もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
*ちなみに内容的には、『やったね!ソラウちゃん大勝利回』となっております。
・・・・・・アインツベルンの森で衛宮切嗣と戦い、敗れ、殺される寸前にランサーによって助け出されたケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、隠れ家として利用している廃工場の中に横たわり、深い深い眠りの中で奇妙な夢を見ていた。
――テーブルを飾る肉と酒。燦然と輝く燭台の列。ミコルタの大宴会場にはエリンの貴族たちが一堂に集い、今が宴の最高潮。
アイルランド大王コーマック・マック・アートの息女グラニアが、ついに婚約を交わすのだ。
相手は誰あろう、クーアルの息子フィン・マックール。知恵の鮭の油に英知を授かり、癒やしの水を司る大英雄。天下に無双と謳われたフィオナ騎士団の首領である。これほどに目出度い縁談が他にあるだろうか?
老雄フィンに付き従っているのは、彼の息子にして詩人のオシーン。その孫にして英雄のオスカー。そして一騎当千の勇者たちだ。
俊足のキールタ・マック・ロナンがいる。ドルイド僧ジャリングもいる。
『戦場の旋律』ガル・マック・モーナも、コナン・オブ・ザ・グレイ・ラッシィズも。
皆が皆、この婚約が彼らの主に無限の未来と栄華とを保証してくれるものだと信じて疑うことなく心から祝い、祝福の言葉を交わし合っている。
――そんな中、投げかけられる無数の賞賛の輪の中心で一人佇み、傍らに立つ巨大で勇壮で自分より二十以上も歳の離れた偉大な英雄であり婚約者であり、今日の夜から夫となる初老男性に優しそうな瞳で見下ろされていた美しい容貌を持つ姫君が近くにいた侍女に声をかけ、自分たち二人に向かって酒杯を掲げているフィオナ騎士団勇士たちの中で一際目立つ、その人物はなんという名なのかと問いただして答えを聞くと、虚ろな瞳に奇妙な色の光を灯しながら陶然と彼の者の名を呟く・・・・・・
「ディルムッド―――オディ▲■♥★・・・・・・・・・」
そして急に、夢の中にノイズが混じり始める。
ケイネスとてサーヴァントと契約を交わしたマスターが、ごく希に夢という形で英霊の記憶を垣間見ることがあるとは聞いていたし、まさかこれほど真に迫った光景として目の当たりにするとは思っていなかったとは言え、あくまで英霊がパスを通じてマスター側に情報が垂れ流しになっているだけの、謂わば他人の記憶を覗き見しているだけの現象にノイズが混じりだして上手く音声が聞き取れなくなり、見ている光景が乱れ出すなどという状況は理解の域を絶しすぎている。
令呪という繋がりによって少なくとも聖杯戦争のシステム上では二人一組という括りで縛られることになったからこそ、魂のレベルで繋がりが生じて偶然見ることが出来るようになっただけに過ぎない過去の記憶が肉体的な弊害によって阻害されるとは考えずらいし、不変の存在として世界に固定された英霊たちの記憶に変化など生じるはずもない。
ならばこの原因は、自分にあるということになるだろう。
自分が・・・この神童ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、正しい光景を見ても正しく理解することが出来なっており、ありのままの光景を見せられても正しく認識できなくなっていると言うことになる。
確かに届けられた情報が正確であっても、情報を受け取った側が正しく認識できる知能や知識を持っているとは限らない以上、そのような誤認や錯誤は人同士の関係として差して不思議なことではない。
だがね、ウィバー君。私に限ってその様なことは決して起きない。間違っても絶対にあり得ないことだと断言できる。
君のそういう妄想癖は、魔導の探求には不向きだぞ。わかるかね? ウェイバー・ベルベットく~~~ん・・・・・・・・・
