もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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ACT9

「――叶った・・・」

 

 ねっとりと濃縮された闇の中、その男は闇以上にねっとりとした声音でつぶやいた。

 

「叶った、叶っていた。全て、叶ったのだ。まさか、或いはとは思っていたが・・・聖杯はまさしく万能だった・・・我が運命の乙女は復活していたのだ!」

 

 目を剥いて断言し、水晶球に映る彼女の姿にむしゃぶりつかんばかりの執念を込めて熱い視線を注ぎ込む。

 

「かつて神にすら見捨てられ、屈辱のうちに滅んでいった彼女が――、今、ついに復活を遂げた! これが万能の聖杯が成した我が願望の成就でなくて何だというのか!?」

「なんかよくわかんねぇんだけど・・・またなんかスッゲェことはじめるんだね旦那!? COOL!!」

「ええ、そうですともリュウノスケ! あなたにも直ぐお目にかからせてあげましょう! そして彼女の美しさと神々しさを前に跪くのです! 神すら眩む我が聖処女ジャンヌ・ダルクの御前にて!

 ・・・嗚呼、乙女よ・・・すぐにもお迎えに馳せ参じますからねぇー・・・どうか今しばらくお待ちくださいませ――とぉうっ!!」

 

 蛇のように湿っていて気持ち悪い笑いを残して、狂人は闇の中より躍り出る。そして飛び立つ。

 

 目指すは思い人の今いる場所。神の悪意による別離によって離ればなれにされた愛しい人の待つ山の中。

 

 冬木市、御山町からさらに西に抜けた国道線にある深い山林の道路上であった・・・・・・。

 

 

 

 

 ――その頃、時を同じくして県境を跨いで蛇行している国道線上の道路にて。

 

「ね? ね? けっこうスピードでるものでしょ? こう見えて猛特訓したのよ」

「ああ、なかなかに心地のいい走りと風だな。特に速度が素晴らしい」

 

 夜のしじまを荒々しく引き裂きながら時速100キロを上回る猛スピードで疾駆するクラシックカーの車内で二人の女性が呑気な口調で気楽なやり取りを交わし合っていた。

 

「切嗣がアインツベルンの城に持ち込んできてくれた玩具の中でも、私はこれが一番のお気に入りなの。お城の中じゃ中庭をグルグル回るだけだったから、こんな広い所を走るのは初めてなのよ。もう最高!」

「そうか。――いや、ちょっと待てアイリスフィール。今貴様、『城の中にいた頃はグルグル回ることしかしたことない』と言っていなかったか? グルグル回るだけでどうやって特訓したんだ、この乗り物の騎乗方法を」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・勘よ! 女の勘なの! 女の勘はどんなことでも当たるものなのよ!!」

「・・・・・・・・・そうか。まぁ、お前がそれでいいなら私はなにも言う気はないのだが・・・・・・」

 

 溜息を吐きつつも、頬杖をついて古雅を匂わせる流麗なボディラインを持つクラシックカー『メルセデス・ベンツ300SLクーペ』の助手席に座り、夜闇の中でも戦闘を可能とするフクロウの如き視力を持つセイバー・オルタは窓を開けて風切り音に鼓膜を癒やしつつ、片手に持った大判刷りの本を読み進めていく。

 

 本のタイトルは『六法全書』。

 幻想の塊であるサーヴァントが読む読み物としてはどうかと思えなくもないのだが、『厳正な法による支配』を謳う黒く染まった暴君騎士王が読んでいることを考えれば必ずしも場違いなものではない・・・・・・かなぁ?

 

 

 二人は今、冬木市におけるアインツベルン勢の活動拠点として確保してある別邸へと向かって移動している最中であり、戦う以外には特にできることのないセイバー・オルタは暇な時間を有意義かつ合理的に過ごすため現代日本の法律について勉強中なのだった。

 

「あ、また赤ランプが点滅してるわね。減速しなくっちゃ」

「・・・・・・」

 

 隣では丁度今読んでいる部分の『道路交通法』に関して、明確な違法行為がおこなわれている最中だと気づきはしたのだが、セイバー・オルタは注意すべきか否か判断に迷い、結局は気づかないフリをしてやり過ごす道を選んでいた。

 常であれば口うるさく叱責してくる彼女にしては珍しい対応である。一体なにがあったのかと言うと・・・・・・

 

「・・・どうもよく分からないな、この国の法律は・・・それとも聖杯から与えられている言語翻訳システムによる齟齬が原因なのか・・・?

