「さて、ざっとおさらいしておくか」
木曾が腕を組み、その隣で古鷹が海図を広げた。俺達第二艦隊は出撃位置に付き、着水面から電探まで、艤装の調子を確認しつつ木曾の言葉に耳を傾ける。
「いつも通りだが、改めて言っておく。俺達の任務はこの島に近づこうとした敵艦、及び接近する可能性のある敵艦を沈めることだ。追い払うことじゃないからな。今回の敵も全艦必ず沈めろ」
いつも使ってるのと同じ艤装だ。どれも問題ない。身体が馴染むのを感じる。
「さて、先ほども説明した通り、三日前から敵輸送艦隊に不審な動きが見られる。進路はこちらから大きく逸れているが、徐々に進路線の距離が近づいている。三日間とも空母一隻と潜水二隻を含む編成だ。よって、交戦は日の出と共に行う。交戦地点をポイントDとし、まずは奴等がポイントDに差し掛かる前にその先のポイントEへ辿り着き待機しろ。奴等にはこちらの拠点の方向さえ教えるつもりはない。万が一奴等の方が先にポイントDを通過しそうな場合、ポイントDで鉢合わせそうな場合もそうだが、一旦見過ごし、低速の隼鷹を置いて後方から全速力で攻めろ。多少深追いになっても奴等がポイントGを越えるまでは諦めるな。おい、聞いてるのか、天龍」
俺の愛刀、斬波刀の調子も見てやらなくちゃあな。うんうん、今日も戦を求めてるぜ。
「おい」
「聞いてるよ。それよりいいのか? 一人酔っ払いが混じってるぜ?」
俺はそう言って隼鷹を親指で指した。隼鷹の身体はゆらゆらと揺れ、完全に酔っている。つーか手にダルマ握ってるぞ。
「隼鷹、こっちを見ろ」
木曾が三本の指を立て、隼鷹に見せる。
「何本だ?」
「三本……かなぁ」
「よし」
「いやいや、かなぁって言ったぞかなぁって」
「いつも通りだ、そう心配するな」
「そうそう天龍ちゃん。今日の海で死人は出ないぜ。心配しなさんらって」
「いや心配するだろ」
「ええんよ隼鷹はそれで」
一服始めた龍驤が口を挟む。なんだあれ、煙が緑色だ。
「いいっておまえ」
「海の上でシラフになったらやな、それこそこのあほぉは使い物にならんくなるで」
「そ……うなのか?」
「まぁ、そういうことだ」
「そういうことそういうこと~」
大丈夫かよ。
「じゃ、サクッと行ってこい。出撃」
「ふぉー!」
隼鷹が飛び出した。
「お、おい」
「もたもたしてたら置いてくで~」
龍驤が白波を立てていく。
「早く目標地点まで移動してお茶にしましょう」
「鈴谷お菓子用意しましたー!」
熊野と鈴谷が続いていく。
「……勝手な奴等だな」
「天龍ちゃんが言うんだ~」
龍田がにこにこして俺の方を見る。
「おら、出撃だぞ。行ってこい」
「あいよ」
なんだか調子を狂わされたが、まぁいいさ。俺は出撃ドックの外、夜の闇だけ見据え、水を蹴り、一気に海へ出た。
.
