もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
原作セリフばっかりの中にオリジナル台詞を付け足す程度しか使ってないことに今さら気づいて愕然中。…自分のオリジナリティーの無さに失望です…。
どうにもオリジナル台詞が多い時と少ない時とで落差が激しすぎるのが作者らしいですので、今後はオリジナルを上手くなれるよう努力してみます。
……遠くでは、キャスターが召喚して制御を放棄した巨大海魔がサーヴァント連合との戦いが開始されていた。
ライダー、ランサーと即席の同盟を組んだセイバー・オルタたちが攻撃を仕掛け、凝縮された魔力の奔流が火花のように夜の湖面を照らし出している。
戦闘は地上に流れる川の上だけではなく、漆黒の夜空でも行われていた。
あまりの異常事態に出動してきた航空自衛隊の戦闘機が、スキルによってバーサーカーの宝具と化して黄金の空飛ぶ小舟と空中を舞台に追いかけっことドッグファイトを演じているのだ。
川と空、古代であれば別世界とされていた二つの場所それぞれで異なる戦いが行われている未遠川の戦場。
・・・・・・だが、この時、この戦場において。
ほとんど誰にも知られぬまま開始されて決着した、『三つ目の戦闘』と『三つ目の戦場』があったことを、第四次聖杯戦争に参加したマスターたちと、キャスター討伐戦に参戦したサーヴァントたちは知らず、その後も最期まで知ることなく終わって逝く者たちが大半だった。
誰にとっても大した意味はなく、戦局に何らの影響も与えられず、聖杯戦争全体の中では塵芥にも等しく価値のない―――だが、本人たちに取ってだけは相応の意義と意味合いを持った『因縁に終止符を打つための戦い』が、この時この戦場の片隅で確かに行われていたのは紛れもなく事実だったのだろう・・・・・・。
「遠坂・・・・・・時臣ィィ・・・ッ」
片腕の肘を片手の平で握り抑えながら、間桐雁夜は高層マンションの屋上に立ちながら、天を行く光り輝く船から眼下に見下ろす自分の前へと舞い降りるため、華麗なまでに優美な魔術でゆっくりと自由落下してきている恋敵の姿を憎しみの視線で侮蔑の呪いと共に見上げていた。
コイツらしい戦場への到着仕方だと、雁夜は思った。心からの憎悪と共に。
この男は『完璧』だった。かつて自分と彼女の前に初めて現れた日からずっと、間桐雁夜にとっての遠坂時臣は『完璧な男』であり続け、『格の差』を見せつけられ続けてきた相手だった。
だからこそ、一度は道を譲った。
身の程知らずには過ぎた夢と諦めたのだ。
8年前のあの日、彼女が若き魔術師からのプロポーズを受け入れる旨を笑顔で伝えてくれたとき、この男なら、『完璧な遠坂時臣ならば』魔術師の中で唯一彼女を幸せに出来る男なのかもしれないと、信じて諦め身を退く道を選ぶことが可能だったのだ。
――だが、雁弥には分かっていた。
その選択が致命的な間違いであることを、その時点で彼は既に知っていたのだ。
にも拘わらず、彼は彼女がその道を選ぶことを許してしまった。その代償が8年を経て、桜という幼い少女が身体で支払わされる今日に至らせている。
その償いは、どうあってもしなければならない自分の義務だった。
臓硯が欲する聖杯を勝ち取って蟲蔵から桜を救う。その過程で、あの忌まわしい魔術の生贄に桜を差し出させて幸せな家庭を引き裂いた諸悪の根源、遠坂時臣を殺して罪を償わせる。
出来合いの魔術師であり、即席のマスターでしかない自分が、彼女のために出来るのはそれぐらいしかない。
それを出来るなら、あの幸せな家族を再び取り戻させてあげられるなら、自分の命如きで購えるなら安いものだ――そう決意した憎しみの炎を瞳に宿し、間桐雁夜は目前に降り立った恋敵と8年ぶりに正面から対峙する。
「――変わり果てたな、間桐雁夜」
遠坂時臣は、着衣にも整髪にも一切の乱れがない姿で自立落下の魔術行使を終え、屋上へと降り立つと変わり果てた恋敵の姿に痛ましげな色を瞳に宿す。
「ひとたび魔道を諦めておきながらも聖杯に未練を残し、そんな姿になってまで舞い戻るとは・・・・・・今の君一人の醜態だけでも、間桐の家は堕落の誹りを逃れられんぞ」
そして勿体ぶった口調で挑発するように口上を述べてくる時臣に対して、雁夜は掠れた喉を鳴らして虫のような声で嘲りの笑いを返すのみ。
それは一見、一人の女性を巡って争い合った二人の男たちによる、感情と感情のぶつかり合いに見えるものであり、そういう側面も間違いなく存在していたが――少なくとも時臣の側には戦略的判断が含まれている行動ではあったようだ。
