もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
整合できてない気持ちを纏めたくて書いてみた次第。
今回はキャスター決戦、言峰陣営、龍之介、切嗣さん視点でのお話しです。
シリアスとギャグが入り混じった、今の作者の心理そのものな内容ですけど、笑い飛ばしてもらえたら光栄です。
「・・・・・・なんと言うことだ・・・」
ドサッと、音を立てて身体を投げ出しながら彼は呻き声を上げていた。
全てのサーヴァントとマスターたちが期せずして一堂に会し、目的と敵対する相手に微妙な違いはあれど大まかに組み分けとして『対キャスターのサーヴァント連合』と『結果的に海魔を支援するキャスター枢軸』とに別れて相争うことになってしまった狂乱の宴が催された狂気の夜。
この中で、最もキャスターが犯した凶行に苦悩させられていたのは、意外にも未遠川に集っていた面子の誰でもなく。
聖堂教会の地下室で、息子相手に愚痴っていた監督役の言峰璃正だったことは、本当に誰の皮肉による結果だったと言うべきだろう?
「聖杯戦争の長い歴史にあって、このような失態は前代未聞。一体どのように処置したものか・・・」
「監視係の報告によれば、未遠川一帯は濃い霧に包まれているものの、既に多くの野次馬達が集まり始めているとのことです」
苦悩する父の姿を前にした、最愛の息子から淡々とした声音で告げられた報告も、今の神父にとっては更なる懊悩へと叩き落とされる凶報としか聞こえようがない。
彼にとって聖杯戦争の監視はこれで二度目だが、ここまで処置に困る騒動が引き起こされるなどとは流石の彼も予想しようもなかった訳だが・・・・・・そもそもにおいて今日の事態を引き起こした原因の一端は彼らが作り出していたものだったのも事実であった。
もともと凶行を重ねるキャスター討伐を、褒賞ありのイベントとして仕立て上げ、賞金首探しを開催してしまったのは彼自身だったからである。
それがウェイバーに下水道内部に設置されていたキャスターの工房を発見させ、ライダーによる襲撃と破壊。引いては呪われし求道者達への新たな目覚めへと導く流れを作り出してしまう結果を招いてしまって今日に至る・・・。
バーサーカーとの予期せぬ戦闘で消費してしまったアーチャーの令呪を取り戻させることを目的として、表立っては贔屓できない監督役の立場を職権乱用し、結果論としての出来レースによって主催者側から協力者へ褒賞を授与するマッチポンプな謀略。
そのために令呪を餌として山狩りの要領で、各マスターとサーヴァントたちにキャスターを追い詰めさせて止めをアーチャーに担わせる。・・・・・・そういう算段だったのだが・・・。
(・・・策に走りすぎてしまったかもしれない・・・)
今になってみれば、そうも思う。
綺礼が召喚した、暗殺者の英霊にして斥候の英霊でもある『ハサン』の異能により、キャスターの居所だけは早い時点で把握できていたのが彼らだった。
あの時点で綺礼からアサシンに命じて、早々にキャスターなりマスターなりを暗殺させていれば、今日の事態が起きることだけは防げていたはずだったのだが・・・・・・。
令呪の回復に拘りすぎた。欲を張りすぎた。あまりにも多くを求めすぎてしまった――そんな今更過ぎる後悔の念がいくつもいくつも璃正の頭と心を駆け巡っては、老いた精神を打ちのめされ続ける。
共謀していたのは遠阪時臣も同罪だが、彼には褒賞を示す権限がない。最終的には自分が実行することを選んでしまったことが全ての発端になっていたのは否定しようがない事実だったから・・・・・・
「・・・もはや我々だけでは対処できない。魔術教会にも協力を要請しなければ・・・・・・して、時臣くんは?」
「我が師は、ただちにアーチャーと共に現場へと向かいました」
「うむ、綺礼よ。隠蔽工作は私の方で手を打つ。お前も至急、時臣君の助成に向かうのだ」
「分かりました、父上」
信頼する自慢の息子に参戦しにいくよう命じて、どうしようもないほど規模が拡大してしまった隠蔽すべき対象の数を思い、痛む頭を堪えつつも彼としては、後は信じて託すしかないと割り切って自分の職務に専念する以外に今の時点で出来ることは他になかった。
こうなってしまった以上は、時臣自身かアーチャーがキャスター討伐で最大の功績を挙げて勝利してもらう以外に、当初の計画を実現させられる道は存在していない。
その為に密かな協力関係が暴露するリスクを冒させてまで、脱落して保護されているはずのマスターである綺礼を派遣し、時臣を援護するよう命じてまでいるのだから。
「後は彼らを信じて委ねるしかあるまい。
主よ、我らと我が友の忘れ形見に、どうかご加護を・・・・・・」
祈りの言葉を、神の敵たる魔術師の勝利を願って紡ぎながら部屋を出て行く言峰璃正神父。
