの記憶が失われてしまう。ちょうど、わたくし達が夢の内容を忘れてしまうように」
「それで、俺が誰かわからなくなってたんだな」
なんとなく予想はしてた。
「その通りですわ。ただ、何度も繰り返し記憶した事柄については、次第に睡眠を挟んでも記憶が維持されるようになりますの。五十鈴さん、というのは、龍田さんの前に第二艦隊の旗艦を務めていた艦娘のことですわ」
「そうか……いつからなんだ?」
「もう、三年半程前から。以前わたくしといた鎮守府で、出撃した際に深海棲艦との戦いで、脳にダメージを負ってしまいましたの。それが原因ですわ」
熊野は淡々と話す。
「打ち所が悪かったってやつか」
「あるいは、打ち所が良かったのかもしれませんわ。生きていただけ」
「そうだな」
「ですから……今朝の対応、感謝いたします」
「対応?」
「ええ。よろしくと、言ってくださいましたでしょう?」
「あぁ」
「今後もあのように対応していただけると嬉しいですわ。記憶を繰り返すうち、天龍さんのことも覚えると思いますので」
「うん、そうだな。わかった」
熊野がスイッチでも入れたかのようにニコッと微笑む。
「さぁ、朝食に致しましょう。わたくし朝食はサンドイッチと決めていますの」
そう言って、すたすたと食堂へ入っていった……そうか、熊野は鈴谷のおもり役なんだな。うまく言えないが、俺はなんだか安心した気がした。たぶん……鈴谷のことがわかったのもそうだが、熊野に関しても、自己中なお嬢様タイプじゃないということがわかって安心したんだ。
食堂に入ると、昨日の夜よりも多少は賑わっていた。といっても初めて見る奴が三人増えただけだ。三人のうちの二人は、駆逐艦だな。食堂の隅でどこか人を避けるように食事をしている。髪型が片方はツインテールで片方はサイドテール、色も違うが、顔は似ている。制服も同じだし姉妹艦同士かもしれない。もう一人は、艦種わかんねぇな。龍田と話していたが、熊野が来て挨拶をし、俺の方を見た。ニッ、と笑みを浮かべ、なんだよその新しいおもちゃを見つけたような目は。近づいていくと、そいつはニコッとして手を差し出した。
「天龍さん、初めまして。工作艦の明石です。修理や改造、メンテに改造はお任せください!」
「改造って二回言ったぞ」
「え? 改造します?」
「いやいいよっ」
明石と握手をすると、なるほど、戦闘を行う艦娘とは違った印象を感じた。かといって手が柔いわけではない。職人の手だ。よくわかんねぇけどな。
「頭のその艤装、十徳ナイフみたいにしません?」
握手を解きつつ明石が言った。
「しないよ。変だろ頭に十徳ナイフくっついったらさ」
「え~。じゃあ、お醤油出るようにします?」
「意味分かんねぇよ」
龍田が俺の肩をつんつんと突く。
「天龍ちゃん、わたしのこの輪っか、お醤油出るんだよぉ~?」
「えっ?」
「冗談だよぉ~」
「なんなんだよっ」
「あはは」
明石が楽しそうに笑う。
「ともかく天龍さん、何かあったら工房に来てください。私は基本的にはいつもそこにいますから」
「おう、わかった。修理の時に変な改造するのはやめてくれよ?」
「んっふっふ」
んっふっふ、って、何かする気かこいつ。悪い奴じゃなさそうだが気を付けよう。
昨日と同じようにメニューを選び、札を取って壁穴に落とす。離れた場所の受け取り口から天丼が出てくる。ほんと機械的だな。
俺はすでに集まって座っていた龍驤達と同じ机の席に座った。鈴谷はカレーライスを食っている。他の奴が食ってるもんは、わかんねー。いや、熊野が食ってるのはサンドイッチか。彩り鮮やかなペーストだ……ちょっと待て、隼鷹の奴片手にスキットルを握ってるぞ。朝から酒飲んでんのかよ。
「せやからな、発注先変えてみたねん。今度のイソメはええで~。でかいしタフやし」
釣り餌の話をしてるらしい。そうか、酒保で扱ってるんだな。
「それじゃ今度私のBBブルーとどっちが釣れるか勝負しましょうよー」
BBブルー? なんだかわからないが明石は自信があるようだ。
「BBブルーはアカンて~。魚クン達がかわいそ過ぎや。下手したら頭だけもぎ取ってくるやろ」
「いやいや、あれから更に改善したんですよ。動きも良くなりましたし」
「ん~、まぁ勝負するのはええけど~」
「天龍ちゃんも釣りしたいの~?」
龍田が定食風のペーストを持って隣の席にやってきた。
