もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
ただ結果的にシリアスが大部分になってしまいました。後半でギャグっぽくしてますが、どっちかだけでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
第四次聖杯戦争においてウェイバー・ベルベットが召喚したライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルの最終宝具《アイオニオン・ヘタイロイ》と。
第三次聖杯戦争において呪われた聖杯の悪意によって選ばれた、雨生龍之介のサーヴァント、青髭ジル・ド・レェの宝具《プレラーティーズ・スペルブック》は、一面的には似通った性質を持つ宝具だったのかもしれない。
イスカンダルの宝具は、英霊の座に招かれた生前の部下たちに呼びかけることで、それに応じてくれた者達が自主的に集結して心象風景を固有結界として具現化してくれることで可能とする、英霊単体の力ではイスカンダルといえど使用不能な凄まじい規模を誇るEXランク宝具。
宝具の発動をライダーが担って、固有結界の維持は呼び出しに応じた配下たち全員が担うという役割分担によって可能ならしめている宝具であるため、その規模と効果で比較するなら恐ろしく燃費がいい宝具であったと断言できる代物だったろう。
・・・・・・あくまで、『規模と効果で考えたならば』という前提条件付きでの燃費の良さではあるけれども。
一方で、キャスターが暴走させた宝具《プレラーティーズ・スペルブック》もまた、自身は呼びかけるだけで、後は勝手に押しかけてくる異界に住む魔性の断片たちによって現実空間に肉の結界を作り出させるという仕組みを取っている。
しかも呼び出す先は《英霊の座》ではなく、呼び出しに応じるのは有象無象の海魔たちのため、数に限りがなく、召喚者であるキャスター自身が術の使用時に消耗する魔力も微々たるもの。ただ宝具の制御を外して、好きにやらせてやれば、それでいい。
後は勝手に際限なく、押しかけ続けてくる。
結界を維持するための魔力は、押しかけてきた海魔たちが勝手に捕食し、勝手に吸収して、勝手に維持し続けてくれるだろう。
自分はただ、彼らが異界よりエサを求めて押しかけてくるのに必要な『門』となる宝具を消滅させないため、自分自身を維持し続けていれば、それだけでいい。
同じ《対軍宝具》として似たような性質を持ち、燃費の良さという点では明らかにキャスターの方に分があった、イスカンダルとジル・ド・レェによる『率いる者たち同士の対決』
だが、似てはいても二人の宝具は互いに別のものであり、明確にして厳然たる違いが存在するのも事実ではある。
キャスターの宝具は、仮に通常戦争の定義に当てはめると、『傭兵たちの軍勢』が比較的近い存在だった。
侵略先の住民への虐殺や暴行、奪った富の所有権、それら全てを、『手に入れた者の好きにしてよい』という都合のいい条件を提示して、寄せ集まってきた私利私欲でのみ戦う身勝手な傭兵たちの群れ。それがキャスターのもつ『“対軍”宝具』の性質だったのである。
あくまで、勝手に呼び出しに応じてエサを求めてきただけの海魔たちにとって、キャスターはただ自分たちが異界より来るための『門』を維持する宝具のために必要な存在であり、守ってやるし示されたエサを食らうこともするが、忠誠を誓った主君というわけでは全くない。そんな知能も持ち合わせているわけではない。
だから、なのだろう。
その違いが、この時、この瞬間に、大きな差となって現れてしまった結果となったのは。
敵であるライダーの固有結界に飲み込まれ、一時的に戦場から遠ざけられたものの、結界を維持するのに限界が生じたらしい敵将が耐えきれずに宝具を解除して現実世界へ帰還してきた直後のことだった。
ある程度の高さがある空間に、戻ってくる場所を指定されたとは言え、この程度の高さから落下した程度で死ぬ海魔たちなど極少数。所詮は追い詰められたゴリラの猿知恵か・・・・・・そう、せせら笑って空中へ逃げていく牛車を見送っていた―――丁度その時だった。
「――っ!? アレは、一体・・・・・・この期に及んで何をする気だ匹夫共ッ!!」
キャスターは見たのだ。
地上から天高くへ向かって立ち上る、光の柱を。
その柱の周囲に生じて、光を食い潰しながら、更に巨大さを高めていく黒き闇の光の束を。
将帥として、かつては一国の軍勢を率いたジル・ド・レェ元帥の戦略眼が、『アレは不味い』と自分自身に告げていた。自分自身には告げてくれていたのだ。
『襲え! いや、一時だけ今の状態を解除して私一人だけを先に地上へ降ろすのだ!
