もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

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本来はこうする予定だった、38話がようやっと完成できました!
最新話として更新してもよかったのですが、間延びしないよう『正式版』という形で投稿しなおす形式を採用。

途中までは同じです。見やすいよう『――』で別けてみました。
別けた方が読みやすかった方は仰ってくださいませ。

お待たせしまくった上に、長すぎる内容で本当にスイマセン…(謝罪)


ACT38(正式版)

 

 数日と一夜の間お預けとなっていた両雄の激突は、今この廃工場前の空き地で再演と決着を果たすため、再びぶつかり合っていた。

 剣先と槍先とを合わせあう、古式ゆかしい決闘の際の儀礼など行うことなく、互いに無言のまま殺気をぶつけ合い、間合いを計り、示し合わせたようなタイミングで必殺の一撃を放ち合って激突した形で、黒く染まった騎士王とフィオナ騎士団一番槍による二度目の戦いは始まりの時を迎えていた。

 

 その状況は、数日前の倉庫街でおける対峙とは、似て非なるもので満たされた死闘。

 人気のない廃工場と倉庫街という戦場の場所だけならば類似点を見いだすことも出来ようが、それ以外では互いに全く似ていない黒い剣士と蒼の槍兵との鍔迫り合いは初戦の再演と呼ぶには程遠い、短絡にして苛烈極まる「首の取り合い」と呼ぶに相応しきもの。

 

 あの時ランサーは、宝具の罠の中へと獲物を誘い出すため自ら囮なって魔力を放ち、迎え撃つ側としてセイバー・オルタからの挑戦を受けて立っていた。

 

 一方のセイバー・オルタは、彼の時と変わらずマスター切嗣からの指令を実行するため敵サーヴァントを誘き出し、敵マスターに隙を作らせる役目は変わらぬものの、あの時ほどの不確定要素はなくなった条件下で遠慮容赦なく呪われた聖剣を振るうことが出来る。

 

 もはや互いに惑わせる手札は既になく、ランサーの二槍ははなから由来を隠さず二本の魔槍として魔力を振るい、セイバー・オルタの剣は魔力消費を完全に度外視した一斬一斬が全力全開の一撃必殺。

 

 共に奇策はなく、秘策もない。その為の手段も互いの手の内には既にない状況。

 より速く、より重く。人外のパワーとスピードで絡み合うように駆使されながら鎬を削る、赤と黄の異なる魔槍の軌跡と、黒く染まった聖剣の刃。

 

 ランサーが受け止めた鍔迫り合いから受け流し、全力の振り下ろしを流されて生じた隙に乗じるため黄の単槍が放たれる。

 

 赤の長槍に流された大剣の重みで防ぎ得なくなったかに見えたセイバーが、前のめりになった体勢を変えることなく足を伸ばし、射程の短い黄の魔槍を握る左拳を強かに蹴りつけた。

 

 予測を裏切られた蹴りの一撃で吹き飛ばされたかに見えたランサーが、残った長槍で本命の一撃を反対側の装甲で守られた鎧の端を削るように突き繰り出す。

 魔力の守りを削り取る赤き刃は、触れ続けるだけでノコギリのように漆黒の鎧を引き剥がし、セイバー・オルタの白すぎる柔肌へと瞬時の内に肉薄する。

 

 そのことあるを予期していたセイバー・オルタの拳が刃を握る柄から離れ、上へ向かってアッパーカットを打ち上げながら、背中から切り刻まんと突き出されて槍先を、振り返ることなく切っ先ごと背後に続く本体の刺突を強引に止めさせる。

 

 

 

「ふはっ! セイバー、お前は――つくづく性格の悪い女だな! 思わず敬服したくなるほどにッ!!」

 

 満面に喜色を浮かべながら、罵倒の言葉を放つランサーには既に察知できていた。

 ――今夜のセイバーの剣戟が、僅かながらも明らかに初戦の時より重く鋭く、殺気のこもった必殺の一撃へと変化している差異を見逃すディルムッドではない。

 

 それは初戦において消耗の懸念がなかったはずのセイバーが、それでも尚、手加減していたことを意味するもの。

 心ならずもバーサーカーと共闘させられた後の戦いではいざ知らず、自分と競い合った初陣での序盤において彼女が手心を加えて戦っていたことは、今この勝負を見れば槍の槍兵から見れば明らかすぎるほど明白だった。

 

 それが嬉しい。

 最高の好敵手と思った相手が、まだ全力ではなかったと知れば俄然、倒して超越したいと欲する欲が沸くのが戦士の性!

 

「フンッ! 貴様に非難される筋合いはないぞ、ランサー!」

 

 だが言い返すセイバー・オルタにとっても、条件は同じ。

 彼女の側もまた、ランサーの振るう二槍の冴えが、初戦と比べて奇抜さと予想しづらい変幻自在さのバリエーションが大幅に増えていることを見抜いていたからだ。

 

「今ここでの戦いを倉庫街でも出来たはずのお前が、それをしなかったのはマスターから授けられた策と主命を優先したことで槍先が鈍ったからだろう!?

 故にこそ、全力で私を倒すため、策を用いぬことこそ貴様にとっての最善の策だったというわけだ! 嘗められたものだ―――なッ!!」

「ハッ! なるほど確かに! そこはお互い様と言うことかッ!!」

 

 バッと互いに距離を置き、一旦仕切り直す位置まで離れた後。

 ランサーは相手に向かって敬意を表する仕草を示し――凶悪な笑みを浮かべる相手に、凶暴な笑みを浮かべて微笑み返す。

 人差し指を突きつけながら、放たれる言葉は敬意と殺気に満ち足りた、『倒すべき敵』への賛辞を惜しむ意思なし。

 

「騎士王の剣に誉れあれ! 姿形はどう変わろうと俺は、お前と出会えてよかった!

 叶うのなら、黒く染まったらしき今の姿ではない、本来の貴様とも全力で死合ってみたいと思えるほどに!!」

 

 

 ――――ガギィィィッン!!

