もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら   作:ひきがやもとまち

5 / 37
ACT4

 セイバー・オルタがランサーかライダーか、はたまたクラス補正を超越した強敵サーヴァントかの招きに応じてやってきた戦いの場は、海浜公園の東側に隣接する倉庫街であった。

 

 夜霧の漂う向こう側から、一つの人影が出てくるとともに声が聞こえる。

 

「よくぞ来た。今日一日、この街を練り歩いて過ごしたものの、どいつもこいつも穴熊を決め込む腰抜けばかり。・・・・・・俺の誘いに応じた猛者は、お前だけだ」

 

 低く朗らかな声で讃えてきたのは、両の手に一本づつ槍なり棒なりを持ったランサーらしき黒い影。

 

「その清澄な闘気・・・・・・セイバーとお見受けしたが、如何に?」

「さて、どうかな? そう見えて存外、バーサーカーかも知れぬし、ライダーかも知れぬ。いや、もしかしたらアーチャーかもしれんぞ、ランサー?

 世の中には二刀流を使うアーチャーもいるのだと、聖杯からは教えられているからな」

 

 くつくつと嗤い、嘘か誠か判別しづらい悪意ある聖杯からの情報提供システムを使った諧謔を飛ばした直ぐ後に、

 

「冗談だ」

 

 と顔を引き締め直す。

 

「その通り。いかにも私はセイバーだ。真名はアルトリア・ペンドラゴンと言う。わざわざ死ぬために出て来るのは構わんが、殺す前に貴様の名ぐらい訊かせて欲しいものだな、ランサーよ」

「ちょ、ちょっとセイバー!?」

「――っ!!!」

 

 セイバーの名乗りにアイリスフィールが慌てたことで、ランサーの顔に動揺と葛藤が漂いはじめる。

 仮にマスターらしき女の方が慌てなければブラフと笑って流せたが、真名を明かされて慌てて叫ぶ女の声に偽りの気配を感じ取ることは出来ない。

 

 

 ――つまり敵は本当に自分に対して、己の敗因にもなりかねない正体を明かしてきている!!

 

 

 ・・・・・・騎士道を重んじる彼にとって、相手が名乗りを上げてきたなら名乗り返すのが礼儀なのだ。だがそれは自分の真名を戦う前から敵に教えてしまうことであり、自分とマスターが用意した二段構えの罠の成功率を大きく低下させてしまう結果を招きかねない危うい賭けでもあった。

 

 なにしろ彼は、二刀流の剣士ではなく二槍流の槍使い。候補が限られすぎる上に、切り札である二本の魔槍は真名を知られていた場合に対策を施しやすくなる宝具の代表的な例ともいえる存在。

 

 勝利のため己が信じ貫くと決めた騎士道を裏切るか、それとも今生だけの主に対する忠義を捨てて己が騎士道を取るか。どちらにしても彼にとって本意ではない道を行くことになり、苦渋の決断を強いられることになるであろう。

 

 

 

 ――対するセイバーの心理は、気楽なものだった。

 

 なにしろ目立つのが役目の囮役サーヴァントだ。名高い真名なのだから使わない方がおかしいとさえ思う。

 もし仮に名乗らなかったところで結果は変わるわけでもない。

 

 己の力を律していた清く正しい名君であるセイバーと違って、理想のための圧政を由と捉える暴君に反転した彼女には力を抑えるという気持ちが全くない。有り余る魔力をフルに使って全力で押しつぶすのがセイバー・オルタの戦い方である。

 

 だから魔力を消費して刃に風の結界をまとわせ剣の正体を見えなくする《風王結界》は無用の長物であり、最初から全力全開で行く気満々の彼女にとって『エクスカリバー・モルガーン』は見られること前提の宝具でしかないのである。

 

 色が違うだけで形や装飾に変化はない黒く染まった聖剣である。――バレる。必ずバレる。絶対にバレる。見ただけで一目瞭然なほどバレるのは確実な使い方しかする気がないので、自分から言わなくても知られるのが少し遅れる程度の誤差でしかない。

 

 その程度の情報で、敵が自ら仕掛けたトラップの内容を自白してくれるかも知れないなら言うだろう?