これから途中介入してきたという日本の自衛隊をはじめとして、恐ろしい額の工作費用が投じられる壮大な隠蔽工作という自分の戦場へ赴いてゆく彼であったが―――
―――ただ結局のところ、彼らの謀略が失敗する原因となっていたものは、この『祈り』こそが重要な要素の一つになっていたのかもしれない。
彼らは善悪を重視しすぎる傾向が強すぎるあまり、愚かな理由で蛮行を繰り返す輩に対しては侮蔑と否定と断罪とを同時に与えることに躊躇いはない者たちだったが、それ故にこそ。
『悪とは愚かで愚劣な存在である』という、倫理観に基づく固定観念を信じたいから信じ込んでしまって、想定が甘くなってしまう悪癖を有しているように感じられる行動が目立っていたからだ。
平たくいってしまえば、『馬鹿なことをやる馬鹿な連中だから、やることなすこと全て何の意味もない馬鹿な愚行に決まっている』という、悪への見下しが本当に現実だと信じ込んでしまっている部分があるのである。
たとえば時臣が、ライダーに切り札となり得る更なる宝具を隠し持っていないか確認するためアサシンを捨て駒に使い捨てまでしたのに対して、言峰璃正はキャスターを獣のように追い立てさせながらも『制御を放棄して宝具を暴走させる危険性』については全く考えた節が見受けられない。
追い詰められれば、龍之介との会話で新たな趣向に目覚めることがなかったとしても、時期が遅くなるだけで今日の事態に至っていた可能性は低くないのが、言峰璃正たちによる対キャスターへの対応策。その浅はかさと愚劣さの実態だった。
大体、追い立てて巣穴から出てくるまでは出来たとしても、どうやってアーチャーに逃げ回るしか出来なくなった落ちぶれた魔術師モドキに止めだけ刺させるつもりでいたのだろうか?
令呪で強制してやらせてしまえばプラスマイナス0になり、本人の自主性に委ねてしまえば相手が自分から無礼を働いてくれるかどうかで全て決まってしまうと思うのだが・・・。
策略自体、あくまでアーチャーの令呪回復を合法的に実現させるためのもので、キャスター自身は各サーヴァントを釣るための餌として用いてるだけに過ぎず、凶行を重ねるキャスター討伐という表向きの目的そのものが単なる建前でしかなかったのが、彼らが行った対キャスター用の謀略。
端的に言って、『舐めすぎている』
やる気が全く感じられない、テキトーすぎる基準で計ったキャスターへの討伐ゴッコ作戦。
単なる獣狩りのつもりで英霊を追い立ててしまえると思い込んだ、傲慢さと怠惰な油断への罰を言峰璃正はこれから受けることになる未来を彼自身が知った時。
おそらく彼は・・・・・・その時には既に――――
―――そんな未遠川から遠く、聖堂教会の地下において舐め腐った想定で敵について考えていた聖職者が相応の罰を受けさせられて苦しんでいた頃。
未遠川の河岸でも、一人の大罪人が今まさに人生最期の罰を受けさせられようとしていた―――。
「う、わ・・・ぁ・・・・・・」
雨生龍之介は上半身を持ち上げながら、呻くように声を上げる。
突然、見えない手で突き飛ばされたかのような衝撃に襲われ、道路に尻餅をついてしまって湖面で繰り広げられている一大スペクタクルを見物しづらい姿勢になっていた身体の位置を戻そうとしたが、どうにも上手く言うことを聞いてくれない。
身体が、重い。
痛みは―――無かった。
極度の興奮状態にあってアドレナリンを異常分泌させまくっていた龍之介の脳髄には、痛みを認識するための痛覚がマヒ状態にあったのは彼にとって、死の寸前に与えられた最期の慈悲だったかもしれない。
「・・・何? ねぇ、何? 何があった・・・、の・・・・・・?」
「ひぃッ!?」
「・・・・・・??」
状況が分からず、いつも通り近くにいたオバサンに女好きする邪気のない笑顔で問いかけるも、何故だか相手は恐怖に引きつった顔で自分を見つめて後ずさるだけで答えてくれない。
彼には分からなかった。
この混戦の中、魔術師殺し衛宮切嗣がワルサー暗視狙撃銃で放った一弾によってドテッ腹を撃ち抜かれ、ドクドク流れ続ける大量の血液が自らの身体から生命の灯火と共に流出し続けていることなど、痛みを感じれない状態にあった今の彼には即座に認識できる理由がない。
自らの身体の異変に気がついたのは、無意識のうちに動かした手が自らの腸のある辺りをなぞった瞬間「ぬちゃり・・・」という気色悪くて小気味良いリズムを響かせながらナニカが付着したことを感じ取り。
それを見ようと、見える位置まで移動させ、しげしげと我が手を真っ赤に染めた、自らの身体から流れ出す鮮血を目にした後からの出来事だった。
「うわ・・・ぁ・・・・・・」
命を象徴する赤色が、死を意味するドス黒い赤が、自分の身体から流れ出ている事実を認識した瞬間。大量殺人鬼たる雨生龍之介は、いったい何を思うのか?
