もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
本当はランサー戦の走りまでだけでも書くつもりだったのですが、文字数が多くなりすぎたため次話に別けました。
そのぶん時臣との交渉シーンは弾くと思われます。やること自体はさほど変わらんですし、結果も微調整程度の違いしかない予定なので。
第四次聖杯戦争は、開始から62時間以上が経過した今なお、混沌とした様相を示し続けていた。
あるいは、今までで最も混沌とした状況になっていたかもしれない。
始まりの夜と比べ、サーヴァントの数は確かに減った。
現存して戦闘を続行しているサーヴァントは5騎。
セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカー、そしてランサー。
まずアサシンが消えて、先日キャスターも敗退。
最後の慈悲にと死体を確認しなかったが、十中八九確実にマスター間桐雁夜は戦死し、そのサーヴァントであるバーサーカーも勝敗に関わらず消滅したのは間違いない。
理論上では、マスターが先に倒されてサーヴァントが残っていた場合、別のサーヴァントを失ったマスターと再契約することで復活が可能にはなっているが、現時点で条件を満たしているのは事峰綺礼1人だけで、彼はアサシンに特攻を強制するため令呪を使用して敗退後に残りも消滅が確認されている。
それを可能にする候補がいない状況では、マスターである雁夜の死はバーサーカーの消滅に直結せざるを得なくなる。綺礼の令呪が復活していることを時臣は知らされていない。
視点を全体に広げれば、バーサーカーのマスターの敗死をマスターたちの多くは知らず、切嗣だけが対決を視認して把握した程度で、綺礼による蘇生と臓顕による再度の強化は切嗣でさえ全く関知していない。
ランサーのマスターであるケイネスの容体は、今もって不明なまま行方知れず。
ライダーのマスターは、宿代をケチってと言うか本当に金がないと言うべきなのか、高速飛行して戦場を去って行くチャリオットばかりで移動するので拠点の位置が、切嗣たちでさえ未だに把握できぬまま。
ケイネスとの闘いで城を破壊されたセイバー陣営は拠点を移して、切嗣からの報告を待っての待機中。
・・・・・・要するに、全員が手詰まりになってしまい、自分から打って出ようという者が一人もいなくなっている状況に、現在の聖杯戦争は陥ってしまっていた訳だった。
守りを固める戦略をとっていた遠阪としては、敵から攻めてこない状況は好ましいことではなく、先日のキャスター戦と同様にコチラから攻める手にも出るようにはなったが、向こうから来てくれるなら有り難いことに変わりはなく、そもそも倒すべき敵の居所が把握できている者が少ない。
そのような状況下で、次に打つべき手で思い悩む時臣のもとに齎された、一つの凶報。
昨夜に死亡した同盟相手―――『言峰璃正』の死。
「まさか! そんな・・・なぜ神父までもが!?
有ってはならない――有ってはならないことだッ!!」
父親の死にまつわる報告を、翌日の朝になって息子の綺礼から聞かされた時臣は、予期せぬ訃報を知らされた瞬間に唖然として動きを止め、数瞬の停滞の後―――激高した。
聖杯戦争の監督役であり、公正に儀式が行われるよう監視するため魔術とは無縁の敵対勢力である聖堂教会から派遣された判定人。
・・・個人的には、亡き父の友人であり、信じるに足る同盟相手であり、尊敬すべき先達であり、そして年の離れた友人だと思っていた人物の死。
必勝を信じるに当たって重要な一因となっていた後ろ盾の死・・・・・・その凶報は時臣の心に、想像よりもずっと巨大なショックを与えられるものだった。
無論のこと、後ろ盾がなくなった程度で瓦解する浅はかな戦略など練ってはおらず、綺礼に集めさせた情報をもとに立案した全てのサーヴァントたちへの必勝戦略は揺るぎなく自分の内に今尚あり続けてもいる。
・・・・・・だが、それでも『想定を超えられた被害』によって、計算が崩れた事実まで変わるわけではない。
計画の土台が信じうるものか否か、確信が揺らぐ。
「――父の死因は、拳銃による射撃によるものでした。おそらく至近距離まで接近した後に発砲したのでしょう。亡骸の近くにコレが落ちておりましたから・・・・・・」
そう言って無表情に、そしてぬけぬけと素知らぬ顔を装いながら、綺礼は法衣の中から鉄の塊を取り出して時臣の前に、ゴトリと置いた。
鮮血がこびりついた、一丁のオートマチック拳銃。
「このような機械に頼った不意の一撃・・・・・・『魔術師殺し』かッ!」
「・・・おそらくは。ですが私が到着したときには既に、時間が経過していたため確かなことまでは分かりかねます」
白々とした口調と表情で淡泊に、綺礼は自らの犯した『親殺し』という悪行の容疑を、切嗣に向かうよう礼儀正しく誘導する。
そうしてから、打ちひしがれたように俯いたまま面を上げようとしない魔術の師の頭上を、静かな瞳で見下ろし続ける。
――異なる平行世界では、その多くがケイネス・エルメロイの凶行という流れをとりやすい此度における一連の事件。
だが妙な偶然によって衛宮切嗣が召喚したアーサー王の英霊が黒く染まった暴君化していたことが影響したのか関係ない別の理由によるものなのか、とにかく綺礼が今いる平行世界のいずれかでは彼の父を殺した相手は、父の息子である彼自身となり、用意していた小道具で衛宮切嗣に容疑が向くよう促す小細工も彼がおこなう流れとなり今に至っている。
実のところ時臣は、今日この時まで『父の朋友の死』という状況を、ほとんど想定しないまま敵を倒し尽くす戦略を練ることだけに全力を尽くしてきていた。
裏の事情を知る者が聞けば、中立であるはずの監督役である聖堂教会と秘密裏に手を結んでおいてよく言う、と盗人猛々しさを嗤ったかもしれないが、時臣の発想は必ずしもご都合主義による産物というほど愚かな計算によるものではない。
殺して得られるメリットよりも、被るリスクの方が高すぎる選択だったからだ。
いくら水面下で密かに協調していようと、表面的には聖堂教会の神父は中立という立場を保持している。
その神父を魔術師の誰かが殺すことは、聖堂教会全体から魔術協会への不審と非難という形で報復される恐れが発生しかねない。
また、璃正が今でも現役を兼ね続けていた《第八秘蹟会》に属する《代行者》だったという所属も、魔術師という立場からすれば手を出しづらい条件でもある。
異端討伐の任を負った、聖堂教会でも一際血生臭い、魔術師と殺し合うことに何らの躊躇いも感じぬ殺戮者どもの巣窟、教会に雇われた殺し屋たちの一員。
・・・・・・そんな相手に手を出して、一体何の得があるのか?