私さえ現界し続ければ、お前たちなど後で幾らでも呼び直すことが出来る! 早く!早くッ!! なにをグズグズしているのだ! この愚図な庶民共めが――――ッッ!!!』
肉の塊の中央で、ジル・ド・レェは喚くように正しい一時後退命令を指示し続けていた。
だが、その声はどこにも届かず、誰にも聞こえず、聞こえる位置にいる全ての触手たちに『声を聞く』という機能や耳はない。
本当に規模と比べて燃費が良いというメリットが得られる代償として、必ずしも召喚者の命令に従ってやるべき理由を持たず、呼びかける時に大した消耗もなく大量に勝手に招くことが可能になる《ゲストたち》
つい先程までライダーの利点が欠点にもなっていた大量消耗の状況から一転して、キャスターの利点が欠点へと変貌してしまう窮状へと、彼の立場は一変させられていた。
『動け! 動くのだッ! 動けと言っているだろうが、なぜ動かんッ!!
この愚図共が! 役立たず共がッ! 私の言うことを聞かん虫けら共めらがァァァァァッ!!!』
暗く暗く、赤い赤い触手一色に包まれた肉の地獄の中で、誰も聞いてくれる者のいない命令を叫び続けるキャスターの絶叫が響く戦場。
そんな戦場において、彼と対極にあるかもしれない考え方をもつ者が、彼と対極にあるかもしれない光と闇の束を放とうとしていた、彼と対極の立場に立つ人物たち側の中にいた。
「光が・・・・・・? セイバーに集まっているのか・・・」
ウェイバーが先刻から生じ始めた不可思議な現象を見つめながら、呆然とした口調で呟いていた。
彼や近くにいるアイリスフィールの周囲には、先程から光の粒が粒子となって発生し、中を漂いはじめていた。
それは川の近くに生えた周囲の草花から発生し始めたようにウェイバーには思われていたが、時を経るごとに光は川の水から、草に覆われた地面から、草すら生えていない不毛な岩だけの一角からさえも発光と共にゆっくりと上昇しはじめ、空へと向かって立ち昇りながら、その過程で一本の剣へ引き寄せられるように、招かれるように―――あるいは、呼びかけに応じて王の下へ集う臣下たちの様に。
――川面に立った、一人の王が掲げた剣へ集められていく・・・・・・。
セイバー・オルタが、自分のオリジナルにとって代名詞ともなっている聖剣の力を解放し、なんらの手加減もなく最大級のエネルギーを込めた全力全開の一斬をキャスターの頭上に振り下ろすため、《宝具の真名》を解き放とうとしているのだ。
「さぁセイバーよ、示すがいい。お前が本来のあり方さえ失ってまで得た黒き輝き、その真価を我に見せてみよ。
その輝き次第で、本来の貴様が得たかもしれぬ我からの寵愛を奪った罪、免罪するか否か、この我が見定めてやるのだから!」
それを可能にするための一投を援護射撃代わりに放ってやり、無礼きわまる邪魔者になっていた黒騎士を水底へと叩き落として排除してやった英雄王が橋の上に立ち、自分のことを見下ろしながら評する言葉を独語していたが―――そのような些事などセイバー・オルタにとっては、どうでも良いことだった。
“かつては”世界全てだったウルク王朝に君臨した人類最古の王、などという『他国の王族の始祖』が、自分をどの様に評して判断しようとも、ブリタニアにとって国益にならぬ酷評であるなら価値はなく、愚民が僻み嫉妬で放った戯言の一つとして捨て去るのみ。
一方で、高評価であってもブリタニアに被害をもたらす言質が含まれていた言葉なら、自国の国益を守るため捨て置くわけには決していかない。
それが、王という地位にある者の考え方だった。