 そして再び、激突し合いを再開させる剣と槍の英霊たち。

 

 愉しかった。

 ただただ心の底から純粋に、今のランサーは楽しさを感じていた。

 

 思えば生前の戦いは、フィンと自分との私闘でしかないという想いが常に頭のどこかにこびり付き、外部より招かれた外法の刺客たち相手であってさえ、死闘を「楽しい」と感じることに後ろめたさを覚えながら二槍を振るっていた。そんな気が今ではしている。

 

 相手を選んだ戦い故に、慚愧の念が槍先を鈍らせるという事こそなかったものの。

 ただ純粋に強敵との競い合いを楽しみながら、相手を倒すために強さを求めるという、戦士にとって当たり前の感情を久しく感じることが出来ないまま、人生の後半生での戦いは占められていた―――そんな感慨。

 

 人として、騎士として、他人の命を殺めることは罪であることに間違いはない。

 だがそれでも、どうしようもない程に戦士という生き物は、強敵との戦いに、命をかけた死闘に、互いの命を奪い合うため切磋琢磨する非道なる行為に喜びと楽しみを感じてしまう、救いようのない性を持って生まれた者達だ――という事実まで否定することは決して出来ない。

 

 否定したところで、意味はないからだ。

 真実というものは言葉で語られるものではなく、目の前にあり、五感によって感じられるもの。

 

 どれほど言葉を尽くして否定したところで、感じてしまう感情を拒否することなど己自身の心ができず、感じるものは感じてしまう。どうすることも出来はしない。

 それが人の感情というものであり、人の行動を最終的に決するのは『理』ではなく『情』でしか有り得ない。

 

 だからこそ、否定に意味はなく。

 だからこそランサーは今、嘘偽りなく心の底から嬉しさと楽しさを感じて戦っている。

 

 ただ純粋に、悩みも迷いも無く、後顧の憂いすら気にしなくてよいと言ってくれた仮初めの主だけを得て。

 目の前の相手を殺すため、憎しみも憎悪もなく、ただ純粋に知恵と勇気と力の限りを尽くして、必殺の刃と刃をぶつけ合う。

 

 求め続けた、忠義の騎士としての本懐とは異なる。

 だが、武を学ぶ者なら誰もが憧れを抱く戦士としての本懐を得て、心躍らぬ武人に武を語る資格が果たしてあろうか!? いや、無い!!

 

「それは私も同感だ、ランサー! 故に願いは第五次聖杯戦争にでも再び召喚されて叶えてもらうがいい。

 此度の戦いでお前の戦は、この夜を以て望み通り私が幕引きとしてやろう!!」

「ハァッ! 御免被るッ!!」

 

 いつまでも続くかに見えるほどに激しすぎる、剣戟と槍の活劇。

 戦いを愚かな行為と知りながら、それでも尚楽しいと感じてしまう己を否定することなく、全力で楽しいと感じて笑い合いながら殺し合う二人の騎士。

 

 それは人類が、何千年経っても戦いを止めることが出来ぬ、呪われた性を体現してしまっているような戦いだったかも知れなかったが・・・・・・それでも本人たち同士が心曇ることなく、本当に本心から楽しんで戦っている。

 

 それだけは嘘偽りの必要なく、真実の彼らの想いだったから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、そんな争いを止められぬ人類の愚かさを具現化しているような野蛮人共同士の戦いを横目にしながら。

 人類の愚かさを完全否定するためにこそ戦い続けてきた男が今、人生最大の矛盾と直面していたことをセイバーたちは、まだ知らない。

 

 

「なっ!? これは・・・一体・・・・・・」

 

 『魔術師殺し』と異名をもつフリーランスの暗殺魔術師・衛宮切嗣は信じられないものを見る思いで、目の前に転がっている受け入れがたい現実を前にして絶句することしか出来なくなっていた。

 

 廃工場の暗がりに身を溶け込むようにしたまま、外で演じられている戦いの行方には見向きもすることなく、当の騎士たち2騎の凄絶な繊維とも関係なしに効率的な勝利のみを求めて彼の瞳には今、滅多には浮かばせることのない焦燥の一念が微かに、だが確実に見受けられている。

 

 彼の頭と視界に、セイバーとランサーの勝負は文字通り眼中にはない。

 たかがサーヴァントに自分の悲願成就の成否を委ねられる精神性と、衛宮切嗣はもっとも遠距離にある魔術師の一人なのだから、任せて信じられる訳がない。

 

 ただ、勝負を長引かせてくれれば、それでいいと割り切っていた。

 勝負が長引けば長引くほどに、敵マスターの心は焦れる想いに身と心を軋ませる感情に揺られ続けることになるだろう。

 そうして生じた心の隙間に入り込み、切嗣と舞弥たちで敵マスターの身命を制する。

 

 それさえ達成すれば、サーヴァント同士の性能差や、勝負の結果としての勝敗に意味などまるで無くすことが出来る。

 ランサーの槍がセイバーに届いたとしても、セイバーの刃がランサーに届かなかったとしても。

 

 煎じ詰めれば、勝利を求める戦いでの答えは明白。

 ――敵マスターに命じさせてサーヴァントに自決を強要させれば、それだけで勝負は決するものなのだから。

 

 だが今、その信念を揺らがすような光景が、切嗣の目の前に“押し込められている”

 

 

「なぜ勝てない? あそこまで舐められ、手心を加えられておきながら、なぜランサーの槍はセイバーに届かないのだ!?

 煎じ詰めれば、答えは明白。要するに、キミは弱いのだよウェイバー・ヴェルベットくぅ~~ん。

 確実な勝機がないのなら、いっそマスターを連れて逃げるべきであろうにウェイバーく~ん。

 魔術師とは、あらゆる固定概念に囚われることなく結果のみを追求すべきだと、いつもいっているではないかねン~~~??」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

 明らかに、人体の構造的に無理があるポーズになった姿で、古びて狭苦しい破棄されて大分経っていたロッカールームの一角に押し込められるようにして入っていた、時計塔の神童ロード・エルメロイことケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 

 その神童を、目が変な方向に向けられたまま、意味分かんないことベラベラ一人で喋り続ける、見るからに頭おかしくなった変わり果てた姿という形で、今ようやく発見して唖然とせざるを得なくなるしかなかったから・・・・・・。

 

 工場入り口の正面から堂々と、敢えて城攻めをする騎士様のように突撃させたセイバーを迎撃するためランサーが姿を現し、戦いに没頭し始めたのを確認した後に切嗣と舞弥は裏口から忍び込むことに成功していた。

 霊体名化できる護衛のサーヴァントが囮によって足止めされている隙に、ケイネスかソラウを確保し、いずれかを人質としてランサーに令呪による自決を強要させるためにである。

 

 理想としては、ソラウを先に捕らえてケイネスを脅迫するのが最善手だが、順番が逆でも然して問題視するほどの違いはない。

 