チラリ――と。
時臣は一瞬だけ、夜空に光の帯を引きながら縦横無尽に飛び交う、黄金と漆黒の光のレースへと意識を向ける。
彼が誘うように屋上へ姿を現して見せた、雁夜との決着を付けるためギルガメッシュが所有する宝具《ヴィマーナ》から飛び立って彼の前に降り立ってきたのには幾つかの理由と目論みが存在していた。
一つには純粋に、自分が乗ったままでいることが英雄王にとっての足枷になる恐れがあったからだ。
如何に尋常の魔術師であれば溜息を禁じ得ない神業の域に達した、自立落下の練度を誇るとはいえ時臣はサーヴァントではなく、人間の魔術師でしかない身の上。
人間である以上は、空を飛ぶ術はないのだ。バーサーカーのスキルによって宝具化した戦闘機に追われる空飛ぶ黄金の船に、生身の人間が乗り続けていたままでは肉体が耐えうる保証はない。
だが英雄王もサーヴァントである以上は、現界を維持するにはマスターからの魔力補充が不可欠である以上、自分が空の戦場に居続けることは邪魔にはなっても助けにはなるまい。そう判断せずにはいられない程、常識外の戦闘が空では繰り広げられていたのだから。
そして今一つの理由は、狂化して理性を奪われた黒騎士のサーヴァントが英雄王を追い回すのに海魔が反応し、アーチャーが戦闘に巻き込まれてくれるのを期待してのものだった。
海魔は明らかに制御を放棄されており、あの目立つ船で近付いてくれば触手の一本ぐらいは攻撃してくるかもしれない。
異常なほど誇り高い英雄王が、あのように穢らわしい存在から横槍を刺されて不快に思わぬはずがない。
遊び心が過ぎ、慢心と紙一重の油断をしやすいところを持った英雄王と、初めての戦闘時からアーチャーを愉しませながらも最終的には常に極大の殺意を向けられるように変化していたバーサーカーなら、そうなる可能性もないとまでは言い切れない。
どうにも海魔討伐には意欲を見せてくれないギルガメッシュに、ほとほと困り果てていた時臣にとって、バーサーカーのマスターである間桐雁夜からの挑戦は好都合だった面を強く持つものだった。
マスターを自分が引き付けておけば、狂ったサーヴァントが下手を討つ可能性は高くなる。そうする為の作戦が時臣に雁夜との感情任せな決着を由とした現実的な理由として存在していたのである。
―――だが、そんな彼にとってさえ、この雁夜からの問いかけは全く予想していなかった。
「遠坂時臣、質問はひとつだ。
――なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた?」
「・・・・・・なに?」
その問いかけが全くの慮外だった時臣は、思わず面食らったように眉をひそめ、そして問い返す。
「それは・・・・・・いま君がこの場で気にかけるべき事柄か?」
「答えろッ! 時臣ィッ!!」
激情のあまり血管を何本か断裂させ、頬筋に走っていた筋肉の筋が一本「ぴしっ」と音を立てて弾け飛び、血飛沫が小さく雁夜の狂貌を染めながらの怒号で答えを急かされ。
時臣は何かを悟ったかのように、あるいはナニカを諦めたかのように嘆息しつつ。
「問われるまでもないことだろう。愛娘の未来に幸あれと願ったまでのこと」
「何・・・・・・だ、と?」
そう告げて返答された内容に、今度は雁夜の方が面食らったように唖然として思考を空白化させられてしまう。
相手が何を言っているのか分からない。全く理解できない。
声には出さずとも表情だけで雄弁に、そう思っている内心を語っている雁夜の反応を見せつけられ、時臣はますます呆れずにはいられない想いを禁じ得ない。
―――まったく、この男は今までどれだけ“気楽で安全な人生”を送ってきていたのか――と。
そう呆れずにはいられない想いに駆られてしまったが、口汚い罵倒は優雅さからは程遠い。
時臣は内心の怒りを表に表さぬ為にも、努めて淡泊な口調を心がけながら雁夜に向かって得々と説明を続けてやる。
『魔術師の名家に生まれた者なら誰もが知っている常識』を、間桐雁夜も当然知っているという前提に基づく、自分の行動の理由説明を――。
「二子を設けた魔術師は、いずれ誰もが苦悩する。――秘術を伝授しうる後継者として魔術刻印を引き継げるのは一人のみ。
それ故、いずれか一子は凡俗に堕とさねばならないというジレンマにな」
がらんどうになりかけていた雁夜の脳裏に、その一言が反響して自分を取り戻させたのは、この瞬間だった。
失われた桜の笑顔を、凜や葵と遊び戯れる姿を、あのささやかな幸福の記憶を。
この男はただ『凡俗』という一言だけで切り捨てるのか・・・?
