もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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前回入れる予定で文字数足りなくなった言峰&アーチャー陣営メインのお話しです。
セイバー・オルタの物語描くためには、必要だけど主人公が書けない話のため、早目に終わらせたく思い、他より優先して完成させて更新した次第。

他作品の更新を御待ちの方は今しばらくお待ちください。書きたい時に続きが書けない作品があるのはチト辛かったので…。

――尚、今話は綺礼ファンの方々には不快になるかもしれない描写が多くあります。イヤな場合は読み飛ばしてしまって問題ありません。大枠の流れは原作通りですから。


ACT23

 

 とある男の話をしよう。

 誰よりも理想に燃えていた訳ではなかったが、それ故に退屈はしていた男の物語を。

 

 その男の感性を強いて要約すればCOOLだった。

 人間は“智”を誇り“無知”を恐れる。

 どんな恐怖の対象であれ、それを“経験”し“理解”できたならば、それだけで恐怖は克服され、理性によって征服される。

 だからこそ銀幕やブラウン管の世界では、悲鳴と嘆きと“死”に満ちあふれているのだろうが・・・・・・“死”ばかりは、どうあっても生きている内に経験できる事象ではない。

 

 だが、その男は違った。

 彼は誰よりも愚かだったのだろう。どこか壊れていたのだろう。或いはカルト教団から聖者と呼ばれる類いの、常軌を逸した狂人となる使命を帯びていたのかもしれない。

 

 彼はただ、ひたむきな好奇心で“死”について知りたいと願ってやまなかっただけ。

 動脈出血の鮮やかな赤色を。腹腔の内側の中にあるモノの手触りと温度を。

 それらを引きずり出されて死に至るまでに、犠牲者が感じる苦痛を。それが奏でる絶叫を。

 殺人は罪だと人は言うが、地球上には50億人もの人間が犇めいている中で、彼の殺めてきたダイナマイト一本あれば追い抜かれる生命の数など一体どれほどの重みがあるというのか――?

 

 そして今日、彼は己の罪の果てに最大の罰を受けることになり、彼の哲学は一騎のサーヴァントが記録として英霊の座に持ち帰るだけで、他の誰にも語られることなく知られぬままに闇へと消える。

 

 だが、もし。彼の思考を、『死の哲学』を。

 死を理解するために相手を殺し、相手の生命力を、人生への未練を、怒りや執着といった感情を、ありったけ絞り出させてから殺した時に感じられるカタルシスを。

 

 ・・・・・・“この男”が聞くことができた平行世界が、もし在ったとしたら。

 第四次聖杯戦争に、ナニカ影響を与える可能性もあったのだろうか・・・・・・? 

 

 

 

 

「今日はまたずいぶんと上機嫌だな。アーチャー」

 

 相変わらず他人の私室に我が物顔で居座っている、金色のサーヴァントに向かって道を外れる“寸前の”聖職者であり求道者は、やや不審さを漂わせながら声をかけていた。

 

 言峰綺礼。

 聖堂教会の代行者にして遠阪時臣の直弟子でもあり、アサシンのマスター“だった”人物でもある男から、不審そうな眼で見られながら黄金の英雄王ギルガメッシュは愉快そうな笑みを返すのみ。

 

 ふつう笑顔というものは同室者の気分を和ませるのだろうが、その同室者が他人の喜ぶ笑顔を見ても嬉しくもなんとも感じない、自分の欲する答えを与えて欲しいだけで聖職者やってきた無表情アサシン召喚者だった男では、どうにもなるとは普通思えん。

 もうこの時点で、信仰の道から見てどうかと思えるのだが、当人の中では“まだ”自分は信仰の道を歩めていられている事になっていたようである。一応はだが。

 

「聖杯とやらの格は未だ見えぬが――たとえガラクタであったとしても良しとしよう。我はそれ以外の愉しみを見いだすことができたからな」

「ほう・・・意外だな。“偽物ばかりの醜悪な世界”と嘲っていた、この時代でか?」

「その評価は今も変わらぬ。だが、聖杯戦争とやらは最後まで見届ける気になった」

 

 自らが生きた時代より数千年先にある、現在の自分が召喚された当世の世界。

 それ自体が偽物ばかりで価値はないという評価は変わることなく、自らの宝を奪い合う賊どもを始末するため召喚に応じただけだった聖杯戦争にだけは評価を変える。

 

 つまり、黄金の英雄王が価値を認めて愉しみを見いだした存在は、【現代に生まれた新たなナニカ】ではなく、聖杯によって呼び出された【過去の英霊たちの誰か】ということか――言峰綺礼は相手の言葉から、その真意を類推して結論づける。