――こうしてケイネス・エルメロイ・アーチボルトは意識を少しずつ覚醒させてゆく。
どこまでが夢で、どこからが幻想で、どこからどこまでが現実なのか判らなくなってしまった夢と現の狭間を行き交う頭の中で様々な思索に耽り続けていた彼は。
「――気がついたようね、ケイネス」
「ああ、ソラウか。今日も君は一際美しいな。思わず中世物語に出てくる姫君と君がダブって見えてしまいそうになったほどだよ。はっはっは」
自分が少し前まで『ディルムッドとグラニアの物語』の一場面を夢の中の光景として見ていた過去など綺麗さっぱり忘れて、その夢の登場人物の一人グラニア姫と自分の愛する美しい妻とが似ているのを見てもデジャブとしか感じることなく笑い飛ばす。
逆に相手は、痛ましそうな視線と表情で夫の全身を眺め回すと、努めて優しい口調で確認するように質問をする。
「・・・調子はどう? ケイネス・・・どこか痛むところとか、不自由に感じる部分はないかしら?」
「うん? ・・・ああ、そう言えば少し寝苦しい気がするな。寝過ごしてしまったせいかもしれないが、寝返りをうちにくい姿勢になってしまっているようだね」
そう言ってケイネスは、簡易寝台の上で仰向けにされたまま胸と腰とをベルトできつく緊縛されている自分の身体を見下しても尚、なんとも思わなかったことを示す口調で軽く流して水を欲した後。
飲み終えた水差しをソラウの手で、元の机の上に戻してもらいながら張り切りまくった往事のような若々しい声を上げ、威勢よく立ち上がって颯爽と歩き出す!
「さて、そろそろ出発しなければ講義の時間に間に合わなくなってしまうな。今日は私の教え子の中からプライドの位階を手にする優秀な生徒がはじめて選ばれるかもしれない重要な日だ。一級講師である私が遅れる訳にはいかん。直ぐに準備をして教室へ赴かねば!
学部長共の老害たちでは彼らの才能を無駄に費消することしかできんだろうから・・・」
・・・・・・そんな自分の姿を、自分の頭の中だけで思い浮かべながらケイネスは、指先一つ自分の力だけでは動かせなくなってしまっている現実の自分の肉体を捨てて、夢の中で輝かしき栄光の日々を送り続ける自分の姿をこそ正しい真実の姿であると確信したまま独り言をブツブツと呟き続けて、虚ろな瞳を空虚な天井へと向け続けるだけ・・・・・・。
「・・・・・・ケイネス・・・ッ」
余りにも悲惨すぎる夫の姿に耐えられなくなったのか、ソラウは片手で口元を押さえながら俯いて走り出し、廃工場の外でいつもの待ち合わせ場所に使っている地点まで止まることなく走り続ける。
・・・たとえ英霊であろうと、手の下にある表情を透かし見ることが決して出来ないよう、手の平を唇に直接当てて覆い隠すという徹底さで以てソラウは自分の真意を、どこで盗み見られていようと気づくことが出来ない万が一に備えて準備を整えながら、例の待ち合わせ場所・・・・・・逢い引き現場へと到着する。
「ランサー、出てきて下さい。話があります」
毅然とした態度でソラウは夫に仕えるサーヴァントに呼びかけて、主の妻からの呼び出しに即応して英雄ディルムッドはすぐ傍らに姿を現し実体化する。
慎み深く伏せた目の下で、なおも艶やかに一粒の黒子の存在を主張させながら――跪いて顔を伏せ、相手の視線から自らの表情と眼を隠すように悄然とした空気を纏わせた姿で忠実に・・・・・・。
「外の様子に異常はありませんか?」
「今のところは安全です。希にキャスターのもとからはぐれたらしい怪魔が徘徊している気配がありますが、ここを嗅ぎつけて襲ってくる素振りはない。ケイネス殿の結界敷設はまだ綻んでおりません」
相手からの返事にソラウは頷いて見せたが、ほとんど儀礼的に返しただけの仕草であって、胸の内では先の報告になんの感想も胸の内に湧いてきてはいなかった。
感じるべき理由がなにもなかったからである。
