もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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久々の更新となります。セイバー・オルタZEROです。
それなりに予定してた内容を書けたんですけど……如何せん。終わり所を決めとかなかったせいで、真面目な占めかたになっちゃいましたわ…。

前半はギャグっぽく、後半はシリアスという、結果論による変則的な話になってしまいましたが、楽しんで頂けたら嬉しく思います。


ACT24

 

 ー95:28:46。

 それぞれの勢力が、己が陣営の事情に合わせて方針転換を余儀なくされている中。

 第四次聖杯戦争の参加主従の中で唯一、二派に別れて別行動を取っていたセイバー陣営は、二つの場所と時間軸から同じ出来事を考察する展開がもたらされていた。

 

『――恐らく、昨夜の襲撃はアサシンの戦力を総動員したものと思われます』

「確かにな。非力を数で補おうという人海戦術を用いたからには、総戦力を動員しなければ、意味を成さない」

 

 冬木市新都の駅前にある安ホテルの一室。

 衛宮切嗣が数年ぶりに再会した愛人との情事に耽るため――もとい、三日前に舞弥と落ち合うために使用し、今でも隠れ家として機能し続けている場所で切嗣は舞弥から報告を受けていた。

 

 ロード・エルメロイの襲撃時に介入してきた言峰綺礼との予期せぬ戦闘で負傷し、アインツベルン城で療養していた久宇舞弥がついさっき目を覚まし、アイリスフィールからの伝聞という形でライダーとアーチャーによる襲撃のような出来事や、黒く染まったアーサー王まで加わっての酒盛り会場に、際限なく増殖するアサシンたちまで乱入してきた狂乱の宴についての情報をである。

 

 尚、アイリスフィールから切嗣に直接話を伝えなかったのは、単に携帯電話のかけ方が分からなかったからで、病み上がりの泥棒猫に面倒事を押しつけたかったわけではないのであしからず。

 

『今度こそアサシンは、完全消滅したと思っていいのでは?』

「・・・そうだな。そう思って間違いはないだろう」

 

 十年後に市販される物より大型の携帯電話を耳に当てながら、切嗣は一瞬だけ口ごもってから舞弥の推測に賛同を返す。

 本来は背後からの奇襲に特化したアサシンを正面切ってぶつける昨夜の戦法は、令呪によって強制する以外に実行させる手段がない。

 聖杯戦争で喚び出されるサーヴァントは、英霊自身も聖杯を欲して召喚に応じる者がほとんどだ。遠阪言峰の連合陣営全体の勝利のために有効であっても、自身が使い捨てられ聖杯を得られなくなるのでは命令に従う意味は微塵もない。

 そして、令呪によって特攻を強制する際には「アサシンのサーヴァントに向けて」命令することになる。

 一体どういうカラクリによって増殖していたかは定かでないが、「アサシンのサーヴァント」という括りに収まる限りは、そう細かい分別が可能とは思いがたい。

 万が一に備えてアサシンを一体だけでも手元に残すという戦法を取りたくても、実現するのは恐らく不可能だろう。

 

 そこまで分かっていて即答を躊躇ったのは、“懸念要素となる人物”のことが気になったのが原因だったが・・・・・・そのことを伝える意思は切嗣にない。

 

「分かった、それはいい。

 ところで舞弥、新しい工房の件はどうなっている?」

『明日の――いえ、もう今日ですね。今日の朝には、マダムたちも案内する予定です』

「ああ、頼む」

『はい。それでは失礼します』

 

 電話を切って窓の外に目をやると、外はまだ暗いが夜は明け始めていた。

 切嗣は座っていたベッドから立ち上がると壁に歩み寄り、巡回の帰りに買ってきたハンバーガーを左手に持ちながら咀嚼して栄養補給しつつ、冬木市全域の白地図を貼りつけた壁に記されている現在の状況を再度確認し始める。

 

