もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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ようやく連載作の続きを書ける時間が得られたので、書き上げたのを更新です。
明日――いや、もう今日ですね。今日と明日も連載作の次話更新めざします。


ACT34

 

『貴方はわたしを愛している』

 

 ふと言峰綺礼は、そんな言葉を言われた記憶を思い出していた。

 二年間連れ添い、三年前に失った亡き新妻が、今際の際に言い残した言葉がそれだった。

 

 綺礼は普段、彼女のことを思い出すことは余りない。

 死別した妻のことを思い返そうとすると、何故だか思考に靄がかかったように散漫になってしまい、心のブレーカーが妻の死にまつわる出来事を想起するのを頑として拒絶する。

 

 まるで直視してはならないと、本能的に忌避しているナニカが、妻の死に際の出来事にはあったかのような無意識レベルでの思索の拒絶・・・・・・だから綺礼は今まで、妻の死に目について思い出すことがほとんどないまま日常を送っている。

 

 にも関わらず、今日に限って妻の死に際に言い残した言葉を思い出したのは、おそらく綺礼自身の心に自分自身でも理由が分からず、先ほどから無意味な思索を延々と没頭し続けているのが、現在進行形での自分自身だったからなのだろう。

 

 

「・・・何故だ? なぜ私は、間桐雁夜を助けてしまった・・・? 一体何故・・・」

 

 深く思索に囚われたきりの胸中が、負担に耐えきれなくなったのか小さく声に出して念いを呟かせ、黙々と冬木教会への帰路を歩み続けていた綺礼の足を止めさせ、無意味と承知で周囲を見渡させる挙動を促す。

 彼が今立っている周囲では、昨晩とは打って変わって静けさを取り戻そうとしている新都の賑やかな日常風景が戻りつつあった。

 

 キャスターが『神秘の隠匿』という魔術師・教会二大勢力間で交わされている暗黙了解とも呼ぶべきルールを完全無視して行われてしまった、未遠川での昨夜の死闘。

 航空自衛隊の戦闘機まで出動し、2機が撃墜されるほどの騒動にまで発展してしまった昨晩の大混乱は今朝方まで余韻を残し続け、今になってようやく沈静化の兆しを見いだせるようになっていた。

 

 昨日の時点では事件終息後もひっきりなしに往復し続けていたパトカーや救急車も、わずかな例外を残して本来の職務へと復帰していき、事態の全容を知らされぬまま駆り出されて救助要請や封鎖指令に忙殺されていたであろう警官隊も落ち着きを取り戻し、今後も事態の説明はおこなわれぬまま通常より少しだけ高いレベルの警戒態勢を敷くだけにまで沈静化したらしき姿が巡回中のパトカーという形で目に映る。

 

 事件の原因となっていた巨大海魔が永遠に去ったとは言え、あまりに速過ぎる事態の沈静化と日常へ復帰していく冬木市の光景は、父であり聖杯戦争の監督役でもある言峰璃正による情報コントロールの手腕を最大限発揮された成果を示すものであっただろう。

 

 とは言え、これほど広範囲に迅速な情報統制をおこなうのは、如何な聖堂教会の組織力をもってしても決して容易ではないのは言うまでも無い。父も老いた身体に鞭うって相当に無理を強いたことは疑いない。

 

 それを綺礼は逆用し、これ以上に厄介事の種を増やすリスクを極力抑えるため、『万が一にもパトカーに職質されて催眠を施す事態』を避ける必要性から朝まで待ってから教会へ帰還する旨を父に伝えている。

 よほど工作に忙殺されていたらしい父・璃正は、息子の配慮に感謝こそすれ、二心を隠すための建前である可能性は露とも疑わずに電話を切ったものだったが・・・・・・まさか永遠に帰路につかぬことを誤魔化し続けれるわけもない。

 

 だからこそ綺礼は今になってようやく、落ち着きを取り戻しつつある冬木市新都の冬木教会を目指し、黙々と帰路の歩みを進めていたのだが・・・・・・それによって心の迷いが晴れるはことなく、むしろ混沌と疑念の度をいや増す結果にしかなってないように感じられる。

 

 無理もなかった。

 何しろ彼は昨日の戦いで初めて――父・理性と師・時臣に対して『造反』する禁忌を犯していたのだから・・・・・・。

 

「・・・・・・間桐雁夜を助けるなど、紛れもなく我が師の仇となる・・・言い訳の余地のない、謀反・・・・・・そのはずだ。それなのに何故・・・」

 

 我知らず、疑問が小声でとは言え声に出てしまっていたのにも気付かず、綺礼は自身の行動に対する自問自答を―――いや。

 それをやった自分自身が今、『感じてしまっているモノ』の正体について、己自身の心に「気付いてしまっていいのか?」と繰り返す作業をひたすら続けながら教会へと通ずる道を歩み続けていく。

 

 彼は、先日の夜に未遠川でおこなわれた死闘の渦中に負傷して、死の床につく寸前にあった間桐雁夜に応急処置を施して、治癒魔術までかけてやってから間桐邸の前まで送り届けて放置してきたばかりだったのである。

 

 はじめは師である時臣を援護すべく現場へと駆けつけ、そのつもりで彼が戦っている戦場を観察できる位置まで気付かれることなく接近したのだが・・・・・・視界に映り込んだ時臣と戦っている相手が『雁夜である』と認識した瞬間。

