もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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気分転換したおかげで久々に描くこと出来たので更新です。
ただ、気分良くなって色々やりたくなりすぎて詰め込みすぎな感じになっちゃいました……遊びすぎという気もしますし、微妙です。
とりあえずダメそうだったら改めて書き直す方針で、いったん投稿を。


ACT25

 黒く染まった騎士王が、麗しの姫君が秘していた肉体が抱える事情を暴き立ててしまった武家屋敷から、車で30分以上はかかる距離にある広い河川。

 

 ・・・・・・その未遠川で今、異常な量の霧が発生していた・・・・・・。

 

 川のほぼ中心で海魔の上に佇むキャスターが、大規模魔術の遂行――否。

 宝具のコントロールを放棄して暴走させたことで生じた余波が、猛り狂う魔力の渦動となって周囲の空間をも歪めた結果だった。

 

 幸いと言うべきなのか、濃密すぎる夜霧に魔力が混ざり込み、常人の視力ではライトアップされた冬木大橋の姿が茫洋と霞んで見えるだけの状態にまで視界を極端に悪化させ、【聖杯戦争という霧の原因】を濃霧の壁によって隠してはいる。

 たが、あくまでそれは結果論に過ぎず、キャスターの頭に【魔術秘匿】の文字はない。

  

 既にして、徐々にではあるが見物人たちが集まりつつある。その数は増えることはあっても減ることはないだろう。事態を発生させている原因が解決しない限りは絶対に・・・。

 言峰璃正の元で隠蔽工作に当たっている聖堂教会のスタッフたちが悲鳴を上げるのも時間の問題だろう。

 

 そんな不吉すぎる霧に引き寄せられて、集まり出していた野次馬たちの中に雨生竜之介の姿があった。

 

 

「旦那ー! 神様もビックリなスッゲェツッコミ、頼んだぜ旦那ーッ! 楽しみにしてっからサ~ッ♪」

 

 

 目を輝かせ、頬は紅潮し、両手でメガホンを作るようにして川に向かって楽しそうな大声で呼びかけている姿は、霧の不気味さに薄気味悪さを感じていた他の見物人たちと比べて明らかに異質だったが、一般基準で見れば【超常現象を前にして浮かれ騒いでバカ騒ぎしている今時の若者】・・・そのように解釈する者がほとんどであり、川の異常に意識が集中していることもあってか、彼の狂態を気に止める者など誰一人いない。

 

 それもまた、彼の気を良くして浮かれている理由の一つになっている部分でもあった。

 

(どうよオマエら? 今日までずっと損してきたんだぜ。悔しいだろ? 情けねぇだろ? ざまぁみろ!

 青髭の旦那は、“最高のCOOLを見せてくれる”って、オレに約束してくれた! これからスッゲェ面白いことが始まるんだ!!)

 

 竜之介は周囲の野次馬たちが知らない事態の真相を知っている自分の立場によって、知識的優越感を満たし、普通の人間たちが知らない超常の世界があることを、自分は最初から分かっていたことに自尊心とプライドを満たして愉悦に浸っていた。

 

 ――どいつもこいつも大口開けて、馬鹿みたいに目の前の現実を眺めている。

 それまで自分たちが盲信して、後生大事に崇め奉っていた“常識とかいうクソクダラナイ偶像”が、音を立てて崩れ去っていく様を、連中は為す術なく見守っているしかない。

 

 自分は違う。こんなスゲェもんが世界には隠れてて見えないだけで、存在してるんだって事を予想してたし期待してた。

 いつかきっと物凄いモノが見られるって解ってたから、だから普通じゃやらないことをやらかして、毎日サプライズを探し求めて血眼になって走り回った。

 

 そうして―――やっと見つけたのだ。探し求めていた玉手箱を。

 ああ、間違いなく神様はいる。この大怪奇こそが、その証拠。そう確信できるほど最高にCOOLな玉手箱を。

 

 ざまぁみろ! もう退屈なんてサヨナラだ! 手間暇かけて人殺しなんかするまでもない! これからは放っておいてもガンガン死ぬ! 毎日毎日、世界中そこいら中でお楽しみが巻き起こる! ひっきりナシの終わりナシに!!