 連日の巡回ルートと時間、使い魔からの情報、霊脈の変動、警察無線から傍受した失踪事件の推移と検問の位置。

 ルームサービスの類は一切断った上で、諸処の情報をラベルとマーカーで逐一記録していた壁には、夜のうちに変化した冬木市の最新情報がビッシリと書き込まれていた。

 

(・・・・・・遠阪邸に動きはなし。

 初日のアサシン撃退以来、時臣は穴熊を決め込んだまま、不気味なまでの沈黙)

 

 声には出さず心の中で呟きながら、切嗣は左手に持ったハンバーガーを一口頬張る。 

 9年前アインツベルンの婿養子に入った切嗣の舌には、宮廷料理もかくやという豪勢な食事を毎日毎晩食べ続けてきたせいなのか、ジャンクフードの殺伐とした食感がむしろ心地よく、何よりも手先と思考を中断することなく食事を済ませられるのが素晴らしい。

 

 ・・・・・・ただ、安ホテルに隠れ潜んで、壁一面に現在の監視対象の情報を書き込んだ紙を貼りまくって、ハンバーガーで食事を済ませる、無精ヒゲ生やして黒コート着た中年の日本人男性って、冷徹非常な暗殺者と言うより昭和日本の熱血刑事ドラマ主人公の方が似合いそうな様相を呈してきてる気もしなくはない姿になってたのだが・・・・・誤解である。

 

 魔術師殺し衛宮切嗣は、決して正義の味方ではない。

 正義では世界は救えないと確信して、最大の効率と最小の浪費で最短のうちに世界を救える道を選んだのが彼なのだから。

 

 ――やっぱ古い時代の熱血刑事の思考法なんじゃないかな? 犯人射殺するヤツ。

 時代的には丁度やってそうなのが多い気がするが――閑話休題。

 

(間桐邸に出入りするマスターらしき人物を使い魔が何度か確認している。

 見るからに無防備で襲撃は容易に見えるが、バーサーカーの不可解な特殊能力はアーチャーと遠阪を牽制する意味でも、今は泳がせておくべきだろう)

 

 再び、パクリ。

 ハンバーガーを二口目。

 

(キャスターの居所は依然として不明だが、昨夜もまた市内で数名の児童が失踪した。

 監督役による懸賞も虚しく、奴らは何の憚りもなく狼藉を繰り返しているのだろう)

 

 三口目、パクリ。そしてペロリ。

 ハンバーガー1つ分を全て口の中に放り込み終えて、後は噛み終えて飲み込むだけになった状態で地図を睨み続ける魔術師殺し切嗣。

 三口でハンバーガー全部を放り込んで頬張ってる口が、モグモグ動いてて可愛いと言えないこともないのだろうが・・・・・・所詮はムサい中年親父だしな。

 アイリスフィールと舞弥だけは喜ぶかもしれないけれども。

 

(ライダーについては手がかりなし。常にマスター共々、飛行宝具で移動するため追跡が困難。一見、豪放に見えるが隙のない難敵だ。

 舞弥の報告にあった、《アイオニオン・ヘタイロイ》という宝具のことも気になる)

 

 最後の一口まで食べ終えて、ゴックンと飲み込んでから包み紙をクシャ!と握りつぶして、ゴミ箱まで持って行ってからポイッと捨てて戻ってくる切嗣さん。

 丸めてから放り投げてゴミ箱に投げ入れようとする日本の学生が多い中、意外と倫理観あるところを見せつけつつも、無意識にやってる事なので気にせず考えに没頭。

 忘れられがちだが、彼の生家である衛宮家は名家に属する歴史ある魔術師一族の一家だったので、子供の頃だけとは言えお坊ちゃん育ちの魔術師殺しさんでありましたとさ。 

 

「舞弥の言う通りだとするならば、今度こそアサシンは完全消滅したことになる。

 ――では、そのマスターは・・・?」

 

