もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
深夜のアインツベルン城を取り囲んでいる結界の森を漆黒の突風と化して、セイバー・オルタは駆け抜けていた。
明らかに自分をおびき出すため揺さぶりをかけてきていたキャスターの術中に飛び込もうとしている、戦略的愚策であることを承知の上でだ。
「ようこそジャンヌ。お待ちしておりましたよ」
やがて血臭と死臭が一際ひどく濃く充満している一角にたどり着くと、相変わらずの晴れやかな笑顔でキャスターが歓待するため待ち構えていた。
彼と自分の周囲には、夥しい量の血、血、血。血の赤であふれかえった血の海だらけ。
「如何ですかなこの惨状は。痛ましいでしょう? 嘆かわしいでしょう? この無垢なる子供達が最期に味わった苦痛の程、貴女には想像できますか?
でもねジャンヌ、この程度など悲劇と呼ぶにも値しませんよ。貴女を喪ってよりこのかた、私が重ねてきた所業に比べればねぇ・・・」
「・・・・・・」
セイバー・オルタは一言も返事を返さぬまま、躊躇うことなく足を踏み出し、一歩一歩着実にキャスターとの距離を縮めていく。
語る言葉を聞く気はなく、聞いてやる義理もない。ただ、子供殺しの大罪人を処刑しに来ただけのセイバー・オルタには、快楽殺人鬼の戯言でなにかを感じてやる合理的な理由がどこにも存在していなかったから。
「――おぉジャンヌ、やはり貴女は怒りに燃えた瞳こそが美しい・・・」
だが、狂ったキャスターは彼女の行動を自分に都合良く解釈して一人で勝手にテンションを際限なく上げていくばかり。
「そんなにも私が憎いですか? えぇ憎いでしょうともねぇ。神の愛に背いた私を、貴女は断じて赦せないはずだ。かつて誰よりも敬虔に神を讃えていた貴女ですものね」
そう言いながら彼は自らまとっていたローブの裾を翻し、懐に隠しながら小脇に抱えて持っていた人質の子供、その最期に生き残った一人を見せつけ悠然とした笑みを浮かべる。
この場でセイバーが来たときのため、我が身を守る盾にしようと一人だけ生け贄を生かしておいたのだろうか?
――違うだろう。
「貴女が蘇り、こうして出向いてきてくれた以上、もう聖杯も、この子供も用済みです。ジャンヌ、貴女がこの子の救命を望まれるのでしたら喜んでお返しいたしましょう」
そして案の定キャスターは、あっさりと人質に使えるはずの子供から手を離して、優しく地面に立たせてやりながら邪気のない笑顔で笑いかける。
「さぁ坊や、お喜びなさい。敬虔なる神の使いが君を助けてくれるそうだ。全能の神めがようやく慈悲を示したよ。お友達は誰一人救ってもらえなかったというのにねぇ」
幼い子供でも、駆けつけた錆びた色の金髪の少女が、狂ったキャスターよりかは救い主であることは明白に理解できたらしい。
蝋人形みたいな色した肌と、眇められて目つきの悪い両眼と、禍々しい装飾が追加されて黒く染まった甲冑を身にまとっていようとも、セイバーはセイバー。アーサー王はアーサー王。
悪役っぽい見た目ではある気がするけど、明らかにキチガイ系悪キャラのキャスターよりかはまだヒーローっぽく見えたらしいセイバー・オルタに、わっと泣き声を上げながら脇目も振らずに駆け寄ってきてしがみつこうとしたその次の瞬間。
ズバッ!!!!