一時の勝利のため、盛大に反撃される理由を自ら買いに行く程度の価値しかない愚行の極み。
あくまで多くの平行世界における璃正の死は、一流の魔術師だったケイネスが切嗣の起源弾で“元”魔術師へと落ちぶれて追い詰められ、最後に残った縋る対象として《聖杯の奇跡》を求めたからこそ起こしてしまった愚行だったのだ。
普通に考えれる理性が残っている限り、選びうる手段と、あり得る未来予測の中に含まれる可能性は0に近しい無意味な行動。
当のケイネス自身でさえ、通常の肉体と精神を保っている限りは実行する可能性はなかったかもしれない程の行為がソレなのである。
魔術協会の重鎮一族である名門エルメロイ家の当主が、聖堂教会から中立の監督役として派遣していた代行者を、魔術師同士の殺し合いに勝利するため邪魔だったから手にかける・・・・・・下手したら両勢力の全面対決まで至りかねない事案。それを当主の立場で選べる精神を持っていたなら、多分ディルムッド・ランサーとは相性が良いマスターになれていたと思う。
それほどに危険すぎる一手が、遠阪と水面下で同盟していた璃正神父の殺害だった。
だからこそ時臣は、彼を介して教会と密約を結んで今日まで計画を進めてきていた。
・・・・・・それが今、揺らいだ。
この世に絶対はないのだ、と改めて思い知らされる形となった、亡き父の朋友の死・・・。
あの老練にして屈強な神父が、聖堂教会から派遣された監督役でさえ倒れた。絶対の安全策も万全なる善後策もあり得ない。完全なる聖域など、無い。
自分もまた、志半ばで倒れることもあり得るだろうし、自分亡き後を想定した準備でさえ万全とは言い切れない可能性もありうるかもしれないのだ・・・・・・。
その考えに至った時。
残した者、残される事になる者、託すべき相手―――その全てを兼ね備えた少女の顔が、時臣の脳裏に不意に去来する。
「・・・・・・綺礼、アインツベルンに使者を立ててくれ。『遠阪は御三家の一員として同盟を申し込む』と」
「畏まりました、すぐ文書にして使い魔に送らせましょう」
「それと――私事を頼んで済まないが、妻の実家の家まで行きたい。己の中に生じた陰りを祓い、戦いに集中する精神を取り戻したいのだ。
その作業が終わった後でよいので、運転手を頼んで構わないかね・・・?」
「承りました。早速に」
「すまない・・・・・・君も父上を亡くしたばかりで辛いのだと、承知してはいるのだが・・・」
時臣からの見当違いで、一般的には正しい独り善がりな気遣いに無言のまま一礼だけを返して退室し、父親殺しの息子は扉を閉めて部屋を去って行った。
「どうした綺礼? 今日はまた随分と機嫌が良いではないか」
「・・・・・・」
部屋を退室し、時臣からの指示を実行するため移動しようとしていた矢先に、先日の意趣返しのような言葉を投げかけられて、言峰綺礼は無言のまま背後を振り返って相手を見つめる。
当然のこととして、その場に立って壁に背を預けながら面白そうな表情で見つめ返してきていたのは、黄金の英霊ギルガメッシュだった。
つい今し方まで時臣の傍らに立っている姿を見ていたばかりで、共に扉を出た記憶はなかったが、実体化するのを好む傲岸不遜な英雄王が霊体化して室外まで追いかけてきてまで自分に言いたい話でもあるということか。それとも――
「哀れな父親だ・・・聖人と信じて疑うことなく、今まで惜しみない愛情を注ぎ続けた息子の本性を、最期の刻に思い知らされることになったのだから。
知ったところで、もはや全ては手遅れになった後にようやく―――」
「・・・・・・」
「いや、むしろそれをこそ救いとなるのが、貴様ら坊主共の教えだったか? 真実だの真理やらを死ぬ間際の一瞬だけだろうと理解に至るが至上の幸福――彼奴らが後生大事に崇める経典には、確かそう記されていたはず。
ならば奴も、自らが信じ貫き通した教え通りに死ねたことを幸福な最期であったと、冥府で息子に感謝しているやもしれん」
「――何のことだ?」
挑発するように、煽るように、誘惑するように続けられるギルガメッシュの言葉。
それに対して答える気になったのは、煩わしかった故なのか? 己の内に未知なる願望が存在したが故だったのか?
