艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第漆章 災いの口

 青暗い廊下に、食堂の明かりが漏れている。ちょうど十八時だ。

「来たぜ」

 パンパンッ! 食堂に顔を出した途端、クラッカーの破裂音が鳴り響いた。

「祝! 鎮守府着任! ようこそ天龍! ようこそ独眼流!」

「天龍歓迎会だぜー!」

 ハイテンションな龍驤と隼鷹の台詞と共に、鎮守府の奴等が拍手をする。

「そういうことだったか」

 食堂を見渡すと、初めて見る奴も三人ほどいた。

「天龍ちゃんの席はこっち~」

 龍田がやってきて俺の手を引く。

「はぁい、ここぉ~」

 俺は食卓と食卓の間の席に座らされた。右隣には木曾と古鷹、左隣には龍田と熊野、向かいには龍驤、隼鷹、鈴谷が座わっている。背後の食卓には、まるゆとあきつ丸と明石、他三人。一人は寝ている。俺の真後ろの席はまだ空いていた。誰か来るんだろう。両食卓には大きな鍋と取り皿が並べられていた。

「それじゃ、何人か足りないが始めるとしよう。杯を持て」

 木曾の呼びかけで各々目の前のグラスを持つ。みんなビールだけど、俺のとまるゆのだけオレンジジュースだ。龍田が気を利かせてくれたのだろう。

「天龍、一言」

「……いきなり言われてもな。正直、歓迎されたりするのは慣れてないからあれなんだが、ここで一匹でも多くの敵を倒していきたいと思ってる。天龍だ、よろしく」

「よし、新たな戦友、天龍の武運を祈って、乾杯!」

「乾杯!」

 新たな仲間達が掛け声と共にビールを喉へ注いでいく。俺も、オレンジジュースを。

「天龍ちゃん、よそってあげるね~」

「ああ、悪ぃな」

 鍋の中には魚から野菜、肉まで、様々な具材が入っていた。しかも、どれも元々の形状をしている。人間用の食材だ。と、木曾が俺の肩を指先で叩いた。木曾の方を見ると、すぐ横に木曾の顔が。そして小声で、俺に耳打ちした。

「肉は食うな。深海の肉だ」

「えっ」

「さて、この場で初めて天龍に会った奴もいるな」

 木曾はさっと身を引いて何事もなかったように言った。

「はい! 私初対面です」

 俺の斜め後ろの席で黒髪の艦娘が手を上げる。

「じゃあ自己紹介してくれ。ついでに第一の二人のことも」

「お任せを、司令。 えー、天龍さん」

「おう」

「私、陽炎型駆逐艦十七番艦、萩風といいます。本日の健康鍋、調理は私が担当させていただきました。お口に合えば幸いです。所属は第一艦隊ですが、有事の際には、全力で力添えさせていただきます! どうぞ、宜しくお願い致します! 続きまして、私の向かいで人参を潰しているのが、空母の雲龍さんです。同じ第一で、喋っているのは聞いたことがありませんが、大変、お強いです! そして雲龍さんの隣で寝ているのが、同じく第一の加古さん。基本的に寝ていらっしゃいます。無理に起こそうとすると、寝たまま絞めようとなさってくるので、放っておいていただけると幸いです。死にかけた子がいます。以上です!」

 萩風が礼儀正しく頭を下げ、爽やかな笑顔を向ける。

「第一も曲者揃いって感じだな。でもおまえはまともそうだし、よろしく頼むぜ」

「はい!」

 萩風と握手を交わす。

「うん、二人とも良好な関係を築けそうで何より。じゃあ萩風、天龍に返せ」

 返せ?