 ・・・セイバー・オルタにとっては、本当にそれだけの当たり前すぎる合理的判断に過ぎなかった選択なのであるが・・・。

 

「・・・すまない。私は騎士であると同時に、今はサーヴァントでもある身なのだ。主の許可なく真名を明かすことは出来かねるのだ・・・。

 これより死合おうという相手に、尋常な名乗りを交わし合えぬ無礼を許していただきたい・・・」

 

 めっちゃ申し訳なさそうに謝罪されてしまった。

 相手にとっては本当に重要な礼儀なのだが、合理主義者の暴君にとっては礼を失するわけでもないし、むしろ礼儀正しく名乗っただけなのだから恥じ入る必要性は全く感じない。

 

「是非もあるまい。もとより我ら自身の栄誉を競う戦いではない。お前とて、この時代の主のためにその槍を捧げると誓ったのであろう? ならば私と同じだ。気にするに及ばず」

「忝い。感謝する、セイバーよ」

 

 恭しく騎士の礼を取って、相手に謝意と感謝を捧げるランサーを見てアイリスフィールは思った。

 

(あ、これ絶対だまされてるなぁ・・・)

 

 ――と。

 セイバーの性格もだけど、普段から切嗣追いかけ回すときに一度も聖剣隠してるところ見たことないのを思い出して、多分これから始まる戦い方もあんな感じにやるんだろうなぁと思った途端に己の仮サーヴァントの思惑を察することが出来たのだ。・・・出来てしまったのだ。解らないままだったらシリアスな空気のまま初陣に臨めたのに・・・ちぇっ。

 

 ・・・そうして申し訳なさに歪む相手の顔を同情的な気分を抱いて見ていると、奇妙なことに気づく。

 一瞬だけであるが、魅了の魔術がかかりかけて、己のホムンクルスとして一流の性能を持つ肉体が自動的に坑魔力によってレジストしたのを感じられたのだ。

 

「・・・チャームの魔術? 既婚の女に向かって、ずいぶんな非礼ね。槍兵」

 

 アイリスフィールは抗議するが、ランサーはこれに苦笑して肩を竦めるだけ。

 

「悪いが、持って生まれた呪いのようなものでな。こればかりは如何ともしがたい。俺の出生か、もしくは女に生まれた自分を恨んでくれ」

「ほう? 魔眼ならまだしも、見た者が虜にされてしまう『魔貌』とは珍しい能力だな。

 それに二本の槍か棒、ランサーのクラスに選ばれる条件を付け足していけば貴様の真名も自ずと見えてきそうな気がするが・・・無粋はやめておくとしよう。

 我々は生前の事情に関わりなく、サーヴァントとして雌雄を決すると誓い合ったばかりなのだからな、ランサー?」

「・・・・・・本当にすまん。機会さえ得られたならば、そこな奥方には必ずや謝罪と精算はキッチリとさせていただく・・・」

 

 そして、セイバー・オルタの返しに深くうなだれてアイリスフィールに向かい頭を垂れるランサー。・・・なんか逆にかわいそうに思えてきたから、やめてあげようよセイバーと、心の中で思うアイリスフィール。

 なんと言うか、このサーヴァント。敵の方が憎みづらくなってくるほどに敵側っぽいところがあるのだけれど・・・。

 

 ちなみにセイバー、先のランサーが言っていた「女に生まれた自分を恨め云々」の部分を結構根に持っていたりする。

 「お前ごときに言われるまでもないわ!」と、言いたくなったのだ。言わなかったけれども、言わない代わりに逆襲してやったけれども。

 

 

「俺にとって最初の相手が誇りと礼節を重んじる騎士であったことに感謝を。――参る」

「ほう、尋常な勝負を所望であったか。誇り高い英霊が最初に討ち取る首級であったことは私にとっても幸いだ。――それでは、いざ」

 

 

 ま、なにはともあれ勝負開始である。

 

 

 

「・・・・・・始まっているな」

 

 アイリスフィールの発信器からの信号に導かれて、夜の倉庫街へと駆けつけた衛宮切嗣と久宇舞弥は、人気の途絶えた静寂とともに辺り一帯に張り巡らせた結界の中でセイバーとランサーによる聖杯戦争第一回戦に出会すことが出来ていた。

 

 もっとも、魔力を抑える気が微塵もないセイバー・オルタの全力戦闘は人間の魔術師が張った結界などいとも容易く透過して切嗣に己の居所を伝えてくれてたから、出会さずに見逃す方が難しかったわけだけれども。

 

「あの上からなら、戦場がくまなく隅々まで見渡せますが」

 

 10キロあまりある異形の狙撃銃を小脇に抱えた衛宮切嗣に、舞弥がそう言って指さしたデリッククレーンを一目見て切嗣は首を横に振った。

 

「たしかに、監視にはあそこが絶好だ。誰が見たってそう思うだろう」

「・・・・・・」

 

 皆まで言わせず、舞弥も切嗣の意図を理解する。

 誰にとっても監視に優位な場所なら、他の奴らだって見つけて上るに決まっている。

 つまりは監視するのに不向きな場所と言うことである。敵に見つからないのが絶対条件の監視役に、敵が来て当たり前の場所で陣取るなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 

 ――むしろここは、誰が見ても絶好の監視場所だと思える高所を、絶好のポイントだと思い込んで上ってくる馬鹿を撃つのに使う方が有効利用だと評せるのではないだろうか――?

