この鎮守府の構造は妙だ。二階へ上がる階段はずいぶんと通路奥手側にあるし、そもそも何階まであるのかもはっきりしねぇ。普通階層や広さなんかは外観からおおよそ見当がつくもんだが、この鎮守府には一階にしか窓がなく、半分は山に埋もれるような形で建設されている。五階まではないだろうが、三階までか四階までかよくわからない。通路も入り組んでいる。初め正面から見た時には小さいと感じたが、実際には決して小さくはなかった。初日に一通り見て回った気になっていたが、あれも改めて考えてみると一階部分だけだ。けど主要施設と思えるものは全て一階に揃っていた。だったら二階以上は何なんだよと。で、俺は今懐中電灯を手に、明かり一つない鎮守府二階を探索している。しかし。
「なぁんにもねぇな」
二階も大方見て回ったが、どの部屋もすっからかんだ。コンクリートに覆われた同じような部屋がいくつもあるだけで、明かりもなく、現在使われている気配はまるでない。
「なんかに使えばいいのに」
二階も奥の方まで進んだところで、三階へ上がる階段を見つけた。三階にいたら、緊急時出撃ドックまで行くのに無駄に時間がかかっちまうな。鎮守府向きの造りじゃないぜ。だから一階に全施設が集中してるのか。
三階に上がると、いや、何かあるんじゃあないかと期待したが、同じだ。二階と同じ。暗闇に包まれ、何もない部屋が入り組んだ廊下に沿って並んでいるだけ。そして、廊下の行き止まりに辿り着いた。
「三階までか」
つまらねぇし戻ろう、と身体を翻した時、どこからか風が、俺の髪を撫でていった。窓がないのに風は、おかしい。目を閉じ、意識を集中してみる。風を待つ。
「……」
来た。背後からだ。といっても、背後には行き止まりの壁しかない。俺は再度行き止まりを照らし、目を凝らした。しかし、特に、おかしな点はない。ただ……来てる。風は確かに、この壁から。俺は手を伸ばし、壁に触れた。冷たい壁をなぞり、探る。すると、壁の中心からやや右にずれた地点がゴトッ、と音を立て、沈んだ。次いでカチッという音がする。やっぱり。秘密の扉だ!
「おぉ」
壁を押すと、わずかだが壁全体が扉のように動いた。さらに力を入れ、押し開く。とりあえず通れるようにはなったところで、俺は懐中電灯で扉の奥を照らした。
「まだ上があんのか」
扉の奥にはさらに上へと続く階段があった。扉を揺らし、勝手に閉まらないか確かめる……大丈夫そうだ。俺は扉の先へ進み、懐中電灯の明かりを頼りに階段を昇り始めた。暗い階段通路は螺旋状に伸び、先が見えない。上へ、上へ、進んでいく。上へ、上へ……。
長い。どこまで上に続いてるんだ? 感覚だが、もう四階分くらいは上がってきた気がする。
「お」
更に上がったところで、ようやく扉に辿り着いた。扉はわずかに開いている。微かに光も漏れている。俺はそっと扉を開け、中を照らした。
「なんだあれ」
広い空間の中心に何かある。機械。何かの装置か? 部屋の向かって左側の壁、いやシャッターか、それがわずかに開いていて、うっすらとその装置を浮かび上がらせていた。近づき、懐中電灯で全体を照らしてみる。戦艦砲か? 大きさは5メートルほど。艦娘用兵装ならとてつもなくでかい。正面はシャッターの方向だな。俺は機械の正面へ移動し、再度懐中電灯で照らしてみた。
「……なんだよ、これ」
俺が照らし、見上げた先、そこには人の姿があった。艦娘だ。いや、それだけなら別に驚くことじゃあねぇんだけど、そいつは頭と胴しかなく、身体に偽装が固定されているのではなく、巨大な艤装に身体が固定されていた。
「生きてるのか……?」
近づき、顔を覗き込んでみる。そいつの目は見開かれ、後頭部にはでかいコネクタが接続されていた。頭だけじゃない。背中や肩にもコネクタは接続されている。他に、液体が流れるチューブもいくつも繋がれている。
「そこで何をしてる!!」
「わあ!」
突然の声に俺は一瞬驚き、少し、よろけた。懐中電灯の明かりが俺を照らす。
「い、いや、俺は、ちょっと探索を」
パチッ、と音が鳴り、部屋の明かりがつく。そこには、木曾が立っていた。
「見たな?」
「いや、別に見ようと思って見たわけじゃ」
「おまえ見たな!!」
木曾が俺を睨みつけ、肩を怒らせて近づいてくる。
「別に鎮守府内をうろついちゃいけないなんて規則はなかっただろ!?」
「それがおまえの言い訳か!」
木曾が俺の肩を力強く掴む。その手には、雑巾が握られていた。
「取れ」
「は?」
「雑巾を取れ!」
「……」
押し付けられた雑巾を取る。
「それでいい」
木曾が部屋の反対側へ行き……そこにあったバケツに、近くの蛇口から水を汲んでいく。なんなんだこれ、謝った方がいいのか? なんで謝んなきゃなんねえんだよ。バケツを水で満たした木曾が戻ってくる。
「提督、勝手にキレられても困るぜ」
「あ?」
「見られて困るもんがあるんなら、あらかじめ注意でもしろよ。三階には行くなとか、むやみに鎮守府内をうろつくなとか」
木曾がバケツを置き、その中にもう一枚持ってきていたらしい雑巾を放り込む。
「……ああ、びっくりしたか?」
「え? いや、そりゃ、まあ」
「そうか。まぁ普通、びっくりするか」
木曾はそう言うとバケツから雑巾を引き上げ、水を絞った。
「手伝ってくれ。こいつの埃を落としてやるんだ」
「……お、おう」
木曾が巨大な艤装を雑巾で拭き始め、俺もそれに倣い、雑巾を水に浸し、絞って艤装を拭いていく。
「もし少しでもオイル漏れがあったら報告してくれ」
「わかった」
なんだ? 別に怒ってはいないのか?
