もしも切嗣が喚んだセイバーがオルタ化してたら 作:ひきがやもとまち
アイリスフィールは、ただ驚愕に息を呑んでいた。
いま彼女の眼前で繰り広げられている戦いの度外れた凄まじさに。
ともに甲冑を身に纏い、剣と槍とを鍔迫り合わせるというだけの、原始的な一対一の武人の対決。
だが迸る魔力の量が違う。激突するその熱量が違う。
ただ鋼と鋼が打ち合うだけで、これほどの破壊的な力の奔流が吹き荒れるなど現実ではあり得ない。
それを成すのが、サーヴァント同士による戦い。
たった二人のヒトガタが白兵戦を演じるだけで物理法則は蹂躙され、街が崩壊する。
それこそが聖杯戦争―――
神話、伝説の世界の住人を、現世に具現させて激突させるとは、そういう意味なのだという事実を今、アイリスフィールはこの世の人間誰よりも正しく実感させられている。
「思い切ったものだな。その勇敢さ、潔い決断、決して嫌いではないが・・・・・・この場に限って言わせてもらえば、それは失策だったぞ。セイバー」
「さてどうかな。諫言は、次の打ち込みを受けてからにしてもらおう」
そして戦いは早くも決着の時を迎えつつあるらしい。
ランサーが左手に持った短槍を投げ捨て、右手に持った長槍に巻かれた呪符を解く。
不吉な蜃気楼のように揺らめく魔力が長槍から吹き出し初め、それが彼の切り札『宝具』を使用する合図であるのは一目瞭然。
なればこそ、セイバー・オルタもまた退かない。主に勝利をもたらすための囮役として、隠すことなく己の肢体を世闇の中へとさらけ出し、薄着のまま敵へと向かい乾坤一擲の一撃をお見舞いするため走り出す!
見送るしかできないアイリスフィールにかけられるのは、援護の魔術ではなく言葉だけ。
勝利を願う一言に万感の思いを込めて、彼女は叫ぶ。――勝利をと。
「お願い、セイバー。この私に勝利を」
「イエス・マイ・ロード。勝利の栄光を我が姫君に」
つぶやき返し、それを合図に全速力で駆け出すセイバー・オルタ。魔力解放の上乗せによって、その速度はジェット戦闘機も搔くやと言うレベル。
そして交差する槍と剣のサーヴァント。
方や、敵が来るよう誘い出して罠を敷いていた二本槍の使い手。
方や罠にはまって敵へと突進させられた猪武者の黒き騎士王。
勝敗は歴然。――しかし・・・・・・。
ズシャァァァァァァ!!!
ガン! ガン! ガン!!
・・・・・・ドガッシャァァァァァァァッン!!!!
「『・・・・・・は?』」
姿なき敵マスターと、アイリスフィールが同時につぶやく間の抜けた声。
意味するところは「いま何があったんだ?」。
然もありなん。ほんの一瞬の交差の後、それぞれのサーヴァントは互いに所と場所を入れ替えてスタート地点を交換してから、遙か前方にあったコンテナへと真っ直ぐ突っ込んで激突してしまったわけだから、サーヴァントほど目が良くない人間とホムンクルスの二人には全く訳がわからないですよ。
「・・・とんでもない男だな、ランサー。まさか今のを避けられるとは思っていなかった。流石だと褒めるに吝かではない、見事な技だったぞ・・・」
先に戻ってきたのは、防御力で相手を上回るセイバー。魔術による治療が届く効果範囲外まで走って行ってしまったのと、エーテル体で出来ている肉体を持つサーヴァントには魔力の付与されていない物理ダメージは損傷の内に入らない。
なので回復すべき傷口が見えるところまで近づいてきてもらう必要性があったわけだけど、今回の場合はどちらもその必要性は皆無。
なぜなら『双方とも』、全くの無傷で最初の宝具の打ち出しを終えていたのだから・・・・・・
「・・・皮肉か? あれだけ万全を期した罠を破られたのだ・・・むしろ、流石なのはお前の方だろうよ」
遅れてやってきたランサーは、だが愉快そうなセイバーとは真逆に不機嫌顔。必殺の一撃で仕留め損ねたのもそうだが、それ以上に破られ方で意表を突かれたのが失敗の最大要因だったからだった。
「まさかあそこで『蹴りが来る』とはな・・・あやうく『ゲイ・ボウ』が真っ二つだ。
誉れ高き騎士道の祖が振るう剣は、いつから野卑た喧嘩殺法に成り下がっていたのかな? 名高き黄金の宝剣を振るわれる騎士王陛下」
そう言って笑い、顔の高さまで左手に持った短槍を持ち上げるランサー。
そのほぼ中心近くが大きく凹んでいるのを見て取った二人の魔術師は同時に「あ!」と叫び声を発していた。ランサーが用いようとしたトリックと、セイバーが用いたトリックの内容に思い当たったからである。
まさかそんなと疑問に思う二人の予想に応えるように、セイバー・オルタは愉快そうに秀麗な顔を歪めて嗤って答えを返す。是であると。
「戦いは勝って終わらなくては意味があるまい? もとより騎士ではなく、今生の主に勝利を捧げるため喚び出された、ただのサーヴァント同士による首の狩り合いなのだ。
まさか足を使うのは卑怯だ、などと言い出すつもりはないのだろう? ええ? フィオナ騎士団の一番槍、輝く貌のディルムッド・オディナ殿」
平然と一対一の決闘で蹴りを使って奇襲したことを宣言してくる、伝説の騎士王アーサー王。