闇に水平線が浮かび上がる。今日の海は穏やかだ。日が出れば、足元の下までよく見えるようになるだろう。絶好の潜水駆逐日和ってやつだぜ。
「今日はアールグレイにしましたの。早朝の空気にはベルガモットの香りが合いますでしょう?」
ポイントEに到着した俺達は脚を休め、作戦通り海上待機していた。
「それとクッキーねー。和むわ~。龍田ぁもう一枚いかが?」
「ありがと~、いただくね~」
熊野と鈴谷と龍田はすっかり遠足気分だ。鉄製のマグカップで紅茶を啜りながらクッキーを食べている。ちょっと緊張感が足りなさ過ぎるんじゃないか? 相変わらず酒煽ってる奴よりはマシだけどよ。
「天龍さん、本当に紅茶はよろしくて?」
「いらねぇよ」
「天龍ちゃん、クッキーだけじゃお口の中ぱさぱさなんじゃないの~?」
「大丈夫!」
「来るで」
偵察機を出していた龍驤が振り返り言った。龍驤は今も煙草を咥え、緑色の煙を燻らせている。
「ポイントD通過まであと十五分ってとこやな」
「そうか。よし、さっさと片付けて向かうぞ。敵編成は?」
「敵編成は、空母一、潜水二、重巡一、駆逐一、戦艦一や」
「戦艦もいるのかよ」
「言うてもル級や。雑魚やろ。あーいや、ちょい待ち」
龍驤が煙草を深く吸い、目を閉じ、ふーっと後方へ傾く。
「ぉ、おい?」
「せっかちあいくないぜぇ~」
酔いどれ隼鷹が何か言いながら、おもむろに右手を広げ、勅令玉を出現させた。ダルマウィスキーを握ったままの手で雑に巻状甲板を引き出し、端を咥えて首を振り、豪快に広げる。展開された巻状甲板はおのずと宙に浮き、隼鷹の服の内側からは何枚もの切紙人形がフラフラと飛び出してきた。
「おい、攻撃はまだだ!」
「そいつに言ってやりなさいなぁ」
隼鷹が顎で龍驤を指すのでそちらを見ると、龍驤はカッと目を開き頭を震わせていた。
「おおい!? 大丈夫か!」
「そこやあああ!!」
龍驤が叫び声と共に左耳を押さえ、足元の水面を殴りつけた。ビシュッ! っと龍驤の鼻から血が噴き出す。
「な、おい!?」
何だ、何してるんだこいつは、何したんだこいつは? 唖然として龍驤を見下ろしていると、龍驤が俺を見返した。
「あはっ!」
「……あ、あ?」
龍驤が立ち上がり、手の甲で鼻血を拭いて俺の肩に手を置く。
「訂正や天龍ちゃん」
「ちゃん?」
至近距離で俺を見上げる龍驤の目は、なんつうか普通じゃない。けどなんだ、この目、どこかで見た覚えがある。
「敵は潜水二、重巡一、戦艦一、中破の空母一や。駆逐は沈めたったわ」
「攻撃したのか? まだ攻撃すんなよ!」
「キミなぁ、うちらなんでこんな朝はようからこんなとこ来とんねん」
「は? そりゃ敵空母が艦戦を……」
「せや! 水平線はもう出た! 向こうが艦戦飛ばすんも時間の問題だったわけや。せやから先手打たしてもろたいうわけやで」
「……なるほど」
「騙されんなよ天龍ぅ」
隼鷹が近づいてくる。あれ? もう艦戦飛ばしたのか? 甲板巻物が閉じられている。
「こいつはハッパ吸ってハイになってヒャッハーしちまっただけだぜぇ」
「なわけあるかい!」
龍驤は噛みつくように隼鷹を怒鳴り、頭突きでもされるのかと思うような勢いで再び俺の方を向いた。
「アンコウはうちらより光の認識がのろいんや、戦艦おるやろ、進行遅れとんねん、今が予定してた開戦時刻や」
「いやでも、勝手に攻撃すんなよ」
「アホか! ここは日が死の海上や! お天道様が顔を出したら、ブーーン! 水平線と地平線の隙間をジガバチの大群がアイデンテテーの暴走をもたらす! 撃ちてし止まん愛国行進曲の神風が、ゲートルに重水素トリチウムの拍車をかけるんや!」
「完全にラリってんじゃねぇか」
「それがなんや!」
「時間が惜しいですわっ!」
熊野が跳ねるように龍驤の後ろを過ぎていく。
「ぁおい、待てよっ」
「熊野ってばもう待ちきれないみたーい!」
続く鈴谷。こいつらほんと自分勝手だな。
「ウチらも行くで天ちゃん! 伝令管が響かす絶叫の雨音が、タミクレの咆哮となってウチらに栄光の第三惑星を守れとすがりついとるわ! オーガに続けぇええ!」
龍驤がハンドルの壊れた車のように海を斬っていく。って隼鷹ももう遠くにいるぞ。
「……龍田、ちょっとだけどな、不安になってきたぜ、旗艦としてやっていけるか」
「わたし以外だぁ~れも天龍ちゃんのこと旗艦と思ってないからね~」
「え」
「さ、行きましょ~? 獲物がなくなっちゃう」
龍田が俺の手を引く。俺は複雑な心境の中、戦場へと向かった。
.
「隼鷹、どうだ?」
俺と龍田の後方を走る隼鷹に尋ねる。聞けば、さっき隼鷹が飛ばしたのは攻撃機ではなく龍驤の代わりの偵察機だったらしい。
「深海の奴等ぁ、まるで見当違いの方向を警戒してやがるぜ。ラリっ子ちゃんもた~だ攻撃しただけじゃなかったみたいねぇ~」
「運が良かっただけなんじゃねぇか?」
「かもねぇ。ん、もうすぐ見えてくるぜ」
「そうか」
ここでの初陣、ちょっと前までは多少突っ走ってやるつもりだったが、その考えは取り止めにした。今、俺の先には龍驤、鈴谷、熊野がいる。いつもは俺がいる位置だ。勝手な先行ってのはこんなにも迷惑だったのか。
「龍驤、熊野、鈴谷! あんま先行すんな!」
「戦場が、闘争が、このわたくしを呼んでおりますわ!」
「ごめんね天龍、熊野もう戦うことしか頭にないみたい!」
熊野がさらに加速し、鈴谷がそれを追っていく。陸じゃ熊野がお守り役で海じゃ鈴谷がお守り役か。今欲しいのはお守り役じゃなくて重り役なんだけどな!