 取り出そうとしていた黒鍵を懐にしまい直し、彼が時臣に敗北するまで見ているだけで何もしようとはせず、相手が実力差で負けて落下していく姿を見せつけられた時には、落胆する気持ちまで抱いてしまっていたのだ。

 

 ・・・・・・だと言うのに、今の自分が抱いている感情は戸惑いではなく、疑念でもない。

 父や師を落胆させるであろう哀惜でもなければ、裏切り者として処断される恐怖でもなく―――

 

「・・・コレは、何だ・・・? 後悔――ではない。

 私は・・・・・・高揚しているのか? 馬鹿な、このような状況下で私が高揚するなどと・・・・・・」

 

 まったく理解できぬ思考だった。

 他の誰より自分自身が、己の行動に合理的理由を見出すことがどうしても出来ない。

 

 単に時臣と雁夜の戦いを前にして、サボタージュ同然の傍観を決め込んでいただけだった行動なら問題はなかった。

 両者の実力差は歴然であったし、魔術師勝負での戦いに横合いから狙撃してくる魔術師殺し衛宮切嗣の脅威もある。それら不測の事態に備えるため姿を隠したまま伏兵として潜む戦略は、援護としての論拠を充分にもつ。

 実際その時の戦いで切嗣は、高層マンション屋上で交戦していた二人を標的として把握しており、殺せそうなら漁夫の利で狙い撃つつもりでいた。

 それが実行されなかったのは仰角のせいで死角となっていただけであり、実行された時には綺礼の黒鍵と防弾法衣が黒い壁となって飛び出し、切嗣の弾丸を防ぐ結果となっていただろう。その点で綺礼の選択に誤りはない。この時点ではまだ合理性が充分にある。

 

 次の戦い敗れて虫の息だった間桐雁夜を発見して、治癒魔術で応急処置を施してしまったことは、限りなくアウト判定に近かったもののギリギリで許容範囲に収まる選択だったと抗弁できぬこともない。

 キャスターが斃れたとは言え、敵には未だセイバーとライダーの強敵2騎が健在なままで、ランサーが初めて見せた黄槍も使い方次第で脅威となり得る効能を持った恐ろしい宝具。

 特にライダー・イスカンダルは《ランクEX宝具》を有する英雄王と比肩しうる最大の難敵だ。

 彼らの動きを牽制するため、特にセイバーに対する異常な執着を示したバーサーカーは第三勢力として利用価値がある。どのみち雁夜の寿命は長くない、放っておいても自滅して消滅するだろう。それまでの間せいぜい敵を引っかき回すダークホースとして使い潰せるのならアーチャー陣営の一翼として謀反とまでは言い切れぬ行動だった。

 

 

 ただし。

 ・・・・・・それらは、『綺礼の左手の《令呪》』が再び戻っていなければ、の話である。

 

 このたった一つの致命的すぎる条件の有る無しによって、綺礼の行動の全ては180度別の意味合いを持った、全く異なる謀反人の不定な謀という側面を持たざるを得なくなってきてしまう。

 

(・・・今なお私に“願い”は無い。だが理由は分からぬが、六つの願望を殺し尽くした後にはじめて手に入る結末を得る資格だけは取り戻してしまった状態に今の私はある。

 その事を秘匿したまま、此度の行動を俯瞰して振り返ったとき、果たして我が師と父は、私を“敵”と見なさぬ可能性があるだろうか・・・・・・?)

 

 自分自身を自己客観視してみただけでさえ、そう思う。

 今の綺礼には時臣との間に師匠と弟子という関係は健在なまま、敵の敗北と生存・勝敗という結果によって、相手と同じ利益と損害・メリットとデメリットとを共有し合える『対等な立場』へと舞い戻ってしまっている隠された実情を持ち合わせている。

 

 それを失った状態での時臣と雁夜との戦闘支援は、弟子が師を守るため無私の献身になる。

 だが、その権利を取り戻した状態で行う時臣への支援は、ただ『将来的に自分の邪魔になる者共を事前に排除しているだけ』という構図へと一変してしまう。

 まして、その事を伏せて行っていたなら『露払いを押しつけただけ』となり『どちらが勝っても自分の得になる』として漁夫の利を掠め取るため戦力を温存していた野心家の所業そのものとなってしまうしかない。

 

 言峰綺礼が犯している、最大の裏切り行為が『取り戻した令呪の秘匿』であり、この秘事と比べれば敵である間桐雁夜の助命など、虐殺の前の大量殺人が如く重視すべき価値を失う。

 平凡極まる、魔術の成果を前にして弟子と師の奪い合いだ。

 魔術師同士の間で、利害が対立した師匠と弟子が殺し合うなど日常茶飯事でしかない。

 

 そして、そうなった時に綺礼は時臣に、おそらく勝てないだろう。弟子として師事する間に相手の能力はよく理解している。不意を打てば別として、正面から挑めば代行者として綺礼の実力を持ってしても時臣は容易い相手では決してない。

 まして相手には今、黄金の英雄王がサーヴァントとして付いている。英霊に人間風情が挑んで勝てる道理がない。必ず負ける。敗れて殺されるしか今の綺礼に道はない。

 