「おいおい、そう無理して何の感情も抱かぬ猿芝居などするなよ、綺礼。殺されたのだろう? 父親が、憎むべき敵の手によって。
少しは悲しそうな顔でも浮かべてやるのが、人の子として自然な反応だと思うが?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな」
それとも――
ただ自分が、“言いたかっただけ”なのか―――
「“残念だ”と、心から思っている。この言葉に嘘偽りはない。
“惜しい人を亡くしてしまった”とも。これもまた私に嘘は微塵もないと断言できる」
綺礼からの返事を聞かされたギルガメッシュは、ゆったりとした笑みを浮かべて背を離し、なにやら得心したような見透かした笑みを浮かべていたようだったが・・・・・・告げられた言葉は平凡なもの。
「“残念だ”“惜しい者を亡くした”・・・か。そうかそうか、ハハ、そうか。
それは、気の毒なことだったな? 綺礼――」
「・・・・・・・・・、?」
それだけ告げて背後から気配が消え去ったのを感じ取った言峰綺礼は、逆に思わず身体をひねり、振り返って先程まで黄金の英霊がいたであろう場所を注視する。
――てっきり、自分の返事に呼応した嫌味なり、蛇の誘惑じみた甘言の一つや二つは言ってくるものだとばかり思っていた彼にとって、拍子抜けさせられずにはいられない英雄王らしからぬ執着の薄さ。
なにかしらの理由でもあっての事なのか? それとも単にいつもの気まぐれ故か?
「・・・・・・・・・」
しばらく立ち止まって考えていた綺礼だったが、どのみち自分一人で沈思黙考し続けるだけで答えが出せる類いの疑念でもない。
思考するだけ無駄と断じた彼は歩みを再開し、アインツベルン宛ての書状を用意するため書斎へ向かう。
消え去った姿で、自分のことを天頂から見下ろしている存在が、今の自分にどのような念いを抱いているかなど知る由もないままに・・・・・・。
―――もはや綺礼に、挑発も誘惑も必要は無くなっていた。
今の綺礼は、放っておいても全てを巻き込む破滅への道を、突き進む以外の可能性など既に失った後になってしまっている。
あるいは躊躇いや、惑う心ぐらいは僅かなりと残っているかもしれない。
だが、それらで実際の決断や行動が変わることはない。そのような時期は過ぎてしまった後になっている。
ならば今更、余計な甘言など無粋というもの。のんびりと高みの見物と洒落込んでいれば近いうちに舞台の幕は勝手に開かれ、破滅の序曲は上演を開始される事だろう。
『綺礼よ、もはや貴様に逃げ道はないぞ。何より貴様自身が、それを選ぶことを由とできぬ。
何故なら貴様は既に、罪を犯す愉悦を味わってしまった後なのだから。
禁断の甘い果実を一度でも食し、美味なる罪の味を覚えた者は、二度と元には戻ることはできない――貴様が後生大事に尊んできた神の教えとやらでも、そうなっているのだろう?
ならば後は、落ちるだけだ。罪を犯し、悪徳を犯す愉悦の味を知った者がたどり着くであろう末路まで・・・・・・な』
遠阪邸の室内と廊下で繰り広げられた“今は”血の流れぬ血生臭い匂いだけが感じられた遣り取りの末、使い魔という形で送られてきた書状は、新たなアインツベルン勢の拠点となった武家屋敷へと届くことになる。
そして書状を片手に、武家屋敷へと到着した久宇舞弥は、
「スー・・・、スー・・・・・・」
「もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ」
「・・・・・・・・・」
エネルギー補充のため、屋敷の土蔵に描かれた魔法陣で眠り続けている切嗣の妻と。
彼女を護衛するため、傍らの床にドッカリと座り込んでジャンクフードを食べ続けている、黒く染まった救国の騎士王。
そして・・・・・・床に散らばった、紙パックと、ビニール製の包み紙と、大手チェーン店のロゴが描かれたビニール袋が、あちらこちらに散らばりまくって山のようになりつつある量にまで膨れ上がったゴミ。ゴミ、またゴミ。
武家屋敷の一角だけが、たった数日でゴミ屋敷へと変貌しつつあったという事実を、目撃することになっていた。
「・・・・・・・・・」
いつも通りの動かない表情と冷たい瞳のまま、特に感情を表すことなく周囲を見渡す。
するとゴミ山の中に少数ながら、数字が記された白い紙を発見し、優れた視力で内容を読み取ったところ―――金額が記されたレシートであるのが一瞬だけ見て即座に分かる。
さらに視線を横に剃らすように動かすと、部屋の一カ所だけに一枚だけ他とは違い、派手な装飾とケバケバしい配色が記された紙切れが落ちているのを見つけ、それもまた鍛えた視力を使って中身を確認し、そして
『《Fateバーガー》今月からデリバリーサービスを開始!