 

 

「舞弥は東側の岸壁から回り込め。僕は西側から行く。――セイバーたちの戦闘と、それからあのデリッククレーンの両方を見張れるポイントに着くんだ」

「解りました」

 

 頷き、突撃銃を片手に走り出そうとした舞弥の眼前で切嗣は不意に顔を歪めて、苦み走った口調とともに『言葉の残り』を付け加えて彼女のことを見送った。

 

「・・・後はきっとセイバーの奴が上手くやってくれるだろうさ。あの、性格最悪でかわいくない騎士王さまがね・・・」

 

 

 

 

 

 

「ううぅむ・・・・・・」

「ど、どうしたんだよ、ライダー?」

 

 未遠川を見下ろせる冬木大橋。川幅を跨いで繋ぐ全長六六五メートル、高さ五〇メートル以上の威容を誇るビッグブリッジの上で、皮鎧の下にはなんも履いてない古代人の大男、ノーパンライダーは唸り声を上げ、その横で橋の鉄骨にへばり付いてるマスターの少年ウェイバー・ヴェルベットに不審げな声を掛けられていた。

 

 ランサーの挑発に気づき、「どうせだったら誘いに釣られて他の奴らが出てくるまで待とう」と言い出したサーヴァントに連れてこられて、こんな場所から彼の未熟な腕では見ることの出来ない遙か遠くで行われているランサーVSセイバー戦を見物させられてた彼なのだが。

 ここに来て何か異常が発生したようである。

 

「・・・・・・いかんなぁ、これはいかん。ランサーの奴め、早々に決め技に訴えかけざるをえん状態に追い込まれおった。マスターはともかく、奴自身は早々に勝負を決めたいと思っておる」

「そ、そうなのか? 僕にはさっぱり・・・い、いや、それってむしろ好都合なんじゃ――」

「馬鹿者。何を言っておるか」

 

 両手塞がってるし、恐怖で精神集中どころじゃないから魔術使えない、使ったら魔術刻印逆流して半身不随になるかもな状態のウェイバーには言われたままの戦況しか判るわけないから常識的な見解を示したわけだけれども。

 

 これが彼のサーヴァント、ライダー 征服王イスカンダルには通じない。

 「せっかく全員と戦い会えると思ってたのに、いきなり脱落者が出そうだから助太刀して配下にスカウトしよう」とか、トチ狂った理由でデコピンツッコミしてきやがる。

 

「もう何人か出揃うまで様子を見たかったが、あのままではセイバーかランサーのどちらかが脱落しかねん。そうなってからでは遅い」

「お、遅いって――奴らが潰し合うのを待ってから襲う計画だったじゃないか!」

「・・・あのなぁ坊主。何を勘違いしておったか知らんが・・・・・・余がランサーの挑発に乗って他のサーヴァントが出てこないものかと期待しておったのは一人ずつ探し出すより、まとめて相手した方が手っ取り早いと思ったが故なのだからな?

 異なる時代の英雄豪傑と矛を交える機会など滅多にないから、一人も逃す手はない。そう思っただけである。余は勝利を盗まぬのだ。そこのところを勘違いするでない」

「・・・・・・」

 

 あまりにも、あんまり過ぎるトンデモ理論の展開についていけなくなるウェイバー。

 聖杯戦争はバトルロイヤル形式じゃねぇぞ、サバイバルゲーム形式で競い合う儀式だぞ、勘違いしてんのはお前の方じゃねぇのか? ・・・なんて理屈は通じない。最初から通じるはずがないのだ。

 

 なぜなら彼のサーヴァント、征服王イスカンダルは反転してなくとも暴君なのだから。

 暴君にあるのは理屈ではない。ただ我意あるのみである。己のエゴで世界を壊し、己の良いと思える色に書き換えたいと望み、行動し、実行し、力尽くで成し遂げる。それが暴君だ。

 

 彼らにとって常道と呼べるものはない。自らの歩んだ後に出来るものこそが道であり、余人はただ自分の後ろから自分の引いた道を追いかけてくればそれで良い。それこそが暴君理論なのである。

 

「現に、セイバーとランサー。あの二人にしてからが、ともに胸の熱くなるような益荒男どもだ。気に入ったぞ、死なすには惜しい。いや、もう死んでいるから喚ばれてるだけれども!」

「死なせないでどーすんのさッ!? 聖杯戦争は殺し合いだってばギャワゥ!」

「勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の“征服”である!