 おそらく昨夜アインツベルン城で催された奇妙な出で立ちでの酒宴で、アーチャーの心境に何らかの変化を及ぼすに値する事々が起きていたのだろう。

 途中までは見届けていた綺礼には、混沌とした意地の張り合いと、征服王のバカ発言程度にしか思えない内容だったのだが―――それだからこそ、思い当たる節と言えばライダーかセイバーとの問答ぐらいしか無い。

 

「我はな、傲慢なる生を好む。器の卑小さを弁えず大望を抱く者。そういう奴は見ているだけで我を愉しませるが・・・・・・傲慢にも二種類あってな。

 器が小さすぎる場合と、望みが大きすぎる場合。前者は珍しくもない愚昧に過ぎんが、後者はなかなか得がたい珍種だ」

「いずれも愚かであることに違いはないではないか」

「然り。故にこそ後者は、余興としての娯楽たり得る。

 少しでも世界を見渡せば掃いて捨てるほどいる、凡俗な賢しさよりも、希有な愚かしさの方が尊かろう? 神の操り人形に自らとどまる木偶など、塵芥ほどの価値もない。

 雑種が我の庭で繁栄するのは好ましいが、ただ数だけが何十億匹と蔓延する様は醜悪なだけよ」

 

 バッサリと一言の元で、雨生竜之介の【神の愛に満ちた世界観】を知らぬ間に一蹴していた英雄王は、綺礼の瞳にはやや危険なものを宿したように聞こえる声でつぶやいて彼を緊張させたが、彼自身は「気にするな」とばかりに肩をすくめただけだった。

 

「案ずるな。受肉でもして本格的に生を謳歌するなら、生きるに値せん雑種の間引きも考えようが・・・・・・それは征服王の願いであって、我の見いだした娯楽は別にある」

 

 あるいは十年後の未来を知る守護者なりが今次聖杯戦争に召喚されていたならば、なにかしら思うところがあったかもしれない発言を行った後、英雄王は喜々として自らの見いだした【娯楽】について蕩々と語り始める。

 

「人として生まれ落ちながら、人ならざる領域の悲願を抱き、そのために人であることを捨てた者――見ていて飽きぬのだ。そういう者の悲観と絶望はな。

 まして、一度はその願いを抱き、一度はその道を放棄し、賢しき凡俗の道を征くことこそ良しとしながら、自ら選んだ道を【悪】と誹り、悪と承知で悪の道を貫きながら、自ら選んだ悪の道を正しきと信じて疑うことなく、理想の方に高い価値を認めてもいる。

 整合し得ぬはずの矛盾を抱えながら、それをサラリと飲み干せてしまう矛盾の集積体。

 ・・・・・・アレがもし、今際の際に自らの生涯を悔やんで慟哭の涙を流すような未来が訪れれば・・・・・・それはさぞ甘美なる甘さに包まれていることであろう・・・」

 

 ウットリとした瞳で、どこか別の時空でも眺めているかのような視線を宙に向けながら言祝ぎ、グラスに満たされたワインを優雅に一息に飲み干す黄金の英霊。

 そして気分を切り替えたかのように、自らの心のありかを現代に戻すと言峰綺礼に視線を向け直して、やや雰囲気を変えた口調で逆に彼に向かって反問する。

 

「綺礼、そういうお前こそ、今日は珍しく上機嫌に見えるぞ」

「ただの安堵だ。煩わしかった重荷から、ようやく解放されたのでな」

 

 簡明に答える綺礼の右手に刻まれた令呪は既にない。昨夜の戦闘でアサシンを消滅させられたからだ。

 綺礼はマスターとしての権限を失い、誰が勝利して生き残っても聖杯で願いを叶えてもらえる事はあり得ない立場となったわけである。

 見方を変えれば彼自身の言うとおり、初日の擬態ではなく今度こそ本当にマスターとしての責務からは解放されたと言ってよく、脱落者として保護される教会暮らしにも名目通りの実体を伴わせることができた。・・・という事にもなるのだろう。

 

 ――もっとも、綺礼と時臣との連携は今なお変わることなく続いており、昨晩の時臣に向かって自分から宣言した通りに時臣を支援するため陰ながらの援護を、脱落したことになっているノーマークの元マスターとして横合いからの戦闘介入として続けることに変わりはないのだが。

 