自分は、少なくとも行動面においてやましいことは何もしておらず、『今の状態になってしまったケイネス』を相手に何かやましいことが出来る要素はどこにもない。時折ほくそ笑みを浮かべそうになる時には必ず口元に手を当てて物理的にも魔術的にも見えなくしてもいる。ランサーのサーヴァントであり、槍兵の英霊でもあるディルムッド・オディナに真相を目視できる術は持ち合わせがない。
警備面においては言わずもがなだ。魔術師で、しかも政略結婚の道具で嫁がされてきただけの自分に、フィオナ騎士団随一の騎士が「安全だ」と保証してくれた言葉にケチをつけられる理由も知識も利益も、差し出口を叩く気さえ一切ない。
「して、ソラウ様。ケイネス殿の様態は――?」
「重傷です。命が助かっただけマシだったと断言できるほど様態は最悪と言っていいでしょう」
「・・・・・・」
感情を感じさせない口調でランサーを見ることなく、バッサリと事実だけ先に告げるソラウに、ランサーは項垂れるようにして言葉をなくす。
その姿をソラウは見ようとはしない。・・・見たいと願う願望を必死の努力で押さえつけながら遠くを見つめ、何もない空間に向かって己の夫の様態について懇切丁寧に説明していく。
「一通りの処置は施しましたけれど・・・・・・間に合ったのは臓器の再生までで、神経の方はどうにもなりません。
腕はリハビリ次第ですが、脚はもう駄目かもしれない。少なくとも、立って歩けるまでの回復は望めないでしょうね・・・・・・」
「・・・・・・」
淡々とした口調で語られる、己のマスターの予想以上に悪い窮状にランサーの沈鬱だった面持ちは、まるで自分自身が病人であるかのように真っ青な其れへと変貌していく。
まるで微速度撮影でも見るかのように鮮やかな変貌ぶりであったが、ソラウはその光景を見ることなく抑揚のない口調での説明だけを続けていく。
それは夫の悲劇に直面して、感情を押し殺して説明を続けている愛妻のようにも見えたし、夫の様態に関して興味を抱かぬ浮気相手へ恋慕している売女のようにも見える、どちらとも判別しがたい微妙すぎる仕草と声音。
そう見えるように、そう聞こえるように心の中で何度も何度も練習してきたソラウにとって、棒読み口調でランサーに説明を続けることは苦痛ではなかった。
「それに、魔術回路が暴走して壊滅している。ケイネスは―――“私の夫”は、もう二度と魔術を行使できなくなってしまった・・・。魔術師として再起する日は二度と来ることはない・・・」
「・・・・・・」
魔術師として最も身近で、かつ何よりも致命的な末路を夫が辿らされてしまったことについて語る時も、ソラウの声と言葉に感情の揺らぎはどこにも見当たらない。
其れはあながちウソの演技というわけではなかった。なぜなら本当にソラウは、夫の様態に関してなんの感情も抱いていなかったからだ。
否、むしろ夫の様態は自分にとって『最高のプレゼントをくれたものだった』と気づいた時、形式上の夫に対して結婚してから始めて心からの感謝を捧げたくなってしまったほどのものであり、この件に関する限り誰かのことを恨んだり憎んだり責めたりする気持ちは彼女の中で少しも無い。
「そして何より厄介なのは―――脳に負ってしまったダメージが思いのほか大きすぎたことです。
おそらくは魔術回路を焼き切れた痛みで意識を失い、強制的に取り戻させられた後、余りの痛みと苦痛に耐えきれなくなってしまった故に負ってしまった脳障害なのでしょうね。今のケイネスにとって現実世界と空想の世界は区別がつける状態にはない・・・・・・」
「・・・・・・ッ、―――」
タイミングを見計らって放たれた、ランサーが『本当に知りたがっていた』ただ一つの正しい情報を正確に教えられ、英霊ディルムッドは唇を噛んで悄然としながら黙り込む。それしか、出来ない・・・。
――魔術回路の暴走は、確かに魔術師にとって最も身近で、何よりも致命的な危険でもあるだろう。
それ故にこそ、その事あるを覚悟して、その様な自体にならぬよう精神修行に励んで魔術を暴走させることなく制御して使いこなせるようになるのが魔術師でもある。