「……凄いだろ。こいつはうちの最終兵器だ」
艤装を拭きつつ、木曾は誇らしげに言う。
「確かに凄い、けど……生きてるのか?」
俺はそう言って、最終兵器の見開かれた眼を見た。
「死んではいない。植物状態だな。補助装置を付けることで兵器の核としては機能する。おまえが万が一へまをした場合に、最悪のパターンだが、敵がこの鎮守府を発見し接近してきた場合、こいつは近海まで来たそいつらを自動探知し、一撃必殺の自動砲撃をお見舞いする。流石に敵戦闘機を打ち落とすことまではできないが、こちらの拠点を必ず落とそうという場合、これまでの戦いの情報を見るに、奴等は戦闘機だけを送り込むというようなことはまずしない。必ず母艦を連れてくる。そして母艦がある場合に戦闘機が発艦される距離は、こいつの射程内だ。それぐらいこいつの射程は長いのさ。俺達の最終兵器にして、最後の砦ってわけだ」
木曾提督は饒舌に話す。何だよ怒ってないのかよ。なんだったんだよさっきのは。
「名前はなんていうんだ?」
「ん? ああ、言ってなかったか。武蔵だよ」
「……は?」
武蔵? 聞き間違いだよな。
「武蔵。名前くらい聞いたことあるだろ?」
「聞いたことあるもなにも、伝説的存在じゃねぇか。知らない奴なんていない。けど、超大型深海棲艦との戦いの後、行方不明になったって」
「伝説的戦士としての記憶のまま、歴史に残したかったんだろう。この姿を見て誰が勇気を奮い立たされる? ないぜ。せいぜい中途半端に死なないようにしようと思うくらいだ。けどな、それは何も知らないやつの考えってやつだよ。意志を失ってなお、兵器として有り続ける。それも最強の兵器として。これは兵器として生み出された俺達にとって最も名誉なことさ。誰だってこの武蔵のようになれるわけじゃあない。俺じゃこいつに繋げられたところで、敵艦の自動探知くらいしかできないだろうからな」
「……そうなのか」
「手止まってるぞ」
「あ、ああ」
いつの間にか艤装を拭く手が止まっていた。再開する。
「……提督さん、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんつーか……これは武蔵が望んだ処遇なのか?」
「ふむ……おまえが言いたいことはわかる。もちろん、艦娘にも人間的倫理は適用される。が、同時に艦娘はあくまで兵器なのさ。多少でも兵器として機能する限り、兵器として運用される。武蔵は超大型深海棲艦に対して完全なる勝利を遂げた、という大本営による発表は、武蔵がどうなったのかを除けばという話さ。事実は今目の前にある通り。三十三年前、武蔵は超大型深海棲艦を撃破するも、意識不明の重体に陥った。ただ呼吸はあり、回復の可能性もゼロではない。そしてなにより、巨大な艤装を動かせるほどの艦娘としての機能は失われていなかった。故に、武蔵はより兵器らしい姿に改造された。それだけのことだ」
「……そうだな。そうなんだろうな」
「ああ」
艦娘は兵器。あくまで兵器。これは俺自身が、いつも自分で言っていることでもある。けど、実際に非生物化された武蔵を見ると、何か違和感を覚える。武蔵の魂は納得しているのだろうか。
「そうだ、天龍。この場所のこと、武蔵のことは、口外しないように。極秘事項だからな」
「……わかった。龍田や龍驤達も知らないのか?」
「いや、全員知ってる」
「……じゃあなんでさっき怒鳴ったんだよ」
「ここを自力で発見したのはおまえが初めてだ。主人公が所属する組織の秘密を偶然知ってしまい、窮地に立たされる。そんなシチュエーションを、一度やってみたかったんだが、なかなか機会がなかった」
「は? なんだよそれ」
何言ってるんだ?