「見えてきたでー!」
龍驤が叫ぶ。同時に、水平線上に敵艦隊の姿が浮かんだ。黒い、海の侵略者達。さっきの龍驤の報告通り、敵は戦艦一、重巡一、中破の空母一。潜水艦二隻は海中だろう。
「隼鷹、爆撃機を出してくれ」
「もう出してるよ~。向こうがこっちに気付く直前で落としてやるさぁ」
「それでいい。俺と龍田は潜水優先な」
「共同作業ねぇ~」
「龍驤、おまえは中破の空母を逃がすな!」
「うちが逃げるわけないやろ!」
「おまえじゃない!」
「ほらほらカウント行くぜぇ! 三、二、一」
「おいちょっと早いぞ!」
隼鷹が親指を下に向ける。
「死の海へようこそ」
前方敵影上空の爆撃機から爆弾が投下される。
「早いって!」
一間あり、前方海上に煙が上がった。
「じゅ~じゅんちゅうは~」
「う、よしっ」
「戦艦こっち見たで~!」
黒く霞む海上で、戦艦野郎が俺達の方向に気が付いた。人の形をしてはいるが、あの黒い装甲と砲塔を纏った亡霊のように白い肌をしたやつらは、俺達人類の絶対的な敵だ。
「一握りで黙らせてやりますわぁ!」
熊野が腕を回し、連装砲を敵群に向け足を止めずに威嚇射撃を行う。
「無駄撃ちすんな!」
「そもそも無駄なのですわ!」
「はあ!?」
敵戦艦が黄色い光を帯び始めた。
「来るぞ! 潜水に警戒しつつ戦艦砲撃を回避!」
「はぁ~い」
「ラジャー!」
「ですわ!」
「時が止まって見える!」
「これは当たらないねぇ~」
敵戦艦砲塔が火を噴く。
「避けろ!」
砲弾が海を斬り真っ直ぐ向かってくる。照準は俺か!
「舐めんなよ!」
俺は斬波刀を抜き、砲弾を避けつつそれを真っ二つにしてやった! 真っ二つになった砲弾が俺の後方で爆発する!
「ヒュー!」
「やるやん」
感心する隼鷹と龍驤。だが、俺の斬波刀の真価はこれじゃない。流れのまま、俺は斬波刀を海面に突き刺した。過ぎ行く海面越しに、海中の奴等の気配が伝わってくる!
「鈴谷龍驤! 進路を逸らせ! 潜水が狙ってるぞ!」
「マジで!?」
「うわほんまや!」
二人が進路を逸らすと、数秒後後方海上に敵魚雷が飛び出した。
「よし! 進路を東方へ! 敵との距離を維持! 反時計回りに一気に叩くぞ!」
「あいよー!」
隼鷹と龍驤が巻状甲板を広げ、熊野と鈴谷は連装砲を、俺と龍田は爆雷を構える。
「撃てえ!!」
俺の声を合図に一斉射撃が開始された。鈴谷と熊野の砲弾が海面を打ち、派手に水飛沫を上げる。戦艦に当たったが浅い。俺と龍田の爆雷が敵潜水艦一隻を吹き飛ばし、敵艦隊に汚れた雨を撒き散らす。と敵重巡の砲弾が飛んできた。砲弾は俺と龍田の間を抜け空を斬っていく。龍驤の艦攻が為すすべのない空母を沈める。隼鷹の艦爆が戦艦に攻撃を命中させるが、ダメだ、これも浅い。
「カッて~」
「鈴谷!」
熊野が何やら手で合図を送る。
「オッケー!」
鈴谷が敵上空を撃ち、次いで敵の視線を誘導するように右方を撃ちつつ加速していく。何すんだ? あれ、熊野は? その時、何かが海面を滑るように敵艦隊へ向かっていくのが見えた。何か、いや、熊野だ。熊野が超低姿勢で海面ギリギリを影のように走っていく。どうやってんだあれ? つかおい、どこまで敵に近づいて
「うおっ!?」
身体が海中に引きずり込まれた! くそ! 泡が視界を塞ぐ。潜水か!? 左足が掴まれてる。ふざけやがって!