 もともと斥候として用いるために召喚したサーヴァントを、斥候の役割は完了したと判断されたので使い捨てたアサシンである。それが消滅したところで綺礼本来の役割には何ら影響を与えるものではなかったし、むしろ一流の代行者にして魔術師でもある言峰綺礼の戦いは手駒を失った今日この日より本格的に始まった、と言った方がおそらくは正しかろう。

 

 それでも尚、綺礼が本心からそう思えるのは、望んで得たわけでもない聖杯に願いを叶える権利を与えられたマスターとしての立ち位置が、それだけ重荷になっていた事を示すものだった。

 

「今はまだ当面、キャスターの首級をめぐる競争としての局面が続くだろうが、それが終わって間引けるだけの敵が間引かれた後には、アーチャ-。今度はお前の出番だ。こうして呑気に油を売っている暇はなくなるだろうな」

「時臣の手緩いやり方では、逸れもまだ先の話だろうがな。当面は、別の趣向で無聊を慰めるしかあるまい。

 ――綺礼よ、お前はさっき“アサシンのマスターとして全ての役目を果たした”と言っていたが?」

「ああ、例の件か」

 

 思い出したように綺礼は答え、次いでギルガメッシュとはじめて個人的な面識を得た日に成り行き上で引き受けてしまった、【各マスターが聖杯を求める動機を知りたい】という無益な依頼の結果について、そう言えばアサシンから直接報告させる前に特攻させてしまったなと今更ながら僅かに後悔した。

 彼としては当然のことで、【正確な情報を得るため】には、調べ上げてきた本人から直接話を聞くのが望ましい。

 

「まぁ、それなりの調べは済んでいるが、昨夜のうちにアサシン自身から報告させるべきであったな。そうすれば説明の手間も省け――」

「いいや、これでいい」

 

 断固とした口調でギルガメッシュは綺礼の言葉を遮り、“最初からこうさせるつもりだった”という本心は言外に追いやる。

 

「あんな影ごときの言葉などに興味はない。綺礼よ、これはお前の口を介して語られなければ意味のない報告なのだ」

「・・・・・・?」

 

 一向に解せないアーチャーの意図がわからず訝りつつも、それ以上の説明もないため綺礼は仕方なく手短に要約した内容をギルガメッシュに語り聞かせた。

 

 アサシンに調べさせていた各マスターの人物像についての情報を、“自分が”アサシンから受けた報告を、“自分の基準で”取捨選択して優先順位をつけて、“自分が必要だ”と判断した部分のみを伝え、“自分が無駄だ”と切り捨てた情報は語らず、“自分が言いたくない”と思った情報については口を濁した、各マスターたちの人物像について、【言峰綺礼がどう思っているのか?】という事を示す説明を、彼は気づかぬままギルガメッシュに説明してしまっていたのである。

 

 ともあれ、綺礼なりに私情を交えることなきよう意識して考えながら、それなりの手間をかけて誤認のないよう丁寧に調べ上げて伝えたプロファイリングを聞き終えた、アーチャーからの評価と第一声はコレだった。

 

「――ふん。期待外れもいいところだな」

 

 バッサリと一言だけの酷評である。

 他人のプライベートを影から隠れて色々調べ上げて上に報告する探偵業の人などが同じ評価をされたら泣いていい。

 ただし、『難事件専門で、簡単な事件はお断り』と断言してたバージョンの英国下町出身の世界的名探偵だけは例外だけれども。

 

「所詮は雑種、どいつもこいつも凡俗なばかりで何の面白味もない。

 くだらぬ理由で我が宝を求めおって・・・・・・いずれも酌量の余地なく極刑に処すべき賊どもだ」

「これだけ他人を煩わせておいて、出てきた感想がそれか・・・。徒労に付き合わされた身にもなってみろ」

 

 どこまでも勝手気ままな英雄王の言いようには、さすがの綺礼も呆れて溜息しか出てこないと思わず苦言を漏らさせられてしまうほど。

 

 

 ・・・・・・余談だが、その徒労に付き合わされた実行役のアサシンを「調べ終わって用済みになったから」と、令呪で特攻を強制させて使い捨てた命令者はコイツ自身であり、切り捨てたのは昨日の夜のことである。

 

 

 人は他人に対して行うときには理屈だけで正当性を認められるが、自分が他人に同じ事をされたときには「自分勝手な理屈だ」と感じやすい生き物である。

 綺礼もそこら辺は意外と凡人たちと同じであったのかもしれないね。

 

「徒労だと? 何を言う綺礼よ、お前とアサシンの骨折りには充分な成果があったではないか?」

「なんだと・・・? 私をからかっているのか? 英雄王よ」

「解せぬか? 解せぬのだろうな、まぁ無理もない。

 所詮は、己の愉悦の在処さえ見定められる程度の男なのだからな、お前は」

 