 征服王たる余は、決して勝利を盗まぬのだ!!」

 

 胸を張って断言し、ライダーは立ち上がると腰の剣を抜いて一閃し、空中からライダーらしい乗り物であるチャリオットを喚び出した後。

 戦車登場の際に生じた雷の余波で揺られて騒ぐ己のマスターに向けて、こう付け加えるのだった。

 

「それにほら、あれだ。なんとなーく、あのセイバーとは気が合いそうな予感がするのだ。

 なんかこうー・・・キャラクター的に?」

「変なところで使える変な現代知識身につけてんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 ウェイバー、魂からの絶叫が未遠川に迸り渡った。

 

 ライダーが見たいと言って借りてきてやったレンタルビデオの中に『萌える航空自衛隊』などという「それ関連付ける意味あるのか?」的な疑問を抱かせてくる現代日本らしい作品が混じっていたことを、英語しか話せないし読めないウェイバーは知らない。

 

 でも、聖杯戦争で異なる国と時代の英雄たちと戦うため国籍無視した言語能力与えられてるサーヴァントのライダーは知っていた。

 

 ・・・つくづく、あの聖杯は呪われていた・・・・・・後にロード・エルメロイⅡ世と呼ばれるようになったウェイバー・ヴェルベットは、そう呟いたとか呟かなかったとか。

 

 

 それはさておき。

 

 

 ――倉庫街での死闘は熾烈を極めていた。

 アスファルトの地面が弾け飛び、周囲を囲むプレハブ小屋は紙屑のように衝撃だけで千切れ飛ばされる。

 

「どうしたセイバー。攻めが甘いぞ」

 

 そう言って揶揄するランサー。

 勝負は彼が一方的に責め立てるワンサイドゲームの様相を呈していた。――少なくとも、一見しただけではそう見えていた。

 

 ランサーは二本の獲物を最大限活用し、“虚”と“実”を巧みに使い分けてどちらの得物がフェイクか解らないよう技術の限りを尽くし、三十合ばかりの打ち合いの間に一歩もセイバーを己の射程内に入れさせることは許さなかった。

 

 しかし―――。

 

「強がりか? ランサー。だとしたら左頬のヒクつきを隠してから言ったほうが良かったな。窮状が敵に悟られる」

「・・・・・・」

 

 魔力で編んだ鎧をまとったセイバーから冷静に返されて、ランサーは押し黙るしかない。

 嘘がつけない彼は、事実を突かれてしまうと黙り込むしか選択肢が他にないのである。

 

 確かに彼は一歩もセイバーが、得物の間合いに入ることを許していない。むしろ攻めかけることで反撃し、退かせてさえいる。

 

 だがそれは、攻めるのを止めれば攻められる側に転落してしまう事実を承知しているからこその猛攻だった。

 攻めなければ敗れるという危機感が、彼に攻めるのを止めさせてくれなかった。ただそれだけのことだったのである。

 

(――くそっ! この女・・・・・・やりづらい!)

 

 内心で彼が罵らざるをえなかったのは、彼我の性能差ではなくて、ただただ『相性の悪さ』、それだけが互いの微妙すぎる戦局を支配する理由であると把握していた故であった。

 

 

 ランサーは確かに技に優れた英霊であり、筋力とても並のセイバークラスとほぼ互角には達している。片手に一本ずつ得物を持っているからと、両手で一本の得物を持つ相手にそれだけで押される理由にはならない。相手が自分よりパワーで勝る場合に柳のように受け流す技術は十分すぎるほど習得しているのが彼であるのだから。

 

 が、しかし。

 どう理屈をこねようとも、彼は二本で、敵は一本だけなのである。両手に一本ずつもって戦っているランサーと、両手で一本だけ持って全力で斬りかかってきているセイバーとでは威力に差が出るのは当然のことだった。

 

 しかもこのセイバー、こちらが仕掛けるフェイントとか受け流しとか、一切全く気にすることなく全力全開で叩き潰すことしか考えていない。

 

 力! ただ力!!