 

 

「ああァッ、主はいませり! 主はいませブヘッハァァァァッ!!??」

 

 

『キャァァァッ!? な、なんか女の子が走ってきて、突然この人を殴って走って戻って行っちゃったわよぉッ!?』

『うわっ!? ヒデェ顔になってるぞコイツ・・・・・・大丈夫なのか・・・?』

『通り魔だ! あっちに逃げたぞ! 危ない逃げろ! 警察ーっ!? 110ばーんッ!?』

 

 

 にわかに常人離れしたスピードで走り寄ってきた、【黒いスーツ姿の外国人とおぼしき美少女】が、見物人の一人で野次馬でしかないように見えていたはずの竜之介をブッ飛ばし、橋の外れぐらいまで吹っ飛ばして一時的に気絶させ、来た時と同じスピード同じ順路をたどって元来た場所まで戻ってきた時。

 

 

 

 ――アイリスフィールは、未遠川に到着した直後に車内から飛び出し、川の堤防じゃなく橋の上に走っていって、野次馬でしかない一般人の一人を《筋力Aセイバー・クラスパンチ》でブン殴ってから大急ぎで戻ってきた、秘匿が基本の神秘の象徴たる自らの仮サーヴァントのセイバー・オルタこと黒く染まった暴君アーサー王に、

 

「何やってるのセイバー!? 本当に一体何やってきちゃってたのよ貴女は!?」

 

 全力で怒った。当然怒った。

 寿命的にも肉体的にも死ぬ寸前に近い重病人みたいな身体だったけど、それでも怒らなきゃいけないことはあると信じてる魔術名門アインツベルン家に生まれ育った深窓の令嬢ホムンクルスは、自分が一時的に主になってるサーヴァントの暴挙に怒りまくって注意もした! 当たり前のことだけども! 魔術師としての常識として!!

 

「知らん!分からん! だが、なんとなく《直感》で今裁きを与えておかねば、永遠に罪への罰を与えられなくなるような・・・・・・そんな気がして押さえられなかったのだ!!

 ヤツが誰なのかは分からんのだが! なんの罪を犯したのかも全く知らんのだが! そもそも本当に罪を犯しているのか、罰を与える機会が永遠に来なくなるのかさえ不明なのだが・・・・・・私の《直感》によって! なんとなく!!」

「辞めましょう!? なんの根拠もなく、ただの勘だけで一般人を殴りに行くのだけは本気でやめて頂戴お願いだから! いくら何でも暴君による恐怖政治でもほどがあるわよ!?」

 

 アイリスフィール、凄まじい正論。実際そこまでやるようになった暴君はたいていの場合、近い内に滅びてるので注意としても叱責としても非常に正しかった。正しかったはずなのだけれども。

 全体を通しで見た場合には、セイバー・オルタの方が正しくなってしまう辺りに、正しい裁きというもの難しさがあった・・・・・・のかもしれない。

 

 まぁ、なんの証拠もなく、《勘》以外の根拠もなく、当のセイバー・オルタ自身でさえ自分の行動に確信を持たなかったから殴るだけで済ませて帰ってきたのだけれども。

 世界の果てや未来まで見通す《眼》を持てていなければ、神秘の具現たるサーヴァントであっても人の世の理という常識から、完全には無縁でいるのが難しい。

 

 それでも尚、【法による統制こそ絶対】と信じる順法精神の強すぎる暴君バージョン・アーサー王にとって、大量殺人犯のくせして何の裁きも受けることなく、楽に死んでいく運命を辿ることになるはずだった雨生竜之介が【初めて近くにいる状況】に我慢できなくなってしまい、つい身体が考えるより先に動いてしまったのである。

 

 《直感Aスキル》によって、なんとなく。ただ何となく。

 そうしないといけないと思ったから、初対面の名も知らぬ一般庶民を殴って帰ってきた。それだけである。

 まさに暴君の裁き・・・・・・と言うべき行為のはずなのだが、全体を見る眼を持ってる人でも微妙な評価になりそうなところは、ある意味で暴君セイバーらしかったかもしれなかった。

 

 