 どのみち夫婦揃っての時計塔への生還は、絶望的な状況に陥っているのが現状のランサー陣営なのだ。

 この戦況の中、サーヴァントを『使い魔如き』としか認識していない魔術師らしい魔術師の典型とも呼ぶべきケイネスが、自分たち夫婦の安全と引き換えに英霊一騎を人身御供に捧げるのを拒むなど、まず有り得ないと見ていい圧倒的不利すぎる状況。本来マスターの妻でしかなかったはずのソラウなら尚更だ。

 

 もともと経歴を見る限り、ケイネスにもソラウにも命を賭してまで聖杯を求めるほどの悲願を抱いているとは考えづらい。

 大方、自分が撃ち込んだ『起源弾』によって魔術師としては再起不能になったことで自暴自棄に陥り、聖杯の奇跡による回復しか復帰の可能性はないという理由で戦いを継続しているだけなのがランサー陣営のマスター・エルメロイ夫婦の事情だろうと切嗣は推測していた。

 

 ならば、魔術師として再起不能という恐怖よりも尚重いデメリットを、片方の賭け皿に載せ、残る皿に『命だけは長らえる可能性』を載せた天秤を提示してやれば良いだけのこと。

 なんならアインツベルンの名を、保証として使ってもよいかもしれない。

 

 たったそれだけでケイネスは、ランサーを見捨てる。見限るだろう。

 誰しも自分や愛妻の命は惜しい、すでに死んだ命のそのまたコピーでしかないサーヴァントの命や信頼関係と釣り合いが取れると考える魔術師など、まずいない。

 

 そういう算段の元、2人して工場内へと密かに侵入して、予想していた戦場を監視できる位置で発見できなかった標的を、ようやく発見できた結果がコレだ。

 切嗣としては流石に、口元を「ヒクッ」とさせずにいられなかった――かもしれない。目撃者が頭おかしいケイネスだけだから分からんけど。

 

「なんて・・・ことだ・・・・・・っ」

 

 食いしばるように噛みしめられた口元から、切嗣が独白を漏らす音が小さく響く。

 せっかく裏口から気付かれずに侵入して、当初に予想したポイントにいなかったケイネスたちを捜索し始め、めぼしいところは全部見て回ってもいなかった相手達を「どこかに必ず潜んでいるはず」と、もう一回最初から探し直しても見つからず。

 

 遂には発見される覚悟で、手当たり次第に工場内にあるものを全部ひっくり返す勢いで2人だけの人間を捜しはじめ、業務員用だったと思しきロッカールームに並べられていた壊れたロッカーまでをも一つ一つ空けて中身を調べていった末に。

 

 ようやく最後に一つだけ残っていた、裏口脇の警備員用だったらしい小さな個室の壊れたロッカーの中で、折りたたまれるようなポーズで入っていた“ソレだけ”をようやく発見することが出来たというのに・・・・・・ッ!

 

 こんな状態では到底、令呪によるサーヴァントへの自決を命令させるなど出来るわけがない。

 脅迫も交渉も通用しないだろう。

 試しに演技である可能性を考えて、殴ったり蹴ったり銃口をこめかみに押しつけてみたりしたものの、焦点が合わない視線のままで訳のワカラナイ戯言を呟くばかり。

 

 

「なんという、ことだ・・・。

 何故こんなことに・・・ッ!!」

 

(注:自分が原因でなってる状況です)

 

 

 近い過去の数日前にアインツベルン城を攻めてきたケイネスに起源弾を撃ち込んで魔力回路暴走させ、ランサーが迫ってきたという知らせを受けて撤退の足止めに発砲した通常弾が、廻り巡って今『魔術師殺し衛宮切嗣』の方針と相容れない選択肢を彼に強要するため、変なポーズをしてロッカーの中に収まっている。

 

 念のため蹴ったときに、ケイネスの腕には残る令呪全てが聖痕として刻まれたままの状態で維持されていた。おそらく起源弾を受けて生き残ったときには既に今の状態へと陥ってしまった後だったのだろう。

 持ち主の承諾なしに令呪の継承をおこなうことは不可能に近く、仮に出来たとしても相手を殺して所有権そのものを強制的に移動させるか、なんらかの宝具による特殊効果に頼るしか他に方法はない。

 

 そして、令呪をもったままのマスターを殺したとしても、サーヴァントは即座に消滅するという訳ではなく、本人が貯蔵している魔力分を使い切るまでは単独でも現界し続けることが可能になっている存在達だ。

 

 その間に別のマスターと契約されてしまったのでは元も子もなく、また可能性は低いもののサーヴァントを残したまま夫だけを殺した場合には、令呪とマスター権が妻のソラウに移譲してしまうだけで終わる危険性が出てくることになる。

 ソラウの所在が掴めていない現段階でソレが起きれば最悪、逃げ切られる恐れすら有り得るだろう。

 

 つまり衛宮切嗣は―――ランサーとの勝負をセイバーに託して、勝利を信じて待つしか他に選べる道がなにもない。

 

 そんな不本意すぎる立場へと、今の彼は立たされてしまったことを、頭おかしくなったケイネスの発見は意味してしまっていたのである。

 

「――舞弥、どうだ。ソラウ・スフィアリは発見できそうか?」

『・・・・・・いいえ、切嗣。申し訳ありませんが今しばらく時間が必要です。少なくとも私が見回った限りでは、工場内に私たち以外の姿を発見することは出来ませんでした』

「そうか・・・」

 

 一縷の希望を託して連絡を入れた舞弥からの報告でも、芳しい情報は得られなかった。

 長く放置され続けてきたゴミ箱の底や、掃除道具が詰め込まれたままだった用具入れまで調べさせているのだが・・・・・・

 

 敵マスターの令呪を以てサーヴァントを消滅させ、その後にあらためてマスターも抹殺する完全無欠の障害排除。

 そのためにランサーと戦って勝利することではなく、切嗣がケイネスかソラウのいずれかを籠絡する間だけランサーの注意を逸らしておくだけでいい陽動役に過ぎなかったはずのセイバーが、事実上この戦いの勝敗を決することが出来る最大のキーマンとなってしまった想定外過ぎる現在の状況。

 

 

 聖杯によって世界を救うための戦いに勝利するため、英雄などに世界は救えないと「魔術師殺し」としての道を歩み、最も効率よく確実に求める結果を手にすることができる方法を実行し続けてきた自分が、英雄を信じた勝利によってのみ悲願成就へ近づくことが可能になる。

 

 皮肉すぎる構図になってしまったランサー決戦、その現状。

 

 

「・・・馬鹿な・・・。確かに、この状況下で僕がコイツを殺しても大した影響は与えられない・・・。セイバーに任せるしか手段はないのだろう・・・。

 ――だが! それでは僕が今まで続けてきた戦いは・・・ッ! 魔術師殺しとしての戦い方は、こんなものでは・・・ッ!!」

 

 

 激しい葛藤を内側に抱えながら、想起するのは現実に裏切られ続けてきた過去の悲劇、惨劇、裏切りと絶望だけに満ちあふれた救いのない地獄の戦場。

 

 騎士なんぞに世界は救えないと信じて。

 過去の歴史がそうだったように今これからも同じと信じて。

 

 希望なんてものはない戦場を。掛け値なしの絶望だけがある戦場を。敗者の痛みの上にしか成り立たない勝利という名の罪科だけがある戦場を。

 

 戦いの手段に正邪があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出し、歴代の英雄どもが幻想を売り込んだせいで、一体どれだけの戦場の名誉に誘惑されて血を流し、死んでいったと思っているのか!?