 挑発するように―――否、はっきりと綺礼に対する挑発の言質を吐きながら、不快そうに顔を歪めた相手からの凝視を鼻で笑い飛ばし、英雄王は得々と「不出来な弟子」に自説を語り聞かせはじめる。

 

「自覚がなくとも、魂というものは本能的に愉悦を追い求める。

 喩えれば、血の匂いを辿る獣のように。善行を成したい者が苦しむ他者を探すように。

 そういう心の動きは、興味、関心として表に現れる。

 故に、綺礼よ。お前が見聞きし、理解した事柄を、お前の口から語らせたことには既に十分な意味があったのだ。

 最も多くの言葉を尽くして語った部分こそ、つまりはお前の『興味』を引きつけた出来事に他ならぬ。

 とりわけ『愉悦の源泉』を探るとなれば、人について語らせるのが一番だ。

 人間という玩具、人生という物語・・・・・・これに勝る娯楽はないからな」

「・・・・・・」

 

 綺礼も今度ばかりは反論の言葉が見つからず、自らの油断を無言によって認めざるを得なかった。

 英雄王らしい無軌道な余興とばかり思っていた『娯楽』が、まさか自分の心を解体するための伏線だったとは全くの予想外だったのである。

 

 ・・・だが今思えば、それを伺わせる部分はいくつもあった。

 元々この依頼を引き受けたとき、自分が相手としていた話の議題は『愉悦とはナニカ?』であり『綺礼にとっての愉悦とはナニカ?』という趣旨のものだったはずだ。

 その流れの中で綺礼の任務に差し支えない範囲で、片手間にできる英雄王の娯楽として「各マスターたちの動機を調べてみろ」と言っていた。

 自分に向かって、「娯楽というものを知るべきだ」と言い放った直後にである。

 

 

 ―――現代には、【ロールシャッハ・テスト】というものがある。

 影絵のような絵を見せて、「これは何に見えるか?」という質問して答えを得るというテストなのだが、このテストは実のところ絵そのものは重要ではなく、題材は色々なものに見えるものが意図的に選ばれており、正解となる答えはテストでありながらも存在していない。

 このテストが実施される目的とは、文字通り【この絵が“回答者には”何に見えるのか?】という、本人自身の価値観であり、発想の仕方であり、自分自身でさえ自覚していない思考の方向性がどこに向かっているか?を大まかに調べることを目的として行われているのだ。

 

 言峰綺礼も日本人である以上は、幼き頃の小学校時代などに経験しているものではあったが、幼少期には父に連れられ聖地巡礼の旅に同伴して名門神学校に入学している彼にとっては遠い記憶でしかない。

 

 そして一神教の教えの中で、正しい答えは一つしかない。

 たとえ答えが無数にあろうとも、正しい正解は一つしか存在しないのが正しい世界で彼は今までずっと生きてきた。

 

 あるいは彼の歪さへと繋がる源泉の一つは、其処にあったのやもしれないが・・・・・・。

 

 

「まずお前が意図的に言葉を伏せた人物は除外しよう。自覚のある関心は、ただの執着でしかない。お前の場合は、もっと無自覚な興味にこそ注目するべきだ。

 ――さて、そうなると残る4人のマスターの内、お前が最も熱を込めて語った一人は誰であったか・・・・・・?」 

 

 嬲るような語調で語るギルガメッシュの言葉に、綺礼は不吉な胸騒ぎを覚え始めていた。

 この話題は早々に切り上げた方がよい。そう思っているにも関わらず、話を聞き続ける道を選択し続ける。

 止めさせる手段はなくとも、逃げる手管なら幾らでもあるであろう、口八丁手八丁を得意とする坊主の身でありながらだ。

 

 そんな綺礼の動揺を見抜いてアーチャーは、ますます気をよくして満足げな笑みのままワインで喉を潤し、そして断言する。

 

「バーサーカーのマスター。たしかカリヤとか言ったか? 綺礼よ、この男については随分と子細に報告してくれたではないか」

「・・・事情の入り組んでいる人物だ。それなりの説明を要したと言うだけのことだが」

「フン、違うな。お前はこの男についてのみ、『入り組んだ事情が見えてくるほど掘り下げた調査』をアサシンに強要してしまったのだ。お前自身の無自覚な興味によってな」

「・・・・・・判断のミスは、認める」

 