・・・だがそれは、あくまで意識的にやっている修行方法であり、事故と事故後の障害を防止するための手段と方法を実践しているに過ぎない。
例えるなら魔術師にとって魔術回路を暴走させないための精神トレーニングは、事故が起きること、事故による障害を負う事そのものを防ぐために警察官が小学校に自転車の安全な乗り方をレクチャーしに来てくれるものに分類され、事故が起きた後に怪我を治療する手段として役立つかどうかは不鮮明な代物でしかない。
今回のケイネスに限って言えば、今まで積み重ねてきた訓練は結果として効果を発揮し、切嗣の放った起源弾によって死ぬことはなく、ランサーによって運び込まれてきた時にも身体はともかく意識はやがて元通りに回復することが出来ていてもおかしくはなかったのだ。
・・・・・・だが、切嗣が逃げるための足止めとして撃ち込んでしまった心臓マッサージ弾によって、すべてが台無しにされてしまった・・・・・・。
自分の使った魔術を魔術回路にまでフィードバックさせられ、全身の神経が支離滅裂に誤作動を起させられ、心肺器はズタズタに引き裂かれ、洒脱なスーツを纏った長身で踊らされた無様なダンスでさえ実態はただ倒れ伏すまでの身体が勝手に動いていた意味不明な反射動作でしかなかった程の大ダメージを、『たった一発の銃撃』で負わされた肉体。
その余りの激痛に、ケイネスの精神は一瞬にして気を失わされることとなったが、逆に言えば彼の心は平穏極まる闇の世界へと落下してゆくことによって緊急避難を実行できていたとも言える状態でもあった。
これが切嗣の放った【起源弾】の目的が、敵を確実に仕留められるよう無力化させることであって、痛みを味あわせることではなかったからという部分が大きいと言える。
魔術を使えなくした上で、しかも気絶している相手ならば通常弾でも確実に殺れるが、逆に痛みで床をのたうち回っている相手は意識して動いていないため外れる可能性が出てきてしまうことにもなりかねない。
だからこその正確無比にして冷酷非情。・・・それでいて、一瞬にして意識を刈り取り二度と目を覚ますことなく相手に死をもたらす衛宮切嗣の『魔術師殺しによる救済目的での殺し』は形作られている。
――だが、あの時はそうはならなかった。
マスターが切嗣に倒されたことを知ったランサーが援軍に駆けつけようと走り出し、切嗣のサーヴァントであるセイバー・オルタが己のマスターに危機を知らせるため念話を飛ばし、自分の身に『ランサー急速接近』という危機が近づいていることを知らされた切嗣によってケイネスの身体には意識だけを取り戻させるための『その後にどうなるかは考えてない一弾』が撃ち込まれてしまったことから意識“だけ”を取り戻させられてしまい、全身を苛み続ける激痛にソラウの元に連れ帰るまでず~~~~~っと味あわせ続けられる羽目になってしまってたのが、アインツベルン邸で救出されてから廃工場に着くまでのランサーのマスター・ケイネスだった。
「・・・自分が、もっと聡く状況を見極められていれば・・・・・・主をみすみす死地に赴かせることなどなかったものを・・・・・・」
「そうですね、ランサー。残念ですが、今回ばかりは私にも貴方を擁護することは出来そうにありません・・・。
ケイネスにも問題があったとは言え、貴方がサーヴァントとして全力を尽くしていたとは正直言うことの出来ない結果になってしまったのですから・・・」
「・・・・・・」
なので今回ばかりはランサーも、ソラウからの言葉に、口ごもることしか出来ようはずもなくなってしまっていた。
ケイネスを運んでくる途中に、彼が最善を尽くしたとは自分自身でも思えていないことも罪悪感を重苦しいものにしていた一因であろう。
なにしろ瀕死の重体でもがき苦しんでいる重症患者である。普通の人間が持つ医術ではまず助からないような負傷を負わされた者を助ける場合、古代の英雄騎士であるディルムッドに出来ること、やってきたことと言ったら『今すぐトドメを刺して楽にさせてやること』ぐらいなものでしかない。