 一応ながら、“命乞いのカード”ぐらいは持ってはいるが、それで助かるという“算段”がつけられるほど大層なものではない。

 相手から『忠義面で尽くす価値』を失わせる程度は期待できるが――相手の眼鏡に適うだけの“理由”を今の自分は持てているとは到底思うことが出来ないままなのが、今の綺礼だった。

 

 ――これではダメだ、と綺礼は思う。

 時臣を見限り、英雄王に自分を選ばれると信じれるに足る根拠を綺礼は、見出すことが未だ出来ていない。

 今の自分のままでは、あの男は躊躇わずに自分を殺すだろう。そんな気がする。

 

 絶体絶命の危機が、目前まで迫りつつある。

 死が待つかもしれぬ十三階段へと自分から帰還するしかない自らが置かれた現状。

 

「・・・・・・それでも尚、私は恐怖ではなく高揚を感じてしまっている・・・何故だ?

 何故、この期に及んで私は、これまで感じたことのない高ぶりを内から生じさせているのだ・・・? 我が父は狐にでも私を孕ませていたとでも言うことなのか・・・? 分からない・・・」

 

 問い続けながら、自問自答し続けながら、自らが生涯で初めて感じる感情への戸惑いを胸に抱いたまま言峰綺礼は言峰教会へと続く道を歩み続けて帰還していき―――

 

(―――いや、初めてではない)

 

 と、唐突に“あの時に感じた想い”を綺礼の記憶巣は思い出す。

 間桐雁夜が炎に包まれ、時臣との決着が付いた瞬間を目撃したときに感じた、落胆と同じ念を。

 瀕死の雁夜を蘇生させ『まだ終わらなくなった彼』を見下ろしてから教会へ帰ろうとしている自分が抱く、不可解な高揚を。

 

 彼は以前に一度だけ感じた記憶がある。

 意識は忘れようとしたが、心と体がその時感じた愉悦を忘れられずに刻み込まれている。

 

 

 それが、今は亡き妻が死んだときの事だった。

 愛する妻の死を前にして、初めて流れ落ちた涙を掬い取りながら、“あの女”は言った言葉。

 

 

『貴方はわたしを愛している』

 

 

 その時に感じたナニカの感情を、綺礼は心の奥底にしまい込んで忘却の淵に沈めて今日まで生きてきた。

 その時、掴みかけた真理と共に。辿り着きかけた真理と共に。

 病み衰えた女の枕元で、綺礼が己の求め欲するものを悟ろうとした瞬間と共に。きつくきつく封印を施して。

 

 父と同じく、ともに深く綺礼を愛し信頼していた妻の死に感じたことの記憶とともに。

 父と同じく、綺礼という人間の本質を決定的にはき違えていた女は既に死んだのだから・・・・・・

 

 そう思い、再び心のブレーカーが掛かろうとした瞬間。

 綺礼の心に初めて、“妻だった女”に対して疑問が浮かんだ。

 

 

『本当にそうだったのだろうか?』

 

 

 という疑問が。

 妻は本当に、自分という人間の本質を理解しないまま死んでいった人間だったのか?――という疑問。

 自分が内に抱えた人格の欠落を理解しようともせず、行動として表れる“虚無”から来る栄光のみを高く評価し、どうしようもなく的外れな誤解によって形作られた『自分たちが信じる言峰綺礼』しか見ようとしない、父と同じタイプの女性でしか本当になかったのか?――という疑念。

 

 もしそうだったとしたならば―――最期に語った、『あの言葉』と矛盾する。

 それが綺礼に問いを投げかけて離さない。

 

 

『貴方はわたしを愛している』

 

 

 ・・・・・・あの言葉を述べた理由は何だったのか? 今になって綺礼は、それが気に掛かる。

 一見するだけなら、死を前にした妻が愛する夫へ残した愛の言葉。

 

 ―――だが、それなら、『言い聞かせるような言い様』は何だったのか?

 まるでコチラの胸の内を知った上で、安心させるかのような『肯定の言葉』

 

 馬鹿な、と思う。そんな事などあり得ない幻想だ、と断じる声も心中にある。

 所詮は誰にも、自分が抱える人格の欠落を理解することなど出来ぬのだと。自分は神の愛を持ってしても救いきれぬ罪深き魂の持ち主なのだと。この他者との誤解は生涯、修正されることなど無いのだと。

 

 死んでしまって、今さら確認のしようが無くなった妻に、追い詰められた心理が都合のいい願望を投影しているだけの現実逃避に過ぎぬ思考―――恐らくそれが正しいのだろう。綺礼の理性はそう告げている。

 

 だが、もし。もし万が一、妻が自分の抱える絶望を理解した上で。

 死んでいく妻を見下ろしている夫が、自らに抱いている感情を、夫以上に正しく理解し。

 

 その上で尚―――それこそが、『貴方が私を愛している証拠だ』と言っている言葉だったのが、妻の遺言の真意だったとしたならば・・・・・・全ての辻褄は繋ぎ合う。

 

 綺礼は妻が死ぬまでも死んだ後も、大勢の人間を『異端』の名の下この手にかけてきた。

 中には女子供がいたこともあれば、必要性から痛みと苦しみを味あわせるためだけの攻撃を行ったことも一度ではない。アインツベルンの森で、衛宮切嗣の女をヤったときが良い例だ。

