艦娘会話劇ー(天)ー特別完全版   作:司薫

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第玖章 笑う整備士

「これでうちの勝ちや!」

 龍驤はそう言って一枚のトランプを手札から場に叩き放った。おい、昼間の無気力はどうした。

「ああああ! またあたしの負けかよ!」

 隼鷹が頭を抱えて手札を落としバラ撒く。ほくそ笑む龍驤の口に咥えられた煙草からは緑色の煙が伸び、窓外の雨の中へと吸い込まれていっていた。二人は寮室の座敷で俺の知らないトランプ遊びをしている。俺はそれをベッドから見下ろし眺めていた。

「うちの勝ちはいくらや~? んふふ、2本か~? 3本か~? いや4本やな~! あはは!」

「くっそ~、もうひと勝負だぜぇ」

 どこの鎮守府も同じだ。俺達は兵器だってのに、戦時下だってのに、出撃時以外はのほほんとしている。のほほんとしながら、心の内では戦いの恐怖に耐えたり、失った仲間のことを想ったりしてるんだ。すっかり長期化しちまってる戦争のせいで、誰も本心のままじゃ生きていけなくなってる。この戦いは、いつか終わるんだろうか……と、気が付けばそんなことを考えていた。木曾が言っていたこともあながち間違いじゃねぇのかもな。

「あー絶好調や~。キミの手札が手に取るようにわかるで~」

「イカサマしてないだろうな~?」

「まずは自分の腕ぇ疑いや」

「言うじゃーん」

 隼鷹がカードを集め、シャッフルしていく。そのとき、寮室の扉がノックされた。

「失礼しまーす」

 扉が開き、顔を出したのは明石だ。来たか。

「天龍さーん、お迎えに上がりましたよー」

「今行く」

 靴下を履き、ベッドを降りる。木曾提督に報告に行った時、後で明石のメンテナンスを受けるように言われたんだ。

「天龍ちゃんいってらっしゃ~い」

「おう」

 龍田はどうにも、朝のこと、いやそれ以前のことを覚えているのかどうなのかはっきり言わない。覚えているからこそ言わないのか、覚えてないけど俺の反応が面白いからはっきり言わないのか。龍田の場合両方あり得るからわからん。

「お調子いかがですか?」

 寮室を出たところで口をニヤつかせた明石が尋ねてきた。調子が悪いのを期待するかのような表情だ。

「良くも悪くもねぇよ」

「良くはないんですね」

「悪くもないからな!?」

「ふふ。行きましょう」

 明石について工廠へと向かう。工廠は救護室の隣にあり、艦娘の治療、修理、メンテナンスから武器・装備の調整までを行う場所だ。ここの場合、明石の遊び場とも呼ばれているらしい。大体想像がつく。

「どうぞお先に」

 明石に促され工廠へ入ると、鉄に囲まれた空間の中で巨大な窯が火を噴き、かと思うとその反対側では冷却装置に囲まれたコンピュータが謎のグラフを表示していた。そこいら中にガラクタが散らばり転がり、壁際はどこも何に使うのかもわからないような道具の数々で山ができている。

「ちょーっと待ってくださいねー」

 明石が足で床のガラクタを左右に除けつつ、部屋の片隅へ行く。そして壁際の鉄の山から、椅子らしきものを引っ張り出した。らしきもの、というのはつまり……なんだ、上部に頭を覆うようなパーツが取り付けられ、脚には車輪が付けられ、背部には剥き出しの機械が取り付けられ、まるでフランケンシュタインの怪物を生み出すための装置だ。明石はそれを押して、俺の前へ持ってきた。

「どうぞ!」

「……これに座るのか?」

「座ってください」

「……」

 椅子に座る。すぐに頭の覆いを被せられるのかと思いきや、明石は一旦離れ、コンピュータ前のキャスターの付いた丸椅子に座り、座ったまま、魔法瓶を手に近づいてきた。

「飲みますかー?」

「ああ、うん、もらう」

「はいはーい」

 コップ代わりの魔法瓶の蓋に液体が注がれていく。

「どうぞ」

「サンキュー」

 手渡されたコップの中を見ると、なんだこれ。茶色い。ドロドロしてる。

「お茶、じゃないよな? コーヒー?」

「いいえ。カレーですよ」

「は?」

「飲料として摂取するのが最も効率的なカレーの摂り方なんですよ」

「いやそれはわかるけど。いやわかんねぇな」

「わかりません? でも私達にとってカレーはソウルフードではありませんか」

「それはわかる」

「ですよね。美味しいですよ」

 少し考え、カレーを飲む。うん。美味い。なにも考える必要はない。カレーは美味い。

「それじゃ飲みながらでいいので、左腕をひじ掛けにのせてください」

「あいよ」

 ひじ掛けに腕をのせ、明石が上腕に腕帯を巻いていく。

「血圧と同時に脳機能を見ていきますね」

「脳機能?」

「色々わかるんです、これ」

 頭の覆いが被せられる。電気とか流されないよな?