何よりもまず、自国のことを優先して判断を下し、自国にとっての利益になるかならぬかを感情よりも優先させる。
重要なのは自分の国であり、優先すべきなのも自分の国。
他国の民や、異国の王の気持ちについて考えるのは、自国の利益に繋がる故か、その逆に全くの無関係な場合においてのみ―――。
それこそが王として、正しい考え方というものだった。
『王国』として、自国を統べるだけの『国王』が持つ考え方としてなら、それが正しく、充分な考え方であるからだ。
自分の国とは違う理屈、自分の国とは異なる考え、自分の国と異なる国で暮らす民たちや王の生き方や考え方の違いについてまで考えるのは、複数の国を束ねた『帝国』となるまで国を拡大させ『皇帝』と名乗るまでに至った大王たちが持たねばならない考え方であり、器の巨大さであるのだから。
食べる物も着る物も、生きる目的さえ違う人々が暮らす、全てが違う地域も自国の一部として統治する者には、その全ての違いを包み込んで受け入れる度量の広さがなければならず、それを持てなければ小さすぎる器に広すぎる領土が破綻をもたらす。
生前に、ブリタニア一国だけを治める王国の王にしか最期までなることが許されなかったセイバー・オルタ―――アルトリア・ペンドラゴン、アーサー王にとって、それ故に今の自分の考えこそが最良であり、自分に至ることができる最高峰。
それ故のスキル《カリスマ:B》であり、英雄王イスカンダルが《カリスマ:A》を持ち、《アイオニオン・ヘタイロイ》を使用できる理由でもあった。
自分の考えとは全く異なる、食べる物も着る物も違う多くの人々と意思を一つに束ねて率いることを可能にした者故の最終宝具が《アイオニオン・ヘタイロイ》
ならば、ブリタニア一国だけの国王である自分は、国王として可能な正しさの最高峰、その象徴として“この剣”を最大限に引き出すまで―――ッ!!!
「・・・・・・“輝ける、彼の剣こそは”・・・・・・」
ふと、乱舞する光の粒を見つめていたウェイバーの鼓膜に、唄うように紡がれた心地の良い女声が聞こえた気がした。
視線を向けると、そこにはセイバーのマスターである銀髪の美女が、自分と同じく舞い散る光の光景を見つめながら、何かに取り憑かれたように、誰かの言葉を代弁する依り代となったかのように陶然と。
近くにいながら、遠くから聞こえてくるような声音で以て呟いている。
その言葉が持つ言霊は、どこか遠い異国の伝説を語る、吟遊詩人のサーガのようにウェイバーには聞こえたかもしれない。
「・・・・・・“過去、現在、未来を通じ、戦場で散っていく全ての強者たちが、今際の際に抱く、悲しくも尊きユメ”・・・・・・」
「――だが、夢は所詮、夢でしかない――」
そんなアイリスフィールの独白に応じるように、否定するように。
セイバー・オルタは、自らの愛剣が示す正義と正しさを拒絶し、現実を語る。
彼女たちは、互いに相手の声が聞こえている訳ではなく、互いの言葉を否定しようとしている訳でもなく。
ただ、この光景を前にして己の心に浮かんだ言葉を、唄として言葉を紡いでいた。
アイリスフィールは純粋に、心に浮かんだ情景をそのままに。
セイバー・オルタは厳然に、心に浮かんだ想いに対し、今の自分が出した答えとして。
「・・・・・・“その意思を誇りと掲げ、その信義を貫けと糺し”・・・・・・」
「――だが、意思を貫ける者は少なく、信義も誇りも裏切られ、貫けと正すは断罪者の叫びのみ――」
「・・・・・・“いま、常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う”・・・・・・」