喜べ、自宅で出来たてを食べたいバーガーファンたちよ。君たちの願いは、ようやく叶う・・・。
電話番号×××ー△△ー○○○』
「・・・・・・・・・・・・・・・」
更に冷たくなった視線と態度と表情で、見る人によってはゴミでも見下してんじゃないかとさえ思えなくもない目つきまでして、部屋の中でひたすら食い続けている騎士王の英霊を見る。
だが――全ては誤解である。
久宇舞弥は切嗣に拾われてから、彼のためのパーツになると誓った女性。そんな人間らしい感情など自分に残っているはずはない。
だから間違いである。決して見下してない。これは彼女にとって地の目つきで、感情の乏しい無表情のせいで冷たく見下ろしてるように、見る人によっては見えるだけなのだ。
多分きっとそう、メイビー。信じる者は救われると、第一級の殺戮者部隊に神父の立場を与えてる宗教勢力の経典にも書いてある。――らしい。
「・・・・・・ん。この気配は・・・舞弥、さん・・・?」
「お休みのところを失礼します、マダム。お体の方の具合でも・・・・・・?」
「・・・ええ、まぁ・・・うん。今のところは、大丈夫みたいね」
あふ、と慎ましやかな欠伸を漏らして、ゆっくりと上体を起こそうとするアイリスフィール。
そうして―――目にすることになる自分の周囲に、いつの間にか広がっていたゴミの山、山、山。
呆れるほどの量を前にして、文字通り呆れたように目をパチクリさせた後。
「これ、私の身体よりも家の状態の方の心配でもした方がいいんじゃないかしら? そのうち寝て休む場所もなくなって、魔力の通りさえ穢すようになっちゃうかもね」
「・・・・・・」
クスクスと笑って語るアイリスフィールに、「ご冗談を」と社交辞令の一つも言う儀礼を教わっていないから咄嗟に思いつかない久宇舞弥。
ただまぁ、今回の場合には本当に「冗談だ」と自分でも断言できる自信がない可能性もないことはなかったけれども・・・・・・そういったことは舞弥には分からない。パーツでしかない彼女は、そういうことは考えないようにできている。――らしい。
眠り続けるアイリスフィールの護衛を全うしながら、買い足しが必要なジャンクフードの補充方法に悩みを抱えていたセイバー・オルタは、つい先日ビラを配りに回ってたバイト君からチラシをもらい、最新文化の一つであるらしい『自宅にいながら電話注文できる』という画期的な方法を発見していた。
当世において普及し始めた『けーたい電話機』なる機械の進歩を先取りした試験的な取り組みらしいのだが・・・・・・有効であれば何でも活用して戦に役立てるのが合理主義者の暴君というもの。
さっそく寝ているアイリスフィールに負担をかけないよう配慮して、起こすことなく勝手に無断で携帯電話を拝借して注文。
それが届けば食べ始め、切れたら次を注文しを繰り返し続け。・・・・・・たぶん普通の一般家庭のエンゲル係数に換算したらトンデモナイ額の消費を1日2日で使いまくってたことになるゴミの山を作り出すことになっちまっていたのであった。
その結果として今がある。
そこ、笑っていいぞ。むしろ笑え。笑って流さず本当になったら嫌すぎる状態レベルだから。
「遠阪時臣より、密使が参りました。使い魔に書状を持たせて。マダム、貴女宛のものです
ふぅ――と一息ついて気分を切り替えた久宇舞弥は、本来の自分が果たすべき役割へと回帰して、携えてきた要件のみを簡潔明瞭に、誤解しようのない言い方で説明をはじめる。
「密使? 遠阪からの?」
「おそらくは。内容は確認していませんが、翡翠で作られた鳥でした。切嗣の話だと、遠阪の魔術師が好んで使う傀儡だそうですので、可能性は高いかと」
「聞いた話では確かに、そういうことだったものね。それで、問題の書状っていうのは?」
「こちらに――」
そう言って差し出された便箋を、アイリスフィールは手に取って簡潔な内容に目を通す。
森にあるアインツベルン城は、アイリスフィールたちが引き払った後、舞弥の使い魔の監視下に置かれるようになっていた。
ケイネスと切嗣の戦いと結果を知らずに攻め込んできた他のマスターがいた時のため、切嗣が仕掛けた悪辣なトラップの数々を作動させて獲物を追い込む役割を、舞弥が担うようになっていたからだ。
城は瓦礫と化したとはいえ、アインツベルンが強いた結界はかなりのもので、外部の者に内部で行われていた戦いの内訳と結末を、居ながらにして把握するのは限りなく不可能に近い。そうなる可能性は十分に期待できると考えた故での措置であったが・・・・・・今となっては続けておく価値も余りなくなっていたかもしれない罠に落ちてもいた。
それは、残りのマスターたちで、攻め寄せてきそうな候補が少なくなりすぎていることで起きた価値変動の結果だった。
アインツベルン城の現状は、ライダーのマスターは直接に見聞きし、アーチャーとアサシンのマスターは遠隔的に把握が可能。キャスターは消滅して、バーサーカー自身はともかくマスターの方はアインツベルンに興味がなさそうに感じられる。ランサーに至っては被害をもたらした加害者マスターでしかない。