切り捨てさせて彼女に涙を流させたというのが真相だったのか・・・・・・?
あまりにも衝撃的な事実を叩きつけられ、現実を受け入れきれなかった雁夜に向かい、時臣の説明は続いている。
「とりわけ我が妻は、母体として優秀すぎた。凜も桜も、共に等しく希代の素養を備えて産まれてしまった。
娘たちは二人が二人とも、魔道の家門による加護を必要とするほどの天才だったのだよ。
いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど・・・・・・親として、そんな悲劇を望む者などいるものか」
滔々と語る時臣の理屈が、雁夜にはまるで理解できなかったし、理解したいとも思えなかった。
この、今どき珍しいほど魔術師らしい魔術師の理念を一片たりとも理解してしまったら、その場で嘔吐してしまいそうなほど―――クソミソに気色の悪い自分勝手なエゴに満ちた傲慢な考え方。雁夜には時臣の話は、そうとしか思えない。思いようがない。
「姉妹双方の才能について望みを繋ぐには、養子に出すしか他にない。だからこそ間桐の翁の申し出は天恵に等しかった。
聖杯を知る一族であれば、それだけ『根源』に至る可能性も高くなる」
しかし雁弥が、自分に向かって懐かされた内心の怒りや憎しみなど理解した様子もなく、理解できる理由すら“共有”しておらず。
遠坂時臣は、間桐雁夜にとっての絶望的な未来をもたらす可能性を、彼に向かって静かに語る。語られてしまった。
「私が果たせなくても、凜が。
そして凜ですら至らなかったら桜が、遠坂の悲願を継いでくれるだろう」
その遠坂家当主として、魔術師名家に生まれた父親としての言葉を聞かされた時。
間桐雁夜の中で、ナニカが弾ける。
「貴様・・・・・・」
なぜ眉一つ動かさずに、そんな絶望を物語れるのだろうか?
なぜこの男は、ここまで父親として、人間として、壊れてしまった人間を真似するだけのガラクタのような言葉を平然と吐けてしまうのだろうか・・・?
凜と桜、姉妹が共に『根源』への道を志せと言うのなら。
それは――その言葉が意味する未来とは――!
「・・・・・・相争えと言うのか・・・?
姉と妹で、聖杯を手にするため殺し合えとッ!?」
――この間桐雁夜から血を吐くような想いで発せられた、在りし日の笑顔を浮かべる姉妹たちの幻影を思い出し、人道主義的な義憤に満ちた怒りの言葉を投げかけられた時。
遠坂時臣の心情を、敢えて凡俗らしい言い方を使って、優雅な態度や言葉を使わず表現したとすれば・・・・・・恐らくは、この想いを懐かされていたのかもしれない・・・・・・。
―――何言ってんだ? コイツ・・・・・・。
という、あまりと言えばあんまり過ぎる感想を、言葉には出さず心の中だけでは、もしかしたら思っていたかもしれなかった・・・。
まぁ、雁夜の方は目に見えて死にかけだし、意識も朦朧としていて思考するだけでも一苦労なのかもしれないと思いはするのだが・・・・・・大前提として。
聖杯戦争って―――『60年に1度』の周期で開催可能になる、大魔術儀式なんだけれども・・・・・・。
「・・・・・・まぁ、“仮に”そんな局面に至るとしたらという、仮定の話になってしまうのだが・・・・・・」
思わず感じた頭痛に、こめかみを抑えてしまいそうになる手の平を寸でで堪え、遠坂時臣は持ち前の常人離れした自制心をフル動員して、作り笑いを浮かべることで何とか優美な体裁を取り繕うことに成功できた。
相手の発言を、意味ある糾弾として放った言葉ではなく、死を目前にして痛みと苦しみから正気を失った『重篤患者が死ぬ前に残す意味なき言葉』と解釈したからである。
言われる側としては堪ったものではなかったかもしれないが、実際に雁夜の見た目は正気ではなくなって理性を失い狂化しているキチガイ状態と思われても仕方のない様相を呈しており、片目だけが見開いてて残る片目は白濁してて、手や顔に流れる血管は時々うごめいていて、話してる最中にも「プツンッ、プツンッ」と血管が切れて色々なところから血が噴き出してるときがたまにある。
・・・・・・こんな状態の相手から意味不明な理屈で、ヒトデナシ呼ばわりされて、本気で怒ろうという意欲が湧く人間っているものなんだろうか・・・?