 さらなる反駁を重ねようとする前に、綺礼は自らの行いを内省し、長年の修身に努めてきた聖職者ならではの謙虚さで頷きを返す。

 神の教えに反する者は『異端』として殺してよいとする者たちの一員に『謙虚さ』があるのか否かは価値観の相違となるべきところであったが、少なくとも綺礼の中では自らの行った対応は『謙虚』であり『己の過ちを認めて非を正す』人として正しい生き方だった。

 彼が今まで教えられてきた正しい答えでは、そういう事になっている。

 

「たしかに考えてみれば、間桐雁夜は短命で脆弱な敵だ。長い目で見れば脅威ではなく、注目には値しない。私が彼を過大評価していたことで、結果的にお前の余計な詮索を招いてしまった」

「フフン、そうきたか。

 では綺礼、ここから先は仮定の話に過ぎんことではあるが―――万が一の奇跡と僥倖が重なって、バーサーカーとそのマスターが最後まで生き永らえるシナリオを想定してみろ。そのとき何が起こるか、お前には思い描けるか?」

「・・・・・・ふむ」

 

 ―――仮定。あくまで架空の絵空事ならば・・・・・・。

 そういう免罪符を持って、言峰綺礼は間桐雁夜が聖杯戦争で最後まで勝ち残れるという、本人にとって『最も不幸なシナリオ』を頭の中で思い浮かべて想像し続けるという行為に耽り始める。

 

 自分自身で、『短命であり脆弱な敵』でしかなく、『自分が過大評価してしまったせいで余計な詮索を招いてしまった』と認めたばかりの敵マスターについての考察を、理由を一つ与えられただけで同じ行為を繰り返し始めてしまったのである。

 

 ・・・・・・この時の言峰綺礼は聖堂協会の裏組織に属して、世の中の闇を幾分かは知っていたものの、やはりまだ若かった。

 今の時点での彼は、ギルガメッシュから『安っぽい屁理屈』を与えてもらえるだけで、英雄王が記した無形の脚本通りに踊ってしまう、出来損ないのマリオネットに成り果ててしまっている己に気づくことが出来なかったのだから――。

 

「なあ綺礼よ。もういい加減、気づいてもいいのではないか? この問いかけの本質的な意味に」

「・・・・・・何だと? ならば教えろ、アーチャー。

 間桐雁夜の勝利を仮想することに、一体どういう意味がある?」

「ないさ。意味など微塵もない。――おいおい、そう怖い顔をするな。何度も言うが、我はお前をからかっている訳ではないのだからな」

 

 覚えの悪い犬に芸を仕込む調教師のような心境――その表現が適切かどうかは分からないが、ギルガメッシュは綺礼の怒りをいなして、相手の求める答えだけは丁寧な口調でわかりやすく語り聞かせる態度は、どこか学校教師を彷彿させる部分があったのも事実ではある。

 

「考えてもみよ。その思弁の無意味さに、ついぞ言峰綺礼が“気づかなかった”という事実。そこには明白にして揺るがぬ意味があるとは思わぬのか?」

 

 これ以上、思い煩えばアーチャーの思う壺――今度はそういう理屈を『言い訳』として用いることで、綺礼は自分自身の心の有り様に関する問題と承知しながら、自らの思考を放棄して英雄王の見解のみに耳を傾ける道を選び、椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「もし仮に、他のマスターについて同じ課題を与えていれば、お前は早々にその無意味さに気づき、詮無きものとして一蹴していたはずだ。ところがカリヤについては、そうはならなかった。

 お前は平時の無駄のない思考を放棄し、延々と益体のない妄想に耽っていた。

 無意味さの忘却、苦にならない徒労。即ち、紛れもなく遊興だ。

 祝えよ綺礼。お前はついに『娯楽』の何たるかを理解したのだぞ」

「・・・・・・娯楽、即ち、愉悦だと?」

「然り」

 

 断言したアーチャーだったが、綺礼は逆に興醒めしたような態度で、あるいは期待外れだったと言いたげな表情を浮かべ直して断固として頭を振り、『不正解だ』という己の回答を相手に伝える。

 

「間桐雁夜の運命に、人の『悦』たる要素など皆無だ。彼は生き長らえる程に痛みと嘆きを積み重ねるしかなく、いっそ早々に命を落とした方が、まだ救われる人物だろう」

「―――綺礼よ、何故そうも『悦』を教義に捉えたがる?」

 

 物わかりの悪い教え子の不出来な回答を嘆くように、アーチャーは頭を振り返す。

 せっかく自主的に答えへと至れるよう、遠回しな手順を辿って本人自身に歩ませてきてやったにも関わらず、ゴールへと至る寸前で再び“元へ戻りたがる”教え子の頑迷さを前にして、さしもの英雄王でさえ呆れずにはいられない。

 

「痛みと嘆きを『悦』とすることに、何の矛盾があるというのだ?