 

 そんな人殺しの勇猛果敢な英雄サマを信じて任せることでしか、世界を救うことができないのか!?

 奴らが華やかな武勇譚で人々の目を眩ませてきたせいで! 血を流すことの邪悪さを認めようとしない馬鹿共が余計な意地を張るせいで!!

 

 人間の本質が石器時代から一歩も前に進めなくなってしまっているのは全部! 奴らが余計なことをやったせいだというのに!

 その場に立ち会ったすべての人間が闘争という行為の悪性を! 弁解の余地なく認めなきゃならない愚かしさを! 

 それを悔やんで最悪の禁忌としない限り蘇ることになる地獄の戦場が、この地上に何度でも蘇り続けている原因は、奴らが幻想をバラ撒き続けたせいだというのに!!

 

 そんな連中に! 戦場の幻想を信じさせる英雄に!! 

 魔術師殺しのやり方で世界を救う道を選んだ自分が、聖杯を勝ち取って世界を救うための戦いに勝利するために、英雄同士の果たし合いに託すという手段で臨むしかなくなる――そんな状況に自分が――ッ!!

 

 

「捨てろというのか・・・っ。僕に、魔術師殺しとしての殺し方を・・・ッ!!

 この、僕に・・・ッ!!!」

 

 

 明らかに考えすぎとしか言いようがない思考に陥ってしまっているらしき、自己のアイデンティティー崩壊と言うほどではなくとも相反する矛盾した選択を強いられてテンパってるらしい切嗣さん。

 

 そんな戦場の幻想完全否定を掲げ、今日まで魔術師殺しとしての戦いを続けてきた自分自身の今までの過去と激しい葛藤を繰り広げている廃工場。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 セイバーとランサーが隠し球を警戒する必要もなくなり、全力全開でぶつかり合い。

 衛宮切嗣は条件の変化によって、『魔術師殺し』の殺し方で殺しても大した効果が得られなくなり。

 

 己の信念と相容れないことにイライラさせられながらも、サーヴァントを信じて任せることしか出来なくなってしまった、廃工場前でのランサー陣営とセイバー陣営との最終決戦。

 

 それは決して企図した結果によるものではなかったが、期せずしてランサーと初めて出会い、ライダーによって乱入されて混戦状態に陥ってしまった『始まりの夜』での戦いの流れを凝縮して再現したものへと成り果ててしまっていた。

 どちらも相手の一撃を凌駕する会心の一撃を追い求めながら。

 

 だが、力押しの破壊力を一本の剛剣に込めて振り下ろされる黒く染まった剣の騎士王と。

 斬りつけられた傷を癒やさぬ呪いの単槍と魔力を貫く魔の長槍を振るう二槍の騎士では、追い求め続ける必殺の一撃が同じではない。異なりすぎている。

 

 

「ハァァッ!」

「ふんッ!!」

『ツァァァっっ!!!』

 

 

 ――シャキィィンッ! シャキンッ!!

 ―――ズシャッ! ぎりりぃぃっ!!

 

 様々な横やりを受け続け、後回しし続けるしか道がなかった付かず終いの決着を、遂に果たす刻がきたことへの悦びに心躍らせ、剣筋にも動きにも表情にさえ満面の喜色を浮かべ合いながら、三本の長さが異なる刃をぶつけ合い続ける二騎の英霊たち。

 

 止まる理由がなく、刃を止める理由をなにも持たず。 

 だが、焦るべき理由も何もない。

 

 まるで子供のように無邪気に、純粋に、何の憂いも矛盾も抱くことなく、ただ己の技量を競い合う・・・・・・生前には得られなかった、戦士として夢のような時間。

 

 いっそ、このまま刻が永遠に止まってくれたらと思えるほどに。

 この勝負が永遠に続いてくれたらと願うほどに。

 

 だが――夢は所詮ユメ。

 子供の夢は、いずれ必ず冷めるもの。

 

「チっ――てぇぇりゃゃぁッ!!」

 

 いったい10合目なのか100合目だったのか、それすらも肉眼では判別しきれなかった剣戟を交わす中。

 やおら両者は距離を開け、互いの間合いからも離脱しあい、背を向け合うという形で一瞬の停滞が訪れたかに見えた。――その刹那。

 

 再び二色の機影は全速力で正面からぶつかり合い、黒い刃が暴風となってランサーの頭上から振り下ろされる!

 

「ふっ・・・なんのッ!」

 

 だがランサーは涼しげな笑みを浮かべながら必殺の黒剣を――躱さない。

 むしろ赤の魔槍を前方へと突き出し、黒く染まった暴君の首を穿ち抜かんとする一突きを放つのみ。

 

 それは互いに、決着を狙った一撃ではない。

 《ゲイ・ジャルグ》には魔術的な防御を突破し、武器に付与された効果をも槍と打ち合う場合には無効化させる力が備わっている。

 だが、それを抜きにした物理的な手段としてだけ見た場合でも、あの長大な大剣での振り下ろしをリーチの長い長槍で防ごうとすれば確実に折られるのは確実だ。

 

 ならば、躱すよりも前に出る反撃こそが結果として回避をもたらす。

 魔力の守りを無効化する《ゲイ・ジャルグ》は、セイバー・オルタのまとう鎧が青色であろうと黒色であろうと一切の別なく、槍先の触れた箇所の装甲を切り裂いて内部へと刃を届かせる。

 

 しかし仮に、赤色の魔槍で内臓を貫き通すのに成功しただけならば、勝利はセイバーの手に落ちて自分の消滅は確定するだろう。

 致命傷ではない深手の一撃を負っただけの損害を無視して刃を振り下ろされれば、相手を貫いた対置にいる自分は、敵の間合いのただ中に入り込んでしまった状態になるのだから。