 弱者救済の度が過ぎて、一般市民階級との間でアンバランスになっているように見えて仕方がないのだが・・・」

 

 眉を寄せて思慮深げに彼女はつぶやく。

 

 ――締め付けるだけで統治はできない。弱者を淘汰するだけでは強い者が法を破っても功績により免責される特権階級ができてしまうだけだろう。広く人材を募るためにも弱き者たちに機会を与える工夫は見習わなければと思う。

 

 だが、しかし。救われねばならぬ弱者とは、それだけ多くの物を持っておらぬ者たちを指す言葉なのだ。

 持っていないのだから、果たせる貢献の度合いも低くなるのは当たり前のことでしかない。少しのことしか出来ぬからこそ多くを求めてはならず、必要となる救済の費用も少なくて済むから市民たちからの不満も和らげられるというものだろう。

 

 救済により弱者には法を破らずとも生きていける働き口という選択肢が与えられ『法を破ることで被るデメリット』と、『法を守ることで得られるメリット』を生じさせる。

 己自身の中で天秤に掛けさせることが重要なのだ。その上で違法を選んだからこそ、罪を犯した者には厳罰を科す正当な理由ができるのだから当然のことなのである。

 

「だと言うのに何故、救ってやることばかりを重視する・・・? 与えられすぎた民は堕落して甘えるようになり、法の尊厳を軽んじるようになるという基本を知らんのか? よく理解できん・・・」

 

 苦々しく吐き捨てながらもセイバー・オルタは現代に対しての知識不足から来る理解の薄さを自覚してはいたので判断するには早計かと保留することに決め、今できる最低限度の妥協案として『自分は法律を破らないが、知らずに違反している友人に強制するつもりもない』――という辺りに着地点と定めることを決定していたのであった。

 

 だからアイリスフィールが二車線道路の右側を逆行していても特には気にせず、気づかぬフリをしたまま読書に没頭しているフリをし続けている。

 徹底した法家思想の持ち主ではあるが、いや、だからこそ彼女は法律を『守らせる側にも』相応の努力と工夫と成果を要求してやまない。『ルールだから守るのが当たり前。理由は知らん』などという法のなんたるかも知らない阿呆共に合わせて自らまで衆愚に落ちる気などサラサラないのが彼女だったのだから・・・・・・。

 

 

「・・・ん?」

 

 しばらくして、スピード狂状態に陥ったアイリスフィールの暴走ドライブを一定量満喫していたセイバー・オルタは、峠道にさしかかった辺りで前方にナニカを感じてそちらを見ると、おもむろに左手を伸ばして強引にハンドルを切らせて車を脱線させると、アイリスフィールに悲鳴を上げさせながらも本能的恐怖心からブレーキを踏ませることに成功し、しばらくしてから停車した車の中でシートベルトを外すと外に出る準備をし始めた。

 

「あいたたた・・・・・・もう、なんなのよセイバー。いきなりやるから驚いちゃったじゃない!」

「済まなかったな、アイリスフィール。――敵だ」

 

 その一言を聞いた瞬間、アイリスフィールの中でも“スイッチ”が切り替わる。

 一瞬前までとは比べものにならないほど真面目くさった表情で車を降りると、先ほど車の前に現れていた男、時代がかった豪奢な長衣に異様なほど大きい双眸をして、闇に住まう獣と同じ匂いを持つ謎の男と対峙する。

 それは先刻であった五騎のサーヴァントの内、どれとも姿形が合致しない造作をした人物。

 ならば定石的に見て、クラスはキャスターかアサシンのどちらかと言うことになるだろう。

 

 そして男は、車内から出てきたセイバー・オルタに“心の底から嬉しそうに無垢な笑顔”を向けてきて、こう言った。

 

「お迎えに上がりました、聖処女よ」

「・・・・・・」

 

 いきなり恭しく頭を垂れてから、敵が言ってきた第一声にセイバー・オルタは応じない。応じてやらない。そうする必要性は今のところないからだった。

 

「セイバー、この人、あなたの知り合い」

 

 沈黙しているオルタに代わってアリスフィールが確認を取ってきたので仕方なしに、

 

「いいや? まったくの見ず知らずな赤の他人だが」

「おおぉ、そんなご無体な!」

 

 アッサリと返してやると、別に応えてやった訳でもない目の前の男まで騒ぎ出しやがった。

 