 

 そして、改めてアイリスフィールと共に堤防まで上がり。

 ――川の中央に漫然と佇む、キャスターと真っ向から対峙する。

 

 

 

「ようこそ、聖処女よ。ふたたびお目にかかれたのは恐悦の至り」

 

 相変わらず慇懃に、静かな中に狂気を宿した仕草で一礼し、禍々しい邪笑を顔に浮かべる。

 だが、その邪笑が怒りに歪み、かつてない狂気の相が露わになるのは一瞬後のことである。

 

「今夜はどんな下らんバカ騒ぎを上演する気なのだ? キャスター。サバトとやらの猿マネでもするのか?」

 

 至極冷静に冷たい声音で、笑えない芸人が披露する出来の悪い三文芝居に辟易している、という意思を分かりやすく伝わるよう、挑発的で侮辱と軽蔑に満ちた仕草と行動で言い放つ暴君。

 

 キャスターにとって、気にくわない表現であり比喩だった。

 自分が催す、『悪辣な神への正しい理解』を布教するための宴を。

 教会が語り聞かせる慈悲深き尊い『偽りの神への信仰』を打破するための宴を。

 

 勇気や希望、人間賛歌を体現した聖処女を、自らへの信仰によって戦わせながら。

 悲鳴と絶望、人の欲望による処刑を、神の裁きなどと言う偽りによって殺される様を見て楽しむためだけに見捨てた神に相応しい饗宴を。

 

 人への【殺意】という【神の愛】に満たされた、世界の真実の姿を世に知らしめるための聖なる儀式を、サバトなどという『近代の新大陸で羊飼いどもが模倣した手習い如き』と同列に扱われて論評されるのは、狂気の求道者にとって甚だ不本意の極みだったのだから・・・!!

 

「――今まで貴女を失望させる宴でしか歓待できなかったのは、このジル=ド=レェにとって無念の極み。申し訳なく思っております。

 ですが、それ故にこそ今宵の宴に貴女も列席していただけるのでしたら、必ずやご満足できるものを供することをお約束いたしましょう。

 残念ながら、今宵は貴女を主賓とするために用意した宴ではありませんが、参列していただけるなら私としては至上の喜びですとも……ッ」

 

 禍々しい邪笑と、狂気の相を同時に露わにして、怒りと愛憎二つの激情を余すことなく見せつけてくるキャスター。

 彼は本気で、セイバー・オルタによる『自らの信仰に対する侮辱』に怒りを抱かされていたのである。

 

 ・・・・・・たとえそれが、到着直後の常人離れした短距離走など意に介せず、背後から続くアイリスフィールから冷たい視線を浴びせられてることに、ちょっとだけ罪悪感を感じないこともなかった、なんの罪無く勘だけで裁いてしまった法律遵守の暴君特有の誤魔化し混じりの強気な敵への挑発セリフに過ぎなかったとしても。

 

 言われた側のキャスターにとっては、セイバー・オルタが抱える背景の事情など知ったことではなかったのだから――。

 

 そしてそれは、セイバー・オルタの側も事情は変わらない。

 児童殺害の常習犯で大量殺人鬼が、人殺しの動機として崇め奉っている信仰心など幾ら侮辱したところで痛む心など微塵もない。

 

 だが、それでもキャスターは激するだけで挑発には乗らない。乗る必要は無い。

 そんなものは今から全て、何の意味も無くなる世界が始まろうとしているのだから――ッ

 

 

「不肖ジル=ド=レェめが催す死と退廃の饗宴を、どうか心ゆくまで満喫されますよう!

 今ふたたび、我らは救世の旗を掲げよう!

 見捨てられたる者は集うがいい! 貶められたる者も集うがいい!

 私が率いる!私が統べる! 我ら貶められたる者たちの怨嗟は、必ずや神へと届く!!」

 

 

 怒りから一転して、勝ち誇った高笑いを響かせながら、自らが足場代わりに使っていた川の水底に沈んでいた海魔の群れたちがキャスターの足下へと群れ集い、夥しい数の触手を一斉に召喚者の元へと突き出すと、あろうことか自分たちの頭上に君臨していたキャスターの身体に巻き付き飲み込んでいく!