「――ならば、私が食らい尽くす。正義も信義も、護国のための力として犠牲に捧げ、鎮魂の唄を奏でさせる――」
かつて在った、夜よりも暗い乱世の時代に、闇を祓い照らした一騎の女騎士。
10の歳月をして不屈。12の会戦を経てなお不敗。その勲は無双にして、その誉れは刻を超え不朽。
・・・・・・だが、乱世の闇を祓い照らした、光に満ちた女騎士の伝説の現実は、決して光り溢れたものばかりではなかった。
人道色で彩られた行間の合間を、ビッシリと埋め尽くした紅く赤い流血に満たされたページが幾つも幾つも、語られることなき無数の物語で埋め尽くされている。
税を取り立てれば干して滅びると分かり切っている寒村から、国防の費用を搾り取ったことがあった。
敵の侵攻による被害を、他の地方まで及ぼさせぬため、前線の村を占領される前に焼き滅ぼすよう部下に命じ、敵の補給拠点に使われるのを防いだこともある。
それが、アーサー王伝説がもつ、語られることなき現実の側面だった。
光り輝く栄光の影には、常に必要悪の犠牲として殺された無垢なる民の犠牲が横たわる。
あらゆる時代、過去も現在も未来まで、人道の英雄たちが歩む栄光の道には必ず、『平和のための犠牲者たち』が屍の山となって積み重なる・・・・・・それが英雄伝説がもつ現実の側面。
それ故に自分のオリジナルは、青い意志を貫こうとした結果として現実に裏切られ、今際の際に願ってしまった悲願によって悪霊と化しつつある現在になってしまっていた。
此度は自分が喚ばれて黒く染まる可能性は潰えたが、いずれは何処かの平行世界で悪霊と化すのは避けられないことだろう。
『自分の生きた人生に後悔はない』と語りながら【やり直し】を望んで悲願とし、『民のため、国のため』という綺麗事で【自分が聖杯を求めている。民たちではない】という現実から目を逸らすため無自覚に利用してしまうようになった騎士王は、信義も誇りも既に貫けなくなりつつある。
今は良くても、変わってしまう道は、今となっては糺すことは、もう出来ない。
――だが、自分は違う。
現実を受け入れ、暴君となる道を選んだ自分に、信義を貫けずに惑う想いはなく、夢を守ることが出来なかった己の道は間違っていたのではと反問する苦悩は無い。
犠牲は許容した。それが必要な犠牲というなら、必要悪を使って必ず守る。
重要なのは結果であり、正しさを貫いたが故に歪んだ己の正義という結果など、本末転倒も良いところ。
だからこそ、景色は突然、一変する。
「っ!? 光の周囲に、闇が・・・・・・ひょっとして、食べているのかッ!?」
そこいら中から散りばめられるように生じて、セイバー・オルタが掲げる剣の刀身の周囲へと集まってきていた光の粒たちの周りに、闇のような黒い染みが突然現れると、光の粒を飲み込み始め、徐々に闇が大きさを増していく光景にウェイバーは驚きと戸惑いの声を上げる。
しかし、それは早計な判断だった。
闇の胎動と拡大は、まだ始まったばかりだったからだ。
光の粒を吸収して闇を巨大化させた染みは、徐々にセイバー・オルタが掲げる黒く染まった聖剣の周囲へと集まり始め、光を纏っていた時より更に大きく強大な、闇の光となって彼女の宝具の威力を上昇させ続けていたのだから!!!
それが限界まで高まった時。臨界まで達した瞬間。
彼女たちは同時に呟き、同時に叫び―――裁きの剣は振り下ろされる。
「・・・・・・“祖は、約束された勝利の剣エクスカリバー”・・・・・・ッ」
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑めっ!!
祖は――《エクスカリバー・モルガぁぁぁぁぁぁっン》ッッ!!!」
振り下ろされる剣。
闇が奔る。闇が吼える。
解き放たれた龍の因子に、人々の『こうあって欲しい』という願いが地上に蓄えられた光の粒子という形で魔力を加速させ、星の内部で結晶・精製された『ラスト・ファンタズム』
そんな『約束された勝利の剣』が持つ、使い手の魔力を変換、集束・加速させるという機能によって、剣身や放たれる極光までもが黒に染まり。
自らの魔力を制御しようとは思わず、思うままに敵を倒すため聖剣を振るい、魔力の粒子は光ではなく、光を飲み込む闇となる。
夜の闇より尚深い闇色が、渦巻き迸る奔流となって、光だけでなく夜も闇も海魔たちさえ呑み込んで、自らの勝利と目的達成の糧とするため肉片の一片に至るまで食らい尽くしていく。
その有様は、ブリテン島を守るために顕現した《魔竜ヴォーティガーン》が、英仏戦争の英雄として『ブリテン島の勝利を阻んだ逆賊ジル・ド・レェ』を、炎の吐息を放って焼き殺したいと願っているかのようですらあった。
国ではなく、ブリテン島という『土地』の勝利を阻んで滅びをもたらさんと戦った『敵国の英雄』に対する怒りを込めて、魔竜が放ったブレスの如き闇の奔流は凄まじく。
恐怖の具現としか思われなかった魔性の巨体は、集合体としては強大となれても、総身を構成する一部一部は取るに足らぬ有象無象の寄せ集まりに過ぎず、数の暴威によって少数の敵を押し包めなくなった途端に、有象無象の状態にまで引き戻されるしかできなくなる。
あるいは、異界に住まう本当の魔性を呼び出すことができたなら、この攻撃さえ防ぎきることが出来るのが魔書のもつ真の力だったのかもしれないが、ただ同じ魔性を大量に呼び出して合体させ、一人で戦う少数の者たちの部隊になら勝てるようにしただけでは、数の差に対応できる術を相手が持ってしまった時点で敗滅させられる以外に選択肢がない。
その点でキャスターが使った切り札は、アサシンたちの最期の夜を、ただ数を膨大にして再現しただけだったと言って良いものだったかもしれなかったが・・・・・・・・・どちらにしろ、肉塊の中心に座すジル・ド・レェにとっては関係の無い愚問愚答でしかなかった。
闇に呑み込まれて、消滅しつつある肉塊の中心部に立たされながら。
キャスターの視界には、自分たちを食らい尽くそうとしている巨大な闇は、見えていなかったからである。
「・・・・・・おぉ、ォォ・・・・・・この、光は・・・っ」
彼の瞳には、分厚い汚肉の城塞を引き裂きながら、自分の下へと近づいてきつつある、白く眩い悪を成す者にとって破滅を齎す光の刃を見たように感じられ、心奪われて見守っていたからだ。
「この光は・・・・・・、この光は、まさしく・・・・・・ッ」
聖処女が掲げる旗の下へ集った一人の若き騎士だった頃、ジルはこの光を見たことがある。
かつての自分にとって、イギリスは愛する祖国を追い詰める強敵として、決して打ち崩すことの出来ない強大なる鉄壁の城塞としか見ることが出来なくなっていた戦況の中、一人の少女が掲げた救国の旗に光を見出し、彼女と共に神の名を唱えて敵軍へと突撃し、見事ランスを取り戻し、シャルル王の戴冠式を成し遂げた―――。
あの時に敵陣を切り開き、その先に待っている光を信じさせてくれた少女が魅せてくれた救国の光。
それが今、再び自分の前で開かれようとしている。
分厚い門扉を打ち破り、高く聳え立つ城壁を乗り越えて、光り指す希望の未来へ向かう道を自分の下へ指し示してくれた、あの時の光が再び自分の下へ帰ってきてくれたのだ! この光景を前にして、いったい他に何を見ている余裕があるというのだろう!?
渇望に包まれながらジルは見た。城壁を破った先にある、光り溢れる大聖堂を。
ステンドグラスから差し込んでくる光を浴び、鎧甲冑に身を固めながら、尚も美しさを損なわぬ少女騎士が、背を向けて自分を待っていてくれた気高き後ろ姿を見せながら。
「・・・間違いない・・・この光は、ジャンヌと共に歓喜の祝福を得た輝き・・・・・・ッ」
いつの間にか、ジルは滂沱の涙を流していた。
そんな彼に気がついたのか、背を向けていた少女は振り返ってジルを見つめ、優しく微笑みを浮かべ――手を伸ばす。
アルス・ノヴァの調べの中で、救国の英雄としてジルたちと共に白く輝く祝福を浴びた、あの時と同じように。
掌を上に向けて、自分の方へと左手を差し出してくれる。柔らかな微笑みを浮かべながら――
「ああ・・・アア、嗚呼、ジャンヌ! 会いたかった!