むしろ、ゲンナリさせられて「鏡にでも言えよ」とか言い返さなかっただけ、遠坂時臣は紛れもなく紳士だったと断言できてしまう程に・・・。
まぁ、現実には彼らが戦った第四次聖杯戦争から十年後、聖杯に生じた異常事態を原因となって開催時期が大幅に早まり、雁夜の放った糾弾が現実の悲劇となって時臣の娘姉妹2人に襲いかかってくる事になるのだけれども。
それは、あくまで未来のカレンダーに記された予定表であり、呪われていた聖杯が誕生寸前までいって割られたりとか、あふれ出た泥被って消滅するはずだった黄金の英雄王が受肉したりとか、死んでたはずの麻婆神父が聖杯の泥に選ばれて愉悦大好き仕事は嫌いな汚職神父として復活したりとか。
色々なイレギュラー事態がてんこ盛りまくった末に結果として起きることになる早期開催のため、現時点での時臣視点で考えた場合には、『凜と桜が根源へ至る道を志して相争う事態』になるとしたら。
遠坂家当主になって数十年後の凜(60代中盤の老女)と、間桐家当主になって数十年が経った間桐桜(60代中盤の老女)とが、二人ともに息子や孫を参加させることなく自ら出馬することによってのみ現実にあり得る未来予想図ということになるしかないのだから・・・・・・現実味がなく感じられる架空のタラレバ話としてしか聞く気になれなかったのは時臣の立場として仕方のないことだったのだ本当に・・・。
「仮にそんな局面に至ることがあるとしたら、我が末裔たちは幸せだろう」
言いながら時臣の瞳には、この時初めて雁夜に向かって情らしい感情が微かに浮かべていた。
それは昔の知り合いと久方ぶりに再会して、身を持ち崩して駄目になってしまった姿を見せつけられた時のような、そんな“いたたまれなさ”を感じてしまった一般人の感情と酷似しているものだった。
かつては愛する妻の心を奪い合った恋のライバルであり、御三家の後継者候補として兄よりも優れた才能を評価されていた人物が―――聖杯戦争の常識まで忘れて、60年という時間の長さすらも分からなくなってしまった惨状にまで成り果ててしまっている事実を、本人自身の口から告げられてしまったとしたならば。
流石に魔術名家の当主として、時臣にも憐憫の情ぐらいは多少ながら湧いてもくる。
一度は同じ志を懐いて手を取り合った御三家の一員として、最期ぐらいは頭がおかしくなったキチガイ狂人としてではなく、魔術師として終わらせてやるのが遠坂家当主の払うべき礼儀だろう・・・・・・そう思った故での行動だった。
まぁ、要するに。
『哀れみ』である。
可哀想だったから、最期ぐらい気を遣ってやろうと思ってくれただけの感情。
雁夜としては屈辱であり侮辱でしかない優しさと気遣いだったが、往々にして気遣いとか優しさって擦れ違ったり空回りしやすいものだから、それもまぁ仕方がなし。
「勝てば、栄光はその手に。負けても、先祖の家名にもたらされるのだからな。
これほど憂いなき対決は他にあるまい」
「貴様は―――狂っているッ!!」
そして、やはりと言うべきなのか、歯を剥いて雁夜は唸り声と共に時臣の論を否定するだけ。相手の気遣いには当然ながら気が付かない。
――お前が言うな、と時臣は思ったかもしれない。
だが彼は言わない、口にしない。
重篤患者の言うことに正論で説教しても意味ないことだから。
そもそも、普通に考えれば分かることなのだ。
先祖を同じくする、別の家系の当主になった魔術師同士が、同じ目的を叶えるため志を同じくするならば。
・・・・・・表向きは敵対関係を続けながら、裏面で手を結んで水面下で協力し合って勝利を目指しても、別になんの問題も矛盾も起きないのである。
現に時臣と、赤の他人でしかない綺礼はそれをやっている。
同じ遠坂家出身の魔術師同士で、同じことをやってはいけない道理もない。
手に入れた聖杯も事実上、同じ遠坂家の一門同士が入手したのなら両立できない願いを叶える場合を除いて融通し合うことは不可能ではない。
勝利と成就と家の存続を優先するなら、互いに潰し合うより遙かに効率的で勝算も上がる。
一子相伝で自家の秘術を継承していく魔術師一族の当主にとって、自らの跡を継ぐ後継者を残すため一門の存続は最重要な懸念事項であり、自らの戦死が自分の一族の滅亡にまで直結してしまうような事態は、歴史ある名家の当主であればあるほど忌避して避けたがるものだ。
そのため自分のように子供が幼く、自らが出馬するしかない場合でもなければ当主自身が命がけの戦いの場に赴くケースは多くない。
実際に雁夜の間桐家も、切嗣を養子としたアインツベルンも、当主は奥の院にこもったまま後継者たちを代理として参加させている。