 全ての敵を力で押し潰さんとする圧倒的な破壊と暴力の意思だけで襲いかかってくるから、“虚”とか“実”とかほとんど意味をなしてくれない。

 

「壊してしまえば同じことだ!」

 

 とばかりに、フェイントだろうと受け流しだろうと腕ごと粉々に砕きに来るから、全力で捌くしかなくて堪ったものではない。

 もし仮に彼の宝具が、丈夫さと重さでは比類ない深紅の魔槍ゲイ・ボルグであるなら真っ正面から挑んで力押しで勝てたかも知れないが、残念ながら彼の宝具である槍は二本とも補助的な能力を付与されただけで普通に折れるタイプの魔槍である。

 手加減知らない、このセイバーなら全力パンチで折ってくるかも知れない。その程度の強度しかない。勝負にならんわ、こんなもん。

 

 そんな鈍器みたいな使い方で剣を振るってくる相手である。

 二槍流で技自慢の槍使いとしては、とにかく攻めて攻めて攻めまくって、敵に攻める機会を与えないのが一番安全なのであるが、攻めさせられてるだけである以上は主導権など手に入れようがない。

 

 圧倒的大軍で押し寄せてくる暴君の軍勢を相手に、一対一の決闘を潔しとする誇り高い騎士が孤軍奮闘しながら立ち塞がっているけれど、徐々に押し込まれていて敗色濃厚。攻める勢いが衰えたら一気に飲み込まれる・・・そんなところなのが現状の彼だったのだ。

 

 

『・・・我が主よっ! 宝具の開帳のご許可を!』

 

 堪らず彼はサーヴァントとマスターとの間でのみ伝わる念話で主に呼びかける。

 正直、この敵を相手に宝具の正体を隠しながら戦うのは不利すぎたし、ついでに言えば隠す意味がほとんどない。

 

 『ゲイ・ジャルグ』は破邪の効果を持ち、魔力を絶つが・・・このセイバーは何も隠す気がないまま斬りかかってくるだけなので、守りの鎧を貫き通す本来の槍らしい働き以外は使い道がなく、もう一本の『ゲイ・ボウ』は短槍であるがために強度が低く、セイバーの暴力の前では防ぐのに使った瞬間へし折られるだけだろう。奇襲目的での不意打ち以外、何に使えばいいのか彼自身も思いつかないぐらいなのだ。

 こんな敵を相手に、宝具と自分の真名隠し通しておいても本気で敗因にしかならないだろう。そう思わざるをえなかったのだ。

 

『――なに? 馬鹿を言うなランサー。まだ初陣であり、勝負が始まってから大した時間は経っていないし、なにより貴様が押しているではないか。だと言うのになぜ今の段階で宝具を開帳しなければならんのだ。戯れもほどほどにせよ』

(くぅっ・・・!!)

 

 彼としては心中で唇を噛むしかない。

 彼にだって、主の言い分も解るのだ。

 

 確かに聖杯戦争はまだ一日目だし、セイバーは初戦の相手でしかないし、宝具と真名知られるのは勝敗にも大局にも影響し過ぎるし、セイバー戦は自分たちにとっても聖杯戦争においても一回戦目でしかないし。

 

 今の時点で宝具を見せて得られるメリットは何一つない。むしろ失うものだけが多すぎる。デメリットばかりなのだ。ここで宝具を使わせて欲しいと願うのは、ただただ彼が『負けそうだから』という情けない理由だけしかない。

 

 とは言え、これらの事情を戦闘が本領ではない魔術師であるマスターに理解せよと言うのも横暴なのは彼にも理解できている。役割と専門分野が違うのだから、自分に解っていることが相手にも解って当たり前と思い込むほどに彼も傲慢な性格にはなっていなかった。

 

 ただ、今のままでは負けそうだという事実もまた、どうしようもなかった。

 

『・・・今のままでは私は敗北してしまいます! ここで聖杯戦争に敗退されたいのですか!? 我が主よ!』

『むぅ・・・』

 

 両手に一本ずつ槍を持ったテクニシャンファイター、ランサーの英霊、ディルムッド・オディナは自分の無能を晒す屈辱と、主に勝利を捧げる忠誠とを天秤に掛けて生前果たせなかった忠誠を選び取り、己の窮状を心の中で訴えた。

 