あなたと再び見える為にこそ、私は今まで・・・・・・っ、私の今までは全て・・・ッッ」
両目を一杯に見開いて、狂気に犯されていた相貌に無邪気な英雄に憧れる少年の表情を貼りつけながら全力で、ただ力一杯の歩みによって憧れの聖処女のもとへ一歩でも早く近づきたくて! そして!!
差し伸べてくれた手を握るため、両手を広げて掌の先へと指先を伸ばし、光り輝く彼女の御手に触れようとして、それで
――全ては闇に包まれる。
聖処女の姿も、光り輝く大聖堂も、アルス・ノヴァの調べも、ステンドグラスからの光も全て。
・・・・・・全て消え去って、黒一色に塗り潰された世界の中で、何も見えなくなってしまった。
闇に包まれた空間で、ジルの姿だけが今までと変わらず見えていた。
自分一人の姿だけが、闇に包まれた世界の中で見ることが出来続けている。
望み続けた願いは叶わず、求め続けた聖処女との合流を、寸前で消し去られてしまった凶器の英雄は―――しかし、
「・・・そうか。やはり、そういう事なのですね・・・・・・」
怒りも憎しみも示すことなく、悲しみや後悔の念に打ちひしがれることもなく。
その表情には奇妙なほどハッキリと、『納得だけ』が存在していた。
満足ではない。失望でもない。
ただただ『納得』の感情だけが、今のジル・ド・レェの心には深く深く焼き付いているようですらあった。
「・・・・・・今の私には、もう貴女と共に駆ける資格は既にない。それを自ら放棄することを選んで歩んできたのが、私自身の選びし道。
――そういう事なのですね? ジャンヌ・ダルク。我が永遠の聖処女よ・・・・・・」
言いながら、その声にも怒りはなく、悲しみもなく、絶望すらも感じられることはなく。
むしろ、晴れ晴れとしたような表情で呟きながら、ジル・ド・レェは色褪せることなく心に刻まれ続けているジャンヌと共に駆けた『過去の自分』と、道を違えた『現在の自分』
その双方を今ようやく受け入れる。
思えば、もっと早くに気づくべき事だったかもしれない。
鬼畜に墜ち、総身を悪徳に塗れさせ、神と正義と教会と、ジャンヌを助けず見捨てた全てを憎んで殺戮の犠牲に捧げる道を、自ら選んで進み続けてきた狂気の英雄となったのが今の自分。
たとえ屈辱と憎悪の中で、過ぎし日の栄光だけは、決して忘れることなく胸の内に輝き続けていたとしても。
如何なる過酷な運命にも、心ない神の仕打ちになっても、決して穢さず、奪われることは決してなかった大切なモノを宿し続けていたとしても。
今の自分は、ジャンヌ・ダルクが掲げた旗に集った、一人の騎士では既に無い。
たとえジャンヌが自分を許し、贖罪の果てに再び救国の軍勢の一員になれる日が戻ってこようとも。
それは今の『青髭ジル・ド・レェ』ではなく、異なる『救国の騎士ジル・ド・レェ』が得ることが出来る栄光の光で、狂気の英霊としてキャスターとなって招かれる存在として世界に登録された今の自分が、ジャンヌと共に駆けていた頃に再び戻ることは決して無いのだ。
そうなる道を自分の意思で選びとり、その道を自らの意思で歩み続けてきたのは、他ならぬ自分自身なのだから。
その道を選ばなかった自分と、選んでしまった後の自分とが同じ存在になることは決して無い。それが、世界の法則というモノだった。
「私は・・・一体、ナニを・・・・・・」
そう呟いた時。あるいは、その以前の段階でジル・ド・レェの実体化していた肉体は闇に飲まれて消滅させられていたはずだった。
ただ本人が、忘我の中で気づかなかっただけで、自分自身は既に敗退し、消滅した後になっていただけなのだから。
サーヴァントとして消滅し、聖杯戦争から完全に脱落して座に戻った英霊に、この戦いでの記憶はなく、記録として持ち帰られただけのデータが思考するが如き行為がおこなわれることは無い。
―――だから、コレは多分ただの夢だ。
キャスターとして召喚されていたジル・ド・レェが消滅する寸前、今際の際に見せられた夢の中で感じさせられたかもしれない、ただの戯れ言。一瞬の迷いが生んだ、ただの錯覚。
――もしかしたら自分は、ジャンヌ・ダルクを恨んでいたからこそ、殺戮の道を選んだのかもしれない―――そんな想いを抱かされた迷い。
なぜ、自分が行くまで待っていてくれなかったのか?という怒り。
なぜ、自分も一緒に連れて行ってくれなかったのか?という悔恨の念。
その感情が、ジャンヌ・ダルクが生きていれば最も嫌悪して、否定したであろう行為を自分に犯させ、ジャンヌに対して『ざまーみろ!』と言ってやりたい想いが動機となって、凶行を続けさせてきたのではなかったろうか?