名家の当主でありながら一族の存亡を賭け皿にのせて死んだら終わりの殺し合いの場に好き好んで参加したがる者など極一部の例外だけだろう。・・・神童のロード・エルロメイとか。
そんな『魔術師の家に生まれた者にとっての常識』で考えれば、先に放った自分の言葉がなにを意味していたかぐらい考えるまでもなく解るだろう。
その程度のことすら考えなくなって、ただただ相手を罵倒するだけの犬のように成り下がってしまった雁夜の醜態は、徐々に時臣にとって気遣いを見せてやることすら苛立たしく感じるほど鬱陶しい存在へと変化し始めてしまっていたのだが・・・・・・その事にさえ間桐雁夜は気がつかない。
「・・・語り聞かせるだけ無駄な話だったな。魔道の尊さを理解せず、あまつさえ一度は背を向けた―――裏切り者には尚のこと」
「ほざけェ!!」
冷たさを増してきた時臣からの冷淡な一瞥と言葉に対して、雁夜は限度を超えた憎しみと怒りで、体内に巣くった刻印虫を励起させ、励起した虫たちに体内を蝕まれる激痛と悪寒に総身を震わせながら――今だけは、その苦しみすらも祝福として感謝できる。
――さぁ、蝕め。我が身を食らえ。
そうして生み出された魔力はすべて、あの怨敵を呪う糧となって殺し尽くすがいいッ!
そう思い、自らの身と命を犠牲に捧げて憎むべき怨敵を討ち果たせる喜びと怨嗟の炎に、身を内から焦がし続けながら、間桐雁夜は臟硯から託された時臣を殺すための牙たちを呼び集めて次々と脱皮させていき、力ずくで決着を付けさせるための特攻兵器として突撃させるための準備を完了させていく。
・・・・・・そんな彼に本当は、『精神異常者のキチガイ』と言ってしまいそうになったところを流石に自制して『裏切り者』と柔らかい言葉に言い直していた事実を、もし知らせる者がいたときにはどうなってたんだろう・・・・・・?
もし今この場に、時臣の弟子の麻婆でもいて、聖職者らしく心の声でも聞くことが出来ていたならば、そう思ったかもしれないけれども。
生憎と、この場にきて隠れ潜んで見物している麻婆さんは腐ってる上に、所属してる教会勢力まで腐ってるので読心とかの聖職者らしい能力は使えません。
なので無意味な仮定なので次ぎ行きます。
「俺は貴様らを許さない・・・・・・薄汚い魔術師どもめ・・・・・・ッ!!
殺してやる・・・・・・臟硯もッ! 貴様もッ!! 一人残らず殺して殺して殺し尽くしすッ!!!」
俄仕立てとは言え、一年間の絶望と激痛の中を生き残って手にした蟲使いとしての雁夜が持つ、ありったけの魔力と業を注ぎ込んで、命を捨てる覚悟で手に入れた最狂にして必殺の武器、《翅刃虫》
――だが所詮それは、雁夜にとっては『最狂にして必殺の武器』というだけでしかなく、客観的で相対的な優劣こそが重要となる殺し合いの場において、彼が後生大事にしてきた綺麗な過去の思い出など、思い人に対して積もり積もった悔恨の念など―――殺し合いの場においては何の足しにもなっていない程度の非力な弱さしか得られる理由になれていない。
そんな、雁夜にとっては死と隣り合わせの秘術も、練達の魔術師である時臣から見れば取るに足らない、笑ってしまえる程度のものでしかない。
どのような想いで出戻ってきたかは知らないが、所詮は一年かそこらの修行だけで八年前に家出してから何もしてこなかった怠惰を埋め合わせられると思い上がった、その程度の想いで得られる力など“その程度のもの”でしかないのが現実だった。
凡百の才能しか生まれ持たぬ故に、10の結果を求められれば20の修練を積むことで課せられた試練の数々を乗り越えてきた時臣とでは、魔術師としても男としても雁夜は年期も格も数段劣る。それが事実。
「魔術師とは、生まれついてより“力”ある者。
そして、いつしか“さらなる力”へと辿り着く者。
その運命を覚悟するより以前から、その責任は“血”の中にある。それが魔術師の子として生まれるということだ」
相手が示した、俄仕込みの即席魔術を見せつけられ、時臣は不意にそんな言葉を相手に語りかけていた。
そう――魔術師として避けようのない運命とは、自らが覚悟するより先に最初から血の中に流れているものなのだ。魔術師の子なら誰だって生まれ持つものなのである。
何故なら、《魔性》は《魔性》を引き寄せずにはいられない“力”であるからだ。
それも、あまりに条理の外側へと突出しすぎた適性を持つ子供として生まれた者は、必然的に日常の外側にあるモノを引っかけてしまい、その身に流れる《魔性の血》に誘われて現れる怪異の数々と災厄に襲われ続ける将来を約束されずに済まされることは決してない。