・・・何も言わず、何も言わせず。問答無用で子供に向かって黒く染まった聖剣の刃を振り下ろす。
頭のてっぺんから股間まで、痛みを感じる余裕さえ与えられない刹那の合間に一刀両断。
体の中心に線を引くようにして、幼い体は左右等分に別れて別々の方向で地面に落ちる。
たとえ、腹から上と下で切り離されて生きていられるバケモノじみた生命力の持ち主がいたとしても確実に即死させられるように。
自分を救い主だと勘違いした子供の夢を辛く厳しい現実で壊す暇も与えないように。自分は助かる救われるという夢を抱いたまま死んでいけるように。セイバー・オルタは自分を悪役から救い出してくれるヒーローなのだと子供らしく美しい夢を追いかけ続けて走り続けさせてやったままで。夢は夢のままで終わらせてやるために。ただその為だけに。
セイバー・オルタは子供を殺した。
自分のことを救い主だと勘違いしたまま、夢を壊すことなく冥土へ送ってやるため最高のタイミングで子供の心の隙間に刃を滑り込ませて一刀両断して殺してやることに成功したのである。
さしものキャスターも、この行動は予想できなかったらしく瞠目したまま多弁だった口を閉ざして黙り込み、
「神の奇跡を売り物にする生臭坊主共は茶番を好む・・・・・・」
逆に今度はセイバー・オルタがつぶやいて、自分の自説と敵の企みの“浅はかさ”について言葉の刃で追撃を開始する。
「罪なき数十人の子供たちが人殺しを愉しむ悪党に攫われて、彼らを救い出すため周囲の反対を押し切って駆けつけた正義のヒロインの活躍で、たった一人だけ助けることができた生存者の男の子・・・。
彼以外すべての者たちが助からなかった中で、一人だけでも死なせることなく助け出すことができた只一人の生存者。
数十人中、只一人の生還率・・・この生還は神の奇跡によるものだ、か。なるほど、確かによくできた内容だ。
“無学な民草に神の奇跡と尊さを分かり易く判らせてやる三文悲劇の脚本”としては、よくできた方だと褒めてやるぞ生臭キャスターよ。観客が目の肥えた王侯貴族でなかったなら、我が国で後に名をはせた大文豪が建てたとか言う劇場で上演することを、前座としてなら許可してやっても良いと思えるほどに」
「・・・・・・っ!!!」
セイバー・オルタの言葉にキャスターの表情が激しく歪み、感情が波立たされて魔術回路を通って片手に持った魔導書へと伝達し、それがパスを繋いだままだった子供の死骸に潜ませたままの其れを刺激してしまう。
バシャッン!!!
・・・左右二つに分かたれた子供の骸、その両方から大量の蛇と血しぶきが飛び出して、爆発を生じさせる。
期せずして其れが、セイバー・オルタの取った行動への答えになっていた。
彼女には最初からわかっていたことだったからだ。
あの距離から駆けだして、子供たちが一人でも生き残れているはずがないという現実を。
奇跡などと言う都合のいい幻想は、天上ではなく地上の演出家たちの手により作り出される欺瞞でしかないという事実に。
数十人の罪なき子供たちが殺された中で、一人だけ殺されずに救い出せる者がいたなら、其れは奇跡ではなく『不幸中の幸い』でしかないという現実の苦い吐息を。
彼女はイヤと言うほど思い知りながら生前を生き抜いてきたのだから、むしろ判らない方がおかしいと断言できるほどに有り触れた芸のない無学者向けの三文悲劇。・・・それがキャスターが演出家兼脚本家を兼ねた演劇に対してセイバー・オルタが下した採点だったのである。
「そもそも神の慈悲だの、救いだのと言いだしたいなら、最初から罪なき子供を人殺しの悪人に誘拐させることなく守ってやれば済むだけの話ではないか。
数十人の子供たちに生け贄役を押しつけたあげく、一人だけを残して全員を見殺しにして、あたかも一人だけ生き残らせてやったのは奇跡だ有り難がれなどと、盗っ人猛々しいにも程がある。そうは思わないか? なぁ、三流脚本家兼三流演出家のキャスターよ。ククク・・・」
「・・・・・・・・・」
セイバー・オルタの煽りに怒りが一瞬にして沸点を超え、最初からほとんど残っていなかった理性は綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまい、逆に言語能力が戻ってくるまで少しのあいだ時間ができてしまったキャスターに、セイバー・オルタは情け容赦なく止めを刺す。
「お前は先ほど全能の神と言っていたな、キャスターよ。もしお前の言う全能の神とやらが運命を操り、この世界に住む全ての人々が織りなす悲喜劇全てを自ら決めて、自ら書いて、自らが読者として読みふけり、愛と勇気の賛歌で感動し、愁嘆場では泣き崩れ、恐怖と絶望で悲嘆に暮れさせた人々を見下ろしながら興奮しているとしたら、それは―――」
「―――ただの、“自慰”行為だ。自分で自分を慰めるしかできぬ不能野郎に人々の運命全てを弄ばれるなど断じて赦せん。その様な輩は私が聖剣の刃でもって誅戮してやる。