「戦争が終わったらな、俺は役者になりたい。おまえは何か考えてるか? 深海との戦いが終わったら、どうするか」
「……いや、考えたこともないな」
「戦争が終わるとすら考えたことないんじゃないか?」
「……何が言いたいんだよ」
「天龍、これは単なる俺の妄想なんだけどな。艦娘全体に広がっている病気、あるいは暗示か催眠か。要するに、ほとんどの者がこの戦争の終わりを想像していないんだ。この戦争が永遠に続くものだと、無意識にそう感じている。長引き過ぎた戦いのせいか、それとも別に何か原因があるのか、それはわからねぇが……まぁ試しに、寝る前にでも考えてみろ、戦争が終わったら何をするか。バイクで日本一周とか、格闘ゲームで世界一位を狙うとか、なんだっていい。俺達には明確な目的意識が必要だ。この戦争を終わらすという。でなけりゃこの戦争、いつかは負ける」
「そういうものか」
「そう。まぁ、今はしっくりこないだろうがな。いずれわかるさ。生きてりゃな」
木曾はそう言うと一旦雑巾をバケツの水に浸け、軽くゆすいだ。なんつーか……やりにくい。なんなんだこれ。今まで使ってなかった脳の部分を矢継ぎ早に刺激されてる気分だ。処理が追い付かねぇ。
「ついでに伝えておこう。天龍、本日一八○○時に食堂へ来るように。早すぎても遅すぎてもダメだ。ちょうどの時間に来い。いいな?」
「いいけど、なんかあんのか?」
「理由は聞くな。来れば分かる」
「……了解だ、提督さん」
「よし。後部側も磨くぞ」
「あいよ」
その後しばらく、俺は武蔵のメンテナンスに付き合わされた。木曾提督は、よく喋る。
.
水平線に陽が沈みかけている。俺は桟橋の縁に腰かけ、時間を潰していた。時折船の音が遠く聴こえるが、姿を見ることはない。全て、島の反対側からの音……別に、ルールを守ろうとか、木曾が怖いとか、そういう訳ではなかったんだが、更に言えば、島の反対側が気になってすらいるのに、何故か俺は、島の裏側へは行こうとしないでいた。何故か……波の音が、最近、違って聴こえる。この音に……以前から、懐かしさはあった。今もそれはある。ただ、それだけじゃなく、脚に纏わりつく蔦のような、何か……。
「天龍ちゃん」
声に振り返ると、龍田が立っていた。ゆっくりとステップを踏むようにやってきて、俺の隣に腰かける。龍田はそのまま、遠く海を見つめ、絹のような髪が風に揺れた。
「もう時間か?」
「うん、あと、十分くらい」
「そうか」
龍田は海を見つめたまま、投げ出した足を揺らす。
「ホームシック?」
「……いや、ただ海を眺めてただけだ。そもそも、俺達に家なんてないだろ。まして前の鎮守府なんざ」
「違うよぉ。海にってこと」
「……海?」
「そう。言うでしょ? 海は生命の源。わたし達の場合、戦場でもあるけど」
「……わかんね」
俺は言って、桟橋を立った。
「部屋に目薬取り行ってくる」
「目痛いのぉ~?」
「いや、最近目が乾きやすくてさ。部屋に置いてきちまった。先行っててくれ」
「うん、待ってるねぇ~」
龍田が手を振る。
俺の故郷……最初の記憶は、どこだったっけな。
第6話あとがきです。
敵の親玉を倒す、だとか、世界一のアイドルになる、だとか、艦これにはそういうのがないんですよね。目標としてあるのはただ漠然とした「平和」。漠然としたそれは、果たして「在る」といっていいんだろうか。ある種メタな話だけど、運営上の問題でサービス終了がないとすれば、艦これには「終わり」はあるんだろうかね。プレイヤーは結末を意識していないし、艦娘達もそういったものを意識している様子があまりない。あるいはそれこそが、彼女達が兵器であることの表れなのかも、と。
さてでは次回、第一艦隊の面々が登場致します。第二艦隊に負けず劣らぬ曲者揃い。口は災いの元。しかして災いの口は黙っていてもやってくる。土曜日くらいに投稿いたします。それでは、また。