数多の平行世界で繰り広げられた聖杯戦争に巻き込まれ、数々の試練に襲われながら最終局面へと至る人物たちが、常に凡俗の家に生まれながらも《特別な力》を発揮する《特別な血》を持つ者たちばかりであったことが、それを証明している。
彼らは確かに巻き込まれただけの存在であったが、巻き込まれた大勢の者たちの中で生き残る事ができたのは、その身に流れる《特別な血》が危機的状況下で覚醒し、その血に与えられた力によって事態を解決できる可能性を見いだしたからに他ならない。
そんな彼らと同じように、幼くして余りに優れた素質を生まれ持ってしまった凜と桜は、優れすぎていたが故に魔道を理解して身に収めることでしか、その身に流れる《血》に課せられる魔性に対処するしか、生き残れる術が他に存在しない宿命を生まれ持たされてしまっていたのだ。
にも拘わらず、遠坂という家門が持つ最大の加護とも呼ぶべき魔術刻印を譲ることが出来るのは、凜と桜のどちらか一人だけ。
後継者になり損ねて、凡俗の魔術師程度の実力しか発揮できない身体になるしかない娘には、その優れすぎる血に誘われて襲いかかってくるであろう怪異の数々から自らを守り切ることは極めて難しい。
ましてや凜は《五大属性》桜は《虚無》という、極めて希少で換えの利かない魔術属性を生まれ持ち、しかも幼いとはいえ見目麗しい生娘ときている。
これだけ好条件が揃えば、怪異だけでなく味方のはずの協会も黙っているとは思えない。
嬉々として切り刻んで解剖し、将来にわたって《研究素材》としてホルマリン漬けにして大切に保管し続けようと動き出すのは目に見えている。
彼ら時計塔のバケモノ魔術師たちからすれば、魔術師の力の源である魔術刻印を継げなかった娘など、流れている血が極めて希少なだけの《一般人》となんら変わらぬ程度の弱き者としか映らぬ存在。
つい数年前には、今代の魔術師の中で最強と呼び名も高い《グランド》の称号を授与された、“あの”蒼崎嶝子も、絶大すぎる才能を永久保存すべきという理由によって封印指定を受けたと聞く。
愛娘たちを溺愛する時臣としては、どちらかしか守れぬジレンマにどれだけ長く苦しみ悩んだことか。
だからこそ間桐からの申し入れは、時臣にとって天恵に等しかった。
2人の愛娘たちは共に一流の魔術を継承することが可能になり、どちらも《優れすぎた血をもつ因果》に屈することなく、それぞれの人生を自ら切り開いていく手段としての“力”を得られたのだ。
本来ならば、その道を可能にしてくれる切っ掛けを作ってくれた雁夜には、感謝すべき立場なのかもしれないと自分でも思う。
それを自分が責めるのは筋違いな立場にいると自覚してもいる。だが、それでも――
「君が家督を継ぐのを拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡ることができた。
むしろ感謝するべき筋合いと理解している。しているが・・・・・・それでも、どうやら私は君という男が赦せないらしい」
静かに言いながら時臣は、礼装であるステッキを振りかざして術式を呼び起こし始める。
目の前にいる男を倒すために。
名門の血を引く魔術師の跡取りとして生まれながら、その血が持つ優れた才能を評価されておきながら、家督を継ぐことを拒んで家を飛び出し、血に誘われた魔性たちに襲われて殺されることもなく自由を謳歌し、そんな自分自身の幸運を自覚しようともせず、願望機ほしさにノコノコ帰ってきて恥じ入りもしないで、他人のみを罵倒し、恨みの視線を向けてくるこの男が―――ああ、どうしても自分は赦せない。
赦してやろうという気に、どうしてもなる事が出来そうにない・・・・・・!!!
「血の責任から逃れた脆弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。
間桐雁夜は魔道の恥だ。再び相見えた以上、もはや誅を下すしかあるまい」
カツッ!と音を立てて時臣は手に持つステッキを構え直す。
そう。再び敵として出会ってしまった以上は、誅伐するより他に雁夜に相応しい処遇を彼は知らない。
多くの者たちが望んでられぬ、魔道の家を離れた後の安全を与えられて感謝しようともせず。
凜か桜が同じ道を選べば確実な《死》が待っている、自ら選び取った自由なる道を歩む事ができた人生を幸福だとも思わず棄ててしまう。
そんな雁夜の生き方が、逃れられぬ宿業として決定されてしまった道を辿ることしか許されない、多くの魔術師の子として産まれてしまった子供たちの人生を、否定して罵倒して泥を塗りつけているとしか思いようのない彼の人生が。
時臣には、どうしても・・・・・・“一人の父親として”許す事ができなかったから・・・・・・!!