 

 だが、その全てにおいて綺礼は高揚を感じたことはない。

 死に逝く妻を見下ろしながら感じたのと、同種の感情を抱いたことなど一度も無いのだ。

 

 それは少なくとも、綺礼にとって亡き妻は他の女達よりかは特別な価値ある存在だったという事ではあるのだろう。

 それがどのような価値かは別として、他と同列と感じていなかったことは結果から見て確実だ。

 

 ―――コノオンナヲ、モット■■■■タイ―――

 

 そう感じさせられた、苦しむ女の死に目に出会えたことは、亡き妻の一度だけしかない。

 

 ―――モット■■■■スガタガミタイ―――

 

 と強い渇望を抱かされた死に逝く女の姿には、病床に伏して痩せ衰えた亡き妻の痩身しか記憶にない。

 そう考えると少なくとも、自分にとって亡き妻が他の女では代替の利かない存在だったことだけは確実としか言いようが無い。

 他の女達が同じ状態になった姿を見たとしても、同じ感情を感じられることは恐らく無い。無かった。

 

 ・・・・・・そのことを妻は、知っていたのではないだろうか?

 夫が自分の苦しむ姿を見下ろしながら感じている感情を。その感情を抱くのは、自分だから感じている感情であることまで理解した上で。

 

 もし、その感情を向けられる自分が、言峰綺礼にとっての『他とは違う特別な女性だ』――という確信と誇りを胸に抱きながら死んでいったのが彼女だったとしたら。

 もし、その感情を向けてくる事こそ『女としての喜びと誇り』とし、言峰に■■■される対象として強く想われることが『言峰の愛である』と理解し。

 

 全てを理解した上で妻は―――あの最期の言葉を言い残して死んで逝ったとしたのなら―――

 

 

『貴方は私を愛している。

 こんな私に、極めつけの■■■■を味わわせたいと強く強く願うほどに。

 そんな貴方の愛で、私は愛されている―――』

  

 

 

 

「・・・なんという・・・ことだ・・・・・・」

 

 そこまで考えたとき、流石の言峰綺礼も思わず愕然となって歩みを止めてしまっていた。

 全ては妄想。全ては幻想。終わってしまった出来事に都合のいい夢を重ね合わせて空想に浸りたがる子供の遊び―――そうと知った上で尚、言峰は激しい後悔と苦悩に責めさいなまれずにはいられない。

 

 確認してから、死なせるべきだった。

 結局は落胆させられることになったとしても、あのとき心情を吐露していれば、今の後悔と苦悩はなかった。今からではどうすることも出来ない。

 亡き妻が、父と同じで己という存在を決定的に履き違えた視点で高評価しているだけの人間であったのか、それとも世界で唯一自分を理解し、そんな自分を愛して心も体も捧げて、それこそ『愛だ』と慶びを誇る真の理解者であったか否か。

 

 ・・・・・・今となっては確認する術は、この世のどこにも存在しなくなった後。

 すべては神のみぞ知る事にしか、今からでは成りようがない―――

 

 

「・・・・・・いや、そうではない。まだ、もう一人だけ残っている」

 

 やがて綺麗は顔を上げ、妻と同じ可能性を持った“もう一人の特別な人物”へと向かって歩みを再開した。

 今までは“父と同じで”自分の本質を全く理解することなく、決定的に履き違えた高評価を与えていただけだったと感じていた妻。

 その妻に対しての評価が今、可能性でしか無いとは言え変化を遂げていたのだ。

 ならば残る今一人の人物、自分が他とは違う感情を抱いている『妻以外の唯一の身内』となる人も、あるいは妻と同じ可能性を内包して自分が気付いていないだけかもしれない。

 

 もしかしたら、自分の方こそが彼らの本質を理解せぬまま、決定的に擦れ違った理由での低評価を与えてきてしまっただけという可能性も、今となっては捨てきれないのではいか?――そう思った。

 

「・・・・・・一度、父と語ってみよう」

 

 そう考え、教会へ続く道を歩む速度をわずかに速める。

 思えば今まで一度も胸襟を開いて語り合ったという記憶が一度もない、綺礼と璃正の言峰父子の関係性。

 どこまでも綺礼に対して誠実で、決して綺礼の苦悩を理解してくれない相手だ―――そう思い続けてきた父が、本当はどのような感情を自分に抱きながら、それを隠して付き合い続けてきていたのか。そんな屈折した想いが父にもあるのか否か。

 

 一度ぐらいは『信じる』のではなく、本人に『聞いてみよう』そう思う。

 たとえそれで、父との関係が決定的に変化し、自分が考えていた通りの念いしか持ち合わせていない男だったと知るだけで終わったとしても。

 或いはそれが綺礼に、全く新しいナニカの視点を提示させ、そこから新たな可能性を見出す道が開けるかもしれぬのだから―――

 

 そんな期待を胸に、綺礼は言峰教会へと続く道を足早に歩き続ける。

 

 

 ―――それさえ知って終われるのなら、それが全ての終わりであっても悔いは無い

 

 

 そこまでの想いは声には出さず、だが心の奥底では覚悟とともに深く深く刻みつけながら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、綺礼が向かう先の目的地にいる目的の人物は、恐懼にも等しい混乱に囚われつつある心理に陥っていた。