他人の命を殺め続けながら、自らの死には見苦しく喚くのか?
これから始まるスペクタクルに満ちた日常を愉しめなくなる恨みを叫ぶのだろうか?
―――そうではなかった。
それを見た彼は、こう呟いただけだったからだ。
「すっげー・・・・・・キレぇ・・・・・・」
―――と。
子供のように目を輝かせ、ようやく見つけた自分だけの宝物を愛おしむように、大人達に取り上げられないよう隠そうとするように、微笑みを浮かべながらソッと鮮血の迸る腹腔を抱きしめる。
「そっ、かぁ・・・・・・そりゃ、気付かねぇよなァ・・・・・・灯台もと暗しとは・・・よく言ったもんだ、ぜ・・・・・・」
赤を。混じりけのない鮮やかな赤を。
輝くほどに鮮やかな、ずっと求めていた原初の色を。
少なくとも彼の瞳と心の視界には、そう見えている色を垂れ流し続けている自らの腹を「ぐちゃり、ぬちゃり」と掻き回すように優しい手つきで音を立てて撫で回し。
「誰でもねぇ・・・オレの腸の中、に・・・・・・探し求めてたモノが・・・隠れて、いやがったん、だ・・・・・・」
雨生龍之介は、ああ、これだ。と思った。理解していた。
ずっと探し続けて、色んな場所を掘り返して、どうしても見つけられなかった本当のアカは・・・・・・此処にあったのだと、忽ちの内に理解して青ざめた唇で微笑んでいた。
それは彼以外の大抵の者たちには、異様としか映らぬ光景だった。
腹を弾丸で撃ち抜かれて血を流し、青ざめて今にも死にそうなほどの重傷を負った青年が、微笑みを浮かべながら自分の身体に穿たれた傷から流れ出す、薄汚い黒色が混じった気色の悪い血流を見つめながら微笑みを浮かべているのだから、大抵の者からすれば異常者か痛みで気が狂ったとしか映りようがない。
だが反面、層受け取らぬ少数の者たちの目には、どこか静謐さと神聖を感じさせる、尊いナニカのように映っていたかもしれない。
敬虔な信者が一葉の聖画を前にして祈りを捧げ、答えを与えられた至福に打ち震える求道者のように映っていた者もいたかもしれない。
「ハァ・・・、ふゥ・・・。やっと、見つけたよ・・・・・・ずっと探してたんだぜ、ェ・・・?」
結局のところ、『人にとってモノの価値』とは、そういうものであった。
龍之介が自分の腸から流れ出す血液に至上の価値を見いだしたと感じさせられたのと同様に、龍之介の血液には何の価値も美も見いだせない人物達が『今の龍之介の姿』に神々しい殺人鬼の理想的な最期を夢想することもあるかもしれない。
その人自身が、ソレに対して何をどう感じるかで価値が決まるのが骨董であり、美術の世界というモノだった。
その点において今の龍之介が語った悟りは間違っていない。
自分にとって価値があれば、それで良い。
それが他者から検証を受ける必要のない類いの、特殊な芸術という分野だったから――
「なん、だよ・・・・・・オレの中にあるなら、あるって・・・言ってくれりゃあいのに・・・さァ・・・」
そう言った時、龍之介の手が身体から落ちて、力なく道路へ触れる。
死んだ訳ではない。“まだ”死んでいない。
腕を支える力と体力がなくなっただけだ。
湧き上がる脳内物質に陶然と飽和で痛みを感じなくなってはいても、自分の腹腔から流出し続ける本当のアカが、彼の肉体から体力をも同時に垂れ流させ続け、アカを見続けるための力を龍之介からガンガン吸い取り続けてしまっていた。
身体が、重い。意識が、怠い。眠い、疲れた、休み、たい・・・・・・。
そんな怠惰で平凡な欲求が、痛みの代わりに龍之介の思考を占拠し始めていた。
血液と一緒に体力を大幅に損失した肉体が、龍之介に早急な休息を要求してきた事によるモノだった。
『美』などより眠りを。『芸術』より体力を。