土台、敵の命を奪うために人生の大半を修練につぎ込んできた騎士に、重傷を負わされて苦しんでいる人間を当て身で気絶させて、その当て身が原因で医者の元へたどり着いた時には死んでない程度に力加減するやり方なんて分かるはずもない。
その結果ランサーは、負傷したケイネスをソラウの元まで運んでくる途中で結構な時間を無駄に浪費してしまっていた。
彼のクラスが『ランサー』で、『キャスター』でなかったことも裏目に出てしまってもいた。
純粋な武人であり槍兵でもある彼には、姿隠しの魔術など使えない。と言って痛みに苦しみ叫びまくっているマスターを人目に触れることなく一直線に町中突っ切って誰にも気づかれないほど速く走れる敏捷性は流石に持ってないし、自分だけ霊体化したらケイネスが持てない。
・・・・・・八方塞がりの中で、自分なりに最善を尽くそうとは努力したのだが、必死で頑張ったことだから悪い結果が出ることなんてあり得ない――などという子供じみた理屈が通用するほど現実は甘くなく。
結果的にケイネスの脳味噌と心は痛みに耐えきれずに崩壊。現実逃避して理想の自分世界にトリップしたまま、時々しか還ってきてくれなくなってしまっている状況に今のランサー陣営は立たされてしまっている窮状にあった。
当たり前の話だが、正気を失って聖杯戦争のこともハッキリとは覚えていない相手から自主的に令呪を譲渡してもらえたなどと言ったところで信用するバカなどいないし、脅迫して奪い取ったか、力尽くで奪い取ったかの二択で手に入れたと決めつけられるのが関の山である。
だからこそソラウは、その道を諦め、別の手段を考えついたのだ。
用済みとなった役立たずの夫を生け贄として、自分が愛する男と共に歩めるようになる唯一の道を歩む方法を・・・・・・ッ!!!
「ケイネスの様態は今話した通りです。あの身体を癒やすには奇跡の助けが必要だわ。それが叶うのは聖杯だけでしょう」
「・・・・・・」
「ですが同時に、今のケイネスの様態ではマスターの権限を私に譲ることもできはしない・・・」
「・・・・・・・・・」
「ランサー、貴方は今宵から私を新たなマスターとして仕え、私のサーヴァントとして聖杯戦争を戦い続けることが出来ますか?」
静かな口調で問われた美貌の英霊は、しばし黙して視線を落とした後、やがて『予想通り』俯いたまま頭を振ってソラウの申し出を拒絶した。
「私は、ケイネス殿に騎士としての忠誠を誓った身です。ソラウ様・・・・・・その申し出は、承諾できない」
予想していた通りの反抗に、ソラウは内心で心の底から安堵の吐息を漏らしつつも、表面上は冷然とした氷の女王たるに相応しい威厳を持って相手の目をまっすぐに見つめて相対する。
「もとより貴方は、私の魔力によって現界しているサーヴァントであり、そして今は令呪を持つケイネスが己の判断で動くことの出来ない精神になってしまっているのに、それでも?」
「魔力を頂くのも、令呪の縛りも、これとは何の関わりもない話しです」
申し訳なさそうに目を伏せたままランサーは粛々と続け、ソラウは逆に相手から一瞬足りとも目を離そうとしない。
・・・その覚悟の強さがディルムッドには、やや不気味ではあったものの、それでも彼は騎士として己の意思を曲げることだけは決して出来ない。
「私はサーヴァントである以前に一人の騎士なのです。忠義を尽くす君主は、ただ一人しか有り得ない。ソラウ様、どうかご容赦を―――」
その瞬間、ソラウは心の中で言うべき言葉を放つ瞬間は今この時だと確信した。
「逃げるの? ディルムッド。恋心から助けられたはずの貴方を見捨てたフィン・マックールと同じように」
その一言がもたらした変化は劇的なものだった。
今の今まで忠義の騎士として誠実に、そして真摯な態度で尽くし続けてきてくれた美貌は、耐えがたい恥辱と侮辱によって憤怒に歪み、声量こそ静かに抑えながらも心の内部では嵐を渦巻かせている光景を見る者すべてに想像させずにはおれなくさせる光を瞳に宿し、先ほどまで目を逸らしていた視線をソラウに向かってハッキリと突きつけ、怒りを訴える。