 槍に貫かれて深手を負った相手と、大剣を頭上から受けて脳天を割られた己・・・・・・どちらが戦場の勝者たり得るかは考えるべくもない。

 

 それを避けるため、敢えてランサーは前に出て突きを見舞った。――“敵の右肩”を狙っての一撃である。

 たとえ刺し貫かれた損害を無視して前に出続けたいと望んでも、剣を持つ腕を支える肩が止められてしまったのでは切っ先を予定した位置へと振り下ろせるものではない。無事な片手に持つことは可能だが、その隙に敵は退避するだろう。

 

 無論その程度が先読みできぬ弱敵が、セイバーのサーヴァントとして自分と歯を競い合えるわけもない。

 これは敵手に、そうなる危険を悟らせることで攻撃を断念する決断に至らしめるための、回避のための一撃だった。

 

 そのため、保険として左手の《ゲイ・ボゥ》は腰だめに構えたまま、いつでも繰り出せる状態を維持している。

 二本の魔槍どちら共が健在であることが、ランサーの防御面での優位性を未だ維持させ続けている最大の要因。

 この守りを突破できるナニカが得られぬ限り、暴君とて容易に守りを突破できるものではない。あくまで牽制のために放った一斬。

 

 その一斬に対処するためランサーもまた、回避のための一突きを放ち、

 

 

 

 

 

 ――――ガクン、と。

 

 

 

 

 

 凄まじいまでの脱力と、目眩にも似た脳への揺さぶりを感じさせられる。

 

 

 

(・・・なっ!? にぃ・・・・・・ッ!!)

 

 

 

 急激に襲われた肉体の不調に、ランサーは激しく混乱させられる。

 動かそうとしていた身体が鉛のように重くなり、水の中のように視界が揺らぐ。

 

 まるで槍の矛先に心臓を抉られたのかと錯覚するほど、肉体の内側から身体を削り取られているかのような激しすぎる不快感。

 

 血潮が吹き出すように、身体の内側から力が外部へ向かって抜け落ちて、羽毛のように軽々と感じていたはずの愛槍が、鉛の塊のように重く感じられ、自らが自らでなくなっていく―――そんな認識。

 

(ぐ・・・っ、う゛・・・・・・っ!)

 

 原因不明の急激な弱体化現象は、発生したときと同様に消え去るときも突然に訪れ、ランサーは既に決定して動き出していた予定の仕草を再動させ、前方に向かい神速の刺突を繰り出していく。

 

 常人の目には、一瞬の停滞すらないまま光の速さで赤い軌跡が、漆黒の暴風へと迷うことなく直進していった―――そのようにしか映らなかったであろう、刹那の停滞。

 

 だが、この敵を相手に一瞬の停滞は・・・・・・あまりにも遅い。遅すぎる。

 

 

(チィっ! 槍が――重いッ! 間に合わないか・・・!!)

 

 

 既に目前まで迫りくる軌道に乗ってしまった後になっていたセイバー・オルタの黒剣を視認して、ランサーは手遅れになってしまった己の回避失敗を悟らされる。

 まだ頭上に届くには距離はある。だがサーヴァントにとっては至近距離と言っていい程度の僅差の間合い。

 

 今から槍を突き出しても、届くより先に相手の剣が脳天を割り砕く。

 単槍で防ぐには、巨剣の斬撃は大きく、重い。

 真っ二つにへし折られ、そのまま頭蓋まで纏めて両断されるのがオチでしかない。

 

 一瞬の油断が許されず、刹那のミスが勝負を決する決戦の場でランサーは致命的な後れを取ってしまったのだ。

 それは初戦において、足下のアスファルトの足場に生じた、ごく些細な支障によって動きの停滞に付け込む形で魔力ブーストした相手の突撃を迎え撃ったのと同じ状況。

 

 だが、あの時は隠し札の《ゲイ・ボゥ》に誘い込むため、敢えて示してやった囮の隙。

 結果として失敗し、相手には何程のことがあったとさえ思われなかった程度の効果しか得られずに終わった内訳での出来事だった。

 だが・・・・・・今この場で同じ体勢に陥るのと、あの時に同じ状況へと誘い込んだのでは雲泥の差がある。自分も相手も、あの時とは全く違う。

 

 

「―――チィィッ!!!」

 

 

 避けきれぬと瞬時にして悟らされたランサーは、一瞬の半分にも見たぬ時間で土壇場になっての方針変更を決断する。

 槍を突き出しての回避を断念した身体を無理やり捻りあげ、黄の単槍をもつ左腕を強引に前へと突き出させ、腰を捻りながら大きく腕を振るい、《ゲイ・ボゥ》での薙ぎ払いをセイバーに放つ!!―――という道も選ばず。

 

 彼の右手にあった単槍は今、中空の上に存在していた。

 大剣をふるって大上段から迫りくるセイバーの、顔面へと直進するコースの軌道上に、その矛先を向けた姿勢で投げ放たれていたのである!!

 

 『投槍』だった。

 彼の『光の神子』が巨人を打ち倒した時にも用いられた、伝統的な槍術における戦い方の一つ。槍の使い手としてディルムッドも当然その扱い方は熟知している。

 

 唸りを上げ、風を切って飛来する。

 その先にあるのは、黒く染まって暗い色へと変色した――灰色の右目。

 

 《ゲイ・ジャルグ》と違い、魔力の守りも物理的な防御さえも独力だけの性能では突破できる機能をもたない呪いの黄槍。

 だが《ゲイ・ボゥ》には、『その刃で受けた傷を癒やさせない』という呪的な効果が付与されている。

 

 初戦で見せられて以来の教訓として、黒い甲冑を纏ったままの状態での戦闘をおこない続けているセイバー・オルタ相手に、当たり判定の大きい胴体を狙うのは得策とは言いがたいが、顔面ならば即死までいかずとも避けきれず効き目を掠めただけでも《ゲイ・ボゥ》は事実上の致命傷になりかねない!!

 

 

 だが――

 

「――っ、はぁッ!!」

 

 大前提としてディルムッドは、ランサーのサーヴァントではあっても『光の神子』ではない。

 クー・フーリンと同じ、必殺必中の投擲にまつわる逸話を保持してはいない。もし持っていたならば、キャスターとの決戦で苦戦する必要はなかった。

 

 ――ブゥンッ!!

 

 己が眼球へと迫りくる黄色の閃光を至近に収めながら、尚も余裕をもってセイバー・オルタは刃の軌道を変え、振り下ろす途上にあった黒剣は急速接近しつつある黄の魔槍に斜め上から唸りを上げて叩き込まれ。

 

 ――カキィィッン!!