―――分からない。
ジャンヌが守りたがっていた弱き人々を殺すことで、生前に最も愛し慈しんでいた犠牲者たちを殺戮し、ジャンヌによる救済を無意味だったとすることで、それらの人々を救うことが出来ない場所へ一人で逝ってしまった彼女を悔しがらせてやりたい気持ちが、当時の自分には本当になかったのだろうか?
悔しいだろう?と。命がけで守った人々が殺されるのを見るだけなのはイヤだろう?と。
だったら――早く止めに来いと。
私の凶行を止めるため、青髭男爵を倒して民を救うため私の前へと戻ってきてくれと。
そんな気持ちと目的とが、自分の行為の中に含まれていたことは今まで一度も無かっただろうか?
お前が置いていったせいで狂ってしまったヤツが、恐ろしい行為をするようになってしまった。早く救世のため、無辜の民を殺す悪逆な支配者を斃すため、悪と化した私のもとへやって来い・・・・・・と。
――――分からない。
今となってはもう、なにも、ワカルことは、ナニモ無、イ―――
やがて、黒い闇の光に包まれてジルを消滅させた全ては、その場から消えてなくなって。
御遠川には、大騒動が終わった直後に特有の、静かすぎるほど静かな静寂だけが漂っている。
そんな時間が、長い夜の死闘の末に、ようやく訪れることが出来たのだった。
夜霧の彼方で行われていた、キャスターとの戦いは、今やっと終わることが出来たのである―――。
そして、全ての戦いの後には余談があり、後日談があるのが、戦場というモノの宿命というヤツでもある訳で。
ここにも一人、いや三人。
御遠川でおこなわれたキャスターとの死闘、その結果として生じている余談でしかない後日談の主人公たちが存在していた。
「・・・・・・・・・・・・来ないな。何故にか、誰一人として・・・・・・」
第四次聖杯戦争の監督役にして、キャスター討伐の依頼を全マスターに報酬込みで提示した発起人でもある言峰璃正神父は、依頼通りキャスターを倒すことに成功し終わった後も、誰一人として報酬の令呪を取りにくる者がいないまま、言峰教会の中で日々を過ごす羽目になる日が続くことになっていた。
なにしろ、セイバーのマスターは魔術師殺しをやるため正体を知られたくないので、自分から姿を現しにくる可能性は絶無に近く。
ライダーのマスターである未熟者の魔術師少年は、自分の無力さと小ささに打ちのめされて自分が勝者だとは思えなくなってたし、サーヴァントの回復早めるのに集中してたし。
ランサーのマスターは、痛みで頭おかしくなってて令呪どころじゃないし、与えてもらっても使い道ないし、使える知能の方こそ残ってないし。
唯一もらいに来れる状態だけは維持している、ランサーの疑似マスターになったソラウに至っては、令呪もらっても夫とランサーとの失われた絆が一つ回復するだけで自分的にはイラつくだけだ。
むしろ減っていいって言うか、切れろ。夫が正気を維持して、自分に譲渡させたランサーとの絆の令呪だったら大いに回復して欲しいけど、夫との繋がりでしかないなら要らん。目障りでしかない。
狂おしいほどの恋心に目覚めながらも、夫の失態のせいで令呪を自分のものに出来なくなったことから冷静さも維持して、『グラニア姫流イイ男の落とし方実践編♡』を日々学び続けているソラウは、見栄とか面子とか誇りとか気にする男や女騎士たちには想像しづらい発想を最近よくするようになってた今日この頃。