正直、引っかかりそうな候補がバーサーカーぐらいしかいない状況に変わってしまってたので、そろそろ引き上げて別の場所に監視場所を増やすか・・・・・・と考えていたところに飛んできたのが今回の使い魔による書状だった。
それは逆説的に、アインツベルン城の現状を把握している遠阪が、アイリスフィールたちの移り住んだ武家屋敷までは未だ補足できていないことは示す証拠でもある。
仲違いを装いながらも、水面下で遠阪と言峰が共闘し続けていることは、アサシン生存の一件によって早くから明らかだ。宴に乱入してきたのはアサシンであり、参加者の一騎だったアーチャーは遠阪のサーヴァント、知らぬままの訳がない。
だが反面、アサシンを失ったことで情報収集能力が大きく目減りしていた遠阪は、その後に起きたアイリスフィールたちの拠点移し替えについて把握するのが困難に陥っていた。
既に瓦礫の山に近くなっていると知りながら、敢えてアインツベルン城に使いまで書状を送ってきたのは、そのせいだろう。
無論、そう思い込ませることで自分たちが情報を掴んでいることを悟らせないためのブラフである可能性は捨てきれないものの、重要なのは今の時点でそこではないのもまた事実。
「で? アイリスフィール、どのような内容の書状だったのだ?」
「・・・遠阪家の当主が、私たちと同盟したいのだそうよ。共闘を申し入れたいってことらしいわね」
「・・・・・・同盟ですか? 今更になってとは・・・」
セイバーが最初に聞いた問いへの答えに、今度は舞弥が疑問の呟きをこぼす。
確かに些か遅きに失する、同盟の申し入れではあった。
今まで我を通してきた相手から、敵が減って決着が近づいた段になってようやく同盟を結んだところで、漁夫の利を狙って背後から刺される恐れがありすぎる状況になってからでは信頼などできる関係では全くないのだ。
宝を目前にして、信頼関係が血みどろの裏切りへと転化した友情の逸話など世界中に腐るほど有り余っている平凡なものでしかない。
東洋の英霊も召喚できたら間違いなく喚ぶ者が多くいそうな英雄も、国家統一を目前にして家臣に背後から刺された王の逸話として、当世では有名すぎるほど有名な現在。
第一、利害が一致しない敵同士の協力関係などと言うものは、互い以上の『脅威』が存在するからこそ結ばれるもので、『敵』なくして『敵同士』が手を組み合う事態などそうそう訪れるものではないのが戦いというものなのだ。
十年後に義父の意志を継ぐつもりで聖杯戦争に参戦することになる少年と、英雄になれなかった守護者をサーヴァントに引き当てた少女の同盟関係などが、良い例だ。
生き残りたいと願い、勝つ必要がありながら、独力だけで乗り越えられる力までは持っていない者同士の関係では、否が応でも力を合わせるしか他に手はない。
好き嫌いを理由としてどうこう言えるのは、嵐が過ぎ去って生き残っていた後の話であり、その過程が絆が生まれることもある。
(・・・よい信頼関係とは何者にも代えがたいもの。自分がマスターに厳しく対応するのも相手を信じればこそのもの。
いずれは英国一のジェントルになり得る漢だと信じているからこそ、厳しく当たっても信頼関係は崩れることはないと確信し“合って”いられるのだ。
その過程を経ることなく、結果だけを求める相手など信じるに足らんとは思うが・・・)
そんな基準で考えた意見を言おうか言うまいか考え中の暴君セイバー。
とりあえず、口の中に詰め込んだものを咀嚼し終えてから語る言葉を考えることにして、今はひとまず食べておく事にする。モッキュモッキュと。
「トオサカは、交渉に応じる気があれば今夜、冬木教会で会見の場を設けたいと言ってきているわ。
けど内実はどうあれ立場上、あくまで中立を貫くはずの聖堂教会の監督役が、よくこんな会見を許可したものね・・・」
「その点は私も気になりましたが、既に監督役の神父は死亡していることが確認されました。今の聖杯戦争は監督役が不在なのだとか。
それに遠阪時臣は、アサシンのマスター言峰綺礼を裏で操っていたと思われる節がある」
「なるほどね・・・それで今回の会談の申し入れということ。味方につけていた監督役が死んで、慌てて策を講じてきたって事なんでしょうね。
切嗣が言っていたトオサカと教会の繋がりも、これで裏が取れたようなものになった訳か・・・」
付け足すように言われた舞弥からの補足説明を聞かされて、アイリスフィールは納得したように頷きを返す。
盤石の守りを構築しながら、強力な後ろ盾だった味方を突然に失った相手が、慌てて敵対していた勢力に和を結ぼうと働きかけてくることは、政治の上でも歴史上でもよくある話ではある。不自然な誘いと言うほどのものでもない。
もともと『同盟』という軍事用語じみた言い方をしてはいるものの、聖杯“戦争”と名付けているだけで、この戦いは純然たる魔術儀式であり魔術儀式でしかない。ただ使用されるサーヴァントが強力すぎるから戦争と銘打っている程度の意味合いしか端からないのである。
魔術儀式である以上、盟約を結ぼうと結ぶまいと、最終的に聖杯を手にできる者は一組だけなのだから、同盟が最後まで維持し続けられることは端からあり得ず、最後に自分たちだけが勝ち残るまでの不戦条約という程度が、『聖杯戦争の同盟』がもつ『実態』というもの。