だが、それもまた止むを得ない話だろう。なぜなら彼女は反転している。理想のため、手段は正当化されるべきとした暴君としてのアーサー王が彼女なのだ。
願った理想が、尊い未来が勝利の果てに待っているというのなら、たかだか騎士道などという自己満足のエセ正義に拘泥するつもりは些かもないのが今の彼女なのだから。
結果として守りたい人たちが守られるのが重要なのだ。自分の個人的な誇りだの信念だのを守るために戦っているつもりはない。人のために戦うというなら、つまらぬ見栄だの意地だのは勝利のために捨てて実を得るのが正しい統制社会の道であろう。
「さて、どうする? お互い真の名も知れたところで、ようやく騎士らしい尋常な勝負を挑み合えるわけだが――それとも決闘に蹴りを用いるような黒く染まった騎士王相手では不満かな? ランサーよ」
「戯れ言を。この程度の横紙破り程度で相手に気兼ねしていたのでは戦働きなど務まらぬ。むしろ戦場で過ごした勘がようやく戻ってきて爽快だよ」
毅然として言い放ち、笑い合う二人。
もっともディルムッドの方は内心で思うところが無いわけではない。
確かに相手の真名は知れた。確証も取れた。クラスから見ても、宝具は間違いなく“例のアレ”だろうと性能込みで推測できる。一方的に手の内を晒したのは自分だけではない。
だが、どう言い繕っても主から許可を出された宝具を使用して掠り傷一つつけられなかった己が不明は濯ぎがたい。間違いようもなく自分は必殺であるべき一撃で仕留め損なったのだ。
その無能ぶりを認めて受け入れて、次の雪辱までに晴らせるよう昇華しておかなければならない義務がある。
――だが、それもまた今このときの戦いが終わって、双方ともに命があった場合はの話でしかない。
「覚悟しろセイバー。次こそは取る」
「それは私に取られなかったときの話だぞ、ランサーよ」
不敵な挑発を交わし合い、互いに次なる必殺の間合いを計り合う二人。
先ほどと違ってランサーの手の内を暴いたセイバーは既に甲冑を身にまとっており、この戦闘中に脱ぐことは二度とあるまい。
だが、それがどうしたというのだろうか?
もとよりゲイ・ジャルグはそういう相手にこそ有効な魔槍であり、ゲイ・ボウはそれを補佐するための呪いの槍である。
手の内が暴かれ、互いの名を知り、お互いが強敵であると知った今だからこそ確実に『この手で討ち取ってやりたい』と思ってしまう。願ってしまう。
平和な現代人では、たとえエゴイズムの徒である魔術師であろうと理解しきれない戦の鬼たちのみが共有する功名心と、価値ある首級をほしいと欲する根源から来る本能的な渇望。
それらが二人を駆り立てて、二匹の獣が再び刃という名の牙を突き立て合おうとした、まさにその時!
――雷鳴が、轟いた。
「AAAAAALALALALALAie!!」
――訂正。雷鳴のような雄叫び上げてる筋肉マッチョの大声が轟きながら降ってきた。
「「「「・・・・・・は?」」」
一同ぽかーん。
「・・・・・・チャリオット・・・?」
ある意味で一番普通人に近い常識を持つアイリスフィールがそう呟いて、空から降ってきた其れを見つめる。
雷をまとわせた牛に牽かれているチャリオット。
そして、御者台というか戦車の上に立っているのは見上げるような赤い髪した大男。
「双方、武器を収めよ。王の御前である!」
体格に相応しい大声で叫ぶ。
そしてソイツは言う。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した。
うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが・・・・・・矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある。
まぁ、噛み砕いて言うと、一つ我が軍門に降り聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる」
――ここから先は次話のセイバー・オルタとライダーの会話だけを抜粋。
「そういう話はマスターとしてくれ。今の私は騎士でもなければ王でもない。ただのサーヴァントだからな」
「なんだ、セイバー。お前、聖杯に叶えてほしい願いとか持っとらんのか?」
「無いわけではない。が、どれも他者の願いを踏みにじってまで叶えたい願いと言うほどのものではないな。
・・・ただ、そうだな。強いてあげるなら、私を喚び出した強がりで格好付けで、他人のために内心の弱さを隠そうと必死に足掻いているヘッポコマスターと、彼の帰りを待つ幼い少女がいる。
彼らが無事再会できるようにしてやるために、六騎のサーヴァントぐらいなら討ち果たしてやってもいい、そんな気分になっているのが願いと言えば願いだろうさ」
「・・・・・・セイバー、お前それ、もしかしなくても普通に―――」
「最高って奴なんじゃないのか?」
「かもしれんな。あまり馴染みのない感情なので、表現が適切かどうかまでは知らんのだが」
つづく