 

  甲高い音を立てて中心から真っ二つに折られた単槍は、剛力の刃を叩きつけられた衝撃によって飛翔する方向すらねじ曲げられ軌道を維持することすらできず、容易に黒き騎士王のサーヴァントに回避を許すことになる。

 

 二本に別れてしまった単槍の断片たちは、互いに明後日の方向へと短い間だけ飛翔した後。

 魔力供給の糧を失って現界を維持できなくなったサーヴァントの武装として、光の粒子となり宙へと吸い込まれるように消えていき、消滅してしまうことになる。

 

 結果としてランサーは、己の鉄壁防御を支える宝具の片割れを、なんの効果も損害をもたらすでもなく、ただ無意味に使い捨てて無駄打ちの浪費をした。・・・・・・それだけでしかなかったという評価が事実として正しくなる行動を行ってしまった事になるのだが。

 

 それでも尚、一旦後退するための時間を稼ぐことだけには成功したのも事実である。

 

 

 大きく距離を開け、騎士王の間合いの外側へと完全離脱を果たしたランサー。

 その面持ちには苦々しい色があったが―――しかし。

 

 だが彼は、どこまで行ってもランサーの英霊であり、ディルムッド・オディナだった。

 常に我が身の苦難よりも、他者の心の痛みに想いを致す槍兵。少なくとも今、召喚に応じた平行世界の彼は原典通りの人格を変えるべき理由はもっていない。

 

 

「・・・・・・・・・私より先に逝かれたか・・・・・・我が主よ・・・・・・」

 

 

 敵を警戒しながら、僅かな間だけ瞠目して呟いた事柄は、他者の身命。

 彼は数舜前に、自身の身に起きた不可解な弱体化の理由を正確に把握していたからだ。

 

 確かにランサーには『神童エルメロイ』の絶技によって、サーヴァントへの魔力供給パスの分割がなされ、マスターを失った現時点でもソラウからの魔力供給によって現界を保っていられている。すぐにも消滅する恐れはないと言っていい。

 

 だが、あくまでランサーのマスターとして『令呪』が刻まれていたのはケイネスであって、ソラウではない。

 たとえ魔力供給を別の者が担ったとしても、令呪による繋がりまで代替できるというものではなく、あれ程の魔力の塊があるのとないのとでは影響を受けない方が異常でもある。

 

 ならば考えられる事柄は、たった一つしか有り得なかった。

 

 

 ケイネスが、死んだのだ。

 おそらく、敵にかかって。

 

 

「・・・・・・我が主が、討たれたようだ。討ったのはやはり、貴様のマスターか? セイバー・・・」

「――そうだ。おそらく、ではあるがな。それが戦場と言えど、勝負に横やりを差されたことは、やはり不服か? ランサーの英霊よ」

「・・・・・・・・・いや。俺の意思は先と変わらない。不服はない――」

 

 瞼を閉じて瞠目し、亡き主の冥福を僅かな間だけ祈った後―――ランサーは瞳を開き、

 

 ――ギロリ、と。

 

 好敵手であり、仇ともなったセイバー・オルタに獰猛な瞳を向け直す。

 壮絶な笑みを浮かべ、凛烈にして透明な闘志と殺意のみを宿した意思を込め、最後に残った一本の長槍を握り込む両の手の平に力を込める!

 

 

「・・・これで理由ができた。主の仇討ちだ。令呪が失われた以上、俺は遠からず消滅することが既に確定した身。

 主に聖杯をもたらすという騎士としての誓いを果たせず終わるのは無念だが・・・・・・せめて貴様と、そのマスターの御首だけは獲らねばケイネス殿に合わせる顔がない!

 死に土産をいただくッ! 最期の刻まで付き合ってもらうぞ!! セイバーっ!!!」

「ハッ! 主君を失った敗残兵最期の足掻きか!――いいだろうッ。

 王として、逆賊へと落ちた貴様に引導を渡す栄誉を与える! 王直々の裁きを受けて逝けることを光栄に想い、そして死ねッ!! ランサーッッ!!!」

 

「ほざけぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 ――ガキィィィッン!!!

 ―――シャキン! シャキィン!! ズパァッン!!

 

 先程までの勝負を再び再開する、黒と青、二色の騎士のサーヴァント2人。

 しかし二騎の片割れだけは先程までと同じ条件は既になく、それまでは無かった条件を新たに付与された状態で、制限時間の課せられた勝負を勝利だけ求めてひたすらに、ひたすらに後顧の憂いなく鋭い突きを放ち続ける!!

 

 その勢いは先までとは比較にならず、さしものセイバー・オルタも今まで通りの減らず口を叩いている余裕を完全に損失し、攻撃を捌くだけに全神経を集中せずにはいられぬ程。

 

 たとえそれが燃え尽きる前に見せる、炎に残った最期の灯りに過ぎぬとしても。

 その熱量と勢いの凄まじさが尋常なものではないのは事実であり、死を前にした者が最期の足掻きとして示しただけの蛮勇でしかなかろうとも。

 

 その戦いで殺された者が死ぬという事実は、他の勝負となんら変わるところはないのだから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・仕止め切れなかったか」

 

 二色の騎士たちのぶつかり合いが、先程までより激しさを増した光景を遠目に確認した衛宮切嗣は、完全には自分の予測通りにはいかなかった結末に小さく舌打ちする。

 彼の傍らには、ケイネスの死骸が転がっている。

 

 眉間を打ち抜かれ、「ぽかん」とした表情を浮かべたまま、「なにがなんだかわけが分からない」といった顔になって永遠に時間が停止して『物』となった後の姿で。

 痛みすら感じられる理性すら戻らぬまま即死させられたのは、ケイネスの肉体にとって間違いなく幸いな死に方ではあったのだろう。

 

 多くの平行世界で悲惨な末路を辿る彼の魂は、清廉潔白なる騎士王が黒く染まった状態で召喚され、『悪』の力が強くなり『勧善懲悪』の理から外れた都市世界を人工的に創り出されていたことがある平行世界に近い部分を有するようになっていた、この冬木市での聖杯戦争によって穏やかな死に方を迎えることが許されたのである―――と言えなくもない。

 

 だがケイネスにとって、この終わり方はむしろ不幸だったかもしれない。

 何故なら既に正気を失って久しい彼の時間は、あの『アインツベルン城での決戦』で止まったまま、2度と動き出すことがなかったからである。

 