 ただでさえ敵の能力がセイバークラスの中でも突出して高いのだ。今のままジリ貧な状態が続いてしまえば、いずれは遠からず失血死してしまうのは目に見えていた。

 

 それに、隠さずに晒している得物の形状から見て、敵のセイバーが彼の名高き騎士王であるのは、ほぼ間違いあるまい。

 だとすれば偽装による手加減が通じる相手ではなかったとしても恥じ入ることは少しもないはずなのである。

 

 

 ・・・なんとなく訊いてた話と違って、戦い方が暴力的すぎるとか乱暴すぎるとか、圧政っぽいし暴君臭い気もするけど・・・・・・とにかく能力的には騎士王のそれで間違いない。ステータス勝負で自分が勝つ見込みは万に一つも存在しないのであるなら、後は英霊にとっての切り札、宝具を最大限使いこなして活路を開く! これしかあるまい!

 

『・・・わかった、宝具の開帳を許可してやる。そこなセイバーが私の見ている以上に強敵だというなら、速やかに始末しろ。これ以上、勝負を長引かせるな』

「了解した。感謝する、我が主よ」

 

 マスターからの返答に安堵してランサーは、片方の頬を歪めた笑顔を浮かべると、左手に持っていた短槍を、何の未練もないかのように足下へと放り捨てた。

 

「そういう訳だ。ここから先は殺りにいかせてもらうぞ、セイバー」

 

 その宣言を聞いた鎧姿のセイバーは動きを止め、黙ったまま考え込む。

 

(・・・短槍を捨てた、か。つまりは長槍の方が本物の宝具と言うことなのか? あるいは、宝具を餌にして本命は足下に捨てた短槍の方なのか・・・)

 

 サーヴァントは通常の武器では傷つかないが、魔力さえ帯びていれば傷つけることは可能となる。宝具で敵の注意を引きつけ、足下から魔力を帯びた短槍の一撃で貫き通せば自分相手だろうと勝てなくもない。

 

 ついでに言えば英霊一体につき宝具が一つだけという決まりもない。複数持っている奴も結構いる。例えば自分こと、アルトリア・ペンドラゴンのように。

 自分には出来ることが、相手には出来ないと決めつけるなど、生前の補佐官にしてみたら許しがたい無能怠惰な傲慢ぶりである。アレに説教されると長くてイヤだと思っているセイバー・オルタとしては両手に持ってた二本とも敵の宝具である可能性を疑わざるを得ない。

 

 だからと言って警戒したまま近づかないのでは勝負が出来ないのもセイバー・オルタという英霊である。

 飛び道具がないのだ。『エクスカリバー・モルガーン』で吹き飛ばすという手もあるにはあるが、アレは使えるまでに貯め時間が長くいる。全クラス中最速のサーヴァントであるランサーを前にして使いたい宝具では絶対にない。

 

(迷っていたところで答えは出ず・・・か。ならば――)

 

「ハッ!」

 

 気合いの声、一閃。

 セイバー・オルタは全身に纏っていた黒色の鎧を飛沫の如く四方に飛散させた。

 胸甲、腕甲、スカート状の長い草摺から足甲に至るまで、ただのひとつも残さず甲冑を除装してしまったのでる。

 

「思い切ったものだな。その勇敢さ、潔い決断、決して嫌いではないが・・・・・・」

 

 ランサーは突撃してくる寸前の猛牛を前にした闘牛士の如く、あえて挑発するかのような足取りで横へ横へと位置を変えていきながら、

 

「この場に限って言わせてもらえば、それは失策だったぞ。セイバー」

「さてどうかな。諫言は、次の打ち込みを受けてからにしてもらおう」

 

 そう返して首を鳴らしてみせるセイバー・オルタ。

 不適で不遜な態度ではあるが、頭の中は合理的な計算で埋め尽くされながらの発言であった。

 

(今言った奴の発言で、敵の狙いが私に守りの鎧を外させることにあるのは解った。近づいてきたときに不意打ちするのが狙い、というところだろう。

 ならば逆に私は守りを解くことで敵の奇襲を誘いだそう。罠を力尽くで食い破ってこそ、食らい甲斐があるというものだからな。おいしい獲物であることを期待しているぞ? ランサー)

 

「さて・・・では征くとするか。――魔力放出全開。

 うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 迸る咆吼とともに猛り狂う猪騎士王が、美貌の騎士を刺し貫くべく突撃を開始した!!

 『ディルムッドとグラニア』の伝説におけるラストシーンが今、覆されようとしている!!

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。