「あ、すみません。つい、厚さ三ミリのポケットの膨らみが気になってしまって」

 萩風が自分の服のポケットから何かを取り出し、俺に手渡す。ってこれ、俺の目薬だ。

「ごめんなさい」

 苦々しく、微笑む萩風。

「そいつはとにかく手癖が悪くてな」

「悪気はないんですよ!? 気が付くと盗ってしまってるんです」

「初めて執務室に来た時なんか、物を盗むどころか、いつの間にか俺の片脚を解体しやがった」

「もう、その話は封印してくださいよ」

「いいや、語り継ぐね。どんなマジックより感心したぜ」

 やっぱりここはヤバい奴しかいないのかもしれない。

「天龍ちゃん、冷めないうちにどうぞ~」

「お、おう」

 龍田がよそってくれた取り皿に、肉は入っていない。龍田も知ってるのか? つーか本当に深海棲艦の肉なのか? 調理は萩風として、持ってきたのも萩風か?

「やはりお肉というものは、実に美味ですわね~」

 熊野がほくほくした笑顔で肉を食べている。

「私ら肉食系女子だもんねーっ」

 鈴谷も無邪気に。待てよ、昨日そういえば、任務からの帰り道、熊野の荷物が増えていた。布の袋で中身はわからなかったが、もしかして。

「なぁ天龍~、いっぱいくらい飲んどけよ~」

 隼鷹が日本酒を2杯の猪口グラスに注いでいく。もう乾杯のビールが空だ。

「いや、だからさ、俺は酒は止してるんだって」

「え~? 飲むとどうなっちゃうのさ?」

「天龍ちゃんあ~ん」

 開けた口に、龍田が白身魚を入れてくる。うまい。

「えつに。別に、何ともならねぇよ? ただちょっと、気分が悪くなる」

「すぐ吐いちゃうのか!」

「そういうときもあるかもな」

「あ~ん」

 よく出汁の染みた白菜が入ってくる。

「おーうおーう、酒は吐きながら覚えるもんだぜ~。煙だってそうだろ~?」

「吐くの意味が違うだろ」

「あ~ん」

 つるんとした豆腐が入ってくる。

「同じだぜー。この世はありとあらゆるものが吐き出されて出来てんだからさ~。非生産的なものを生産して文明ってのはできていくもんよ」

「なんだそりゃ」

「あ~ん」

 今度は牡蠣だ。これはうまい!

「昔の人はねー、次のご馳走を腹に入れる為に吐いて、次から次に色んなご馳走を呑み込んでいっらの。それで食文化が一気に進んだってわけ。だからね」

「ちょっとあなた達! 食事中に嘔吐の話はやめてくださいます!?」

 熊野が隼鷹と俺を交互に指差して言った。

「いや、俺はしてねえよ」

「あ~ん」

 よく煮え柔くなった人参が口に入ってくる。

「うまい。じゃなくて龍田、さっきからあ~んあ~ん、って、自分で食うから、介護しなくていいから」

「え~?」

「え~じゃなくて」

「うふふ」

 その時、食堂の扉が開いた。

「やっているな、同志諸君」

 その声に、皆会話を中断する。現れたのは、背の高い銀髪の艦娘。白いコートを肩にかけるように羽織り、口にパイプ煙草を咥え……凄い顔だ。口の左端が、耳の辺りまで裂けている。

「木曾、私の席は?」

「俺の後ろの空いてる席だ」

「そこか」

 口裂けがこちらへ近づいてくる。気のせいか、場の空気が緊張している。

「また輸送艦がやられたらしい。しかも私のフェンタニルを載せた艦が」

 口裂けが俺の背後の席に座る。

「クソ深海共が。奴等は痛みに学ぶべきなのだ。阿呆共め。で、新入りはどいつだ」

「俺だよ」

 俺が答えると、口裂けは振り向き、俺を斜めに見た。裂けた口の間から、煙が漏れ出ている。

「ほう、貴様か」

 口裂けがパイプ煙草を口から離す。そしていきなり、俺の首元へ鼻を近づけた。

「……貴様、クサいな」

「あ?」

「んー、いやいや」

 口裂けの顔が離れる。

「不潔という意味ではない。戦場の、ある種の匂いさ」

 口裂けは再びパイプ煙草を咥えると、裂けた口の隙間から煙を吹き出した。

「ふん、面構えもいい。いいだろう。私は第一艦隊旗艦、戦艦ガングートだ。こいつら問題児の……いや、ここにいる奴等は全員問題児か。ともかく第一の保護者のようなもんさ。マーチでも口裂け女でも、好きに呼ぶといい。ただしグートスマイル、そう呼んでいいのは私が許可した者だけだ。いいな」