『美の悦楽』より『眠りによる快楽』を―――人間の肉体が持つ原初的な欲求を求めてくる自分の身体に、龍之介は「うるせェ黙れ」と心の中で罵りながら、最後の力を振り絞り自分の人生最後に見つけた最高のアカ色の源泉たる、真っ赤に染まった自分の腸を見下ろしながら精一杯の力で笑顔を浮かべ。
愛情を込めて―――最期の言葉を語りかける。
「ずっと・・・・・・探してたんだ、ぜ・・・・・・?」
それが彼の遺言になった。
切嗣が放ったワルサーは、濃霧の元で視界が最悪になっていた未遠川の中にあっても、魔術師判別用に追加で取り付けられた赤外線スコープには何の障害もなく、数分の狂いもなく龍之介の頭蓋を脳味噌ごと撃ち抜くことを可能にしてくれていた。
その結果、まるで探し続けていた恋人とようやく再会できたラブロマンスの主人公のようなセリフを放ったばかりだった龍之介の眉間は正確に撃ち抜かれ、キャスターのマスターと思しき男として雨生龍之介は即死させられることになる。
数多くの凶行を重ね続けて、その犠牲に見合うだけの多くのモノを得られた人生だったと自分自身では評していた龍之介らしい最期と言えば最期であったが・・・・・・最終的に彼が至った結論と答えが、本当に彼にとって望みうる願いの成就であったかは判然としない。
人の脳味噌というモノは、死ぬ時にそれほど理性的になれるというものでもない。
混乱と途切れ途切れの感情の渦が、その欠片や端を現して、その意味も示さぬまま、消える。
どれほど感動的な最期の時を迎えた人物であろうとも、本人にとっては何か特別な意味やら考えがあってやっていた行動ではない可能性が常にある。
それが、『死』というものの実態だった。
映画やドラマで描かれるほど、人が死に臨んで表に現れる行動が本人自身の本性を現すものだと決まっているものなら苦労はない。
だからこそ、凶行を犯し続けた極悪人が最後の瞬間に誰かを庇って死んだとしても。――それは彼が『根は善人だった』ということを意味するものとは限らない。
一方で逆に、それまでずっと善行を続けてきた人間が、死が間近に迫って暴挙を犯しても。――それが『本性を現した』ということを意味するものでも特にないのが現実の死というものである。
ただ一つ言えることとして、雨生龍之介には一つ勘違いしていることがあった。
彼は、人がスプラッター映画などで死を脚色した虚構を見たがるのは、死を矮小化して理解したいからだと考えていたらしい。
だからこそ日常的に爆撃や地雷で隣人が挽肉にされる戦地ではホラー映画など誰も見たがらないだろうと、そう考えている青年だった。
だが、それらは事実と些か異なっていた。
――実のところ、自らの死を前にして顔色一つ変えない大量殺戮者というものは、特にこれといって珍しいものではなく、虐殺者には多く見られる特徴でしかなかったりする。
これは人間の脳が死を見て強い衝撃を感じるのは、『人が殺される光景』を目にすることが『人殺しが近くにいること』を示すものだったからで、生命の危機を感じた脳が肉体に向けて危機対処を求めて『逃げろ』と言っているに過ぎない脳機能の問題だからだ。
この危機意識が、あまりにも多くの人の死を見続けてしまうとマヒし始めて、以前と同じ体験をしても同じぐらい強い衝撃を感じなくなってしまい、より強い刺激的な映像を求めずにはいられないジャンキーへと己の精神を変質させていってしまう。
要するに、脳機能に欠損が生じてしまって、正常な『死への危機感』が感じられなくなってしまった人間がなりやすいのが、大量殺人鬼という存在なのが現代医学の評価だった。
ハンガリーで有名な殺人姫の『エリザベート・バートリー』も、終身刑を宣告されたときには顔色一つ変えなかったと言われている。
何かの拍子で彼女が反英霊としてのサーヴァント召喚されることがあったとしても、肉体的な縛りから解き放たれて、死を見続けた故の脳機能の異常まで引き継いでいない限りは正常で平凡な精神状態で召喚されてくるかもしれない。