 今度は声に出しながら、切嗣は溜息を吐いて今日一本目のタバコを取り出し、火をつける。

 結局のところ、切嗣の懸念が行き着く先は“そこ”なのだ。彼なのである。

 

 いや、今では“彼ら”に増えてしまっているのだが・・・。

 

(遠阪と組んでアサシンに諜報活動をさせる作戦ならば、ヤツは冬木教会から一歩も出てはいけなかったはずだ。だが現実は違う。

 冬木ハイアットビルでの待ち伏せ。アインツベルンの森への侵入。どちらも不可解な行動だ)

 

 言峰綺礼。第四次聖杯戦争における最大の『異物』

 切嗣には、この男がどういう意図で戦いに参加しているのか、未だに理解できないでいる。

 それが魔術師殺しとしての衛宮切嗣にとって、気にし続けざるを得ない理由になっていたのである。

 

(ヤツの目的が僕だったとすれば、筋は通りはする。・・・だが何故だ? 何故、僕を狙う?

 一昨日におこなったケイネス襲撃の段階では、僕がセイバーのマスターであることは知り得なかったはず・・・・・・それなのに何故?)

 

 切嗣の戦術は徹頭徹尾“相手の裏を掻くこと”に終始する。

 敵が何を狙い、何処を目指して進んでいるのかを見極めることができれば、自ずと相手の死角や弱点も見えてくる。

 そして魔術師というものは謎かけが好きな割に、“目的意識”については常人以上に明々白々なのが通例になってしまっている。

 

 アインツベルンなどは、その典型だろう。

 遠阪に至っては後継者が誇らしげに語りまくる未来が待っているほどだ。・・・もっとも、間桐の翁などの例外もいるため絶対視はできないのだが・・・・・・

 

 だが、少なくとも切嗣が屠ってきた魔術師たちには、己の最終目的を隠していたことが、ほとんどない。だからこそ彼は今までの狩りで、手際よく着実に獲物を狩ることができていた。

 

 一方で、その戦い方で効率よく狩ることが出来続けた故に、切嗣には綺礼のように【表も裏も解らない敵】という存在は最大の脅威になってしまっていた。しかもそんな難敵を前にして今の切嗣は守りに廻らされている。それが彼を我知らず苛立たせる原因になっていた。

 

「・・・・・・言峰綺礼、貴様は何者だ?」

 

 つい、口に出して呟いてしまった自分に気付き、切嗣は不快そうに紫煙を吐き出すと紙タバコを缶コーヒーに押しつけて火を消す。

 綺礼について思案するほどに、回答は遠ざかり焦りは募る。

 まるで思考を読まれているかのように、こちらの手口を見透かしてくる追跡者。切嗣を狩る側ではなく、狩られる側に立たせてくる想定外の要素。

 

 

 ――このときの彼に自覚はなかったが、綺礼が切嗣の行動を先読みできていた理由は、彼自身が【敵の目的を逆用して効率よく死角を突く】という方法論に拘っていたことが、結果として綺礼に切嗣の思考を読みやすくする原因になってしまっていた。

 

 この時代は今だ定着しきっていない概念だったが、十年後にはそれなりに広く知られるようになる人材活用法に、【優秀なハッカーは優秀なセキュリティ・アナリストでもある】という発想がある。

 

 要は自分が相手の目的を元にして、裏を掻いて死角を突いて殺すにはどうすれば良いか?を考えだし、それを『標的を殺すため』ではなく『標的を殺しに来た者を迎撃するため』に活用すれば高確率で対応することが可能になる。

 

 あるいは切嗣が、コンピューター関連に精通した技術者の道を歩んでいたら、その発想に至ったかもしれなかったが、彼が機械類を多用するのは利便性と魔術師の固定概念を逆用して殺すためでしかない。

 

 『世界を救うという目的』のため、半端に学び収めただけの技術を創意工夫で練り上げただけなのが、今の魔術師殺し衛宮切嗣だった。

 あるいは、後に自分の夢を継いで呪いへと変えてしまう少年の未来を知っていたら、彼にも何かしら別の道もあったかもしれなかったが・・・・・・現在の時点では詮無きことでしかない。