「それじゃ始めまーす」

 明石の合図と共に、覆いから頭の中に騒音が鳴り響いた。

「うお! うるせえ!」

「ちょっとうるさいので我慢してくださいねー」

「あ?」

「我慢してくださーい!」

「聴こえねぇよ!」

「我慢を、あぁ、いいです、そのままで」

 カレーを飲みながら特大のファックス音のような騒音に耐えていると、いつの間にか血圧測定は終わり、採血もされていた。

「お疲れ様です」

 覆いが外され、訪れた静けさの中で明石が笑顔を向ける。

「マジでうるさかったんだが」

「そうなんですよー」

 そうなんですよーって。

「よいしょ」

 明石が丸椅子に座り、脚を組む。

「ではカウンセリングを始めます」

「前の鎮守府のメンテナンスとはいろいろ違うんだな」

「ああいや、違いますよ。違います天龍さん。いやこの違うはその違うとは違くて。ああなんか、ややこしいですね」

「……うん」

 何か面白いなこいつ。

「カウンセリングっていっても天龍さんの精神が正常じゃないとかそんなことを言いたいんじゃないんですよ? ここもっと異常な人たくさんいますからね? そうじゃなくて、具体的な体調をお尋ねしたいんです。敵に焦点が合わせにくくなったとか、砲撃が右にズレるとか、咳込みがちだとか」

「ん~。あ、そういえば、目がちょっと乾きやすいんだよな、ここ数日」

「ほ~。ちょっと目見せてください」

「おう」

 明石が胸ポケットから小さなライトを取り出し、俺の瞼を押さえる。眩しいな。

「天龍さん、白目向かないでください」

「う、うん」

 あー眩しい。

「ん~、特に、充血したりはしてませんね。そのうち治るんじゃないですか?」

「急に適当だな」

 明石がライトをしまう。

「目薬とか使ってます?」

「うん」

「そうですか。時間があるときは、蒸しタオルで覆ったりもいいですよ。寝る前とか」

「そうか。そうしてみる」

「はい。ちょっと、待ってくださいね。脳視計の結果が出ました」

 明石が椅子ごとコンピューターの方へ行き、何やら操作をする。するとモニターに脳の立体映像が映し出された。部分部分、何色もの色で彩られている。

「ほー」

 明石がマウスを操作すると、脳が様々な方向に回転していく。

「それ俺の頭ん中か? 凄いなハイテクだな」

「時代はハイテクですからねぇ……なるほど、天龍さん」

「なんだ? どっか悪いのか?」

 明石が戻ってくる。

「ええ。脳に障害があります」

「え」

 普通に頭が悪いとかじゃないのか?

「私達艦娘にとって、記憶を司る部分に問題が」

「記憶を司る……鈴谷みたいなことか?」

「いえ、それとは違います。しかし具体的にはわかりません。ダメージを受けている痕跡があるんです。ただ外傷によるというよりは、薬物等による影響といった感じで……何かやってます?」

「薬か?」

「はい。体調を整えるような薬でもなんでも」

「煙草はやってるけど」

「普通の煙草?」

「ああ。どこの酒保でも売ってるやつ」

「そうですか……最近記憶を失ったことは? あるいは思い出せない事柄など……」

「……昨日の歓迎会の、途中から記憶がない。あと……そう、ここへ来るちょっと前のこと。前の提督と一悶着あったことは覚えてるんだが、その理由が思い出せない。それに仲の良かった仲間と最後にどう分かれたかとか」

「……」

 明石が口をポカンと開けて俺を見る。

「そういうことだろ? その、記憶云々って」

「そうですよ。そう過ぎですよ。えそれでよく、体調どうですかって聞かれて、特に何もって言えましたね」

「体調は悪くないから」

「こー!? 分かりました。私の聞き方が悪かったです。えーと……まずは昨日のことからはっきりさせましょうか。具体的にはどこまで覚えてます? 途中でトイレに行きましたよね?」