 

 

「何故だ・・・? 何故キャスター討伐の報償を、未だ誰も受け取りに来るため現れん・・・」

 

 自らが示した法外な報償に対して、なんのリアクションも返してくる者が誰もいないという異常事態を前にして、言峰璃正は半ば茫然自失しながら空しく教会内での電話を使った隠蔽工作の指示に肉体面だけで明け暮れ続けていた。

 彼としては正直、計算違いもいいところな結果ではあったが、予想の方はもっと酷い終わり方だったのが昨夜に決着したキャスター戦での顛末に関する璃正のスタンスだった。

 

 流石に、あの決着の仕方で当初の予定だったギルガメッシュの令呪回復は無理があることぐらい彼にも分かっている。

 だから恐らくの予想として、ランサーのマスターである『ケイネス・エルメロイ』が自分の元へ訪ねてきて、失った令呪回復の権利を要求してくるだろうと璃正は考えていた。

 

 ケイネス以外のマスターたちでは、受け取りの作業そのものが難しいからだ。

 仮のマスターでしかないアイリスフィールに令呪はなく、バーサーカーのマスターは遠阪家と言峰教会との繋がりを知って安易に訪れる経歴の主ではない。魔術師殺しの衛宮切嗣に至っては言わずもがな。

 

 一方で、ライダーのマスターには『キャスターの“撃破”』にライダーが貢献した訳ではないという理由で渋る腹積もりでいた。

 ギルガメッシュと同じ《ランクEX宝具》をもつ破格のサーヴァントを強化してやる理由を、璃正は認める気が端からない。よほど明確な功績があった場合は仕方ないとしても、此度のような決着の仕方なら他に譲らせて本人には渡さない詭弁を璃正は弄するつもりで構えていたほどであった。

 

 だが、それら備えの全てが無駄に終わる。

 キャスター戦が終わった後も、ライダーのマスターが訪れてくる気配はなく、ケイネス・エルメロイも不気味な沈黙を続けたまま。

 それどころか、人っ子一人訪れる気配すらないままに、破格の報償であったはずの令呪一つ提供という美味なる餌は―――テーブルに供されたまま食べる者もなく、空しく冷めて不味くなるのを待つだけの様相を呈してしまっていた・・・・・・。

 

「分からん・・・・・・何故だ? 今回のことだけではない、此度の聖杯戦争では予想外のことばかりが多発している・・・・・・いったい次に何が起こるか予測が付かない・・・・・・」

 

 聖杯戦争の監督役である璃正としては、頭を抱えこまざるを得ない大問題。

 ―――実際には、ケイネスは報酬を受け取りにくる以前に、報償が示されたときには既に痛みで頭おかしくなってて記憶にすら残っていないだけであり。

 ライダーのマスターは、昨晩の戦いの前にショッピングの帰りで色々あって、サーヴァントと青春してたため報償のこと頭からスポーンと忘れてるか、他の奴がもらった後だろうと思って思い出すことすらなかっただけなんだけれども。

 

 そんなこと璃正が知るはずないので、頭抱える羽目になってる今この時。

 この平行世界の聖杯戦争関係者は、黒く染まった暴君バージョンで召喚された騎士王と無関係な人達まで巻き込みながら、何故か迷惑掛かってる状態にあるっぽい。不思議だね。でも神秘の魔術儀式だから仕方なし。

 

「・・・・・・今後も何が起きるか予断は許されぬと言うことか・・・・・・あるいは、この私自身の命すらも。易々と討たれる気はないが、いざという時のための用意はしておくべきことか・・・」

 

 予測不能な出来事が連発し続け、不安に駆られていた言峰璃正は、万が一のことを考え幾つかの保険を用意しておこうと心決めて席を立つ。

 もし自分に何かあったとしても、聖杯戦争そのものは続けられるように・・・・・・今は亡き親友の忘れ形見が、友の悲願を達成できるよう支援してやるべき友情のために。残された友の息子と子供達の健やかなる未来を守るために。

 

 本来それは、自分の死によって残された友の息子がやるべき準備になるはずのものだった。

 だが、死すべき運命にある者が死なず生き残り、起きるべき事が起きず、起きざる事が起きまくって混沌化して久しい第四次聖杯戦争の様相が、マジメ人間の言峰理性に激しい不安と恐怖を抱かせるよう作用してしまった結果だったのかもしれない。

 

 死の危険を現実的脅威と感じ始めた者にとって、出来うることは出来る限りしておくべきだった。人は誰しも不老不死ではいられない。

 綺礼が父の元へ帰ってきたのは、そんな理由で作業を行っている最中の出来事だった。

 

「おお、帰ったか綺礼よ。今回の戦いでも苦労をかけた」

「・・・・・・いえ、父上。それは時臣師の弟子として、当然の勤めと認識しております。――ところで、少しだけ話したいことがあるのですが・・・・・・」

「ほう? お前が私に内々の話とは珍しいこともあるものだな。だが丁度よかった、私もお前に話しておきたいことが会って待っていたのだ。

 ――綺礼よ、もし私に何かあった折には、私が保管している過去の戦いで未使用だった令呪と、監督役としての権限は自動的にお前へと渡るよう手筈は整えた。次はお前の役目だ、頼むぞ綺礼よ」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 あまりに突然の宣言に、さしもの綺礼も平凡な驚きの単語を短く口にすることしか出来なくなるほど早過ぎる状況展開。