「―――ソラウ様、どうか今のお言葉だけは、撤回を―――」
だが、ソラウは怯まない。内心で恐怖を抱かされながらも、それに勝る歓喜に心を打ち振るわせていたのだから。
「知っていますよランサー・・・、いいえ。ディルムッド・オディナ。貴方が私にグラニア姫を重ね見ていた眼差しのことを・・・」
・・・・・・今度こそランサーは言葉を完全に失い、絶句させられるしかなかった。
何故それを? という疑問もある。
それを知っていて自分に同じ目を向けてきていた理由は那辺にあったのか? と問いたい疑念もある。
だが、それらを言葉にする必要だけはなかった。
・・・・・・何故なら相手自身の口から真実が語られる方が先だったから・・・・・・
「正直に白状しましょう。私は夫よりも貴方に心惹かれていました。出来ることなら全てを擲って貴方に想いを伝えて応えて欲しいと希ってしまうほどに・・・・・・」
「・・・・・・」
「そして、その想いは今なお私の胸の内に消えることなく在り続けている・・・。愛するべきはずの夫が窮地にあると知りながら、それでもなお心のどこかで貴方の本当のマスターになることができると喜んでいる自分が確かに、確実に存在し続けている・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
相手が思い詰めた表情で己の胸の内を語って聞かせてくる告解を、ランサーはただ押し黙ったまま聞き続けることしかできずに、肯定も否定も返す意思や言葉を持ち合わせることが出来ない状態のままでいる。
「・・・それでも私は、このような自体になってしまった以上は、ケイネス・エルメロイの妻としての義務を果たそうと思います。
それが魔術師の名門一族ソフィアリ家の一員として生まれ、神童ロード・エルメロイを輩出したエルメロイ家に嫁いだ女として、私が果たすべき義務であり責任です。たとえ女として矛盾した想いを抱えたままであろうとも、責任ある家に生まれた者として義務を放棄するわけにはいかないと思うから・・・・・・」
そんな相手に、恋心がこもって潤んだ瞳を向けながら、それでも彼女はきっぱりと己の心に嘘を吐くことを宣言して、己の立場に伴う責任と義務を全う道をこそ選ぶと。
「・・・だから、お願いランサー。私に力を貸して。私を守って、共に戦って欲しい。一人では何もできない私が義務を果たすまでの間だけで構わないから、どうか私を支えて欲しい。私と共にサーヴァントとして聖杯を勝ち取る手助けをして欲しい・・・・・・」
「で、できませんソラウ様・・・。ケイネス殿が戦いを破棄する道を選ばざるを得なくなった以上、私には聖杯など求める気持ちは微塵もない・・・・・・」
追い詰められたと自覚してきてしまったディルムッドが不器用に逃げの手を打ち、ソラウは逆に心の中で周到に練り続けた罠に獲物がかかり、必殺必中の間合いへと自分から入り込んでしまったことを理解して、勝利の確信と共にトドメとなる一言を放つ。
「英霊である貴方が生前のグラニア姫に拘る気持ちは分かるつもりよ、ディルムッド・・・。
だけど、私は私。グラニア姫はグラニア姫だわ。
彼女との悲恋を理由に、私とケイネスを見捨てることは貴方にとって逃げることではないの・・・? ランサー」
「――――――ッ!!!!!!」
この時、ランサーのサーヴァントとして召喚された槍兵の英霊ディルムッド・オディナは、答えを得た。
・・・そうだ。自分はケイネスに召喚された時たしかに誓っていたはずだった。
『報償など必要ない。ただ今生の主たる召還者に忠節を尽くし、騎士としての名誉を全うすること。それだけが己の望みである』―――と。