 なるほど、善行によって得た喜びは徳かもしれん。だが人は悪行によっても愉悦を得られる業深き生き物だ。それは罪だが、善行によって得る喜びと同様に悦であるのも事実。喜びを得ることが悪であると断じることはよもやすまい?

 教えてやったはずだ、愉悦の在り方に定型などないと。それが解せぬから迷うのだ、貴様は」

「それは“許されることではない”!!」

 

 綺礼は叫んで立ち上がったが、その怒声はなかば反射的なものでしかなかった。

 

「英雄王、貴様のようなヒトならざる魔性なら、他者の辛苦を蜜の味とするのも頷ける。

 だが、それは罪人の魂だ。罰せられるべき悪徳だ。わけても、この言峰綺礼が生きる信仰の道に於いてはな!!」

「故に愉悦そのものを悪と断じてきたか。フフ、よくぞここまで屈折できたな。つくづく面白い男だよ、お前は」

 

 ギルガメッシュは嗤いながら応じて綺礼を見上げた。

 初級の数式に固執する、中学校の無知な数学教師を見る、冷静な学徒の色が深紅の相貌には浮かんでいた。

 

 己が今まで教わり、学び納めてきたことが世界の真理であると信じて疑わぬ無知蒙昧さ。

 己の心の内に広がる世界の狭さを、未だ気づけぬ近視眼な視野。

 

 綺礼は、たまさかの偶然によって頑迷なまでに狂信的な父親の元に生まれ、幼い頃から宗教的な戒律と道徳だけを尊ぶよう教えられて生きてきてしまっていた。

 幼い子供にとって親とは絶対的な存在であり、幼い時分に植え付けられた固定概念というものは三つ子の魂百までを過ぎて尚、振り切ることは容易ではないほど強制力を発揮されるときもある。

 それが言峰綺礼に、自分の本性を自覚するのを無意識レベルで避けるよう促す『呪い』として機能してしまうようになった理由だったのだ。

 

「――っ!?」

「ほほう。やはり我の予想通りか。それにしても随分と早かったな」

「馬鹿な―――」

 

 言い返そうとした瞬間に、激痛を感じて蹲っていた綺礼の肘に近い上腕に、アサシンに対して消費した一画を除いた残りの令呪が形も大きさもそのままに再現されたのを見て、綺礼は呆然と言葉を失い、ギルガメッシュは自らの先見の明を誇る。

 

 父親の施した『神の教えという洗脳』によって思考を自由にできない綺礼は、『やって良いこと、悪いこと』を区別する自制心が異常に強い。

 もはや強迫観念に近いレベルで彼の思考を縛り上げ、無理矢理にでも父親が息子に語った『宗教的な正義』へ進むよう押さえ込んでしまってもいる。

 

 

 ―――だが、それでは『余興として面白味がない』

 

 

 この世の贅と快楽を貪り尽くしたと自認する英雄王は、そう思いながら綺礼の懊悩を見物していた。

 彼は別に綺礼に嘘を教えた訳ではない。自分が『これぞ正しき答えだ』とギルガメッシュ個人が確信している回答を語り聞かせてやっているだけである。

 

 嘘は吐かん。求める答えも教えてやろう。

 ・・・・・・だが、自身の求める答えを得た綺礼がギルガメッシュの基準から見て『愉しい』と思える方向に反応できぬ人間に成長する類いの答えであったならば、ギルガメッシュにとって綺礼の望み通りに与えられた『正しい答え』は『間違い』であり『不正解』だった。

 

 土台、神と人との繋がりとを完全に断ってしまう決断を下した超古代の英雄王と。

 彼の時代には創始者が生まれ落ちてもいなかった、新興宗教の一信徒では価値観が違う。違いすぎる。

 

「どうやら聖杯は、言峰綺礼によほど期待を託している様子だな」

 

 鮮やかな邪さを秘めさせた笑いを浮かべながら、アーチャーは綺礼の動揺と変化を見守っていた。

 ・・・・・・だが、見守るだけで終わる気は毛頭ない。雑種らしく緩やかな滅びを自ずから選ぶなら、その愚かな末路を一笑に付すまでだが、選択肢が残っていることに気付いていながら選ぶ度胸がないと言うなら、道標として艱難辛苦と優しき甘言とを同時に与えてやるまでのこと。