ならば相手からの要求を受け入れる代価として、盟約を結ぶのとは別の形で譲歩を引き出させるのも、聖杯戦争においては『同盟の在り方の一つ』と言っていいはずでもある。
「遠阪時臣は今回の聖杯戦争において、かなり初期の段階から周到な準備を進めています。
遠阪が言峰綺礼に対して影響力を及ぼしうるなら、彼の誘いは我々にとっても無視できないかと」
「そうね・・・それに相手から同盟とは別の形で譲歩を引き出すという手もあるわ。相手にあって私たちにないもの・・・・・・たとえば、情報とか」
「確かに、一理あります。もし仮に遠阪が、ライダー陣営の拠点を掴んでいるのであれば、それは策を弄してでも聞き出す価値がある。相手の所在は私たちも依然、掴めていないままですから」
「・・・・・・あんな子供が、姿を隠す手際については、あのロード・エルメロイより優秀で、切嗣の手を焼かせるなんて想像していなかったものね」
「意外ではあります。が、ロード・エルメロイの方はどうやら結界に綻びが生じ始めたらしく、私の感知に引っかかりつつあります。
まだ完全にではないらしく、正確な所在までは掴めていませんが、おそらく今夜中までには発見できるかと」
「・・・コトミネ・・・きれい・・・?」
それまでマスターの妻と愛人2人の会話を、ハンバーガー頬張りながら聞き役に徹していたセイバー・オルタが、聞き覚えのある名前を耳にしたことで、呟くように初めて反応を示した。
以前どこかで聞いた記憶のある名前だった。・・・・・・そう、確か雪に包まれたアインツベルンの本城で、マスターが「いんたーねっと」とかいう密偵がもたらした敵情を精査している部屋に、メイドとして掃除しに行ってやった時のことだった。
あの時に判明していた敵マスターたちの情報の中で、切嗣が『危険な敵』と評していた人物の名。
そして少し前、自分が両足掴んでグルグル回して、どっか吹っ飛ばしてやったアサシンのマスターの名前が、丁度この男だったとセイバー・オルタは記憶していた。
両極端な覚え方だったが、暴君っていうのは仲良く話してたと思ったら斬り合い始めたり、極端な反応する人たちなので仕方が無い。
「ああ・・・そう言えば、セイバーには話したことがあったんだったわね。――なら、改めて覚えておいて、セイバー。
今回の聖杯戦争で、もし切嗣を負かして聖杯を捕る者がいるとしたら・・・・・・それが言峰綺礼という男よ」
「そうか・・・・・・そうなのかもしれんな」
真面目くさって言われた言葉に、セイバー・オルタもまた暫しの間考えた後、そう肯定の答えを返す道を選び取る。
舞弥もアイリスフィールも、決して多くを語ったわけではない。だが彼女たちがその名を持つ人物を危険視する念いは強くセイバーにも伝わってきたし、自分の把握している敵マスターたちの情報と照らし合わせても有り得る話だと納得がいく推測でもあったから。
・・・・・・なにしろ既に、競い合う候補者たちが限られすぎているのである。
その中で、サーヴァント同士の勝敗は別として、聖杯を“捕りうる”マスターとして考えた場合、最有力候補は例の言峰綺礼だろうと現実的な客観視点で考えても、そう思う。
ライダーのマスター、隠れ潜むのはランサーのマスター以上らしいがヘタレ。
ランサーのマスター、森の城を攻めてきた時に魔術回路を破損させられたらしい。
バーサーカーのマスター、当主を継がなかった落伍者の急ごしらえマスター。
キャスターのマスター、会ったことないけど死んだっぽい。
・・・・・・このメンツと比べて比較したなら、言峰綺礼が一番強敵そうだとセイバーでも思う。他の者でも同じ感想を思ったかもしれない。
強いていえば、アーチャーのマスターである遠阪時臣だけが残った敵の中では、最も王道的な力を有する強力な魔術師であるように思えるが・・・・・・『王道的な魔術師』であるなら、『魔術師殺し衛宮切嗣』の敵ではあるまい。
黒く染まって暴君と化している状態で召喚に応じたセイバー・オルタには、切嗣の『確実な結果のみを追求するやり方』に対して反感が乏しかった。
性能を性能として評価することに、躊躇うべき感情的な理由を持ち合わせていない。
だからこそ、『魔術師殺し』と異名を持ったマスターの、『対魔術師戦に特化した殺し方』を合理的視点で評価して審査する目を持ち合わせる事ができており。
逆に言えば、その特性故に内包してしまう弱点もよく見えていたのだ。
切嗣は『魔術師殺し』であるが故に、『魔術師“以外”の敵』にはアドバンテージを保つことができない。
特に、自分と同じタイプの『同類の敵』には最弱に近い敵になりかねない危険を帯びている。
搦め手を使って、背後から狙う者同士がぶつかり合えば、互いに背後を取ろうと後ろに回り合った末に結果として正面衝突してしまう。そんなコメディーじみた相性の悪さを切嗣は綺礼に感じているのだろうとセイバー・オルタは推察していた。
「だが、そんな言峰綺礼を擁していながら、何故トオサカは我らに同盟話など持ちかけてきたのだ?