 その後も形式的や事や手順やらを璃正は綺礼に向かって事細かくレクチャーしていたが、綺礼の耳に届いていたのは全体の一部だけに過ぎなかった。

 

 この時、綺礼の心を占めていたのは、この一文だけだったからである。

 

 

 “この男”は、死ぬ覚悟を決めている。

 ならせめて、父が死ぬ前に―――

 

 

 極メツケノ■■■■ヲ味ワワセテヤッテカラ――そして、死んで欲しい。

 

 

 そう願う想いで胸が一杯になってしまっていたからだった。

 タイミングが良かったと言うこともある。絶好の条件が揃いすぎていたことも無関係ではないだろう。

 

 魔術師同士が殺し合う聖杯戦争という儀式の最中。

 キャスター討伐の報償として、令呪の提供という形で教会内に魔術師が入り込めるようになっている今。

 父亡き後も、その権限と未使用令呪は自分に信託されることが、術式によって既に決められた状態で、今からでは短時間での書き換えなど出来るはずもない。

 

 そして今。・・・・・・この教会にいるのは、自分と相手の二人だけ。

 

 

 ――【密室の殺意】という単語が裁判の用語には存在する。

 目撃者のいない密室で、たまたま相手と互いだけで向かい合うことになった状況下では、通常の状態や第三者がいるときよりも【相手への殺意】を抱かされやすく、また【殺意を行動へと走らせる】という可能性型の場合だった時より高まってしまう。

 

 そういう状況によって左右される殺意の発生と有無。

 この時の綺礼が、それに駆られた故での行動だったのか否かは定かではないし、他のシチュエーションだった時にはヤらなかったという保障もない。

 

 ただ一つ言えることは、この時の綺礼が抱いていた想いに、

 

 

 ―――コノオトコヲ、モット■■■■シテミタイ。

 ―――モットモット■■■■スガタガミテミタイ。

 ―――極メツケノ■■■■ヲ、モットモットモットモットモットモットモットモットモットモット死死死死死SIsiしシ死死死死ぃぃぃぃeeeeeee

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ハッ!? 私は・・・いったい、何を・・・・・・?」

 

 気がついた時。あるいは自我がハッキリと戻ってきた時。

 見ると、言峰綺礼の股間は粘つく湿り気に満たされて、ズボンに染みが付いてしまっている。

 

 あまりにも強すぎる衝撃によって、脳が興奮状態に陥り、一時的な記憶が混乱してしまったようだった。

 生まれて初めて味わう激しすぎる快感によって、意識どころか自分が何をやっていたのかさえ記憶にない。

 

 触ってみると、気持ちの悪い感触が下着の中で股間の周囲に感じ取れる。

 激しすぎる快感を感じたことで、【夢精】してしまっていた自分を知り、更にその先へ視線を向けると――――そこに倒れ伏して動かなくなっている物を見つけて瞳を細める。

 

「参ったな・・・・・・」

 

 やれやれと、困ったような口調と仕草で嘆息しながら首を振る綺礼。

 犯人が特定されぬよう隠蔽する必要性があった時のため、黒鍵とは別にオートマチックの拳銃を使用したため、自らに嫌疑が向けられる可能性は極めて低い状況に問題はない。

 困ったことになったのは別の問題によるもの。

 

 

「余りの衝撃で記憶が曖昧にしか残っていない・・・・・・問題が解かれる過程を経た上で至ったはずの答えだったはずが、これでは終わった後の結果だけを与えられ、そこまでの流れを省略されたようなものだ。これで『答えは得られた』と納得する方が難しい」

 

 そうなのだ。二人いた『妻と同じ自分にとって他とは違う存在』の残る片割れまでもを、意識しないまま殺してしまったという現状では、もはや答えを得られる者が一人も残っていないという状況にならざるを得ない。

 

 そうなってしまった以上、最後に残る可能性は一つだけ。死者達を蘇らせることが人に叶わぬ神の御業であるとするならば、綺礼にとって答えを得るため選びうる選択肢は後一つだけしか残っていない・・・・・・。

 

 だが今は、それより先に済ませておくべき事柄がある。

 

 

「“主よ、御名を崇めさせ賜え。御国を来たらせ賜え。天に御心の成るが如くに、地にもまた成させたまえ。”

 “我らが仇を赦すが如くに、我らの罪を許し賜え。どうか我らを誘惑に逢わすなかれ。我らを悪より救い賜え。”」

 

 父の亡骸を前にして、そっと跪いて片手を伸ばすと、静かに瞳を閉じさせてやる。

 相手の冥福を心から祈り、胸の前で十字を切って祈りの主祷文を口ずさむ。

 

 一見するだけなら、父の死を悼む心ある息子の肖像。

 人間としての欠陥を抱え、理解されない苦しみに慟哭しながらも、父親への愛情は確かにあった家族の絆を象徴するエピソード。

 

 そういう風にも見えなくはない、1シーンだった。

 ただ一つ。・・・・・・そもそも、この惨状を現出させ、実行して作り上げたのは。

 

 父の冥福を祈る『父殺しの息子』その人だという事実を無視できたなら、という条件付きで・・・・・・

 