それ程までに人間の生者にとって、脳味噌の機能というものは行動と思考に影響を及ぼしやすいもの。
雨生龍之介が自分の人生に何を思い、どのような評価を与えようとも、それが機能低下を起こした脳味噌の異常がもたらした結果かも知れないことは失念してはいけない事実の一つではあっただろう。
少なくとも、多くの人間を拷問死に至らしめてきた彼が、自らの死に臨んで見苦しく足掻かなかったことで、剛毅な精神の持ち主だったことにならない事だけは確実である。
剛毅な誇り高さというものは、自分自身が苦痛に耐えて眉一つ動かさぬ人間のことを指して呼ぶ単語だ。
他人に苦痛を与えて平然としているだけならば、単なる変態趣味のサディストにしかなっていない。
それが人の価値として与えられる言葉の、現代における正しい用法というものであった。
そして―――現代では解明された脳医学の結果も、人の命や趣味趣向への評価や価値の変動を知らぬ時代の者が、ここにも一人いた。
「ッ!? リュウノスケ・・・っ!」
海魔の内側へと取り込まれ、核として機能するため全身に「ウジュル、ウジュル」とした気持ち悪い粘膜ベタベタの触手を顔にまでへばり付かせていたキャスターが、一応はサーヴァントの機能として契約したマスターとの間に結ばれていた絆の証『令呪』の消失を感じ取ったのは、切嗣が放った弾丸が龍之介の脳髄を貫いてブチ撒けさせた、その一瞬だけ後のことだった。
「おお、おぉぉ・・・・・・ッ! リュウノスケッ!! 我がマスターよっ!!!」
巨大海魔の中で宝具に送っていた魔力を完全に途絶えさせ、一時的にでもセイバー・オルタたちとの戦闘を棚上げにしてでもキャスターは悲痛な悲鳴を叫び、自分が巡り会った良きマスターの、良き主君の生存を強く願った。願い求めた。
彼は彼なりに当世で巡り会ったマスターであるリュウノスケに敬意を抱くようになっていたし、最初は教え子のように自らが導いてやらねばと思っていた相手が持つ真の器に心から感銘を受けさせられ、心底から臣下の念を感じるようになってもいた。
ジャンヌの次に忠誠を誓うに足る、第二の主君としてウリュウ・リュウノスケを認めるまでに至っていたのだ。
その彼が永遠に失われた事への損失感は、聖処女が失われた時とは比べものにならなくとも、他のどの凡俗を数千数万殺し尽くされようとも感じることが出来ないほどに巨大で衝撃的な穴を、キャスターの心に再び深く深く穿たれるに値する。
・・・・・・そんな人物の死を、キャスターは今。感じ取らされてしまっていた。
「リュウノスケ・・・我がマスターよ・・・・・・貴方まで私を残して先に逝ってしまわれたのですね・・・・・・。
――ですが、ご心配なく。このジル・ド・レェ、貴方との約束は必ずや果たします故・・・」
死者の魂に冥福を祈るように、ソッと瞼を閉じて胸に手を当て、故人への想いと思い出とを共に手に持つ宝具へと注ぎ込むキャスター。
奇しくも、その仕草は龍之介が自分の探し求めていたアカが隠れていた場所として、宝物のように血が流れ続ける腹腔を抱きしめた時と酷似していた手付きだった。
その結果かどうかは分からないし、英霊でもなんでもない龍之介の霊魂がサーヴァントと共に戦うことを望んで力を与えれるとも考えにくい。
だが少なくとも、確かに今この時。
キャスターの腕の中にある宝具《プレラーティーズ・スペルブック》は、不気味とは言い切れない色の光を放ち始め、マスターを失って現界時間にタイムリミットが課せられたはずのキャスターに、今までで最高峰の魔力をフル稼働させる原動力となったことだけは間違いようのない事実だった。
「リュウノスケの魂よ照覧したまえ!! 私からの手向けを!
最っ高~~~のCOOLをッッ!!!