 

 切嗣は頭を振って、思考を切り替える。

 焦りに囚われる自分の有様に苛立ちを覚えるのは、判断能力が曇り始めた兆候かもしれず、リセットする必要性を彼は感じた。

 昼に舞弥と合流するまでの僅かな間だけでも、睡眠を取った方が良いかもしれない。

 そう考え、寝る前の懸念材料を処理しておくため、最後に残った“新たに生じた想定外要素”について、軽くながらも分析しておく。

 

(ロード・エルメロイは再起不能にしたはずだが、ランサーは脱落していない。

 恐らくは許嫁であるソラウ・ヌアザレ・ソフィアリがランサーを統べているだろうと予測したが・・・・・・しかし、あれから行動を開始した気配が一切見られないのは、どういうことなんだ?

 別の魔術師を雇って、令呪を譲渡したということだろうか? だとすれば新たなランサーのマスターが誰なのかを早急に確認する必要があるが・・・それでも行動しようとしない理由までは推測できない。何故なんだ?)

 

 心の中で小首をかしげつつ、切嗣はトイレを済ませてからベッドに入って自己催眠の呪文で強制的に眠らせてしまうまでの間、新たなる『表も裏も解らない敵』へと変貌してしまったランサー陣営のことを考えるのに思考を回し、それでいて綺礼ほどには危機感を抱かされない相手に首をかしげ続けたまま眠りにつく。

 

 ランサーが現界したままである以上は、マスター権を放棄して聖杯を諦める気はないという意思の証拠と見るべきだろう。

 ケイネス自身が戦えずとも、切嗣がアイリスフィールにやらせているように『偽臣の書』による代行マスターという手もある。あるいは令呪そのものを強奪してランサーと再契約を果たすのも聖杯戦争においては然程珍しい話ではない。

 

 ――だが、どちらにしろ一切行動を開始しない理由にはならない。

 一体なにを目的としているか? 何を企んでいようとケイネスより能力の劣るマスターが穴熊を決め込んでいるだけなら大した脅威ではないのだが、隠れ潜み続けるだけの相手というのはやりづらい―――

 

 

 いつしか切嗣の思考は、自己催眠によってストレスもろとも消し飛ばされながら眠りに落ちていた。

 油断していたわけでないし、敵の位置を見失ったままで考えられることは多くなかったため後回しにしていただけではあったが、それでも切嗣にはランサー陣営の『意図する目的』が読めなくなってしまっていたことは、懸念事項として確かにあったのだった。

 

 ・・・・・・流石の魔術師殺しも、自分が撃ち込んで魔術回路をズダズダにした礼装の魔弾からは生き残った後、痛みで頭がおかしくなったせいで令呪の譲渡が不可能になり、進退窮まったソラウが愛する人と『共に滅びれる結末』こそ自分が得られる最上の成果と割り切りまくって聖杯戦争は完全放棄しながら、愛する騎士と一緒に滅びるため表向きは諦めてないことにして騙し続けつつ、どーせ勝ち目ないから戦う気は一切なく、愛する人と共に生きれる残り時間を減らされたくない一心で引きこもり続けているだけ。

 

 ・・・・・・などというのが真相だったことを見抜けるはずもなく。

 それぞれの夜が明けて朝になり。

 

 

 第四次聖杯戦争、2番目の脱落者が生じる四日目が始まりを迎えていた―――。

 

 

 

 

 

 

「ああ、これなら理想的!」

 

 自らの隣に立ち、満足げに頷きながら嬉しそうな声を上げているアイリスフィールを見つめながら、セイバー・オルタはふと、“何時からだったろうか?”と自問した。

 

「ちょっと手狭だけど、ここならお城と同じ要領で術式を組んでも大丈夫そうね。取りあえず魔法陣を敷いておくだけで、私の領域として固定できそう」

 