 

「―――Amenn」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それより僅かに時間が遡る、とある場所。

 

 

「失態でしたね、ランサー。

 それともまた、キャスターと戦う内に稚気に駆られてしまいましたか?」

「・・・・・・面目次第もありませぬ、ソラウ殿」

 

 ランサー陣営が仮のアジトに使っている廃工場、その一室でソラウは臣下を叱責する女帝の風格をもって、夫に忠誠を誓っているはずの騎士の過ちを厳しい口調で弾劾していた。

 それはかつて、健在だった頃のケイネスに見せていた女主人さながらの威風。ランサーと出会った人形が初めて恋を知って乙女になった面影は、そこには微塵も残っていない。―――ように見える。

 

「貴方が持つ呪いの黄槍の力は、他のサーヴァントたちにとって当たりさえすれば致命的な損害を与えることが可能になる必殺の奇襲兵器。その性能を他のサーヴァントやマスターたちの目がある中で見せつけてしまうなんて・・・・・・これは私たち陣営の戦略的にとって大きすぎる問題です。それが分かりますか? ランサー」

「恐れながら、ソラウ殿。あの状況下でキャスターの下郎を討ち果たすには、バーサーカーの動きを完全に止める必要があり、その為には奴の能力を無効化できる《ゲイ・ボゥ》の開帳はやむを得ず・・・・・・」

「だとしても、私に使用を一言だけでも確認するぐらいは、して欲しかったものです。一時の代替とはいえ、今の私は貴方のマスター代理ではあるのですから。その主従関係すら守り切れずに騎士道とは聞いて呆れます。そうでしょう?」

「・・・・・・」

 

 ランサーは、それら弾劾に反論することなく黙ったまま頭を垂れ続ける。

 相手の言うことに利がない訳では無く、確かに今の戦力が低下しすぎた自分たちにとって、今までの戦いで使う機会がほとんど訪れなかった《ゲイ・ボゥ》は戦力差を補いうる切り札と言っていい威力を有している。それを晒してしまったことは自分たちの勝機を大きく削ってしまったと言われても仕方のない失態。

 

 ・・・・・・とは言え、それらも含めて一任すると明言してくれたのはソラウ自身でもあったのだ。それをアッサリ前言撤回されて翻すのは見ている側として気分のいいものではない。

 それにソラウの態度が急に尊大になったこともランサーの心に、不安な曇を陰らせている大きな理由になっている部分だった。

 

 ――まさか・・・“また”なのだろうか・・・。

 という不安は、英霊ディルムッド・オディナがフィン・マックールとの過去を払拭できた架空の未来が得られるまで永遠に解放されることはない。

 その不安がディルムッドに、フィンの陰をソラウに被せる幻覚を見せ始めていた。

 

 ないとは思いたい。だがもし、そうなってしまった時・・・・・・・自分はいったい、何のために、誰のために・・・・・・

 

 

「そんなに愉悦でしたか? ランサー。

 キャスターと戦ううちに稚気に駆られるほど、王に仕える騎士気取りで、高潔なる美しき少女騎士王に勝利を捧げるのは。

 所詮は正規の契約関係にもない私などとの関係より、そちらの方が―――」

「ソラウ様ッ!!」

「・・・・・・っ」

 

 小さいが鋭い声で名を呼ばれ、涼しげな目元で真っ直ぐ見上げられたソラウは、「ビクッ」となって体を強張らせ、途端に顔色を青くしながら小さな声で、「ごめんなさい、ランサー・・・」と謝罪の言葉を口にする。

 

「・・・感情的に・・・なってしまいました。自分でも道理に合わぬことを言っているのは、分かっていたのです・・・でも、不安で、怖くて・・・。耐えられなくって、それで・・・・・・」

「ソラウ様・・・」

「さっき確認してきました・・・。ケイネスの張った結界が、弱まりつつあります・・・・・・今のままでは、そう長くは保たないでしょう・・・。そうなってしまえば、ケイネスを倒したセイバーのマスターや他の魔術師たちも私を狙うため襲いに来る・・・・・・そうなったら、私は・・・・・・私は・・・・・・っ」

「ソラウ・・・様・・・っ」

 

 ランサーは相手の思いを聞かされ、激しく己の放った言葉を後悔し、相手の立場や怯える気持ちを察することの出来ない自分自身の不甲斐なさを心底から罵り、無能の極みと蔑みたい衝動に駆られてしまう。

 

 少し考えれば分かることではないか。ソラウは魔術師としてはケイネスよりも数段劣る、ソフィアリ家の魔術刻印すら受け継ぐことが許されない身の上という深窓の令嬢。

 そんな方が、あのケイネス殿を倒した下郎の卑劣漢をはじめとするマスター共から襲われる危険が身近に迫ってきていると感じたら、恐怖心から常ならぬ暴言や悪態で怖さを誤魔化したい気分に駆られるぐらいは許されて良いワガママのはず。それを、自分は・・・・・・!