 

「キャスターが・・・・・・吸収されていく? ――いいえ、違うッ!!」

 

 総身のローブ姿を触手の束に巻き取られながら、尚も高らかに狂笑のトーンを上げていき、いつしか足場となって彼を押し上げていただけだったはずの海魔は、凄まじいまでに増殖して絡み合っては融合し合い、一つの巨大な肉塊の如き奇怪な生物へと変貌を遂げようとしていく一連の流れを見せつけられたアイリスフィールは、魔術師としてキャスターがおこなった行為を正確に看破して理解して――それ故に震撼せずにはいられない。

 

 キャスター・ジル=ド=レェはもとより魔術師の英霊ではなく、魔導書の逸話によってキャスターとして喚び出されただけの存在。

 であればこそ、魔術師として弁えておくべき当然の基礎でしかない【魔を操る術】としての魔術の常識と超えてはならない一線など、分かっていろと求める方が無理なのかも知れない。

 

 だが、そうであったとしても限度というものがある。これは知らなかったからで済ませられる程度のものではない。

 全てをご破算にして、聖杯戦争という行為そのものを破壊し尽くし、無へと帰し。

 

 ・・・・・・あるいは、それ以上先まで消し去り続けさせるつもりなのかもしれない。

 行けるところまで行くために。止められるところまで進むために。何者かの妨害によって進軍する足が強制的に停止させられる、その日まで。

 

 ジル=ド=レェは海魔を率いる軍勢の長として、救世の旗を掲げながら誰の制止も耳に入らず、進み続けるつもりなのかもしれない。

 

 英仏百年戦争で、シャルル7世の戦闘停止命令を聞かず、本国の命令を受け入れることなく、オルレアンに向かって進軍を続けるよう命じ続けた救国の聖女ジャンヌ・ダルクの偉業を歪な形で再現するように・・・・・・。

 

 

 

 神の人に対する殺意という愛情と、神に対する信仰という愛情。

 対極に位置する二つの愛の解釈が今宵、海魔に穢された未遠川という血戦場でぶつかり合う――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……また、それとほぼ時を前後して。

 キャスターの神に対する【愛】とは別物の、異なる【愛】の解釈によって引き起こされた幾つかの事象が人知れず発生していたことを、多くの者は記録としてさえ知ることはない。

 

 

 

「やはりキャスターです。河の中に陣取って何かやっているらしい。子細なところまでは見えかねますが」

 

 建設中のビル屋上に陣取って、ランサーは人間の視力では霞んで見える程度の冬木大橋に目を向けながら、超常の視力でもって霧を見透かし、傍らに立つ【仮初めの主君】に向かって、そう報告していた。

 

「仕留めるなら、今が絶好のチャンス。――そう言いたそうね? ランサー」

「然り。何をやっているにせよ、奴が成果を上げるより先に引導を渡すのが賢明かと」

 

 キャスターの凶行に怒りを抱くランサーは、生来の生真面目さの中に激しい怒りと侮蔑を込めて主に向かって出陣を具申し、ランサーのマスターにはなれていないまま【ディルムッド・オディナ個人の忠誠】を今では向けられるようになっていた美女、ソラウ・ヌザァレ・ソフィアリも深刻そうな表情で首肯を返す。

 

 ・・・・・・ただし、ソラウの方は半ば以上、形式的にただ頷いて見せただけではあったのだが。

 

 夫であるケイネスが令呪を持ったまま正気を失ってしまったせいで、完全なランサーのマスター権を獲得することが事実上不可能になってしまった代わりとして、冷静な判断力と恋する乙女としての武器を使う術を手に入れることになっていた彼女は、折しもキャスターが未遠川で宴を始動させていた頃に新都を索敵する目的で見晴らしの良い高所へとやってきていた。

 

 彼女個人としては、既に聖杯戦争で自分たちに勝ち目はないと諦めていたため、余計な危険を避けるためにも敵と遭遇する町中には出かけることなく、愛する美貌の騎士と過ごす時間を少しでも長く続けられた方が良かったのだが・・・・・・表向きは『エルメロイ家に嫁いだ妻としての義務』で動いてる設定でランサーの忠誠を得ていたわけだったので、流石に聖杯戦争で勝つための活動をなにもやらず、引きこもってるだけにはいかなかったのである。