「この顔をお忘れになったと仰せですか!? 私です! 貴女の忠実なる永遠の僕、ジル・ド・レェにて御座います! 貴女の復活だけを祈願し、いまいちど貴女と巡り会う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てにまで馳せ参じてきたのですぞジャンヌ!」

「ジル・ド・レェですって・・・!?」

 

 激しく反応を返したのは、またしてもアイリスフィール。

 彼女たちにとって自ら真名を明かすサーヴァントは二人目だったが、なるほどキャスターとして現界するに相応しい伝説の異名を持つ、狂気に満ちた偉人である。

 

 だが、セイバー・オルタにしてみれば、素性が知れたことでハッキリと対応方針が決まった。後は実行するだけとなる。

 

 

 

 

 

「ジャンヌ、貴女が事実を認められないのも無理はない。かつて誰より激しく神を信仰して――わひゃっ!?」

「――チッ。仕留め損ねたか・・・」

 

 問答無用で首を切り落とすため黒い聖剣を真横に振るってくる黒く染まったアーサー王さま。不意打ちは卑怯なんて概念を、大量殺人鬼相手に持ち出すつもりは一切ありません。

 重罪人はただ罰するだけ、首を切り落とすだけ。

 

「な、なんと無体なことをされるのですかジャンヌ! この顔をお忘れになったと仰せですぎゃあっ!?」

「敵だ。貴様を殺す理由として知っておくべきことはそれだけでいい。まして、己が欲を満たすため幼子を殺め続けた重罪人の名前や顔など覚えておく価値はない」

 

 真名わかったから聖杯で調べた相手の記録より、八年間の間に数百人の子供を殺した罪を金と権力使って逃れ続けた汚職貴族を断罪して殺すことに躊躇いを覚える理由を彼女は持たない。

 今目の前にいるのは唾棄すべきクズ野郎だ。話を言いたいなら言わせてやるが、判決は覆らない。死ぬ前に言い残したいことを殺される前に殺されるまで言ってる分には別に構わない。

 

 厳正な法による支配を尊ぶ黒く染まったアーサー王は、自らの意思で犯罪者に堕ちた相手に対して、徹底的すぎるほど合理的な裁きの理論しか持ち込んでくれない性格だったのです・・・。

 

「ちょっ、待っ!? 目を覚ますのですジャンヌ! あなたは神の呪いにより錯乱させられている! これ以上、神ごときに惑わされてはなりません! 貴女はオルレアンの聖処女ジャンヌ・ダ――おわひゃあっ!?」

「神など知らん。どうでもいい。聖杯と同じだ、本物だったら使うし、偽物だったら幻想ごと破壊してやればそれでよかろう。何をそんなに重要視しておるのだ狂人めが。そんな物に囚われているから貴様らフランスはいつまで経っても大事な戦で勝ちを逃すのだ」

 

 平然とした口調で、淡々と神を政治の道具だと言い切るセイバー・オルタに、むしろ横で聞いてるアイリスフィールの方が絶句させられる。

 

 確かに一般的に知られている社会通念から見ると、ヒドいこと言ってるようにしか聞こえない発言なのであるが、実はオルタの言ってる主張は意外なほど真っ当で普通に正しい。

 

 もともと宗教と政治権力とは別々のものとして共存してきたものである。教皇は宗教の世界を司り、王は政治をはじめとする俗世的な物事のほとんどを司るのを本領とする。

 これに『法律』が加わって、『宗教・王権・法律』による初歩的な三権分立が成立する。

 王は宗教に介入することを許されず、宗教もまた政治に口を差し挟まないことを由とする、各々の役割と生きる場所を分割した棲み分け現象。

 それが尤も古い時代に存在していた『合理的な宗教と政治の付き合い方』であり、セイバー・オルタことアーサー王の生きた時代はそれよりかは少し後だけれどもモデルとされている王の中には紀元前の人も混じっていることを考えるなら必ずしも彼女の考えたが時代を無視したヒドすぎるものというわけではない・・・・・・いや、うん。言い訳ですね。普通にヒドいです彼女の主張は。誤解しようもないほどに。

 

「なんと痛ましい! なんと嘆かわしい! 記憶を失うのみならず、ここまで錯乱してしまうとは! おのれおのれ神めぇぇっ! 我が麗しの乙女にどこまでも残酷な仕打ちを! 彼奴めの所業こそまさに悪魔の業に他なら―――んぬはわぁっ!?」