貴様の信じる神とやらが、もしそんな変態爺のことを指しているのだとしたら、私は確かにそいつの実在を信じているのだろうさ。――この手で殺してやるために!!!」
「~~~~~~~ッッ!!!!!!!!!」
その時、キャスターが叫んだ言葉がなにを意味していたのか理解できた者は、この場に一人もいなかった。怒りの余り感情が暴走してエーテル製の言語中枢に異常でも起きてしまったのか、キャスターの叫び声は完全に意味不明なわめき声と同じものになってしまっていて人間の言葉しか翻訳できない聖杯の機能では耳にこだまする雑音としてしか再現することができなかったようである。
――だが、セイバー・オルタとしては当然でしかない言葉を言っただけだったので、その悲痛な叫び声を聞かされたところで何の痛痒も後悔も罪悪感も感じる気にはなれなかった。
なぜなら、キャスターの言う『敬虔なる神の使いによる救命』とは、自分が選んだ暴君としての道、そのものでしかなかったからである。
数十人が犠牲となった事件の中で、ただ一人生き残りがいたならそれは奇跡だろう。
だが、より広い視野で見下ろした場合、世界中で五十億人いる中で“たった数十人しかいない”快楽殺人鬼に殺される被害者役に選ばれてしまった時点で、人生最大レベルの不幸に見舞われているではないか。
神自らが書いた脚本通りに人を殺して、人を救わせて、予定調和で殺した者を殺させなかった者たちとを役割ごとに配分して世界の秩序を保っていく。
それは当世風の言葉で言うところの、『マッチポンプ』と呼ばれる行為に該当するものだろう。
そしてそれは、セイバー・オルタが生前に敵の死体から鎧兜を掻っ払って味方に着せて行わせていた戦い方とまったく同じものでしかない。
全体のため少数の犠牲を切り捨てる。
其れは自分が繁栄のために選んだ『悪の道』だ。『悪の手法』により国を守り、民を守る暴君の統治手法のことを表現した言葉でしかない。
そんなものを『尊い』だの、『神の奇跡』だのと言い出して、人を殺す口実に用いたがる人としての品性が劣化したクズ野郎など崇める神諸共にぶった切ってやるのが、人の国を治める王となった人々の王アーサー・ペンドラゴン・オルタの勤めと呼ぶべきものだろう。
そして何より―――
「と言うか、お前が生前何人の子供を殺していようといるまいと私はどうでも良いことでしかない。
お前の治める国の領地で、お前の領民をお前が幾万人殺そうとも、それがフランス人であり、ブリタニアの子供たちでさえないのなら私にとって問題はない。
赤の他人が治める国の不幸話など私は知らない。興味もない。不幸自慢をしたいだけなら他を当たるがいい、キャスターよ。
国を富ませ、民の暮らしをよくするために暴君となる道を選び取り、臣下が死のうと人々が苦しもうと何も感じなくなった今の私にその様な感情を期待するだけ時間の無駄というものだからな」
そう断言して、言い切るセイバー・オルタ。
自らが治める国と民を守るため、“それ以外の全て”を躊躇いなく切り捨てられるようになる合理主義者の暴君として道を選び進んできたセイバー・オルタにとって、ジル・ド・レェが生前に殺した子供たちも、彼が復活を祈願したジャンヌ・ダルクも。どちらも所詮は憎むべき敵国人たるフランスの民と将軍でしかない。
そんな連中の命と死を、自らが守ると決めた国民と臣下たちの其れとを等価で見られるほど不平等になった覚えはない彼女としては、至極妥当な敵国人の武将に訪れた『ザマーミロ』な悲劇。・・・その程度にしか過ぎなかったから・・・・・・。
その時、突如として森中に軽やかで凜々しく爽やかな笑声が響き渡った。
・・・どこかで聞き覚えのあるような無いような、そんな印象がする声の主はやがて両手に、赤と黄の光を携えたまま姿を現す。
「無様だな、キャスター。もっと魅せる策でなければ英仏戦争の英雄の名が泣くではないか」
「ランサー!? どうしてお前ここにいる!?」
なんかいきなり現れた罪作りなほどの美丈夫が、自分に向けてはウィンクしながら、敵に向けては皮肉と罵声を同時にぶつけてきた姿を呆気にとられて見つめ返しながらセイバー・オルタは改めてその男、ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナに問いかけようとする。
「何者だ!? 誰の許しを得て私の愛を邪魔立てするか!?」
と思ったのだが、先にキャスターの方からお株を奪われてしまう。
「それとも貴様か!? 貴様のせいなのか!? 我が愛しの聖女がおかしくなったのは貴様のせいなのだなーッ!!! このたわけたわけたわけ中途半端な全身タイツめがーッ!!」
「中途半端!?」
しかもブチ切れたことにより、ただでさえ少なくなりすぎてた理性が完全にどこか遠くのお空の彼方へ・・・お国柄的に月の反対側にでも蒸発してしまったらしいキャスターは、自らがジャンヌ・ダルクと信じたいから信じ続けるセイバー・オルタがおかしくなった原因までをもディルムッドに押しつけてきやがった! 完全に八つ当たりであり、言いがかりである!