 

「私は討って出ますが、ソラウ様はどうかここに居残り、我が武功をご検分くださいますよう」

「いいえ、私だって今は代理とは言えマスターです。お側から援護します」

 

 誠実に主の身を案じて言ったランサーの言葉に対して、ソラウからの感情的にも聞こえる返事で返され、彼の目はやや細められた視線で質すように主の瞳を見下ろしたが――そこに見いだしたのは意外な光景だった。

 

 ソラウは、笑ったのである。

 柔らかく、寂しげに、弱々しくも儚げな微笑をランサーに向け、自らの想いを言葉に紡ぐ。

 

「・・・・・・そう言って実行できるなら、どんなに心が楽になるのでしょうね・・・。

 ですが私は、ケイネスよりも更に弱い。ついて行ったところで、貴方の足を引っ張ることしかできないでしょう・・・・・・」

 

「そ、ソラウ様・・・・・・」

 

 

 そう言われ、正直にランサーは言葉に詰まった。

 ハッキリ言ってしまえば、ソラウへの自己評価は正鵠を得ており、自分が下している判断も同様だった。

 自分のマスターだったケイネスには確かに、戦士として驕りやすく、弱敵を侮り油断しやすい性格が弱点となってはいたが、それは魔術師として神業に近い技量を行使できるが故の自負でもあった。

 驕ってはいたが、自信過剰な自惚れによる過信ではない。それ故にランサーもソラウとは異なり、戦場を共にすることに異存はなかったのだ。

 

 また、ケイネスが単身で敵マスターとの対決に乗り込んでしまった理由の一つに、『サーヴァントへの魔力供給パスの分割』という彼自身が独自に編み出した変則契約があったことも忘れてはならない。

 

 サーヴァントへの魔力供給は、喚び出された英霊が強力であればあるほど消費量は増大し、必然的にサーヴァントとマスターが同時に敵と戦うことになった場合には、魔力供給を担うマスターの側には戦闘中に絶え間なく魔力を搾り取られ続け、自己の魔術には別口での消費が求められてしまう。

 サーヴァントVSサーヴァントが戦っている際、マスターVSマスターの戦いに持ち込むことが出来れば自分の方が圧倒的に有利に立つことが可能になる。それが神童ロード・エルメロイが天才の閃きによって編み出した術式だ。 

 

 言ってみれば、ケイネスの事前に用意していた変則契約の術式は『マスター狩り』においてこそ最も性能を発揮して、サーヴァント同士の戦いには然程の意味を持たせられない。そういう内訳の代物だったのである。

 

 だが今は、ケイネスが編み出した分割パスの術式で、魔力供給の役を担っていたソラウがそのままマスターの役も代理で果たさなければいけない窮状に立たされている。

 魔力供給パスの分割による優位性は既になく、魔術師としてケイネスより劣り、ケイネスの時にはあった優位性さえ損失した状態で、他のマスターと全く同じ立場で競い合う戦場において白兵戦用の武装しか持たぬランサーが、彼女を守りながら敵に勝利できるか? ――と問われたならば誠実な性格故にディルムッドは答えに窮するしかなかっただろう。

 

 だがソラウは、忠誠心篤い騎士たるランサーには言いにくいその言葉を、自らハッキリと口にした。

 

「それに私は、魔術師として未熟であっても、貴方への魔力供給を担う役割を持ってもいます。

 言ってみれば、サーヴァントのための魔力タンクのようなものです。大人しく隠れ潜んでジッと息を殺して待つのが、貴方のために私ができる最大限の援護というもの」

「ソラウ様、そのような仰りようは・・・・・・」

「いいのです、ランサー。事実です。それに卑下しているわけでもありません。

 ――ただ私は、私なりに出来ることを成し、勝利に貢献するため全力で務めを果たす。それだけです」

 

