もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
「ここが、切嗣の生まれた国。凄い活気ねぇ・・・」
目前に広がる冬木市の光景に目を輝かせながら、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは心と体が軽くなるのを感じてそう呟いていた。
今度こそ本当に冬木市最寄りのF空港に降りたった彼女とセイバー・オルタは、タクシーを使って冬木市までやってきて、冬の凍土に閉ざされたアインツベルン城では望むべくもない柔らかな日差しと空気を肌に感じた瞬間に心が躍り上がるのを実感していたのだった。
――冬木市は魔術師同士の暗闘『聖杯戦争』の舞台に選ばれるだけあって、他の都市に比べ人口密度がまばらで外来の住人が多く住み、昼と夜とが別空間として別たれている現代日本にあってはなかなかに希有な土地柄を有している。
当然ながら観光地という訳ではないし、発展の度合いも他の地域に比較して然程進んでいる訳でもない。
が、それでも生まれてこの方アインツベルンの城から一歩も外へ出してもらえた経験のないアイリスフィールにとってみれば初めて見る景色、初めて味わう異国の空気、情緒、人々と、見ていて飽きる事のない驚異と新鮮さに満ち満ちていた。
「ねえセイバー。折角の機会なんだから、この街を見物していきましょうよ。きっと面白いと思うわ」
アイリスフィールは凍てついた真冬の氷を溶かしきる春の木漏れ日のような優しい笑顔を浮かべて振り返りつつも、そう提案するとセイバー・オルタは。
「・・・ん? すまないが、よく聞こえなかった。悪いが、この『お好み焼き・鍾馗』のモダン焼きを食べ終えてから改めて聞かせてくれアイリスフィール」
「・・・・・・」
両手いっぱいに何某かの食べ物を抱えて口いっぱいに頬張って買い食いしながら答えを返してくるのだった。
考えるまでもなく、アインツベルン城から出た事ないとはいえ現代人のアイリスフィールより中世ブリタニアから喚び出されてきた騎士王アーサーの反転英霊にとっての現代が新鮮さに満ち満ちていない理由など存在するはずなかったから・・・・・・。
「あー、面白かった!」
パシャッと、冬の海を足で蹴り上げ、小さく水しぶきを上げさせながらアイリスフィールは満足そうに言葉を発した。
冬の海でするには子供っぽいと言うより寒々しい遊び方だったが、レザーのショートパンツに薄手のレザージャケット姿で彼女を見守る目つきの悪い黒く染まった騎士王がいる場に合っては今更過ぎるとも言える。
「殿方に連れられて見知らぬ町を歩くのが、こんなに楽しい経験だなんて思いもしなかったわ」
「男としても、英霊としても紛い物な影で事足りたか?」
「充分に。セイバー、今日のあなたはとっても素敵なナイトだったわよ?」
皮肉げな返しに笑顔で応じるアイリスフィール。
それに対してセイバー・オルタは珍しく、苦笑の陰を交えた表情で辛めの自己評価を述べる。
「あまりサーヴァントらしい事は出来なかったと思うがな・・・」
微妙な表情で告げる従者の言は、仮初めの主従関係を結んだ主にもフォローするのが難しかったらしく、
「・・・まぁ、それはそうかも知れないけどね・・・」
従者と同じように苦笑を返してやることで報いるのが精一杯。それぐらいに――セイバー・オルタのエスコートはサーヴァントとしては0点だったから・・・。
彼女がやったエスコートを具体的に紹介すると、『一緒に遊んだ』『一緒に騒いだ』『一緒に買い食いした』『一緒に100円で動くライオンのゴーカートに乗った』『一緒にアインツベルンの資産を来日してから半日で結構な額削った』・・・以上である。
最後のだけは取るに足らぬ端金であったから問題視するほどでもないとは言え、それはアインツベルンが富豪だからであって、普通の来日してから半日しか経ってない外国人観光客としては破格の遊興費を散々しまくった仮マスターとサーヴァントがここにいた。
改めて言おう。
セイバー・オルタは仮とはいえマスターを相手にエスコート役として、サーヴァントらしく役に立てた点は何一つない一日だった。
だが――
「だけどね」