このセイバー・オルタは! ・・・呼び出された最初の頃から大体変わらずこんなペースで生きてないけど生きてきている。ディルムッドは特に関係してない。てゆーか大分久しぶりな気さえしているぐらいだし・・・。
「・・・で? 征服王じゃないが、今度はお前何しに出てきた・・・・・・」
「ふっ、愚問だなセイバー。貴様の首は俺の勲と宣言しておいたはずだぞ? キャスター如きに狙った獲物を横取りされたのではフィオナ騎士団一番槍の名が泣くのだよ」
そう答えて共闘の構えを取るランサー。
特に味方がほしいほどの窮状ではなかったが、逆に言えば二正面作戦をやらされるのは御免被りたくて仕方のないセイバー・オルタとして受けるより他に道はない。
渋々横に並んで剣を構え、信頼の証を示しておくためにも背中を預けるポーズを取った彼女に、コイツまで都合良く解釈したのか好意的な視線を向けてくるディルムッド・オディナ。
「・・・真の胸の内を晒すとな、セイバー。今し方、我が主がお前の主に一騎打ちを挑むため、そちらの本丸へと斬り込んでいった故、俺はお前を足止めしがてらキャスターを仕留められる機会を伺うよう命じられていたのだ」
「・・・・・・」
「だが、やはり俺にはこういう戦い方の方が性に合っている。お前がキャスターを追い詰めるまで見物していた挙げ句、獲物の一番うまい肉だけ掻っ攫おうとするハゲタカの様な生き方は俺にはできん。
・・・無論、ここでこの事をお前に教えてしまうことが我が主に対して造反も同然の判断なのだと言うことは承知しているが、だがしかし!!」
「・・・別にそこまで気を遣わんでも、マスターの邪魔をしに行くつもりはないから気にしなくていい。一騎打ちなら卑怯でも何でもない、決闘方式だからな。
それで敗れたなら、我がマスターもその程度だったのだと私の方でも諦めがつく」
「騎士王・・・! 忝い!!」
感じ入ったように頭を垂れ、せめて騎士道の祖として騎士としての礼を貫く偉大なる騎士王に最大限の敬意を示すため、キャスターを討つためには協力は惜しむまいと心に誓ったランサーは知るよしもない。
セイバー・オルタが自分と背中を合わせながら、心の中でこんな事を思っていることなど、読心の魔術が使えない騎士である彼には知ることなど不可能だったから―――。
(敵が一騎打ちの決闘しに来たわりには、新しい指示は来ておらずパスにもなんら異常は伝わってこない。
自分一人でなんとかできる程度の相手だから、私はここでキャスターとランサーを足止めしておけばいいという無言の意思表示と解釈しておいて問題なかろう。
もし何かあったら令呪で一瞬の距離でもあることだし、気にする必要もあるまい。気楽にキャスター戦に集中させてもらうとしようではないか!!)
「行くぞ、ランサー。断っておくが、私なら左手一本だけであの狂人サーヴァントを軽く捻り潰してやれる。だから見物していてくれても良いのだぞ?」
「フン、その程度なら造作もない。お前こそ今日は俺に任せて、騎士の戦いぶりを貴賓席から見下ろす姫君にでもなったつもりでいるがいいさ!」
「貴様ァァァァッ!! キサマ貴様キサマ貴様貴様キサマキサマもう許さぬ! この私ジル・ド・レェを下級兵士であるかのように見下すとは思い上がるなよ匹夫めがァァァ!!
プレラぁぁぁぁぁぁテぃぃぃぃぃぃぃぃッッズ!!!!!!!」
つづく