 言い換えれば、彼はあのとき既に死んでいたのだ。

 肉体の時間が、ようやく精神と魂に追いついた。それだけとも言えなくはないのが彼の死でもあったのだから。

 

「だが、まぁいい。予定から外れるという程でもない。

 後は今度こそ、お手並み拝見とさせてもらおう。かわいい騎士王さん」

 

 余裕めいた小さな笑みを浮かべ、手にしていたキャレコを降ろす。

 切嗣がソラウを発見することができていない状況のまま、敢えて『令呪』が近親者に移譲されるリスクを背負ってでもケイネスを殺したのには当然、理由もあれば目論見あっての決断だった。

 

 彼は何より、初戦の夜と同じく『予定にない部外者による介入』を最も警戒していたのが最大の理由だ。

 セイバー陣営にとってみれば、《ゲイ・ボゥ》を残したままのランサーが、この戦場から離脱して行方をくらまされることは、最大の不確定要素を解き放つことに等しい凶事だった。

 

 それだけを目的として、他の勢力が介入してこないとは限らないのが現在の戦況だ。

 初戦のときにはライダーだけが己の『趣味』を理由に早期決着を阻止しにきただけだったが・・・・・・彼らが戦う平行世界での聖杯戦争では些か様相が変わっている。

 

 

 ランサーの宝具《ゲイ・ボゥ》の性能が示されたのが、キャスターによる巨大海魔召喚時が初なのだ。

 

 

 多くの平行世界において、この流れは逆を辿っている。

 初戦で見せつけた宝具の効果を、キャスターとの決戦時に自ら消滅させる道を選んでいる場合が多数例だからだ。

 

 しかし、逆となれば話は変わる。

 ランサーの宝具《ゲイ・ボゥ》は、現時点で最大の不確定要素たり得る危険性を有する無視できない脅威とならざるを得ない。

 

 特にセイバーにとって、自由行動を許すことで被る選択肢の制限は、残存するサーヴァント中でも最大のものだ。

 ライダーの宝具に肉体による弊害は存在せず、アーチャーもまた最終宝具は別として通常宝具だけなら同様。

 様々な異能を有するバーサーカーには、幾つかの能力や宝具には受ける影響が小さくないのは先のキャスター戦で明らかだが致命傷という程になるかは微妙なところ。

 

 だがセイバーだけは、たとえ利き腕でなくとも全力使用ができなくなる傷を受けさせられる危険を持った、最悪のジョーカーになりかねないのが《ゲイ・ボゥ》だった。

 この段に至って、真の性能を露わにした宝具《エクスカリバー》が腕の不調で使用不能になるのは致命傷になりかねない。

 常は剣を使った斬り合いを演じる以上、足の障害も不利が大きく、眼球を損傷しての視界不良など問題外だ。

 

 

 ―――その危険物が今、消えた。消滅したのだ。

 

 

「あの宝具さえ消えてしまえば、ランサーはただ小綺麗なだけの騎士様に成り下がる。見た限り、ケイネスの近親者としてソラウへと令呪が移った形跡もない。

 今殺せなくても放っておけば、じきに消滅するしかなくなった相手だ。急ぐ必要性はまるで無い・・・・・・」

 

 苦笑とも微笑とも、あるいは憫笑とも取りようのある独特の笑みを口元に浮かべた切嗣は、取り戻された精神的余裕をもってセイバーたちの『騎士道ちゃんばらゴッコ』という無駄な浪費を敢えて許すことにする。

 

 いずれ消えるとはいえ、サーヴァント自身の貯蔵魔力を消費し尽くすまでは消滅しないのも事実ではあり、アレだけ派手に動き回って戦い続ければ消耗は増すばかり。

 それを求めて敢えて付き合ってやると考えれば、切嗣でさえ『騎士サマ同士の決闘遊び』に合理性を見出してやることも希にはある。

 

 《ゲイ・ボゥ》の消滅によって、ランサーとソラウを助けてやる程の価値がなくなった以上、他勢力が介入してくる危険性は去ったと考えていい状況に変わったことも寛容さの一因としてある。

 

 

 ――遠阪とは盟約を結んだとは言え、間接的にソラウを支援するだけなら約定違反には抵触しづらく、セイバー・オルタが看破した言峰綺礼による独走の可能性を有してもいる。

 

 バーサーカーのマスターは御遠川での戦いの中、時臣の魔術をまともに受けて焼死したか墜落死したようにも思われたが・・・・・・翌日のニュースで『火事で死んだと思しき焼死体』にまつわる話題が報じられていなかった点が切嗣には気になっていた。

 

 教会が隠蔽工作をした可能性もあるが、自分が射殺したキャスターのマスターと思しき日本人青年については『ガス漏れ事故騒ぎの最中に起きた謎の殺人事件』として報道されており、十年後の同市でも『過去の大火災における犠牲者』として記録されることになる。

 

 どのみち本当の死因を語るわけに行かないのは同様なのだから、片方だけの素性を隠して存在を晒し、残る片割れは存在そのものを無かったことにする。というのでは隠蔽工作として手落ちもいいところ。

 

 ―――おそらく、助かったのだ。

 自力で生き延びられる状態とも思えなかった点から、他者たちの誰かに助けられて。

 

 それをして、表向きは何事もなかったかのように周囲から思われている助け方ができる人物によって。その人物はおそらく―――

 

 

『切嗣。セイバーが攻めに転じました。どうやら勝負を決める気のようです』

「―――そうか」

 

 沈思黙考して、気になり続けている相手のことに気を取られすぎる悪い癖を発症させていた彼の耳元に、舞弥からの警戒を促す連絡が届き、切嗣はあらためて戦場全体を俯瞰できる視点と立場を己に課すよう意識させる。

 

 この段まできて番狂わせなど願望機並みの奇跡に近いだろうが、だからこそ窮鼠が猫を噛む挙に訴え出ることもある。まだソラウを補足できないままなのも事実ではあるのだ。

 最後の最後まで手綱を緩めず、敵の死を確実に確認するまで油断もしない。

 魔術師殺し衛宮切嗣の真骨頂は相変わらず健在なようだったが・・・・・・今回ばかりは彼の警戒は最期まで杞憂に終わりそうなのもまた事実。

 

 

 

 

 自らを召喚した魔術師『神童エルメロイ』は既に亡く、令呪はソラウに移譲されず、魔力供給を担う婚約者の実力は夫より遙かに劣り、令呪による性能アップの支援もない。

 

 ないない尽くしで、最盛期とは比べるべくもなくなり、遂には二槍使いの異形のランサーが、ただ『魔力の守りを突破できるだけ』の長槍一本だけを振るって戦う、ごく普通に『強いだけの槍兵』に成り下がっていた彼には、もはや戦局を打開できる手札がなにもなかった。

 

 自分だけの特別さを何も持たず、相手と同じことしかできない戦い方で挑み、ただスペックだけで乗り切ろうとした場合。

 純粋に数字の勝負にならざるを得ず、単純な足し算引き算で数値が高い方が勝つしかない。

 

 そうなるしかない勝負形式を挑んでしまった以上、何かしらの奇策でも用いて成功しない限り、順当通りの結末に順当通りいくしか他に至りようが無かった。

 

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

 ―――ザシュゥゥゥゥッ!!!!