 よく喋る奴だな。

「了解だ、姉さん」

「アネさんか。ふむ、悪くない。ん? 満潮と霞はどうした?」

 ガングートが食堂を見渡す。

「人間の餌なんて食べられないって言って……」

 萩風が答えた。

「人間の餌か! そりゃあいい。口の減らないガキ共だ。ハハハハ! どれ、私も人間の餌を食い散らかすとしよう。龍驤、いつものを」

「あいよ」

 龍驤が酒瓶を投げ、ガングートがキャッチする。角張った瓶、透明な液体。ウォッカだろうか。

「付けておけ」

 ガングートはそう言うと、親指の腹だけで未開栓のスクリューを開けた。

「あの二人は後で仕置きだ」

 呟き、ウォッカを瓶ごとラムネのように飲み下す。口の裂け目から溢れ出るウォッカを手で拭い、俺に、ウォッカを差し出してきた。

「貴様もどうだ」

「悪いが、酒はやらないんだ」

「……ほう」

 木曾提督が俺の肩をつつく。

「なんだ?」

「ちょっとくらいいけるだろ」

「はぁ?」

 さっきの隼鷹との会話聞いてなかったのか?

「マジで酒はやらねぇんだよ」

「そうなのか?」

 ガングートは言いつつ、ウォッカを下げようとしない。なんだ。なんで「そうなのか」に疑問符が付く。ふと、他の艦娘の視線が俺に集まっていることに気付いた。ガングートの隣の明石は瞼をひくひくとさせて何かを伝えようとしているし、ガングートの死角にいるあきつ丸は酒を飲むジェスチャーをしている。その隣ではまるゆが両手の指を絡ませ忙しなく動かしている。なんなんだよ。

「龍田、おまえからも説明してくれ。俺は酒を」

「飲めるよねぇ~、その気になれば」

「え」

「普段はいつ出撃してもいい様に、緊急事態に備えて飲まないけど、それにそんなに強くもないけど、飲めないことはないよねぇ~」

 な、龍田まで。裏切られた! いや、待てよ。俺が飲めないのは龍田が一番わかってるはずだ。それに最初隼鷹に絡まれた時も酒を勧めるのやめさせてくれたし。なのにってことは、だ。なんだ、この口裂け女の酒を断るのはそんなにまずいことなのか?

「わかったよ。そう、俺は、飲めないわけじゃない。今この瞬間、敵が近海に出現するかもしれない。だから飲むつもりはなかったが、せっかくこうして着任を祝ってくれてるんだからな。いただくよ」

「ふむ、貴様見掛けによらず真面目だな。しかし協調性もある。木曾が第二の旗艦に選んだのも納得だ。グッといってくれ」

 ガングートからウォッカを受け取り、口に近づける。すごい、アルコールの匂いだ。本当に飲めるアルコールなのか? いや、飲めるものかどうかはこの際問題じゃないな。よし。俺は瓶に口を付け、アルコールを一口分か二口分か、一気に喉へ流し込んだ。

「おお、いいぞ」

 ガングートに酒瓶を返す。耳の奥というか、頭の中心というか、後頭部というか、とにかくそこにゾクゾクとした震えが走る。喉が、目の奥が、熱い!