「まだそんな戯言を信じているのか狂人? 神や悪魔を名乗る者が仮に実在していたとしたなら、それは只の生物だ。

 そこに崇高な精神や邪悪な意思があったとしても、そいつらの甘言に誑かされて屈した者が自ら弱者になる道を選んでいるだけのこと。

 神を敬い、悪魔を蔑むという行為そのものが自らの判断で善悪を考えようとしない人の思い込みを育ててしまう。自分の意思で行動しない弱き者へと己を作り替えていってしまうのだ。貴様もいい年なのだから、その程度の当たり前の常識ぐらい理解しろ。この変態貴族趣味の幼女趣味、美童趣味の気色悪い中年ブサイク男めが」

「ちょっとセイバー!? さすがにそこまで言うのは可愛そうだと思うからやめてあげましょうよ! 本当のことだから余計に哀れで仕方なくなっちゃったじゃないの!」

「ぐはぁぁっ!?」

「あ、外れた」

 

 アイリスフィールの叫びに対して「確かに言い過ぎたかもしれないな」と反省したことが徒になり、地面を這うようにして逃げ回りながらゴキブリのようにカサコソカサコソ予測できない機動で地面を転がりまくってはセイバーの剣を避けまくっていたキャスター・・・だと思う多分、クラス名言ってないから断定できないけども――は、最後の最後で糾弾による反省から狙いが逸れて、変な所へ振り下ろしてしまったエクスカリバー・モルガーンに軽く斬られてしまうというアンラッキーぶりを発揮しながらも、逆にそれが自らを窮地から救い出す決め手にもなってくれていた。

 

 

「ふ、フフフ・・・もはや言葉だけでは足りぬほど心を閉ざしておいでのようですな、ジャンヌ。致し方ありますまい、それなりの荒療治が必要とあらば相応の準備を整えてから、改めてお迎えにあがることに致しましょう・・・」

「いや、敵としてそれは普通の対応だから構わんのだが・・・大丈夫か貴様? さっきの一撃で三つに割れた貴様の尻が晒されたような気がしたのだが―――」

「プレラーティーズ!!!」

 

 ぼぉん!!

 ・・・血煙のように赤黒い霧が呪文と共に発生して、セイバー・オルタとアイリスフィールの視界を塞ぎ、その霧の正体を知っていたオルタとしては敵を追うよりも霧に包まれたままの方が嫌すぎたため、ストライク・エアを起動させて新鮮な空気を送り込み、淀んだ空気を綺麗サッパリ吹き飛ばすことを選んだのだった。

 

 ――キャスターの尻から流れた血を使って爆発させた霧に包まれた中を進む道よりかはマシだと信じる、清浄で清潔な今いる場所を守るという道を・・・・・・。

 

 

「会話の成立しない変態って・・・嫌すぎるわね」

「全く同感ではあるが、変態と会話が成立するというのもそれはそれで嫌なものだと私は思っているのだが?」

「それもそっか。じゃあ、今回の所は被害なしで良かったってことで。

 そんなことより、アインツベルンの別邸に急ぎましょう。無駄な時間を使っちゃったから切嗣も待ちくたびれてるかもしれないしね☆」

 

 

 茶目っ気のある言葉により、その場に残っていた最後の瘴気を洗い流すとアイリスフィールは車に戻り、セイバー・オルタを連れて国道をひた走る。

 

 目的地はまだ少しだけ遠い。

 

つづく

 

 

おまけ『キャスターとセイバー・オルタの相性が悪い理由説明』

 キャスターは生前の経験から『神の正しさを否定して穢す』ことに執心しているが、これは『神の実在を前提としている考え方』であり、彼は本質的に神の存在を疑っていない。

 

 対してセイバー・オルタは、神の実在非実在という議論自体が『無意味だ』と考えている。人間の側が信じようと信じまいと、『神は居るなら居るし、居ないなら居ないのだろう』という合理的すぎる考え方から、『神を信じるか信じないかという言い方自体がいかがわしい』と断じてしまうオリジナル設定のためキャスターとは『話し合う気が最初からない』。

 

 精神汚染によりキャスターは『自分と同類の人間としか意思疎通が成立しない』

 合理的思考によりセイバー・オルタは『狂人相手に話し合うのは時間の無駄。一方的に否定して裁くだけ』

 ある意味では同類故に交わることが決して出来ない。

 精神汚染してなかったら双方共に会話になったかもしれないけどねぇー・・・。


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