 

 その程度の価値は、この男の人生という物語には有るとギルガメッシュは評価していた。

 今はまだ凡庸な絶望と嘆きしか満たされていない三文悲喜劇の脚本程度しか記せぬであろうが、磨けば光る器を持っている男だと。あるいは大成した暁には化ける可能性も有しているかもしれない。

 

 どちらにせよ、このまま“僧侶ども如きの倉で腐らせておくには惜しい男”なのは間違いないのだ、言峰綺礼という歪みと矛盾を抱え込んだ、ヒトの領分を超えて破滅へと至る願望を持った愛しくも眩しい存在は―――。

 

「綺礼よ、お前もまた聖杯の求めに応じるべきだ。紛れもなくお前には願望器を求めるだけの理由がある」

「私が・・・・・・聖杯を?」

「それが真に万能の願望器であるならば―――聖杯はお前自身にすら理解の及ばぬ心の奥底の願望を、そのまま形を与えて示すことだろう」

 

 心得顔で語るアーチャーの面持ちに、綺礼は既視感を感じていた。

 記憶を辿って思い当たるもの―――それは、聖書の挿絵に描かれた【エデンの園の蛇】

 そう、蛇だ。始まりの人を誑かし、楽園からの追放を求める蛇。

 

「綺礼よ。思索は決してお前に答えをもたらさない。倫理に縛られた思索こそ、お前という人間を歪めている元凶なのだ。

 ならば、聖杯を手にして祈れ。然る後に、アレのもたらしたものを見届けて、それを幸福の形と知ればよい」

 

 そして、蛇故にこそギルガメッシュは人である綺礼を誑かす。

 綺礼にとっては、今日まで思いも至らなかった発想だった。いうなればそれは目的と手段の逆転。

 願望の何たるかを知り得ぬが故に、願望器そのものを手段とし、結末を占わせるという逆説。

 ただ答えを得るだけならば―――たしかに覿面な手段ではある。・・・少なくとも綺礼は、そう感じさせるナニカがあった方法論。

 

「・・・・・・だがそれは、六つの願望を殺し潰した後に、はじめて手に入る結末だ。私個人の要求で聖杯を求めるならば、それは・・・・・・我が師をも敵に廻す、ということになる・・・」

「せいぜい強力なサーヴァントを見繕うことだな、この我と争うのであれば。

 そもそも前提として、まずお前は他のマスターとの契約下にあるサーヴァントの誰かを奪い取るところから始めなければならない訳だが。

 ならばいっそ―――いや、言うまい。フフ、ここから先は綺礼、万事がお前次第なのだから」

 

 一方的に言いたいことを言うだけ言って、散々に不安を煽り立てながら、最終決断だけは本人自身の意思で選ばせる・・・・・・聖書に記された挿絵の蛇という宗教画らしい手管でもって、ギルガメッシュは言峰綺礼を自らの望む方向へと誘導して、自ら退路を断つことこそを自らの望む道に必要な課程だと唆す。

 

 だからギルガメッシュは敢えて語らない。

 教えてもらえぬ言峰綺礼は気付かない。

 

 

 ――綺礼が識りもしない答えの形を、綺礼が識りたいと願う答えに含めていいのか、綺礼自身にも解りようがないという事実を。

 綺礼が答えを識りたいと願うなら、それは綺礼が与えられた答えに満足できる形で与えられるしかない事実を。

 

 答えを識らず、求めるだけの綺礼には、『コレがお前の求めた答えだ』と与えられたものを見て、『コレこそ自分の求めた答えだ』と納得するか、『納得できぬ』と拒絶して問いかけを続けるかの二者択一しか与えられようがないという真実を。

 

 愉悦を求めるギルガメッシュは語らない、教えない。

 答えを求める言峰綺礼は気付かない、解らない。・・・・・・ただ、問い続ける道を進むだけだ。

 

「求めるところを、為すがいい。それこそが娯楽の本道だ。

 そして娯楽は愉悦を導き、愉悦は幸福の在処を指し示す。

 道は示されているぞ、綺礼。もはや惑うまでもないほど明確に、な」

 

 

 そう言って綺礼の葛藤を見つめ、紅い双眸に血色の愉悦に濡れ光らせながら―――原初の英雄王の想いは過去へと誘われる。

 

 

 ―――かつて、一人の男がいた。

 

 泥より作られて人と成った身でありながら、神の子の隣に並び立とうと背を伸ばした愚かなる道化師。

 身の程を弁えぬ傲岸は当然ながら天井の神々の怒りに触れ、男は神罰によって命を落とした。

 