 

 

 

 貯蔵魔力の残量が低下し、ソラウからの供給だけで全力戦闘の維持は難しくなってきたことで生じた一瞬の隙を見逃すことなくセイバー・オルタは大剣を袈裟懸けに振るい下ろし。

 

 出遅れたランサーは躱しきれぬと判断し、なんとか威力を削ろうと魔力の無効化能力をもった《ゲイ・ジャルグ》を刃の剣先に矛先を合わせる位置で凌ごうとしたのだが。

 

 それを察した暴君が、 

 

 

「獲ったぞ! ランサーッ!! うおりゃぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

 全力で黒く染まった聖剣エクスカリバーを、雄叫び上げまくりながら全力込めて無理やり押し込み、鍔迫り合いを力押しで強引に突破。

 そのまま相手の肉体ごと槍を真っ二つに引き裂いて消滅させて――――勝敗は決した。

 

 

「ぐ・・・み、見事だ・・・・・・セイバー・・・・・・。

 主殿・・・それに、ソラウ、様・・・・・・ご期待に応えられぬ無能なる臣の不忠をお許し下さい・・・・・・お先にて、御免ッッ!!」

 

 

 身体の中点を裂かれて血を吹き出し、全身を赤く染め尽くしながら、激しく吐血する凄絶な姿でよろめきながら。

 取れかかった片腕と共に揺れる肉体を無理やりに佇立させると、口元から血の筋を垂らしながらも悔いなど欠片も感じさせない、満ち足りた爽やかな笑顔で勝ち鬨を上げるように一声吠え。

 

 その瞬間、第四次聖杯戦争にランサーとして召喚されていたディルムッド・オディナは消滅していった。

 

 多くの平行世界で不満足の中、最期を迎える悲運の騎士が、勘違いと計算尽くの演技と欺瞞に満ちた演技でしかなかったものの、本人の中では下心無く尽くすに値した主人のために戦い抜くことができた満足のいく戦いの結果としての敗退という消滅を。

 

 

 そして―――

 

 

「素晴らしい! 素晴らしかったわランサー! 最高よ! 最ッ高っっ♡♡」

「え? ええぇぇッ!?」

 

 

 突如として響いてきた女声による大声で、最も驚かされちゃうアイリスフィール。

 それもそのはずで、いきなり現して叫び声を上げてきたケイネスの婚約者ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが姿を見せて叫んだのはアイリスフィールのすぐ近く。

 

 ぶっちゃけ、自分がセイバーと一緒に乗ってきて近くに立ったままだった車、メルセデスの反対側ドアの後ろだった。

 

 彼女がこんな所にいて、切嗣たちに見つからなかった理由は至極簡単。

 ランサーに出撃命じて、正面入り口前の広場でセイバーと交戦しはじめて、切嗣たちが裏口から工場内へと投入した後。

 

 ケイネスが初戦の夜に使ってたのと同じ、姿隠しの魔術を使って正面入り口から遅れて出てきて、アイリスフィールの近くにある車付近で大人しく隠れて観戦し続けてたのである。

 そこが一番安全そうだったからこそのチョイスではあったが・・・・・・そりゃまぁ工場内を切嗣たちが幾ら探しても見つからないわな当然だけれども。

 

「ディルムッド・・・・・・貴方は最期の瞬間まで、私からの指示を守って、ケイネスが死んだと知った後も夫の仇討ちと私の敵を倒すために戦い、そして散った・・・・・・。

 私たちのために貴方は死んだ! 私からの指示を守って戦った結果として!!」

 

 蕩々とした表情で主演女優さながらに語り続け、比較的近くにいるアイリスフィールには見向きもしない。

 

 恋する少女のように頬を赤く染め、息を荒くし。

 動悸が激しく脈打って、吐息を何度も何度も吐き続け。

 

 

「ハァ・・・ッ♡ハァ・・・ッ♡♡」

 

 

 とか言いながら。

 

 

「喜んでランサー!

 貴方は悦びの笑顔で死んで逝ったわ!!

 貴方が死んで、私も死ぬッ♪♪

 私は今、ようやく――――心の底から満たされたッッ♡♡♡♡」

 

 

「えっ!? あの、ちょッ―――」

 

 

 

 ―――ズバッ。と。

 

 手に持ってきていた、微弱ながらも魔力が込められてるらしいナイフの切っ先を、自分の首筋目がけて真っ直ぐ横へと切り裂いて。

 

 盛大に血を吹き出しながら、美しい容姿の肉体を己自身の鮮血で真っ赤に染め尽くしながら。

 

 ソラウ・ヌアザレ・ソフィアリは、己のサーヴァントには出来なかったが、『自分のモノ』にはなったと心の底から信じることが出来た男が消えた直後に後を追い。

 

 事切れて倒れ伏した肉体は、己の夫が召喚したサーヴァントが消滅した位置から、真っ直ぐ直視できるコース上にある場所で永遠の眠りについたのだが。

 

 

 

『『『・・・・・・・・・・・・???』』』

 

 

 

 本人以外は、誰にも理解しようがない死に方と死んだ理由で、いきなり現れて、いきなりナニカ叫んで、いきなり死んだ謎の奇行夫人の壮絶すぎる死に方と人生は。

 

 いったい・・・・・・どういう『記録』として、ディルムッド・オディナは《英霊の座》で待つ本体へと持ち帰ったのだろう・・・・・・?

 それは本人自身にすら分からない。解りようがない。

 

 サーヴァントはオリジナルの影をコピーしただけの代物で、消えてしまったら終わりの使い魔に過ぎないのだから。

 

 微妙に、自己満足バンザイって意味なんじゃないかと思えなくもない結末の仕方によって、ランサー陣営とセイバー陣営の長く続いた戦いは遂に決着することになる。

 

 

 

つづく

 

 

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