「なかなかいい飲みっぷりじゃないか。これで貴様と私は姉妹も同然だ。共に戦場へ赴くことは多くはないかもしれんが、よろしく頼むぞ、天龍」

「ああ。おお、よろしくな」

「どうだ天龍、まだ飲み足りないんじゃ」

「姉御~、あたしにも一杯くれよぉ」

 隼鷹が俺とガングートの間にグラスを差し出して言った。いつの間に近づいてきた。

「隼鷹よ、貴様は相変わらず酒の飲み過ぎだ。せっかくの美人もパーツの一つが死んだ魚の目じゃ男も寄り付かんぞ」

 ガングートが手合図を送り、萩風が横の席にずれる。

「あんたが言うかね」

 言いながら、隼鷹は空いた席に座った。

「口はマスクで隠せばいい」

 隼鷹の手のグラスにウォッカが注がれていく。

「で夜のトンネルで子供達を襲うんだろ?」

「なんだ? 美少年を誘い込むいい案でもあるのか?」

 ガングートは自身のグラスにもウォッカを注ぐ。

「あー……だとしても怪談話だな」

 二つのグラスが音色を上げる。

「我々の友情に乾杯」

「酒の友情に」

 ウォッカを注いだ分だけ一気に飲み干す二人。普段酒を飲まない俺でもわかる。この二人は普通のそれとは別格の酒飲みだ。

「では具体的な内容を話し合うとしよう」

「何の?」

「いいか、我々はそうそう本土に上がれるほどの休暇は取れんのだ。毎日トンネルで待つわけにはいかん」

「おいおいマジかよ。やべーな」

 確かにヤバい。眩暈がする。

「おい木曾、貴様も考えろ」

 何か食べた方がいいな。牡蠣食うか。

「共謀罪は勘弁だぜ」

 牡蠣美味いな。牡蠣美味いな~。

「何を。動機がないだろう」

 野菜も摂ろう。で牡蠣も。なんだか食欲が凄いぜ。

「言ってくれるな。よし俺にもそれを寄こせ」

「もちろんだ」

 ガングートが木曾の手のグラスにウォッカを注いでいく。

「我々の秘匿に乾杯」

「ああ」

 二人、ウォッカを飲み下す。木曾提督もけっこういける口なのか。

「この前のよりスッキリしてるな」

「この前のはポーランドのだ。これは私の故郷、ロシア産さ。しかし甘さを残している方だぞ」

 牡蠣をもう一つ。うおぉん、俺はまるでセイウチ捕食製鉄所だ。

「もっと呑み込まないとダメか」

「いいぞぉ、その向上心。私も全面的に協力しよう」

「そりゃ助かる。で、そうだな。怪談には丑三つ時やら、4月4日の4時44分やらっていう時間指定日付指定型があるだろ。それを使え」

「ハラショー! その手があったな。なら十月七日にしよう。私の誕生日だ」

 ちょっと一気に食べ過ぎたかも。

「誕生日に一人で夜のトンネルに行くのかよ」

「思い出作りにはいいだろう。あとはどう美少年だけを選別するかだ」

「被害者なー」

 気持ち悪ぃ。

「ちょっと」

 俺は席を立った。

「どうしたの天龍ちゃん?」

「トイレ行ってくるわ」

「ついてってあげようかぁ~?」

「いいよ、子供じゃありゅまいし」

 卓を離れ、廊下へ向かう。

「絶対ついてくんなよ!」

「はぁいはい」

 龍田の返答を残し、トイレへ向かった。

.