貴方の死を彩る花束として捧げて御覧に入れましょ―――――ッッう!!!」
盛大に魔力を注ぎ込まれ、一時的に動きを止めていた海魔を再び動き出させ、今までにないほどの猛攻をセイバー達に浴びせ始めるテンション最高潮のキャスター。
その狂態と狂った叫び声が聞こえていた訳ではないだろうが・・・・・・キャスターのマスターである雨生龍之介を殺した張本人は、いったん安全圏まで後退して戦況を観察しながら苦り切った声で呟きを発していた。
「・・・・・・まずいな」
船の舳先に達ながら、先ほど仕留めたばかりのマスターと思しき男を射殺するに成功したワルサーを下ろしながら、衛宮切嗣は微妙な計算違いの結果に苦り切っていた。
彼はキャスターの海魔出現時に、ちょうど港湾区画で張り込んでいた地の利を活かすため手近な船を掻っ払い、無断で盗んでここまで乗り付けてきていたのだ。
無論その目的はキャスターが呼び出した巨大海魔と戦うため――ではなく。
いつも通りいつもの如く、背後からの『マスター狩り』を行うためである。
その方針自体は正しかったと、言って良いものだっただろう。
セイバーたちサーヴァントの攻撃でさえ無力化するというより、超回復力で結果的になかったことにされてしまう怪物相手に、結果論の殺し合いならともかく魔術師として魔術の腕ではケイネス・エルメロイにすら遠く及ばぬザコ魔術しか使えない、騙し討ち専用ヘッポコ魔術師の衛宮切嗣が挑んだどころで豆鉄砲にすらなれやしない。
《固有時制御》と時間操作が、ケイネスの礼装だった《ヴォールメン・ハイドラグラム》より遙かに手数が多い触手の大群に通用するとも思えんし、下手に攻撃して居場所を察知されたら必死に逃げ回るしか出来ることなくなるのは自分の方だった可能性が高すぎる。
それぐらいなら、キャスターのマスターかもしれない奴を探してマスター殺しでもしてくれてた方が遙かにマシだし、自分に出来ることで役立っているというものだ。
そして実際、河岸に集まってきてた野次馬の中で魔術回路に特有の放熱パターンを発見して射殺することに成功している。
この状況下で魔術回路を励起させたまま川縁を徘徊しているとなれば、どう考えてもサーヴァントへの魔力供給を強制的に行わざるを得ないマスターである可能性が高く、最低でも聖杯戦争の関係者であると見て間違いはないだろう。
とりあえず殺しておくに越したことはないと思って、今し方殺した相手がキャスターのマスターだったことは、海魔の動きが一時だけでも停止したことから見て間違いはない。
問題は、キャスターのマスターが最初から魔術師でも何でもなく、殺して魔力供給源を絶ったところで差ほどの影響を即座に与えられるほど戦力として重要な存在ではなかったと言うことだった。
――あれだけの宝具を使うには、相応の魔力供給がマスターからも行われているはずだと思っていたのだが・・・・・・。
「・・・キャスターのマスターと思しき男を射殺したのは当たりだったようだが・・・・・・戦況はあまり芳しくない」
携帯電話を取りだして、別行動を取っていた舞弥との連絡を取りながら、切嗣は予想した分析より遙かに厄介な強敵だったキャスター対策として次の作戦案を構築しながら、自分のためのパーツと呼ぶべき女との作戦会議を継続する。
――と言うか、衛宮切嗣の代名詞とも呼ぶべき【魔術師殺しのマスター狩り】だが、改めて考えたら成果を上げたの今回で2度目で、ケイネスも結局は一対一で決戦して倒してることを考えたら実質、今次聖杯戦争で初めての魔術師殺しの戦い方で倒せた敵が、魔術師モドキでしかない龍之介だったことになるのではないだろうか・・・・・・?
開始前から用意してきた手段を選ばない勝ち方にしては、今まで全く役に立ってこなかった殺し方だけれども、初めて戦果を上げれたことで勢いつけて次へ続けたい!!