「放セ!」
俺は右足で奴の頭を蹴りつけようとした、が届かない! 海中に広がる黒い髪の間で黄色い目が不気味に光っている。身体が更に引きずり込まれていく。なんだこいつ! 俺は斬波刀を抜き、逆手に持ち、身を捩って奴の肩に切っ先を突き刺した。
「ウッ、ナニッ」
クソ、浅ぇ! 奴の背と同化した無機質で巨大なもう一つの頭の口が開き、凶悪な光を灯す。まずい。俺は膝を曲げ、自ら潜るように動こうとした。しかしその直前、頭の横を鋭い刃が過ぎる。次の瞬間、潜水の奴の顔には深々と薙刀が突き刺さっていた。奴の口から、目から、光が消える。俺は薙刀を引き抜き、奴を脚で蹴り押し、深い水底へと沈めた。
「サンキュータツ……」
言いながら上を見上げると、は? 水面がやたら遠い。どんだけ引きずり込まれたんだ。急いで浮上する。
「天龍ちゃん大丈夫ぅ~?」
海から顔を出すと、龍田が手を差し出した。
「助かったぜ龍田」
龍田の手を取り、海上に立つ。
「油断し過ぎだよぉ? お持ち帰りされちゃうかと思ったわぁ~」
「あーいや、あんだけ殺意消してこられるとな。それより熊野は」
龍田に薙刀を渡し、敵戦艦、重巡の方を見ると、今までで一番信じられない光景が目に入った。熊野が、首の伸びた敵重巡の頭を両手で掴み、振り回し、敵戦艦に叩きつけている。敵戦艦は熊野の猛攻を両腕で必死に防いでいるが、既に首がおかしな方向へ捻じ曲がっている。
「ふん! ふん! なかなか良いサンドバッグですわね! 鎮守府に一ついただきたいです、わ!」
熊野が一際大きく体を捻じり、すると、敵重巡の身体が首を残して千切れ飛んだ。
「あら」
青い血を浴びながらも、熊野はすまし顔で残った頭を投げ捨てる。
「鈴谷」
「はいはーい」
鈴谷が中距離から連装砲を撃ち、敵戦艦の脚を狙撃する。敵戦艦がバランスを崩したその瞬間、熊野は敵戦艦の胸に砲弾のような拳を撃ち込んだ。豪快な水飛沫と共に敵戦艦の体が海面に打ち付けられ、熊野がそこに馬乗りになる。
「おうばぁきる、それは今時のレディの嗜みの一つでもありますわ」
そう言って、熊野は敵戦艦の顔を殴りつけた。
「もう二度と」
さらに殴りつける。
「蘇ることの無いよう」
敵戦艦は沈む頭を引き上げられ、さらに殴り潰される。
「きっちり」
四回、五回、六回。熊野の拳が青い血に染まっていく。
「葬って差し上げますわ」
七回、八回、九回。
「おいおい、やり過ぎだろ」
俺は思わず呟いた。既に観戦姿勢になっていた龍驤がバイザーの向きを直し、俺の方を向く。
「せやなぁ。ほんまおっかないでぇ、戦闘中のオーガは」
言いながら、煙草を取り出す。
「いつもああなのか?」
「あーだよー、いつも」
背後から隼鷹が寄ってきた。手にダルマを握っている。
「たまにいるのさぁ、戦場にはね。ああいう、暴力に魅入られちまった奴が」
暴力に……。
「……止めるべきか?」
「やめとき」「やめとけ」
龍驤と隼鷹が声を合わせて言った。
「そうだよ天龍ちゃん。遊びの邪魔しちゃいけないわぁ~。ほら、天龍ちゃんの好きなバニラ味の煙草」
龍田が煙草のケースを差し出す。
「……うん」
俺は煙草を一本抜き、口に咥えた。龍田がライターを灯し、そこから火を貰う。俺達四人はしばし、熊野の狂気を眺めていた。
第5話あとがきです。
はい、まともな艦娘はいません。戦場だもん、仕方ないネ。それはそうと、少し補足を。深海棲艦の再生能力ですが、個体差がある設定となっております。まったく再生しない個体もいれば、数日後再生して再浮上する個体も。だから熊野ちゃんのオーバーキルも理には適っているのです。
あと隼鷹さんが握っていたダルマというのはウィスキーのサントリーオールドのこと。
さて次回、天龍ちゃんは鎮守府を探索中、大変なものを見つけてしまいます。天龍ちゃんの運命やいかに。ではまた水曜日辺りに。