「それは覚えてる。で、トイレの中で熊野に会って、体調悪かったんで救護室に連れてってもらったんだ」

「体調悪かったんじゃないですか」

「いや今は体調悪くねぇよ。二日酔いがちょっと残ってる感じがあるだけで」

「それで、どうしたんですか?」

「え? ああ、いや、そこから思い出せない。気が付いたら朝で、その……救護室のベッドにいた」

「天龍さん、カウンセリングを受けている時は、隠し事はダメです。救護室に連れてってもらって、救護室で目が覚めただけなら、記憶がないとは言わないでしょう」

「ま、まぁ、そうだけど」

「天龍さんはこう言いたいんですよね。朝起きたら裸で、しかも隣に裸の龍田さんが寝ていたから、一発やっちゃったんじゃないかって。でもその記憶がないって」

「……見たのか?」

「隣の部屋ですから。一部始終」

 明石の顔を見る。明石も、俺の顔をじっと見ている。なんて、何を言ったらいいんだ……何か言えよ。

「……俺、さ……やっちゃったの?」

「……いえ」

「ほ」

 安堵の溜め息が漏れる。そうか、何もなかったのか。

「天龍さんはっ、何もしてませんでした」

「……俺は? え? 龍田は?」

「天龍さん、いったん、その話は置いておきましょう」

「え、いや、気になるんだけど」

「それより私は天龍さんがここへ来る前の記憶を一部消失していることの方が気になります。前提督とのいざこざの原因が思い出せないと」

「う、うん。そう」

「なるほど……木曾さんからいただいたデータには、いざこざの原因については簡潔に、日頃出撃を許されないフラストレーションから前提督に殴りかかったと書かれていました。その理由であっていそうですか?」

「あっていそう、ではある。実際そのことでムカついてはいたし、勝手に出撃したりもしてた。けど……腐っても俺は兵器だぜ。そんだけのことで使用主に牙を剥こうとは……そんなことはしないと思うんだが、さすがに……」

「腑に落ちないわけですね。分かりました。木曾さんに言って調査してもらいます。問題は、その前後で薬物使用があったのかですが……」

「ないと思うぜ。少なくとも自分では」

「……そうですか。ともかく、ここへ来てからは今のところ、昨日熊野さんに連れられて救護室に向かったところから、朝起きるまで、その記憶がないだけということですね?」

「うーん、そう」

「分かりました。まぁ、ここでの今後の兵役に支障はないでしょう。ちょっとお立ちください」

「おう」

 フランケン椅子から立ち上がる。明石が寄ってきて、俺の腕を、脚を、背中を掴み、押し、何かを確かめていく。いや、むしろこれが普通のメンテナンスなんだが。

「ちょっと服捲ってもらっていいですか?」

「おう」

 服を胸の下辺りまで捲る。

「わーお。凄いですねこの背中の傷跡」

 明石はそう言って、俺の背中の傷跡をなぞった。

「すげーだろ」

「ちょっと押しますよ」

 明石が傷跡を押す。

「痛みます?」

「いや、全然」

「ほう。どうしたんですかこれ?」

「んー、それが……実はそれも良く思い出せねぇんだ、言い忘れてたけど」

「思い出せないって、いつやられたのか思い出せないってことですよね?」

「そう」

「……気づいたときには治ってる状態でした?」

「おう、そうなんだよ。でもかっけぇだろ」

「……オーケーです、天龍さん。そのままで、ちょっとそのままでいてください」

 明石が元々フランケン椅子が置かれていた方へ行き、鉄の分厚い円盤のようなものを持ってくる。そしてそれを、俺の背中に当てた。

「なんだそれ」

「カメラですよ、一種の」

 ブォオオン、と音がした。

「なんだか見たことないもんばっか出てくるぜ」

「ええ。全て私の発明ですから。それでは、天龍さん、お疲れ様でした。また記憶に異常が出たり、何かを思い出したら教えてください」

「え、今のそれの結果は?」

 服を戻し、円盤カメラを小突いてみる。

「これは、すぐには映像にならないんですよ。とりあえず脳に関しては、今のところ、見て取れるのはあくまで痕跡。ただちに問題を引き起こす状態ではないはずです。あまり心配しなくて大丈夫ですよ」

「お、おう……それより、龍田のことだけど」

「記憶と事象には面白い関係があるんですよ。事象が何かしらの結果を残さない限り、当事者全員が記憶を喪失すればそれはなかったのと同じなんです。ですから、ね。これ以上聞かないでください、お願いします」

 明石が頭を下げる。言いたくないのか、そんなに。なぜだ。

「わ、かった。んー、気になるけど、気にしないようにするぜ、とりあえず」

「ありがとうございます」

 明石がニコッとする。

「では、今日のメンテナンスは終了です。天龍さんの装備はしっかりと調整させていただきますので、何か不自由な点等思い出されましたらお知らせください!」

「了解」

 うーんもやもやする。けどとりあえず俺の潔白は証明されたし、今日のところは良しとしよう。俺はカレーの礼を言い、寮室へと戻った。




第9話あとがきです。

 公式外で作られた性格が多くのファンの間でそのキャラの共通認識になったりしてしまうのを風評被害と言ったりもするけれど、二次創作が根付いた文化でない限りなかなか生じない現象だね。この現象の良し悪しはともかく、本来それ以上情報を付与される予定はなく成長するはずでもなかったキャラクターに厚みが加えられていくのはなかなか面白い。というのもそれは、そのキャラクターがこの世界で確かに生きてきたことの一つの証明のようにも思えるから。知らんけど。

 さて次回、第10話「死瞳魔女」。自身で見たものしか信じないのは賢明。しかし自身が見たもの全てを信じてもいけない。
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