・・・・・・凡庸な売り出し中の新人殺し屋キャラクターたちが、ブラウン管の中で似たような理屈での凶行を繰り広げていた時代が第4次聖杯戦争を戦う切嗣たちの年代だったが、アニメではない本物の暗殺者として名を馳せている衛宮切嗣は、やはりフィクションほど甘くなければ愚かでもない。
『では、サーヴァントたちが怪物に引きつけられている隙に、次のターゲットを処理して更なる弱体化を図りますか?』
「それは待て、舞弥。アレはただの化物じゃない、無限再生を繰り返す不死の怪物だ。
セイバーとライダーとで足止めはしているものの、どう贔屓目に見たって旗色が悪い。消失する前に川岸に辿り着くのは目に見えている。
それで捕食を開始したら終わりだよ。新たな魔力源を得たキャスターは現界し続ける」
『そうなれば被害はますます拡大し、聖杯戦争そのものが破綻する恐れが出てくる、と?』
「そういうことだ」
苦り切った顔で、自分と同じくマスター狩りに当たらせていた舞弥に作戦の一時中断を指示する切嗣。
・・・・・・と言うより、止めさせなければマズい戦況に陥ってしまっていたと言った方が、正直な気持ちの吐露だったかもしれない。
現在この未遠川には、現存するサーヴァントの総員が集合しており、その内訳は大きく二派に大別されていると言っていい。
対キャスター連合側のセイバー、ライダー、ランサー。
あと一応はアーチャーも、こちら側ではある。
一方でバーサーカーは、結果論でキャスターを援護するようにギルガメッシュを引きつけ続けており、キャスターは普通に海魔と一緒に向こう側。
今だけとはいえ、共に戦っている味方のサーヴァントの方が多数派な状況になってるのが未遠川決戦での内訳なのである。
この状況下でキャスターのマスターを殺し終えた今となっては、バーサーカーのマスター以外の誰を殺せたとしても、海魔の進撃を阻む奴が一人減って有利になるよう手伝ってやることにしかなれん。
それどころか、龍之介の狙撃でさえも悪くすれば最悪の結果を招きかねん行為なのが実情だったのだ。
今この戦場にいるマスター達の中で、ライダーのマスターはサーヴァントと行動を共にしていて、セイバーのマスターは切嗣自身。
後は高層マンションにいて死角になってる二人と、キャスターとランサーのマスターしか存在してないのが今次聖杯戦争の生存者たちな訳であるが。
仮に切嗣が撃ち殺したのがアーチャーのマスターだったら、邪魔者いなくなったバーサーカーがセイバーに向かって真っ直ぐ邪魔しにきて、ランサーのマスターだったら宝具の狙い撃ちも、バーサーカーの攻撃阻止も不可能になっちまってた危険性があった。
バーサーカーのマスターとキャスターのマスターの二人しか殺したらヤバすぎる状況だったのが、今の戦況だったのである。
この状況下で、相手の顔は見えないから識別できず、魔術回路を励起させてるから多分マスターだろうという判別法法だけで射殺してしまった切嗣さんは、確実優先の魔術師殺しとしては相当に危ない橋を渡りまくったリスキーな行為だった気もするのだが・・・・・・
まぁ、終わってしまったことは終わってしまったこととして、過去は取り返しつかないし取り返すには聖杯が必要なので今は一旦置いておいて次に移ろう。それが前向きで創造的な殺しの作業というものだ。
・・・・・・と切嗣が頭の中だけで考えて声に出さなかったかは分かりようがない事だけれども。
とりあえず切嗣には、今この状況下で勝利できる秘策があった。
『・・・ですが、不死の怪物をどうやって殺せるのでしょうか? あの遠阪のサーヴァントが放った宝具による攻撃ですら奴には通じませんでした。
マダムから伝え聞いたライダーのEXランクの宝具も、《対軍宝具》である以上は相性が悪い・・・・・・』
「奴を一気に消滅させるしか手はないだろう。
それには、ただ一撃のもとに全身を、一片の肉片も残さず焼き払える威力を持った武器。
《対人宝具》でも《対軍宝具》でもない。《対城宝具》による一撃必殺の攻撃力こそが必要だ。
――セイバーには、その対城宝具がある」
『聖剣エクスカリバー』アーサー王伝説における象徴的な存在にして、最も有名な武装。
聖剣というカテゴリーの中では間違いなく最大最強の知名度と性能を誇るであろう、黒く染まった暴君と化した今なおセイバーにとっての切り札的存在。
それを使わせて、キャスターの海魔にフルパワーで当てることさえ出来たなら、確実にあの巨大なだけで耐久力は大したことのない、回復力こそが取り柄であり脅威の怪物は一撃だけで倒されるはずだ。