マスターから『危険』と評されるほどの相手だ。同じ手や策を用いるぐらいは出来よう。手元にアーチャーがいるなら、残る二騎はその手法で片をつけるぐらい出来そうなものだがな・・・・・・」
「セイバーの言い分も尤もだけれど、おそらくトオサカには別に計算があるのよ。
たぶん残るライダーとバーサーカー、それにランサーの対処に、彼は不安を持ってるんでしょうね。そこで一番与しやすいと見えた私たちに誘いをかけてきたという訳。
要するに、他の二組と比べれば舐められてるってことよ。まったく、甘く見るのも大概にしてほしいものだわ本当に」
「そうか。・・・・・・そうなの、か・・・?」
続けて放たれたセイバーの疑問に、再び答えを与えてくれるアイリスフィールだったけれど、今度の回答にはセイバー的に疑問顔。思わず首をかしげてしまう。
つい今し方まで残る敵サーヴァントとマスターたちの情報を頭の中に思い浮かべた直後だったので、どーにもイメージと合致しない推測だったように感じざるを得なかったのが、その理由。
・・・・・・あの、ヘタレっぽいマスターのライダーと、マスターが負傷したままのランサーが、そこまで警戒するほどの難敵か・・・?という疑問。
尤もこちらの方の疑問は、狂犬じみたバーサーカーのもつ異能がアーチャーの宝具連射に対しては相性最悪の高性能ぶりを発揮していたため、ヤツ対策として使うため、『何故だか付け狙われてる自分』を囮役のエサとして求められてる可能性があるかもしれない・・・・・・そんな嫌すぎる予想を《直感スキルA》と《カリスマB》の軍団指揮する才能で思いつきを補正されちまって、思わずブルリと震えるオルタさん。
敵を相手に恐れを抱く彼女ではない。・・・ただ一応、生物学上は女として、黒くて地べたに四つん這いになってでもカサカサ動いてたことある、見知らぬ男っぽい覆面に夜の町中を追いかけ回され続ける日常を想像すると・・・・・・ちょっと怖いっていうか気持ち悪かった。只それだけ。
これはアイリスフィールたちアインツベルン勢力と、遠阪のアーチャー陣営による情報量の違いがもたらした誤解に基づく錯覚だった。
大前提として、アイリスフィールたちは『バーサーカーは生きている』という前提で戦っており、遠阪時臣は『雁夜は死んだ。自分が引導を渡した』と確信し、『生かしてやったが瀕死の状況で長くない』と知ってるのは言峰綺礼ただ一人のみ。
それぞれが知っている情報の違いによって、相手からの申し出の内訳と評価は全く別物になることは少なくない。
今回の情報も最初から知っている前提で聞かされていれば、また違った選択肢も有り得たかもしれない。
オルタ的な予想としては、単に『まともに話を聞きそうなのが自分達しかいないだけじゃないか?』と口には出さずに考え中。
なにしろ、
ライダーとの同盟提案。アーチャーが嫌がる、喧嘩になって破綻しそう。
バーサーカーとの同盟提案。アーチャーが嫌がる、喧嘩になって破綻しそう。
ランサーとの同盟提案。マスターが機能不全。
・・・・・・この状況下で、他に誰と手を組めと・・・?
セイバー的には首をひねらざるを得ないところであったけれども、結局のところ同盟相手に自分たちが選ばれることに変わりはないので、まぁいいかと流しておくことにして。
「この話、受けましょう」
きっぱりと宣言したアイリスフィールの決断によって、自分たちの方針と行動は決することになる。
「同盟を結ぶかどうかはさておき、トオサカの手の内には探りを入れる必要があるわ。今夜の冬木教会で、それを確かめさせてもらおうじゃない」
「・・・そうか。まっ、守ると誓いを立てた主が選んだ道なら私に異存はない。私はただ敵を切り裂き、勝利への道を切り開くだけがサーヴァントとしての勤めだからな」
そう快諾して、持っていて空になった紙パックを「ポイッ」と適当な場所に放り捨て、少しだけ舞弥とアイリスフィールから非難がましい視線を向けられながらも、下手に注意して掃除メイドブームを復活されても更に迷惑するだけだから流す道を選び取り。
「――ところで、セイバー。今日はあなたにも別の要件が。あなたが先日、メルセデスを十分に乗りこなしているという話だったので、切嗣の指示でより市街戦向けの機動手段を用意しておきました。
いま門の外に停めてあります。使い物になるかどうか、確認しておいてもらえますか?」
「心得た。あの『自動車』よりも尚戦向きな機械ならば、中々の支援だ。派手なものは好きではないが、あのシックさならば問題ない。
火力こそ正義であり、馬力こそ正義!! あのような軍馬が私の時代にあったならばと思わず願ってしまう程だからな」
「・・・・・・そうですか。喜んで使ってもらえたなら、充分でしょう」
「うむ。――ああ、そうだマイヤ。お前達に一つ言っておきたいのだが・・・」
「はい。なんでしょう? セイバー」
キリリとした表情のまま舞弥は振り返って相手を見つめ、アイリスフィールは一時的にでも補充された魔力を体内で循環させながら出立の準備を整え始める。
そんな風に、マスターの愛妻と愛人という2人の女性に―――切嗣の考え方と見解に全面的に賛成する完全イエスマンになりがちな『女たち2人』に対して、異なる見解に基づく意見を交渉前に敢えて告げる。