 古びた日本家屋の庭に建てられた土蔵を見回しながら、アイリスフィールははしゃぎ気味にそう語る。

 ライダーの襲撃というか、酒盛りしに来ただけのために結界を根こそぎ壊されまくったのがトドメとなり、ケイネス・エルメロイに攻撃されながら切嗣が城中逃げ回ったせいでボロボロになってたアインツベルン城は、今回の聖杯戦争では完全に放棄して、早期に別の場所へと拠点を移さざるを得なくなった彼女たちに切嗣が確保した物件として舞弥が案内してくれたのが、この武家屋敷跡であった。

 

 スナイパーというものは狙撃をおこなう際、事前に予備の狙撃ポイントを設定して、確保しておくことが常識とされている。

 切嗣もおそらくは、アインツベルン城が何らかの理由で破棄せざるを得なくなったときのため、幾つかの拠点を確保した上で聖杯戦争に臨んでいたのだろう。

 無論、魔術名家が拠点として活用するため事前に用意していたアインツベルン城と比べれば、魔術師の工房としてのランクは低下していくのは当然のことだが、だからこそ次善の策であり予備の拠点というものだ。

 本命と互角か、それ以上に優れた予備の拠点など持っていたのでは、使わずに勝てたときには無駄になりすぎて仕方がない。

 

「じゃあ、さっそく準備に取りかかりましょうか。セイバー、車に積んでいる資材を持ってきてくれる?」

「ああ、了解した。一通りここに運び込んでしまうか? それとも優先事項でもあるか?

 言っておくが私は包丁以外のものは大抵、武器として使いこなせる自信のあるサーヴァントだぞ」

「・・・今その自信は、私にとっては不信にしかなれないんだけど・・・・・・まぁいいとしましょう。今はとりあえず錬金術系の道具と薬品だけ持ってきてちょうだいな、私の騎士様♪」

「イエス・マム」

 

 返事は適当なものを返しながらも、思ったよりは慎重な手つきで荷物が入った化粧箱の一つを抱えて戻ってくると、今度はアイリスフィールは魔法陣を描く場所を見定めていたらしい、土蔵の片隅の床を指し示す。

 

「それじゃあ悪いけどセイバー、手を貸してくれる? あの場所に六フィート径で二重の六芒星を描いてほしいの。方角はあっちを頭に」

「・・・・・・ああ、わかった」

 

 自分も生前には、後見人となった花のバカ魔術師から手ほどきを受けてはおり、実用レベルは無理でも魔術の基礎知識や基本的な技術ぐらいは習得しているのが、大凡のアーサー王伝説に記されている自身の原型である。

 実際には、話に語られてないところで後見人をブッ飛ばしてやろうかと思ったことが一再ならずありまくってた、あんまり綺麗な師弟愛のシーンばかりではなかったものの、それでも指示された内容ぐらいは苦もなくこなせる。

 

 ―――だからこそ、だったのだろう。

 余計なことを考えてしまうし、余計なことまで気付いてしまった原因は。

 

「水銀の配合からお願いしてもいいかしら。配分は私の方で指示するから、慎重にね?」

「・・・・・・わかった」

 

 言われたとおりに手を動かし、そして自分が感じ取った違和感は看過する。

 そして思うのだ。「何時からだろうか?」と。

 何時から自分は、コレを感じ取ることが上手くなってしまっていたのか、思い出そうとしてみたが思い出せず、結局は作業に戻るだけ。

 

 そうしながら作業は進み、書き終わった魔法陣を地脈に繋げることも完了し、指示していただけのアイリスフィールも一段落して気が休まったとでも言うように息を吐き、

 

「ふぅ、これで陣の敷設は済んだわね。私もちょっとだけ疲れちゃったわ、指示するだけなのに変なものよね。フフ」

「・・・・・・アイリスフィール、一つ聞いておきたいことがあるのだがな」

 