「俺が釣り? 向いてないだろ」
「だよねぇ~」
その後話題は酒保で扱っているものの話になり、俺は耳栓は扱っていないのかと尋ねた。どうやら扱ってはいるらしい。なら寝る時それを使えばいいじゃないかと龍驤に言ったら、睡眠時の耳栓の使用は禁じられてんねん、とのこと。緊急事態に備えて聴覚は遮断しないように、ってことだな。だからって律儀に守らないでもいいだろ? とこれは言ってはいないが、たぶん俺の顔にそう書いてあったんだろう。龍驤はそれを読み取ってこう言った。
「バレなきゃええねんけど、アカンねん。木曾ちゃんは全てお見通しや」
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食事を終えた頃、俺は舎内放送で木曾に呼び出された。
提督執務室に入ると、木曾は窓際に立ち海の方を眺めていた。雲一つない青空の下には、水平線が何処までも遠く伸びている。改めて、ここが孤島なのだということを思い知らされるな。
「適当に掛けてくれ」
「おう」
俺は近くにあった長椅子に座った。一間あって、木曾提督は執務机へと移動していく。そういえば古鷹はいないみたいだ。
「どうだ、この鎮守府の奴等は?」
尋ねつつ、十数枚の書類と万年筆を持って俺の方に近づいてくる。
「なんつーか、変わった奴が多い」
「ふっ、そうだな」
木曾は俺の前の長机に書類と万年筆を置くと、向かい側の長椅子にどっしりと腰を下ろした。
「ここに所属するにあたっての書類だ。いくつか署名してもらう場所がある。よぉく読んで、漏れなく署名してくれ」
「おう」
俺は万年筆を掴み、書類をそばへ寄せた。八枚ある。文字も案外多いな。ざっと読みゃあいいか。
「よぉく読めよ」
「ああってるって」
くっ、まるで心を見透かされてるみたいだ。
木曾が机の端の湯呑とポットに手を伸ばし、二人分の茶を入れていく。
「……しかしな、おまえもなかなか人のことは言えないぜ」
言いつつ、片方の湯呑を俺の側に置いた。
「何の話だよ?」
書類に目を向けたまま俺は聞き返した。
「ほら、ここの奴は変わった奴が多いと言っただろ?」
「ああ……俺は普通だろ」
「いーや、変わってるね。無断出撃を繰り返してそこまで練度を上げた奴なんてのは、おまえの他に見たことも聞いたこともない」
無断出撃のこと知ってんのか。まぁ、素行やらの資料は届いてるって言ってたしな。
「遠征が退屈だっただけだ。俺は戦闘向きだからな」
「戦闘好きの間違いじゃないのか?」
「……提督、今のは少々聞き捨てならねぇ気がするんだが、もしかして冗談か?」
俺は尋ね、顔を上げた。木曾は茶を飲みながら外を眺めている。
「冗談は言わないと言っただろ? 俺は嘘も苦手だしな」
眼帯を付けている側がこちらに向いていて、表情が読めねぇ。こいつは喧嘩を売ってるのか?
「なら、いっそハッキリ言ったらどうだろうな」
普段ならカッとなってふざけるなと怒鳴りつけるところだが、木曾の読めない表情が俺にそうはさせなかった。
「そうだな……よし、俺が質問をするまで、口を開くな」
「……おう」
木曾が俺の方を向き、真面目な顔でまっすぐ俺を見る。ますます考えがわからねぇ。
「いいか、おまえの基本的な性能というのは、ポンコツだ」
「ハッキリ過ぎないか?」
「いいから聞け。基本的な性能は最悪で、水上機も積めねぇ。これは事実だ。明らかな、な。しかしおまえは無断出撃という援護もない状況で、そこまで練度を上げてきた。どうしてそんなことができたと思う?」
「……そりゃあ、性能が良かったからだぜ」
「違うな。そこの認識を改めてもらいたい」
なんだ偉そうに。
「運が良かっただけだとでも言いたいのか?」
「それも違う。奴等との戦いは運だけあればなんとかなるほど甘かぁない。天龍、おまえには戦闘の才能があるんだよ」
なんだ? 急に褒めてきたぞ。
「褒めてるわけじゃあないからな」
ぐぬっ。
「おまえは今まで、自分の性能を信じて戦ってきただろう?」
「……かもな」
「これからは、性能じゃなくて才能を信じて戦え」
「才能ねぇ」
「そうだ。自分の持つカードを正確に理解しろ。才能を活かせる局面では前に出ろ。性能に左右される局面では引け。おまえはおまえの長所を生かせる局面でだけ踏ん張ればいい。あとは仲間に任せろ」