「ふざけるな・・・・・・この人でなしが・・・ッ!!」
だが、そんな時臣の想いも怒りも雁夜には届かないし分からない。
自分が言った言葉は破綻している事にすら気づけなくなっていた、今の雁夜にはどうしたって分かる事などできはしない。
最初から臟硯が彼に言っていた事ではなかったか?
「自分の本命は“次々回の機会”」と。
「“桜の産み落とす子供”の方が遙かに勝算は高い」と。
間桐に養子に出された桜と、遠坂家の跡取りに確定した凜とが相争うには、遠坂家の都合だけでは不可能で、間桐家からも60年後の当主自ら出馬を決定しなければ成立しようがない。
今の時点で、時臣や雁夜がいくら問題視して騒いだところで、未来を決定する力でもなければ無意味に終わる事しかできず、自分の死後も娘たちの選ぶべき選択に制限をかけれる『呪いの言葉』でも言い残すことが出来ない限り、彼女たちの選択の自由を60年後まで制限し続ける術を遠坂時臣は持てていない。
それらの現実的障害の数々が、間桐雁夜には考えることができない。受け入れることも、また出来ない。
彼には昔から、そういう所があったようだ。
現実よりも、自分が思い描く綺麗な物語の方にこそ現実性を見いだしやすく。
自分の尊ぶ想いにとって都合の悪い情報は、無意識のうちに意識からシャットダウンしてしまう悪い癖がついてしまっている男。
それが間桐雁夜という落伍者が持つ、完璧に憧れるだけで完璧になれない自分を受け入れきれない故の欠陥だった。
「違うね。自らに責任を負うのが人としての第一条件だ。
それが果たせない者こそ、ヒト以下の狗だよ。雁夜」
そう、責任だ。人として果たすべき責任。
思えば雁夜は、それを果たそうとした事が一度もなかった。
かつて自分の目の前に、生涯の伴侶となる女性とともに現れた最初の日から、この男は『無責任』であった。
その言動。その考え方。一縷の望みに賭けて動こうとしない臆病さと卑屈。
幼馴染みの女性を想い続けているのは、誰の目にも明らかだったにも拘わらず一向に想いを伝えようとはせず、秘めたる想いを気取るだけで自分からは何のアプローチもしないまま、ただ幼馴染みだから一緒にいてくれるのが当然だという態度で接し続ける。
9年前、自分が葵にプロポーズした時もそうだった。
自分が勇気を出して想いを告白したのに対して、雁夜はただ告白もしないまま、ただ想いを胸に秘めてなかった事にしたまま逃げ出す道を選んだだけだった。
雁夜はその行動を、自ら身を引いて葵の幸せを願い、板挟みになった愛する女性に悲しみを与えるべきではないと思っていたのかもしれないが・・・・・・そうだとしたら、とんでもない錯覚と断ずるしかない。
もしあの時、雁夜もまた今まで秘め続けてきた想いを伝え、それでも葵が自分のことを選んでいたならば、確かに雁夜は恋に敗れ、身を引いて去って行った敗者となって、自分は勝者の地位にいる事ができていたのだろう。
――だが、想いも告げずに去って行った男とは、勝負にすらなれていない。
勝負すら成立できなかった相手に勝ちも負けもなく、始まる事ができなかった戦いに敗者も勝者も存在できる訳もない。
雁夜が選んだのは、ただ『勝ち目がない相手と戦って負けるのが嫌だから逃げた』
・・・・・・只それだけだった。本当にそれだけだったのである。
「黙れ・・・黙れ、この人でなしの薄汚い魔術師め!!