 

「・・・申し訳ございません、ソラウ様・・・・・・今し方、私が申し上げたことは撤回させて頂きたい・・・。無骨者の騎士故に、配慮が足りませんでした・・・どうか、ご容赦の程を・・・」

「いいえ――いいえ、ランサーっ。悪いのは貴方ではありません、私です。私がケイネスのように強ければ、貴方とともに戦場へ赴き適切な隠蔽ができたかもしれないのに・・・・・・ごめんなさい・・・」

「いえ、ソラウ様。そのようなことは決して・・・」

 

 相手の震える肩を眺めやりながら、ランサーは衝動に駆られる己を押さえつけるため全力での努力を続けなければならなかった。

 

 ――彼女こそ、王だ。ディルムッドは今では強く、そう思うようになっていた。

 自身が恐怖に震えながら、それでも役割を全うしようと筋を通し、一時の感情に駆られることはあっても、誤りを認めて謝罪して正そうとする度量がある。

 

 フィンはそれが出来るまで、夥しい血が流される必要があった。

 彼女には、それが必要ない。

 

 彼女にこそ、騎士としての忠誠を捧げたい!

 跪いて、貴女こそ我が王だと声高に叫べたなら、どれほど気が楽になるだろうかと。

 

 だが、騎士が二君に仕える訳にはいかない。それは騎士道にもとる恥じるべき行為だ。

 ランサーことディルムッド・オディナは、生前に果たせなかった【騎士としての忠義の道】を貫徹することを望み求めて召喚に応じて顕界したサーヴァントだった。

 存在からして、騎士道という形を貫かねばならぬモノとして、形作られてしまっているのが彼なのである。

 それに反してしまっては、己という今の存在に自己矛盾が生じてしまい、召喚された意味そのものが消失してしまうしかない。

 

「・・・・・・いいのです、ランサー。私は最後まで貴方のマスターであるケイネスの妻として、貴方を信じ、貴方に託し、貴方の戦いに私と夫2人の命を預けます。

 それが誇り高き騎士の英霊、ディルムッド・オディナのマスターとなった者の果たすべき務めだと信じていますから・・・」

「ソラウ・・・様ッ! 誓って勝利は貴女様とケイネス殿の元へ! 必ず!!」

 

 理想の主を得られたことで、戦略的には敗北寸前だけど個人的にはテンションMAXになってるっぽいランサーは今日も主君のため忠義のため騎士道のため、殺る気満々で廃工場に近づく敵は一人残らずKILLYou!しまくる気全開です。

 

 

 

 そんな彼に誰がした? ソラウさんです。

 そんなソラウさんのプライベートルームでは、

 

 

「・・・うふ♡ うふふふふフフフフフフフフフフフッ♡♡ あ~、やっぱり素敵ですねディルムッド! どこまでも私の理想を実現してくれる素晴らしき殿方ッ! 

 そして、そんな貴方のハートをがっちりゲットできる術を事細かに描写された『ディルムッドとグラニアの物語』は、恋愛マニュアル必勝本として再興の名著! グラニア姫、貴女こそ恋愛の女王だと言っても過言ではないほどに♪」

 

 酷いすれ違いにもとづく高評価が、コッチでも与えられているようではあった。テンション差も凄まじい気がするのだが、まぁ爺さんと息子の男臭い教会と美男美女で隠れ潜むコンビだし。

 同じ方が却って妙と言えば妙なのかもしれん程度には違う者同士だから別によかろう。規律にうるさい聖堂教会と欲望肯定の魔術師で、同じ倫理が通用する前提だったら多分、敵対関係になってねぇ勢力に属する者同士だし。

 

「そして・・・・・・ウフフ♪ 私は気付いたわ。自覚することができたのよ。

 本当の自分を、自分の望みを、自分が求めるものは何だったのかという『欲の形』を・・・。

 最初は分からなかった。でも今ならハッキリと自覚できるし、理解できる。

 私は―――『女主人として叱責した美男子に、厳しく叱り返されたい』・・・という欲望を持っている女だったのね・・・。前からそれっぽいところがあると思ってはいたけど、まさか本当だったなんて・・・」

 

 しかもスゲー性癖に目覚めてやがった。S趣味な上にM趣味でもあったらしい。

 いやまぁ確かに、冬木ハイアットホテルに泊まってた頃からケイネスにはS気味で、ディルムッドにはM気味な対応すること多かった人達みたいだけれども。

 同じ一人の男相手にやるなよ。求めるなよ。どっかの邪悪神父が霞んでも知らんぞ。

 

 

 

「・・・・・・既にケイネスの結界が綻び始めてる現状で、私たちが過ごせる時間は残り僅か・・・。

 もう我慢するだけ無駄にしかなれなくなった戦場で、私は只やりたいことをやって散るだけしか許されない身の上。

 私とディルムッドの愛の逃避行を終わらせにくる死神は、いったい誰になるのかしら・・・・・・」

 

「この――無能がッ! 口先だけの役立たずが! よくもぬけぬけと言えたものだな、どうせ貴様がソラウを焚きつけたのであろうが! フン!

 ようやく馬脚を現したようだな、あまつさえ主に説法するなど烏滸がましいにも程があるぞウェイバ~・ベルベットく~ん。

 魔術師とは努力や学習ではなく、生まれで全てが決まるものだと、いつも言ってるだろうが無能が! 口先だけの役立たずがウェイバ~く~ん」

 

 

 

つづく




*賛否ある展開とは思われますが、整合性とるため止むを得なかった部分はご理解ください…(謝罪)
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