 鏡の向こうで裸電球が揺れている。俺は、手洗い台に手を着き、自分の濡れた顔と睨み合っていた。鏡に蝿がとまり、ひび割れに沿って動いていく。無様だ。

「ハンカチーフは要りまして?」

 声に横を向くと、熊野が立っていた。可愛らしい桃色のハンカチを差し出している。

「サンキュ」

 ハンカチを受け取ろうと左手を手洗い台から離す、と、身体が斜めに傾いた。

「あなたっ」

 熊野が素早く俺の身体を支え、俺は再び、手洗い台に両手をついた。

「相当ですわね」

「悪ぃ」

「別に、謝ることではありませんけれど。失礼いたしますわね」

 熊野がハンカチで俺の顔を拭いていく。

「さっき、一口お酒を飲んだだけですわよね?」

「……今日は、調子が悪かったんだよ」

 顔が丁寧に拭かれていく。

「……お肉、召し上がりまして?」

「いや」

「そう……」

 肉?……ああ、え、なんだ。頭がうまく働かねぇ。

「ちょっとそのままでいてくださいませ」

 俺の顔を拭き終わった熊野が個室に入っていく。何だっけ……ああ、そうだ。肉だ。あの肉。それで、心配で来たのか? 熊野が個室から出てくる。

「ちょっと救護室で休んだ方がいいですわ」

 蛇口がひねられ、そこで洗われる手はとても、あの、深海棲艦を殴り殺した手には見えない。

「お連れしますから。よろしくて?」

「あの肉、深海の肉なのか?」

 熊野の手がとまり、水の音だけが聴こえる。

「……ええ。昨日、わたくしが仕留めたものですわ」

 熊野は一間合ってそう答えると、蛇口を締め、ハンカチで手を拭いた。

「安心してくださいな。害はありませんわ」

 俺にそう言う熊野の顔には、誰にでもわかるような作り笑顔が浮かんでいた。

「なら、俺のこと心配して見に来る必要もないだろ」

「……万が一、ということもありますから。天龍さん、こんな噂は知っていまして? 深海のお肉には、不老長寿の効果、万病を治癒する効果があるという噂」

「ないよ」

「そう、ですのね。ありますのよ。小さな島々には。わたくしは以前、その一つのある村で知りましたの。真偽の程はわかりませんけれど、可能性があるのであれば……鈴谷の症状を直せるかもしれない」

「無理だろ。病気ならまだしも、鈴谷のは脳の損傷によるものだ。無理だよ」

「わかりませんわ。深海棲艦には再生能力がある。それが何かしらの形で働くかもしれない」

「そしたらもう、治ったら、そいつはもう、深海のお仲間だろうさ」

「……いいえ。心で繋がっている限り、そのようなことにはなりません」

「鈴谷は知ってるのか?」

「知りませんわ。わたくしが深海棲艦の一部を持ち帰ったことも、一夜明ければ忘れてしまう。罪悪感がないわけではありません。ただそれが罪であったとしても、わたくしは、悪魔に魂を売ってでも、鈴谷を治してあげたい」

「……いいか熊野。もう、鍋に変な肉は入れるな。俺は普通の肉が食いたい。今の話は聞かなかったことにする。いいな?」

「……わかりましたわ。さぁ、手を。救護室にお連れします」

 手洗い台から手を離し、熊野の手を、肩を借りる。俺達は救護室へ向かった。

.

 ガラガラと音が聴こえる。振動が俺を起こす。視界が流れていく。赤褐色の天井に、ぼんやりとした赤い明かりが一つ、二つ、三つ……なんだ。俺は、横になっている。何かに載せられて、移動させられている。誰かが運んでいる。ゴウン、ゴウンと、船が浮き沈みするような音が聴こえる。どこに向かってるんだ。くそ、頭が痛い。腕が、脚が、頭が、身体が、動かせない。声も、だめだ。出せない。

「本っ当にクサいわ。反吐が出そう」

「グートしか気付かないなんてどうかしてるわ」

 声が二つ。誰だ。グートって、誰だっけ。

「着いたら窯に火を焚かなくちゃ」

「それかスポンジとベルトの準備ね」

 俺を載せている台車が角を曲り、身体が外へ投げ出されそうになる。

「ちょっと危ないじゃない!」

 誰かが俺の身体を支え、止まった台車に戻す。

「そっちの反応が遅いんでしょ!」

「もっとゆっくり方向変えなさいよ!」

「グートは急げって言ったわ!」

「落としたら時間のロスになるでしょ!」

「いいから運びましょ!」

 再び台車が動き出す。どこを通ってるんだ。こんな通路、どこにあった?