だが実際に己の行ってきた所業を振り返ってみれば、ひたすらに生前で味あわされた絶望と慟哭を恐れて、かつての悲劇を再現したくない、主君による謀殺で二度と斃れるのは御免だと願い続けて、その不遇なる結末を覆す事だけに執念を燃やして執心した。
人はそんな己の想いのことを『悔恨』と呼び、それをやり直すことを望む己の願いを『願望』と呼ぶ。
(・・・なんだ。そういう事だったのか・・・)
ひどく晴れやかな想いと共にランサーは苦笑して、己が今の今までずいぶんと遠回りをしてきた事実にようやく気づく。
・・・自分には最初から叶えたい願いがあり、願望があり、悲願があったのだ。それ故にこそ、己の願望を基準にしてケイネスを見て、ソラウを見ていた。
そして今もそうだ。
自分が避けようとしているのは、猪の牙に貫かれて死に瀕した自分を助けられる癒やしの力を持ちながら、かつてグラニア姫を取り合って争い合った恋敵への苦い嫉妬によって心に迷いを生じさせたが故に死なねばならなくなった己の生前を繰り返したくないから、というだけが真の理由ではなかったのか?
自分は今、フィン・マックールになってしまうところだったのだ!!!
「―――誓います、ソラウ様。私はケイネス殿のサーヴァントとして忠節を尽くしながら貴女に仕え、必ずや我が主ケイネス殿に聖杯を捧げるため戦い抜くことを・・・・・・」
・・・・・・その気づきがディルムッドに、生前に果たせなかった騎士の忠義を貫く事への未練を諦めさせた。
ただ一度きりしかないかもしれない挽回の機会。
騎士として槍を執ることが許された、二度目の人生―――
だが所詮、人の一生は一度きりで二度目はない。今ここに居る己自身であってさえ、英霊の座にいる本体の影でしかなく、今生で得られた名誉挽回を成し得た達成感も座に戻れば記録の一つとしか扱われる事のない泡沫の夢・・・・・・
「私はケイネス殿に仕えながら、ソラウ様。貴女にも尽くす。たとえ騎士として不忠と罵られようとも、それが今生において私が貫くべきと決めた騎士道だからです」
決然とした決意を込めた漢の顔で、ディルムッドは笑い、ソラウも力を込めて固くしていた表情を緩めて微笑みを浮かべ合う。
やがてディルムッドが気恥ずかしさから偵察に出ると告げられ、ソラウもまた寝所へと戻っていった、その瞬間。―――ソラウは確信する。
“落ちた”
―――と。
「・・・やはり、ディルムッドを落とすには前例を参考にするのが一番だったわね・・・さすがはグラニア姫だわ。前の女が使った手口出ないと落とせないのだけは少しだけ癪だけど、効果だけは異論の余地がない・・・」
そう呟いて、近くの棚の奥に隠しておいた一冊の本を取り出し、愛おしそうな手つきで表紙を撫でる。
動く事のできぬ夫と、見た目が目立ちすぎるサーヴァントの代わりに食料などを買うため街に出たとき購入してきた書籍。(冬木市は外来の者が多いのか英語の本を扱ってる店があって助かった。・・・筋肉ダルマのサーヴァントに出会った瞬間には死ぬかと思ったけれども)
そのタイトルを彼女はこのとき、声に出して読み上げる。
「【ディルムッドとグラニアの物語】―――」
そうなのだ。
ディルムッドに恋した現代の美姫ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが、惚れた男をモノにするため参考にしたのは誰あろう、ディルムッドにとって運命の女ファム・ファタールならぬグラニア姫だったのである!
そんな現代のグラニア姫ソラウから見た、中世初期のグラニア姫はどう映ったのかと言うと・・・・・・。
「でも、流石に国際結婚の場から相手国の家臣の一人を浚っていってしまったグラニア姫だわ。この手練手管には同じ女として、脱帽させられるしかないほど完璧すぎる・・・・・・。
まさか【祝宴の料理に一服盛って全員を眠らせ相手の男性を部屋へと連れ込み二人きりになり】【騎士の誓いに則って手を出してこない彼を手込めにしてしまう】・・・・・・こんな完璧すぎる惚れた男性の落とし方があっただなんて箱入り娘の私は今まで知らなかった!