 泣き濡れながら息絶える彼の末期を、英雄王は今も忘れない。

 

 なぜ泣くのかと、あのとき問うた。

 我の傍らに身を置いた愚かさを、今になって悔いるのかと。

 

 彼は答えた。――そうではない、と。

 

 

 

『この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ? 誰が君と供に歩むのだ? 朋友よ・・・・・・。

 これより始まる君の孤独を念えば、僕は泣かずにはいられない・・・・・・』

 

 

 男が息を引き取るのを看取ったとき、唯我独尊の王は理解した。

 ――人の身にあって、人を超えようとした男の生き様は、王が倉に蓄える財の全てと比してもなお、尊く眩いものだったのだ・・・・・・と。

 

 

 

 

「ヒトの領分を超えた悲願に手を伸ばす愚か者・・・・・・その破滅を愛してやれるのは天上天下にただ一人、このギルガメッシュを置いて他にない。

 儚くも眩しき夢を捨てながら、恋い焦がれる想いを捨てることもせぬ者よ。我が腕に抱かれて泣き濡れるがいい。それが我の決定だ」

 

 

 

 邪な哄笑の残響を心の内に響かせながら、二度目の聖痕の意味するところを持て余す当世の綺礼が葛藤する姿にも興じる。

 これだから人間という玩具が紡ぎ出す、人生という物語に勝る娯楽はないのだと。

 

 これほど価値ある娯楽物を、天井の神々如きに委ねてやるのでは勿体ない―――そう傲岸不遜に英雄王らしい笑いを肉体の上でも浮かべさせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして・・・・・・

 

 

「ふ・・・・・・ぶえっくしょんッ!!!」

「きゃあッ!? ちょっと、セイバー大丈夫なの! 鼻水でスゴいことになってるんだけど!?」

「ズズゥ~・・・ふう。いや、問題ないアイリスフィール。大丈夫だ。

 石と土で密閉されていた部屋の構造上の欠陥によって、ゴミと埃が散逸せずに留まり続けていたようなのでな。

 それでチリが鼻に入ってクシャミが出てしまっただけなのだから、気にするほどのことではない」

「・・・・・・サーヴァントって、チリとかホコリが鼻に入るとクシャミが出るものなの? 霊体でしょ? 貴女たちの本質って・・・」

「サーヴァントは人々が本体に抱いた幻想を依り代として召喚される。

 ならば、“ホコリっぽい部屋に入るとクシャミが出る”と強く信じれば、出るようになるのだろう。

 概念とか信仰とか、そういったものは大体そんな理屈で成り立っているそうだからな」

「いやまぁ・・・・・・理屈としては、そうなのかもしれないけれども・・・・・・」

 

 

 合理的であるが故に理屈っぽく、変なところで高尚な理論よりも現実論をいく黒く染まった騎士王様は現在、アイリスフィールの代理で魔法陣を代筆中。

 

 肉体の構造上に正しい機能によって、ヒトとしての機能を失いつつある仮マスターに『アイリスフィールという偽装』を続けさせてくれてる存在は、仕える女主人がモノに還りそうになってる当日に至っても尚、平常運転のままでした。

 

 

「案ずるなアイリスフィール。派手好きなのは好みではないが、金ぴかアーチャーのマスターのような洋館には及ばぬとはいえ、この屋敷もなかなか悪くはない。

 私がメイドとして来たからには必ずや、欠片もホコリのない紙の間仕切りとして、廊下をバリバリの板張りに変え、干し草だけでなく炭酸飲料とアイスと冷凍食品を籠城に備えて編み固められた、まさに完璧なる奉仕の屋敷となるよう全力で掃除に励むことを約束しよう!!」

「止めてセイバー。今の私に貴女を止める力は残ってないから本気で止めて、お願いだから」

「ふっ、案ずるなと言ったぞ? アイリスフィール。聖杯から供与される当世知識によって、この時代では主流となっている三大宗派の一つでも言っているそうではないか。

 “信ずる者は救われる”とッ!!!」

「私たち魔術師は聖堂協会から敵視されてるから、信じても救われないの! だから信じなくていーの!!」

 

 

 

 ・・・・・・互いに互いの会話内容を知らぬが故の流れであったが・・・・・・

 原初の英雄王は、この会話をしている引っ越してきたばかりの思い人が、遠阪邸から歩いて行ける距離まで近づきまくってきてたことを、今はまだ気付いていなかった・・・・・・。

 

 

 

つづく

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