「先程から聞いていて思っていたのだが・・・・・・・お前達は、あまりにもマスターの思考に振り回されすぎている。
マスターの判断と見解は絶対的なものではなく、百発百中の予測というわけではない。外れる時には外れるものだし、敵が一手上回ってくる場合もある。
ただただ相手の指示に無条件で従うだけ、相手の意見に賛成するのみで己が見識と判断に基づき、主の過ちを訂正するための意見を述べるようになれなければ、言峰綺礼のような『対等な敵』とは戦っても勝てぬものと心得ておけ」
「・・・・・・っ!!」
「そ、それは・・・・・・ですが」
唐突に、マスターにも厳しく接するサーヴァントとしての職務と役割を忠実に果たしたセイバー・オルタからの諫言に、舞弥とアイリスフィールは戸惑ったように視線を合わせ合い、そして返す言葉を双方共に持ち合わせることが出来ていない。
それは彼女たちには、実行が難しすぎる忠告だった。
舞弥は切嗣に戦場で拾われて以降、ひたすら彼を完成させるパーツであろうと心がけて生きてきた女だ。
自分の意志など、とうに捨て去り、切嗣が「死ね」と命じたら、迷うことなく即座に死ぬのが己の使命とまで考えている。
アイリスフィールに至っては、もともと造られた存在ホムンクルスだ。最初から人を補佐するための疑似生命体として生み出されている上に、聖杯の器として機能する身体に余計な自我など持たせすぎては差し障りが生じかねない。
アハト翁も制作時には留意した部分だったろう。己の意志だけでどうにか出来る問題ではない。ないのだが・・・・・・しかし。
現実問題として、言峰綺礼はオーソドックスな魔術師らしい殺し方が通じなかった男だ。魔術師殺し衛宮切嗣の裏を幾度も先読みして網を張って待ち構えていた。
今まで通り、他の魔術師達を殺す時と同じように、切嗣の指示だけを盲進して従っているだけで勝てる相手という保証は、どこにもない。
実際、自分たちも過去に一度その考えに基づいて行動し、切嗣の指示を無視して独断専行で攻撃を仕掛けたことがあった。
あの時は結局、単身で魔術師二人を圧倒する超人的な綺礼の体術に為す術なく敗れ去り、危うく命さえ失いかけていたところをセイバー・オルタに助けられた苦い敗北の記憶となってしまったものだったが・・・・・・
ただ視点を変えれば、あの時も綺礼の介入を切嗣は、予期することが出来ていない。
自分と同じ事を考えて、キャスターを迎撃するためサーヴァントが別行動する隙を突いてマスター殺しを目論んでくる襲撃者の存在する可能性までは予期していた切嗣だったが、ケイネスに襲撃されているアインツベルン城で一人迎撃する自分を背後から襲うため、裏手から密かに接近してきていた綺礼という『同類』の敵。
その敵まで同時に相手取ることになる危険性を、果たして切嗣は予期していただろうか? もし予測していたなら、アイリスフィールの非難はともかく舞弥まで手元から遠ざけ、綺礼に背中を取られるリスクを自ら背負い込もうとしただろうか?
おそらくは舞弥に、足止めと時間稼ぎだけを指示して、少しでも到着を遅らせるなり他者を誘導するなりの役を任せていたはず。ただ逃げる者の護衛だけ任せるのは魔術師殺しらしくはない。
「どうやらお前達は、マスターが警戒する言峰綺礼の動きを封じるため、配下に収めているらしき遠阪と約定を交わすことで、相手の力を持って言峰を掣肘したいと望んでいるようだが・・・・・・あまり過剰な期待まではしない方がよいと忠告しておこう」
「で、でもセイバー。貴女の言い分は尤もだとは思うけど・・・・・・でも彼にだって立場はあるわ。そうそう自分の好き勝手に動けるほど彼の立場は強くないはず、だとしたら――」
「そうかな? だが大前提として此度の話は、『遠阪が持ちかけた同盟の誘い』であって、『言峰綺礼が持ちかけた同盟話』ではない。
『遠阪と交わした約定』を『配下の言峰が遵守する』と決まっている訳でも、また無い」
フッと、何かを思い出したように笑みを浮かべてセイバー・オルタは―――急激に表情を歪めると、不快極まりない嫌な教訓話をイヤイヤながら思い出したという体を作ってから、アイリスフィールと舞弥が交渉に望むに当たって厄介になりすぎる問題点を指摘して、部屋を出て行くことになる。
「少なくとも私自身は、息子を自称する家臣の一人に裏切られ、約定を交し合った後の凱旋する途上で祖国を乗っ取られ、その末に死んだとされる伝説の王なのでな。
主君であろうと、親であろうと、殺す時には殺して裏切る。戦の終結を目前にした時期の判断とは、そういうものだと私は考えている」
「う、ぐ・・・。そ、それは・・・・・・えっと・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
困ったように立ちすくむ二人を置いて、セイバーは指示されたとおりに玄関に置いてあったバイクの使い心地を確かめるため土蔵を後にする。
残された二人は、果たして交渉に乗るべきなのか否か? 交渉結果は信じるに足るものか否か? 様々に戦い以外を担当するマスターの代理として『自分で』考えなければいけない事柄を検討する必要に迫られてしまい、戸惑いながらの朝を送ることになる。
二つの屋敷で起きていた朝の風景は、こうして昼の時間帯へと移り変わる時期を迎えることになる―――。
つづく