教えてくれてありがとうグラニア姫! あなたは私とディルムッドを結ばせてくれた恋のキューピットだわ!!」
・・・最低だった。割と最低最悪な評価の仕方と解釈でソラウは、グラニア姫を絶賛していたが、言ってる内容自体は必ずしも間違ってないので余計に困る。
中世と現代とでは色々と価値観や倫理観とかが違っているため、当時として美談な物語であっても、今の基準で考えると単なる犯罪でしかない騎士道物語とか童話ってのは多いものである。
何というか、歴史というモノは意外と夢がない。
「・・・どのみちサーヴァントである彼と私が結ばれる未来を願うのならば、聖杯を勝ち取って奇跡で彼を人間として受肉させるしか他に手がない。
そしてケイネスが戦えなくなり、私が前線に立たなくてはならなくなった以上、その望みもほぼ断たれてしまった・・・・・・。私ではランサーを勝利に導いてあげることは限りなく不可能に近いから・・・・・・」
それが、今回の計画を思いついてより彼女が考え続けてきた勝ち筋の立て方の結論だった。
ケイネスは確かに戦士としては二流だったが、魔術師としては一流だった。対して自分は魔術師としてさえ二流であり、戦場経験は一度もない。
前線に立つケイネスが事実上リタイアしてしまった事によって自分が前に出なければならなくなった現状、魔力供給のパスと令呪による束縛のパスの分割というアドバンテージも失われてしまった。
そして何よりのトドメとして、ケイネスを破ったマスターが敵にいる。
自分よりも魔術師としては遙かに格上に当たる【神童ロード・エルメロイ】に攻め込まれながらも完全に撃退して魔力回路の暴走まで起こさせるに至らせてしまった強敵が敵の中にはいるのだ!!
・・・・・・このような戦況で、自分がケイネスに変わって指揮を執れば勝つ事ができるようになると思い込めるほど、ソラウは魔術師としての自分に自惚れてはいないつもりだった。
あるいは、ケイネスが身体だけ不自由になって自我を保ったままであったなら話は別だったのかもしれない。彼から令呪を譲渡させられればディルムッドとの絆をより確かなモノにできると確信して暴走していた危険性が自分の恋心にはあるとソラウ自身も自覚している。
だが、そうはならなかった。
切嗣が召還したサーヴァントがオルタ化していたせいで関係が悪化せず、マスターの危機は素直に伝達して緊急避難を呼びかけられた切嗣が時間稼ぎのため後先考えずに撃った弾がケイネスから正気を失わせてしまったことにより、ケイネス自身の主体的な意思で令呪の譲渡が不可能になった状態を目の前にしてソラウが考えついた作戦は全く別のモノになってしまわざるをえなかっていたからだ。
「・・・私には、ディルムッドと共に在り続けることは出来ない。その力が私にはない・・・」
「けれど――――」
「共に在り続けることはできなくとも、共に滅びる事だけはできる力と立場を私は持っているのだから・・・・・・だからこそ―――」
こうしてディルムッドの騎士道精神は、現代のグラニア姫となったソラウの恋心という情念によって、己の生前とも物語とも異なる道を清々しい気持ちのまま歩まされる事になってしまったのであった・・・・・・。
まぁ所詮、泥に汚染された聖杯が女運最悪でラック最低値の英霊に与えた第二の人生なんて奇跡は、この程度の代物である。
続く
心機一転の補足:
もともと上手い書き方が思いつけなくて更新が止まっていた今話だったため心にしこりとなってたみたいです。
書き終わって半日近くが過ぎた今は、色々と思考がクリアになってきたみたいですので他の作品も含め、心機一転した気持ちで改めて更新目指して急がせて頂こうと今になってようやく思えるようになってきたみたいです。