 高潔なまでに主君としての役割を自覚し、私情で蟠りを抱いてることを正直に告げながら、尚も私情より義務を優先して自分にのみ「行け」と命じることが出来るソラウの器に、改めてランサーは感銘を受け、一瞬とはいえ再び彼女にグラニア姫の幻影を重ねる愚考を繰り返そうになってしまった己の執着心を恥じ入り。

 

 フィオナ騎士団の一番槍、ディルムッド・オディナは騎士として最大限の礼を示すと、ソラウに向かって深く頭を垂れ、勝利の栄光を持ち帰ることを確約する。

 

「忝い、ソラウ様。このご恩に報いるためにも、必ずや我が槍にかけて勝利の栄光と聖杯を貴女と、そしてケイネス殿のお二人に」

「期待しています。いいえ、信じていますランサー。現場の判断は全て貴方に任せます。どうか存分に、悔いなき戦いを。私たちのことを気にかける必要はありません」

「御意っ!!」

 

 強く返事をして、深く頭を垂れてから――「フッ」と微かな陰りのない微笑みを、尊敬に値する主に向けてからランサーは、鉄骨の足場を蹴って眼下の街の灯りの中へと身を躍らせる。

 

 

 それを途中まで見送って、相手の姿が人間の視力では追いつけなくなるのを見計らい―――ソラウは大急ぎで目立ちすぎる建設中のビルの屋上から移動して、どっか地下室とかの敵に見つかりにくそうな安全な隠れ場所を求めて全力疾走で走り始めていた!!

 

 

 

「――やったわ! これで今回の戦いで得られるものは全て手に入れることができた以上、これ以上ここに残っても危険なだけっ。逃げるのよケイネス! こんな戦いで怪我するだけでも馬鹿げている!」

「ん~? ソラウ、どうしたのかね、そんなに慌てて・・・・・・おおそうか! 今日は私の教室の生徒から初めてブランドが授与される者が出る日だったね。それを教えるため急いでくれたのだな、しかし君は走っていてさえ美しい~~」

 

 と、一応は正気失った後でもマスターはマスターのため《単独行動スキル》なり《偽臣の書》なりで偽りの契約交わしてない場合には一定の距離で近くにいた方が良いから連れてきていたマスターのままのケイネスが乗った車椅子を押して、ガッタンガッタン揺らしまくりながらでも命惜しさで大急ぎで誰もいないビル内から全力脱出!!

 

 ぶっちゃけ、ソラウにとって今回のキャスター討伐は、なんの旨味もなく迷惑でしかない狂人の凶行に巻き込まれただけのようなものだったからである。

 

 せめて令呪とマスター権をケイネスから強奪できていたなら別だったと自分でも思っているのだが、逆に令呪が手に入っていない状態ではキャスターの打倒になんのメリットもなく、デメリットだけが大きい、勝つために少しでも消耗するだけでも大損にしかなれないという採算の取れない阿呆らしい限りのイベントだったのである。

 

 車椅子を押して走りながら、ケイネスの右手に残った二画の令呪を見下ろし、ソラウは我知らず美麗な顔を歪める。

 

「せめて首尾良くキャスターの首を獲った暁には、あなたの愚行によって一画が欠けた令呪を取り戻して、彼との絆が元の瑕疵なき形に戻せることになるなら、私の胸も熱い高鳴りを抑えられなくなっていたかもしれないけれど・・・・・・役立たずになった今の貴方と彼との絆が元に戻ったところで不愉快なだけで、嬉しくもなんともないのよね・・・」

「ん~~?」

 

 夫の後頭部を見下ろしながら冷然と言い捨てる妻と、前方を見たまま顔は動かず幻想の過去世界の妻だけ見続けて微笑んでいる夫。

 かなり歪な夫婦の肖像だったが・・・・・・ソラウにとっては歪なればこそ、こんな所で、こんな戦いのために、こんな男と一緒に死ぬなど真っ平ゴメンだった。

 だからこそ今は、深窓の令嬢であることなど一時忘れて命を優先して全力で逃げに徹し続ける。

 

 聖杯戦争を諦め、令呪を取り戻すことは意味の薄いソラウにとって、今回のキャスター討伐は本気でなんのメリットもない、愛するランサーが危険にさらされるだけの愚行でしかない出撃命令だったのだが・・・・・・仕方がなかった。