 作業が完了した段に至り、ようやくセイバー・オルタは今朝から感じていた懸念について相手本人に聞く気になった。

 別に急いで聞く意味も必要性もない質問だったからである。

 自分の予測が外れているなら何の問題もない杞憂でしかなく、急ぐ意味も理由も一切存在しているはずがない。

 また、その逆に的中していた場合には――別に何も変わることはない。急いで聞く必要も意味もないという点では全く何一つとして変わることなど存在していないのだから。

 

「今日のお前は、なにか物に触れることを極端に避けている気がしてな。車の運転やら鍵の扱いまでは趣味の範疇としても、魔術の実演までとなると多少気にはなる」

「・・・・・・」

「それに朝からやたらと、はしゃいでいたようにも見えたのでな。何かそうすべき理由でも出来たのかと、少々疑問に感じていた」

「・・・・・・御免なさいね。たしかに、隠してどうなるものでもなかったわ」

 

 観念したように溜息を吐いて見せてから、セイバー・オルタに向き直るアイリスフィール。

 その姿が。その仕草が。

 益々セイバー・オルタという名の“暴君”にとって、それを予感させる理由になっているとは知る由もなく。

 

「セイバー、今から私は精一杯の力であなたの手を握るわね。いい?」

「・・・ああ、構わん」

 

 確認を取った上で、アイリスフィールはセイバー・オルタに手を取ってもらい指を絡めながらも、か弱く痙攣を繰り返すばかりで圧力は一向に伝わってくることはない。

 

 ・・・・・・おそらく、名君の道を選んでいた自分なら、気付かなかったことだと思う。

 あるいは、気付いていたからこそ、気付かないままの自分でい続けていたかもしれない。

 

 名君とは、そういうものだ。

 それが絶対不可避であっても否定し続け、信じることなく、不可能だったことが証明されるまでは抗い続け、決して認めることはない。

 

 だが自分は、合理主義を尊ぶ暴君となる道を選んだアーサー王の可能性だ。

 暴君なるが故、それは最も身近にあった。身近にあったからこそ否定する必要はなく、それについて思う感情や気持ちなど、とうの昔に忘れ去られた遙か遠き理想郷にでもいかない限り取り戻すことは出来ないだろう。

 

 今朝のアイリスフィールから、強く感じるようになった気配。

 あるいは、それ以前の段階から発散し始めていたものを、自分が昨日になって感じ取れるようになった相手の纏う空気の変質。

 

「ちょっと体調が優れなくてね、触覚を遮断していたの。五感の一つを封じるだけでも霊格をかなり抑えられるから、他の行動には支障をきたさなくて済むってわけ。こういう融通が利くのってホムンクルスの強みよね」

「・・・・・・」

「セイバーは忘れているかもしれないけど、私は普通の人間ではないのよ。風邪をひいたからって医者に看てもらうってわけにもいかなかったの。

 この不調は――まぁ、私の構造的欠陥とでも言うべきものだから」

「・・・・・・はぁ」

 

 相手の話を聞かされて息を吐き、セイバー・オルタは納得せざるを得ないものを感じさせられながら――結局それを聞いてしまっても心が痛まないのが自分という存在だと思い知らされる。

 

 それを聞くのは、アイリスフィールが生まれ持つ、ホムンクルスという作られた存在としての本質を暴き立てることになるかもしれぬと知りながら。

 アイリスフィールが“ただの人形ではない自分”という自我を、細やかな誇りの拠り所としている事実を重々承知していても尚。

 

 自分という暴君は、それについて問うことに些かの後ろめたい気負いすらも感じることなど出来なくなって久しい存在に過ぎぬのだから。

 

 

 

「アイリスフィール。お前ひょっとして・・・・・・もう少しで、死ぬのではないか?」

 

 

 

 その質問を聞いたとき。

 遠く未遠川の方から異様な魔力が発生したのは、その瞬間の出来事だった―――。

 

 

 

つづく


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