蟲どもよ、奴を喰えッ!! 喰らい殺せェェェッ!!!」
・・・・・・結局のところ、間桐雁夜は致命的なまでに間違っていたのだろう。
9年前の時点で一番最初に間違った選択を選んでしまった。
一度ならず二度ならず、三度も言うべき言葉を間違えてしまったことで、愛した女性に涙を流させ、幼い少女を間桐家の魔術に巻き込むのを避けられる可能性を放棄する結果に至らせてしまう羽目になってしまう。
彼は、魔術師として当たり前のことを失念していたのである。
魔術とは『秘するもの』であり、『自家の秘術』は万金に値する宝であり。
・・・・・・【同じ聖杯を奪い合う御三家の遠坂】に、間桐家が今まで高め続けてきた秘術の成果である【蟲蔵】についての情報など、自分一人が聖杯を欲している性悪で強欲な間桐臟硯が、正直に教えてくれた状態で桜を養子として出してもらってた訳がなかろうに・・・・・・。
その過ちの結果として、間桐雁夜は最期まで間桐臟硯の造った檻の中から“一度も出られることなく”生涯を終えることになる。
間桐の家を飛び出した後も、彼は本当の自由を得られたことなど一瞬たりともなかったからだ。
御三家の一家であり、遠坂家より更に歴史の古い間桐の血を引く子供でありながら、ろくに魔術も使えない雁夜が今まで安全に生きてこれた事実。
時計塔をはじめとする魔術師たちから、“血”を目当てとして魔術実験の材料に使うため襲われることなく一般人として無事に過ごせてきた事実。
その事実こそが、間桐の家を出た後も『間桐家の所有物』として『間桐家に庇護され』今まで生き残ってこれたことを示す証拠になるものだった。
そういう考え方ができなくなっていた事実こそ、間桐雁夜が幼き頃に臟硯から施された【教育という名の檻】から脱することができていない、何より雄弁な証拠だったのだが・・・・・・それでも間桐雁夜は気づかない。
気づくことが出来ない自分自身に、どうしても・・・・・・気づくことが出来なくなっていたのが彼という人間だったから・・・・・・
「虫どもよ!! 薄汚い遠坂時臣を殺してしまえェェェェェッ!!!!!!」
こうして、唸りを上げて甲虫の群れを襲撃させてくる、蟲使い・間桐雁夜と。
ステッキから発する舞い踊る灼熱の炎で迎え撃つ、練達の魔術師・遠坂時臣による。
今宵3番目の死闘のステージが、今また火蓋を切って落とされたのだった!!!
それは同時に、十年来にわたり一人の女を巡って続いてきた、二人の男たちの因縁に終止符を打つための戦いでもあった・・・・・・
そして、戦いは終わった。
「うぉぉぉぉぉッ!? うわあ、ァァァァァ・・・・・・ッ!!!
殺・・・・・・コロシテヤ、ル・・・・・・トキオミ・・・・・・ゾウ、ケ、ンモ・・・・・・ミンナ殺シテヤ・・・る・・・・・・・・・」
順当通りに勝負が進んで、圧倒的格上の相手に連続攻撃しまくってノーダメージのまま無効化されて、たった一度の反撃食らっただけで火ダルマになって屋上から落下していく、絵に描いたような噛ませ犬のような役柄だけを演じ終わって、間桐雁夜は闇の底へと落ちていってしまった。
正直、勝った方としても敗者の死体を確認したいとはいまいち思えない、因縁の恋のライバルとの決着なのに優美さもなければ劇的な要素の欠片もない、しかも正気を失ってたせいで雁夜がなんの悲願を叶えるために聖杯を求めて狂ったかさえ全く分からないまま。
こんなもん愉しめるのは、間桐臟硯の妖怪爺とか、腐れ麻婆の汚職神父とか、スカート履いてない聖職者の腹黒シスターとか。
ソッチ系の人たちと同じ、サディスティックなS趣味の持ち主とかだけだろうと思えるほど意味もなければ達成感もない、後味だけが悪い弱い者虐めした気分しか感じられない戦いであった。
「・・・あれだけ息巻いておきながら、蓋を開けてみればこの体たらくとは・・・・・・つくづく君は狗だったな雁夜。
ひたすら吠えるだけで、牙は言葉の半分も相手に届かない、正真正銘の負け犬だ」
まさにその通りな感想だけを付け加え、遠坂時臣は間桐雁夜のことをスッパリ忘却して、それ以上思い煩うことなくキャスターを巡る戦いの方へと意識をシフトしてしまうのだった。
死ぬほどの激痛を味わう代わりに短時間で超パワーアップが可能になるとか、失敗すれば命を失うリスクを払って使用可能になるスキルとか、そういうのを現実でやると大体こんな感じで終わるのだろう。多分だけども。
現実の戦いは、恋でもバトルでも非常に厳しい。
つづく
*念のため補足
今話の内容は時臣さんヒイキや雁夜くんアンチではなく、【対等だった】という基準で描かれています。
葵にプロポーズした時には時臣の側にも断られる可能性は多分にあり、同じ御三家の後継者候補同士では実家補正も得られないため対等にリスクを背負ってはいた。
原作では雁夜くん主観ばかりの時臣評が描かれやすかったため、相手側から見た評価も書き加えてみた次第。
一方で原作における雁夜の歪みっぷりには、臓硯による意図的な洗脳教育が施されていた結果だった……という基準から雁夜くんを描いてみてもいます。
結局、同じ知識と認識を共有できてないのに、【自分が知ってることは相手も知っている】という前提で互いに交わされあっていたのが、原作における今話のシーンだったと作者は思ってます故に。