 

 彼の性格と逸話的に考えて、制止することは彼からの好感度を下げるだけで、結局は止めることすら叶わないだろう。踏んだり蹴ったりにも程がある。

 

 出来れば戦いに赴かせたくなかったが、出撃させなければ好感度が低下する。

 やむを得ず、咄嗟の判断で【物わかりの良い上司】と【愛する夫に付いていきたいのを我慢して帰りを待つ妻】という二つを演じて好感度だけでも上げることに成功した。

 あの日以来――ケイネスを主としたまま自分にも仕えることを宣言してから、今日まで一度も見せてもらえなかった笑顔を見せてくれた。それだけで十分である。

 

 どーせ他に得られるものは何もない戦いなのだし、後はひたすら逃げ隠れして戦い終わるのを待つだけである。

 それにしても・・・・・・ソラウとしては溜息をつきながらも、思わずにはいられない。

 

 

 

「まったく・・・・・・こんな無意味で無駄なことのために、私がランサーと過ごせる時間を減らされる危険性を犯さなければいけなくなるだなんて・・・。

 やっぱり、聖堂教会が《神》として語って信者集めに利用している《ヤルダバオート(嫉妬深き偽りの神)》なんてものは実在しないという事ね。

 あんな連中の言うことを信じてる一般人たちというのは頭が狂っているに違いないわ」

 

 

 と、神の聖性を否定して、魔導こそを尊しとし、教会と敵対している魔術師たちの名門ソフィアリ家の令嬢らしい価値観に基づいて一刀両断し、キャスターのやってることを全面無意味化させながら彼女は走る。

 

 

 それぞれに敵対して、否定し合う陣営にいる者たち同士から見た相手側の事情なんてものは所詮その程度のものでしかない現実を、存在そのもので体現しまくってることを自覚することはないままに・・・・・・。

 

 

 

 

 

 尚、ランサーが戦場へ向かって飛び立ち、ソラウが全力疾走で駆け下りて逃げ出した後のビル屋上において。

 

 一人の女性による一つの作業が、空振りに終わっていたことを知る者は、もっと少ない。

 

 

「切嗣、新都で発見したソラウ・ヌザァレ・ソフィアリの確保に失敗しました。どうやらランサーの索敵から逃れるため距離を開けている間に逃げられたようです」

『――そうか。だが、そう遠くへは逃げていないはずだ。ランサーが戻ってくる前に速やかに探し出し、その場を離れるんだ』

「了解。再度の補足に全力を尽くします」

『頼む。マスターがサーヴァントの戦いを見ようともせず、好きにやらせることなどありえない。使い魔かなにかで必ず監視しているはずだ。それさえ見つけ出すことが出来れば――』

 

 

 

 ・・・・・・魔術師の常識に囚われている敵を倒すことに長けている魔術師殺し衛宮切嗣にとって、常識通りの行動ではあるんだけど前提条件が大きく違ってしまったソラウの行動を読み切れなくなってしまい、結果として空振り続きになってしまっていた対ランサー陣営に対するセイバー陣営の対抗戦略。

 

 

 

 様々な齟齬と矛盾と滑稽さをも内包しながら――――今一つの、この戦いの中で行われていた【異なる愛のぶつかり合い】が、炎の中で始まりと終劇の時を迎えようとしていた・・・。

 

 

 

「遠阪・・・・・・時臣っ!!」

「変わり果てたな、間桐雁夜」

 

 

 御三家の二つ、遠阪家の後継者となった遠阪時臣と、間桐家の後継者“だった存在”の間桐雁夜。

 

 かつて一人の女性を互いに愛し、互いに意識し、やがて片方の男だけが去り、数年越しに再会することになった恋敵同士だった過去を持つ男と男。

 

 その二人が魔術師として戦い合い、競い合う場で再会した今。

 時臣はともかく、間桐雁夜にとって言うべき言葉は、聞くべき質問は一つだけしか世界中に存在しない。

 

 

 

「遠阪時臣、質問は一つだ。

 ・・・・・・なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねたッ!?」

 

 

 

つづく

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