倒せるはずなのだが、しかし―――
「だが今は、僕からの使用許可を出していないから使えないがね。さっきから催促でうるさいぐらいだが、今はランサーたちが消耗するのを待ってから許可してやるのが最善策だ。
キャスターの海魔全体を確実に効果範囲に巻き込ませるためには、場所の指定とタイミングを計る必要もあることだ。
ここは一つ、奴らの騎士道精神とやらを今少し見物させてもらおうじゃないか」
という理由と計算によって、先程から頭が痛くなるほど怒鳴り声で求め続けられているセイバー・オルタからの宝具開陳を求める提案を、もうしばらくガン無視して持ち堪えるため頑張ってもらおうという非情な決断を下す。
今回はたまたま共闘することになったとはいえ、この戦いが終わったら再び敵同士となることが確定している者たちを前にして、自分の手駒だけが切り札を晒して大量の魔力を消費させられたのでは割が合わないし、第一危険でもある。
消耗して弱ったところを不意打ちしてこない保証を敵に求めるほど、衛宮切嗣は俗ボケした平和主義者では全くなかった。
そして切嗣は、使うべきタイミングが来た時のための移動手段として、足は速いけど目立ちすぎる無断拝借してきた大型快速艇から、目立ちにくい小型のボートへと乗り換える準備を始めるため、船倉からゴムボートを引っ張り出してきてポンプを繋ぎ。
シュコ~、シュコ~~と。
空気を入れていく間の抜けた音を、濃霧に包まれた夜の未遠川に響かせながら、ムクムクと大きくなっていくゴムボートを成長させていく作業に集中する。
夜の河に浮かぶ大型快速艇の甲板で、不気味な色の霧に包まれながら、真っ黒いコートを着て無精髭を生やした中年男が、ゴムゴートを膨らませるためシュ~コ~シュ~コ~やっている光景は、かなり異様というかヘンテコリンなものに第三者の目から見れば映ったかもしれないが。
それらの人たちの目は、河上の海魔の方に集中しているので、見る人いないため誰も不思議に思われない。
現代に残った神秘にして、日常的な部分だと科学に劣る魔術を使った戦いだと、こういう部分では割かしショボい殺し合いの仕方になってしまうしかない。
それが現実の戦地や、日常的に人が死ぬ土地でも存在せざるを得ない、非日常の中の日常部分の1シーン。そういう風に人の世というヤツは出来ている。
まぁ―――何はともあれ。
「でやぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「ずおぉぉりゃぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
――ンモォォォォォォォォォッ!!!!!!
「うぉぉぉぉぉぉッ!!! マスターぁぁぁぁぁぁッ!!!
まだかァァァァッ!? 私への返事はまだなのかァァァァァァァァッ!?」
・・・・・・今しばらくの間は、黒く染まったセイバーたちは大変そうだけど、頑張ってもらうしかない。
つづく
*『今話における切嗣ステータスの解釈』
念のため今話内で語っている切嗣さんのステータスについての説明を追加しておきました。
*言われて初めて気づかされた部分も有ったので、付け足しました。
もともと彼が使っている衛宮家の魔術刻印は、自分が殺した父親の死体から魔術協会が回収したものを、ナタリアが裏取引によって一部だけ継承させてもらっただけのものを使用。
元が歴史ある名門で、比較的少ない二重属性であることから今の力ですけど、普通はもっと弱いと思われる出自。
それ以降は10代の半ばから殺し屋家業を手伝って、魔術研究に費やしてる時間は少なく。
『魔術は殺しの道具』と割り切って研究対象として極めようという魔術師らしい価値観は捨ててしまった。
どんな天才だろうと、魔術の腕を高めたければ魔術修行に明け暮れねばならず、戦いの中で魔術使って勝ち続ければ経験値溜まって強くなる魔術師はRPGの魔術師のみ。
同時並行してやるのは可能かもですけど、救済活動と一緒に切嗣さんがやってたにしては紀礼が語ってた過去経歴の忙しさと一致できそうにない。
また、原作内で彼が【魔術で攻撃したシーン】が無く、科学兵器オンリーになっており、「起源弾」も厳密には攻撃魔術ではなく相手の状態次第な【状態異常系の魔術】に近いと作者は判断。
――これらの原作設定から解釈して、【魔術師としての魔術の腕前】は大したことない。
少なくとも、【攻撃系の魔術】は大して鍛えてないと判断した次第です。
分かり辛かった方がいた時には申し訳ありませんでした。
原作描写だけを基準に考えてたもので……