「う~ん、提督さんよぉ~。俺の辞書には引くってのはないんだよなぁ」
「今まではな。たった今、おまえの辞書に引くという単語を書き込んでやった。加えて、これは提督命令だ」
「……ああったよ。口うるさい提督さんだぜ」
「口しか出せないもんでな」
そう言って、木曾が両膝をポンと叩く。すると……両脚が落ちた。
「……義足か?」
「そうだ。艦娘の身体というのは特殊でな、これは明石の特注だが、どんなに優れた義足をつけても本物の脚を失えば、もう海には立てねぇ。海に出られない艦娘。俺はポンコツどころかガラクタってわけだ」
「……」
何か言い返してやろうという気が、一気に失せちまった。
「で、どうだ? そろそろ察しはついてきたか? ここがどういう所か」
尋ねながら木曾は自分の脚を拾った。
「……ちょっと、目の前の状況がショック過ぎて頭が働かねぇよ」
「ははは、正直だな」
何かツボだったのか、木曾は含みのない笑いを漏らした。若干笑いの余韻を残した表情をしつつ、右脚を右膝にはめ、左脚を左膝にはめていく。
「この鎮守府に配属される艦娘はな、基本的に、一度解体が決まった艦娘だ。おまえもだぞ、天龍。無断出撃や命令無視をし過ぎた。提督を半殺しにしたのが決定打だろうな。しかし艦娘は提督の所有物ではなく、人類軍の所有物だ。指揮権を含む多くの権限は提督にあるが、最終的な解体権限は提督にはない。つまり……提督は解体すべしと判断したものの、上層部によって解体が却下された艦娘、そいつらがここへ送られる」
「……ふ~ん」
「一度解体が決まったと聞いて気を落としたか?」
「別に。覚悟はしてたからな。それに上層部は俺の実力を評価したってことだろ?」
「そうだ。どんな問題児だろうと、おまえの戦力は必要だと判断された。だから無茶はするな。しかし敵は必ず沈めろ。それがこの鎮守府での第一のルールだ」
「矛盾してるように聞こえるけどな」
「だがそれが可能な練度だと判断されたということだ」
「……了解だ。まぁなんだ、才能云々言われたのは初めてだから、頭の隅には置いておくよ。で、いつ出撃させてくれるんだ?」
「今夜だ」
!
「……いいぜ」
「少し急だと思ったか?」
「いいや、遅いくらいだな」
「ふっ」
「なんだよ?」
「嘘が下手な奴だ」
「……」
それから俺は木曾に言われたとおり、書類によぉく目を通して署名した。第一のルールについては書かれていなかったが、貯蔵施設及び貯蔵施設に接する島内外エリアへの侵入の禁止と、鎮守府内での人間との接触の禁止、貯蔵施設関係者及び有人船舶乗組員との接触の禁止は明記されていた。理由を木曾に尋ねたところ、情報の漏えいを防ぐ為、だとか。仲間同士で必要ないだろと思ったんだが、木曾は赤城の存在を例に挙げた。なんでも赤城に関してだけは、表向きには異動ではなく解体ということになっているらしい。なるほどな。で、あと他にも細々と禁止事項や各種手続き手順が書かれていた。睡眠時における耳栓の使用の禁止だとか、出撃時以外に私用で島を出る際の手続き手順だとか。全て終わった頃、気が付けば一時間程が経過していた。
「はいよ。全部読んだぜ。よぉくな」
俺はそう言って書類とペンを滑らせた。
「そうか。なら、これで正式にここの所属だ。もう質問はないな?」
「ああ、ねぇよ。とりあえずはな」
「じゃあ退室して良し。出撃に備えて良く体を休めておけ」
「へいへい」
長椅子から立ち上がると、少し身体が軋む気がした。慣れない寝床だ、こんなこともあるさ。俺は扉に手を掛けつつ木曾に軽い挨拶をし、提督執務室を出た。
第4話あとがきです。
源外さん、じゃなかった、明石さんは何かとお醤油が出るようにしたがるキャラです。まぁ海だから、お醤油さえあればだいたい美味しく海の幸いただけるよね。はい、銀魂パロです。あのネタ好きやねん。
どうでもよいことなのですが、BBブルーの名称の由来は映画「フォレストガンプ」から来ています。ババ・ブルーもしくはベンジャミン・ビュフォード・ブルー。アメリカ陸軍時代のガンプの親友で、戦争が終わったら一緒にエビ漁をしようと約束しました。
さて次回、ようやく出撃です。戦いの海で、ついに一番の問題児が暴れ出す!かっこいい天龍ちゃんの活躍にご期待ください。また一週間以内に。基本水曜土曜投稿にしようかと。分かりませんけど。