正直、夫に残っている令呪を見てると、『全部残っていて私のモノになってたら全画つかって「私を愛せ」と命じることも出来たかもしれないのに! キー!!』とかの誘惑に駆られることもあったので、減ったままの方が正直ありがたいぐらいだった。
最初から出来ないと分かっていることなら、手に入らずにイラつく気持ちは沸きにくいもの。
手にできそうなほど近くにあって、でも届きそうで届かないユメだからこそ、人は渇望して嫉妬して僻んで歪んでいき、凄くムカつきもする。
不条理ではあるけど、そういう風に人の心は出来ている。
まぁ、そういう理屈はおいておくとしても。
「・・・・・・来ない。もう、此度の件での隠蔽工作もあることだし、『ご用の方は事務所まで連絡を』という札を置いていくか――いや、イカンイカン!
仮にも私は神に仕える身であり、そもそもの発起人は私自身。ならば予定外の形で終わってしまった計画とは言え、無責任な対応をすることは許される立場ではないのだからな!
・・・・・・・・・しかし、誰も来ん・・・・・・いったい何故に・・・・・・」
教会の中でポツンと一人だけで待ち続ける、戯曲『ゴドー』の男達みたいになってしまっていた璃正神父。
まぁ要するに、いつまで待っても待ち人は来ないという比喩な訳だが・・・・・・。
では、彼以外に御遠川の死闘で生じた、残り二人の余談とは誰かと言うと。
「お喜び下さい、ソラウ様! キャスターは俺たちの手で斃されました!!」
「――まぁ」
隠れ潜んだまま大人しく、見つからないことだけに徹しながら、片手の先に蝶々を止まらせていた場所へとランサーが戻ってきて、勝利の報告を告げるのを聞かされ。
弱々しい表情に、うっすらと、だが嬉しそうではある笑顔を浮かべて、凱旋してきた美貌の槍兵を迎え入れ―――そして心の中だけでガッツポーズ。
「・・・申し訳ありません、ソラウ様。私個人の想いのために、このような場所で待たせてしまうことしか出来ず・・・・・・お疲れでありましょう?」
「いいのですよ、ランサー。――でも、流石に疲れたのは事実のようです。好意に甘えてしまいますが、送ってもらうことをお願いできますか・・・?」
「無論です。その様なことであるなら喜んで。さぁ、お手をこちらに・・・」
「ええ・・・ランサー、ありがとう。そして遅れましたが、勝利の栄光を、おめでとうございます。あなたの正義が果たされたのを私も嬉しく思いますよ」
「いえ、滅相も御座いません。私如き未熟非才の身が・・・・・・」
「――この無能めがッ! 口先だけの役立たずが! ただのいっとき女一人の身を守ることもままならぬとは、度し難いにも程がある!
はんっ、真の魔術師たるものの在り方が聞いて呆れるな、ウェイバく~ん~。
学生らしく、カミュウ・ペリゴールくんとの逢瀬を楽しむのも結構だが、私の講義中にやるとはけしからん、実にけしからんので、呪い殺してやろうかオラァァ!!!
・・・・・・では、授業を続ける。早く席につきたまえ、ウェイバ~・ベルベットく~ん」
違う物を食べて、違う服を着て、違う出身国で違う立場に立ち、産まれて生きて死んだ時代までが違う者たちが帝国でもないのに集う場所。
日本でおこなわれる聖杯戦争は、良くも悪くも色々と混在して混沌としやすい条件がそろっている魔術儀式だったのかもしれない・・・・・・。
つづく