「ダセェ!」

 ガン! 捻り出したような声と共に通路の扉が叩かれる。

「黙りなさいクズ!」

 俺を引っ張ってる奴が怒鳴って扉を蹴りつける。

「アケロォ!」

 別の方向からの声だ。

「ダセ! ダセェ!」

「コロシテヤル!」

「ガラクタドモォ!!」

 ガガン! ガンッガッ! ガンッガンッガンッ!! 前から後ろから、右から左から、扉を叩く音と声が通路中に鳴り響く。この声、深海棲艦だ!

「ああ煩い煩い煩い! ぶち殺すわよ!」

「コロセェ!」

「殺してあげるわけないでしょ!」

 台車が両開きの扉に入る。その直前、グチャッ、と、何かを轢いた。

「ご苦労ヂェーチィ。そのままX線にかけろ」

「イエス、マァム」「イエス、マァム」

 二人が同時に応答し、俺の身体が台座に移される。即座にパシュッと音が鳴る。

「いやいや、クサくてかなわんな」

「本当ね」

 小さな艦娘二人の手によって、服が脱がされていく。この二人、ここでの初めての朝食の時に食堂にいた奴等だ。

「どういうことなの?」

「それを調べるのだ。ん?」

 視界に顔が現れる……ガングートだ。

「おい薬はちゃんと打ったんだろうな?」

「打ったわよ!」

「なら特異性の一つの証明といったところか。私の調合が狂うはずはない」

 薬? 特異性? 何を話してるんだ?

「さて」

 ガングートが備え付けの小さな台座から注射器を手に取る。

「こちらは即効性の麻酔薬だ。即座に無痛状態となり、数十秒の後意識を失う。副作用として一時間弱の記憶が失われる。つまりおまえはその特異性故、現在意識を失っていないが故に、私の技術を数十秒間、楽しめるわけだ。良かったな」

 裂けた口の左側がおぞましいほどににんまりと笑う。気付くと、注射器が首に突き刺さっていた。

「メス」

 注射器を台座に戻し開かれた手に手術用の刃物が置かれる。おいおいマジか。やめろ。

「レントゲンに異常なし。開腹!」

 メスが縦に一直線、俺の腹を切り捌く。ああなんて光景だ。痛みはないが、嘘だろ。

「ほーう? これはなかなか」

 ガングートが俺の腹に手を入れ、内臓をまさぐる。

「見てみろ」

 そう言って内臓を引きずり出し、俺に見せつけた。やめろよ千切れちまうよ。

「どうだ天龍。マカロニと一緒に炒めたら美味そうじゃないか。退役後の行き先も決まったようなもんだ」

 裂けた口の間から舌が伸び、内臓を舐めずる。ああ、寒気がする。吐き気がする。

「実に美しい内臓だ。しかし美し過ぎる。これは、軍人の臓物じゃあないぞ」

 内臓が、一部位一部位抉り探られていく……意識が遠のく……生きて……目覚められるの……か……。




第7話あとがきです。

 アルハラはいけませんねぇ~。ほら、天龍ちゃんもどこぞのグルメのおじさんみたいな台詞吐いちゃうし。
 そしてそろそろ、ある映画のパロディが含まれていることに、気付き始めた方もいるのでは。お気付きでなければ調べないように。時が来たら話します。お気付きでなければその時に知るのがベストなのです。お気付きでしたら同士、あなたとは良いお友達になれます。

 さて次回、二日酔いを吹き飛ばすため天龍は海上へ。あのスケート走行で海上走ったらそりゃ気分爽快になりそうなもんで。ただしこの海には深海棲艦がいるのです。第8話「壊れ物」。また1週間以内にはおそらく。
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