アイリスフィールは満足そうに笑って言う。
「それでも私は楽しかったわ。普通の女の子みたいに普通に遊んで、普通に騒いで、普通に買い食いして・・・スッゴくスッゴく楽しいと感じられた。生まれて初めての経験だった。
だから、セイバー。私は心から感謝の念を込めて貴女にこう言う以外の言葉が思いつかないの。
“ありがとうセイバー、今日のあなたはとっても素敵なナイトだったわよ”・・・って」
柔らかく、儚く。永久凍土に閉ざされながら、それでも春には見られる処女雪のように薄らとした微笑みを浮かべるアイリスフィールにセイバー・オルタは、慇懃にお辞儀を返してこう言うのだ。
「光栄です。姫」
――と。
―――そして、その言葉を最後に心と体を日常から戦場へと置き換える。
「・・・さて、休暇は充分に満喫した。ここからはサーヴァントとしての使命を果たすとしよう。雑魚共を蹴散らしに征くぞ」
「・・・・・・敵のサーヴァント?」
アイリスフィールもまた、衛宮切嗣の妻として共に戦場へ立つことを望んだ女である。今更その豹変ぶりを見て違和感を感じる怠惰な心など持ち合わせてはいない。
「であろうな。あからさまに気配を放つことで挑発しながら、それでいて距離を詰めるのではなく徐々に遠ざかっている」
「ふぅん。律儀なのね。戦う場所を選ぼうってわけ?」
アイリスフィールの好意的評価に、セイバー・オルタは首を縦に振った後で横に振る『半々』と言った感じの反応を返してみせる。
「それもあるかも知れないが・・・我々を誘っているようなこの動きは十中八九、仕込みを終えた罠の中に獲物を誘い込もうとしている狩人の其れだ。トリスタン卿を思い出す」
「・・・罠ってこと?」
「おそらくはな。これ見よがしに気配を振りまいて、噛みついてくる相手を誘い出し、正々堂々戦いながらも決め手となる必殺の一撃は伏せてある戦場を指定する・・・。
真っ向勝負を望む高潔さと、戦場にあっては敵をおびき出して罠にはめる術策も取れる狡猾さを両立させられる英霊。
もしかしたら私の時代よりも古い騎士道を奉じる類いの英霊かもしれん。ケルトにはそう言った文化も存在していたことだし、時代を超えて英雄同士が覇を競い合うのが醍醐味の聖杯戦争としては十二分にあり得る可能性だろう?」
立て板に水の要領で、倒すべき敵の分析を進めていく理詰めの暴君。
統制こそ支配の鉄則として、人の心を数字によって測ろうとした黒い騎士王にとって謀略というのはライフワークの一種だった。
好き嫌いで言えば力尽くで蹂躙している方が好みだったが、自らの好みさえもより実質的な勝利の前では取るに足らぬと切り捨ててきた合理主義者の王は敵への評価を高めに設定して挑むことを由とすることに意を決する。
「貴女の想像が正しいとしたら、クラスはランサーかライダーかしら? 三騎士クラスの一角と、騎乗の英霊。騎士としては相手にとって不足無しってことで構わないわよね? お招きに与るとする?」
「無論。敵が必勝と信じて張った罠を食い破り、腕ごと噛み千切ってやることこそ策を弄する敵への必勝法だ。
会場を用意して誘ってくれているのならば是非もない、こちらとしても望むところだ」
ギラリと眼を光らせて、セイバー・オルタは腰の辺りに右手を彷徨わす。
まだ取り出してはいないが、そこには紛れもなくサーヴァントとしての自分が働くために必要な仕事道具が存在している。
騎士にとって、騎士王にとって、セイバー・オルタにとって。平穏とは犠牲を払ってでも守るべき存在であり、満喫すべき存在でもあったが、永住すべき場所では決してない。
騎士にとって真価が問われるべき場所は、やはり一つしかないのだから。
「さぁ、征こうか。―――戦場へ!!」
つづく
おまけ「その頃の征服王陛下」
セイバー・オルタがモダン焼きを食べていたのと同じ頃。
冬木市在住のマッケンジーさん宅の二階では。
イスカンダル「むぅ!? 小僧! 余の臣下に加えたい人材レーダーに感があったぞ!」
ウェイバー「・・・お前はビデオ見ながら煎餅かじりつつ、何を言い出してるんだ・・・?」
どっかのバカがビデオ見て覚えたばかりの単語を会話の中に織り交ぜたがる、ニワカっぷりを発揮していた頃に~♪